(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記本体部は、1.60質量%以下のクロムと、0.25質量%以下のバナジウムと、0.35質量%以下のモリブデンと、0.01質量%以下のホウ素と、のうち少なくとも一つを含む、
請求項1〜5のいずれか一項に記載のピストンリング。
前記硬質皮膜は、窒化クロム膜、窒化チタン膜、炭窒化クロム膜、炭窒化チタン膜、酸化窒化クロム膜、及びダイヤモンドライクカーボン膜からなる群より選ばれる少なくとも一つの膜を含む、
請求項1〜7のいずれか一項に記載のピストンリング。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般的に、硬質皮膜の硬度は、ピストンリングの本体部の硬度よりも高い。硬質皮膜の硬度が高いほど、ピストンリングの耐摩耗性が向上するからである。しかし、硬質皮膜の硬度が高いほど、硬質皮膜の靱性はピストンリングの本体部の靱性に比べて低い。したがって、硬質皮膜の硬度が高く硬質皮膜の厚さが大きいほど、硬質皮膜の残留応力が大きく、硬質皮膜がピストンリングから剥離し易い。他方、硬質皮膜の厚さが小さいほど、硬質皮膜及びピストンリングが摩滅し易い。したがって、ピストンリングには、硬質皮膜の耐剥離性及び耐摩耗性が要求される。加えて、エンジンの燃費向上のためには、ピストンリングの高い熱伝導性も要求される。
【0005】
本発明は、耐剥離性、耐摩耗性、及び熱伝導性に優れたピストンリングを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面に係るピストンリングは、一対の側面、外周面及び内周面を有する環状の本体部と、外周面に設けられた硬質皮膜と、を備え、一対の側面に垂直な第一方向における本体部の幅をh
1mmとし、第一方向における硬質皮膜の幅をWmmとし、外周面に垂直な第二方向における硬質皮膜の厚さをLmmとした場合、下記式(1)を満たす。
0.003≦(L・h
1)/W≦0.151 (1)
【0007】
本発明の一側面に係るピストンリングは、硬質皮膜の熱伝導率をσW/m・Kとした場合、下記式(2)を満たしてもよい。
0.030≦(L・h
1・σ)/W≦6.360 (2)
【0008】
本発明の上記態様に係るピストンリングは、下記式(3)を満たしてもよい。
0.003≦(L・h
1)/W≦0.088 (3)
【0009】
本発明の一側面に係るピストンリングは、硬質皮膜の熱伝導率をσW/m・Kとした場合、下記式(4)を満たしてもよい。
0.030≦(L・h
1・σ)/W≦4.440 (4)
【0010】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、本体部は、0.45質量%以上1.10質量%以下の炭素と、0.15質量%以上1.60質量%以下のケイ素と、0.30質量%以上1.15質量%以下のマンガンとを含んでもよい。
【0011】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、本体部は、1.60質量%以下のクロムと、0.25質量%以下のバナジウムと、0.35質量%以下のモリブデンと、0.01質量%以下のホウ素と、のうち少なくとも一つを含んでもよい。
【0012】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、本体部は、0.002質量%以上0.01質量%未満のリンを含んでもよい。
【0013】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、硬質皮膜は、窒化クロム膜、窒化チタン膜、炭窒化クロム膜、炭窒化チタン膜、酸化窒化クロム膜、及びダイヤモンドライクカーボン膜からなる群より選ばれる少なくとも一つの膜を含んでもよい。
【0014】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、硬質皮膜の熱伝導率σは、5W/m・K以上であってよい。
【0015】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、硬質皮膜の厚さLは、3μm以上30μm以下であってもよい。
【0016】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、本体部の一対の側面の少なくとも一方、又は外周面若しくは内周面に設けられる窒化層を備え、窒化層の表面のビッカース硬度は600[HV0.05]以上1300[HV0.05]以下であってもよい。
【0017】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、第二方向における硬質皮膜の頂点部から、頂点部から0.3mm離れた位置までにおける、硬質皮膜の厚さは、3μm以上10μm以下であってもよい。
【0018】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、外周面の端部において、本体部が露出していてもよい。
【0019】
本発明の一側面に係るピストンリングでは、一対の側面に垂直な本体部の断面において、外周面の端部の幅は、0.3mm以下であってよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明のピストンリングによれば、耐剥離性、耐摩耗性、及び熱伝導性に優れたピストンリングを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係るピストンリング(コンプレッションリング)について、図面を参照しながら、説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0023】
図1に示す本実施形態に係るピストンリング1は、内燃機関(例えば、自動車のエンジン)のピストンの外周面に形成されたリング溝内に設置される。ピストンリング1は、その外周面2dがボア内周面に対して摺動することで、シリンダ内壁のオイルがクランク室側から燃焼室側に入り込むこと(オイルアップ)を抑制する機能(オイルコントロール機能)を奏する。また、ピストンリング1は、その外周面2dがボア内周面に対して摺動することで、ブローバイガスを抑制する機能(ガスシール機能)を奏する。さらに、ピストンリング1は、その外周面2dがボア内周面に対して摺動することにより、ピストンの熱をシリンダ内壁に伝導させる機能(熱伝導機能)を奏する。
【0024】
ピストンリング1は、環状の本体部2を備える。本体部2には合口部3が形成されている。つまり、「環状」とは、必ずしも閉じた円を意味するものではない。本体部2は、真円状でもよいし、楕円状でもよい。本体部2は、一対の側面2a,2bと、内周面2c及び外周面2dと、を有する。周方向におけるピストンリング1の断面の形状は、略長方形である。長方形状の断面を構成する一対の長辺は、側面2a,2bに属する。長方形状の断面を構成する一対の短辺は、内周面2c及び外周面2dに属する。
【0025】
合口部3は、本体部2の一部が分断されることによって形成されている。ピストンリング1とシリンダとの間の温度差に起因して本体部2が熱膨張すると、合口部3は狭まる。つまり、合口部3は、熱膨張による本体部2の変形又は歪みを抑制する。本実施形態では、合口端面3aが内周面2c及び外周面2dに対して直角に形成された直角合口を例示している。ただし、合口部3は、合口端面3aが内周面2c及び外周面2dに対して傾斜して形成された傾斜合口であってもよい。また、合口部3は、一方の合口端面3aの側面2a側と他方の合口端面3aの側面2b側とが互いに突出した段付合口であってもよい。
【0026】
以下では、本体部2の外周面2dについて詳細に説明する。
図2は、一対の側面2a,2bに垂直なピストンリング1の断面である。以下では、側面2a又は側面2bに垂直な方向(本体部2の軸方向)を、第一方向D1と記す。以下では、内周面2c又は外周面2dに垂直な方向(本体部2の径方向)を、第二方向D2と記す。
【0027】
外周面2dは、ピストンリング1がピストンのリング溝に取り付けられたときに、シリンダのボア内周面に対して摺動する摺動面である。
図2に示されるように、外周面2dは、第二方向D2に沿って外側へ突出した緩やかな湾曲形状(バレルフェイス形状)を有する。バレルフェイス形状を有する外周面2dは、第二方向D2に沿った本体部2の中心線A付近において最も外側へ突出している。
【0028】
図2に示されるように、硬質皮膜11が外周面2dの表面に形成されている。硬質皮膜11の硬度は、本体部2の硬度よりも高い。硬質皮膜11により、ピストンリング1の耐摩耗性及び耐スカッフ性が向上する。
【0029】
ピストンリング1は、いわゆるセミインレイド型のピストンリングである。セミインレイド型のピストンリング1の本体部2は、外周面2dのうち側面2b側の端部12のみにおいて、露出している。外周面2dにおいて端部12を除く領域全体は、硬質皮膜11で覆われている。外周面2dの端部12の幅Rは、0.3mm以下であってよい。幅Rが小さいほど、ピストンリング1の側面2b側の面取り部分が小さくなり、合口部3から燃焼ガスが漏れ難くなる。なお、端部12の幅Rとは、外周面2dにおいて露出している本体部2の幅と言い換えられる。
【0030】
図2に示すように、第一方向D1における本体部2の幅はh
1mmと表される。第一方向D1における硬質皮膜11の幅はWmmと表される。第二方向D2における硬質皮膜11の厚さはLmmと表される。本実施形態に係るピストンリング1は、下記式(1)を満たす。つまり、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の幅W、及び硬質皮膜11の厚さLが、下記式(1)を満たす。
0.003≦(L・h
1)/W≦0.151 (1)
【0031】
(L・h
1)/Wの単位も、mmである。上記式(1)が満されることにより奏される効果は、以下の通りである。
【0032】
ピストンリング1が装着されたピストンを有するエンジンが駆動すると、燃焼室内にて発生した熱は、まずピストンからリング溝の壁面を介してピストンリング1の側面2a,2b又は内周面2cへ伝達される。ピストンリング1に伝達した熱は、外周面2dの一部を覆う硬質皮膜11を介してボア内周面へ伝達されると共に、外周面2dの露出した端部12からオイルを介してボア内周面へ伝達される。ここで、硬質皮膜11の熱伝導率σは本体部2の熱伝導率よりも低いので、オイルを介した端部12(露出した本体部2)からボア内周面への熱伝導が支配的になる。この場合、ピストンリング1からボア内周面への熱伝導は、端部12の長さh
2に大きく影響される。換言すれば、ピストンリング1からボア内周面への熱伝導は、本体部2の幅h
1と硬質皮膜11の幅Wとの比率h
1/Wに大きく影響される。このため、端部12の長さh
2(又はh
1/W)が大きいほど、ピストンリング1の熱伝導性は向上する。しかし、端部12の長さh
2(又はh
1/W)が大きいほど、端部12(露出した本体部2)が広くなり、本体部2自体が磨滅し易い。したがって、h
1/Wが適切な範囲に収まれば、熱伝導性及び耐摩耗性が向上し易い。
【0033】
他方、硬質皮膜11の厚さLが大きいほど、ピストンリング1の耐摩耗性は向上する。しかしながら、硬質皮膜11の厚さLが大きいほど、当該硬質皮膜11の残留応力が高くなり、硬質皮膜11が本体部2から剥離し易い。加えて、硬質皮膜11の厚さLが大きいほど、硬質皮膜11を介したピストンリング1からボア内周面への熱伝導が阻害され易い。したがって、Lが適切な範囲に収まれば、熱伝導性、耐摩耗性及び耐剥離性が向上し易い。
【0034】
本実施形態では、比率(W/h
1)及び硬質皮膜11の厚さLが上記式(1)を満たすため、ピストンリング1の耐摩耗性及び熱伝導性が向上すると共に、硬質皮膜11の剥離が抑制される。
【0035】
一般に、エンジンの燃焼室の温度が高いほど、ノッキングが発生し易い。しかし、実施形態に係るピストンリング1をエンジンのピストンに装着すると、熱がピストンからボア内周面へ伝導し易くなり、ピストンの温度及びエンジンの燃焼室の温度が下がり易くなる。したがって、本実施形態に係るピストンリング1を備えるエンジンでは、燃焼室の温度の過度の上昇が抑制され、ノッキングも抑制される。ノッキングが抑制されるので、ピストンへ高負荷がかかるようなエンジンの仕様を実現できる。つまり、本実施形態に係るピストンリング1を備えるエンジンでは、圧縮比を高めたり、あるいは点火プラグの点火時期を早めたりすることが可能となる。したがって、本実施形態に係るピストンリング1を備えるエンジンでは、燃費が向上する。
【0036】
(L・h
1)/Wは、0.0031以上、0.0032以上、0.0041以上、0.0059以上、0.0063以上、0.0067以上、0.0107以上、0.0111以上、0.0114以上、0.0120以上、0.0125以上、0.0212以上、又は0.0222以上であってもよい。また(L・h
1)/Wは、0.0935以下、0.0909以下、0.0904以下、0.0889以下、0.0402以下、0.0378以下、0.0371以下、0.0344以下、0.0340以下、0.0322以下、0.0319以下、0.0295以下、0.0267以下、0.0252以下、又は0.0248以下であってもよい。
【0037】
硬質皮膜11の熱伝導率がσW/m・Kと表される場合、下記式(2)が満されてもよい。下記式(2)が満される場合、ピストンリング1の耐摩耗性、耐剥離性、及び熱伝導性が向上し易い。同様の理由から、下記式(3)又は式(4)が満されてもよい。下記式(3)又は式(4)が満される場合、特に硬質皮膜11の剥離が抑制され易い。なお、(L・h
1・σ)/Wの単位は、mm×mm×(W/m・K)÷mm、すなわち、W・10
−3/Kである。
0.030≦(L・h
1・σ)/W≦6.360 (2)
0.003≦(L・h
1)/W≦0.088 (3)
0.030≦(L・h
1・σ)/W≦4.440 (4)
【0038】
硬質皮膜11の熱伝導率σ(もしくは、硬質皮膜11を構成する材料自体の熱伝導率)は、例えば5W/m・K以上であってよい。硬質皮膜11の熱伝導率σが高いほど、ピストンリング1の熱伝導機能も向上する。硬質皮膜11の熱伝導率σが高いほど、熱が硬質皮膜11を介して本体部2からボア内周面へ伝導し易いからである。したがって、硬質皮膜11の熱伝導率σは、10W/m・K以上、25W/m・K以上、38W/m・K以上、50W/m・K以上、又は80W/m・K以上であってもよい。硬質皮膜11の熱伝導率σは、10W/m・K以下、25W/m・K以下、38W/m・K以下、50W/m・K以下、又は80W/m・K以下であってもよい。本体部2の熱伝導率は、硬質皮膜11の熱伝導率σよりも高ければよく、特に限定されない。硬質皮膜11の熱伝導率σは、硬質皮膜11の組成の調整又は選定により、自在に制御される。本体部2の熱伝導率は、本体部2用の材料(線材)の組成の調整又は選定により、自在に制御される。
【0039】
硬質皮膜11の熱伝導率σは、例えばレーザーフラッシュ法又はホットディスク法によって測定される。本実施形態では、レーザーフラッシュ法よりもホットディスク法の方が好ましい。レーザーフラッシュ法は、バルク材料の熱伝導率の測定に多用されるが、硬質皮膜のように薄い試料の熱伝導率の測定には必ずしも適さないからである。例えば、100μm以下の膜厚を有する試料が熱的平衡状態になるまでの時間は短いので、レーザーフラッシュ法を用いて薄い試料の熱伝導率を高精度で測定することは容易ではない。下記の表1は、硬質皮膜11を構成する材料の熱伝導率を示している。表中の熱伝導率は、ホットディスク法によって測定された値である。表1中に示す皮膜A,B,C及びDは、熱伝導率が異なる4つの(Cr
2N+Cr)系硬質皮膜である。(Cr
2N+Cr)系硬質皮膜とは、Cr
2N相とCr相とが混合した組織を有するイオンプレーティング皮膜である。(Cr
2N+Cr)系硬質皮膜中の窒素の含有量の調整により、熱伝導率が制御される。例えば、窒素の含有量の増加に伴い、上記硬質皮膜中の熱伝導率が低下する傾向がある。
【0041】
第一方向D1における本体部2の幅(厚さ)h
1は、特に限定されない。例えば、h
1は、0.77mm以上であればよく、1.0mm以下、1.17mm以下、1.5mm以下、1.75mm以下、又は2.0mm以下であってよい。
【0042】
硬質皮膜11の幅Wは、本体部2の幅h
1以下であればよい。外周面2dにおける端部12は硬質皮膜11にて覆われていないので、硬質皮膜11の幅Wは本体部2の幅h
1未満である。端部12の第一方向D1における長さh
2は、本体部2の幅h
1から硬質皮膜11の幅Wを引いた値(h
1−W)である。換言すると、硬質皮膜11の幅Wは、(h
1−h
2)である。長さh
2は、例えば0.1mm以上、又は0.2mm以上であってよい。また、端部12の長さh
2は、例えば0.4mm以下、0.3mm以下、又は0.25mm以下であってよい。端部12の長さh
2が0.1mm未満である場合、ピストンリング1を介してピストンからボア内周面へ熱が伝導し難くなる。端部12の長さh
2が0.4mmより大きい場合、本体部2の外周面の摩耗量が多くなり易い。
【0043】
硬質皮膜11の厚さLは、例えば硬質皮膜11の最大厚さ又は硬質皮膜11の平均厚さであってよい。本実施形態では、硬質皮膜11の厚さLは最大厚さである。硬質皮膜11の厚さLは、例えば0.003mm(3μm)以上、0.005mm(5μm)以上、0.01mm(10μm)以上、又は0.02mm(20μm)以上であってよい。また、硬質皮膜11の厚さLは、例えば0.07mm(70μm)以下、0.065mm(65μm)以下、0.06mm(60μm)以下、0.055mm(55μm)以下、0.05mm(50μm)以下、0.04mm(40μm)以下、又は0.03mm(30μm)以下であってよい。硬質皮膜11の厚さLは、例えば3μm以上30μm以下、3μm以上20μm以下、5μm以上30μm以下、5μm以上20μm以下、10μm以上30μm以下、又は20μm以上30μm以下であってよい。硬質皮膜11の厚さLが3μm未満である場合、本体部2の外周面2dが磨滅し易い。硬質皮膜11の厚さLが70μmより大きい場合、ピストンリング1を介してピストンからボア内周面へ熱が伝導し難くなる。硬質皮膜11の厚さLは30μm以下である場合、硬質皮膜11の剥離が抑制され易い。硬質皮膜11の厚さLが30μmより大きい場合、硬質皮膜11中の残留応力(圧縮残留応力)が高くなり易く、硬質皮膜11が本体部2から剥離し易い。特に、硬質皮膜11がイオンプレーティング法により外周面2d上に形成される場合、硬質皮膜11中の残留応力が高くなり易く、硬質皮膜11が本体部2から剥離し易い。なお、硬質皮膜11の残留応力は、以下のように、X線回折法により測定される。まず、硬質皮膜11のX線回折スペクトルの高角度側におけるピークシフト(回折角2θの変化)に基づいて、硬質皮膜11の格子面間隔の変化量を測定する。格子面間隔の変化量に基づいて硬質皮膜11の残留応力が算出される。
【0044】
図2に示すように、硬質皮膜11の表面における頂点部11aは、第二方向D2に沿った本体部2の中心線A上に位置する。硬質皮膜11の表面上の第1点11bは、第一方向D1における頂点部11aからの距離が0.3mmであり、かつ側面2a側に位置する。硬質皮膜11の表面上の第2点11cは、第一方向D1における頂点部11aからの距離が0.3mmであり、かつ側面2b側に位置する。第1点11b及び第2点11cは、頂点部11aを中心とする同心円上に位置してよい。頂点部11aから、当該頂点部11aから0.3mm離れた位置までの領域における硬質皮膜11の厚さTは、3μm以上10μm以下であってよい。換言すれば、頂点部11aから第1点11b又は第2点11cまでにおける、硬質皮膜11の厚さTは、3μm以上10μm以下であってよい。硬質皮膜11の厚さTが3μm未満である場合、外周面2dが磨滅し易い。硬質皮膜11の厚さTが10μmより大きい場合、ピストンリング1を介したピストンからボア内周面への熱伝導が抑制され易い。
【0045】
外周面2dにおいてシリンダのボア内周面に接する部分の幅(第一方向D1における摺動面幅)は、0.15mm以下であってよい。この場合、所定の面圧に対する外周面2dの張力を低く設定することができ、外周面2dのフリクションを低減することが可能となる。
【0046】
本体部2は、例えば、鋳鉄又は鋼材から形成されている。鋳鉄又は鋼材から形成された本体部2は、十分な強度、耐熱性、及び弾性を有する。鋼材とは、鉄を主成分として含有する合金材と言い換えられる。合金材は、例えばSWOSC−V材、SUS−440B、SUP−12又はSWRH62A等であってよい。本体部2は、例えば、0.45質量%以上1.10質量%以下の炭素(C)と、0.15質量%以上1.60質量%以下のケイ素(Si)と、0.30質量%以上1.15質量%以下のマンガン(Mn)と、を含んでよい。これらの元素の含有率が上記範囲内にあることにより、本体部2の熱伝導性が向上し易い。
【0047】
本体部2は、0質量%超1.60質量%以下のクロム(Cr)と、0質量%超0.25質量%以下のバナジウム(V)と、0質量%超0.35質量%以下のモリブデン(Mo)と、0質量%超0.01質量%以下のホウ素(B)と、のうち少なくとも一つの元素を含んでもよい。この場合、本体部2の耐摩耗性又は靱性等が向上し易い。加えて、本体部2は、0.002質量%以上0.01質量%未満のリンを含んでもよい。この場合、本体部2に化成処理を施した際にリン化合物(例えばFe
3P等)が偏析し難くなり、本体部2の表面粗さを抑制できる。化成処理とは、調製した酸性の化成処理液に被処理材(本体部2用の鋳鉄又は鋼材)を浸漬し、被処理材表面での化学反応により、被処理材の表面に固着性のある不溶性の生成物を析出させる処理のことである。化成処理の具体例は、化学的方法により、本体部2の一対の側面2a,2bをリン酸塩で被覆する処理(リン酸塩処理)である。
【0048】
硬質皮膜11は、例えば物理蒸着(PVD)法によって形成されてよく、PVD法の一種であるイオンプレーティング法によって形成されてよい。例えば、硬質皮膜11は、チタン(Ti)及びクロムの少なくとも一方と、炭素、窒素(N)及び酸素(O)の少なくとも一種とから形成されるイオンプレーティング膜であってよい。このようなイオンプレーティング膜は、例えば、窒化クロム膜(Cr−N膜)、窒化チタン膜(Ti−N膜)、炭窒化クロム膜(Cr−C−N膜)、炭窒化チタン膜(Ti−C−N膜)、又は酸化窒化クロム膜(Cr−O−N膜)であってよい。この中でも、窒化クロム膜は、耐摩耗性及び耐スカッフ性において比較的優れている。硬質皮膜11が、ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)であってもよい。硬質皮膜11は、積層構造を有してもよい。すなわち、硬質皮膜11は、窒化クロム膜、窒化チタン膜、炭窒化クロム膜、炭窒化チタン膜、酸化窒化クロム膜、及びダイヤモンドライクカーボン膜からなる群より選ばれる少なくとも一つの膜を含んでもよく、これらのうち二つ以上の膜から構成される積層体であってもよい。
【0049】
本体部2の表面(側面2a、側面2b、外周面2d又は内周面2cのうち少なくともいずれかの面)には、窒化層が設けられてもよい。窒化層の厚さは、10μm以上30μm以下程度であってよい。上記窒化層の表面のビッカース硬度は、600[HV0.05]以上1300[HV0.05]以下であってよい。窒化層は、例えばクロムの窒化物を含む層であってよい。窒化層は、本体部2の主成分である鉄の窒化により形成された層(鉄の窒化物を含む層)であってよい。窒化層は、例えば本体部2の表面改質によって形成される。上記のような窒化層が例えば側面2a,2bに形成されていることにより、ピストンのリング溝に対する本体部2の耐摩耗性が向上し易い。
【0050】
ピストンリング1の硬質皮膜11及び端部12は、例えば、以下の方法により形成されてよい。
【0051】
本体部2の外周部分に、バレルフェイス形状とインレイド突起部とを予め形成する。バレルフェイス形状とは、バレルフェイス加工が施された部分を意味する。インレイド突起部は、後に外周面2dの端部12になる。バレルフェイス形状とインレイド突起部との段差(谷部の深さ)が、後に形成される硬質皮膜11の厚さを決定する。このような本体部2の外周部分の加工方法としては、切削、研削、ラッピング、又は研磨などの公知の技術を適時選択してよい。バレルフェイス形状とインレイド突起部とを形成した後、硬質皮膜11を、本体部2においてバレルフェイス加工が施された部分に形成する。硬質皮膜11は、例えばPVD法によって形成される。硬質皮膜11の形成後、インレイド突起部を除去し、さらに硬質皮膜11(外周面2d)のバレルフェイス仕上げを行う。これらの加工により、硬質皮膜11(外周面2d)が湾曲形状(略凸面状)に成形され、端部12も形成される。インレイド突起部の除去及びバレルフェイス仕上げの方法としては、ラッピング又は研磨などの公知の技術を適時選択してよい。以上の工程により、
図2に示すような硬質皮膜11及び端部12が形成される。上記一連の加工において、本体部2及び硬質皮膜11に係る各寸法を自在に制御することができる。
【0052】
本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば、外周面2dが、本体部2の側面2a,2bに対して垂直である平坦面であってよい。つまり、本発明に係るピストンリングは、ストレートフェイス形状を有してよい。外周面2dが、本体部2の側面2a,2bに対して傾斜する平坦面であってよい。つまり、本発明に係るピストンリングが、テーパフェイス形状を有してよい。外周面2dの全体が硬質皮膜11で覆われていてもよい。つまり、本発明に係るピストンリングは、フルフェイス型であってもよい。この場合、硬質皮膜11の幅Wと本体部2の幅h
1とが互いに等しく、端部12の幅Rはゼロである。
【実施例】
【0053】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1〜5)
以下の手順で、実施例1〜5の各ピストンリングを作製した。表2に示す事項を除いて、実施例1〜5の各ピストンリングの作製方法及び仕様は同様であった。
【0055】
バレルフェイス部及び突起部が外周面に位置するピストンリング状の本体部2を形成した。線材はSWOSC−W相当材を用いた。本体部2の呼称径は約87mmに調整した。本体部2の径方向(第一方向D1)における厚さは約2.5mmであった。本体部2の幅h
1は約1.2mmであった。
【0056】
イオンプレーティング法により、硬質皮膜11を本体部2の外周面に形成した。各実施例で形成された硬質皮膜11の組成は下記表2に示すものだった。硬質皮膜11の形成後、外周面に対して突起部を除去した。突起部の除去後、外周面にバレルフェイス仕上げを施すことにより、外周面2dに硬質皮膜11及び端部12を有するセミインレイド型のピストンリング1を形成した。
【0057】
以上の各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表2に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表2に示す。
【0058】
なお、硬質皮膜11の厚さLは、次の方法により測定した。まず、側面2a及び2bに垂直なピストンリング1の断面を鏡面状に研磨した。研磨された断面の写真を光学顕微鏡により撮影した。この写真に基づき、硬質皮膜11の最大厚さLを測定した。
【0059】
(実施例6〜10)
実施例6〜10の各ピストンリングの作製では、線材の断面における短辺の長さを約1.5mmに調整した。各実施例の硬質皮膜11の組成は下記表3に示すものだった。これらの点を除いて、実施例1〜5と同様の手順で実施例6〜10の各ピストンリングを作製した。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表3に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表3に示す。
【0060】
(実施例11〜15)
実施例11〜15の各ピストンリングの作製では、線材の断面における短辺の長さを約1.75mmに調整した。各実施例の硬質皮膜11の組成は下記表4に示すものだった。これらの点を除いて、実施例1〜5と同様の手順で実施例11〜15の各ピストンリングを作製した。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表4に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表4に示す。
【0061】
(実施例16〜20)
実施例16〜20の各ピストンリングの作製では、線材の断面における短辺の長さを約2.0mmに調整した。各実施例の硬質皮膜11の組成は下記表5に示すものだった。これらの点を除いて、実施例1〜5と同様の手順で実施例16〜20の各ピストンリングを作製した。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表5に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表5に示す。
【0062】
(実施例21〜25)
実施例21〜25の各ピストンリングの作製では、線材の断面における短辺の長さを約0.8mmに調整した。各実施例の硬質皮膜11の組成は下記表6に示すものだった。これらの点を除いて、実施例1〜5と同様の手順で実施例21〜25の各ピストンリングを作製した。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表6に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表6に示す。
【0063】
(実施例26〜30)
実施例26〜30の各ピストンリングの作製では、線材の断面における短辺の長さを約1.0mmに調整した。各実施例の硬質皮膜11の組成は下記表7に示すものだった。これらの点を除いて、実施例1〜5と同様の手順で実施例26〜30の各ピストンリングを作製した。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表7に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表7に示す。
【0064】
(比較例1〜8)
線材の寸法及び硬質皮膜11の組成が異なること以外は、上記実施例と同様の手順で比較例1〜8の各ピストンリングを作製した。各比較例の硬質皮膜11の組成は下記表8に示すものだった。各ピストンリングの作製では、本体部2の幅h
1、硬質皮膜11の厚さL、硬質皮膜11の幅W、及び端部12の長さh
2を、下記表8に示す値に調整した。各ピストンリングの寸法から算出した(L・h
1)/Wを、下記表8に示す。比較例1,2,5及び6の(L・h
1)/Wはいずれも0.003未満であった。比較例3,4,7及び8の(L・h
1)/Wはいずれも0.151より大きかった。
【0065】
[熱伝導率の評価]
実施例1の硬質皮膜の熱伝導率σを、以下のホットディスク法によって求めた。
【0066】
熱伝導率の測定装置として、京都電子工業(株)製ホットディスク熱物性装置TPA−501を用いた。試料として、熱伝導率が既知である基板の両面に、厚さが50μmである硬質皮膜を形成した。このような試料を2枚準備した。基板としては、SUS304材からなる基板を用いた。基板の寸法は48mm×48mm×0.2mmであった。硬質皮膜は、実施例1のピストンリングの作製時と同じ条件下で、イオンプレーティング法により形成した。次に、厚さ0.06mmのセンサを2枚の試料で挟み込んだ。センサとしては、ポリイミドで被覆され、且つ二重スパイラル構造(二重らせん構造)を有するニッケル線を用いた。センサに対して一定値の電流を所定時間流すことにより試料を発熱させた。これにより、センサの温度上昇(温度変化)から電気抵抗の変化を導出し、硬質皮膜の熱伝導率σを算出した。以上のホットディスク法では試料の面内方向の熱伝導率を計測している。したがって、基板の厚さと硬質皮膜の厚さとの比率に基づき、基板の熱伝導率を、計測された熱伝導率から差し引くことにより、硬質皮膜自体の熱伝導率σが算出される。このような硬質皮膜の熱伝導率σの計算には、解析用ソフトウェアである「TPA−SLAB高熱伝導率薄板状試料測定(京都電子工業(株)製)」を用いた。
【0067】
実施例1と同様の方法で、他の実施例及び各比較例の硬質皮膜の熱伝導率σも求めた。各実施例及び各比較例の硬質皮膜の熱伝導率σを下記表2〜8に示す。ホットディスク法によって求めた熱伝導率σに基づき算出された各実施例及び各比較例の(L・h
1・σ)/Wを下記表2〜8に示す。
【0068】
[耐剥離性の評価]
各実施例及び各比較例のピストンリングを用いて、以下のツイスト試験を行った。ツイスト試験は、ピストンリングの耐剥離性(本体部及び硬質皮膜の密着性)を評価することを目的とする。
図3(a)に示されるように、ツイスト試験では、合口部3側に位置する先端3A,3B同士を、軸方向に沿って反対方向に離す。その結果、ピストンリング1における本体部2と硬質皮膜11(
図2を参照)とに剪断応力が加えられ、本体部2の合口部3の反対部分4には、捻り力が加えられる。そして先端3A,3B間の距離を増加させ、
図3(b)に示されるように、本体部2から硬質皮膜11が剥離した時の先端3A,3B同士がなす角度(ツイスト角度α)を測定した。ツイスト角度αは、0°以上180°以下である。ツイスト角度αが大きいほど、ピストンリングが耐剥離性に優れている。換言すれば、ツイスト角度αが大きいほど、硬質皮膜11が本体部に強く密着している。各実施例及び各比較例のツイスト角度αを、下記表2〜8に示す。各表中の180°は、本体部2から硬質皮膜11が剥離しなかったことを意味する。
【0069】
[耐摩耗性の評価]
各実施例及び各比較例のピストンリングを、ボア径87mm、4気筒の水冷過給機付きディーゼルエンジンのピストンに、トップリングとして装着した。ピストンに組み付けた2NDリング及びオイルコントロールリングは、互いに同じ仕様であった。次に、燃料として軽油を用いて、5200rpm(rotation per minute)、全負荷条件にてディーゼルエンジンを10時間運転した。運転後、トップリングの外周面(つまり摺動面)の摩耗量(摩滅した外周面の厚さ)を測定した。各実施例及び各比較例の磨耗量を下記表2〜8に示す。ただし、下記表2〜8に示す摩耗量は、各実施例及び各比較例の磨耗量を、比較例1の摩耗量で除することによって求めた相対値(比率)である。
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
【表5】
【0074】
【表6】
【0075】
【表7】
【0076】
【表8】
【0077】
上記ツイスト試験の結果、全実施例のツイスト角度αは160°以上であった。一方、比較例3,4,7,8のツイスト角度αは150°以下であった。このようなツイスト角度αの違い(耐剥離性の違い)は、比較例3,4,7,8其々の(L・h
1)/Wが0.151を超えていることに起因している、と考えられる。また、実施例1〜4,6〜9,11〜14,16〜19及び21〜30のツイスト角度αは180°であった。すなわち、実施例1〜4,6〜9,11〜14,16〜19及び21〜30では、硬質皮膜が本体部から剥離しなかった。これらの実施例の優れた耐剥離性は、実施例1〜4,6〜9,11〜14,16〜19及び21〜30其々の(L・h
1)/Wが0.003以上0.088以下であることに起因している、と考えられる。また、実施例1〜4,6〜9,11〜14,16〜19及び21〜30其々の優れた剥離性は、其々の硬質皮膜の厚さLが、3μm以上30μm以下であることにも起因している、と考えられる。
【0078】
上記摩耗試験の結果、全ての実施例1〜30の耐摩耗性は全ての比較例の耐摩耗性よりも優れていることが確認された。これは、実施例1〜30其々の(L・h
1)/Wが0.003以上0.151以下であったことに起因している、と考えられる。