(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、鋼材の表層に固溶拡散するクロムの濃度が低い場合、形成される不動態膜は十分なものとは言えず、例えば高温強酸の腐食環境下において不動態膜が局所的に腐食されることがある。この結果、腐食により不動態膜から局所的に露出した鋼材の表面の鉄がイオン化してしまい、鋼材に孔食が発生する。
【0006】
そこで、鋼材にステンレス鋼を用い、上述した表面処理を行った場合、炭素鋼からなる鋼材に上述した表面処理を行ったものに比べて、その表層に含有するCr含有量は増加し、より安定した不動態膜が形成される。しかしながら、このような場合であっても、後述する発明者らの実験からも明らかなように、局所的に腐食した不動態膜が再生する(修復する)前に、ステンレス鋼の鉄のイオン化が進み、鋼材に孔食が発生することがある。
【0007】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、腐食環境下において、ステンレス鋼からなる鋼材の孔食の発生を抑えることができる鋼材の表面処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決すべく、発明者らは鋭意検討を重ねた結果、ステンレス鋼の不動態膜が腐食した際に、腐食により不動態膜から局所的に露出した鋼材の表面にMoが存在すると、この表面のMoにその周りのCrが引き寄せられると考えた。この結果、引き寄せられたCrにより、腐食した部分の不動態膜の再生化が促進されると考えた。
【0009】
本発明は、発明者らのこのような考えに基づくものであり、本発明に係る鋼材の処理方法は、鋼材の表面に金属粒子を投射することにより、前記鋼材の表面を処理する鋼材の表面処理方法であって、前記鋼材として、ステンレス鋼からなる鋼材を用い、前記鋼材の表面処理方法は、加熱された状態の前記鋼材の表面に、不活性雰囲気下で、前記金属粒子として、Cr粒子とMo粒子を圧着した金属粒子を投射することにより、前記鋼材の表面から前記金属粒子のCrおよびMoを固溶拡散させる工程と、CrおよびMoが固溶拡散した前記鋼材を冷却する工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、金属粒子を鋼材の表面に投射することにより、鋼材の表面から金属粒子のCrおよびMoが固溶拡散し、この状態を冷却工程で保持することができる。得られた鋼材には、CrおよびMoが固溶拡散しているので、腐食環境下において鋼材の表面の不動態膜が局所的に腐食したとしても、不動態膜から局所的に露出した鋼材の表面にはMoが存在し、さらにその周りには固溶したCrも存在する。これにより、鋼材の露出した表面の鉄がイオン化する前に、Moによりその周りに存在するCrが引き寄せられ、腐食した不動態膜の再生化が促進されると考えられる。このような結果、鋼材の孔食の発生を抑えることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、腐食環境下においてステンレス鋼からなる鋼材の孔食の発生を抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、図面を参照して、本実施形態について説明する。
本発明の実施形態に係る鋼材Wの表面処理方法を実施するための表面処理装置1の模式的概念図であり、
図2は、
図1の要部拡大図である。本実施形態に係る表面処理装置1は、ステンレス鋼からなる鋼材Wを誘導加熱しつつ、その表面に金属粒子pを噴射(投射)することにより鋼材の表面を処理する装置である。
【0014】
図1に示すように、表面処理装置1は、気密に形成されたチャンバ10を備えている。チャンバ10内には、鋼材Wを載置する載置台25と、載置台25の周囲に設けられた誘導加熱コイル30と、載置台25に向けて、不活性ガスとともに金属粒子pからなる粉末Pを噴射する噴射部40と、が設けられている。なお、噴射部40から導入された不活性ガスは、ガス流出弁12を介して、チャンバ10内から排出される。
【0015】
誘導加熱コイル30は、チャンバ10外に設けられた高周波印加装置20に接続されている。これにより、高周波印加装置20から誘導加熱コイル30に所定の周波数の高周波電流を印加し、誘導加熱コイル30で鋼材Wを誘導加熱することができ、鋼材Wを短時間で加熱することができる。
【0016】
上述したように、チャンバ10内には、噴射部40が設けられており、その先端には載置台25(鋼材W)に向けられたノズル41が取り付けられている。噴射部40は、電磁弁55および圧力調整弁61を介して、アルゴンガスまたはヘリウムガスなどの不活性ガスが充填されたガスボンベ60に接続されている。圧力調整弁61は、噴射部40から金属粒子pを鋼材Wの表面に、所定の投射圧力で投射することができるように、後述する制御部70で制御される。
【0017】
さらに、噴射部40は、金属粒子pからなる粉末Pを収容する粒子フィーダ50に接続されている。ガスボンベ60は、粒子フィーダ50のフィーダライン51にも接続されている。フィーダライン51には粒子フィーダ調整弁52〜54が設けられている。これらの粒子フィーダ調整弁52〜54を調整することで、噴射部40に供給される金属粒子p(すなわち粉末P)の供給量等を調整することができる。
【0018】
さらに、本実施形態では、チャンバ10内には、チャンバ10内の酸素濃度を測定する酸素濃度センサ72が設けられており、載置台25の近傍には、鋼材Wの表面温度を測定する温度センサ71が設けられている。温度センサ71および酸素濃度センサ72は、制御部70に接続されており、これらのセンサで検出した温度および酸素濃度に関する出力信号は、制御部70に入力される。
【0019】
制御部70は、作業者の設定、予め設定されたプログラム、センサ出力等の情報に基づいて、高周波印加装置20、電磁弁55、粒子フィーダ調整弁52〜54、および圧力調整弁61を制御し、鋼材Wの加熱温度・加熱時間、金属粒子pの噴射速度・噴射量、および不活性ガスの噴射・噴射タイミング等を調整する。
【0020】
以下に、本実施形態に係る鋼材Wの表面処理方法を説明する。まず、表面処理を行う鋼材Wとして、ステンレス鋼(例えば、JIS規格:SUS304,SUS316等)からなる鋼材を準備する。次に、
図2に示すように、鋼材Wを表面処理装置1内の載置台25に載置し、鋼材Wの周囲を囲うように誘導加熱コイル30を設置し、鋼材Wの表面に向けて金属粒子pが投射されるように噴射部40のノズル41を設置する。
【0021】
このような状態で、制御部70に、加熱温度、粒子投射時間、および加熱保持時間等のデータを入力し、制御部70により、高周波印加装置20、電磁弁55、および粒子フィーダ調整弁52〜54等を制御する。
【0022】
具体的には、まず、制御部70は、鋼材Wの表面が目標加熱温度となるように、高周波印加装置20に高周波電流を出力させ、誘導加熱コイル30に高周波電流を供給する。本実施形態では、目標加熱温度は、1050℃〜1350℃の範囲である。目標加熱温度が、1050℃未満である場合には、後述する金属粒子pの投射によりCrおよびMoが鋼材Wに表面からその表層に十分固溶拡散しないことがある。一方、目標加熱温度が1350℃を超えた場合には、ステンレス鋼からなる鋼材Wが溶融してしまう。
【0023】
続いて、制御部70は、粒子フィーダ調整弁52〜54、電磁弁55、圧力調整弁61を制御する。これにより、所定の投射圧力(たとえば0.4MPa)、所定の投射時間(たとえば30秒間)で、ノズル41から金属粒子pを、加熱された状態の鋼材Wの表面に、不活性雰囲気下で投射する。
【0024】
その後、制御部70は、高周波印加装置20からの誘導加熱コイル30への高周波電流の供給を停止させ、ノズル41から不活性ガスのみを噴射し、不活性ガスで鋼材Wを冷却する。
【0025】
鋼材Wの表面に投射する金属粒子として、Cr粒子とMo粒子を圧着した金属粒子pからなる粉末Pを準備する。具体的には、本実施形態では、金属粒子pとして、Cr粒子とMo粒子とを混合した混合粉末に対して、メカニカルミリングにより、圧延と破砕を繰り返し、これらが折り畳み変形して一体化した圧着粒子を用いる。このような金属粒子pを用いることにより、密度の異なるCr(10.3g/cm
3)とMo(7.2g/cm
3)とを、加熱された鋼材Wの表面に同時に接触させ、その表面から表層(不動態膜よりもさらに内部の表層)にまで、CrとMoを固溶拡散することができる。
【0026】
得られた鋼材Wには、CrおよびMoがその表面から表層に固溶拡散しているので、腐食環境下において鋼材Wの表面の不動態膜が局所的に腐食したとしても、不動態膜から局所的に露出した鋼材Wの表面にはMoが存在する。
【0027】
さらに、不動態膜から局所的に露出した鋼材Wの表面およびその近傍には固溶拡散したCrが存在する。したがって、その表面近傍のCrの含有量は、さらに内部のCrの含有量(ステンレス鋼に本来含まれるCrの含有量)よりも多い。
【0028】
これにより、鋼材Wの露出した表面の鉄がイオン化する(腐食する)前に、Moによりその周りに存在するCrが引き寄せられ、腐食した不動態膜の再生化が促進されると考えられる。このような結果、本実施形態の如く鋼材Wに対して表面処理を行うことにより、鋼材Wの孔食の発生を抑えることができる。
【0029】
ここで、金属粒子に含有するMoの含有量は、3質量%以上であることが好ましい。このような範囲で、Moを含有させることにより、Moによる上述した効果をより一層発揮することが期待できる。
【0030】
なお、金属粒子pの投射圧力および金属粒子pのCrとMoの配合割合を調整し、鋼材Wに投射される金属粒子pの金属を、移着層として鋼材Wの表面に付着させてもよい。このような移着層を設け、金属粒子pを投射した(移着層を形成した)後に、鋼材Wの加熱温度を保持し、鋼材の表面から移着層を構成する金属粒子のCrおよびMoを固溶拡散させることができる。
【0031】
したがって、本発明でいう「金属粒子を投射することにより、前記鋼材の表面から前記金属粒子のCrおよびMoを固溶拡散させる」とは、金属粒子を投射するタイミングで、一時的に接触した金属粒子によりCrおよびMoを固溶拡散させる場合ばかりでなく、さらに、金属粒子を投射することで一旦移着層を形成し、この移着層のCrおよびMoを固溶拡散させる場合も含む。
【0032】
なお、上述した移着層を形成する場合には、金属粒子pの粒径は、より小さいことが好ましく、金属粒子pの投射圧力は、より高い方が好ましい。これにより、より緻密な移着層を設けることができる。移着層を緻密にすることにより、移着層の熱容量を小さくし、より短時間で移着層のCrおよびMoを鋼材の表面からその表層に固溶拡散することができる。
【0033】
CrおよびMoが固溶拡散した鋼材Mを冷却する際には、鋼材Wを急冷するなど、できるだけ鋼材Mの冷却速度を高めることが好ましい。これにより、鋼材Mの表層からさらに内部に、Crが拡散することを抑制することができる。このような結果、上述したように、不動態膜から露出した表面に存在するMoの周りには、より多くの量のCrを存在させることができ、不動態膜の再生化の促進を一層高めることができる。
【実施例】
【0034】
以下に本発明を実施例により説明する。
(実施例)
表面処理する鋼材として、ステンレス鋼(JIS規格:SUS316)からなる鋼材を準備した。鋼材に投射する金属粒子として、Cr粒子とMo粒子とを質量比1:1の割合で混合し、これらの粒子をメカニカルミリングにより圧着した金属粒子(圧着粒子)からなる粉末を準備した。なお、圧着粒子の粒径は10〜50μmの範囲にあり、金属粒子のMoの含有量は、50質量%である。
【0035】
図1に示す表面処理装置を用いて、準備した鋼材の表面に金属粒子を投射して、鋼材の表面を処理した。具体的には、以下の表1および
図3の処理条件に示すように、誘導加熱コイルに高周波電流を供給し、10秒間で、鋼材を1100℃に昇温した。
【0036】
次に、この加熱温度(1100℃)を保持し、噴射部に金属粒子を0.2g/秒で供給し、不活性ガスにアルゴンガスを用いて、供給した金属粒子を0.5MPaの投射圧力で鋼材の表面に30秒間吹き付けた。これにより、鋼材の表面からその表層に金属粒子のMoおよびCrを拡散させた。ここで、噴射部への金属粒子の供給を停止した。
【0037】
引き続き、鋼材の表面に、投射により金属粒子が付着した状態(移着層が形成された状態)で、60秒間、鋼材を1100℃に加熱保持した。これにより、鋼材の表面からその表層に移着層のMoおよびCrをさらに固溶拡散させた。
【0038】
MoおよびCrが固溶拡散させた後、誘導加熱コイルへの高周波電流の供給を停止し、噴射部にアルゴンガスを供給することにより、噴射部からアルゴンガスを鋼材に吹き付けて、鋼材をガス冷却した。
【0039】
【表1】
【0040】
(比較例1)
実施例と同じステンレス鋼(JIS規格:SUS316)からなる鋼材を準備した。実施例と相違する点は、準備した鋼材に対して、表面処理を行っていない点である。
【0041】
(比較例2)
実施例と同じステンレス鋼(JIS規格:SUS316)からなる鋼材を準備した。この鋼材に表面に対して、実施例と同じように表面処理を行った。実施例と相違する点は、金属粒子にCr粒子のみからなる粒子を用い、鋼材の表面からその表層に、Crのみを固溶拡散させた点である。したがって、比較例2の表面処理された鋼材には、Moは、固溶拡散していない。
【0042】
(参考例)
ステンレス鋼(JIS規格:SUS836L)からなる鋼材を準備した。なお、参考例に係るステンレス鋼に対して、実施例の如き表面処理は行っていない。なお。参考例に係るステンレス鋼は、いわゆる「スーパーSUS」に相当するステンレス鋼であり、上述した実施例および比較例1,2で用いたステンレス鋼(JIS規格:SUS306)に比べて、耐食性が極めて高いステンレス鋼である。
【0043】
[腐食評価試験1]
実施例、比較例1および参考例に係る鋼材に対して、以下に示す腐食評価試験1を行った。具体的には、これらの鋼材それぞれに対して、pH2.5で70℃に加熱した硫酸水溶液に浸漬し、電気化学測定法により、鋼材の表面の電位を測定した。
【0044】
腐食評価試験1を行った後に、各鋼材の表面を顕微鏡で観察し、孔食の発生を確認した。この結果を、
図4に示す。
図4は、実施例、比較例1、および参考例に係る鋼材の腐食評価試験1の結果を示した図である。なお、腐食評価試験1および後述する腐食評価試験2で測定した鋼材の表面の電位の値が大きいほど、浸漬した溶液環境下で耐食性が高い。
【0045】
(結果1および考察1)
図4に示すように、腐食評価試験1において、実施例および参考例に係る鋼材の電位は、比較例1のものよりも高く、実施例に係る鋼材の電位は、参考例のものと同程度であった。
【0046】
実施例および参考例に係る鋼材には、孔食は発生してなかったが、比較例1に係る鋼材には、孔食が発生していた。
【0047】
この結果から、実施例に係る鋼材は、比較例1のものよりも耐食性が高いことがわかる。これは、実施例に係る鋼材では、表面処理により、鋼材の表面からその表層にCrおよびMoが固溶拡散していることに起因していると考えられる。
【0048】
[腐食評価試験2]
実施例、比較例1、2および参考例に係る鋼材に対して、腐食評価試験1よりもさらに腐食しやすい環境下で評価すべく、以下に示す腐食評価試験2を行った。具体的には、これらの鋼材それぞれに対して、pH7.0で80℃に加熱した20%の濃度の塩化ナトリウム水溶液に浸漬し、電気化学測定法により、鋼材の表面の電位を測定した。
【0049】
腐食評価試験1と同様に、腐食評価試験2を行った後に、各鋼材の表面を顕微鏡で観察し、孔食の発生を確認した。この結果を、
図5に示す。
【0050】
(結果2及び考察2)
図5に示すように、腐食評価試験2において、実施例および参考例に係る鋼材の電位は、比較例1、2のものよりも高かった。さらに、比較例2に係る鋼材の電位は、比較例1のものよりも高く、実施例に係る鋼材の電位は、参考例のものと同程度であった。
【0051】
実施例および参考例に係る鋼材には、孔食は発生してなかったが、比較例1、2に係る鋼材には、孔食が発生していた。
【0052】
この結果から、実施例、比較例2、比較例1の順に、鋼材の耐食性が低くなり、実施例と参考例の鋼材の耐食性は同程度であるといえる。ここで、比較例2に係る鋼材が、比較例1のものよりも耐食性が高いのは、表面処理により鋼材の表面から表層にCrが固溶拡散し、腐食環境下において、より安定した不動態膜が形成されるからであると考えられる。
【0053】
また、実施例に係る鋼材と比較例2に係る鋼材を対比すると、いずれも表面処理により鋼材の表層にCrが固溶拡散している。しかしながら、実施例に係る鋼材の方が、比較例2のものに比べて、耐食性が高い。これは、実施例に係る鋼材は、腐食環境下において、不動態膜の一部が腐食したとしても、鋼材の表層にMoが固溶拡散しているので、不動態膜の再生速度が比較例2のものよりも速いからであると考えられる。すなわち、実施例に係る鋼材の表層には、母材よりも濃化したCrが存在し、Moがさらに固溶拡散しているので、腐食により不動態膜から露出した表面に存在するMoがCrを引き寄せ、これにより不動態膜の再生が促進されたと考えられる。このようにして、実施例に係る鋼材は、参考例に係る鋼材のステンレス鋼と同等またはそれ以上の耐食性を期待することができる。
【0054】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【0055】
たとえば、本実施形態は、制御部を用いて、鋼材の加熱温度、加熱時間、および金属粒子の供給量、投射圧力を制御したが、これらを手動で行ってもよい。
【0056】
また、本実施形態では、Cr粒子とMo粒子を圧着した金属粒子を用いたが、CrとMoを鋼材の表面に固溶拡散させることができるのであれば、CrとMoの合金粒子を金属粒子に用いてもよい。