【実施例】
【0035】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0036】
[参考例1]
<Flag−TR−PUBP1発現ベクターの作製>
UBQLN1(NCBIのアクセッション番号:Q9UMX0)のUBAドメインには3つのアルギニン残基が存在し、トリプシンによる消化を受ける。そこで、当該UBAドメインのアルギニン残基を全てアラニン残基に置換した変異UBAドメインを、トリプシン耐性UBA(TR−UBA)ドメイン(TR-UBD)として設計した。当該TR−UBAドメイン4つを互いに7アミノ酸からなるフレキシブルリンカー配列(N−GGGSGGG−C)で連結し、さらにそのN末端にFlagタグを連結したタンパク質をFlag−TR−PUBP1とした。当該Flag−TR−PUBP1のアミノ酸配列(配列番号1)及びこれをコードするDNA配列(配列番号2)を
図2に示す。
図2中、実線四角で囲まれた領域がTR−UBAドメインを示し、二点鎖線四角で囲まれた領域がFlagタグ(DYKDDDDK)(配列番号3)を示す。
【0037】
なお、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、18〜71番目のアミノ酸残基からなる領域、80〜133番目のアミノ酸残基からなる領域、142〜195番目のアミノ酸残基からなる領域、及び204〜257番目のアミノ酸残基からなる領域がTR−UBDであり、72〜79番目のアミノ酸残基からなる領域、134〜141番目のアミノ酸残基からなる領域、及び196〜203番目のアミノ酸残基からなる領域がリンカー部分である。本発明において用いられるTR−PUBPとしては、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち18〜71番目のアミノ酸残基からなるUBDが2個以上リンカーを介して連結しているTR−PUBPが好ましく、さらにそのN末端又はC末端に、直接又はリンカーを介してタグが連結されたTR−PUBPがより好ましい。
【0038】
Flag−TR−PUBP1をコードするDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、Flag−TR−PUBP1発現用ベクターを作製した。
【0039】
<Flag−Ub発現ベクターの作製>
UBQLN1(NCBIのアクセッション番号:Q9UMX0)のUBAドメインのN末端にFlagタグを連結したタンパク質(Flag−Ub)をコードするDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、Flag−Ub発現用ベクターを作製した。
【0040】
<HA−Skp2発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼSkp2(NCBIのアクセッション番号:Q9Z0Z3)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Skp2発現用ベクターを作製した。
【0041】
<哺乳類培養細胞へのFlag−TR−PUBP1発現用ベクターのトランスフェクション>
10cmφディッシュに1.3x10
6個の293T細胞又はHeLa細胞を、10容量%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ−イーグル培地(DMEM)を用いて、37℃のCO
2インキュベーター内で24時間培養した。293T細胞は、3.5μgのFlag−TR−PUBP1発現用ベクターと3.5μgのHA−Skp2発現用ベクターを、21μLのPEI溶液〔1mg/mL Polyethylenimin、linear(Polysciences社製)、pH7.4〕を用いてトランスフェクションし、48時間培養した。HeLa細胞は、2.5μgのFlag−TR−PUBP1発現ベクターと2.5μgのHA−Skp2発現用ベクターを30μLのリポフェクトアミン、21μLのプラス試薬(ライフテクノロジーズ社製)を用いてトランスフェクションし、24時間培養した。
対照として、HA−Skp2発現用ベクターに代えて、HAタグをコードするDNA配列からなるDNAフラグメントのみをpcDNA3に挿入したHA−空ベクターを用いて、同様に293T細胞又はHeLa細胞にトランスフェクションし、培養した。
【0042】
なお、トランスフェクションは、各サンプルについて3ディッシュずつ行い、3枚の内の2枚については、プロテアソーム阻害剤MG132を、培養の最後の4時間に終濃度20μMとなるように添加して培養した。
【0043】
<哺乳類培養細胞へのFlag−Ub発現用ベクターのトランスフェクション>
Flag−TR−PUBP1発現用ベクターに代えて、Flag−Ub発現用ベクターを用いた以外は、前記と同様にして、293T細胞又はHeLa細胞にトランスフェクションし、培養した。
【0044】
<ポリユビキチン化タンパク質の分離>
トランスフェクション後、培養した細胞の培養上清を除去し、セルスクレーパーを用いて細胞を掻き取り、1.5mL容サンプルチューブに移した後、2,000rpm、3分間の遠心分離処理によって細胞を集め、培地を除去した。培地除去後の細胞に1mLのPBSを加えて細胞を懸濁した後、2,000rpm、3分間の遠心分離処理によって細胞を集めて上清を除去した。回収した細胞に対して、氷冷したタンパク質抽出バッファー(25mM Tris−HCl、pH7.5、150mM NaCl、0.5%NP−40、complete−EDTA free(Roche社製))1mLを添加し、ボルテックスミキサーにより激しく撹拌した後、10分間氷上に置いた。次いで、15,000rpm、20分間の遠心分離処理を行い、上清(全細胞抽出液、WCL)を新しい1.5mL容サンプルチューブに回収した。回収した上清の一部をSDS−PAGE電気泳動及び銀染色用サンプルとして分取した後、残りに、6μgのDDDK抗体(抗Flag抗体)(FLA−1、MBL社製)を結合させたDynabeads−ProteinG(Veritas社製)を添加し、4℃で30分間ローテーターを用いて穏やかに混和することにより、Flagタグタンパク質及びこれと結合するタンパク質を免疫沈降させた。
【0045】
各サンプルのうち、プロテアソーム阻害剤MG132を添加した2枚のディッシュのうちの1枚から調製されたWCLには、DDDK抗体と共に脱ユビキチン化酵素阻害剤N−エチルマレイミド(NEM)を添加した。
【0046】
その後、抗Flag抗体による免疫沈降物が結合したビーズを、1mLのTBS−N(25mM Tris−HCl、pH7.5、150mM NaCl)で3回、続いて1mLの50mM 重炭酸アンモニウムで2回洗浄した。上清を完全に除いた後、20μLの200μg/mL Flagペプチド(Sigma社製)を加え、ビーズを懸濁後10分間静置した。この際、2分おきにタッピングにより懸濁した。続いて、上清を新しい1.5mL容サンプルチューブに移した後、同様の溶出操作をさらに2回繰り返し、60μLの抗Flag抗体免疫沈降物溶液を集めた。当該溶液のうちの10μLについて、分取しておいたWCLサンプルと共に、SDS−PAGE電気泳動を行い、銀染色、DDDK抗体又は抗ユビキチン抗体を用いてウエスタンブロッティング、及びSkp2の基質CDKN1B(NCBIのアクセッション番号:P46527)に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。
【0047】
DDDK抗体又は抗ユビキチン抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った結果を
図3Aに示す。
図3Aの左側は、全細胞抽出液を使用した結果を、
図3Aの右側は、抗Flag抗体免疫沈降物溶液を使用した結果を示す。同様に、Skp2の基質CDKN1Bに対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った結果を
図3Bに示す。
図3Bの左側は、全細胞抽出液を使用した結果を、
図3Bの右側は、抗Flag抗体免疫沈降物溶液を使用した結果を示す。
図3A及び
図3B中、「Flag−tagged」の「Ubiquitin」はFlag−Ub発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「TR−PUBP」はFlag−TR−PUBP1発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果をそれぞれ示し、「HA−tagged」の「empty」はHA−空ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Skp2」はHA−Skp2発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果をそれぞれ示す。また、「MG132」欄及び「NEM」欄については、「+」が各試薬を添加したサンプルの結果を、「−」は添加しなかったサンプルの結果を示す。さらに、ブロットの下の抗体名は、ウエスタンブロッティングに用いた抗体を示し、「(Ub)n−CDKN1B」は、ポリユビキチン化CDKN1Bのバンドを示す。
【0048】
293T細胞を用いて、Flag−tagを付加したユビキチン(Flag−Ub)を過剰発現させる従来法と、Flag−TR−PUBP1を発現させる方法とについて、細胞内に蓄積するユビキチン化タンパク質の量を比較した(
図3A)。プロテアソーム阻害剤MG132や脱ユビキチン化酵素阻害剤NEMを添加することにより、細胞内によりポリユビキチン化タンパク質量の増加がみられた(
図3Aの左パネル))。これらのポリユビキチン化タンパク質は、過剰発現させたFlag−UbやFlag−TR−PUBP1の免疫沈降により濃縮することができた(
図3Aの右パネル)。
【0049】
ユビキチンリガーゼSkp2がCDK阻害タンパク質CDKN1Bをポリユビキチン化することはよく知られている(例えば、非特許文献5参照)。そこで、本発明に係る同定方法の有効性を検討するため、Skp2:CDKN1Bをモデルケースとして以下の解析を行なった。まず、Skp2を共発現させた際に、Flag−Ub又はFlag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中にポリユビキチン化されたCDKN1Bが検出されるかどうかを、293T細胞を用いて解析した(
図3Bの右パネル)。その結果、ユビキチンを過剰発現させて免疫沈降させたものの中には、ポリユビキチン化されたCDKN1Bはほとんど検出されなかった(
図3Bの右パネルの1〜6番目のレーン)。一方、Flag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中には、Skp2を過剰発現していない状態でも(HA-taggedがemptyのもの)、さらに阻害剤が無い状態(MG132、NEMがともに「-」のもの)でもポリユビキチン化したCDKN1Bが検出された(
図3Bの右パネルの7番目のレーン)。これは、内在するSkp2によりユビキチン化を受けたCDKN1Bに対して、発現しているFlag−TR−PUBP1が結合し、分解や脱ユビキチン化を阻害しているためと考えられる。さらにSkp2を共発現させた場合には、ポリユビキチン化CDKN1B量が増加していた(
図3Bの右パネルの7番目と10番目のレーン比較)。また、細胞全抽出液(WCL)からも、Skp2とFlag−TR−PUBP1を共発現させたものでは、ポリユビキチン化CDKN1Bの蓄積がみられた(
図3Bの左パネルの10番目〜13番目)。これらの結果より、Flag−TR−PUBP1と様々なユビキチンリガーゼを共発現させることにより、各ユビキチンリガーゼの基質をポリユビキチン化した状態で効率よく蓄積させることが可能なことがわかった。
【0050】
[参考例2]
参考例1で示したように、TR−PUBPはポリユビキチン化タンパク質を効率よく細胞内に蓄積させることができる。このため、Flag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中には内在性のユビキチンリガーゼによるユビキチン化タンパク質も濃縮されてしまう(
図3B)。ユビキチンリガーゼを共発現させた場合には、より強く基質タンパク質のポリユビキチン化は進行した。
そこで、逆にユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体を発現させることにより、基質のポリユビキチン化を抑制できるかを解析した。
【0051】
<HA−Skp2ΔF発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼSkp2(NCBIのアクセッション番号:NM_013787)のユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Skp2ΔF(配列番号4)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Skp2ΔF発現用ベクターを作製した。
【0052】
<HA−Fbw7発現ベクター及びHA-Fbw1発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼFbw7(NCBIのアクセッション番号:NM_033632)又はユビキチンリガーゼFbw1(NCBIのアクセッション番号:NM_033637)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、それぞれHA−Fbw7発現用ベクター、HA-Fbw1発現用ベクターを作製した。
<HA−Fbw7ΔF発現ベクター及びHA−Fbw1ΔF発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼFbw7(NCBIのアクセッション番号:Q969H0)又はユビキチンリガーゼFbw1(NCBIのアクセッション番号:NM_033637)のユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Fbw7ΔF(配列番号5)、変異体Fbw1ΔF(配列番号11)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、それぞれHA−Fbw7ΔF発現用ベクター、HA−Fbw1ΔF発現用ベクターを作製した。
【0053】
<HA-MDM2発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼ(NCBIのアクセッション番号:XM_005268872)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA‐MDM2発現用ベクターを作製した。
【0054】
参考例1と同様にして、293T細胞、HeLa細胞に、Flag−TR−PUBP1発現用ベクターと、HA−空ベクター、HA−Skp2発現ベクター、HA−Skp2ΔF発現ベクター、HA−Fbw7発現ベクター、HA−Fbw7ΔF発現ベクター、HA−Fbw1発現ベクター、HA−Fbw1ΔF発現ベクター、又はHA-MDM2発現ベクターとを共発現させた。プロテアソーム阻害剤MG132は、培養の最後の4時間、終濃度20μMとなるように添加した。その後、参考例1と同様にして、DDDK抗体を用いてFlag−TR−PUBP1の免疫沈降物を得、この免疫沈降物を電気泳動し、抗CDKN1B抗体、抗CDT1抗体、抗CDK2抗体、抗HA抗体、抗cMyc抗体、抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、又は抗p53抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った(抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、及び抗p53抗体を使った実験は、293T細胞のみを使った実験とした)。抗CDT1抗体、抗CDK2抗体、抗cMyc抗体、抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、及び抗p53抗体は何れも、ユビキチンリガーゼの基質に対する抗体である。これらの結果を
図4A〜
図4Eに示す。これらの図中、「HA−tagged」の「empty」はHA−空ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Skp2」はHA−Skp2発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「ΔF」はHA−Skp2ΔF発現用ベクター、HA-Fbw7ΔF発現用ベクター、又はHA-Fbw1ΔF発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Fbw7」はHA-Fbw7発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、それぞれ示す。また、「MG132」欄については、「+」が各試薬を添加したサンプルの結果を、「−」は添加しなかったサンプルの結果を示す。さらに、
図4A及び
図4Bのブロットの左欄の抗体名、及び
図4C〜
図4Eのブロットの下欄の抗体名は、ウエスタンブロッティングに用いた抗体を示す。
図4C〜
図4Eの結果は、293T細胞を用いた実験の結果である。
【0055】
293T細胞において、Flag−TR−PUBP1単独発現細胞の免疫沈降物の中には、プロテアソーム阻害剤(MG132)未処理時においてもポリユビキチン化されたCDKN1Bが検出された(
図4Aの1番目のレーン)。一方、HA−Skp2とFlag−TR−PUBP1の共発現させた細胞の免疫沈降物中のポリユビキチン化CDKN1Bの量は著しく増加した。しかし、ドミナントネガティブ体(図中、「ΔF」)を共発現させた細胞では、ポリユビキチン化CDKN1Bはほぼ検出されなかった。同様の結果は、Skp2のもう一つの既知の基質であるCDT1(NCBIのアクセッション番号:Q9H211)でも得られた。一方で、MG132を添加した場合は、ドミナントネガティブ体(ΔF)の発現下でもCDKN1BやCDT1が免疫沈降物の中に認められてしまうため、MG132未処理時の方が、ユビキチンリガーゼやその変異体の明確な差がみられるものと考えられた。
【0056】
また、CDK2(NCBIのアクセッション番号:P24941)は、CDKN1BやSkp2と直接結合することが知られているキナーゼタンパク質である。このタンパク質はCDKN1Bと同様の挙動を示すが、単一のバンドとして検出され、ポリユビキチン化された状態で検出されなかった。このように、免疫沈降物の中にはポリユビキチン化されたもののみならずそれと複合体を形成するものまで含まれてしまうことがわかった。
【0057】
次に、別のユビキチンリガーゼFbw7、Fbw1、MDM2について、それぞれの既知の基質である、c−Myc(NCBIのアクセッション番号:NM_002467);NFKBIA(NCBIのアクセッション番号:NM_020529)及びPDCD4(NCBIのアクセッション番号:NM_014456);及びp53(NCBIのアクセッション番号:NM_000546)のポリユビキチン化について、同様の解析を行なった。その結果、Flag−TR−PUBP1の発現によりポリユビキチン化された、c−Myc、NFKBIA,PDCD4、及びp53が容易に検出された(
図4B〜
図4E)。Fbw1の基質については細胞外刺激(
図4C中のTNFはTNF刺激を、
図4D中のSerum depl.は血清飢餓を意味する)に応じてユビキチン化が検出されるものとされていたが、高感度に検出可能なTR‐PUBP1を用いた系においては細胞外刺激なしでもユビキチン化が検出可能であった。また、SCF型ユビキチンリガーゼ複合体以外の単独型ユビキチンリガーゼMDM2でも基質のユビキチン化が容易に検出された。このことは、本発明に係る同定方法が様々なユビキチンリガーゼに応用可能であることを示唆している。
【0058】
また、以上より、基質同定のスクリーニング法として、293T細胞にFlag−TR−PUBP1とユビキチンリガーゼを共発現させたものと、Flag−TR−PUBP1とユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体を共発現させたものについて、各々の免疫沈降物に含まれるタンパク質を比較することにより、ポリユビキチン化基質を同定するというストラテジーが簡便かつ有効と考えられた。
【0059】
[実施例1]
これまでの結果を踏まえ、Flag−TR−PUBP1を発現させた細胞から抗Flag抗体を用いて免疫沈降したものをトリプシン分解したものについて、質量分析を行い、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定した。
【0060】
<トリプシン消化>
参考例1において調製された各サンプルの抗Flag抗体免疫沈降物溶液のうちの残りの50μLに、5μLの50mM Tris(2−carboxy−ethyl)phosphine hydrochloride(Sigma社製)を添加し、60℃で30分間処理した後、2.5μLの200 mM Methyl Methanethiosulphoate(和光純薬社製)を添加し、室温で10分置いた。その後、当該溶液に50μgのTrypsin Gold(Promega社製)を添加し、37℃で16時間反応させ、トリプシン消化物を得た。
【0061】
<diGlyペプチドの精製>
前記トリプシン消化物に、20μLの25xcomplete−EDTA freeと102.5μLの純水を添加した。PTMScan Ubiquitin Remnant Motif(K−ε−GG)kit(Cell Signaling社製)に付属の10xIAP Bufferを20μL添加した200μLの溶液に、予めPBSで洗浄した15μLのPTMScan Ubiquitin Remnant Motif(K−ε−GG) antibody Bead Conjugate(抗diGly抗体結合ビーズ)を添加し、ローテーターを用いて4℃で2時間穏やかに混和した。その後、ビーズを1xIAP Bufferで2回洗浄し、続いて純水で3回洗浄した。上清を完全に除いた後、当該ビーズから20μLの0.15% トリフルオロ酢酸で3回抽出した。
【0062】
<質量分析>
得られた抽出物(diGlyペプチド精製物)から、ZipTip(Millipore社製)やStageTips(Thermo社製)などのC18カラムを用いて精製したペプチドを質量分析により解析した。質量分析は、質量分析計(nano−LC−HRMS:Thermo Scientific社製、Q−exactive)を用いて行った。更に、MASCOTサーチエンジンによるProteome Discovere software version 1.3(Thermo Scientific社製)を用いて、diGlyペプチドを含んでいた、ポリユビキチン化基質蛋白質の同定を行った。293T細胞にFlag−TR−PUBP1とHA−Skp2を発現させた細胞からは、最終的に932個の確実性の高いペプチドが同定され、そのうち902個がユビキチンシグニチャーであるdiGlyを有していた。これらは332個のタンパク質に帰属された。このうち、Skp2のドミナントネガティブ体(ΔF)を発現させた場合にはみられなかったものは15個有り、その中には、CDT1、CDKN1B、CDKN1Aの3つの既知の基質が含まれており、これらはウエスタンブロッティングでもユビキチン化が確認できた。CDT1のdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、IAPPK[di−GlyGly]LAC[methylthio]R(配列番号6)であり、CDKN1BのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、K[di−GlyGly]RPATDDSSTQNK[di−GlyGly]R(配列番号7)であり、CDKN1AのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、QTSM[Oxid]TDFYHSK[di−GlyGly]R(配列番号8)であった。
【0063】
これらの既知基質の同定されたdiGly配列を含むペプチドの量比を、PinPoint(Thermo Scientific社製)を用いて定量解析を行った。
図5AがCDT1のdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、
図5BがCDKN1BのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、
図5CがCDKN1AのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、それぞれ示す。また、
図5A〜
図5Cにおいて、右パネルは、左パネル中のピーク面積を定量したものである。これら3種の既知基質は、ウエスタンブロッティングの結果を反映し、Skp2の過剰発現により極めて有意に増加していることが分かった。他の候補タンパク質についても、それらに対する抗体を入手しウエスタンブロッティングによりポリユビキチン化を確認することができる。
【0064】
[実施例2]
また、Skp2に代えて、機能未知であり、多くの臓器や細胞で発現がみられるF−boxタンパク質Fbxo21(NCBIのアクセッション番号:O94952)を用いて、実施例1と同様にして、新たなポリユビキチン化基質の探索を行った。
【0065】
<Fbxo21発現ベクターの作製>
F−boxタンパク質Fbxo21をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Fbxo21発現用ベクターを作製した。
【0066】
<HA−Fbxo21ΔF発現ベクターの作製>
Fbxo21のユビキチンリガーゼ活性領域と推定される領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Fbxo21ΔF(配列番号9)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Fbxo21ΔF発現用ベクターを作製した。
【0067】
参考例1と同様にして、293T細胞にFlag−TR−PUBP1発現用ベクターと、HA−空ベクター、HA−Fbxo21発現ベクター、又はHA−Fbxo21ΔF発現ベクターとを共発現させた。プロテアソーム阻害剤MG132は、培養の最後の4時間、終濃度20μMとなるように添加した。その後、参考例1と同様にして、DDDK抗体を用いて抗Flag抗体免疫沈降物溶液を得た。
【0068】
次いで、実施例1と同様にして、各サンプルの抗Flag抗体免疫沈降物溶液をトリプシン消化し、得られたトリプシン消化物からdiGlyペプチドを精製し、このdiGlyペプチド精製物からC18カラムを用いて精製したペプチドを質量分析により解析した。その結果、いくつかのタンパク質がポリユビキチン化基質として同定された。
【0069】
MASCOTサーチエンジンによるProteome Discovere software version 1.3(Thermo Scientific社製)を用いて蛋白質の同定を行い、個々の蛋白質のPSMs(peptide spectrum matches)の値が野生型Fbxo21で増加しFbxo21ΔFで減少するものを選び出した。3度の独立した実験で再現性があったTARS(NCBIのアクセッション番号:NM_152295)、及びEID1(NCBIのアクセッション番号:NM_014335)を基質として同定した。
図6に、TARS及びEID1のdiGly配列を含むペプチドのPSMs値に基づく定量解析結果を示す。なお、TARSのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、ILNEK[di−GlyGly]VNTPTTTVYR(配列番号10)、NSSTYWEGK[di-GlyGly]ADMETLQR(配列番号12)、FQEEAK[di-GlyGly]NR(配列番号13)、及びHTGK[di-GlyGly]IK(配列番号14)であり、EID1のdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、VSAALEEADK[di-GlyGly]M[Oxid]FLR(配列番号15)、及びSGAQQLEEEGPM[Oxid]EEEEAQPM[Oxid]AAPEGK[di-GlyGly]R(配列番号16)であった。TARSのdiGly配列を含むペプチドは、Fbxo21ΔFの過剰発現では空ベクターを発現させた場合よりも少なく、Fbxo21の過剰発現により極めて有意に増加していることが分かった。TARSのdiGly配列を含むペプチド量比の傾向は、Skp2を発現させた場合のCDT1等と同様であることから、Fbxo21はユビキチンリガーゼであり、TARSがFbxo21のポリユビキチン化基質である可能性が高い。EID1のdiGly配列を含むペプチドは、Fbxo21の過剰発現によってのみ検出され、空ベクターを発現させた場合やFbxo21ΔFの過剰発現させた場合には検出限界以下であった。これらの結果から、本発明に係る同定方法により、新規のポリユビキチン化基質を効率よく同定できることが明らかである。