(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6497959
(24)【登録日】2019年3月22日
(45)【発行日】2019年4月10日
(54)【発明の名称】コレステロールを低減したカズノコ由来組成物の製造方法とその用途
(51)【国際特許分類】
A23L 17/30 20160101AFI20190401BHJP
【FI】
A23L17/30 Z
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-28512(P2015-28512)
(22)【出願日】2015年2月17日
(65)【公開番号】特開2016-149968(P2016-149968A)
(43)【公開日】2016年8月22日
【審査請求日】2017年10月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】594038025
【氏名又は名称】井原水産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081086
【弁理士】
【氏名又は名称】大家 邦久
(74)【代理人】
【識別番号】100121050
【弁理士】
【氏名又は名称】林 篤史
(72)【発明者】
【氏名】井原 慶児
(72)【発明者】
【氏名】棟方 正信
(72)【発明者】
【氏名】高橋 是太郎
【審査官】
千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】
特表2006−507846(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0115576(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0003335(US,A1)
【文献】
特開昭59−135847(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カズノコの凍結乾燥物に対して超臨界二酸化炭素流体を用いて圧力12〜15MPa、温度40〜80℃の条件で連続抽出を行い、残渣を回収する工程を有する、コレステロール量を低減し、リン脂質結合型n−3ドコサヘキサエン酸(DHA)およびリン脂質結合型n−3イコサペンタエン酸(EPA)の含有率を高めたカズノコ由来組成物の製造方法。
【請求項2】
コレステロールを20〜90質量%低減する請求項1に記載のカズノコ由来組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスファチジルコリン結合型n−3ドコサヘキサエン酸(DHA)およびイコサペンタエン酸n−3(EPA)を含有し、コレステロールの量を低減したカズノコ由来の組成物の製造方法と、その方法から得られた組成物を含む機能性食品に関する。
【背景技術】
【0002】
DHAおよびEPAのn−3系脂肪酸は、平成24年度消費者庁から公表された「食品の機能性評価モデル」で唯一A評価(心血管疾患リスク低減、血中中性脂肪低下作用、関節リューマチ症状緩和)を受けた物質である。
【0003】
これらの脂肪酸はマグロ、カツオ、イワシなどの魚肉、廃棄物の魚頭、魚内臓から抽出して得られる。抽出法としては、例えば、熱水抽出(特許文献1)、遠心分離抽出(特許文献2)、溶剤抽出(特許文献3,4)、亜臨界水抽出(特許文献5)が知られている。これらの脂肪酸は、いずれもトリグリセリド(TAG)結合型である。TAG−DHAおよびTAG−EPAは脂肪分解酵素によりモノグリセリドとなり、ミセル形成を介した胆汁酸塩による乳化を経て小腸から吸収される。
【0004】
それに対してカズノコ(ニシンの魚卵)に含まれるDHAおよびEPAはリン脂質結合型であり、特に主成分のホスファチジルコリン結合型DHAおよびEPAは、胆汁に依存せずにミセルを形成して、小腸でホスホリパーゼによりリゾホスファチジルコリンとして吸収され、TAG結合型より格段に吸収効率がよい。ホスファチジルコリン結合型DHAおよびEPAは、魚卵以外では、アザラシ、オキアミに含有している。
【0005】
カズノコのリン脂質はホスファチジルコリン(PC)が主成分であるので、PC−DHAより誘導されたDHA結合型リゾホスファチジルコリン(LPC−DHA)は脳関門を通過し、神経伝達物質コリンの前駆体を供給することができる。
【0006】
このようにカズノコのPC−DHA、PC−EPAは魚肉、魚頭、魚内臓由来のTAG−DHA、TAG−EPAより優れた機能性を有しているが、抗メタボリックシンドローム用の機能性食品素材として開発されていないのは、魚油の原料になる魚肉、廃棄物の魚頭、魚内臓などに比べて原料が高価である他、コレステロール含有量が多いことも原因に挙げられる(非特許文献1)。
【0007】
カズノコからの魚卵油(脂質)の抽出法としては、有機溶剤ヘキサン:エタノール(1:1)による抽出(非特許文献2)や、85〜100%エタノールによる抽出(特許文献6)などが知られているが、これらの方法ではコレステロールは選択的に低減されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−103830号公報
【特許文献2】特開2004−91514号公報
【特許文献3】特許2993253号公報
【特許文献4】特開2004−91616号公報
【特許文献5】特許4739297号公報
【特許文献6】特開2010−53054号公報
【特許文献7】特公昭46−42944号公報
【特許文献8】特開昭47−19062号公報
【特許文献9】特開昭54−70469号公報
【特許文献10】特許1445174号公報
【特許文献11】特開昭59−140299号公報
【特許文献12】特開平03−98541号公報
【特許文献13】特許3081038号公報
【特許文献14】米国特許第3717474号公報
【特許文献15】米国特許第4333959号公報
【特許文献16】英国特許第2238456号公報
【特許文献17】特許1921892号公報
【特許文献18】特開平05−268911号公報
【特許文献19】特許199110号公報
【特許文献20】特許3558423号公報
【特許文献21】特開2004−2663号公報
【特許文献22】特開2004−26767号公報
【特許文献23】特開2012−170441号公報
【特許文献24】特許2963152号公報
【特許文献25】特許3081692号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Food Chemistry, 2006, 94, 61-7
【非特許文献2】J. Agric. Food Chem., 2006,54,3750〜55(PMID19127755)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
機能性に優れたPC−DHAおよびPC−EPAを含有するカズノコを用い、そのコレステロール量を低減することの報告はない。油脂からのコレステロール低減方法としては、リポ蛋白質を含有する鶏卵の乾燥黄身からコレステロールを低減する方法が知られている。例えば、非極性溶媒による抽出(特許文献7)、アセトンによる抽出(特許文献8)、ジメチルエーテルによる抽出(特許文献9)、超臨界二酸化炭素による抽出(特許文献10〜13)等である。また、液状卵黄からの脂質除去として、食用油との混合法(特許文献14〜16)、超臨界二酸化炭素による抽出(特許文献17,18)が知られている。しかし、鶏卵黄身のDHAおよびEPAはリン脂質結合型が少なく、これらの方法はPC−DHAおよびPC−EPAを多く含むカズノコには適応できない。
【0011】
また、魚加工残渣の頭部、イカ等から溶剤抽出することによりリン脂質、DHA、スフィンゴミエリンを多く含む組成物を製造する方法が知られているが(特許文献19〜23)、コレステロール量の低減はなされず、また溶剤除去の問題がある。
【0012】
オキアミ油を超臨界二酸化炭素により抽出する方法が知られているが(特許文献24,25)、アスタキサンチン等色素分離が主目的で、コレステロールを低減することについては記載がない。
【0013】
本発明は、PC−DHAおよびPC−EPAを含有するカズノコを原料とし、有機溶媒を用いずにしかも環境に負担をかけない方法で効率よくコレステロールの量を低減した組成物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記目的を達成するために検討した結果、超臨界二酸化炭素による抽出法を用いることによりカズノコのコレステロールを低減し、PC−DHAおよびPC−EPAの含有率を増大させたカズノコ由来の組成物が得られることを見出した。
すなわち、本発明は以下からなる。
【0015】
[1]カズノコの凍結乾燥物を超臨界二酸化炭素流体による抽出を行い残渣部を回収する工程を有する、コレステロール量を低減し、PC−DHAおよびPC−EPAの含有率を高めたカズノコ由来組成物の製造方法。
[2]コレステロールを20〜90質量%低減する前記1に記載のカズノコ由来組成物の製造方法。
[3]前記1または2に記載の方法で得られたカズノコ由来組成物を含有する機能性食品。
[4]カプセルまたは錠剤である前記3に記載の機能性食品。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、カズノコから有機溶媒を用いずに安全な方法でコレステロール量を低減し、カズノコに特有のPC−DHAおよびPC−EPAの含有率を高めることができる。得られたカズノコ由来組成物は安全性に優れ、コレステロールの量は低減され、機能性の高いPC−DHA、PC−EPAの含有率が高いため、それを含む機能性食品として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明で用いることのできる超臨界二酸化炭素抽出装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明を説明する。
本発明においてカズノコの凍結乾燥物とは、カズノコの魚卵膜を破りその内容物を凍結乾燥してなるものをいう。より好ましくは塩蔵カズノコを流水で戻し、ミートチョッパー等により粉砕した後、濾過し、濾液を凍結乾燥してなるものをいう。
凍結乾燥物の組成は、水分約1〜20質量%、蛋白質70〜90質量%、脂質10〜20質量%、炭水化物0.2〜1質量%、灰分1〜5質量%である。脂質中の約50〜60質量%がホスファチジルコリンであることが知られている。凍結乾燥物中のコレステロールは約1〜2質量%で、脂質1g当たり約50〜150mg含まれている。
【0019】
このカズノコ凍結乾燥物の脂質中のコレステロールを超臨界二酸化炭素により抽出処理する。本発明において超臨界二酸化炭素とは、臨界温度および臨界圧力を超過した状態の流体であって31℃以上、10MPa上の状態にあるものをいう。抽出剤として用いる二酸化炭素はたとえ抽出物、抽出残渣に残留していても危険性は全くなく、安全であり機能性食品やサプリメントとして使用可能である。さらに二酸化炭素は臨界温度および臨界圧力が比較的低いので、温度、圧力を変化させることで溶解性を変えることができる。
【0020】
抽出処理は
図1に示すような超臨界二酸化炭素抽出装置を用いて行う。
好ましい圧力は10〜17MPa、より好ましくは12〜15MPaであり、好ましい温度は圧力によって一概に言えないが40〜80℃、より好ましくは50〜70℃である。抽出時間は抽出槽容量と超臨界二酸化炭素流体のコレステロール溶解性、および流量に依存し、抽出槽容量の1000〜1500倍流す時間となる(V/Vo値1000〜1500、V/Vo:Vは抽出目的物が抽出されるまでの超臨界二酸化炭素流体量、Voは抽出槽容量)。
例えば、12MPa,70℃,5時間、V/Vo値1080(抽出槽が50mLの場合は流速3mL/min)の下で抽出を行うと、コレステロールだけを選択的に抽出でき、残渣にコレステロールが20〜30%低減したPC−DHA、PC−EPA含有の組成物を得ることができる。
また15MPa,50℃,5時間、V/Vo値1440(抽出槽が50mLの場合は流速4mL/min)の条件で抽出を行うと、トリグリセライド(TAG)を含んだコレステロールが多量に抽出され、残渣にコレステロールが70〜90質量%とTAGが9〜12質量%低減したPC−DHA、PC−EPA含有の組成物を得ることができる。
【0021】
本発明のカズノコ由来組成物は機能性食品とすることができ、これを摂取することによりコレステロールの摂取を抑えつつPC−DHAおよびPC−EPAを効果的に摂取することができる。本発明のカズノコ由来組成物は、カプセルに封入するか、錠剤状にすることにより容易に摂取可能である。カプセル封入および錠剤化は常法によることができる。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例及び比較例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の記載により限定されるものではない。なお、下記例中の組成成分量はBligh&Dyer法で抽出しTLC分析(デンシトメーターにて濃度を測定)にて測定した。
【0023】
実施例1
塩蔵カズノコを流水で洗浄し、ミートチョッパーで粉砕後、濾布で濾過し、濾過液を凍結乾燥し、カズノコ凍結乾燥物を得た。このカズノコ凍結乾燥物1g中にはコレステロールが20.3mg含まれていた。
このカズノコ凍結乾燥物2gを、
図1に概略を示す超臨界二酸化炭素抽出装置(日本分光株式会社 SC−CO
2 2080 plus:抽出槽の容量は50mL)を用いて、12MPa,70℃の条件下で抽出を行った。超臨界二酸化炭素の流速が抽出選択性に与える影響を調べたところ、下記表1の結果を得た。
すなわち、流速を4mL/min以上にするとトリグリセライド(TAG)も一部一緒に抽出されてしまう。コレステロールを選択的に低減し得たのは、12MPa,70℃,1〜3mL/min,5時間の条件であった。3mL/min(V/Vo値1080)の場合、抽出槽の残渣には、蛋白質、TAG、リン脂質、PC−DHA、PC−EPA、炭水化物、無機物等が含まれ、PC−DHAとPC−EPAの含有率は約3質量%増加(残渣中)し、コレステロールは24質量%低減した(抽出前のPC−DHAは36.4mg/gカズノコ凍結乾燥物、PC−EPAは20.3mg/gカズノコ凍結乾燥物)。
【0024】
【表1】
【0025】
実施例2
実施例1と同じ試料を用いに、超臨界二酸化炭素抽出装置を用い、温度及び圧力の抽出挙動に与える影響を調べた。結果を表2に示す。
15
MPa,50℃,5
時間ではTAGも幾分抽出されてはくるものの、実施例1すなわち12MPa,70℃,5時間のときの抽出の
条件と比較し、4mL/min(V/Vo値1440)で
約4倍のコレステロール抽出量を得ることができた。抽出残渣としてコレステロールとTAGが低減され、蛋白質、リン脂質、PC−DHA、PC−EPA、炭水化物、無機物等を含有する組成物(DHAとEPAの含有率は約7質量%増(残渣中))が得られた。コレステロールは90質量%,TAGは12質量%低減した(抽出前のコレステロール:20.3mg/gカズノコ凍結乾燥物、TAG:80mg/gカズノコ凍結乾燥物)。
【0026】
【表2】
【0027】
実施例3
下記の配合割合の水相原料と固相原料とを使用し、あらかじめ十分に混合しておいた水相原料中に撹拌しながら固相原料を添加し、定法に準じて乳化させてマヨネーズタイプの水中油型乳化食品を製造した。なおカズノコ由来組成物は、超臨界二酸化炭素抽出装置を用い、15MPa,50℃,5時間、V/Vo値1440の条件で抽出された残渣を用いた。
コレステロール含有量は、0.17質量%、PC−DHA含有量は3.3質量%、PC−EPA含有量は1.8質量%であった。
【0028】
【表3】
【0029】
このマヨネーズタイプの水中油型乳化食品を試食したところ、コクが強く感じられ食味良好であった。カズノコには抗酸化作用のあるCoQ10やルチンが含まれており酸化されにくく、魚臭はしなかった。
【0030】
比較例1
実施例3において、カズノコ由来組成物に代えて魚油(DHA,EPA含有の市販品)を使用しマヨネーズタイプの水中油型乳化食品を製造した。コレステロール含有量は、12質量%であった。製造時に生臭く、3日後には悪臭となり試食に耐えられなかった。
【0031】
実施例4
表4の割合で混合し、分離液状ドレッシングタイプの水中油型乳化食品を得た。カズノコ由来組成物は、超臨界二酸化炭素抽出装置を用い、12MPa,70℃,5時間、V/Vo値1080の条件で抽出された残渣を用いた。PC−DHAの含有量は1質量%、PC−EPAの含有量は0.5質量%であった。
【表4】
【0032】
実施例5
軟カプセル皮膜形成溶液(ゼラチン:グリセロール:水(質量比)=45:22.5:32.5)を常法により調製し、超臨界二酸化炭素抽出装置を用いて15MPa,50℃,5時間、V/Vo値1440の条件で抽出された残渣(カズノコ由来組成物)をカプセルに封入し、ロータリー式軟カプセル製造装置により常法により軟カプセルを製造した。カズノコ由来組成物の量は、1カプセル当たりPC−DHA約20mg,PC−EPA約10mg含むように調整した。
得られたカプセルの場合、1日10〜15カプセルを摂取すれば日本人の一日必要な
DHA+EPA合計1g(厚生労働省「日本人の食事摂取量基準」)の不足分300〜
450mgを補うことができる。