特許第6498263号(P6498263)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6498263酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6498263
(24)【登録日】2019年3月22日
(45)【発行日】2019年4月10日
(54)【発明の名称】酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20190401BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20190401BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20190401BHJP
   C23C 8/18 20060101ALI20190401BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/46
   C22C38/60
   C23C8/18
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-235369(P2017-235369)
(22)【出願日】2017年12月7日
(62)【分割の表示】特願2013-125663(P2013-125663)の分割
【原出願日】2013年6月14日
(65)【公開番号】特開2018-66064(P2018-66064A)
(43)【公開日】2018年4月26日
【審査請求日】2018年1月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】林 篤剛
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 明彦
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−043903(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/109727(WO,A1)
【文献】 特開平11−279714(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 1/02− 1/84
C21D 6/00− 6/04
C21D 9/46− 9/48
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、Cr:15〜22%、C:0.02〜0.1、Si:0.4〜5%、Mn:0.8〜1.5%、P:0.010〜0.05、S:0.0003〜0.01、Ni:8〜18%、Cu:0.1〜1.5、Mo:0.1〜、N:0.01〜0.3を含み、更にV:0.01〜0.5%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
前記鋼が、さらに質量%にて、Nb:0.01〜0.5%、Ti:0.01〜0.5%、Al:0.01〜0.5%の1種または2種以上を含み、さらに質量%にて、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Co:0.5%以下、W:0.5%以下、Zr:0.5%以下、La:0.1%以下、Ce:0.1%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%以下の1種又は2種以上含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記鋼がさらに質量%にて、Ca:0.005%以下含有していることを特徴とする請求項1または請求項2に記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
前記鋼がさらに質量%にて、更にB:0.005%以下、Mg:0.005%以下の1種または2種を含有していることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼の表面にSi又は及びMnを含むCr系酸化物層が形成されており、前記Cr系酸化物層と母材との間に、Si酸化物、Mn酸化物、Nb酸化物、Ti酸化物、Al酸化物の2種以上が混在することを特徴とする酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
水蒸気及び水素を含む雰囲気中において、300〜1000℃の範囲で100h以下の時間で熱処理することにより、ステンレス鋼表面に酸化皮膜を形成することを特徴とする請求項5に記載の酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、都市ガス、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を水素に改質する際に使用される改質器、熱交換器などの燃料電池高温部材に好適なオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、石油を代表とする化石燃料の枯渇化、CO2排出による地球温暖化現象等の問題から、従来の発電システムに替わる新しいシステムの普及が加速している。その1つとして、分散電源,自動車の動力源としても実用的価値が高い「燃料電池」が注目されている。燃料電池にはいくつかの種類があるが、その中でも固体高分子型燃料電池(PEFC)や固体酸化物型燃料電池(SOFC)はエネルギー効率が高く、将来の普及拡大が有望視されている。
【0003】
燃料電池は、水の電気分解と逆の反応過程を経て電力を発生する装置であり、水素を必要とする。水素は、都市ガス(LNG)、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を触媒の存在下で改質反応させることにより製造される。中でも都市ガスを原燃料とする燃料電池は、都市ガス配管が整備された地区において水素を製造できる利点がある。
【0004】
燃料改質器は、水素の改質反応に必要な熱量を確保するため、通常、200〜900℃までの高温で運転される。更に、このような高温運転下において、多量の水蒸気、二酸化炭素、一酸化炭素等を含む酸化性の雰囲気に曝され、水素の需要に応じて起動・停止による加熱・冷却サイクルが繰り返される。これまで、このような過酷な環境下において十分な耐久性を有する実用材料として、SUS310S(25Cr−20Ni)に代表される高合金ステンレス鋼が使用されてきた。将来、燃料電池システムの普及拡大に向けて、コスト低減は必要不可欠であり、使用材料の最適化による合金コストの低減は重要な課題である。
【0005】
特許文献1には、Cr:15〜25%、Ni:7〜15%、C:0.02〜0.1%、Si:1〜4%、Mn:2%以下、S:0.008%以下を含み、更にN:0.05〜0.20%、Mo:1.0〜3.0%、Nb:0.05〜0.50%の1種又は2種以上を含む石油系燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、50体積%H2O+20体積%CO2の雰囲気中、900℃の温度で100時間加熱した後の酸化皮膜にCr23が30質量%以上含まれていることを特徴としている。
【0006】
特許文献2には、Cr:15〜25%、Ni:7〜15%、C:0.01〜0.1%、Si:2.56〜4%、Mn:2%以下、S:0.008%以下を含み、更にN:0.05〜0.20%、Mo:0.1〜3.0%の1種又は2種を含むアルコール系燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、50体積%H2O+20体積%CO2の雰囲気中での耐水蒸気酸化性、耐赤スケール性に優れることを特徴としている。
【0007】
特許文献1及び2のオーステナイト系ステンレス鋼は、50体積%H2O+20体積%CO2環境下での耐酸化性改善を指向し、Si添加によるCr系酸化皮膜の生成促進とREMやCa、AlのCr系酸化物への固溶による酸化皮膜の強化を技術思想としている。都市ガスを原燃料とした燃料電池の改質ガスは、水蒸気/二酸化炭素/一酸化炭素に加えて、多量の水素を含むことが特徴であり、このような改質ガス環境下の酸化特性については不明である。更に、オーステナイト系ステンレス鋼を燃料改質器に適用する際の主たる技術課題は、起動・停止に伴う加熱・冷却サイクルにおいて、鋼と表面に形成した酸化皮膜の熱膨張係数差により生じる酸化皮膜の剥離にある。上述した多量の水素を含む改質ガス環境下の酸化特性を踏まえた酸化皮膜の密着性に対して、特許文献1及び2のオーステナイト系ステンレス鋼の有効性については何ら言及されていない。すなわち、改質ガス環境下の耐久性の指標である酸化皮膜の密着性と経済性を兼備したオーステナイト系ステンレス鋼については未だ出現していないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3886786号公報
【特許文献2】特許第3886787号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した課題を解消すべく案出されたものであり、改質ガス環境下で起動・停止の加熱・冷却サイクルを繰り返しても、酸化皮膜の密着性を損なわない耐久性と経済性を兼備した燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)質量%にて、Cr:15〜22%、C:0.02〜0.1、Si:0.4〜5%、Mn:0.8〜1.5%、P:0.010〜0.05、S:0.0003〜0.01、Ni:8〜18%、Cu:0.1〜1.5、Mo:0.1〜、N:0.01〜0.3を含み、更にV:0.01〜0.5%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
(2)前記鋼が、さらに質量%にて、Nb:0.01〜0.5%、Ti:0.01〜0.5%、Al:0.01〜0.5%の1種または2種以上を含み、さらに質量%にて、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Co:0.5%以下、W:0.5%以下、Zr:0.5%以下、La:0.1%以下、Ce:0.1%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%以下の1種又は2種以上含有し残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする(1)に記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
(3)前記鋼がさらに質量%にて、Ca:0.005%以下含有していることを特徴とする(1)または(2)に記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
(4)前記鋼がさらに質量%にて、更に、B:0.005%以下、Mg:0.005%以下の1種または2種を含有していることを特徴とする(1)から(3)のいずれか1つに記載する酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
(5)(1)から(4)のいずれか1つに記載の燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼の表面にSi又は及びMnを含むCr系酸化物層が形成されており、前記Cr系酸化物層と母材との間に、Si酸化物、Mn酸化物、Nb酸化物、Ti酸化物、Al酸化物の2種以上が混在することを特徴とする酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼。
(6)水蒸気及び水素を含む雰囲気中において、300〜1000℃の範囲で100h以下の時間で熱処理することにより、ステンレス鋼表面に酸化皮膜を形成することを特徴とする(5)に記載の酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0011】
以下、上記(1)、(2)、(3)、(4)、(5)の鋼に係わる発明をそれぞれ本発明という。また、(1)〜()の発明を合わせて、本発明ということがある。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、前記した課題を解決するために、改質ガス環境を想定した多量の水素を含む水蒸気酸化雰囲気下でオーステナイト系ステンレス鋼表面に生成する酸化皮膜の密着性に及ぼすSiやMn及び微量元素のNb、Ti、Al、V、B、Mg、Nの作用について鋭意実験と検討を重ね、本発明を完成させた。以下に本発明で得られた知見について説明する。
【0013】
(a)水素が存在する改質ガス環境下では、大気や従来の水蒸気酸化環境と比較してCr系酸化皮膜の成長と内部酸化が助長される傾向にある。これら酸化促進メカニズムは未だ不明な点も多いが、水素や水蒸気のガスが酸化皮膜中の欠陥形成を助長したことによると推察される。
(b)上述した改質ガス環境下において、Si及びMnは、Cr系酸化皮膜へ固溶して、Cr系酸化皮膜の成長と内部酸化の抑制に寄与する新規な知見が得られた。更に、SiやMnはCr系酸化皮膜の直下にも濃化(内部酸化物を形成)することでも、水素や水蒸気による加速酸化を遅延させる。
(c)前記したCr系酸化皮膜の密着性を更に高めるには、Nb、Ti、Alの微量添加が有効である。これら微量元素の添加によるCr系酸化皮膜の密着性改善は、Nb、Ti、Alの内部酸化物を形成することによる。これより、900℃までの加熱・冷却サイクルにおけるCr系酸化皮膜の密着性を高めることを知見した。
(d)更に、Cr系酸化皮膜の密着性改善には、V、B、Mgの微量元素の添加も効果を発揮することが分かった。V、B、Mgの微量添加によって、粒界酸化を抑制することによって、酸化皮膜の密着性を改善する。
【0014】
上述したように、改質ガス環境下において、SiやMnによりCr系酸化皮膜の健全性を高め、Nb、Ti、Al、V、B、Mgの微量添加により、希土類元素やNiの添加に頼ることなく、耐酸化性と酸化皮膜の密着性を付与できる全く新規な知見が得られた。前記(1)〜(4)の本発明は、上述した検討結果に基づいて完成されたものである。
【0015】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0016】
成分の限定理由を以下に説明する。
【0017】
Crは、耐食性に加えて、本発明の目標とする耐酸化性を確保する上で基本の構成元素である。本発明においては、15%未満では目標とする基本特性が十分に確保されない。従って、下限は15%とする。しかし、過度な添加は高温雰囲気に曝された際、脆化相であるσ相の生成を助長することに加え、γ相の安定性も確保し難くなる。更に、本発明の目標とする合金コストの抑制から上限は25%とする。基本特性及び耐酸化性とコストの点から、好ましい範囲は17〜22%である。
【0018】
Cは、Cr系炭化物となって、本発明の目標とする耐酸化性に有効なCr量を消費する。Cr系炭化物の析出は、高温強度やγ相の安定性を低下させる。従って、C含有量上限は0.1%とする。しかし、C量の低減に伴ってγ相の高温強度や組織安定性が低下するため、好ましくは0.02%以上とする。
【0019】
Siは、本発明の目標とする耐酸化性を確保する上で重要な元素である。改質ガス環境下でCr系酸化皮膜へ固溶し、Cr系酸化皮膜の健全性を高める。これら効果は、1%から顕著になる。SiはCr系酸化皮膜の直下にも濃化(内部酸化物を形成)することでも、水素や水蒸気による加速酸化を遅延させる。一方、過剰な添加は鋼の加工性や溶接性の低下を招くため上限は5%とする。耐酸化性と基本特性の点から、好ましい範囲は2〜4%、より好ましい範囲は2.5〜3.5%である。
【0020】
Mnは、γ相の安定性を高め、Niの代替成分として有効であることに加え、本発明の耐酸化性を確保する上でも効果のある元素である。改質ガス環境下でCr系酸化皮膜へSiとともに固溶し、Cr系酸化皮膜の健全性を高める。これら効果は、0.5%から顕著になる。一方、過度な添加は、鋼の耐食性や耐酸化性の低下にも繋がるため上限は3%とする。耐酸化性と基本特性の点から、好ましい範囲は0.5〜2.5%、より好ましくは0.8〜1.5%である。より好ましいMnの範囲では、Cr系酸化皮膜の直下にも濃化(内部酸化物を形成)しやすく、水素や水蒸気による加速酸化を遅延させる。SiとMnの一方又は両方がCr系酸化皮膜へ固溶してCr系酸化皮膜の成長と内部酸化の抑制に寄与するためには、鋼中のSiとMnの一方又は両方が、上記における下限以上の含有量であればよい。
【0021】
Pは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、本発明の目標とする耐酸化性の低下を招く。従って、上限は0.05%とする。しかし、過度の低減は精錬コストの上昇を招く。従って、下限は0.01%とすることが好ましい。耐酸化性と製造性の点から,好ましい範囲は0.02〜0.03%である。
【0022】
Sは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、本発明の目標とする耐酸化性を低下させる。特に、Mn系介在物や固溶Sの存在は、高温・長時間使用におけるCr系酸化皮膜を破壊する起点として作用する。従って、S量は低いほど好ましいが、過度の低減は原料や精錬コストの上昇を招く。従って、上限は0.01%とする。耐酸化性と製造性の点から、好ましい範囲は0.0005〜0.002%である。
【0023】
Niは、γ相を維持するために必要不可欠な元素である。改質器の加熱・冷却サイクルにおいてもγ相の組織安定性や高温強度を維持するために、下限は、8%とする。しかし、18%を超える過剰の添加は、本発明の目標とする合金コストの上昇に加え、γ相の安定化による製造性の溶接性の低下を招く。基本特性と製造性・コストの点から、好ましい範囲は、9〜15%、より好ましい範囲は11〜14%である。
【0024】
Cuは、γ相の安定性を高め、Niの代替成分として有効であることに加え、耐食性や高温強度の改善に効果のある元素である。しかし、過度な添加は、熱間加工性や溶接性の低下にも繋がるため上限は3%とする。基本特性と製造性の点から、好ましい範囲は0.1〜2.5%、より好ましくは0.5〜2.0%である。
【0025】
Moは、耐食性を著しく高め、NiやCuと同様に高温強度を高めるために効果のある元素である。しかし、過度な添加は、合金コストの上昇と製造性の低下にも繋がるため上限は3%とする。基本特性と製造性・コストの点から、好ましい範囲は0.1〜2.5%、より好ましくは0.5〜1.0%である。
【0026】
Nは、Ni、Cu、Mnと同様にγ相の組織安定性と高温強度を高めるために効果のある元素である。しかし、過度な添加は、本発明の目標とする耐酸化性に有効なCr量を消費する。Cr系窒化物の析出は、高温強度やγ相の安定性を低下させる。従って、上限は0.3%とする。N量の過度な低減は製造性を阻害する。従って、下限は0.01%とすることが好ましい。耐酸化性を点から、好ましい範囲は0.01〜0.05%未満、20%を超えるCr量の場合、Nの添加は過度なNi添加に頼ることなくγ相の組織安定性を確保するためうえで有効に作用する。このように積極的に添加する場合、好ましくは0.18〜0.3、より好ましい範囲は0.2%超〜0.25%である。
【0027】
Nb、Ti、V、Al、B、Mgは、本発明の改質ガス環境下の耐酸化性を高める上で有効な微量元素である。Cr系酸化皮膜直下に濃化し、Nb、Ti、AlはCr系酸化物層と母材との間の酸化物(内部酸化物)を形成し、本発明の目標とする900℃までの加熱・冷却サイクルにおいてCr系酸化皮膜の密着性を向上させる。V、B、Mgは、粒界酸化を抑制することによって、酸化皮膜の密着性を改善する。上記効果を得るために、Nb、Ti、V、Al、B、Mgを1種又は2種以上、添加するものとする。添加する場合、Nb、Ti、V、Alは0.01〜0.5%とし、好ましい範囲は0.05〜0.3%とする。B、Mgの場合は0.005%以下とし、好ましい範囲は0.0003〜0.0015する。
【0028】
さらに必要に応じて、以下の元素を含有することとすると好ましい。
【0029】
Sn、Sb、Co、Wは、Moと同様な固溶強化と耐食性に有効な元素であるものの、過度な添加は析出や偏析により製造性を阻害する作用を持つ。添加する場合の上限は0.5%、下限は0.01%とすることが好ましい。
【0030】
Caは、熱間加工性を改善する作用を持つため選択的に添加することができる。添加する場合の上限は0.005%、下限は0.0001%とすることが好ましい。
【0031】
Zr、La、Ce、Y、Hf、REMは、従来からCr系酸化皮膜の密着性を著しく高める作用を持つため選択的に添加しても良い。これら元素を添加する場合、本発明で規定する内部酸化物の形成は1種でも構わない。添加する場合の上限は、Zr:0.5%以下、La:0.1%以下、Ce:0.1%、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%とする。これら元素は極めて高価であるため、コスト対効果の点から、添加する場合の範囲は、総量で0.01〜0.05%とすることが好ましい。
【0032】
本発明の燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分を含有することにより、表面にSi又は及びMnを含むCr系酸化物層を形成し、Cr系酸化物層と母材との間に、Si酸化物、Mn酸化物、Nb酸化物、Ti酸化物、Al酸化物の2種以上が混在していると好ましい。これにより、酸化皮膜の密着性に優れた燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼とすることができる。Cr系酸化物層中のSi、Mnの含有有無については、グロー放電質量分析法(GDS分析法)により、CrがOとともに50質量%以上検出された酸化皮膜中において、SiやMnが1質量%以上検出されるか否かによって判定することができる。またCr系酸化物層と母材との間の酸化物(内部酸化物)の有無については、酸化皮膜の断面をFE−SEM観察とEDS元素分析を行い、Cr系酸化皮膜直下にSi、Mn、Nb、Ti、AlがOとともに検出されるか否かによって判定することができる。
【0033】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼を用いた鋼板は、主として,熱間圧延鋼帯を焼鈍あるいは焼鈍を省略してデスケ−リングの後冷間圧延し,続いて仕上げ焼鈍とデスケ−リングした冷延焼鈍板を対象としている。場合によっては、冷間圧延を施さない熱延焼鈍板でも構わない。さらに、ガス配管用としては、鋼板から製造した溶接菅も含まれる。配管は、溶接菅に限定するものでなく,熱間加工により製造した継ぎ目無し菅でもよい。上述した鋼の仕上げ焼鈍は、900〜1150℃とするのが好ましい。900℃未満では鋼の軟質化と再結晶が不十分となり,所定の材料特性が得られないこともある。他方,1150℃超では粗大粒となり,鋼の靭性・延性を阻害することもある。
【0034】
さらに、長期使用を想定した耐久性は、上記オーステナイト系ステンレス鋼を燃料改質器用として使用する前に予備酸化を行い、システムの運転初期において、CrならびにSiやMnが濃化した緻密な酸化皮膜を鋼板表面に均一に形成しておくことが有効である。燃料改質器運転前、予め緻密な酸化皮膜を表面に形成しておくことで、金属表面の状態と比較して初期に形成される酸化皮膜の均一性・バリヤー性を高め、長期使用の耐酸化性と酸化皮膜の密着性を一層向上させることができる。予備酸化条件は、300〜1000℃で24hr以下とすることが好ましい。予備酸化は、水蒸気及び水素を含む雰囲気中で行うことができる。
【実施例】
【0035】
以下に、本発明の実施例について述べる。
【0036】
表1に成分を示す各種オーステナイト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延、焼鈍酸洗、
冷間圧延、仕上げ焼鈍を経て板厚1.0mmの冷延焼鈍材を製造した。
【0037】
各オーステナイト系ステンレス鋼から試験片を切り出し、冷延焼鈍板を酸化試験に供した。酸化試験は、改質ガス環境下で鋼材が曝される雰囲気を想定し、26体積%H2O+7体積%CO2+7%体積%CO−60%H2の雰囲気とし、850℃に加熱し1000h継続した後で室温まで冷却した。酸化試験後のオーステナイト系ステンレス鋼板の表面酸化皮膜は、グロー放電質量分析法(GDS分析法)により、厚さと酸化物濃度を測定した。GDS分析法によりCrがOとともに50質量%以上検出された酸化皮膜中において、SiやMnが1質量%以上検出された場合をCr系酸化皮膜中に固溶していると判定し、表2の「Cr系酸化皮膜」の「Si」「Mn」欄に「○」を記入した。そうでない場合は「−」とした。また、クロスセクションポリシャーにより試料調整した酸化皮膜の断面をFE−SEM観察とEDS元素分析を行い、Cr系酸化皮膜直下にSi、Mn、Nb、Ti、AlがOとともに検出された場合をCr系酸化物層と母材との間の酸化物(内部酸化物)有りと判定し、表2の「内部酸化物」欄に「○」を表示すると共に検出された元素を記入した。
【0038】
さらに、上記改質ガス環境で生成した表面酸化皮膜の密着性は、大気中繰り返し酸化試験により評価した。加熱温度は800℃、850℃、900℃とし、1サイクルを25分加熱と5分空冷とし400サイクルまで実施し、表面の外観観察と重量変化を測定した。外観観察から、酸化皮膜に剥離を生じ、重量変化がマイナイスとなったものを密着性評価「×」、酸化皮膜の剥離がなく、重量変化がプラス3mg/cm2以下となったものを密
着性評価「○」とした。本発明の目標とする酸化皮膜の密着性は、加熱温度850℃以上の評価を「○」とする。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
得られた結果を表2に示す。No.1〜9は、本発明で規定する成分を有し、改質ガス環境を想定した酸化試験により健全なCr系酸化皮膜を生成し、本発明の目標とする酸化皮膜の密着性を満たしたものである。更に、No.3〜5は、より好ましいSi及びMn量に対して微量元素を添加した場合であり、加熱温度900℃においてもCr系酸化皮膜の密着性は良好であった。また、No.8は、内部酸化物の形成が1種であるものの、希土類元素を添加した場合であり、加熱温度900℃においても良好なCr系酸化皮膜の密着性を有した。No.9は、No.1と同鋼を25%H2O−8%CO2−8%CO−59%H2中、600℃で100h予備酸化して、Cr系酸化皮膜の密着性を改善したものであり、加熱温度900℃においても評価「○」となった。
【0042】
鋼No.10〜12は、本発明で規定する鋼成分から外れるものであり、本発明の特長である微量元素を含まないものである。これら鋼は、加熱温度850℃以上において密着性評価「×」となった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、改質ガス環境下において、SiやMnによりCr系酸化皮膜の健全性を高め、更にNb、Ti、Al、V、B、Mgの微量添加により、改質ガス環境下で起動・停止の加熱・冷却サイクルを繰り返しても、酸化皮膜の密着性を損なわない、希土類元素やNiの多量添加することなく、耐久性と経済性を兼備した燃料改質器用オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、特殊な製造方法によらず、工業的に生産することが可能である。