特許第6503818号(P6503818)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6503818-表面被覆切削工具 図000009
  • 特許6503818-表面被覆切削工具 図000010
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6503818
(24)【登録日】2019年4月5日
(45)【発行日】2019年4月24日
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20190415BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20190415BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20190415BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20190415BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23B51/00 J
   B23C5/16
   C23C14/06 A
   C23C14/06 P
【請求項の数】1
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-58319(P2015-58319)
(22)【出願日】2015年3月20日
(65)【公開番号】特開2016-175161(P2016-175161A)
(43)【公開日】2016年10月6日
【審査請求日】2017年9月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(72)【発明者】
【氏名】淺沼 英利
【審査官】 中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−334704(JP,A)
【文献】 特開2002−254236(JP,A)
【文献】 特開2002−263934(JP,A)
【文献】 特開平07−097679(JP,A)
【文献】 特開平11−061380(JP,A)
【文献】 特開2002−254229(JP,A)
【文献】 特開2003−205405(JP,A)
【文献】 特開2003−326402(JP,A)
【文献】 特表2010−513030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00−29/34
B23B 51/00−51/14
B23C 1/00−9/00
B23D 1/00−13/06
B23D 37/00−43/08
B23D 67/00−81/00
B23F 1/00−23/12
B23G 1/00−11/00
C23C 14/00−14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に総層厚0.5〜10μmの硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、A層とB層の交互積層構造からなり、
(b)前記A層は、組成式:(AlTi1−a)N(ただし、aは原子比)で表した場合に、0.3≦a≦0.6を満足し、
(c)前記B層は、組成式:(AlTi1−b)N(ただし、bは原子比)で表した場合に、0.75≦b≦0.99を満足し、
(d)前記A層の一層当たりの層厚をx(nm)、前記B層の一層当たりの層厚をy(nm)としたとき、0.8y≧x≧0.5y、かつ、270(nm)≧x+y≧13.5(nm)を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関し、さらに詳しくは、例えば、炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高熱発生を伴い、切れ刃に高負荷が作用する高速高送り切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や高硬度鋼などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またインサートを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミル工具などが知られている。
そして、耐摩耗性に優れるという点から、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット等からなる工具基体の表面に、物理蒸着の一種であるアークイオンプレーティング法により、AlとTiの複合窒化物(以下、(Al,Ti)Nで示す)を硬質被覆層として被覆形成した被覆工具が従来から知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基体の表面に、TiAl1−xNおよびTiyAl1−yN(0≦x<0.5、0.5<y≦1)からなる2種類の化合物(A、B)を交互に繰り返し積層し、その繰り返しの積層周期λを0.5nm〜20nmとし、全体の膜厚を0.5μm〜10μmとしたアルミニウムリッチな超薄膜積層被覆を形成することにより、高硬度と耐酸化性の両立を実現し、工具の摩耗寿命の延命化を図った切削工具が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、切削工具基体の表面に、0.05〜1μmの平均層厚を有し、かつ、組成式:(Al1−xTi)N(ただし、原子比で、xは0.40〜0.65を示す)を満足すると共に、立方晶の結晶構造を有するAlとTiの複合窒化物層からなる結晶履歴層を介して、2〜15μmの平均層厚を有し、かつ、 組成式:(Al1−yTi)N(ただし、原子比で、yは0.05〜0.25を示す)を満足すると共に、同じく立方晶の結晶構造を有するAl基複合窒化物層からなる耐酸化性被覆層を物理蒸着することにより、耐摩耗性を向上させることが提案されている。
【0005】
さらに、特許文献3には、工具基体表面に(Al,Ti)N層からなる硬質被覆層を被覆形成した被覆工具において、厚さ方向にそって、Al最高含有点(Ti最低含有点)とAl最低含有点(Ti最高含有点)とが所定間隔をおいて交互に繰り返し存在し、かつ前記Al最高含有点から前記Al最低含有点、前記Al最低含有点から前記Al最高含有点へAl(Ti)含有量が連続的に変化する成分濃度分布構造を有し、さらに、上記Al最高含有点が、組成式:(AlTi1−x)N(ただし、原子比で、xは0.70〜0.95を示す)、上記Al最低含有点が、組成式:(AlTi1−y)N(ただし、原子比で、yは0.40〜0.65を示す)、をそれぞれ満足し、かつ隣り合う上記Al最高含有点とAl最低含有点の間隔が、0.01〜0.1μmである、(Al,Ti)N層を1〜15μmの全体平均層厚で形成することによって硬質被覆層の耐摩耗性を向上させることが提案されている。
【0006】
さらに、上記の従来被覆工具が、例えば、図2に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に工具基体を装入し、ヒーターで工具基体を、450〜500℃の温度に加熱した状態で、アノード電極と所定組成を有するAl−Ti合金がセットされたカソード電極(蒸発源)との間に、電流:90〜100Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して窒素雰囲気とし、一方、前記工具基体には、例えば、−100〜−200Vのバイアス電圧を印加した条件で、工具基体の表面に蒸発した粒子を蒸着させることにより(Al,Ti)N層からなる硬質被覆層が形成されることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−97679号公報
【特許文献2】特開2003−205405号公報
【特許文献3】特開2003−326402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年の切削加工装置の自動化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらには低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にあるが、上記従来の被覆工具においては、これを炭素鋼、合金鋼などの通常の切削加工条件で行うのに用いた場合には、格別の問題はないが、これを、特に高熱発生を伴い、切れ刃に高負荷が作用する高速高送り切削加工条件で行うのに用いた場合には、硬質被覆層の耐熱性不足、硬さ不足が原因で、摩耗進行がきわめて速く、このため比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者は、前述のような観点から、炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高熱発生を伴い、切れ刃に高負荷が作用する高速高送り切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0010】
(Al,Ti)N層において、その構成成分であるAlは、高温硬さと耐熱性を向上させ、Tiは、高温強度を向上させ、その結果、(Al,Ti)N層は、すぐれた高温硬さと高温強度を示す。しかし、(Al,Ti)N層を、
組成式:(AlTi1−b)N
で表した時、Al含有割合を示すbの値(但し、原子比)が0.75以上になると、六方晶構造の(Al,Ti)N結晶粒が形成されるようになるため、(Al,Ti)N層全体としての硬度が低下し、その結果、耐摩耗性が低下する。
そこで、本発明者は、Al含有割合を示すbの値(但し、原子比)が0.75以上である(Al,Ti)N層(以下、「B層」という場合もある)を単層として形成するのではなく、B層よりもAl含有割合が少ない立方晶構造を有する(Al,Ti)N層(以下、「A層」という場合もある)との交互積層構造として形成し、しかも、上記A層およびB層の層厚を、それぞれ適正範囲にコントロールすることによって、B層の結晶構造を六方晶ではなく立方晶構造に維持し得ることを見出したのである。
つまり、Al含有割合を高めた場合でも、(Al,Ti)N層全体を立方晶構造とすることができるため、得られた硬質被覆層は高硬度を有すると同時に耐熱性にすぐれ、これを工具基体表面に被覆形成した被覆工具は、炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高熱発生を伴い、切れ刃に高負荷が作用する高速高送り切削加工ですぐれた耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0011】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に総層厚0.5〜10μmの硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、A層とB層の交互積層構造からなり、
(b)前記A層は、組成式:(AlTi1−a)N(ただし、aは原子比)で表した場合に、0.3≦a≦0.6を満足し、
(c)前記B層は、組成式:(AlTi1−b)N(ただし、bは原子比)で表した場合に、0.75≦b≦0.99を満足し、
(d)前記A層の一層当たりの層厚をx(nm)、前記B層の一層当たりの層厚をy(nm)としたとき、0.8y≧x≧0.5y、かつ、270(nm)≧x+y≧13.5(nm)を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。」
を特徴とする。
【0012】
次に、本発明の被覆工具の硬質被覆層について、より詳細に説明する。
【0013】
硬質被覆層の組成:
硬質被覆層のA層を構成する(Al,Ti)N層は、組成式:(AlTi1−a)N(ただし、aは原子比)で表した場合に、Alの含有割合を示すaの値が0.3未満では、相対的にTiの割合が多くなって、すぐれた高温強度は得られるものの十分な硬さを確保することができなくなり、一方、aの値が0.6を超えると、高温強度が低下傾向を示すようになることに加えて、六方晶構造の(Al,Ti)N結晶粒が形成されやすくなるため、高温硬さが低下し、すぐれた耐摩耗性を発揮することができなくなる。
したがって、本発明では、A層を構成する(AlTi1−a)Nにおけるaの値を0.3≦a≦0.6と定めた。
【0014】
また、前記A層とともに硬質被覆層の交互積層構造を形成するB層は、その組成を組成式:(AlTi1−b)N(ただし、bは原子比)で表した場合に、0.75≦b≦0.99を満足することが必要である。
上記B層におけるbの値を0.75以上とすることによって、硬質被覆層が高Al含有量となるため耐熱性が向上する。しかし、bの値が0.99を超えると、Ti含有量の相対的な減少によって高温強度が低下するとともに、層中に六方晶構造の(Al,Ti)N結晶粒が増加するため、硬さも低下し、耐摩耗性が低下傾向を示すようになる。
したがって、本発明では、B層を構成する(AlTi1−b)Nにおけるbの値を、0.75≦b≦0.99と定めた。
【0015】
ここで注目すべきことは、上記B層と同一の組成を有する層(即ち、Alの含有割合が0.75以上0.99以下)を、A層との交互積層構造ではなく、それ自体単独の硬質被覆層として形成した場合には、(Al,Ti)N結晶粒の多くが六方晶構造の結晶粒となるため、硬質被覆層の硬さが大幅に低下し、耐摩耗性を発揮することはできない。
しかし、本発明では、上記A層とB層の層厚をそれぞれ適正範囲となるように定めて交互積層構造とすることによって、B層のAl含有割合を0.75以上0.99以下と高めた場合であっても、B層を六方晶ではなく立方晶構造のものとして形成することができる。
【0016】
A層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層:
交互積層構造を構成するA層の一層の平均層厚をx(nm)、また、同じく交互積層構造を構成するB層の一層の平均層厚をy(nm)とした場合に、0.8y≧x≧0.5yとする。
xが0.5y未満であると、硬質被覆層中に占めるAlの含有割合が高いB層の占める割合が大きくなり、硬さの低い六方晶結晶構造の結晶粒の生成しやすくなって硬質被覆層の硬度が低下し、一方、xが0.8yを超えると、Alの含有割合が高いB層の占める割合が低下し、十分な耐熱性を発揮することができなくなる。
したがって、本発明では、A層の一層平均層厚xとB層の一層平均層厚yとの関係が、0.8y≧x≧0.5yを満足するように定める。
【0017】
さらに、交互積層構造からなる硬質被覆層がより高い硬度を示すようにするためには、上記A層とB層のユニット厚さx+y(即ち、一層のA層と一層のB層をユニットとした場合の合計層厚)が13.5(nm)以上で270(nm)以下となるようにする。
上記ユニット厚さが13.5(nm)未満である場合には、相対的にB層の一層平均層厚yが小さくなり、硬質被覆層の耐熱性向上効果が少なくなり、一方、ユニット厚さが270(nm)を超えるようになると、B層において六方晶構造の結晶粒が生成しやすくなり、その結果、硬質被覆層の硬度低下を招くようになるためである。
したがって、本発明では、A層とB層のユニット厚さx+yを、270(nm)≧x+y≧13.5(nm)を満足するように定める。
【0018】
硬質被覆層の総層厚:
前記交互積層構造からなる硬質被覆層の総層厚が0.5μm未満であると、長期の使用にわたって十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、総層厚が10μmを超えると、切削加工時にチッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなることから、硬質被覆層の総層厚は、0.5〜10μmと定めた。
【発明の効果】
【0019】
本発明の被覆工具によれば、工具基体表面に形成された硬質被覆層が、組成式:(AlTi1−a)N(ただし、aは原子比であって、0.3≦a≦0.6を満足する)で表されるA層と、組成式:(AlTi1−b)N(ただし、bは原子比であって、0.75≦b≦0.99を満足する)で表されるB層との交互積層構造として構成され、さらに、A層の一層当たりの層厚x(nm)と、B層の一層当たりの層厚y(nm)が、0.8y≧x≧0.5y、かつ、270(nm)≧x+y≧13.5(nm)の関係を満足することから、硬質被覆層はすぐれた耐熱性と高硬度を有し、その結果、炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高熱発生を伴い、切れ刃に高負荷が作用する高速高送り切削加工においても、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生することなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明被覆工具および比較被覆工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
図2】従来技術を説明する従来のアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、ここでは、炭化タングステン(WC)基超硬合金を工具基体とする被覆工具について述べるが、炭窒化チタン(TiCN)基サーメットを工具基体とした場合も同様である。
【実施例1】
【0022】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、VC粉末、Cr粉末、、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格・CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A−1〜A−3を形成した。
【0023】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(重量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B−1〜B−3を形成した。
【0024】
(a)ついで、前記工具基体A−1〜A−3、B−1〜B−3のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、前記回転テーブルを挟んで対向する位置に、A層形成用Al−Ti合金およびB層形成用Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1 Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を600℃に加熱した後、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、Al−Ti合金(カソード電極)とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に装置内雰囲気を0.5〜9.0Paの窒素雰囲気に保持して、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−20〜−150Vの直流バイアス電圧を印加し、カソード電極(蒸発源)であるA層形成用のAl−Ti合金電極とアノード電極との間に50〜250Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定層厚のA層を形成し、次いで、B層形成用のAl−Ti合金電極とアノード電極との間に50〜250Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定層厚のB層を形成し、これを交互に繰り返し行うことにより、表3に示される目標組成、目標層厚のA層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、
本発明被覆工具としての表面被覆インサート(以下、本発明被覆インサートと云う)1〜10を製造した。
【0025】
また、比較の目的で、
(a)前記工具基体A−1〜A−3、B−1〜B−3のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、前記回転テーブルを挟んで対向する位置に、カソード電極として異なる組成を有するAl−Ti合金(以下、それぞれを、C層形成用Al−Ti合金,D層形成用Al−Ti合金)を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1 Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を600℃に加熱した後、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、Al−Ti合金(カソード電極)とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に装置内雰囲気を0.5〜9.0Paの窒素雰囲気に保持して、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−20〜−150Vの直流バイアス電圧を印加し、カソード電極(蒸発源)であるC層形成用Al−Ti合金電極とアノード電極との間に50〜250Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定組成のC層を蒸着形成し、次いで、D層形成用Al−Ti合金電極とアノード電極との間に50〜250Aの電流を流してアーク放電を発生させて所定組成のD層を蒸着形成することにより、表4に示される目標組成、目標層厚の交互積層からなる硬質被覆層を蒸着形成し、
比較被覆工具としての表面被覆インサート(以下、比較被覆インサートと云う)1〜5を製造した。
【0026】
次いで、本発明被覆インサート1〜10、比較被覆インサート1〜5について、その硬質被覆層の交互積層構造を示す各層の組成を、硬質被覆層縦断面を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
また、上記の硬質被覆層の交互積層構造を示す各層の平均層厚を、透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
表3、表4に、これらの測定値を示す。
【0027】
次に、本発明被覆インサート1〜10および比較被覆インサート1〜5について、以下の切削条件で切削試験を行い、いずれの高速高送り切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件A:
被削材:JIS・SCM430(HB300)の丸棒、
切削速度: 210m/min.、
切り込み: 0.2mm、
送り: 0.25mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件での合金鋼の連続高速高送り切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、150m/min.、0.20 mm/rev.)。
切削条件B:
被削材:JIS・S50C(HB260)の丸棒、
切削速度: 200 m/min.、
切り込み: 0.2 mm、
送り: 0.30 mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件での炭素鋼の連続高速高送り切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、140 m/min.、0.25 mm/rev.)。
切削条件C:
被削材:JIS・SKD61(HRC60)の丸棒、
切削速度: 115 m/min.、
切り込み: 0.2 mm、
送り: 0.25 mm/rev.、
切削時間: 3分、
の条件での高硬度鋼の連続高速高送り切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、70 m/min.、0.1 mm/rev.)。
表5に、この測定結果を示す。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【実施例2】
【0033】
実施例1と同様、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、VC粉末、Cr粉末、およびCo粉末からなる原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、直径が13mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部の直径×長さが10mm×22mmの寸法、並びにねじれ角30度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)A−1〜A−3をそれぞれ製造した。
【0034】
ついで、これらの工具基体(エンドミル)A−1〜A−3の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1と同一の条件で、表6に示される目標組成、目標層厚のA層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明表面被覆超硬製エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルと云う)1〜6をそれぞれ製造した。
【0035】
また、比較の目的で、前記工具基体(エンドミル)A−1〜A−3の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1と同様の工程で、表7に示される目標組成、目標層厚の交互積層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、比較被覆工具としての表面被覆超硬製エンドミル(以下、比較被覆エンドミルと云う)1〜5をそれぞれ製造した。
【0036】
次いで、本発明被覆エンドミル1〜6、比較被覆エンドミル1〜5について、その硬質被覆層の交互積層構造を示す各層の組成を、硬質被覆層縦断面を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
また、上記の硬質被覆層の交互積層構造を示す各層の平均層厚を、透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
表6、表7に、これらの測定値を示す。
【0037】
つぎに、本発明被覆エンドミル1〜6および比較被覆エンドミル1〜5について、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmの、JIS・SCM440(HB300)の板材、
切削速度: 245m/min.、
溝深さ(切り込み):15mm、
テーブル送り: 815mm/min.、
の条件(切削条件D)でのクロムモリブデン鋼の湿式高速溝切削加工試験(通常の切削速度およびテーブル送りは、それぞれ、195m/min.、650mm/min.)、
を行い、切刃部の外周刃の逃げ面摩耗幅が使用寿命の目安とされる0.1mmに至るまでの切削溝長を測定した。
この測定結果を表6、表7にそれぞれ示した。
【0038】
【表6】

【0039】
【表7】

【0040】
表5〜7に示される結果から、本発明被覆工具は、工具基体の表面にそれぞれ所定の組成、層厚のA層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層が形成されていることによって、硬質被覆層がすぐれた耐熱性と高硬度を有することから炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高速高送り切削加工において、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷の発生を招くことなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
これに対して、硬質被覆層を構成する層のいずれかが本発明で規定した組成、層厚等から外れる比較被覆工具においては、耐摩耗性が十分でなく、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
前述のように、本発明の被覆工具は、炭素鋼、合金鋼、高硬度鋼等の高速高送り切削加工ばかりでなく、一般的な被削材の切削加工においても、すぐれた耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の自動化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1
図2