特許第6502854号(P6502854)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6502854
(24)【登録日】2019年3月29日
(45)【発行日】2019年4月17日
(54)【発明の名称】ポリユビキチン化基質の同定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/37 20060101AFI20190408BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20190408BHJP
   C07K 1/36 20060101ALN20190408BHJP
   C07K 14/37 20060101ALN20190408BHJP
   C07K 14/415 20060101ALN20190408BHJP
   C07K 14/435 20060101ALN20190408BHJP
【FI】
   C12Q1/37
   C12P21/02 C
   C12P21/02 B
   C12P21/02 A
   !C07K1/36ZNA
   !C07K14/37
   !C07K14/415
   !C07K14/435
【請求項の数】8
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2015-547782(P2015-547782)
(86)(22)【出願日】2014年11月13日
(86)【国際出願番号】JP2014080053
(87)【国際公開番号】WO2015072507
(87)【国際公開日】20150521
【審査請求日】2017年8月25日
(31)【優先権主張番号】特願2013-237362(P2013-237362)
(32)【優先日】2013年11月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 雪子
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 泰
(72)【発明者】
【氏名】土屋 光
(72)【発明者】
【氏名】村上 有沙
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓二
【審査官】 林 康子
(56)【参考文献】
【文献】 PNAS (2015), Vol.112, No.15, p.4630-4635
【文献】 吉田雪子,生化学(2016), 第88巻, 第2号, p.261-264
【文献】 LOPITZ-OTSOA, F. et al.,Integrative analysis of the ubiquitin proteome isolated using Tandem Ubiquitin Binding Entities (TUB,J. Proteomics,2012年,Vol.75,pp.2998-3014
【文献】 HJERPE, R. et al.,Efficient protection and isolation of ubiquitylated proteins using tandem ubiquitin-binding entities,EMBO reports,2009年,Vol.10, No.11,pp.1250-1258
【文献】 SHI, Y. et al.,A Data Set of Human Endogenous Protein Ubiquitination Sites,Molecular & Cellular Proteomics,2011年,Vol.10, No.5,doi: 10.1074/mcp.M110.002089
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00 〜19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)細胞内、又は細胞抽出液中において、トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質とユビキチンリガーゼを発現させる工程;
(2)前記工程(1)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質を含有する複合体を分離する工程;
(3)前記工程(2)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;及び
(4)前記工程(3)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程;
を有する、ポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項2】
さらに、
(1’)前記細胞と同種の別個の細胞内、又は前記細胞抽出液と同種で別個に調製した細胞抽出液中において、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質と、前記ユビキチンリガーゼのユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体を発現させる工程;
(2’)前記工程(1’)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質を含有する複合体を分離する工程;
(3’)前記工程(2’)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;
(4’)前記工程(3’)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程;及び
(5)前記工程(4)において同定されたペプチドであり、かつ前記工程(4’)において同定されなかったペプチドを、ポリユビキチン化基質に含まれるペプチドであると判断する工程;
を有する、請求項1に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項3】
前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、リンカーにより連結されている2以上のユビキチン結合ドメインを含む、請求項1又は2に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項4】
前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、4〜8のユビキチン結合ドメインを含む、請求項3に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項5】
前記ユビキチン結合ドメインが、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、18〜71番目のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列からなる、請求項3又は4に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項6】
前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、ポリユビキチン鎖との結合部位に加えて、タグ部分を有しており、
前記工程(2)において、前記複合体を、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質中の前記タグ部分と特異的に結合する抗体又はリガンドを用いた免疫反応を利用して分離する、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項7】
前記工程(4)が、前記消化工程により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収した後、同定する工程である、請求項1〜6のいずれか一項に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【請求項8】
抗diGly抗体を用いて、ユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収する、請求項7に記載のポリユビキチン化基質の同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリユビキチン化基質を効率よく同定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ユビキチンは全ての真核生物に存在する76アミノ酸からなるタンパク質である。E1(ユビキチン活性化酵素)/E2(ユビキチン結合酵素)/E3(ユビキチンリガーゼ)の3種類の酵素群の働きにより、ユビキチンのC末端のグリシン残基が、基質タンパク質の主にリジン残基にイソペプチド結合する。多くの場合、ユビキチンにさらにユビキチンが連結したポリユビキチン鎖が形成され、様々な翻訳後修飾因子として機能する(例えば、非特許文献1又は2参照)。ポリユビキチン鎖の生体内機能として最も良く知られている例としては、ポリユビキチン鎖を目印としたプロテアソームによる選択的分解系「ユビキチンープロテアソームシステム」がある。この系において重要なのは、どのタンパク質をどのタイミングで分解するかという基質の選択性であるが、その選択性を担っているのがユビキチンリガーゼである。
【0003】
ヒトの遺伝子には約600種類のユビキチンリガーゼがコードされているにもかかわらず、基質が判明しているものはごくわずかである。また、基質が判明しているユビキチンリガーゼであっても、新たな基質が見つかる可能性も十分に考えられる。ユビキチンリガーゼの基質を網羅的かつ高感度に探索できる技術の開発は、広範な生命現象の制御に関わるユビキチン化を理解する上でも重要である。
【0004】
これまでユビキチン化タンパク質を同定するアプローチとしては、(1)エピトープタグを付けたユビキチンを培養細胞に過剰発現させタグ抗体で免疫沈降したタンパク質を質量分析により網羅的解析を行う方法、(2)ユビキチンリガーゼ活性を持たない変異型ユビキチンリガーゼを発現させ、結合タンパク質の網羅的解析を行う方法、などの方法がとられてきた。前記(1)の方法では、同定されたユビキチン化タンパク質は非常に限られたものであった。これは、ユビキチンの過剰発現に問題があるためと推察される。また、前記(2)の方法では、基質ではない結合タンパク質も多く同定されてしまうため、基質の同定法として効率がよくない。その他、ポリユビキチン鎖に対するアフィニティープローブとして、ユビキチン会合(Ubiquitin−Associated、UBA)ドメインが4つ融合したTandem ubiquitin binding entities(TUBE)が報告されている(例えば、非特許文献3参照)。
【0005】
一方で、最近、抗diGly抗体が開発され、ユビキチン化タンパク質の同定に威力を発揮している(例えば、非特許文献4参照)。プロテオーム解析を行う際に一般的な方法としては、サンプルのタンパク質をトリプシン消化したペプチドを質量分析する方法が挙げられる。トリプシンは、リジンとアルギニンのC末端を切断するが、ユビキチン化タンパク質をトリプシン消化すると、ユビキチン化サイトであるリジン残基に2つのグリシン残基(diGly)がイソペプチド結合した配列(ユビキチンシグニチャー)をもつユニークなペプチドが生じる。このユビキチンシグニチャーを認識する抗体が抗diGly抗体である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Komander and Rape,Annual review of biochemistry,2012,vol.81,p.203−229.
【非特許文献2】Grabbe, et al.,Nature reviews. Molecular cell biology,2011,vol.12,p.295−307.
【非特許文献3】Hjerpe,et al.,EMBO reports,2009,vol.10,p.1250−1258.
【非特許文献4】Kim, et al. Molecular Cell,2011,vol.44,p.325−340.
【非特許文献5】Frescas and Pagano,Nature Reviews Cancer,2008,vol.8,p.438−449.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
生体内において、ポリユビキチン化されたタンパク質は、プロテアソームにより速やかに分解されるため、一般的にポリユビキチン化蛋白質の同定は困難である。また、ポリユビキチン鎖は脱ユビキチン化酵素により速やかに取り除かれてしまうため(脱ユビキチン化反応)、たとえタンパク質分解を受けないとしても、免疫沈降などでは単離しにくい。これらの理由により、従来の方法では、ユビキチン化基質の同定は困難であった。
【0008】
本発明は、一般的に同定が困難なポリユビキチン化基質を、効率よく同定するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖結合タンパク質(トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブ)を細胞内に発現させることにより、基質タンパク質のポリユビキチン化状態を安定化させることが可能であることを見出した。さらに、トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブとユビキチンリガーゼを細胞内に共発現させることにより、当該ユビキチンリガーゼによりポリユビキチン化される基質を、当該細胞内から効率よく分離して同定可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明に係るポリユビキチン化基質の同定方法は、下記[1]〜[8]である。
[1](1)細胞内、又は細胞抽出液中において、トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質とユビキチンリガーゼを発現させる工程;(2)前記工程(1)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質を含有する複合体を分離する工程;(3)前記工程(2)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;及び(4)前記工程(3)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程;を有する、ポリユビキチン化基質の同定方法。
[2]さらに、(1’)前記細胞と同種の別個の細胞内、又は前記細胞抽出液と同種で別個に調製した細胞抽出液において、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質と、前記ユビキチンリガーゼのユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体を発現させる工程;(2’)前記工程(1’)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質を含有する複合体を分離する工程;(3’)前記工程(2’)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;(4’)前記工程(3’)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程;及び(5)前記工程(4)において同定されたペプチドであり、かつ前記工程(4’)において同定されなかったペプチドを、ポリユビキチン化基質に含まれるペプチドであると判断する工程;を有する、前記[1]のポリユビキチン化基質の同定方法。
[3]前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、リンカーにより連結されている2以上のユビキチン結合ドメインを含む、前記[1]又は[2]のポリユビキチン化基質の同定方法。
[4]前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、4〜8のユビキチン結合ドメインを含む、前記[3]のポリユビキチン化基質の同定方法。
[5]前記ユビキチン結合ドメインが、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、18〜71番目のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列からなる、前記[3]又は[4]のポリユビキチン化基質の同定方法。
[6]前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質が、ポリユビキチン鎖との結合部位に加えて、タグ部分を有しており、前記工程(2)において、前記複合体を、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質中の前記タグ部分と特異的に結合する抗体又はリガンドを用いた免疫反応を利用して分離する、前記[1]〜[5]のいずれかのポリユビキチン化基質の同定方法。
[7]前記工程(4)が、前記消化工程により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収した後、同定する工程である、前記[1]〜[6]のいずれかのポリユビキチン化基質の同定方法。
[8]抗diGly抗体を用いて、ユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収する、前記[7]のポリユビキチン化基質の同定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るポリユビキチン化基質の同定方法においては、トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブを用いることにより、プロテアソームによる分解等によって一般的には細胞内から安定して分離することが困難なポリユビキチン化基質を、ポリユビキチン鎖と結合した状態で安定して分離することができる。この安定して分離したポリユビキチン化基質のアミノ酸配列を調べることにより、ポリユビキチン化基質を従来法よりもはるかに効率的に同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】ユビキチンリガーゼとトリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブとを細胞内で共発現させたときに、ポリユビキチン化蛋白質が、トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブ(TR-PUBP)により保護されて、脱ユビキチン酵素(DUB)及び26Sプロテアソームによる分解から守られる態様を模式的に示した図である。
図1B図1AのTR-PUBPが結合したポリユビキチン化蛋白質を、抗FLAG抗体による免疫沈降によって分離する態様を模式的に示す図である。
図1C図1Bの免疫沈降によって分離したポリユビキチン化蛋白質をトリプシン消化にかけた状態を示す模式図である。
図1D図1Cでトリプシン消化にかけたポリユビキチン化蛋白質消化物から、LC-MSにより、ユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収する工程を模式的に示した図である。
図2】参考例1で用いたFlag−TR−PUBP1のアミノ酸配列(配列番号1)及びこれをコードするDNA配列(配列番号2)を示した図である。
図3A】参考例1において、各サンプルの全細胞抽出液(図中、「WCL」)及び抗Flag抗体免疫沈降物溶液(図中、「IP:αFlag」)について、抗Flag抗体、又は抗ユビキチン抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
図3B】参考例1において、各サンプルの全細胞抽出液(図中、「WCL」)及び抗Flag抗体免疫沈降物溶液(図中、「IP:αFlag」)について、抗CDKN1B抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
図4A】参考例2において、TR-PUBPとSkp2又はそのドミナントネガティブ変異体との共発現物の、抗Flag抗体免疫沈降物溶液について、抗CDKN1B抗体、抗CDT1抗体、抗CDK2抗体、及び抗HA抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
図4B】参考例2において、TR-PUBPとFbw7又はそのドミナントネガティブ変異体との共発現物の、抗Flag抗体免疫沈降物溶液について、抗Myc抗体、及び抗HA抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
図4C】参考例2において、TR-PUBPとFbw1又はそのドミナントネガティブ変異体との共発現物の、抗Flag抗体免疫沈降物溶液について、抗NFKBIA抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
図4D】参考例2において、TR-PUBPとFbw1又はそのドミナントネガティブ変異体との共発現物の、抗Flag抗体免疫沈降物溶液について、抗PDCD4抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
図4E】参考例2において、TR-PUBPとMDM2との共発現物の、抗Flag抗体免疫沈降物溶液について、抗p53抗体でウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
図5A】実施例1において、CDT1のdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を示した図である。
図5B】実施例1において、CDKN1BのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を示した図である。
図5C】実施例1において、CDKN1AのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を示した図である。
図6】実施例2において、TARS及びEID1のdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るポリユビキチン化基質の同定方法(以下、「本発明に係る同定方法」ということがある)は、特定のユビキチンリガーゼ(以下、「標的ユビキチンリガーゼ」ということがある)によりポリユビキチン化される基質を同定する方法であって、細胞内、又は細胞抽出液中において標的ユビキチンリガーゼとトリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質(トリプシン抵抗性ポリユビキチン鎖プローブ、TR−PUBP)を共発現させることを特徴とする。両タンパク質を共発現させた細胞又は細胞抽出液から、ポリユビキチン化されたタンパク質とTR−PUBPとの複合体を分離回収した後、当該ポリユビキチン化されたタンパク質を、発現させた標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質として同定する。本発明に係る同定方法においては、細胞内又は細胞抽出液中に、基質を同定する対象である標的ユビキチンリガーゼを発現させることにより、当該ユビキチンリガーゼの基質タンパク質のポリユビキチン化が促進される結果、より多量のポリユビキチン化基質/TR−PUBP複合体を分離回収することができるため、効率よくポリユビキチン化基質を同定できる。また、TR−PUBPも共発現させることにより、標的ユビキチンリガーゼを発現させた細胞又は細胞抽出液から、当該ユビキチンリガーゼによりポリユビキチン化された基質を、ポリユビキチン化状態を保持したまま安定して分離することができる。
【0014】
具体的には、本発明に係る同定方法は、下記工程(1)〜(4)を有する:
(1)細胞内、又は細胞抽出液中において、TR−PUBPとユビキチンリガーゼを発現させる工程;
(2)前記工程(1)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記TR−PUBPを含有する複合体を分離する工程;
(3)前記工程(2)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;及び
(4)前記工程(3)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程。
【0015】
本発明に係る同定方法は、まず、工程(1)において、基質を同定する対象の標的ユビキチンリガーゼを、TR−PUBPと共に細胞内又は細胞抽出液中に共発現させる。標的ユビキチンリガーゼとしては、ユビキチンリガーゼ活性を有することが確認されているタンパク質であってもよく、ユビキチンリガーゼ活性を有するか否かは確認されていないが、アミノ酸配列等からユビキチンリガーゼ活性を有することが推定されるタンパク質であってもよい。
【0016】
本発明において用いられるTR−PUBPとしては、少なくとも1のトリプシン抵抗性ユビキチン結合ドメイン(TR−UBD)を含有するタンパク質であればよいTR−UBDは、ユビキチン結合能を保持したまま、トリプシン消化を受けるアルギニンやリジンといった塩基性アミノ酸を欠失又はその他のアミノ酸に置換させたドメインである。本発明において用いられるTR−PUBPとしては、2以上のTR−UBDを含むものが好ましく、4以上のTR−UBDを含むものがより好ましく、4〜8のTR−UBDを含むものがさらに好ましい。また、2以上のTR−UBDを有する場合、全てのTR−UBDが同種(同一のアミノ酸配列)であってもよく、複数のTR−UBDを有していてもよい。
【0017】
TR−PUBPが有するTR−UBDとしては、ユビキチンとの結合能を有するドメインであれば特に限定されるものではなく、例えば、UBA(Ubiquitin Associated)ドメイン、UIM(Ubiquitin Interacting Motif)、MIU(Motif Interacting with Ubiquitin)ドメイン、DUIM (double−sided ubiquitin−interacting motif)、CUE(couplingof ubiquitin conjugation to ER degradation)ドメイン、NZF(Np14 zinc finger)、A20 ZnF(zinc finger)、UBP ZnF(ubiquitin−specific processing protease zinc finger)、UBZ(ubiquitin−binding zinc finger)、UEV(ubiquitin−conjugating enzyme E2 variant)、PFU(PLAA family ubiquitin binding)、GLUE(GRAM−like ubiquitin binding in EAP45)、GAT(Golgi−localized,Gamma−ear−containing,Arf−binding)、Jab/MPN(Jun kinase activation domain binding/Mpr1p and Pad1p N−termini)、UBM (Ubiquitin binding motif)、及びUbc(ubiquitin−conjugating enzyme)等のUBDについて、塩基性アミノ酸を欠失若しくは置換したものを用いることができる。
【0018】
TR−PUBPが2以上のTR−UBDを有する場合、各TR−UBDは、直接連結されていてもよいが、フレキシブルなリンカーによって連結されているほうが好ましい。また、TR−PUBPが3以上のTR−UBDを有し、2以上のリンカーを有する場合、全てのリンカーのアミノ酸配列が同一であってもよく、互いに異なっていてもよい。当該リンカーのアミノ酸配列としては、例えば、ポリグリシン配列やポリセリン配列、ポリグリシン配列中の1又は数個のグリシン残基がセリン、スレオニン、アラニン、プロリン、バリン、グルタミン酸等により置換されている配列、ポリセリン配列中の1又は数個のセリン残基がグリシン、スレオニン、アラニン、プロリン、バリン、グルタミン酸等により置換されている配列等が挙げられる。また、当該リンカーのアミノ酸残基長としては、2以上であればよいが、5以上が好ましく、5〜40がより好ましく、5〜20がよりさらに好ましい。
【0019】
本発明において用いられるTR−PUBPとしては、ポリユビキチン鎖との結合部位(TR−UBD及びリンカーからなる領域)のみからなるものであってもよいが、さらにタグ部分を有していることが好ましい。タグ部分は、ポリユビキチン鎖との結合部位のN末端側にあってもよく、C末端側にあってもよい。タグ部分とポリユビキチン鎖との結合部位は、直接連結していてもよく、適当なリンカーにより連結されていてもよい。TR−PUBPがタグ部分を有している場合、当該タグ部分と特異的に結合する抗体又はリガンドを用いた免疫反応を利用することにより、ポリユビキチン化基質とTR−PUBPとの複合体をより簡便に細胞のその他の成分から分離して回収することができる。
【0020】
当該タグ部分としては、一般的にタンパク質に設けられるタグの中から、適宜選択して用いることができる。当該タグとしては、例えば、Flagタグ、HA(hemagglutinin)タグ、Hisタグ、Mycタグ等のポリペプチドタグ、ビオチン、グルタチオン、DNP(dinitorophenol)、ジゴキシゲニン、ジゴキシン、GST(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ)、MBP(マルトース結合タンパク質)、アビジン、ストレプトアビジン等が挙げられるが、これらには限定されない。
【0021】
工程(1)において、標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させる細胞としては、当該標的ユビキチンリガーゼによりポリユビキチン鎖が合成され得るユビキチンが発現しており、独自の発現系が機能している細胞であれば特に限定されるものではなく、大腸菌、枯草菌等の原核細胞(細菌)であってもよく、酵母、糸状菌、昆虫細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞であってもよい。また、生物から採取して培養した細胞であってもよく、培養細胞株等の人工的に調製された細胞であってもよい。また、工程(1)において標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させる細胞抽出液としては、コムギ胚芽由来、大腸菌由来、ウサギ網状赤血球由来、昆虫細胞由来の合成系等を用いることができる。
【0022】
細胞内、細胞抽出液中における標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPの共発現は、各タンパク質をコードするDNA配列を含む発現用ベクターを細胞内へ導入することにより行うことができる。発現用ベクターとしては、プラスミドベクター、ウィルスベクター、コスミドベクター、BACベクター、λファージベクター等が知られており、導入する細胞種に応じて、当該技術分野において公知のベクターの中から適宜選択して用いることができる。また、公知のベクターを遺伝子組換え技術等により改変したものであってもよい。発現用ベクターへの各タンパク質をコードするDNA配列の組み込みは、公知の遺伝子組換え技術を用いて、常法により行うことができる。
【0023】
発現用ベクターを細胞内へ導入する方法も、当該技術分野において公知の方法の中から、発現用ベクターの種類や細胞の種類等を考慮して適宜選択して行うことができる。具体的には、プラスミドベクターを細胞に導入する方法としては、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等が挙げられる。また、市販のベクター導入試薬を用いてもよい。
【0024】
次いで、工程(2)として、工程(1)において標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させた細胞又は細胞抽出液から、TR−PUBPを含有する複合体を分離する。具体的には、例えば、当該細胞を可溶化して得られた細胞抽出液、又は工程(1)後の当該細胞抽出液を、TR−PUBPと特異的に結合する部位を有する固相担体に接触させた後、固液分離処理を行うことにより、TR−PUBPを含有する複合体を固相担体と結合させた状態で、その他の細胞由来成分と分離することができる。TR−PUBPが前記タグ部分を有している場合には、当該タグ部分と特異的に結合する抗体又はリガンドが直接若しくは間接的に結合した固相担体を細胞抽出液に添加してインキュベートした後、遠心分離処理等により固液分離処理を行うことができる。当該固相担体としては、磁性ビーズ、非磁性ビーズ、メンブレンフィルター等が挙げられる。なお、タグ部分と特異的に結合する抗体等としては、物理的又は化学的性質が当該タグ部分と類似した他の物質に対する結合よりも、当該タグ部分と優先的に結合するものであればよく、当該タグ部分以外の物質と全く結合しないものである必要はない。
【0025】
その後、工程(3)として、前記工程(2)により分離された複合体をトリプシン消化する。トリプシン消化により、TR−UBDに結合しているポリユビキチン鎖は分解されないが、ポリユビキチン鎖が結合していた基質は断片化される。これにより、ユビキチン化サイトであるリジン残基(ユビキチンが付加していた場所)にdiGlyを有するユビキチンシグニチャー配列を有するポリペプチドが産生される。つまり、ユビキチン化サイトは、トリプシン消化物によりdiGlyが結合したリジン残基となる。
【0026】
最後に、工程(4)として、工程(3)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイト(diGlyが結合したリジン残基)を含むペプチドを同定する。当該ペプチドの同定方法としては、特に限定されるものではなく、質量分析法等のペプチドのアミノ酸配列を同定する際に一般的に用いられる方法の中から適宜選択して用いることができる。
【0027】
トリプシン消化物には、ユビキチン化サイトを含まないペプチドも多数存在している。このため、各ペプチドを質量分析等のプロテオーム解析により同定する前に、トリプシン消化物中からユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収しておくほうが、効率よくユビキチン化サイトを含むペプチドを同定することができる。ユビキチン化サイトを含むペプチドの分離回収は、例えば、抗diGly抗体を用いた免疫反応を利用して行うことが好ましい。
【0028】
図1A図1Dに、本発明に係る同定方法のうち、抗diGly抗体を用いてトリプシン消化物からユビキチン化サイトを含むペプチドを選択的に分離回収する処理を含む一態様の概略を示す。まず、細胞1内に、ユビキチンリガーゼ2とFlagタグ付TR−PUBP3を共発現させる(図1A 工程1)。ユビキチンリガーゼ2により基質4がポリユビキチン化する。形成されたポリユビキチン鎖にFlagタグ付TR−PUBP3が結合するため、当該ポリユビキチン鎖は脱ユビキチン化酵素(DUB)5や26Sプロテアソーム6による分解を受けず、安定して存在する。次いで、当該細胞を可溶化して調製された細胞抽出液に、ビーズ8と結合した抗Flag抗体7を添加し、抗Flag抗体による免疫沈降反応により、ユビキチン化基質を分離する(図1B 工程2)。その後、トリプシン消化を行うことにより、ユビキチン化サイト(diGlyを含むリジン残基)を含むペプチド9が産生される(図1C 工程3)。抗diGly抗体11を用いて、このユビキチン化サイトを含むペプチド9を、ユビキチン化サイトを含まないペプチド10から分離して回収する(図1D 工程4)。この精製(濃縮)されたユビキチン化サイトを含むペプチド9を、LC−MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)により同定する(図1D 工程5)。
【0029】
一般的には、細胞内には内在性のユビキチンリガーゼも含まれている。標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させた細胞において、内在性のユビキチンリガーゼの活性が、標的ユビキチンリガーゼに比べて極めて小さい場合、工程(4)において同定されたユビキチン化サイトを含むペプチドの大部分は、標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質由来のものである。一方で、内在性のユビキチンリガーゼが充分な活性を示す場合、工程(4)において同定されたユビキチン化サイトを含むペプチドには、標的ユビキチンリガーゼ以外の、内在性のユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質由来のものも含まれている。標的ユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体を発現させることにより、細胞に元々発現している内在性の標的ユビキチンリガーゼの活性を抑えることができる。この原理を利用して、野生型標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させた場合と、当該標的ユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体とTR−PUBPを共発現させた場合とを比較することにより、当該標的ユビキチンリガーゼに対応した、内在性のユビキチンリガーゼによる影響を効果的に排除して、過剰発現させた対象の標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質をさらに効率よく同定することができる。すなわち、ドミナントネガティブ変異体発現時に比べて野生型発現時のほうが有意に免疫沈降される量が増加するタンパク質中に、当該標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質が含まれる。
【0030】
標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現させた細胞から、ポリユビキチン化されたタンパク質とTR−PUBPとの複合体を分離回収した後、当該ポリユビキチン化されたタンパク質を同定する。また、これとは別個に、標的ユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体とTR−PUBPを共発現させた細胞から、ポリユビキチン化されたタンパク質とTR−PUBPとの複合体を分離回収した後、当該ポリユビキチン化されたタンパク質を同定する。該ドミナントネガティブ変異体を共発現させた細胞から分離された複合体には、該標的ユビキチンリガーゼ以外の内在性のユビキチンリガーゼによりポリユビキチン化される基質タンパク質が含まれる。このため、標的ユビキチンリガーゼを発現させた細胞から回収した複合体から同定されたペプチドのうち、該標的ユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ体を発現させた細胞から回収した複合体からは同定されなかったペプチドが、該標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質に含まれるペプチドである。すなわち、標的ユビキチンリガーゼを共発現させた細胞から同定されたペプチド群から、該ドミナントネガティブ変異体を共発現させた細胞から同定されたペプチド群を除いた残りのペプチドが、該標的ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質に含まれるペプチドである。
【0031】
具体的には、前記工程(1)〜(4)に加えてさらに、下記工程(1’)〜(4’)、及び(5)を行う:
(1’)前記細胞と同種の別個の細胞内、又は前記細胞抽出液と同種で別個に調製した細胞抽出液において、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質と、前記ユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ体を発現させる工程;
(2’)前記工程(1’)後の前記細胞又は前記細胞抽出液から、前記トリプシン耐性ポリユビキチン鎖結合タンパク質を含有する複合体を分離する工程;
(3’)前記工程(2’)により分離された複合体を、トリプシン消化する工程;
(4’)前記工程(3’)により得られた消化物中から、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定する工程;及び
(5)前記工程(4)において同定されたペプチドであり、かつ前記工程(4’)において同定されなかったペプチドを、ポリユビキチン化基質に含まれるペプチドであると判断する工程。
【0032】
標的ユビキチンリガーゼを発現させず、TR−PUBPのみを発現させた細胞についても同様の手法によりユビキチン化サイトを含むペプチドを同定し、結果を標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現した細胞の結果と比較することもできる。TR−PUBPのみを発現させた細胞において同定されたユビキチン化サイトを含むペプチドは、内在性のユビキチンリガーゼの基質のペプチド断片である可能性が高い。そこで、標的ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを共発現した細胞からは同定されたが、TR−PUBPのみを発現させた細胞からは同定されなかったユビキチン化サイトを含むペプチドを、当該細胞に過剰発現させた対象の標的ユビキチンリガーゼの基質のペプチド断片であると同定することができる。
【0033】
また、前記で述べたように、TR−PUBPと複合体を形成させることにより、ポリユビキチン化基質を、ポリユビキチン化状態を保持したまま安定して分離・回収することができる。このため、TR−PUBPは、ポリユビキチン化基質のスクリーニングにも有用である。例えば、本発明に係る同定方法のうち、前記工程(1)及び(2)を行うことによって、細胞内からポリユビキチン化基質をスクリーニングすることができる。また、本発明に係る同定方法自体を、ポリユビキチン化基質のスクリーニングに、ひいてはユビキチン関連疾患の治療薬の候補化合物のスクリーニングに用いることもできる。
【0034】
なお、前記工程(1)及び(1’)をin vitroの系において行った場合でも、ユビキチンリガーゼとTR−PUBPを用いて同様にしてポリユビキチン化基質を同定することができる。例えば、反応溶液中に、ユビキチン等を含む細胞抽出液と、ユビキチンリガーゼ又はそのドミナントネガティブ変異体と、TR−PUBPとを添加してインキュベートすることにより、基質のポリユビキチン化をさせ、ポリユビキチン化された基質とTR−PUBPの複合体を形成させる。該複合体を含む反応溶液に対して前記工程(2)〜(4)、又は、前記工程(2)〜(4)及び前記工程(2’)〜(4’)を行うことにより、該ユビキチンリガーゼのポリユビキチン化基質を同定することができる。
【実施例】
【0035】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0036】
[参考例1]
<Flag−TR−PUBP1発現ベクターの作製>
UBQLN1(NCBIのアクセッション番号:Q9UMX0)のUBAドメインには3つのアルギニン残基が存在し、トリプシンによる消化を受ける。そこで、当該UBAドメインのアルギニン残基を全てアラニン残基に置換した変異UBAドメインを、トリプシン耐性UBA(TR−UBA)ドメイン(TR-UBD)として設計した。当該TR−UBAドメイン4つを互いに7アミノ酸からなるフレキシブルリンカー配列(N−GGGSGGG−C)で連結し、さらにそのN末端にFlagタグを連結したタンパク質をFlag−TR−PUBP1とした。当該Flag−TR−PUBP1のアミノ酸配列(配列番号1)及びこれをコードするDNA配列(配列番号2)を図2に示す。図2中、実線四角で囲まれた領域がTR−UBAドメインを示し、二点鎖線四角で囲まれた領域がFlagタグ(DYKDDDDK)(配列番号3)を示す。
【0037】
なお、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、18〜71番目のアミノ酸残基からなる領域、80〜133番目のアミノ酸残基からなる領域、142〜195番目のアミノ酸残基からなる領域、及び204〜257番目のアミノ酸残基からなる領域がTR−UBDであり、72〜79番目のアミノ酸残基からなる領域、134〜141番目のアミノ酸残基からなる領域、及び196〜203番目のアミノ酸残基からなる領域がリンカー部分である。本発明において用いられるTR−PUBPとしては、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち18〜71番目のアミノ酸残基からなるUBDが2個以上リンカーを介して連結しているTR−PUBPが好ましく、さらにそのN末端又はC末端に、直接又はリンカーを介してタグが連結されたTR−PUBPがより好ましい。
【0038】
Flag−TR−PUBP1をコードするDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、Flag−TR−PUBP1発現用ベクターを作製した。
【0039】
<Flag−Ub発現ベクターの作製>
UBQLN1(NCBIのアクセッション番号:Q9UMX0)のUBAドメインのN末端にFlagタグを連結したタンパク質(Flag−Ub)をコードするDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、Flag−Ub発現用ベクターを作製した。
【0040】
<HA−Skp2発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼSkp2(NCBIのアクセッション番号:Q9Z0Z3)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Skp2発現用ベクターを作製した。
【0041】
<哺乳類培養細胞へのFlag−TR−PUBP1発現用ベクターのトランスフェクション>
10cmφディッシュに1.3x10個の293T細胞又はHeLa細胞を、10容量%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ−イーグル培地(DMEM)を用いて、37℃のCOインキュベーター内で24時間培養した。293T細胞は、3.5μgのFlag−TR−PUBP1発現用ベクターと3.5μgのHA−Skp2発現用ベクターを、21μLのPEI溶液〔1mg/mL Polyethylenimin、linear(Polysciences社製)、pH7.4〕を用いてトランスフェクションし、48時間培養した。HeLa細胞は、2.5μgのFlag−TR−PUBP1発現ベクターと2.5μgのHA−Skp2発現用ベクターを30μLのリポフェクトアミン、21μLのプラス試薬(ライフテクノロジーズ社製)を用いてトランスフェクションし、24時間培養した。
対照として、HA−Skp2発現用ベクターに代えて、HAタグをコードするDNA配列からなるDNAフラグメントのみをpcDNA3に挿入したHA−空ベクターを用いて、同様に293T細胞又はHeLa細胞にトランスフェクションし、培養した。
【0042】
なお、トランスフェクションは、各サンプルについて3ディッシュずつ行い、3枚の内の2枚については、プロテアソーム阻害剤MG132を、培養の最後の4時間に終濃度20μMとなるように添加して培養した。
【0043】
<哺乳類培養細胞へのFlag−Ub発現用ベクターのトランスフェクション>
Flag−TR−PUBP1発現用ベクターに代えて、Flag−Ub発現用ベクターを用いた以外は、前記と同様にして、293T細胞又はHeLa細胞にトランスフェクションし、培養した。
【0044】
<ポリユビキチン化タンパク質の分離>
トランスフェクション後、培養した細胞の培養上清を除去し、セルスクレーパーを用いて細胞を掻き取り、1.5mL容サンプルチューブに移した後、2,000rpm、3分間の遠心分離処理によって細胞を集め、培地を除去した。培地除去後の細胞に1mLのPBSを加えて細胞を懸濁した後、2,000rpm、3分間の遠心分離処理によって細胞を集めて上清を除去した。回収した細胞に対して、氷冷したタンパク質抽出バッファー(25mM Tris−HCl、pH7.5、150mM NaCl、0.5%NP−40、complete−EDTA free(Roche社製))1mLを添加し、ボルテックスミキサーにより激しく撹拌した後、10分間氷上に置いた。次いで、15,000rpm、20分間の遠心分離処理を行い、上清(全細胞抽出液、WCL)を新しい1.5mL容サンプルチューブに回収した。回収した上清の一部をSDS−PAGE電気泳動及び銀染色用サンプルとして分取した後、残りに、6μgのDDDK抗体(抗Flag抗体)(FLA−1、MBL社製)を結合させたDynabeads−ProteinG(Veritas社製)を添加し、4℃で30分間ローテーターを用いて穏やかに混和することにより、Flagタグタンパク質及びこれと結合するタンパク質を免疫沈降させた。
【0045】
各サンプルのうち、プロテアソーム阻害剤MG132を添加した2枚のディッシュのうちの1枚から調製されたWCLには、DDDK抗体と共に脱ユビキチン化酵素阻害剤N−エチルマレイミド(NEM)を添加した。
【0046】
その後、抗Flag抗体による免疫沈降物が結合したビーズを、1mLのTBS−N(25mM Tris−HCl、pH7.5、150mM NaCl)で3回、続いて1mLの50mM 重炭酸アンモニウムで2回洗浄した。上清を完全に除いた後、20μLの200μg/mL Flagペプチド(Sigma社製)を加え、ビーズを懸濁後10分間静置した。この際、2分おきにタッピングにより懸濁した。続いて、上清を新しい1.5mL容サンプルチューブに移した後、同様の溶出操作をさらに2回繰り返し、60μLの抗Flag抗体免疫沈降物溶液を集めた。当該溶液のうちの10μLについて、分取しておいたWCLサンプルと共に、SDS−PAGE電気泳動を行い、銀染色、DDDK抗体又は抗ユビキチン抗体を用いてウエスタンブロッティング、及びSkp2の基質CDKN1B(NCBIのアクセッション番号:P46527)に対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った。
【0047】
DDDK抗体又は抗ユビキチン抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った結果を図3Aに示す。図3Aの左側は、全細胞抽出液を使用した結果を、図3Aの右側は、抗Flag抗体免疫沈降物溶液を使用した結果を示す。同様に、Skp2の基質CDKN1Bに対する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った結果を図3Bに示す。図3Bの左側は、全細胞抽出液を使用した結果を、図3Bの右側は、抗Flag抗体免疫沈降物溶液を使用した結果を示す。図3A及び図3B中、「Flag−tagged」の「Ubiquitin」はFlag−Ub発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「TR−PUBP」はFlag−TR−PUBP1発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果をそれぞれ示し、「HA−tagged」の「empty」はHA−空ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Skp2」はHA−Skp2発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果をそれぞれ示す。また、「MG132」欄及び「NEM」欄については、「+」が各試薬を添加したサンプルの結果を、「−」は添加しなかったサンプルの結果を示す。さらに、ブロットの下の抗体名は、ウエスタンブロッティングに用いた抗体を示し、「(Ub)n−CDKN1B」は、ポリユビキチン化CDKN1Bのバンドを示す。
【0048】
293T細胞を用いて、Flag−tagを付加したユビキチン(Flag−Ub)を過剰発現させる従来法と、Flag−TR−PUBP1を発現させる方法とについて、細胞内に蓄積するユビキチン化タンパク質の量を比較した(図3A)。プロテアソーム阻害剤MG132や脱ユビキチン化酵素阻害剤NEMを添加することにより、細胞内によりポリユビキチン化タンパク質量の増加がみられた(図3Aの左パネル))。これらのポリユビキチン化タンパク質は、過剰発現させたFlag−UbやFlag−TR−PUBP1の免疫沈降により濃縮することができた(図3Aの右パネル)。
【0049】
ユビキチンリガーゼSkp2がCDK阻害タンパク質CDKN1Bをポリユビキチン化することはよく知られている(例えば、非特許文献5参照)。そこで、本発明に係る同定方法の有効性を検討するため、Skp2:CDKN1Bをモデルケースとして以下の解析を行なった。まず、Skp2を共発現させた際に、Flag−Ub又はFlag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中にポリユビキチン化されたCDKN1Bが検出されるかどうかを、293T細胞を用いて解析した(図3Bの右パネル)。その結果、ユビキチンを過剰発現させて免疫沈降させたものの中には、ポリユビキチン化されたCDKN1Bはほとんど検出されなかった(図3Bの右パネルの1〜6番目のレーン)。一方、Flag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中には、Skp2を過剰発現していない状態でも(HA-taggedがemptyのもの)、さらに阻害剤が無い状態(MG132、NEMがともに「-」のもの)でもポリユビキチン化したCDKN1Bが検出された(図3Bの右パネルの7番目のレーン)。これは、内在するSkp2によりユビキチン化を受けたCDKN1Bに対して、発現しているFlag−TR−PUBP1が結合し、分解や脱ユビキチン化を阻害しているためと考えられる。さらにSkp2を共発現させた場合には、ポリユビキチン化CDKN1B量が増加していた(図3Bの右パネルの7番目と10番目のレーン比較)。また、細胞全抽出液(WCL)からも、Skp2とFlag−TR−PUBP1を共発現させたものでは、ポリユビキチン化CDKN1Bの蓄積がみられた(図3Bの左パネルの10番目〜13番目)。これらの結果より、Flag−TR−PUBP1と様々なユビキチンリガーゼを共発現させることにより、各ユビキチンリガーゼの基質をポリユビキチン化した状態で効率よく蓄積させることが可能なことがわかった。
【0050】
[参考例2]
参考例1で示したように、TR−PUBPはポリユビキチン化タンパク質を効率よく細胞内に蓄積させることができる。このため、Flag−TR−PUBP1の免疫沈降物の中には内在性のユビキチンリガーゼによるユビキチン化タンパク質も濃縮されてしまう(図3B)。ユビキチンリガーゼを共発現させた場合には、より強く基質タンパク質のポリユビキチン化は進行した。
そこで、逆にユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体を発現させることにより、基質のポリユビキチン化を抑制できるかを解析した。
【0051】
<HA−Skp2ΔF発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼSkp2(NCBIのアクセッション番号:NM_013787)のユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Skp2ΔF(配列番号4)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Skp2ΔF発現用ベクターを作製した。
【0052】
<HA−Fbw7発現ベクター及びHA-Fbw1発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼFbw7(NCBIのアクセッション番号:NM_033632)又はユビキチンリガーゼFbw1(NCBIのアクセッション番号:NM_033637)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、それぞれHA−Fbw7発現用ベクター、HA-Fbw1発現用ベクターを作製した。
<HA−Fbw7ΔF発現ベクター及びHA−Fbw1ΔF発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼFbw7(NCBIのアクセッション番号:Q969H0)又はユビキチンリガーゼFbw1(NCBIのアクセッション番号:NM_033637)のユビキチンリガーゼ活性領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Fbw7ΔF(配列番号5)、変異体Fbw1ΔF(配列番号11)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、それぞれHA−Fbw7ΔF発現用ベクター、HA−Fbw1ΔF発現用ベクターを作製した。
【0053】
<HA-MDM2発現ベクターの作製>
ユビキチンリガーゼ(NCBIのアクセッション番号:XM_005268872)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA‐MDM2発現用ベクターを作製した。
【0054】
参考例1と同様にして、293T細胞、HeLa細胞に、Flag−TR−PUBP1発現用ベクターと、HA−空ベクター、HA−Skp2発現ベクター、HA−Skp2ΔF発現ベクター、HA−Fbw7発現ベクター、HA−Fbw7ΔF発現ベクター、HA−Fbw1発現ベクター、HA−Fbw1ΔF発現ベクター、又はHA-MDM2発現ベクターとを共発現させた。プロテアソーム阻害剤MG132は、培養の最後の4時間、終濃度20μMとなるように添加した。その後、参考例1と同様にして、DDDK抗体を用いてFlag−TR−PUBP1の免疫沈降物を得、この免疫沈降物を電気泳動し、抗CDKN1B抗体、抗CDT1抗体、抗CDK2抗体、抗HA抗体、抗cMyc抗体、抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、又は抗p53抗体を用いてウエスタンブロッティングを行った(抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、及び抗p53抗体を使った実験は、293T細胞のみを使った実験とした)。抗CDT1抗体、抗CDK2抗体、抗cMyc抗体、抗NFKBIA抗体、抗PDCD4抗体、及び抗p53抗体は何れも、ユビキチンリガーゼの基質に対する抗体である。これらの結果を図4A図4Eに示す。これらの図中、「HA−tagged」の「empty」はHA−空ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Skp2」はHA−Skp2発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「ΔF」はHA−Skp2ΔF発現用ベクター、HA-Fbw7ΔF発現用ベクター、又はHA-Fbw1ΔF発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、「Fbw7」はHA-Fbw7発現用ベクターをトランスフェクションした細胞の結果を、それぞれ示す。また、「MG132」欄については、「+」が各試薬を添加したサンプルの結果を、「−」は添加しなかったサンプルの結果を示す。さらに、図4A及び図4Bのブロットの左欄の抗体名、及び図4C図4Eのブロットの下欄の抗体名は、ウエスタンブロッティングに用いた抗体を示す。図4C図4Eの結果は、293T細胞を用いた実験の結果である。
【0055】
293T細胞において、Flag−TR−PUBP1単独発現細胞の免疫沈降物の中には、プロテアソーム阻害剤(MG132)未処理時においてもポリユビキチン化されたCDKN1Bが検出された(図4Aの1番目のレーン)。一方、HA−Skp2とFlag−TR−PUBP1の共発現させた細胞の免疫沈降物中のポリユビキチン化CDKN1Bの量は著しく増加した。しかし、ドミナントネガティブ体(図中、「ΔF」)を共発現させた細胞では、ポリユビキチン化CDKN1Bはほぼ検出されなかった。同様の結果は、Skp2のもう一つの既知の基質であるCDT1(NCBIのアクセッション番号:Q9H211)でも得られた。一方で、MG132を添加した場合は、ドミナントネガティブ体(ΔF)の発現下でもCDKN1BやCDT1が免疫沈降物の中に認められてしまうため、MG132未処理時の方が、ユビキチンリガーゼやその変異体の明確な差がみられるものと考えられた。
【0056】
また、CDK2(NCBIのアクセッション番号:P24941)は、CDKN1BやSkp2と直接結合することが知られているキナーゼタンパク質である。このタンパク質はCDKN1Bと同様の挙動を示すが、単一のバンドとして検出され、ポリユビキチン化された状態で検出されなかった。このように、免疫沈降物の中にはポリユビキチン化されたもののみならずそれと複合体を形成するものまで含まれてしまうことがわかった。
【0057】
次に、別のユビキチンリガーゼFbw7、Fbw1、MDM2について、それぞれの既知の基質である、c−Myc(NCBIのアクセッション番号:NM_002467);NFKBIA(NCBIのアクセッション番号:NM_020529)及びPDCD4(NCBIのアクセッション番号:NM_014456);及びp53(NCBIのアクセッション番号:NM_000546)のポリユビキチン化について、同様の解析を行なった。その結果、Flag−TR−PUBP1の発現によりポリユビキチン化された、c−Myc、NFKBIA,PDCD4、及びp53が容易に検出された(図4B図4E)。Fbw1の基質については細胞外刺激(図4C中のTNFはTNF刺激を、図4D中のSerum depl.は血清飢餓を意味する)に応じてユビキチン化が検出されるものとされていたが、高感度に検出可能なTR‐PUBP1を用いた系においては細胞外刺激なしでもユビキチン化が検出可能であった。また、SCF型ユビキチンリガーゼ複合体以外の単独型ユビキチンリガーゼMDM2でも基質のユビキチン化が容易に検出された。このことは、本発明に係る同定方法が様々なユビキチンリガーゼに応用可能であることを示唆している。
【0058】
また、以上より、基質同定のスクリーニング法として、293T細胞にFlag−TR−PUBP1とユビキチンリガーゼを共発現させたものと、Flag−TR−PUBP1とユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ変異体を共発現させたものについて、各々の免疫沈降物に含まれるタンパク質を比較することにより、ポリユビキチン化基質を同定するというストラテジーが簡便かつ有効と考えられた。
【0059】
[実施例1]
これまでの結果を踏まえ、Flag−TR−PUBP1を発現させた細胞から抗Flag抗体を用いて免疫沈降したものをトリプシン分解したものについて、質量分析を行い、ユビキチン化サイトを含むペプチドを同定した。
【0060】
<トリプシン消化>
参考例1において調製された各サンプルの抗Flag抗体免疫沈降物溶液のうちの残りの50μLに、5μLの50mM Tris(2−carboxy−ethyl)phosphine hydrochloride(Sigma社製)を添加し、60℃で30分間処理した後、2.5μLの200 mM Methyl Methanethiosulphoate(和光純薬社製)を添加し、室温で10分置いた。その後、当該溶液に50μgのTrypsin Gold(Promega社製)を添加し、37℃で16時間反応させ、トリプシン消化物を得た。
【0061】
<diGlyペプチドの精製>
前記トリプシン消化物に、20μLの25xcomplete−EDTA freeと102.5μLの純水を添加した。PTMScan Ubiquitin Remnant Motif(K−ε−GG)kit(Cell Signaling社製)に付属の10xIAP Bufferを20μL添加した200μLの溶液に、予めPBSで洗浄した15μLのPTMScan Ubiquitin Remnant Motif(K−ε−GG) antibody Bead Conjugate(抗diGly抗体結合ビーズ)を添加し、ローテーターを用いて4℃で2時間穏やかに混和した。その後、ビーズを1xIAP Bufferで2回洗浄し、続いて純水で3回洗浄した。上清を完全に除いた後、当該ビーズから20μLの0.15% トリフルオロ酢酸で3回抽出した。
【0062】
<質量分析>
得られた抽出物(diGlyペプチド精製物)から、ZipTip(Millipore社製)やStageTips(Thermo社製)などのC18カラムを用いて精製したペプチドを質量分析により解析した。質量分析は、質量分析計(nano−LC−HRMS:Thermo Scientific社製、Q−exactive)を用いて行った。更に、MASCOTサーチエンジンによるProteome Discovere software version 1.3(Thermo Scientific社製)を用いて、diGlyペプチドを含んでいた、ポリユビキチン化基質蛋白質の同定を行った。293T細胞にFlag−TR−PUBP1とHA−Skp2を発現させた細胞からは、最終的に932個の確実性の高いペプチドが同定され、そのうち902個がユビキチンシグニチャーであるdiGlyを有していた。これらは332個のタンパク質に帰属された。このうち、Skp2のドミナントネガティブ体(ΔF)を発現させた場合にはみられなかったものは15個有り、その中には、CDT1、CDKN1B、CDKN1Aの3つの既知の基質が含まれており、これらはウエスタンブロッティングでもユビキチン化が確認できた。CDT1のdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、IAPPK[di−GlyGly]LAC[methylthio]R(配列番号6)であり、CDKN1BのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、K[di−GlyGly]RPATDDSSTQNK[di−GlyGly]R(配列番号7)であり、CDKN1AのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、QTSM[Oxid]TDFYHSK[di−GlyGly]R(配列番号8)であった。
【0063】
これらの既知基質の同定されたdiGly配列を含むペプチドの量比を、PinPoint(Thermo Scientific社製)を用いて定量解析を行った。図5AがCDT1のdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、図5BがCDKN1BのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、図5CがCDKN1AのdiGly配列を含むペプチドの定量解析結果を、それぞれ示す。また、図5A図5Cにおいて、右パネルは、左パネル中のピーク面積を定量したものである。これら3種の既知基質は、ウエスタンブロッティングの結果を反映し、Skp2の過剰発現により極めて有意に増加していることが分かった。他の候補タンパク質についても、それらに対する抗体を入手しウエスタンブロッティングによりポリユビキチン化を確認することができる。
【0064】
[実施例2]
また、Skp2に代えて、機能未知であり、多くの臓器や細胞で発現がみられるF−boxタンパク質Fbxo21(NCBIのアクセッション番号:O94952)を用いて、実施例1と同様にして、新たなポリユビキチン化基質の探索を行った。
【0065】
<Fbxo21発現ベクターの作製>
F−boxタンパク質Fbxo21をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Fbxo21発現用ベクターを作製した。
【0066】
<HA−Fbxo21ΔF発現ベクターの作製>
Fbxo21のユビキチンリガーゼ活性領域と推定される領域を欠損させたドミナントネガティブ変異体Fbxo21ΔF(配列番号9)をコードするDNA配列のN末端にHAタグをコードするDNA配列を連結したDNA配列からなるDNAフラグメントを哺乳類細胞用発現ベクターpcDNA3に挿入し、HA−Fbxo21ΔF発現用ベクターを作製した。
【0067】
参考例1と同様にして、293T細胞にFlag−TR−PUBP1発現用ベクターと、HA−空ベクター、HA−Fbxo21発現ベクター、又はHA−Fbxo21ΔF発現ベクターとを共発現させた。プロテアソーム阻害剤MG132は、培養の最後の4時間、終濃度20μMとなるように添加した。その後、参考例1と同様にして、DDDK抗体を用いて抗Flag抗体免疫沈降物溶液を得た。
【0068】
次いで、実施例1と同様にして、各サンプルの抗Flag抗体免疫沈降物溶液をトリプシン消化し、得られたトリプシン消化物からdiGlyペプチドを精製し、このdiGlyペプチド精製物からC18カラムを用いて精製したペプチドを質量分析により解析した。その結果、いくつかのタンパク質がポリユビキチン化基質として同定された。
【0069】
MASCOTサーチエンジンによるProteome Discovere software version 1.3(Thermo Scientific社製)を用いて蛋白質の同定を行い、個々の蛋白質のPSMs(peptide spectrum matches)の値が野生型Fbxo21で増加しFbxo21ΔFで減少するものを選び出した。3度の独立した実験で再現性があったTARS(NCBIのアクセッション番号:NM_152295)、及びEID1(NCBIのアクセッション番号:NM_014335)を基質として同定した。図6に、TARS及びEID1のdiGly配列を含むペプチドのPSMs値に基づく定量解析結果を示す。なお、TARSのdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、ILNEK[di−GlyGly]VNTPTTTVYR(配列番号10)、NSSTYWEGK[di-GlyGly]ADMETLQR(配列番号12)、FQEEAK[di-GlyGly]NR(配列番号13)、及びHTGK[di-GlyGly]IK(配列番号14)であり、EID1のdiGly配列を含むペプチドのアミノ酸配列は、VSAALEEADK[di-GlyGly]M[Oxid]FLR(配列番号15)、及びSGAQQLEEEGPM[Oxid]EEEEAQPM[Oxid]AAPEGK[di-GlyGly]R(配列番号16)であった。TARSのdiGly配列を含むペプチドは、Fbxo21ΔFの過剰発現では空ベクターを発現させた場合よりも少なく、Fbxo21の過剰発現により極めて有意に増加していることが分かった。TARSのdiGly配列を含むペプチド量比の傾向は、Skp2を発現させた場合のCDT1等と同様であることから、Fbxo21はユビキチンリガーゼであり、TARSがFbxo21のポリユビキチン化基質である可能性が高い。EID1のdiGly配列を含むペプチドは、Fbxo21の過剰発現によってのみ検出され、空ベクターを発現させた場合やFbxo21ΔFの過剰発現させた場合には検出限界以下であった。これらの結果から、本発明に係る同定方法により、新規のポリユビキチン化基質を効率よく同定できることが明らかである。
【符号の説明】
【0070】
1…細胞、2…ユビキチンリガーゼ、Ub…ユビキチン、3…Flagタグ付TR−PUBP、4…基質、5…DUB、6…26Sプロテアソーム、7…抗Flag抗体、8…ビーズ、9…ユビキチン化サイトを含むペプチド、10…ユビキチン化サイトを含まないペプチド、11…抗diGly抗体。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図5A
図5B
図5C
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]