【実施例】
【0032】
以下に非限定的な例を参照して、本発明を更に説明する。なお、本実施例ではタグペプチドとしてGCN4を使用したが、これを他のタグペプチドに置き換えられることは当然のことである。
【0033】
実施例1.TET1CDを用いたターゲットの脱メチル化
<標的脱メチル基のためのプラスミド構築>
dCas9−TET1触媒部位(CD)融合蛋白質発現ベクター(pCAG−dCas9TET1CD)は、触媒として不活性なヌクレアーゼであるコドン最適化S.pyogenes Cas9(dCas9)をコードするcDNAを、ヒトTET1CDのN末端にある触媒ドメインに融合することにより作製された(システム1)。dCas9フラグメントは、PCRによりAddgeneプラスミド48240から増幅された。TET1CDフラグメントはヒトcDNAからPCRにより増幅された。
【0034】
図1におけるシステム1−4のdCas9フラグメントは、Addgeneプラスミド60903からPCRにより増幅された。使用されたGCN4のアミノ酸シークエンスはEELLSKNYHLENEVARLKK(配列番号1)である。GCN4間のリンカーシークエンスは、GSGSG(配列番号2:システム2)、GSGSGGSGSGSGGSGSGGSGSG(配列番号3:システム3)、およびGSGSGGSGSGGSGSGGSGSGGSGGSGSGGSGSGGSGSGGSGSG(配列番号4:システム4)である。GFPフラグメントはAddgeneプラスミド60904から増幅された。ScFvフラグメントもまた、Addgeneプラスミド60904から増幅された。全ての融合タンパク質は、CAGプロモーターのコントロール下において発現させた。オールインワンベクターは、システム3のコンポーネント1及び2を、2Aペプチド(配列番号5:GSGATNFSLLKQAGDVEENPGP)を挟んで融合して作製した。ベクターシークエンスは、配列番号6〜11(それぞれ、システム1(pCAG-dCas9TET1CD)、システム2のdCas9-GCN4融合蛋白質(pCAG-dCas9-10xGCN4_v4)、システム2〜4のscFv-TET1CD融合蛋白質(pCAG-scFvGCN4sfGFPTET1CD)、システム3のdCas9-GCN4融合蛋白質(pCAG-dCas9-5xPlat2AflD)、システム4のdCas9-GCN4融合蛋白質(pCAG-dCas9-3.5xSuper)、およびオールインワンベクター(pPlatTET-gRNA2))に示す。
【0035】
<gRNA構築>
GfapおよびH19のためのgRNAベクターは、Addgeneプラスミド41824の中にターゲットシークエンスを挿入することにより作製した。クローニングは、AflII部位の直線化と、gRNAフラグメントの挿入を媒介するギブソンアセンブリーシステムにより行った。
ターゲットシークエンスを表1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
<細胞培養>
胚性幹細胞(ESCs)は、37℃、5%CO
2下で、1%FBS、17.5%KSR100(10828028, Gibco)、0.2%の2−メルカプトエタノール(21985-023, Gibco)、およびESGRO mLIF,を1x10
3 ユニット/mL (ESG1107, Millipore)添加したダルベッコ改変イーグル培地−高濃度グルコース(D6429-500ML, Sigma)にて培養した。ESCsは、リポフェクトアミン2000(Invitrogen)を添付のプロトコールに従って使用してトランスフェクションを行い、トランスフェクションから48時間後に細胞を回収し、それらを、アッセイやFACSAriaII (BD Biosciences)によるソートに、直接使用した。
【0038】
<DNAメチル化解析>
ゲノムDNAは、Epitect Plus DNA Bisulfite Kit (QIAGEN)を添付の指示書に従って使用して処置された。修飾DNAは、下記表2のPCRプライマーを使用して増幅された。
【0039】
【表2】
【0040】
GfapのSTAT3部位、およびH19のm1−m4部位における脱メチル化パーセントは、Combined Bisulfite Restriction Analysis(COBRA)により決定された。下記表3のプライマーを使用して増幅されたフラグメントを、上記部位の中に認識部位を有する下記表3において示す制限酵素で切断し、ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供した。
【0041】
【表3】
【0042】
メチル化は、エチジウムブロマイドで染色したゲルのデンシトメトリー解析で、切断DNAの比として計算された。各々のアッセイにおいて、コントロールベクター(空のgRNAベクター)でトランスフェクトされた細胞のメチル化は、100%メチル化(0%脱メチル化)として定義され、各々のサンプルの脱メチル化は、以下の数式1を使用してコントロールによって標準化された。
サンプル脱メチル化(%)=(コントロールのメチル化-サンプルのメチル化)/コントロールのメチル化×100・・・数式1
【0043】
周辺領域のメチル化解析およびオフターゲット解析のために、バイサルファイトシークエンスが行われた。増幅されたフラグメントをTOPOベクター(Invitrogen)にライゲーションし、少なくとも14クローンのシークエンスを行った。シークエンスは、QUantification tool for Methylation Analysis (QUMA)と呼ばれるメチル化解析ツールにより解析された。CpG部位における全セットのうちの2グループ間における統計的有意性は、ノンパラメトリック統計的有意性の検定に使用されるマンホイットニーUテスト(ウィルコクソンの順位和検定とも呼ばれる)を用いて評価した。
【0044】
<結果>
まず、メチル化処置のために、不活性化Cas9ヌクレアーゼ(dCas9)とTET1との直接融合タンパクというシンプルな設計を作製した。TET1は、C末端に保存された触媒ドメインを有しており、このドメインはフルレングスのタンパク質よりも高い触媒活性を有する。そのため、このTET1触媒ドメイン(TET1CD)を、触媒作用が不活性であるdCas9に融合させた(
図1のシステム1)。
【0045】
アストロサイト特異的マーカーであるGfap遺伝子をコードするグリア細胞線維性酸性タンパク質(GFAP)の上流におけるSTAT3−結合部位内のシトシン残基は、ターゲットとして使用された。当該部位は、アストロサイトを除く多くの細胞タイプにおいてメチル化され、当該部位の脱メチル化は、神経前駆細胞(NPCs)のアストロサイトへの分化において、重要な役割を有する。STAT3−結合部位周辺の3つのターゲットを設計し(
図2a)、それらのためのgRNAベクターを作製して、当該gRNAベクターを、dCAS9−TET1CD融合タンパク質発現ベクター(pCAG−dCas9TET1CD)と共に、一過性に胚性幹細胞(ESCs)に導入した。STAT3−結合部位のメチル化は、Combined Bisulfite Restriction Analysis(COBRA)により解析された。各々のアッセイにおいて、コントロールベクター(空のgRNAベクター)と共に遺伝子導入した細胞のメチル化は、0%脱メチル化(100%メチル化)と定義され、各々のサンプルの脱メチル化は、コントロールにより標準化された。
【0046】
これら3つのgRNA
(Gfap1、Gfap2、およびGfap3
)は、STAT3
部位において、それぞれ3%、14%、および9%の脱メチル化を示した(
図2b)。一方、無関係のgRNA(UR1、UR2、およびUR3)は脱メチル化を示さなかった。よって、このシンプルなシステムはgRNA依存的特異的脱メチル化を誘発するが、脱メチル化の程度はせいぜい14%であることが示された。
【0047】
次に、抗体融合TET1ヒドロキシラーゼ触媒ドメインの複数コピーをリクルートするために、反復ペプチド配列に融合されたdCas9を使用して、脱メチル化能を増幅することを試みた(
図3a)。Gfap STAT3部位の脱メチル化のために、ESCsにおいて、Gfap2gRNA、GCN4ペプチドを10コピー有するdCas9、およびGCN4ペプチド抗体(scFv)−スーパーフォルダー緑色蛍光タンパク質(sfGFP)−TET1CD融合タンパク質の発現ベクターを使用した(
図1のシステム2)。しかし、このシステム2の使用により、脱メチル化の程度は改善されなかった(
図4a)。
【0048】
システム2により脱メチル化の程度が改善されなかった原因を探るために、19アミノ酸からなるGCN4ペプチドエピトープの配列を分離しているリンカーの長さを検証した。もしリンカーの長さが短すぎるのであれば、抗体−TET1CD融合タンパク質にとって、GCN4ペプチド配列に接近し結合するためのスペースが狭すぎるため、脱メチル化活性が不十分となると考えられる。もしリンカーの長さが長すぎるのであれば、抗体−TET1CD融合タンパク質はターゲットメチル化部位に近づくことができないと考えられる(
図3b)。システム2のリンカーの長さは、5アミノ酸であった(
図1システム2)。
【0049】
22アミノ酸長のリンカーを有する
dCas9−GCN4融合タンパク質(
図1のシステム3)、および43アミノ酸長のリンカーを有する
dCas9−GCN4融合タンパク質(
図1のシステム4)を作製し、脱メチル化活性を比較した。合成遺伝子技術における技術的制限のために、22アミノ酸長のリンカーおよび43アミノ酸長のリンカーを有するGCN4ペプチドのコピー数は、それぞれ5および4に減少させた。GCN4ペプチドのコピー数の減少にも関わらず、22アミノ酸長のリンカーが43%と最も良い脱メチル化を示した。44アミノ酸長のリンカーは2番目に活性が高く、プロトタイプである5アミノ酸長は最も低かった(
図4a)。
【0050】
これらの結果は、脱メチル化活性には、GCN4のコピー数よりも、dCas9に融合する各々のGCN4ペプチドユニット配列を分離するリンカーの長さが重要であることを示唆した。リンカーの長さを5アミノ酸から22アミノ酸に拡張することにより、脱メチル化活性は顕著に改善した。これは、22アミノ酸が、抗体−TET1CD融合タンパク質がペプチド配列に近づくために十分な広さであったことによると思われる。一方、43アミノ酸のリンカー長では、抗体−TET1CD融合タンパク質がターゲットであるメチル化部位に近づくには長すぎたと思われる。
【0051】
さらに脱メチル化効率を改善するために、fluorescence activated cell sorting (FACS)を使用して、GFP発現ベクター導入細胞を選択した。この目的のために、gRNA、システム3のGCN4配列を含むdCas9、および抗体−sfGFP−TET1CD融合タンパク質を含むオールインワン(all-in-one)ベクターを作製した(
図1)。GFPでソートされたオールインワン導入ESCsは、ほぼ完全な脱メチル化を示した(
図4)。また、期待に反して、システム3を導入しGFPでソートされたESCsもまた、ほぼ完全な脱メチル化を示した(
図4)。脱メチル化能の促進とソーティング技術により、ターゲット領域における完全な脱メチル化が達成された。
【0052】
次に、ソートされたサンプルを使用して、バイサルファイトシークエンスにより、ターゲット部位からの脱メチル化の範囲を検証した。脱メチル化は、ターゲット部位から少なくとも100bp以上離れた部位でも起こっていた(
図4b)。また、同じサンプルを使用して、バイサルファイトシークエンスにより、オフターゲット活性も検証したところ、顕著なオフターゲット活性は観察されなかった(
図5)。
【0053】
次に、同様の実験を、父系メチル化インプリンティング遺伝子であるH19のメチル化可変領域(differential methylation region;DMR)を用いて行った。H19のDMRには、4つのメチル化感受性CTCF結合部位(m1−m4)があり、H19インプリンティングの調整に重要である(
図6a)。m2をターゲットとするgRNA(H19DMR2)を、dCas9−TET1CDまたはシステム3と共にESCsに導入し、システム3導入細胞は、導入後に細胞ソーティングを行ったものも作製した。
【0054】
その結果、システム3はdCas9−TET1CDと比較して、顕著なメチル化の改善が観察された。GFPでソートした細胞では、m2部位において完全な脱メチル化が観察された(
図6b)。GFPでソートした細胞は、さらに周辺領域のメチル化について解析をしたところ、ターゲット領域から200bp離れたm1部位において完全な脱メチル化が示された(
図6c)。一方、ターゲット部位から1kb以上離れたm3とm4部位は、わずかに脱メチル化されただけであり(
図6c)、脱メチル化効果は1kb以上
離れた部位にはおよばないことが示唆された。また、複数部位ターゲティングの可能性をテストするために、m1−m4のgRNAをシステム3と共に導入した(H19DMR1−4)。その結果、GFPでソートされた細胞において、4つの部位(m1〜m4)全てにおいてほぼ完全な脱メチル化が観察された(
図6c)。このことは、複数のgRNAを使用することにより、複数部位を脱メチル化することが可能であることが示された。
【0055】
実施例2.Dnmt3bを用いたターゲットのメチル化
ターゲットにメチル化を導入するためシステム3(リンカー22aa)を用いてH19のm2部位のメチル化をおこなった。TET1CDの代わりに(1)Dnmt3b、(2)Dnmt3bNLS、(3)Dnmt3bNLS_N662Rを用いて実験を行った(
図7)。(1)はDe novoメチル化酵素Dnmt3bで、(2)は(1)のDnmt3bのC末にNLS(核移行シグナル)をつけたもの、(3)は(2)の662番目のアミノ酸をアスパラギン(N)からアルギニン (R)に変えたものである。このアミノ酸置換はメチル化活性を向上させることが報告されている(下記のShen L et al.)。用いたプラスミドは以下の通り。
(1)Dnmt3b: pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bF(配列番号41)
(2)Dnmt3bNLS: pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bFNLS(配列番号42)
(3)Dnmt3bNLS_N662R: pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bS1(配列番号43)
これらの(1)〜(3)の系をES細胞に導入して2日目にGFPの蛍光によりセルソーターで遺伝子が導入されて蛍光を発する細胞のみを単離し、脱メチル化のときと同様にH19のm2のメチル化を調べた。メチル化は数式2のようにコントロールで標準化したメチル化(%)として計算した。その結果、ターゲットのメチル化は(1)54%、(2)74%、(3)84%となり、メチル化効率はDnmt3bだけよりはNLSをつけた方がよく、さらにN662Rのアミノ酸置換をいれたものの方がよいことがわかった(
図8)。
コントロールで標準化したメチル化(%)=(サンプルのメチル化-コントロールのメチル化)/コントロールのメチル化×100・・・数式2
参考文献
Shen L, Gao G, Zhang Y, Zhang H, Ye Z, Huang S, Huang J, Kang J. A single amino acid substitution confers enhanced methylation activity of mammalian Dnmt3b on chromatin DNA. Nucleic Acids Res. 38:6054-6064, 2010. doi: 10.1093/nar/gkq456.
【0056】
配列番号1:GCN4
配列番号2:リンカー5
配列番号3:リンカー22
配列番号4:リンカー43
配列番号5:2Aペプチド
配列番号6:pCAG-dCas9TET1CD
配列番号7:pCAG-dCas9-10xGCN4_v4
配列番号8:pCAG-scFvGCN4sfGFPTET1CD
配列番号9:pCAG-dCas9-5xPlat2AflD
配列番号10:pCAG-dCas9-3.5xSuper
配列番号11:pPlatTET-gRNA2
配列番号12:Gfap_1
配列番号13:Gfap_2
配列番号14:Gfap_3
配列番号15:H19DMR_1
配列番号16:H19DMR_2
配列番号17:H19DMR_3
配列番号18:H19DMR_4
配列番号19:UR_1
配列番号20:UR_2
配列番号21:UR_3
配列番号22:GfapSTAT3-B3
配列番号23:GfapSTAT3-B4
配列番号24:H19DMR-B1
配列番号25:H19DMR-B2
配列番号26:Gfap_O1B1
配列番号27:Gfap_O1B2
配列番号28:Gfap_O2B1
配列番号29:Gfap_O2B2
配列番号30:Gfap_O3B1
配列番号31:Gfap_O3B2
配列番号32:GfapSTAT3-B1
配列番号33:GfapSTAT3-B2
配列番号34:H19DMR-B3
配列番号35:H19DMR-B4
配列番号36:H19DMR-B5
配列番号37:H19DMR-B6
配列番号38:off target 1
配列番号39:off target 2
配列番号40:off target 3
配列番号41:pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bF
配列番号42:pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bFNLS
配列番号43:pCAG-scFvGCN4sfGFPDnmt3bS1
配列番号44:タグペプチドGVKESLV
配列番号45:GSリンカー
配列番号46:GSリンカー
配列番号47:GSリンカー