(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記算出した特定位置間距離が所定の閾値を超えた場合、前記設備に所定の程度を超える異常が生じていると判断する、請求項1から4のいずれか一項に記載の回転体およびその軸受を含む設備の診断方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、加工組立型プラント(加工組立産業における工場であり、一般機械、電気機械、精密機械、輸送機械など、より具体的には、自動車、半導体や電子部品などの製造プラント)には、小型軸受(内径が小さな軸受であって、精密機械などに使用されているようなもの)が多数組み込まれた設備や可動設備(測定点が移動する設備であり、レール上を移動する機械あるいはロボットなどを指す)などが数多くあり、従来の振動法などの適用が困難な場合がある。
【0006】
すなわち、従来実施されている振動法による状態管理(傾向管理)は例えば装置産業型プラント(石油化学、電力、鉄鋼など)で使用されているもので、一般的に、モーターの軸受部やファン(ポンプ等)を支持している軸受部を測定する。具体的には、例えば4点の垂直、水平、軸方向の各ポイント計12点の測定が行われるが、軸受が20個あるいは30個設置されている設備などは通常の数倍(例えば5倍ないし8倍)のコストと時間がかかる。電子部品や精密機械などの加工組立型プラントの生産設備では、小型の設備もあり、測定部が狭く振動測定が困難となることがある。
【0007】
つまり、一般的に回転機械の状態監視に最も使用されている振動測定法では、何らかの方法でセンサを設備に接触させなければならないので、軸受部(測定箇所)の数が非常に多かったり、軸受部が機械の内部の奥まった場所にあったり、測定箇所が移動してしまったりするような設備では適用が困難となる。センサを設置する時間、測定する時間が長くなるため、この作業を何百台もの設備に毎月行うことは現実的ではない。この点、従来手法は、センサ設置等の費用が嵩むといった事情からコスト高となることがあった。
【0008】
また、状態監視の目的は、壊れる兆候を早く検知して壊れる前に計画的にメンテナンスを行うことにある。異常兆候を見つけて壊れるまでの時間は「リードタイム」と呼ばれるが、このリードタイムをなるべく長くとることで、メンテナンスアクション(部品の発生、工事計画、補修時期の検討など)を行えることになる。計画的な補修を行うことで、休止損失(設備が停止して、生産活動ができないことで生じる生産損失)を最小にすることができる。この点、従来手法は、異常の兆候を見つけられず、何らかの異常が顕在化してから診断や所要の修理・交換をするといったように、異常に対して早期に対応することが難しくなる場合もあった。
【0009】
そこで、本発明は、診断に要するコストを抑えるとともに、異常に対してより早期に対応できるようにした、回転体およびその軸受を含む設備の診断方法と診断システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる課題を解決するべく、本発明者は、これらの設備に対し、非接触で計測ができる音響法を利用して、音声等認識技術で活用されている統計的多次元尺度構成法(多次元尺度構成法(Multi Dimensional Scaling)の一種で、一例としてCOSMOS法:Comprehensive Space Map of Objective Signalが挙げられる。)により状態監視する手法を見いだし、課題解決に結びつく知見を得た。かかる知見に基づく本発明は、回転体およびその軸受を含む回転機器を有する設備を診断する方法であって、
前記回転機器の動作時に発せられる動作時ベクトルデータを複数取得し、
該取得した動作時ベクトルデータを統計的多次元尺度構成法によって解析し、
該解析によって複数の動作時ベクトルデータを2次元平面上にプロットして診断対象プロット群を生成し、
該診断対象プロット群の特徴を表す特定位置を算出し、
前記統計的多次元尺度構成法によって前記2次元平面上にプロットされた基準ベクトルデータの基準プロット群の特徴を表す特定位置と、前記診断対象プロット群における前記特定位置との距離である特定位置間距離を算出し、
該算出した特定位置間距離に基づいて前記設備における異常を判断することを特徴とする。
【0011】
この診断方法では、統計的多次元尺度構成法(COSMOS法)を、回転体及び軸受等を含む回転機を有する設備に適用する。より詳細に言うと、回転機器の動作時に発せられる多次元空間のデータ(ベクトルデータ)を2次元平面上にプロットして表したデータ(以下、写像したデータともいう)において、基準となる状態の運転時のデータ群(基準ベクトルデータ)を写像したデータの特徴を表す特定位置と、経年運転により該回転機器が劣化した後の新たな測定で得られた動作時データ群(動作時ベクトルデータ)を写像したデータの特徴を表す特定位置から算出される特定位置間距離(以下、COSMOS距離ともいう)を利用する。基準となる状態としては、設備立ち上げ直後の経年劣化がほとんどない状態であっても、ある程度経年劣化しているが継続運転可能な状態であってもよい。本明細書でいう基準ベクトルデータは、診断する際、当該基準からどの程度の変化が生じたかを表す基準の状態を示すものである。なお、基準の状態は一般には正常な状態であるが、正常異常は線引きの仕方によって変わるものであり、基準ベクトルデータが異常を表すデータであることは妨げられない。
【0012】
後述する実施例の項で詳しく説明するように、COSMOS距離と振動加速度の相対比(設備の異常時における振動加速度と正常における振動加速度とを対比したもの)とは相関が見られる。したがって、算出したCOSMOS距離を利用することにより、対象設備を定量的に診断することが可能となる。また、この診断方法では、音響や電流といった動作時データを対象としており、センサを対象設備に接触させなくて済むから、センサを設置する時間、測定する時間が長くなることはない。さらに、この診断方法によれば、定量的かつ定期的に診断することにより、壊れる兆候をいち早く検知して早期に対応することが可能となる。
【0013】
また、この診断方法においては、前記特定位置として、前記診断対象プロット群における中心位置を算出し、
前記基準ベクトルデータの基準プロット群における中心位置と、前記診断対象プロット群における中心位置との距離である中心位置間距離を算出し、該中心位置間距離を前記特定位置間距離として用いることができる。
【0014】
また、診断方法において、前記動作時データのスペクトルの所定範囲に重みづけしたデータを用い、該データを統計的多次元尺度構成法によって解析することもできる。
【0015】
この診断方法においては、算出した特定位置間距離の大きさに応じて異常の程度を判断することができる。
【0016】
また、この診断方法において、前記算出した特定位置間距離が所定の閾値を超えた場合、前記設備に所定の程度を超える異常が生じていると判断することができる。
【0017】
また、前記軸受は、転がり軸受であってもよい。
【0018】
また、前記基準ベクトルデータは、予めメモリされた正常時のベクトルデータであってもよい。なお、上記正常時としては、設備立ち上げ直後の状態、経年運転後の状態が挙げられる。
【0019】
前記動作時データとして、前記回転機器の動作時に発せられる音響データを用いることができる。この方法においては、多数存在する測定点を1個のデータ取得装置(例えばマイクロホン)にて、ひとまとめにして診断し、異常検出のスクリーニングをすることが可能である。すなわち、例えば従来の振動法やAE法ではセンサを設置した箇所の診断は可能だがその他の点は診断できないのに対し、本発明に係る診断方法では音響データを取得することで、診断対象(例えばモーターの両軸受)のいずれかに生じうる異常を1個のデータ取得装置(例えばマイクロホン)で検出することが可能である。なお、データ取得装置(例えばマイクロホン)が複数台あれば、より広大なエリアの状態を監視することが可能となる。
【0020】
また、本発明は、回転体およびその軸受を含む設備を診断する診断システムであって、
前記回転機器の動作時に発せられる動作時ベクトルデータを複数取得するデータ取得装置と、
前記動作時ベクトルデータを統計的多次元尺度構成法によって解析し、該解析によって得られた複数の動作時ベクトルデータを2次元平面上にプロットして診断対象プロット群を生成し、該診断対象プロット群の特徴を表す特定位置を算出し、前記統計的多次元尺度構成法によって前記2次元平面上にプロットされた基準ベクトルデータの基準プロット群の特徴を表す特定位置と、前記診断対象プロット群における前記特定位置との距離である特定位置間距離を算出し、該算出した特定位置間距離に基づき、前記設備における異常を判断する制御装置と、
を備えることを特徴とする。
【0021】
前記制御装置は、基準ベクトルデータを記憶する不揮発性の記憶装置と、動作時ベクトルデータを記憶する揮発性または不揮発性の記憶装置と、これらのベクトルデータから特定位置間距離を算出する中央演算処理装置(CPU)とを備える装置であってもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、診断に要するコストを抑えるとともに、異常に対してより早期に対応できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】オフラインの診断システムの構成例を示す図である。
【
図3】オンラインの診断システムの構成例を示す図である。
【
図4A】音響スペクトルデータとそれぞれのデータの周波数分解能Δfi毎の振幅値を表すマトリックスである。
【
図4B】音響スペクトルデータAB間の相互距離D(i,j)を求める際の数式等を示す表である。
【
図5A】本発明の実施例における試験装置およびマイクロホンの設置位置の一例を示す平面図である。
【
図5B】試験装置およびマイクロホンの側面図である。
【
図6】本発明の実施例1において計測した音響スペクトルを示す図である。
【
図7】音響データの周波数10kHz〜20kHzの音響波形を示す図である。
【
図8】本発明の実施例1における音響波形をエンベロープ処理し、フーリエ変換したスペクトル(10k〜20kHz:計測距離2.0m)を示す図である。
【
図9】異常時(外輪きず有り)軸受(0.3mm)と正常時(外輪きず無し)軸受におけるCOSMOS解析結果(1k〜20kHz:計測距離2.0m)を示す図である。
【
図10】外輪きず軸受(0.3mm,0.5mm)と正常軸受におけるCOSMOS解析結果(1k〜20kHz:計測距離2.0m)を示す図である。
【
図11】外輪きず軸受(0.3mm,0.5mm)と正常軸受におけるCOSMOS距離と振動加速度値比較(10k〜20kHz:計測距離2.0m)の結果を示す図である。
【
図12】本発明の実施例2における油膜形成不良試験のCOSMOS解析結果(10k〜20kHz:計測距離2.0m)を示す図である。
【
図13】油膜形成不良試験(10k〜20kHz:計測距離2.0m)におけるCOSMOS距離と振動加速度の経時変化を示す図である。
【
図14】グリスへの異物混入試験におけるCOSMOS解析結果(1k〜20kHz:計測距離2.0m)を示す図である。
【
図15】グリスへの異物混入試験の際、グリス量を0.01gから0.2gまで増量した場合のCOSMOS距離と振動加速度値の変化を示す図である。
【
図16A】転がり軸受に異常がある場合のCOSMOS距離と加速度比の関係を示すグラフである。
【
図16B】COSMOS距離の経時変化が表されたトレンドの一例を示す図である。
【
図17】転がり軸受きずにおける軸の動きを示す図である。
【
図18】転がり軸受に外輪きず(0.3mm)がある場合の電流スペクトルと正常時の電流スペクトルを比較した図である(0〜2kHz)。
【
図19】転がり軸受に外輪きず(0.3mm)がある場合の電流スペクトルと正常時の電流スペクトルを比較した図である(0〜100Hz)。
【
図20】転がり軸受に外輪きず(0.3mm)がある場合の電流COSMOS結果(0〜2000kHz)を示す図である。
【
図21】転がり軸受に外輪きず(0.3mm)がある場合の試験時の音響スペクトル結果(0〜2000kHz)を示す図である。
【
図22】軸受異常周波数範囲を増幅したスペクトルH(x)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。
【0025】
<診断システムの概要>
診断システム1の概要を示す。診断対象は、回転体(例えば回転軸104)や軸受(例えば転がり軸受106)を含む回転機器110(
図5A、
図5B参照)、あるいはこのような回転機器110を有する設備である。この診断システム1には、オフラインシステムとオンラインシステムとがある。
【0026】
(オフラインシステム)
生産現場に設置されているマイクロホン4と中継ボックス6を使って音響波形をデータ収集器(収録デバイス)8に収録する(
図1参照)。収録された音響波形のデータは、解析可能な場所に(解析用の屋内施設など)に持ち帰り、音響波形を再生してPC10にて解析することができる。
【0027】
(PC内での処理)
PC10は、音響波形解析ソフトを有しており、データ収集器8に収録された音響波形データの解析とその結果の出力を行う。PC10における処理の概要を
図2に示す。PC10の制御装置(図示しないCPU)は、正常音響波形(予めメモリされた基準ベクトルデータ)にFFT(高速フーリエ変換)を施し、周波数分解能毎の振幅で表現されるスペクトルを、各スペクトル間の相互距離のデータとして変換する前処理をする。また、計測データである音響波形にもFFTを施し、同様の前処理をする。さらに、PC10の制御装置は、該前処理をした正常音響波形(メモリデータ)と音響波形(計測データ)とをCOSMOS解析し(詳しくは後述)、出力する。また、COSMOS解析により算出された特定位置間距離(COSMOS距離)は、基準値(
図16Bの破線)との比較による判定に用いられ、その後、経時変化が表されたトレンドが出力される(
図16B参照)。なお、診断対象である転がり軸受106等で異常が生じていると診断した場合、PC10は、音響波形をエンベロープ処理してFFTを施したものと、算出した異常時発生周波数とを照合し、解析結果を出力する。
【0028】
(オンラインシステム)
生産現場に設置されているマイクロホン4から変換器7を通してホストコンピューター9にデータを送り、連続監視する(
図3参照)。ホストコンピューター9は、基準値とCOSMOS距離を比較判定し、基準値を超えた場合に警報を出力する。なお、ホストコンピューター9内での処理は、制御装置(図示しないCPU)が行うが、上記したオフラインシステムのPC10内でのものと同様である。
【0029】
<統計的多次元尺度構成法(COSMOS法)の原理>
多次元尺度構成法(COSMOS法:Comprehensive Space Map of Objective Signal)とは多次元空間上でのベクトルデータの相互距離の総和と写像先の2次元可視空間上での相互距離の総和の差分が最小になるように最急降下法を用いて非線形写像を行う方法である。多次元空間上の相互距離は、多次元上のベクトルデータ間の距離関係を表した「距離」であり、この距離関係を用いて2次元平面上に写像する(2次元平面上の相互距離と多次元空間上の相互距離の誤差を最小にした状態で2次元平面上の写像位置を求める)。COSMOS解析により、この2次元平面上に写像されたデータ群間の距離を示すものが「COSMOS距離」である。以下に具体的な内容を示す。
【0030】
L次元空間内のN個のベクトルデータをP(i)(i=1,2,・・・,N)で表す。
【0031】
P(i)の一対一に対応する2次元ベクトルを z(i)=[x
1(i)x
2(i)]
T (i=1,2,・・・,N)で表す。
【0032】
L次元空間内でのP(i)とP(j)の相互距離をD(i,j)で表す。
【0033】
ここで、相互距離をD(i,j)を求めるまでの処理(前処理)について説明を加えておく。まず、統計的多次元尺度構成法において、A〜Jの10個の音響スペクトルデータがあるとする。それぞれのデータは周波数分解能Δfi(i=1,2,3,・・・10)毎の振幅値ai〜jiを持つ10次元空間のベクトルである(
図4A参照)。
A(a1,a2,・・・,a10),B(b1,b2,・・・,b10),・・・,J(j1,j2,・・・,j10)
【0034】
A,B,……におけるそれぞれの相互距離の関係、つまり10次元空間上のAB間の相互距離D(i,j)を、
図4Bに示す内容に従って求める。ここまでが「前処理」に該当する。
【0035】
続いて、L次元から2次元への非線形写像の2次元座標を zm(i)=[x
m,1(i)x
m,2(i)]
T (i=1,2,・・・,N)で表す。
【0036】
mは非線形写像のm回目の繰り返し時を表す。Zm(i)とZm(j)のユークリッド距離を
【数1】
で表す。なお、L次元空間から2次元平面への非線形写像のm番目の繰り返し時のZ
m(i)とZ
m(j) のユークリッド距離は数式2で表される。
【数2】
【0037】
非線形写像のm回目の繰り返しにおけるベクトルデータP(i)の局所的写像誤差E
m(i)を相互距離D(i,j)とユークリッド距離(数1参照)で表すと、
【数3】
【0039】
大局的写像誤差Emを局所的写像誤差Em(i)の総和で表すと
【数5】
【0040】
ここで、非線形写像のm+1番目の繰り返しにおける座標Z
m+1(i)とZ
m+1(j)は最急降下法により下式で与えられる。
【数6】
【0043】
なお、最急降下法(Steepest descent method)とは、関数の傾きのみから、関数の最小値を探索する勾配法のアルゴリズムの一つである。ここでは、n次のベクトルx=(x
1,x
2,x
3,・・・・,x
n)を引数とする関数をf(x)としてこの関数の極小値を求める。勾配法では反復法を用いてxを解に近づけていく。x
(k)の位置にあるとき、次式で値を更新していく。
【数10】
【0044】
ここでは、(1)xの初期値x
(0)を決めて、m=0とする。(2)∂f(x
(m))/∂x
j(m)=0(j=1,2,・・,n)であるなら終了(十分小さな値になれば終了)。(3)x
(m)を更新する。(4)m=m+1として(2)に戻る。なお、gradf を fの「勾配」という。勾配ベクトルgradf(x)は関数fの変化率が最も大きい方向を向く。したがってαが適当な値ならばf(x
(k+1))は必ずf(x
(k))より小さくなる。
【0045】
また、αは1回で更新する数値の割合を決めるパラメータであり、Sammon法では0.3〜0.4が適当とされるが、COSMOS法では0.1以下の値が適当である。αが大きすぎると発散の恐れがあり、小さすぎると収束が遅くなる。
【実施例1】
【0046】
上述した診断システムおよび診断方法の試験を実施した。以下、その結果を実施例として説明する。
【0047】
<転がり軸受外輪きず試験>
モーター102、回転軸104、一対の転がり軸受106等で構成される試験装置100を用いて試験を行った(
図5A、
図5B参照)。ここでは、一方の転がり軸受106の外輪レース面に幅0.3mm(深さ0.3mm)および幅0.5mm(深さ0.5mm)のスリットきずを付け、回転軸104を3420rpmで回転させた時の音響を2m離れた位置のマイクロホン4で計測した。この時の音響スペクトルを
図6に示す。
【0048】
転がり軸受106のきず有り時と正常時(きず無し時)とでは、約14kHzを中心とした周波数領域(12kHz〜17kHz)の差異が明確に見られた(
図6参照)。
【0049】
また、計測された音響データの周波数10kHz〜20kHzの音響波形を
図7に示す。この音響波形から、きずの影響である突発型の衝撃波形が周期的に発生していることがわかる。
【0050】
図8に、
図7に示した音響波形をエンベロープ処理し、フーリエ変換したエンベロープスペクトルを示す。このエンベロープスペクトルにおいては、数式11から求められる外輪きず周波数f
outおよびその高調波が発生している。
【0051】
【数11】
【0052】
この音響エンベロープスペクトルをCOSMOS法によって解析することにより(本明細書では、この解析をCOSMOS解析と呼ぶ場合がある)、
図9に示すようにマップ上に外輪きず軸受(異常軸受)と正常軸受(外輪きず無し)とのデータをプロットすると、診断対象プロット群(異常軸受のもの)と基準プロット群(外輪きず無しのもの)とに明確に弁別されることがわかる。
【0053】
COSMOS距離は、COSOMOS解析で得られた2次元平面マップ上にプロットされたn個の基準データ群の中心位置座標
【数12】
と、診断対象プロット群の中心位置座標
【数13】
との距離であり、
【数14】
で表せる。
【0054】
図10に、幅0.5mm、深さ0.5mmの外輪きずの場合も含めた、COSMOS解析の結果のマップを示す。診断対象プロット群の中心位置Pt、基準プロット群の中心位置Psがそれぞれ算出され、マップ上に表されている。ここで、
図10中における外輪きず軸受(0.3mm)のプロット群の数式13から求めた中心位置Pt(-115.22,30.09)と、同様に算出した外輪きず軸受(0.5mm)のプロット群の中心位置Pt(10.50,181.97)および正常軸受である基準プロット群の中心位置Ps(104.72,-212.06)からCOSMOS距離を算出したところ、数式14により算出された正常軸受と0.3mm外輪きずのCOSMOS距離が327であり、0.5mm外輪きずのCOSMOS距離が405となる。つまり、きずが0.5mmの時は0.3mmの時に比べて、振動加速度値と同様、COSMOS距離も増大していることがわかる。
【実施例2】
【0055】
<油膜形成不良(油ぎれ)軸受試験>
実施例1と同じ試験装置100の転がり軸受106のグリス量を0g,0.1gおよび1.0g(正常)の場合のCOSMOS解析結果を
図12に示す。グリス量0gからグリスアップ(グリス量増加)すると正常時と同じ位置に戻っていることが伺える。
【0056】
また、同じ試験装置100の転がり軸受106のグリス量を0.05gに減らして回転軸104ごと回転させた場合のCOSMOS距離と振動加速度の経時変化を
図13に示す。試験開始直後から3.5時間経過時までにCOSMOS距離が大きくなる一方で、グリスアップすると低下しており、振動加速度値と同様の傾向を示している。つまり、振動加速度を用いた場合と同様に、COSMOS距離を用いた油膜形成不良(油ぎれ)の状態監視が可能であるといえる。
【実施例3】
【0057】
<グリスへの異物混入試験>
転がり軸受106のグリスに様々な量の異物(関東ローム砂)を混入させる試験を実施した。そのCOSMOS解析結果を
図14に示す。また、グリス量を0.01gから0.2gまで増量した場合のCOSMOS距離と振動加速度値の変化を
図15に示す。
【0058】
これらの結果から、異物の混入量とCOSMOS距離、および加速度値には相関が見られ、振動加速度を用いた場合と同様、COSMOS距離を用いた異物混入状態監視が可能であるといえる。
【実施例4】
【0059】
<COSMOS距離と振動加速度比の関係>
COSMOS距離と振動加速度比の関係について検討した。振動加速度比とは、正常時の加速度値と各種異常時の加速度値の倍率をいう。COSMOS距離は正常データと各種異常データとの距離であるので、各種異常時における加速度値の正常値との比(相対比)と同じ考え方となる。
【0060】
COSMOS距離と加速度比の関係を
図16Aに示す。これより、加速度の相対判定と同じようにCOSMOS距離での転がり軸受異常判定が可能である。加速度比とCOSMOS距離の関係は、
図16Aに示す様に線形の関係が見られるため、加速度比による相対判定と同様にCOSMOS距離による相対判定が可能となる。
【実施例5】
【0061】
<モーター電流兆候解析(MCSA)への活用>
電流診断手法の一つであるモーター電流兆候解析(Motor Current Signature Analysis:MCSA)は、電源ケーブルから信号を検出するので、設備から離れた場所からのデータ収集が可能であるという利点がある。すなわち、モーターの電源ケーブルから得られた電流波形を用いて解析することができるため、現場の対象設備にセンサを設置する必要はなく、現場から離れた電気室の電源盤などといった電源設置場所でのデータ収集が可能である。
【0062】
ただし、MCSAでは転がり軸受のきず検出は困難であった。これは、MCSAの原理は軸に直結しているモーター回転子が異常により揺れることで電流波形が微小な振幅変調を受けることで発生する電流スペクトルにおける変化を検出することにより異常を検知するというものであるが、しかし、軸受きずが軽度の場合、きずに軸受転動体が衝突、または落ちても軸受クリアランスで吸収し、前後の転動体で軸を支えるために軸の揺れが小さいことに起因すると考えられた(
図17参照)。
【0063】
これに対し、本発明に係る診断方法を適用して転がり軸受を診断することを試みた。電流スペクトルでは明確な差異が見られない0.3mmの外輪きずにおいても(
図18、
図19参照)、
図20に示すようにCOSMOS法を用いることでこの微細な軸の揺れによって発生する電流スペクトルの差異をも弁別できることがわかった。したがって、回転機器の動作時に発せられる動作時データの一例として音響データを対象とした場合と同様、モーターの電源ケーブルから得られた電流波形を対象とした場合にも、COSMOS距離による状態監視が可能となることがわかった。
【実施例6】
【0064】
<軸受きず周波数特性を用いた低周波ノイズ影響の低減>
軸受きず試験にて得られた音響スペクトル(
図21参照)の発生周波数は12k〜17kHzを中心に幅広く発生していた。ここで、ある周波数範囲毎(例えば2kHz毎)の正常スペクトルと異常スペクトルの振幅差の2乗の合計を求め、最も高い値で除して正規化して異常スペクトルのパターンを求めた。これを関数G(x)として、新たに測定した音響スペクトルF(x)との積にて軸受異常周波数範囲を増幅したスペクトルH(x)を求めた(
図22参照)。
【0065】
このH(x)の異常値と正常値のスペクトルを用いて、COSMOS法を行うとより異常検知能力が上がり軸受以外の低周波ノイズの影響を受けづらくなることで診断精度が向上することがわかった。
【0066】
<軸受がすべり軸受である場合の本発明の適用について>
本実施形態では、診断対象に含まれる軸受が転がり軸受である場合を例示しながら説明したが、本発明によれば、転がり軸受のきずだけではなく、潤滑不良(油ぎれや潤滑油中への異物混入など)、はめあいガタ(軸受外輪とハウジング間、主軸と内輪間のしめしろ不足)および回転部の接触、すべり軸受の接触などから発せられる異常音を検出できると考えられた。ちなみに、上記の異常現象にて可聴域の異音が発生することは、現場での聴心棒などを用いた聴音による点検などの結果により明らかであり、振動診断においても振動加速度により診断可能である。