【文献】
Chih-Wei Hu et al.,,Fabrication of nickel oxyhydroxide/palladium(NiOOH/Pd)thin films for gasochromic application,Journal of Materials Chemistry C,英国,Royal society of chemistry,2016年 6月21日,Vol.4, Number 23,pp.5119-5492
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属又は金属化合物を原料として、水蒸気と希ガスとを雰囲気とする反応性スパッタリングにより金属水酸化物を生成する工程と、
上記スパッタリング工程のプラズマ発生の電力密度より小さい電力密度で上記金属水酸化物に水素プラズマを照射する工程と
を備える酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の製造方法について、図面を適宜参照しつつ詳説する。
【0017】
[酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の製造方法]
本発明の製造方法は、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属又は金属化合物を原料として、水蒸気と希ガスとを雰囲気とする反応性スパッタリングにより金属水酸化物を生成する工程(スパッタリング工程)と、上記スパッタリング工程のプラズマ発生の電力密度より小さい電力密度で上記金属水酸化物に水素プラズマを照射する工程(水素プラズマ照射工程)とを備える。このような製造方法は、例えば
図1に示す成膜システム1を用いて実現することができる。
【0018】
[成膜システム]
図1に示す成膜システム1は、スパッタリング工程において水蒸気及び希ガスの混合ガス雰囲気を付与して反応性スパッタリングにより金属水酸化物を生成し、水素プラズマ照射工程において金属水酸化物に水素プラズマを照射すべく、スパッタリング装置2、希ガス供給手段3、水蒸気供給手段4、排気手段5、水素供給手段6を備えている。
【0019】
<スパッタリング装置>
スパッタリング装置2は、
図2に示すように、真空容器20、ターゲット電極21、基板保持台22及び直流電源23を備えている。
【0020】
(真空容器)
真空容器20は、スパッタリング工程及び水素プラズマ照射工程を行う場を提供するものである。この真空容器20は、ターゲット電極21、基板保持台22等を収容している。真空容器20は、気密性が維持されていると共に、その内部は後述する排気手段5のポンプ52(
図1参照)により真空状態が維持されている。このような真空容器20は、例えばステンレスやアルミ合金により形成される。
【0021】
(ターゲット電極)
ターゲット電極21は、ターゲットTを保持するものであると共にプラズマを発生させるためのスパッタ電圧を印加するものである。このターゲット電極21は、直流電源23の陰極側に電気的に接続されることで、陰極としての役割を果たすと共にターゲットTに負電位を与える。
【0022】
(ターゲット)
ターゲットTは、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜を形成するための成膜材料であり、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属又は金属化合物である。
【0023】
酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属としては、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜を形成できる限りは特に制限はないが、例えば鉄族元素、白金族元素、アルミニウム族元素及びクロム族元素からなる群より選択される少なくとも1種に属する金属元素が好ましく、Ni、Fe、Rh、Ir、Cr及びInからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素がより好ましく、Niがさらに好ましい。このように、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属を、Ni、Ir、Rh、Cr、Fe及びInからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素、特にNiとすることで、当該製造方法により得られるエレクトロクロミック薄膜に対して酸化発色性をより好適に付与することができる。また、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属化合物としては、例えば上記金属元素の化合物等が挙げられる。
【0024】
(基板保持台)
基板保持台22は、基板Bを保持するものであると共に、基板Bに直流電圧を印加して正電位を与えるものである。基板保持台22上に、基板Bは1個でも複数個あってもよく、直流電圧は基板保持台22全体に印加される。
【0025】
(基板)
基板Bは、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜が堆積されるものである。この基板Bは、当該製造方法により得られる酸化発色性エレクトロクロミック薄膜が調光ガラス、調光メガネ、自動車の防眩ミラー等の用途に供されることから、透明かつ絶縁性の高い材料により形成することが好ましい。このような基板Bとしては、例えば石英ガラスや耐熱ガラス等の無機物により形成されたものが挙げられるが、有機物により形成されたものであってもよい。また、基板Bは透明電極が形成されたものであってもよく、その場合には透明電極上に酸化発色性エレクトロクロミック薄膜が形成される。
【0026】
透明電極としては、公知のものを使用でき、例えばスズドープ酸化インジウム(ITO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、インジウムドープIZO、アルミニウムドープAZO、カリウムドープGZOにより形成されたものが挙げられる。透明電極は、異なる材料により形成された複数の無機物層を積層した積層膜、例えばFTO/ITO複合ガラス、ATO/ITO複合ガラスであってもよく、メタルメッシュ、銀ナノワイヤー、カーボンナノチューブ、グラフェン、導電性高分子等により形成されたものであってもよい。
【0027】
(直流電源)
直流電源23は、プラズマを発生させるためのスパッタ電力(電位)を与えるためのものである。この直流電源23は、上述のように陰極側がターゲット電極21に、陽極側が基板保持台22にそれぞれ電気的に接続されている。直流電源23としては、スパッタリング装置2に用いられる公知のものを使用することができる。なお、直流電源23は、通常、スパッタリング工程におけるプラズマ発生の電力密度をコントロールするために整流器や電流値測定器に接続されている。
【0028】
<希ガス供給手段>
希ガス供給手段3は、所定の流量で真空容器20の内部に希ガスを供給するためのものであり、希ガスボンベ30、配管31、バルブ32、34及びマスフローメータ33を備えている。
【0029】
希ガスボンベ30は、真空容器20に供給する希ガスを保持したものである。希ガスとしては、例えばアルゴンガス、ヘリウムガス、キセノンガス、クリプトンガス等が挙げられ、好ましくはアルゴンガスが用いられる。このように希ガスがアルゴンガスであることで、スパッタリング工程において水蒸気プラズマ中への電子の供給が効果的に促されると共にターゲット表面に形成された金属化合物を効果的に物理エッチングすることができる。そのため、当該製造方法では、希ガスとしてアルゴンガスを用いることで、製造コストを低くしつつイオン伝導率が高く電気化学的特性により優れるエレクトロクロミック薄膜を形成できる。
【0030】
配管31は、希ガスを真空容器20に導入するためのものであり、その内部が真空容器20の内部と連通している。バルブ32、34は、真空容器20に対する希ガスの供給状態と非供給状態とを選択可能とし、また希ガスを供給するときの希ガスの供給流量を調整可能とするものである。マスフローメータ33は、希ガスの供給流量をモニタリングするとともに、設定された流量に制御するためのものである。
【0031】
<水蒸気供給手段>
水蒸気供給手段4は、所定の流量で真空容器20の内部に水蒸気を供給するためのものであり、水蒸気発生装置40、配管41、42、バルブ43、44、49及び高温マスフローメータ45を備えている。
【0032】
水蒸気発生装置40は、供給される水を水蒸気とするためのものであり、容器46及び加熱器47を備えている。
【0033】
容器46は、水を保持すると共にその水を水蒸気とする空間を提供するものであり、水蒸気発生時に内部を密閉化することが可能とされている。この容器46は、容器本体46A及び蓋46Bを備えている。容器本体46Aは、例えば上部開口を有する有底箱状であり、ステンレス等により形成されている。蓋46Bは、容器本体46Aの上部開口を閉鎖して容器46の気密状態を維持すると共に、配管41、42を保持するものである。
【0034】
また、容器本体46A及び蓋46Bの一方には、Oリング等のシール材48が固定されている。これにより、蓋46Bにより容器本体46Aの上部開口を閉鎖したときに、容器46の内部の気密状態が維持される。なお、容器本体46A及び蓋46Bは、例えばステンレス等の耐久性及び熱伝導性に優れる材料に形成することが好ましい。
【0035】
加熱器47は、容器本体46Aに保持された水を加熱し、水蒸気とするためのものである。加熱器47としては面ヒータを用いることができ、この面ヒータとしてはラバータイプのものが好ましい。このような面ヒータは、シリコンゴム等の耐熱性、断熱性、伸縮性等に優れる材料で容器本体46Bに固定することで、容器46の断熱性を確保するようにしてもよい。なお、
図1には、加熱器47として面ヒータを採用した例を示しているが、水を水蒸気できる程度に加熱できるものであれば特に制限はなく、公知のものを使用することができる。
【0036】
配管41は、水を水蒸気発生装置40の容器46に導入するためのものであり、その内部が容器46の内部と連通している。この配管41の一端41Aは、容器本体46Aの底面に極力近い位置に配置され、液面Lよりも下方に位置している。これにより、水の供給時に配管42の一端42Aから水が導入されることが抑制されている。バルブ43は、容器46に対する水の供給状態と非供給状態とを選択可能とし、また水を供給するときの供給流量を調整可能とするものである。図示されていないが、配管42から分岐された配管を真空ポンプにより減圧して、配管41から水を吸入させる機構と、配管42から分岐された配管から窒素などのガスを流入させることにより、水蒸気発生装置40内部の水を配管41から排出させる機構があることが望ましい。
【0037】
配管42は、水蒸気を真空容器20に導入するためのものであり、その内部が真空容器20の内部と連通している。この配管42の一端42Aは、容器本体46Aの上部開口に極力近い位置に配置され、液面Lよりも上方に位置している。これにより、水蒸気が配管42の一端42Aから導入されることが抑制されている。バルブ44、49は、真空容器20に対する水蒸気の供給状態と非供給状態とを選択可能とするものである。高温マスフローメータ45は、水蒸気の供給流量をモニタリングするとともに、設定された流量に水蒸気を制御するためのものである。
【0038】
なお、配管41、42、バルブ43、44、49及び高温マスフローメータ45としては、気体供給や液体供給のために通常使用されている公知のものを用いることができる。また、水蒸気供給手段4は、容器本体46Aの液面Lを検知できる構成であることが好ましく、少なくとも液面Lが所定位置以下となったことを検知できる構成であることが好ましい。このような液面Lの検知は、例えば容器本体46Aの内部や外面に熱電対を配置することで実現することができ、液面Lが一定以上低くなったときに警報を発するように構成してもよい。
【0039】
<排気手段>
排気手段5は、真空容器20内のガスを排出すると共に真空容器20内の圧力(真空度)を調整するためのものである。この排気手段5は、配管50、圧空駆動バルブ51及びポンプ52、流量を調節できる可変コンダクタンスバルブ(バタフライバルブ)53を備えている。
【0040】
配管50は、真空容器20内のガスを排出するためのものであり、その内部が真空容器20の内部と連通している。圧空駆動バルブ51は、真空容器20からのガスの排出状態と非排出状態とを選択可能とし、また可変コンダクタンスバルブ(バタフライバルブ)53はガスを排出するときのガス流量を調整可能とするものである。ポンプ52は、供給されるガスを排気して真空容器内の雰囲気を入れ替えてプラズマによる分解成分などの不要なガスを排出させるものである。なお、配管50、バルブ51及びポンプ52としては、排気のために通常使用されている公知のものを用いることができる。また、ポンプ52としては、二段階の真空引きを行う場合、前工程として粗引きポンプで真空引きを行い、後工程として高真空ポンプで最終的な真空容器20内の圧力(真空度)を調整するようにしてもよい。粗引きポンプとしては、例えば油回転ポンプ、ルーツポンプ、ドライポンプを用いることができ、高真空ポンプとしては、例えばクライオポンプ、ターボ分子ポンプを用いることができる。
【0041】
<水素供給手段>
水素供給手段6は、水素プラズマ照射工程において、所定の流量で真空容器20の内部に水素を供給するためのものであり、水素ボンベ60、配管61、バルブ62、64及びマスフローメータ63を備えている。
【0042】
水素ボンベ60は、真空容器20に供給する水素を保持したものである。配管61は、水素を真空容器20に導入するためのものであり、その内部が真空容器20の内部と連通している。バルブ62、64は、真空容器20に対する水素の供給状態と非供給状態とを選択可能とし、また水素を供給するときの水素の供給流量を調整可能とするものである。マスフローメータ63は、水素の供給流量をモニタリングするとともに、設定された流量に制御するためのものである。
【0043】
以下、当該製造方法におけるスパッタリング工程及び水素プラズマ照射工程について説明する。
【0044】
[スパッタリング工程]
本工程では、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の材料となる金属又は金属化合物を原料として、水蒸気と希ガスとを雰囲気とする反応性スパッタリングにより金属水酸化物を生成する。
【0045】
<スパッタリング条件>
スパッタリング条件は、目的とする酸化発色性エレクトロクロミック薄膜を形成できる限りは特に限定されない。スパッタリング条件としては、例えば希ガスの供給流量、混合ガスに対する水蒸気の組成比R(=水蒸気/(希ガス+水蒸気))、真空容器内圧力、基板温度、印加電圧、電力密度、成膜速度、成膜時間等が挙げられる。
【0046】
希ガスの供給流量は、酸化発色性エレクトロクロミック薄膜に付与すべき特性、水蒸気の供給流量(組成比)、真空容器20の寸法、基板Bのサイズ、成膜速度等に応じて決定すればよい。希ガス流量の下限値としては、0.1ccm(室温におけるcm
3/min)超が好ましく、0.2ccmがより好ましく、0.5ccmが特に好ましい。一方、希ガス流量の上限値としては、200ccmが好ましく、150ccmがより好ましく、100ccmがさらに好ましく、50ccmが特に好ましい。
【0047】
混合ガスに対する水蒸気の組成比Rの下限値としては、0.4が好ましく、0.45がより好ましい。一方、組成比Rの上限値としては、0.7が好ましく、0.6がより好ましい。
【0048】
真空容器内圧力(スパッタ圧力)の下限値としては、1.0Paが好ましく、2.0Paがより好ましく、3.0Paがさらに好ましい。一方、真空容器内圧力(スパッタ圧力)の上限値としては、50Paが好ましく、10Paがより好ましく、4Paがさらに好ましい。
【0049】
基板温度の下限値としては、−100℃が好ましく、−80℃がより好ましく、−70℃がさらに好ましい。一方、基板温度の上限値としては、100℃が好ましく、20℃がより好ましく、0℃がさらに好ましい。
【0050】
印加電力の下限値としては、150Wが好ましく、200Wがより好ましく、250Wがさらに好ましい。一方、印加電力の上限値としては、2,000Wが好ましく、1,800Wがより好ましく、1,650Wがさらに好ましい。
【0051】
電力密度の下限値としては、1W/cm
2が好ましく、5W/cm
2がより好ましく、7W/cm
2がさらに好ましい。一方、電力密度の上限値としては、15W/cm
2が好ましく、10W/cm
2がより好ましく、9W/cm
2がさらに好ましい。
【0052】
成膜速度の下限値としては、5nm/minが好ましく、10nm/minがより好ましく、25nm/minがさらに好ましい。一方、成膜速度の上限値としては、70nm/minが好ましく、60nm/minがより好ましく、50nm/minがさらに好ましい。
【0053】
成膜時間の下限値としては、30sが好ましく、60sがより好ましく、90sがさらに好ましい。一方、成膜時間の上限値としては、600sが好ましく、480sがより好ましく、300sがさらに好ましい。なお、成膜時間が300sを超える場合、300s単位で成膜を行い、途中成膜を中止して水冷機構等により冷却する間欠冷却を行うことが好ましい。
【0054】
形成する膜の厚みの下限としては、10nmが好ましく、30nmがより好ましく、50nmがさらに好ましい。上記厚みの上限としては、300nmが好ましく、200nmがより好ましく、150nmがさらに好ましい。
【0055】
[水素プラズマ照射工程]
本工程では、上記スパッタリング工程のプラズマ発生の電力密度より小さい電力密度で上記金属水酸化物に水素プラズマを照射する。
【0056】
本工程は、成膜システム1において、例えば(i)スパッタリング工程中に、水蒸気及び希ガスの雰囲気に水素を添加する方法、(ii)スパッタリング工程後に、スパッタリング工程における雰囲気とは異なり、水素を含む雰囲気にして、水素プラズマを発生する方法等により行うことができる。これらの中で、得られる酸化発色性エレクトロクロミック膜の電気化学的・光学的特性をより高める観点からは、(ii)が好ましい。
【0057】
上記水素プラズマとしては、例えば高周波により励起されたプラズマ、DCパルスにより励起されたプラズマ等が挙げられる。
【0058】
本工程における水素プラズマを照射する電力密度(以下、「電力密度(2)」ともいう)は、上記スパッタリング工程のプラズマ発生の電力密度(以下、「電力密度(1)」ともいう)より小さい。電力密度(1)に対する電力密度(2)の比(電力密度(2)/電力密度(1))の上限値としては、1未満であり、0.2がより好ましく、0.1がさらに好ましく、0.064が特に好ましい。また、上記比の下限値としては、0.001が好ましく、0.003がより好ましく、0.005がさらに好ましい。
【0059】
電力密度(2)の下限値としては、50mW/cm
2が好ましく、100mW/cm
2がより好ましく、150mW/cm
2がさらに好ましい。一方、電力密度(2)の上限値としては、300mW/cm
2が好ましく、250mW/cm
2がより好ましく、220mW/cm
2がさらに好ましい。
【0060】
<水素プラズマ照射条件>
水素プラズマ照射条件としては、例えば水素以外に希ガスを含む混合ガスを用いる場合の混合ガスに対する水素の組成比S(=水素/希ガス+水素)、水素の供給流量、希ガスの供給流量、真空容器内圧力、基板温度、印加電力、照射時間等が挙げられる。
【0061】
混合ガスに対する水素の組成比Sの下限値としては、0.5が好ましく、0.7がより好ましい。一方、組成比Sの上限値としては、0.99が好ましく、0.95がより好ましい。
【0062】
水素流量の下限値としては、5.0ccmが好ましく、7.0ccmがより好ましく、9ccmがさらに好ましく、9.5ccmが特に好ましい。一方、水素流量の上限値としては、100ccmが好ましく、50ccmがより好ましく、20ccmがさらに好ましく、10ccmが特に好ましい。
【0063】
希ガス流量の下限値としては、0.1ccm超が好ましく、0.2ccmがより好ましく、0.3ccmがさらに好ましく、0.5ccmが特に好ましい。一方、希ガス流量の上限値としては、10ccmが好ましく、5ccmがより好ましく、2ccmがさらに好ましく、1ccmが特に好ましい。
【0064】
真空容器内圧力(水素プラズマ照射時の圧力)の下限値としては、1Paが好ましく、1.3Paがより好ましく、3Paがさらに好ましい。一方、真空容器内圧力(スパッタ圧力)の上限値としては、20Paが好ましく、6Paがより好ましく、4Paがさらに好ましい。
【0065】
基板温度の下限値としては、−100℃が好ましく、−80℃がより好ましく、−70℃がさらに好ましい。一方、基板温度の上限値としては、100℃が好ましく、20℃がより好ましく、0℃がさらに好ましい。
【0066】
印加電力の下限値としては、10Wが好ましく、100Wがより好ましく、400Wがさらに好ましい。一方、印加電力の上限値としては、1,000Wが好ましく、800Wがより好ましく、650Wがさらに好ましい。
【0067】
照射時間の下限値としては、10sが好ましく、100sがより好ましく、600sがさらに好ましい。一方、照射時間の上限値としては、900sが好ましく、600sがより好ましい。なお、照射時間が300sを超える場合、300s単位で照射を行い、途中照射を中止して水冷機構等により冷却する間欠冷却を行うことが好ましい。
【0068】
水素プラズマ照射工程における総イオンエネルギー密度の下限としては、60J・s/cm
2が好ましく、100J・s/cm
2がより好ましく、150J・s/cm
2がさらに好ましい。総イオンエネルギー密度の上限としては、350J・s/cm
2が好ましく、300J・s/cm
2がより好ましく、250J・s/cm
2がさらに好ましい。水素プラズマ照射工程における総イオンエネルギー密度を上記範囲とすることで、得られる酸化発色性エレクトロクロミック薄膜の電気化学的・光学的特性をより向上させることができる。「総イオンエネルギー密度」(Total Ion Flux Energy Density)(J・s/cm
2)とは、e(電子素量)×イオン加速電圧(V)×イオン密度ni
2/3((cm
−3)
2/3)×総照射時間(s)で算出される値である。
【0069】
<利点>
当該製造方法は、水蒸気と希ガスとを雰囲気とする反応性スパッタリングにより生成する金属水酸化物に、さらに上記反応性スパッタリングのプラズマ発生の電力密度より小さい電力密度の水素プラズマを照射する。このような条件の成膜を行うことで、金属酸化物への分解を抑制しつつ、金属水酸化物の純度を高めることができ、得られる酸化発色性エレクトロクロミック膜の電気化学的・光学的特性を優れたものとすることができる。
【0070】
[その他の実施形態]
本発明の製造方法は、上記実施形態に限定されるものではない。
【0071】
上記実施形態では、スパッタリング工程及び水素プラズマ照射工程において、プラズマ発生に用いる電気として直流電源を用い、DCパルスにより励起されたプラズマを発生されて膜の製造を行ったが、直流電源の代わりに、高周波電源を用いてRCプラズマにより膜の製造を行ってもよい。RCプラズマを用いることにより、金属酸化物、金属水酸化物等の絶縁体をターゲット材料とすることができる。
【0072】
また、水素プラズマ照射工程は、スパッタリング工程を行う成膜システムと同じ装置を用いて行う必要はなく、スパッタリング工程で得られた金属水酸化物を、他の水素プラズマ照射が可能なスパッタリング装置や、他のタイプの水素プラズマ照射装置に移して、水素プラズマ照射を行ってもよい。
【実施例】
【0073】
以下、本発明を実施例により説明する。但し、本発明は、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0074】
[実施例1〜22並びに比較例1及び2]
成膜システムとして、島津エミット株式会社の「HSM−752」に、配管及びバルブを追加して
図1に示す水蒸気供給手段及び水素供給手段並びに
図1及び
図2に示す排気手段を付加したものを用いた。φ600mmの基板保持台上にはφ6インチの試料フォルダが4つ設置され、電圧は基板保持台全体に印加される。
【0075】
(スパッタリング工程)
基板として、14.5mm×30.5mm、平均厚み0.7mmのガラス板上に、スパッタ法により平均厚み100nmのITO膜を形成した試料を用いた。ターゲットとしては直径が152.4mm、材厚2mm、高純度化学研究所社の99.99%の円板状のNiターゲットをバッキングプレートにボンディングしたものを用いた。この試料を、250℃で1時間アニールを行い、その後、Ar流量25ccm、水蒸気流量25ccm、圧力1.3Pa、電力密度9W/cm
2のDCスパッタリングの条件で、マスクを用いて、2分間反応性スパッタリングを行い、平均厚み100nmのニッケル水酸化物を含む層を形成した。
【0076】
(水素プラズマ照射工程)
水素プラズマ照射は、φ600mmの試料台固定フォルダに、DCパルス(240kHz)又は13.56MHzの高周波(RF)を印加し、Ar流量、水素流量、圧力、照射時間及び電力密度を下記表1に示す条件にして行った。DCパルスでは400Wと650Wとの2水準で実験を行った。RFでは400Wと800Wとの2水準の実験を行った。照射時間は300sを単位として行い、例えば300sの処理を2回行う場合には、その間に300s、試料台を水冷機構により冷却して水素プラズマ照射を繰り返した。表1における「−」は、水素プラズマ照射を行わなかったことを示す。
【0077】
なお、上記ガス流量を決定するに際して、プラズマ中の雰囲気を4重極型質量分析装置(QMS)で測定した。
図3に、Ar:10ccm及びH
2O:10ccmの雰囲気に水素を0、2、4、6、8、10ccmをそれぞれ加えた時のプラズマ下流のQMSスペクトルを示す。装置の観測窓に接続したオリフィスを通して作動排気された雰囲気をQMSにより測定した。H
2を0ccmから2、4、6ccmまでは水素流量を大きくすると、それに伴い酸素分圧は低下しており、また、8、10ccmでは酸素分圧は低下せず、かつQMS分析装置の検出限界付近まで低下してスペクトルにノイズが多くなっていた。これはH
2Oに対して水素1/2H
2を加えた時に(H
2)O+1/2H
2=OH
*(OHラジカル)+(H
2)となり、ストイキオメトリーからH
2O10ccmに対しては5ccmの1/2H
2で十分に遊離酸素と反応して雰囲気中のOが無くなっていることを示しているものと考えられる。
【0078】
[膜特性の評価]
上述のようにして得られた膜を水酸化カリウム水溶液中に保持して、下地電極として機能するITO膜より電流を供給し、サイクリックボルタンメトリー(CV)測定を行い、同時に透過率及び透過スペクトルを測定した。測定の結果、光学的特性が電流により変化するエレクトロクロミック特性を確認した。
【0079】
(サイクリックボルタンメトリー)
CV測定は、スタンダードボルタメトリーツール(北斗電工社の「HSV−100」)を用い、0.1Mの水酸化カリウム(KOH)水溶液中で、対向電極を白金(Pt)とし、参照電極をAg/AgClとして行った。測定電位幅は−0.45V〜+0.55Vとし、電圧変化率は20mV/sとした。測定は、自然電位からスタートして−0.45Vまで電位を下降させた後、+0.55Vまで電位を上昇させるサイクルを100回繰り返した。
【0080】
(透過率)
上記0〜100回目のCV測定において、600nmの透過率変化を同時に測定した。
【0081】
(透過スペクトル)
上記100回目のCV測定において、透過スペクトルを測定した。
【0082】
また、上記得られた膜について、下記方法により、電荷移動密度ΔQ、光学密度変化ΔQ、着色効率η、着色時間及び脱色時間の評価を行った。評価結果を下記表1に合わせて示す。
【0083】
(電荷移動密度:ΔQ[mC/cm
2])
ΔQは電荷移動量を試料面積で除した値である。上記電荷移動量は100回目のCV測定の結果から算出した。
【0084】
(光学密度変化:ΔOD[−])
ΔODは、CV測定の0〜100回目の測定時の試料の透過率変化より求めた。消色時の印加電圧を−0.45V、発色時の印加電圧を0.55Vとし、消色時の吸光度OD1及び発色時の吸光度OD2を、小型ファイバ光学分光器(オーシャンオプティクス社の「USB2000+」)を用い、波長が600nmであるときの値として測定した。
【0085】
(着色効率:η[cm
2/C])
ηは、上記測定したΔODの値を注入された単位面積当たりの電荷で除した値である。
【0086】
(着色時間[s]、脱色時間[s])
着色時間及び脱色時間は、100回目のCV測定の後の試料を用い、消色時の印加電圧を−0.45V、発色時の印加電圧を0.55Vとして上記測定したΔODの時間依存性を測定し、変異する時間として求めたものである。
【0087】
【表1】
【0088】
表1の結果から、DCパルスによる水素プラズマ照射では、電力密度が141mW/cm
2の場合、照射時間が5分間と10分間とでは長い方が特性が向上していることが分かる。一方、230mW/cm
2の場合は、照射時間5分間と10分間とでは長い方が特性が劣っていた。また、高周波(RF)による水素プラズマ照射では、電力密度について、141mW/cm
2と283mW/cm
2とでは、大きい方が特性が向上していることが分かる。
【0089】
図4は、ΔQ及びΔODと総照射時間との関係を示すグラフであり、水素プラズマをRF又はDCパルスにより、プラズマ発生の電力を種々変えた場合について示したものである。このグラフから分かるように、RF及びDCパルスの場合共に、電力密度141mW/cm
2の場合、照射時間の経過と共に特性が向上した.一方、DCパルスの場合、230mW/cm
2では300sをピークに照射時間が長くなると特性が劣化した.RFの場合には安定したプラズマが得られ難かったため、283mW/cm
2で300sのみの照射を行ったところ、高いΔQが観察されたが、ΔODは低いものとなった.DCパルスにおいて、電力密度が230mW/cm
2であると、電極電位が約−300Vであり、通常のRFのイオン加速電位である数十Vに比較して高いことから、生成したNi(OH)
2が水素プラズマの照射により分解したと考えられる。
【0090】
図5は、ΔQ及びΔODと総照射時間との関係を示すグラフであり、圧力を種々変化させた場合について示したものである。RFの場合は、電極に、高電圧プローブ(ケイテック(KTEK)社の「HVP−28HF」(減衰比:1000:1)を介して、デジタルオシロスコープ(ヒューレットパッカード社の「54602A」)により波形を観測して、自己バイアス(VDC)を測定した。4PaでRF400Wの場合、自己バイアスは−120V、800Wでは−147V、3Paでは800Wで−155V、15Paでは−122Vであった。
【0091】
このグラフから分かるように、ΔQについては、イオン加速電位が低い4Paと15Paの場合は、照射時間が150sから300sでは一旦特性が低下して、300sから600sでは3Pa、4Pa、15Paともに特性の向上が見られた。600sから900sでは、4Pa以外の場合は、特性は変わらないか若干向上していた。4Paの場合のデータについては、実験誤差の可能性があり考察はできていない。
【0092】
また、ΔODについては、3Pa、4Paは概ね照射時間が300sから600sの間で最高値を示し、900sでは低下している、イオン加速電位が低い15Pa条件では、900sに至るまで一様に特性の向上が見られた。
【0093】
このように、測定値のばらつきがあるものの、水素プラズマ照射工程の初期では、プラズマによるダメージの存在があると考察され、それと競合するように300sから600sにかけて水素プラズマによる改質の効果があると考察される。処理時間を延長しても両者が競合するために、大きな特性の向上がないか、熱による若干の劣化が観察されていると考えられる。このように、水素プラズマ照射工程には、イオン加速(引き込み)エネルギーと時間に関係する最適値があると考察した。この関係を明瞭にするために、イオンの基板への引き込みエネルギーとその圧力におけるイオン密度を、1Paにおいて1×10
10個/cm
3とし、圧力に比例すると仮定したイオン密度と総照射時間とを乗じ、この積を面積で除した値を「総イオンエネルギー密度(Total Ion Flux Energy Density)(J・s/cm
2)」とした。総イオンエネルギー密度は、e(電子素量)×イオン加速電位(実測値(V))×ni(イオン密度((cm
−3)
2/3)×総照射時間(s)と定義される。この総イオンエネルギー密度と、ΔQ及びΔODとの関係を
図6に示す。このグラフから分かるように、総イオンエネルギー密度が60〜350J・s/cm
2程度の範囲において、良好な特性が得られることが分かる。
【0094】
本発明者は、先に行った出願(特願2016−038391)に記載しているように、高速成膜時においては、用いている高密度プラズマからの入熱で成膜された試料が劣化することを発見している。同じガス組成では上記のような高速な反応性スパッタリングを行えば、プラズマからの熱フラックスにより試料が時間の経過と共に劣化するため、本実施例においては、水蒸気及びArガスからなる雰囲気に水素を添加して、雰囲気中の酸素/水素比を変え、よりOHリッチな雰囲気で成膜を実施した。
【0095】
このような水素を添加した条件で行う成膜において、
図7は透過率変化、
図8は透過スペクトル、
図9はボルタモグラムを示すチャートであり、それぞれ水素流量を0、2.5、5、10ccmとしたものを示す。
図8における「Colored」は着色時、「Bleached」は脱色時の透過スペクトルを示す。これらのチャートから分かるように、スパッタリング工程において水素を添加したものは、特性が著しく悪化していることがわかる。
【0096】
上記現象の原因を解明すべく、形成した膜の表面形状をSEM(走査型電子顕微鏡)により観察した。
図10は、水素流量を種々変化させた場合の膜のSEM写真である。
【0097】
これらのSEM写真から分かるように、水素流量の増加に伴って、膜の表面形状が若干ポーラスになり、水素流量を5ccm(1/2H
2O)とした場合には、何らかの反応生成物が観察された。この水素流量5ccmの場合の反応生成物をTEM(透過型電子顕微鏡)により観察した結果を
図11に示す。このTEM観察の結果により、
図10における膜部分は、結晶化した酸化ニッケルであることが確認された。また、反応生成物である
図10中の(1−1)点の部分のXPS解析の結果を
図12に示す。このXPSの元素分析結果から分かるように、炭素が確認された。
図13は、
図12は
図10中の(1−1)点の部分の電子線回折写真である。また、下記表2は、電子線回折の解析結果である。これらの結果から分かるように、酸化ニッケルが観察された。
【0098】
【表2】
【0099】
水素添加により雰囲気は水素リッチで酸素が少ない雰囲気を生成しており、その水素プラズマにより反応したニッケルは水酸化ニッケルになって成膜されていると考えられる。しかし、水酸化ニッケルは、ニッケルの金属オキシハイドロオキサイド(NiOOH)におけるより化学結合が弱く、約230℃で分解することから、生成した水酸化ニッケルがプラズマからの熱フラックスにより分解し、水素添加に伴い、著しい電気化学的・光学的性能の低下を示していると考えられる。また、水素リッチな条件では反応容器中に使用しているポリイミドテープなどの炭素の混入成分がプラズマ中の酸素と化合してCO,CO
2等の形で排気されず膜上に炭素を還元生成していると考えられる。
【0100】
以上のように、スパッタリング工程時の高密度なプラズマを避けて、その後に水素プラズマを試料に照射することにより、電気化学的・光学的特性を向上できているものと考えられる。