【実施例】
【0031】
本発明について理解を深めるために、以下に参考例および実施例を示して、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことはいうまでもない。参考例および実施例に記載の実験は、兵庫医科大学動物実験委員会の動物実験ガイドラインに沿って行った。
【0032】
(参考例1)アレルギー性鼻炎モデル動物の作製
特許文献1(特開2013-070653号公報)を参考にして、アレルギー性鼻炎モデル動物を作製した(
図1)。具体的には、6〜8週齢のBalb/cマウス(オリエンタル酵母工業株式会社)にブタクサ花粉(0.1mg/200μL/回)と水酸化アルミニウム(1mg/200μL/回)(RW+Alum)をday0に、ブタクサ花粉(0.1mg/200μL/回)のみ(RW)をday7に腹腔内投与して、ブタクサ花粉に感作したアレルギー性鼻炎モデルマウスを作製した。
以下の各実施例では種々の条件下で、アレルギー性鼻炎モデルマウスに、ブタクサ花粉およびPM2.5を点鼻投与し、最終点鼻後10分間のくしゃみ回数(早期相)と、24時間後の鼻粘膜の組織染色、血清IgE値、頸部リンパ節細胞からのTh2サイトカイン産生(遅発相)を検討した。また以下の各実施例おいては、各群3〜5匹のマウスを使用し、2〜3回繰り返して実験を行った。結果は、平均値±SEMで示しており、統計学的有意差はt検定(two tailed Student's t-test)により確認した。
【0033】
(実施例1)アレルギー性鼻炎モデル動物におけるPM2.5の影響の確認
PM2.5として、国立環境衛生研究所にて、ディーゼルエンジンを燃焼し、排気ガスから精製調節した直径0.4μmのDEPを用いた。かかるDEPは、8-Lディーゼルエンジン(Jo8C, 日野自動車)をDEPの発生源として使用し、エンジンを一定の状態(速度:2,000 rpm、eエンジントルク:0 Nm、ディーゼル燃料:JIS No.2)で、5時間作動させて、回収したものである。DEPを0.05% Tween 80に懸濁して、実験に使用した。
参考例1にて花粉に感作した花粉特異的アレルギー性鼻炎モデルマウスに、ブタクサ花粉とPM2.5とを、day14〜day17の1〜4日間(1回/day)同時に点鼻した(RW+PM2.5)。またコントロールとして、ブタクサ花粉とPM2.5に代えて、Vehicle(0.05%Tween80をPBSに混合した溶液)を20μL/回、ブタクサ花粉単独(RW)、またはPM2.5単独(PM2.5)を点鼻した(
図2a、
図3a)。その後、鼻炎症状の早期相と遅発相のパラメーターを測定した。
なお、環境省の定めたPM2.5の環境基準(35μg/m
3)、および、成人が1日の呼吸で体内へ取り込む空気量(14m
3)を考慮し、マウスへのPM2.5点鼻量を10μg/20μL/回とした。またday14以後のマウスへのブタクサ花粉点鼻量は、鼻炎症状を発症できない通常の1/10量の0.1mg/20μL/回とした。
【0034】
(1)鼻炎症状の早期相のパラメーターとして、PM2.5の鼻粘膜上皮細胞に対する影響を検討した。最終点鼻後10分間のくしゃみ回数を確認した。
その結果を
図2bに示す。
図2bの横軸には、最終点鼻の日を示す。ブタクサ花粉単独点鼻ではくしゃみ回数が経時的に増加しなかったのに対し、ブタクサ花粉とPM2.5を4日間同時点鼻すると、経時的にくしゃみ回数は著明に上昇した(
図2b)。
【0035】
(2)鼻炎症状の遅発相のパラメーターとして、最終点鼻から24時間後の鼻粘膜組織(好酸球数)、頸部リンパ節細胞からのTh2サイトカイン産生に対する影響を検討した。
鼻粘膜組織を、4% (w/v)ホルムアルデヒドに固定し、パラフィンに包埋した。パラフィン包埋切片(4μm厚)を、脱パラフィン化し、ヘマトキシリン・エオジン染色または過ヨウ素酸シッフ染色を行い、好酸球数を確認した。
マウスから採取した頸部リンパ節細胞(2×10
5 cells/well)と、野生型マウス由来の抗原提示細胞(T細胞を除いたBALB/c脾臓細胞)(1×10
5cells/well)とを、96穴プレートにて5日間共培養した。RPMI 1640(10% FBS、2-ME (50 μM)、L-グルタミン(2 mM)、ペニリシン(100 U/mL)、ストレプトマイシン(100 μg/mL)添加)を培地として使用し、IL-2およびブタクサ花粉抽出物を添加して培養した。IL-2による刺激後、培地上清中のIL-4、IL-5、IL-13量を、ELISA kit(R&D Systems)により測定した。
4日間連続してブタクサ花粉とPM2.5を同時点鼻した場合の結果を示す(
図3b)。鼻粘膜好酸球数、頸部リンパ節細胞からのTh2サイトカイン産生は、ブタクサ花粉とPM2.5の同時点鼻の場合と、ブタクサ花粉単独点鼻の場合とで差が認められなかった。よってPM2.5は、Th2免疫応答には影響しないと考えられた。
【0036】
(実施例2)アレルギー性鼻炎モデル動物におけるPM2.5の前処置による影響の確認
参考例1にて花粉に感作したアレルギー性鼻炎モデルマウスに、PM2.5をday9〜day12の4日間単独点鼻した後、ブタクサ花粉をday14〜day17の1〜4日間単独点鼻した以外は、実施例1と同様にしてマウスにブタクサ花粉とPM2.5を点鼻した(
図4a)。コントロールとして、PM2.5に代えてVehicleを点鼻し、ブタクサ花粉に代えてPBSを点鼻した。またVehicleをday9〜day12の4日間単独点鼻した後、day14〜day17の1〜4日間PM2.5およびブタクサ花粉の同時点鼻を行った。鼻炎症状の早期相のパラメーターとして、最終点鼻後10分間のくしゃみ回数を確認した。
【0037】
その結果を
図4bに示す。
図4bの横軸には、花粉を点鼻した日を示す。PM2.5を予め単独点鼻した場合では、PM2.5を点鼻しなかった場合に比較して、くしゃみ回数が上昇した(
図4b)。
【0038】
(実施例3)鼻粘膜上皮細胞のバリア機能に対するPM2.5のin vitroでの影響の確認
ヒト鼻粘膜上皮細胞株(RPMI2650)(American Type Culture Collectionから購入)を用いて、鼻粘膜上皮細胞のバリア機能に対するPM2.5の影響を、以下の手段により確認した(
図5)。PM2.5は、実施例1と同様のものを用いた。
ヒト鼻粘膜上皮細胞株はイーグル最小必須培地(DS Pharmingen)に、10%ウシ胎児血清(FBS)、1%非必須アミノ酸、ペニシリン(100 U/ml)、ストレプトマイシン(100 μg/ml)、L-グルタミン(2 mmol/l)を添加した培地により培養した。細胞(5×10
4 cells/cm
2)を、24ウェルプレートに設置したトランスウェル内の0.4μm孔フィルター(Millipore)上に播種した。培地は、2〜3日毎に交換した。播種後、12〜14日後に、細胞の単層が得られた。
ヒト鼻粘膜上皮細胞株にPM2.5を添加して24時間培養後、細胞間接着構造であるタイトジャンクション(tight junction)を構成するタンパク質であるzonula occludens-1(ZO-1)を、抗マウスZO-1ウサギIgG抗体とAlexa 488抗ウサギIgG(Invitrogen)を用いて免疫染色し、ZO-1の発現を確認した。まず、細胞を4%パラホルムアルデヒドにより10分間固定し、0.05%Triton X-100で15分間浸透処理を行った。2%スキムミルクで30分間ブロッキングを行った後、細胞を抗マウスZO-1抗体と反応させ、その後2次抗体により染色した。
また、トランスウェルのフィルター上で培養したヒト鼻粘膜上皮細胞株に、PM2.5(50μg/ml)を添加し、24時間後の経上皮電気抵抗(細胞膜の電気抵抗)と、FITC標識したデキストラン(2mg/ml)の上皮細胞透過性(細胞膜の透過性)を測定した。経上皮電気抵抗はMillicell ERS-2 epithelial voltohmmeter (Millipore)を用いて測定し、上皮細胞透過性は通過したFITC標識したデキストランをanalyzed by a multi-mode microplate reader (Infinite M200 Pro, TECAN)を用いて測定した。
【0039】
ヒト鼻粘膜上皮細胞株に、PM2.5を添加すると濃度依存性にZO-1の発現が減少し、タイトジャンクションが破壊されることがわかった(
図6a)。また、PM2.5を添加した場合は、添加しない場合と比較して、鼻粘膜上皮細胞の細胞膜の電気抵抗は著明に低下し、FITC標識したデキストランの鼻粘膜上皮細胞透過性は著明に亢進した(
図6b、c)。
これらの結果から、PM2.5がタイトジャンクションを破壊し、鼻粘膜上皮細胞のバリア機能を損なわせることがわかった。
【0040】
(実施例4)鼻粘膜上皮細胞のバリア機能に対するPM2.5のin vivoでの影響の確認
実施例2と同様にして、PM2.5を4日間アレルギー性鼻炎モデルマウスに点鼻した後、マウスの鼻粘膜を採取し、鼻粘膜上皮細胞のタイトジャンクションを構成するZO-1の発現を確認した。ZO-1の発現の確認は、実施例3と同様にして行った。
マウスから採取した鼻粘膜組織を、4% (w/v)ホルムアルデヒドに固定し、パラフィンに包埋した。パラフィン包埋切片(4μm厚)を脱パラフィン化し、クエン酸緩衝液により抗原を賦活化させた。 実施例3と同様にして、ブロッキング、抗体による染色をおこなった。切片を、Prolong Antifade Gold with 4',6-diamidino-2-phenylindole (DAPI)(Invitrogen)を用いて染色し、顕微鏡(Zeiss LSM 510, Carl Zeiss)を用いて観察および解析を行った。
【0041】
結果を
図7に示す。PM2.5を点鼻したマウスでは鼻粘膜上皮細胞のタイトジャンクションが破壊された(
図7a)。一方、コントロールとしてPM2.5の代わりに、ブタクサ花粉を4日間単独点鼻したアレルギー性鼻炎モデルマウスではタイトジャンクションに何ら影響を及ぼさなかった(
図7b)。
【0042】
(実施例5)PM2.5による鼻粘膜上皮細胞タイトジャンクション破壊と鼻炎症状の関係の検討
実施例2と同様にして、花粉感作したアレルギー性鼻炎モデルマウスにPM2.5をday8、day10、day12、day14のいずれか1回点鼻し、その後ブタクサ花粉をday16に点鼻した(
図8a)。その後、鼻炎症状の早期相のパラメーターとして最終点鼻後10分間のくしゃみ回数を測定し、遅発相のパラメーターとして、実施例3と同様にして鼻粘膜上皮細胞のZO-1の発現を免疫染色により確認した。
【0043】
花粉点鼻の2日前および4日前にPM2.5により前処置した場合(
図8bの2d、4d)には、前処置のない場合と比較して、くしゃみ回数が増加したが、花粉点鼻の6日前および8日前にPM2.5により前処置した場合(
図8bの6d、8d)には、くしゃみ回数に有意差は認められなかった。また、PM2.5点鼻から4日間経過後までは(
図8cの2d、4d)、PM2.5点鼻のない場合と比較して、ZO-1の発現が低下したままであったが、PM2.5点鼻から8日間経過後にはZO-1の発現が完全に回復していた。PM2.5の1回単独点鼻によるタイトジャンクションの破壊は点鼻後経時的に修復し、点鼻8日後には元の状態となることがわかった。またPM2.5によるタイトジャンクションの破壊の程度と鼻炎症状の増悪とは相関しており、PM2.5による鼻炎症状の悪化は、鼻粘膜上皮細胞の破壊が原因であることが示唆された。
【0044】
(実施例6)PM2.5による鼻粘膜上皮細胞タイトジャンクション破壊に対する抗酸化剤の抑制効果の確認
実施例2と同様にして、花粉感作したアレルギー性鼻炎モデルマウスに、PM2.5(10μg/20μL)と抗酸化剤であるN-アセチルシステイン(Sigma-Aldrich Japan)(10mmol)(NAC)を、day14に同時点鼻し、2日後のday18にブタクサ花粉を点鼻した(
図9a)。その後、鼻炎症状の早期相のパラメーターとして最終点鼻後10分間のくしゃみ回数を測定し、遅発相のパラメーターとして、鼻粘膜上皮細胞のZO-1の発現を免疫染色により確認した。
【0045】
PM2.5とNACを同時点鼻にて前処置すると、鼻粘膜上皮細胞のタイトジャンクションは破壊されず、花粉を点鼻してもくしゃみ回数は全く上昇しなかった(
図9b,c)。