(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6500670
(24)【登録日】2019年3月29日
(45)【発行日】2019年4月17日
(54)【発明の名称】磁性シート用扁平状軟磁性金属粉末、磁性シート、及び、アンテナコイル
(51)【国際特許分類】
H01F 1/22 20060101AFI20190408BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20190408BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20190408BHJP
B22F 3/00 20060101ALI20190408BHJP
H01Q 7/06 20060101ALI20190408BHJP
【FI】
H01F1/22
C22C38/00 303S
B22F1/00 Y
B22F3/00 B
H01Q7/06
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-144963(P2015-144963)
(22)【出願日】2015年7月22日
(65)【公開番号】特開2017-28088(P2017-28088A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2018年3月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】本荘 良浩
(72)【発明者】
【氏名】松橋 光浩
(72)【発明者】
【氏名】松川 篤人
(72)【発明者】
【氏名】遠田 孝友
【審査官】
堀 拓也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−050644(JP,A)
【文献】
特開2008−115404(JP,A)
【文献】
特開2014−204051(JP,A)
【文献】
特開2012−160726(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/12−1/38
1/44
B22F 1/00−8/00
C22C 1/04−1/05
5/00−25/00
27/00−28/00
30/00−30/06
33/02
35/00−45/10
H01Q 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性シート用扁平状軟磁性金属粉末であって、合金成分としてatm%でSi 14〜22%、Cr 0.1〜5%、Mn 1%超かつ2%以下、及びFeを少なくとも含有し、
重量平均粒径D50が10〜100μm、平均厚さが0.5〜5μmである、磁性シート用扁平状軟磁性金属粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の磁性シート用扁平状軟磁性金属粉末と、
結合剤を含む、
磁性シート。
【請求項3】
請求項2に記載の磁性シートを有するアンテナコイル。
【請求項4】
合金成分として、Si 14〜22atm%、Cr 0.1〜5atm%、Mn 0.1〜2atm%、及びFeを含有する、磁性シート用扁平状軟磁性金属粉末
(ただし、Si:4〜21atm%、B:4〜21atm%、Cr:5atm%以下(0atm%は含まず)、C:5atm%以下(0atm%は含まず)、Mn:1atm%以下(0atm%は含まず)、S:0.1atm%以下(0atm%は含まず)を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる成分組成、並びに平均粒径:20〜100μmおよびアスペクト比(平均粒径/平均厚さ):5〜100の扁平度を有するアモルファス扁平金属軟磁性粉末を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非接触通信端末向け磁性シートとして好適な、高透磁率かつ低損失の磁性シートに用いられる扁平状軟磁性金属粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
非接触通信端末、特にアンテナコイル等を用いた端末やカード間での通信性能向上の目的で、軟磁性材料をシート状に加工した磁性シートが用いられる。
磁性シートの材料としてはフェライトシートを用いたシート、扁平状軟磁性金属粉末を用いたポリマーシート等があるが、従来技術によるこれらの材料は、部材に要求される性能、コストを十分に満足するものではなかった。
【0003】
特許文献1には通信距離向上の手段としてフェライトシート及び金属粉末を用いたポリマーシート等が開示されているが、フェライトシートは磁気特性に優れるが可とう性に乏しいため、保護フィルム等の部材を併用することが必要となり省部材化、低コスト化が困難である欠点を有する。また、金属粉末を用いたポリマーシートは、部材の可とう性に優れるため部材全体の構造の簡素化やコストダウンが期待されるが、磁気特性が十分でなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−340759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
通信性能を向上させるためにはμ´×Q(複素透磁率(μ=μ´−i・μ´´、iは虚数単位)の実部μ´
及び虚部μ´´で表される損失係数(tanδ=μ´´/μ´)の逆数をQ(μ´/μ´´)とする)等の特性が優れることが重要であり、磁性材料として複素透磁率の実数部(μ´)が大きく、虚数部(μ´´)が小さいことが要求される。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明は、特定の金属材料組成を有する金属粉末を扁平化形状とし、所定の樹脂等と混合して磁気特性を向上した磁性シートを得ることで通信性能を向上させるものである。
合金成分としては、atm%でSi 14〜22%、 Cr 0.1〜5%、Mn 0.1〜2%、及びFeを少なくとも含有することで本発明の目的を達成することができる。
また、金属粉末を扁平化形状とすることで反磁界が小さくなりμ´特性が向上する。
【0007】
上記扁平状軟磁性金属粉末(以下、場合により「扁平粉」という)は、扁平粉の重量平均粒径D
50が10〜100μm、平均厚さが0.5〜5μmであると、より高透磁率磁性シートが得られやすく、かつ、シートの密度も向上する。D
50が10μm未満であると、保磁力Hcが小さな扁平粉が得られ難く、シート化した際にも扁平粉同士の隙間の数が多くなるため高透磁率磁性シートが得られ難くなる。一方、D
50が100μmを超えると、シートの表面が粗くなり厚さから算出されるシートの密度が低下する傾向がある。
また、扁平粉の平均厚さを0.5μm未満とすることは製造上、扁平化やシート化が困難となり、一方5μmを超えると反磁界が大きくなりμ´特性が低下する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、磁性シート用の扁平状軟磁性金属粉末を特定の金属材料組成、及び粒子形状とすることで磁気特性を向上し、通信性能を向上することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<扁平状軟磁性金属粉末>
本実施形態の扁平状軟磁性金属粉末は、FeSiCrMn系合金において、atm%でSi 14〜22%、 Cr 0.1〜5%、Mn 0.1〜2%、及びFeを少なくとも含有することで高透磁率(μ´)及び低損失(μ´´)の磁性シートが得られる。Mnを合金成分として上記の範囲で添加すると、熱処理温度の選定により保磁力Hcが下がり、良好な特性が得られると考えられる。
また、扁平粉の重量平均粒径D
50が10μm以上100μm以下、平均厚さが0.5〜5μmであると高透磁率の磁性シートが得られる。以下にその作製方法の一例を記載する。
【0010】
軟磁性合金粉末は、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法又はガス噴霧水アトマイズ法などのアトマイズ法で作製するのが簡便である。本発明においては、低コストで合金粉末を得ることが可能な水アトマイズ法で製造された軟磁性合金粉末を用いたが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0011】
上記合金粉末を乾燥後、扁平化処理を行う。
扁平化方法は、特に制限はなく、例えば、アトライタ、ボールミル、振動ミル等を用いて行なうことができる。中でも、ボールミルや振動ミルに比べ、短時間で処理できるアトライタを用いることが好ましい。また、扁平化処理は有機溶媒を用いて湿式で行なうことが好ましい。
有機溶媒を添加することにより脆い軟磁性合金粉末を用いた場合でも、その粒子径が大きく、十分に扁平化された扁平粉を高い歩留りで作製できる。
上記有機溶媒としては、例えば、トルエン、ヘキサン、アセトン、メタノール及び炭素数2〜4の1価アルコールを用いることができる。
有機溶媒の添加量は、合金粉末100質量部に対して、200〜2000質量部であることが好ましく、500〜1000質量部であることがより好ましい。有機溶媒の添加量が200質量部未満では、扁平粉の粒径が小さくなる傾向があり、2000質量部を超えると、処理時間が長くなり生産性が低下する。
【0012】
扁平粉の粒径を大きくするために、有機溶媒と共に扁平化助剤を用いてもよい。扁平化助剤としては、例えば、ステアリン酸等の脂肪酸を好適に用いることができる。扁平化助剤の添加量は、熱処理粉末100質量部に対して、0.1〜5質量部であることが好ましく、0.5〜2質量部であることがより好ましい。扁平化助剤の添加量が5質量部を超えても扁平粉の粒径はそれ以上大きくならない上に、有機溶媒の回収利用が困難になり、熱処理炉の汚染が激しくなる。また、有機溶媒として炭素数2〜4の1価アルコール類を使用した場合、扁平化助剤を添加しなくても粒径の大きな扁平粉が得られる。
【0013】
扁平化時間は、所定の平均粒径及び平均厚さとなる時間とする。扁平化の装置や条件にもよるが、滞留時間(合金粉末に有機溶媒を加えたスラリーが処理装置内を通過して処理される実時間)として1〜5時間程度が所定の粒径及び厚さを得るために好適である。扁平粉の粒径が大きくなるにつれ平均厚さは小さくなり、平均粒径D
50/平均厚さ で定義されるアスペクト比が大きくなる。アスペクト比が大きくなるとかさ密度BDは小さくなるため、アスペクト比の代用特性として、扁平粉のかさ密度BDを用いることができる。本発明において、アスペクト比が20以上50以下となると透磁率特性が向上するが、その際のかさ密度は本実施例記載のFeSiCrMn系合金では、0.15〜0.50Mg/m
3である。BDは、JIS K−5101に準拠する方法でカサ比重測定器を用いて測定することができる。
【0014】
扁平粉の重量平均粒径D
50及び平均厚さは、次の方法で測定した値とする。
D
50はフランホーファーの回折理論を利用したレーザー回折式の粒度分布測定装置により測定され、体積分布の積算で50%になるときの粒径とする。本実施例では、乾式分散ユニットを有する日本レーザー社製の「HELOS SYSTEM」を用いた測定値とした。
平均厚さは扁平粉を樹脂埋め後、研磨面と垂直な方向の磁束を有する磁石の上で硬化し、鏡面加工後、断面をSEMで観察した値とした。
アスペクト比は上記平均粒径及び平均厚さを用いて「D
50/厚さ」の値とした。
【0015】
なお、扁平化処理後、得られた扁平状軟磁性金属粉末を不活性雰囲気中で熱処理することが好ましい。これにより、保磁力Hcが小さくなり高透磁率磁性シートが得られやすくなる。熱処理温度や保持時間は、扁平状軟磁性金属粉末の組成や積載量により選択する。保磁力Hcは市販のHcメーター(本実施例では、東北特殊鋼株式会社製、商品名「K−HC1000」)を用いて測定することができる。
【0016】
<磁性シート>
磁性シートは、上記扁平状軟磁性金属粉末を用いて作製することができる。本発明の磁性シートの作製方法について一例を示すと次のようになる。
扁平状軟磁性金属粉末とバインダーとしてポリウレタン樹脂、希釈溶剤としてトルエン、キシレン、酢酸ブチル等から選択される溶剤と、メチルエチルケトン等の溶剤との混合溶剤を含む磁性塗料を混練する。混練方法は特に限定されないが、本実施例ではプラネタリーミキサーを用いた。混練終了直前に硬化剤としてイソシアネート化合物を加え、最後に真空脱泡し塗料に含まれる気泡を除去する。
【0017】
バインダーの配合比は、扁平状軟磁性金属粉末100重量部に対し、好ましくは8重量部以上22重量部以下の範囲内に、さらに好ましくは8重量部以上18重量部以下の範囲内に設定される。
硬化剤の添加量は、バインダー100重量部に対して5重量部以上30重量部以下の範囲内に、さらに好ましくは10重量部以上20重量部以下の範囲内に設定される。
揮発性溶剤の添加量は、塗料粘度が一定範囲になるように調整する。塗料粘度の範囲は400〜1500mPa・sが好ましい。塗料粘度が400mPa・s未満であると、塗布直後に行なう磁場配向の痕跡が残りやすく、塗料粘度が高いと乾燥後のシート表面に凹凸が残りやすく外観が悪くなる。
【0018】
上記磁性塗料をドクターブレード法でベースフィルム上に所定の厚さで塗布し、磁場配向後、乾燥する。ベースフィルムは特に限定されないが本実施例では厚さ75μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムを用いた。
磁場配向後のシートを乾燥するが、乾燥方法は自然乾燥でも加熱による強制乾燥でも良い。
【0019】
乾燥後の磁性シートは、密度及び磁気特性により評価する。密度は磁性シートを外径18mm、内径10mmの金型を用いてロット毎に6枚ずつトロイダル形状に打ち抜き、その重量とスピンドル径が6mmのマイクロメーターを用いて測定した厚さから求めた。磁気特性は上記トロイダル形状の試料を6枚重ねてインピーダンスアナライザ(Agilent Technologies社製、商品名「E4991A」)と付属のテストフィクスチャー(16454A)を用いて1ターン法で測定した。
【0020】
非接触通信端末の磁芯部材として使用される磁性シートの通信性能を向上させるためにはμ´×Qであらわされる性能指数が優れることが重要であり、本発明によればこの指数が2000以上となるため良好な通信性能が得られる。
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
以下に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
(実施例1〜7)
水アトマイズ法にて表1の合金組成となるように作製した合金粉末を乾燥後、質量比で7.3倍のイソプロピルアルコールを添加し、アトライタを用いてかさ密度BDが約0.30Mg/m
3になるまで扁平化処理した。得られた扁平粉の平均粒径D
50は30〜38μm、平均厚さは1.1〜1.3μmであった。この扁平粉をArガス雰囲気中で2時間熱処理し、保磁力Hcが約400A/mの扁平状軟磁性金属粉末を得た。
上記扁平状軟磁性金属粉末に結合材と有機溶媒を添加し混練後、硬化剤を添加し、混練しながら真空脱泡した。
得られた磁性塗料を75μm厚のPET製のベースフィルムの一方の面上に、ブレード塗布方式により塗布厚さ400μmで塗布し、磁場配向後乾燥した。乾燥は常温(25℃)にて行い磁性シートを作製した。
【0022】
(比較例1〜4)
合金組成として、Mnを含まないか、もしくはMnをatm%で2%を超える比率とした以外は実施例1〜7と同様の方法で磁性シートを作製した。
(比較例5〜8)
合金組成として、Crをatm%で0%または5%を超える比率としたか、もしくはSiをatm%で14%未満か22%を超える比率とした以外は実施例1〜7と同様の方法で磁性シートを作製した。
【0023】
表1に、合金組成を変えた時の実験結果を示した。
【表1】
実施例1〜7は、Mn比率がatm%で0.1〜2%の範囲であり、μ´×Qの高い磁性シートが得られた。また、実施例7ではMnに加え、さらにCoを添加したが、良好な特性が得られた。一方、比較例1〜8はμ´×Qがいずれも低い値となった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
以上のように、本発明に関わる扁平状軟磁性粉末を用いることにより、高透磁率(μ´)、低損失(μ´´)の磁性シートが実現でき、非接触通信端末の通信距離を改善するために有用である。