【実施例】
【0071】
以下の実施例は、本発明を説明するためおよび当業者が本発明を作製し使用するのを補助するために提供するものである。これらの実施例は、いかなる形でも本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0072】
実施例1:電気化学バイオセンシングプラットフォームを用いる前駆体rRNAの高感度検出による迅速な抗菌薬感受性試験
リボソームRNAは、細菌細胞内に豊富に存在するため、および種特異的シグネチャー配列をプローブハイブリダイゼーションに利用できるという理由から、病原体検出システムの優れた標的分子である(6)。感度の高い界面化学的方法と組み合わせて非特異的なバックグラウンドシグナルを最小限に抑えれば、そのようなrRNAプローブハイブリダイゼーションセンサーによって1mL当たり100個のわずかな細菌をも検出することが可能である(2、8、17)。アッセイのダイナミックレンジの範囲内では、細菌溶解物中の標的rRNA分子の濃度と、電気化学センサーアッセイによって得られるアンペロメトリック電流振幅との間には両対数相関がみられるため、細菌密度を推定することが可能である(10、12)。rRNA検出に基づく細菌定量法の精度は、細胞型および細菌増殖相に応じた1細胞当たりのrRNA分子数の変動によって低下する。大腸菌(E.coli)の1細胞当たりのrRNAコピー数は、対数期中の72,000〜定常期中の6,800未満の幅があると推定されている(1)。
【0073】
電気化学センサーは、細菌の抗生物質に対する表現型応答を監視することによって抗生物質感受性を迅速に判定できる可能性を秘めている。抗生物質が抗生物質感受性細菌の細胞代謝を対数期から定常期に移行させると、細胞内のプレrRNAレベルが減少すると予測される。細胞内のプレrRNAプールの大きさは合成と分解の速度によって決定され、この速度は抗生物質によって直接的または間接的に影響を受ける(3)。このような理由から、本発明者らは、プレrRNA量を決定するための電気化学アッセイを開発しその妥当性を検討した。内部標準を用いてセンサーシグナル強度を補正し、これらのシグナルを細菌密度と相関させることによって、本発明者らは、1細胞当たりのrRNAおよびプレrRNAのコピー数を推定できた。本発明者らの研究は、細菌の増殖期中の、および特定の抗生物質に応答したときのrRNAおよびプレrRNAレベルの動態に新たな洞察をもたらす。興味深いことに、本発明者らは、感受性の大腸菌(E.coli)中で、プレrRNAおよび/またはrRNAのレベルがキノロン系抗生物質のシプロフロキサシン、およびアミノグリコシド系抗生物質のゲンタマイシンに迅速に応答することを明らかにした。
【0074】
材料および方法
菌株および培地。UCLAおよび退役軍人局の施設内審査委員会の承認ならびにしかるべき医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act)の適用除外を受け、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)臨床微生物学研究所から大腸菌(E.coli)臨床尿分離株EC103(Amp
R)を入手した。EC103を、12%グリセロールを添加したミュラー・ヒントン(MH)ブロス(Becton Dickinson社、スパークス、メリーランド州)に接種し−80℃で保管した。EC103を、64μg/mlアンピシリンを添加したMHブロス(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)で一晩培養した。EC103をルリアブロス(LB)寒天(MOBIO Laboratories社、カールズバッド、カリフォルニア州)で平板培養し、コロニー形成単位(CFU)を計数した。
【0075】
EC103の増殖および標的コピー数に関する実験。EC103グリセロールストック5μlをアンピシリン添加MHブロス5mlに加え、振盪しながら37℃で一晩インキュベートすることにより、EC103の一晩培養物を調製した。翌日、一晩培養物10μlを500mlフラスコで予め温めて振盪したMHブロス100mlに加えることにより、EC103培養物を希釈した後、250rpmで振盪しながら37℃でインキュベートした。0分後の一晩培養物そのものを含め、30分毎に試料1mlをOD
600測定のために採取し、室温のMHブロスで10倍段階希釈(100μlを900μlで希釈)を実施した。細胞密度を、段階希釈物を3連で平板培養することにより決定した。各時点で、培養試料を氷水浴に移すか、そのまま4℃、14,000rpmで3分間、遠心分離した。次いで、吸引により上清を除去し、ドライアイス−エタノール浴で急速冷凍し、−80℃で保管した。
【0076】
ある特定の増殖実験では、150分または210分でのいずれかで1つの培養物に以下に挙げる抗生物質のうちの1つを添加した:25μg/mlリファンピシン(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)、25μg/mlクロラムフェニコール(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)、4μg/mlシプロフロキサシン(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)または16μg/mlゲンタマイシン(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)。150分で抗生物質を添加した後、30分毎ではなく15分毎に試料を採取した。
【0077】
プレリボソームプローブの感度および特異性を比較する実験には、一晩培養物および対数期(OD
600=0.1)のEC103培養物から培養試料を採取し、直ちに4℃、14,000rpmで5分間、遠心分離した。吸引により上清を除去した。ペレットをドライアイス−エタノール浴で急速冷凍し、−80℃で保管した。
【0078】
電気化学的検出。細菌rRNAおよびプレrRNAの電気化学的検出を、フォトリソグラフィー的に調製したAu電極アレイ上に固定化されるビオチン化捕捉プローブ(12)およびチオール化捕捉プローブ(2、8)について既に記載されている通りに、変更を伴い実施した。
【0079】
検出プローブのトレーサーとしてフルオレセイン(FITC)、およびレポーター分子として抗FITC−西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を用いるサンドイッチ型ハイブリダイゼーションアッセイによりセンサー応答を評価した。捕捉されたHRPレポーターの活性を電気化学的に測定するための基質には3,3’5,5’−テトラメチルベンジジン(TMB)−H
2O
2を選択した。使用した合成オリゴヌクレオチドはいずれもEurofins MWG Operon社から購入し、これらを表1に挙げる。チオール化捕捉プローブには、使い捨ての16センサー露出Au電極アレイをGeneFluidics社(アーウィンデール、カリフォルニア州)から入手した。アレイの各センサーは、中心にある直径2.5mmの作用電極と、それを取り囲むAu対電極およびAu偽基準電極とで構成されていた。センサーチップは、コンピュータ制御されたHelios多チャンネル電気化学ワークステーション(GeneFluidics社、アーウィンデール、カリフォルニア州)によって稼働した。洗浄段階を試薬の添加後に毎回、センサー表面に脱イオン化H
2Oを約2〜3秒間流し、次いで窒素流下で5秒間乾燥させることによって実施した。最初の試薬を添加する前に、露出した金製チップを上記のように乾燥させた。作用センサー表面を機能させるため、10mMトリス−HCl、1mM EDTAおよび0.3MNaCl(pH8.0)中に0.05μΜチオール化捕捉プローブと300μΜ1,6−ヘキサンジチオール(96%、Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)の新鮮な混合物を調製し、室温で10分間静置した。この混合物の6μlのアリコートを16センサーアレイの各Au作用電極にかけ、加湿チャンバ内で4℃にて一晩インキュベートした。特に明記されない限り、のちの段階はいずれも室温で実施した。翌日、混合された単分子層修飾されたAuセンサーを次いで10mMトリス−HCl、1mM EDTAおよび0.3M NaCl(pH8.0)中の1mM 6−メルカプト−1−ヘキサノール(97%、Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)6 μlで50分間処理し、三元単分子層の界面を得た。
【0080】
ビオチン化捕捉プローブには、5:1の比のメルカプトヘキサノールとメルカプトウンデカン酸とからなる二元SAMで予め覆った16センサーAu電極アレイをGeneFluidics社(アーウィンデール、カリフォルニア州)から入手した。洗浄段階を試薬の添加後に毎回、センサー表面に脱イオン化H
2Oを約2〜3秒間流した後、窒素流下で5秒間乾燥させることによって実施した。センサー表面を機能させるため、脱イオン化H
2O中のNHS/EDC(50mM N−ヒドロキシスクシンイミド、200mM N−3−ジメチルアミノプロピル−N−エチルカルボジイミド、Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)溶液4μlを作用電極に10分間適用することによって、二元SAMのカルボキシル末端基をアミン反応性エステルに変換した。活性化したセンサーを、50mM酢酸ナトリウム(pH5)中5mg/mlの濃度でEZ−Link Amine−PEG
2−Biotin(Pierce社、ロックフォード、イリノイ州)4μlと10分間インキュベートした。活性化した単分子層に残っている反応基をブロックするため、すべての3つの電極に30μlの1Mエタノールアミン(pH8.5)(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)を10分間適用した。ビオチン化センサーを、RNアーゼを含まないH
2O(カタログ番号821739、MP Biomedicals社、オーロラ、オハイオ州)中の0.5mg/mlのストレプトアビジン(Pierce社)4μl中で10分間インキュベートした。ストレプトアビジンでコートされたセンサーを、ビオチン化捕捉プローブ(4μl、1Mリン酸緩衝液(pH7.2)中1μΜ)と30分間インキュベートした。電極を、1Mリン酸緩衝液(pH7.2)中の0.05%ポリエチレングリコール3350(PEG、Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)4μlで10分間ブロックした。上記のインキュベーションはいずれもガラス製ペトリ皿中で実施した。
【0081】
両方の捕捉プローブ種について、細菌細胞の溶解を、10μlの1M NaOHにしかるべきペレットを再懸濁し室温で5分間インキュベートすることにより実施した。細菌溶解物を、2.5%ウシ血清アルブミン(BSA)(Sigma社、セントルイス、ミズーリ州)を添加した1Mリン酸緩衝液(pH7.2)中の0.25μΜフルオレセイン(FITC)修飾検出プローブを50μl加えることにより中和し、均一なハイブリダイゼーションのために10分間反応させた。この粗製細菌溶解物標的溶液のアリコート(4μl)を捕捉プローブで修飾した各センサーにかけ、15分間インキュベートした。アレイを洗浄し乾燥させた後、0.5U/ml抗FITC西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)Fabフラグメント溶液(Roche社、1Mリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2)中の0.5%カゼインで希釈したもの)4μlを各作用電極上に15分間置いた。洗浄および乾燥後、センサーアレイに既製のプラスチック製16ウェルマニホールド(GeneFluidics社、アーウィンデール、カリフォルニア州)を接着した。センサーアレイをチップリーダーに入れ、アレイの各センサーの3つの電極領域に行き渡るようにTMB−H
2O
2溶液(Enhanced K−Blue TMB Substrate、Neogen社、レキシントン、ケンタッキー州)50μlを置いた。全16個のセンサーについて、電位を−200mVにステップさせ(偽Au基準電極に対して)、60秒での電流をサンプリングすることによって、クロノアンペロメトリー測定を速やかに同時に実施した。各アレイについて、捕捉プローブ、FITC−検出プローブ、および細菌溶解物溶液の代わりの緩衝液(1Mリン酸緩衝液(pH7.2)中の2.5%BSA)を含むネガティブ対照(NC)センサーを試験した。ポジティブ対照(PC)が全てのセンサーアレイに含まれ、成熟rRNAまたはプレ23S 3’JxnプレrRNAプローブ対に対する合成標的オリゴヌクレオチド1nMと、対応する検出プローブとで構成されていた(表1を参照されたい)。
【0082】
分析物の濃度と電気化学シグナルとの間には直線的な両対数相関がみられるため、合成標的分子を含めることにより、電気化学シグナルの強度を正規化し、リボソームおよびプレリボソーム標的分子の濃度を決定した。発生した電気化学シグナルと被験合成標的分子の数との間の関係を用いて、各時点での試料由来の電気化学シグナルを被験体積当たりの標的分子数(濃度)に変換した。次いで、これを平板培養によって決定された各時点のCFU/ml値と組み合わせて、CFU測定値当たりの標的分子数を求めた。
【0083】
凍結水和大腸菌(E.coli)のクライオ電子顕微鏡法(クライオEM)。大腸菌(E.coli)培養物(5μl)を新たにグロー放電させた穴開き炭素グリッドに載せた後、ブロットし、液体エタンで急速凍結させた。凍結水和検体を、電界放射銃と4K×4K電荷結合素子(CCD;有限会社TVIPS、ドイツ)とを備えたPolara G2電子顕微鏡(FEI社、ヒルズボロ、オレゴン州ヒルズボロ、オレゴン州)を用いて、−170℃で撮像した。顕微鏡は300kVで操作し、クライオEM画像はそれぞれ4,700倍(3.76nm/ピクセル)および31,000×(0.57nm/ピクセル)の倍率で記録した。接種後の様々な時点で、9〜14個の細胞を無作為に選択し、その長さと幅を測定した。
【0084】
結果
プレrRNAに対する捕捉プローブおよび検出プローブの開発。rRNAプロセシングの過程で除去されるプレrRNA尾部に対するプローブ対を開発した(
図1)。プローブ結合のために接近可能であると予測される16SプレrRNAの5’尾部のある領域は二次構造から比較的免れているため、最初に、この領域に対する様々な長さのプローブ対を設計した。
図2に示されるように、上記のプローブ対の一部は、対数増殖期に採取した大腸菌(E.coli)試料に対して良い感度(シグナル/ノイズ比が高い)を示した。しかし、異なる増殖期の大腸菌(E.coli)を試験したところ、これらの16SプレrRNAプローブは定常期に対する対数期のシグナルの比が予想外に低かった(
図2)。以上の結果から、このようなプローブはインタクトなプレrRNA分子の信頼できるマーカーではないことが示された。
【0085】
次いで、標的配列がインタクトなプレrRNAにのみ存在するように、プレrRNA尾部と成熟rRNAとの間のスプライス部位とハイブリダイズするようプローブ対を設計した(
図1)。これらの標的配列は、プレrRNAがプロセシングを受けて成熟rRNAになる過程で消化されて2つの断片に分かれるため、消化後は、標的配列のいずれの断片も、シグナルを発生する程度に十分にプローブと結合しない。プローブ対を16S rRNAの5’および3’スプライス部位ならびに23S rRNAの3’スプライス部位への結合について試験した。プローブ対を、捕捉プローブから検出プローブおよび検出プローブから捕捉プローブの両方向で試験した。
図2に示されるように、スプライス部位を標的とするプレrRNAプローブ対は、定常期に対する対数期のシグナルの比がより高かった。これらの結果は、捕捉プローブがプレrRNA尾部に結合し、検出プローブが成熟rRNA領域に結合してインタクトなプレrRNAに対する特異性が得られるプレrRNAサンドイッチハイブリダイゼーションアッセイを用いたCangelosiら(3)の結果と一致する。23S rRNA3’スプライス部位に対する2種類のプローブ対のうちの1つは高いシグナルを発生し、定常期に比して対数期の細胞で相対的に高いシグナル比を有した。この捕捉プローブ(プレ23S 14m 3’JxnC)と検出プローブ(プレ23S 17m 3’JxnD)の対をのちのプレrRNA測定用に選択した。
【0086】
成熟rRNAの決定には、表1に明記される捕捉プローブおよびFITC−検出プローブを用いた。
【0087】
成熟rRNAとプレrRNAの増殖期の比較。本発明者らは、新鮮なMH培地への接種前および接種後の大腸菌(E.coli)の一晩培養物についてシグナルを成熟rRNAとプレrRNAとで比較した。標的rRNAおよびプレrRNAの濃度を、既知濃度の合成人工標的オリゴヌクレオチドを内部較正対照として各電気化学センサーチップに含めることによって推定した。これらの合成標的オリゴヌクレオチドは、捕捉プローブおよび検出プローブの両方とハイブリダイズすることにより機能した。1細胞当たりのコピー数を、細菌溶解物中のrRNA標的数および細胞数の濃度から計算した。本発明者らは、試料を氷浴で冷やし、4℃に冷却した遠心分離機で遠心分離することによって、プレrRNAおよびrRNAの測定値のばらつきを抑えることができることを発見した。一方、細胞は、特に増殖誘導期中および対数増殖期初期に低温ショックに対し感受性であった。このような理由から、培養物を低温の培地ではなく室温の培地で希釈することによって、正確な平板培養計数を得た。
【0088】
一晩培養物を新鮮な増殖培地に接種した直後(表2、時間0)、1細胞当たりのプレrRNAが2コピーから55倍の110コピーに増加し、rRNA合成の急激な誘導が示された。この時点で、プレrRNAに対する成熟rRNAの比は最低値の54:1に達した。
図3に示されるように、インキュベーション開始から2時間はプレrRNAレベルが増大し続け、インキュベーションの120分後に最大に達し1細胞当たり1,200コピーであった。プレrRNAが成熟rRNAに変換されたため、接種の150分後に成熟rRNAのコピー数が最大に達し、1細胞当たり98,000コピーを上回った。その後、成熟rRNAおよびプレrRNAはともに徐々に減少したが、増殖速度は210分後に最大に達し1時間当たりの細胞内濃度の増加が1.1対数単位であり、これは倍加時間16.5分に相当する。増殖のより後期には、プレrRNAのコピー数が成熟rRNAのコピー数よりも速い速度で減少し、最終的にはプレrRNAに対する成熟rRNAの比は1000:1を上回るまで増大した。
【0089】
図4Aに示されるように、対数増殖期および対数増殖期後期中には、細胞容積と1細胞当たりのrRNAコピー数との間に良い相関がみられ、細胞質内のrRNA密度が比較的一定であることが示された。この相関は細胞密度がOD
600nmを上回ると失われ、この時点で、細胞容積は安定していたのに対し、rRNAコピー数は減少し続けた。クライオ電子顕微鏡法を実施して、様々な増殖期での大腸菌(E.coli)の細胞容積を測定した。
図4Bに示されるように、大腸菌(E.coli)の細胞は、細胞が対数期から定常期に移行するにつれて、次第により短く細くなった。細胞の大きさの平均値は、最大で2.8μm
3(長さ4.87μm×幅0.85μm)、最小で0.45μm
3(長さ1.35μm×幅0.65)であった。
【0090】
抗生物質が成熟rRNAレベルおよびプレrRNAレベルに及ぼす効果。プレrRNA捕捉プローブおよび検出プローブが所望の標的に対して選択的であることを確認するため、リファンピシンおよびクロラムフェニコールがプレrRNAレベルに及ぼす効果を成熟rRNAと比較して検討した。これまで報告されている通り(3)、リファンピシンの添加がプレrRNAを選択的に減少させたのに対し、クロラムフェニコールはプレrRNAを選択的に増加させた(
図5Aおよび5B)。シプロフロキサシンおよびゲンタマイシンがプレrRNAレベルおよび成熟rRNAレベルに及ぼす効果も検討した。
図5Cに示されるように、シプロフロキサシンはリファンピシンと同等の効果を及ぼし、プレrRNAレベルが15分以内に有意に減少したのに対して、成熟rRNAは抗生物質添加から45分後まで対照レベルにとどまった。これとは対照的に、この抗生物質はシプロフロキサシン耐性微生物のプレrRNAレベルには何ら効果を及ぼさなかった(
図6)。ゲンタマイシンを添加すると、プレrRNAのレベルに影響することなく、成熟rRNAが減少した(
図5D)。
【0091】
【表1】
1略号:ヌクレオチド数(m)、捕捉プローブ(C)、検出プローブ(D)、スプライス部位(Jxn)、逆方向(R)。
2略号:FITC(F)、ビオチン(B)、チオール(S)。
*は、その高シグナル/ノイズ比に基づいて選択された捕捉プローブ/検出プローブ対を示す。
【0092】
【表2】
a対数単位で表した30分当たりの増殖速度。
b1時間当たりの倍加数。
c世代時間(分)。
d1細胞当たりのコピー数。
【0093】
考察
本発明者らは、プレrRNAの検出および定量化のための電気化学センサーアッセイについて記載する。プレrRNAはrRNA転写時に生成する不安定なrRNA前駆体分子のプールである。プレrRNAは、成熟過程で除去される5’尾部および3’尾部の存在により成熟rRNAと異なる。プレrRNAが総rRNAに占める割合は比較的少ない(0.1%〜10%)ため、その検出には高感度のアッセイを必要とする。必要とされる感度を達成するため、本発明者らの電気化学Auセンサーアッセイは、チオール化捕捉プローブと共固定化した後に希釈剤として6−メルカプト−1−ヘキサノールを組み込んだヘキサンジチオールを含む三元界面の使用に依存する。この新規な界面は、表面のブロッキングを大幅に改善し、ハイブリダイゼーション効率を最大限に高めて、標的核酸の超高感度の電気化学的検出を可能にすることが示されている(2、8、17)。本明細書に記載される電気化学的サンドイッチハイブリダイゼーションアッセイなどの直接的な核酸検出法には、qRT−PCRなどの標的増幅を必要とする方法に勝る固有の利点がある。本発明者らは、大腸菌(E.coli)の様々な増殖期中にプレrRNAを定量化することに成功し、増殖の定常期および増殖期のそれぞれにおいて1細胞当たりのコピー数が2から1,200コピーへと大幅にシフトすることを明らかにした。1細胞当たりのプレrRNAのコピー数が電気化学的に定量化されたのはこれが初めてである。本発明者らが観察したプレrRNAコピー数の600倍の増加は、蛍光検出を用いてCangelosiらにより報告された50倍の増加(3)よりも相当大きい値である。このような差が生じた理由としては、検出限界が低いことおよび大腸菌(E.coli)株の種類が考えられる。Cangelosiらは大腸菌(E.coli)株ATCC11775を検討しており、この菌株は1895年にMigulaによって分離されたもので、継代を重ねるうちに代謝が変化した可能性がある。これに対して、本発明者らの研究は、比較的速い最大倍加時間16.5分を有する最近分離された野生型の尿路病原性大腸菌(E.coli)株で実施したものである。
【0094】
プレrRNAおよび成熟rRNAに及ぼす効果は抗生物質によって異なる。リファンピシンは原核生物のDNA依存性RNAポリメラーゼの阻害剤である。プレrRNAは成熟rRNAへと迅速にプロセシングを受けるため、特に対数増殖期中に、転写を阻害すると直ちにプレrRNAのプールが減少する。これに対して、クロラムフェニコールおよびゲンタマイシンはタンパク質合成阻害剤である。クロラムフェニコールは、細菌リボソームの23Sサブユニットに結合することにより作用してタンパク質合成を阻害するのに対し、ゲンタマイシンは、リボソームの校正機能を阻害することにより作用し、それによって翻訳エラーと未成熟な状態でのペプチド鎖終止をもたらす。いずれの場合にせよ、これらのタンパク質合成阻害剤はプレrRNA合成を直接阻害しない。したがって、推測ではあるが、リボソームの形成および安定性に必要なタンパク質が失われたため、成熟rRNAのプールの減少が観察された。クロラムフェニコールの場合、プレrRNAプロセシングの阻害により、成熟rRNAの減少だけでなくプレrRNAの増加も生じた(
図5B)。
【0095】
シプロフロキサシンは、DNA超らせんを導入および解消する細菌トポイソメラーゼであるDNAジャイレースの活性を阻害する、キノロン系抗生物質である。超らせんの解消は、DNA複製の前にだけでなくRNA転写の前にもDNAをほどくために必要である(16)。リファンピシンの場合と同じく、シプロフロキサシンによってRNA転写を阻害したところ、プレrRNAが急速に減少し、この減少は抗生物質から15分以内に検出可能となった。キノロン耐性は通常、キノロンのジャイレースへの結合を妨げるジャイレース変異によって生じる。予想された通り、シプロフロキサシン耐性微生物では、シプロフロキサシンを添加してもプレrRNAレベルに何ら効果は認められなかった(
図6)。
【0096】
臨床検体に含まれる細菌の感受性を、臨床的意思決定に影響を及ぼすのに十分な時間枠で判定する方法に対する関心はかなり高い。現在用いられている臨床細菌学的方法の主な欠点は、臨床検体を処理する際に固形寒天培地上で細菌を分離する必要があるという点である。迅速に抗生物質感受性を試験できない場合、臨床医は通常、「経験に基づく」抗生物質治療を開始し、これは可能性のある微生物とその抗生物質耐性のパターンに関する予備知識に基づいて抗生物質を選択することを意味する。菌血症に用いられる経験に基づく抗生物質は通常、可能性のある多種多様な細菌性病原体を治療する広域性のものである。この方法は、特にキノロン耐性率が通常20〜30%である複雑性尿路感染症を管理する際に問題である(5)。さらに、広域抗生物質の過剰使用は、患者の細菌叢に選択圧をかけ、かつ耐性微生物の定着に有利に働くことによって、抗生物質耐性の出現の一因となる。
【0097】
最初の抗生物質選択の時点で抗生物質耐性に関するデータが必要であることに対処するには、臨床検体中の微生物の抗生物質感受性を分析する方法が必要である。電気化学センサーアッセイは、尿路感染症患者由来のヒト臨床尿検体で検証が実施されている(9、11)。プレrRNAの電気化学センサーアッセイは、RNA転写を直接的または間接的に阻害するリファンピシンおよびシプロフロキサシンなどの抗生物質に感受性の細菌を特定するのに有用であると予想される。最初にプレrRNAレベルを激減させた後に抗生物質がプレrRNAの補充を阻害する能力を測定することによって、抗生物質感受性試験のこの方法を他の薬物に拡張することが可能であると考えられる(4)。しかし、抗生物質は広く多岐にわたる機序で作用するため、総合的な抗生物質感受性試験を達成するには様々な方法が必要であると思われる。例えば、本発明者らは、ATP生物発光を適用して、抗生物質を添加した増殖培地および添加していない増殖培地に臨床尿検体を接種してから120分以内に尿路病原菌の抗菌物質感受性を判定することに成功している(7)。治療の時点でこのようなアッセイを臨床検体中の細菌に適用すれば、患者に個別の抗生物質療法が可能になると思われる。
【0098】
実施例2:細菌の増殖期を評価するためのプレrRNAの使用
1細胞当たりのプレrRNAコピー数と細菌増殖速度との間の相関を
図7に示す。増殖速度は600nmにおける濁度または吸光度増加によって測定された総細胞容積に基づき、1細胞当たりのprRNAコピー数のピークと同じ時間である、120分で最大に達している。
図8は、グラム陰性菌でのプレrRNAプローブ対の評価を示している。成熟rRNA特異的プローブ対から生じたシグナルに対するプレrRNA特異的プローブ対から生じたシグナルの比を、一晩培養物(O/N)または定常期培養物と対数増殖期の培養物とで比較した。プレrRNAのシグナルは、対数期のクレブシエラ(Klebsiella)細胞中で定常期のクレブシエラ(Klebsiella)細胞中より4倍高く、対数期のシュードモナス(Pseudomonas)細胞中で定常期のシュードモナス(Pseudomonas)細胞中より6倍高かった。
図9は、セファゾリンに対するプレrRNAの応答を示している。対数増殖期の大腸菌(E.coli)感受性株の培養物にベータラクタム系抗生物質のセファゾリンを添加すると、30分以内にプレrRNAの量が抗生物質未添加の培養物に比して1対数減少した。エラーバーは標準偏差の概算値である。
【0099】
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【0100】
実施例3:ベータラクタム系抗生物質に対する感受性の迅速な判定のためのアムジノシリン
キノロン系抗生物質のシプロフロキサシンに対する感受性を迅速に判定するには、成熟rRNAの代わりに前駆体rRNA(プレrRNA)のレベルを測定することが必要であった。本研究では、本発明者らは、ベータラクタム系抗生物質が成熟rRNAおよびプレrRNAに及ぼす効果を検討した。細菌は、それが感受性を示すベータラクタム系抗生物質の存在下で分裂することはできないが、一定期間にわたって伸長し続け得る。分裂せずに伸長する過程はフィラメント形成と呼ばれる。ペニシリン結合タンパク質(PBP)3に優先的に結合するベータラクタム系抗生物質は、フィラメント形成をより引き起こしやすい。フィラメント形成は、細胞壁の破裂による細胞溶解が起こるまで1時間以上にわたって持続し得る。フィラメント形成の間、細胞内の成熟rRNAおよびプレrRNAが増加し、rRNAまたはプレrRNAベースのアッセイが感受性細菌と耐性細菌とを識別する能力を妨げる。
【0101】
本発明者らは、PBP2結合化合物であるアムジノシリン(メシリナムとしても知られる)が、ベータラクタム系抗生物質によって引き起こされるフィラメント形成を防ぐことを発見した。フィラメント形成が阻止される結果として、アムジノシリンをベータラクタム系抗生物質と組み合わせた場合30〜45分以内に成熟rRNAおよびプレrRNAのレベルが減少する。アンピシリンなどの一部のベータラクタム系抗生物質では、アムジノシリンの効果は抗生物質の濃度と無関係である。セファゾリンおよびイミペネムなどの他の抗生物質では、アムジノシリンの効果は抗生物質の濃度に依存する。例えば、32μg/mlの濃度では、セファゾリンはアムジノシリンの有無に関係なく、30分以内にプレrRNAの減少を起こす。これに対して、4μg/mlの濃度では、セファゾリンはアムジノシリンが存在しなければプレrRNAの減少を起こさない。
【0102】
アムジノシリンの効果は、3つの主要なクラスのベータラクタム系抗生物質、すなわちペニシリン、セファロスポリン、およびカルバペネムに属する抗生物質で明らかにされている。アンピシリン、ピペラシリン、セファゾリン、セフォタキシム、およびイミペネムを含む抗生物質感受性アッセイへのアムジノシリンの添加は、抗生物質感受性細菌と抗生物質耐性細菌との迅速な識別を可能にする。重要なことに、アムジノシリン単独ではrRNAまたはプレrRNAのレベルに何ら効果を及ぼさなかった。さらに、ディスク拡散試験では、アムジノシリンが細菌のベータラクタム系抗生物質に対する感受性を増大させないことが明らかになった。換言すれば、アムジノシリンによって抗生物質耐性細菌がベータラクタム系抗生物質に感受性であるようにみえることはない。上記の研究は、PBP2特異的化合物が抗生物質感受性の迅速な判定を可能にすることを最初に明らかにしたものである。
【0103】
アムジノシリンを加えた場合または加えなかった場合にアンピシリンが成熟rRNAおよびプレrRNAに及ぼす効果を示すグラフを
図11A〜11Cに示す。アンピシリン感受性大腸菌(E.coli)(EC135株)をアンピシリン(16μg/ml)単独、アムジノシリン(1μg/ml)単独、アンピシリン+アムジノシリンで処理するか、いずれでも処理しなかった。アムジノシリンによりアンピシリン感受性を短時間で認めることができた。プレrRNAに及ぼす効果の方が成熟rRNAに及ぼす効果よりも顕著であった。
【0104】
アムジノシリンを加えた場合または加えなかった場合にセフトリアキソンが成熟rRNAおよびプレrRNAに及ぼす効果を示すグラフを
図12A〜12Bに示す。セフトリアキソン感受性大腸菌(E.coli)(EC103株)をセフトリアキソン(8μg/ml)単独、アムジノシリン(1μg/ml)単独、セフトリアキソン+アムジノシリンで処理するか、いずれでも処理しなかった。成熟rRNAおよびプレrRNAに対するセフトリアキソンによる効果は、アムジノシリンを加えた場合の方が、アムジノシリンを加えなかった場合よりも60分以上早くみられた。
【0105】
プレrRNAに及ぼす効果が濃度依存性であることを示すグラフを
図13A〜13Cに示す。セファゾリン感受性大腸菌(E.coli)(EC103株)をアムジノシリン(1μg/ml)+0〜32μg/mlの範囲の濃度のセファゾリンで処理した。セファゾリン濃度が32μg/mlのとき、アムジノシリンはプレRNAレベルに何ら効果を及ぼさなかった。セファゾリン濃度が4μg/mlのとき、アムジノシリンによりセファゾリン感受性を短時間で認めることができた。セファゾリン濃度が高いほどプレrRNAレベルが速く低下した。
【0106】
ベータラクタム系抗生物質+アムジノシリンが抗生物質感受性細菌および耐性細菌に及ぼす効果を示すグラフを
図14A〜14Dに示す。抗生物質感受性細菌および耐性細菌を、アムジノシリン(1μg/ml)+16μg/mlセファゾリン、4μg/mlセフトリアキソン、32μg/mlピペラシリン+4μg/mlタゾバクタム、および2μg/mlイミペネムを含む様々なベータラクタム系抗生物質で処理した。30〜90分以内に感受性細菌と耐性細菌との間でプレrRNAに対する効果に明らかな差がみられた。
【0107】
図15A〜15Fは、カービー・バウアーディスク拡散法による抗生物質感受性試験の結果を示すデジタル顕微鏡写真を示す。直径6mmの抗生物質ディスクを、アンピシリン感受性(EC135株)、アンピシリン耐性(EC96株)、セファゾリン感受性(EC103株)、セファゾリン耐性(EC96株)、イミペネム感受性(EC103株)またはイミペネム耐性(NDM−1株)の大腸菌(E.coli)叢を播種した寒天プレート上に置いた。各パネルとも、抗生物質のディスクが左側、アムジノシリンのディスクが右側である。画像は37℃で20時間インキュベートした後に得た。アムジノシリンと各被験抗生物質との間に相乗効果は認められなかった。
【0108】
図16A〜16Dに示されるデータは、アムジノシリンがアンピシリンに誘導される大腸菌(E.coli)のフィラメント形成を阻止することを示す。アンピシリン感受性大腸菌(E.coli)(EC103株)細胞の長さを、抗生物質無し、アンピシリン、またはアンピシリン+アムジノシリンで30分間処理した後測定した。抗生物質無し(
図16A)、アンピシリン(
図16B)、およびアンピシリン+アムジノシリン(
図16C)で処理した代表的な細胞のデジタル顕微鏡写真が示されている。
図16Dは、アンピシリンによって大腸菌(E.coli)細胞の長さが平均4倍以上増大し、その一部がアムジノシリンによって阻止されたことを示す頻度ヒストグラムである。
【0109】
当業者には、上述の記載に開示される概念および具体的な実施形態が、本発明の同じ目的を遂行するためにその他の実施形態を修正また設計する基礎として容易に用い得るものであることが理解されよう。上記のものは本発明の好ましい実施形態を十全に記載したものであるが、様々な代替物、修正物および均等物を用い得る。したがって、上述の記載は、添付の特許請求の範囲により定められる本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。