(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6504807
(24)【登録日】2019年4月5日
(45)【発行日】2019年4月24日
(54)【発明の名称】塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190415BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20190415BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20190415BHJP
【FI】
C22C38/00 302R
C22C38/58
C21D6/00 101A
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-256853(P2014-256853)
(22)【出願日】2014年12月19日
(65)【公開番号】特開2016-117924(P2016-117924A)
(43)【公開日】2016年6月30日
【審査請求日】2017年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231855
【氏名又は名称】日本鋳造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099944
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 宏志
(72)【発明者】
【氏名】半田 卓雄
(72)【発明者】
【氏名】劉 志民
【審査官】
河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−072037(JP,A)
【文献】
特開平11−293413(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02%〜0.1%、Si:0.1〜1%、Mn:0.2〜2%、Cr:2%以下、Ni:28〜35.99%、Co:18%以下、Nb:1〜3%を含有し、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、34%≦[Ni]+0.8×[Co]≦43%の関係を満たし、さらにNb含有量(質量%)を[Nb]、C含有量(質量%)を[C]と表した場合に、[Nb]−7.8×[C]≧0.6の関係を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【請求項2】
質量%で、C:0.02%〜0.1%、Si:0.1〜1%、Mn:0.2〜2%、Cr:2%以下、Ni:28〜43%、Co:18%以下、Nb:1〜3%、S:0.015〜0.05%を含有し、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、34%≦[Ni]+0.8×[Co]≦43%の関係を満たし、さらにNb含有量(質量%)を[Nb]、C含有量(質量%)を[C]と表した場合に、[Nb]−7.8×[C]≧0.6の関係を満たし、Mn含有量(質量%)を[Mn]、S含有量(質量%)を[S]で表した場合に、[Mn]/[S]≧15を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【請求項3】
[Nb]−7.8×[C]≧2.0を満たすことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【請求項4】
曲げ共振法によるヤング率が130GPa以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【請求項5】
曲げ共振法によるヤング率が140GPa以上であることを特徴とする請求項3に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【請求項6】
請求項1ないし請求項3のいずれかの組成を有する所定形状の素材を、750℃以上、1050℃以下の温度から450℃の間を平均冷却速で5℃/秒以上の冷却速度で冷却することを特徴とする、塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密機器部材等の用途に適した高ヤング率で熱膨張係数が小さい、塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金およびその製造方法に関する。本発明の高ヤング率低熱膨張合金は、(1)半導体関連機器、(2)計測機器、(3)工作機械、(4)光学機器、(5)金型等に好適である。(1)としては、例えばポリッシングマシンやステッパー等の定盤等が挙げられ、(2)としては、例えば直角度測定機のゲージ、非接触板厚測定器のCフレーム等が挙げられ、(3)としては、例えば精密研削機のベース、コラム、センターレス研磨機のスピンドル等が挙げられ、(4)としては、例えば、測量望遠鏡の鏡筒、レーザー発振機のベース等が挙げられ、(5)としては、例えば、CFRP成形型やGFRP成形型の金型等が挙げられる。
【背景技術】
【0002】
従来、実用的な低熱膨張合金としてインバー(36%Ni−Fe合金)、スーパーインバー(32%Ni−5%Co−Fe合金)等が知られており、そのうちスーパーインバー合金は室温から100℃の間の熱膨張係数が1ppm/℃以下であり、精密機械部品等の寸法精度が要求される用途に適用されている。また、より高温での使用を考慮した42%Ni−Fe合金やコバール(29%Ni−17%Co−Fe合金)があり、例えばコバールでは室温から450℃の間の熱膨張がインバーやスーパーインバーより小さい特徴があり、高温での熱変形が小さいことを要求される用途に適用されている。
【0003】
これらの低熱膨張合金で製造された精密機器部材等の温度変化による熱変形は一般鋼材に比べ当然、極めて小さく抑えられる。しかしながら、これらの低熱膨張合金のヤング率は、一般鋼材が200〜210GPaであるのに対し、100〜130GPa(曲げ共振法による測定値)と小さく、また、ばらつきが非常に大きい。そのため、部材の受ける応力による弾性変形が大きく、熱膨張係数から期待されるほどの精度が得られないという大きな問題がある。一般鋼材と同等の剛性を得るためには部材肉厚を大きくする必要があるが、この場合、重量増という設計的、設備的な問題に加え、素材コストが増加するという経済的な問題も招く。
【0004】
そこで、Niを30〜40%程度含有する高Ni低熱膨張合金のヤング率増加を図った技術が例えば特許文献1、2に提案されている。
【0005】
また、素材を所望形状の部材に仕上げるためには、切削加工が必要であるが、上述したような高Ni低熱膨張合金は被削性が良好ではなく、機械加工に多大の時間、費用を要するという問題がある。このため、従来の低熱膨張合金は利用範囲が制限されている。
【0006】
そこで、本発明者らは、高Ni低熱膨張合金にWを添加すること等による、高ヤング率と快削性とを兼備した低熱膨張合金を提案している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−102345号公報
【特許文献2】特開2002−80939号公報
【特許文献3】特開平11−279708号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1および2に開示された高ヤング率高Ni低熱膨張合金は、130GPa以上の高いヤング率が得られているものの、ブラウン管用シャドウマスクを対象とするもので、冷間圧延が必須であり、これらに記載されたヤング率は冷間圧延工程を経た合金の数値であって、鋳造のままの状態、あるいは鍛造比が2〜3程度の熱間鍛造のような塑性加工した状態で適用される精密機器部材等に適したバルク材を対象とする本発明とは技術分野が異なっている。
【0009】
また、特許文献3に開示された技術は、本発明と同様の技術分野のものではあるが、特許文献3の出願当時明らかではなかったヤング率の測定方法による測定値の相違により、実際には目標とするような高ヤング率は得られていないことが判明した。すなわち、特許文献3の実施例のヤング率の値は、記載はないものの超音波パルス法で測定したものであるが、同一試料のヤング率をこのような超音波パルス法と特許文献2に記載された測定法である曲げ共振法で測定した場合、前者は後者より値が大きくなることが特許文献3の出願後に本発明者により確認された。それを勘案すると、特許文献3の実施例の値は必ずしも目標とする高ヤング率とはいえないことが判明した。
【0010】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率、および高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有する、塑性加工用または鋳造用高ヤング率
低熱膨張合金およびその製造方法を提供することを課題とする。
【0011】
また、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率を有し、高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有し、かつ良好な被削性を有する、塑性加工用または鋳造用高ヤング率
低熱膨張合金およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、上述したインバー、スーパーインバー、42%Ni−Fe合金およびコバール等の従来用いられているNi含有低熱膨張合金の組成を基本組成とし、それに特定量のCおよびNbを一定の関係式に基づいて含有させることにより、低熱膨張係数を維持しつつヤング率の高い塑性加工用または鋳造用合金が得られることを見出した。
【0013】
また、従来用いられている各種低熱膨張合金の組成を基本組成とし、それに特定量のCおよびNbを一定の関係式に基づいて含有させることに加え、所定量のSを含有させることにより、低熱膨張率および高ヤング率を維持したまま快削性が付与された塑性加工用または鋳造用合金が得られることを見出した。さらに、所定量のSを添加すると同時に、S添加量に応じて一定の範囲でMnを添加することにより、鋳造性や鍛造性および溶接性が向上することを見出した。
【0014】
さらに、NiおよびCoの量比の調整によって広い範囲の熱膨張係数の合金が得られること、これらの合金を750〜1050℃から急冷することにより熱膨張係数が一層低下することを見出した。
【0015】
本発明は上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の(1)〜(7)を提供する。
【0016】
(1) 質量%で、C:0.02%〜0.1%、Si:0.1〜1%、Mn:0.2〜2%、Cr:2%以下、Ni:28〜
35.99%、Co:18%以下、Nb:1〜3%を含有し、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、34%≦[Ni]+0.8×[Co]≦43%の関係を満たし、さらにNb含有量(質量%)を[Nb]、C含有量(質量%)を[C]と表した場合に、[Nb]−7.8×[C]≧0.6の関係を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【0017】
(2) 質量%で、C:0.02%〜0.1%、Si:0.1〜1%、Mn:0.2〜2%、Cr:2%以下、Ni:28〜43%、Co:18%以下、Nb:1〜3%、S:0.015〜0.05%を含有し、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、34%≦[Ni]+0.8×[Co]≦43%の関係を満たし、さらにNb含有量(質量%)を[Nb]、C含有量(質量%)を[C]と表した場合に、[Nb]−7.8×[C]≧0.6の関係を満たし、
Mn含有量(質量%)を[Mn]、S含有量(質量%)を[S]で表した場合に、[Mn]/[S]≧15を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【0019】
(
3) [Nb]−7.8×[C]≧2.0を満たすことを特徴とする(1)
または(2)に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【0020】
(
4) 曲げ共振法によるヤング率が130GPa以上であることを特徴とする(1
)または(2)に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【0021】
(
5) 曲げ共振法によるヤング率が140GPa以上であることを特徴とする(
3)に記載の塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金。
【0022】
(
6) (1)ないし(
3)のいずれかの組成を有する所定形状の素材を、750℃以上、1050℃以下の温度から450℃の間を平均冷却速で5℃/秒以上の冷却速度で冷却することを特徴とする、塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張合金の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率、および高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有する、塑性加工用または鋳造用高ヤング率低熱膨張鋳造合金およびその製造方法が提供される。このため、精密機器部材等に適用する場合に、肉厚を増やす必要がなく、重量増による設計・設備上および経済上の問題を低減することができる。
【0024】
また、本発明によれば、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率を有し、高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有し、かつ良好な被削性を有する、塑性加工用または鋳造用高ヤング率
低熱膨張合金およびその製造方法が提供される。このため、精密機器部材等に適用する場合に、肉厚を増やす必要がなく、かつ、良好な被削性により機械加工工数を短縮することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について説明する。
なお、以下の説明において、特に断わらない限り成分における%表示は質量%である。
【0026】
<第1の実施形態>
第1の実施形態が対象とするのは、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率、および高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有する、塑性加工用または鋳造用の合金である。
【0027】
[化学成分]
・C:0.02〜0.1%
本来、低熱膨張合金中のCは低熱膨張性を阻害する元素であり、また、長期間にわたる寸法変化の原因と考えられており、少ない方が好ましいが、本発明では、CはNbと結合してヤング率のばらつきを小さくする効果を有することにより、合金のヤング率を安定化させるために必須の元素である。安定化のメカニズムは必ずしも明確ではないが、凝固時のNi偏析に影響しているものと考えられる。しかし、Cが0.02%未満ではヤング率の安定化効果が小さく、0.1%を超えるとNbが炭化物として消費され、ヤング率向上効果の高い固溶Nbが減少し、ヤング率を減ずる。したがって、C含有量を0.02〜0.1%の範囲とする。
【0028】
・Si:0.1〜1%
Siは通常脱酸剤として添加される元素であるが、本発明においてはさらに、Si含有量と熱膨張係数の間にほぼ直線関係(Si1%当たり、低温熱膨張係数が約0.8ppm/℃増加)があることを利用して熱膨張係数の調整の目的でも添加する。しかし、0.1%未満では脱酸効果が十分得られず、1%を超えると熱膨張係数が増加し、鋳鉄系低熱膨張合金と変わらなくなる。したがって、Si含有量を0.1〜1%の範囲とする。ただし、鋳造合金の場合には、溶湯の流動性を改善するため、0.15%以上含有することが好ましい。
【0029】
・Mn:0.2〜2%
Mnは通常脱酸剤として添加される元素であるが、本発明においてはさらに、Mn含有量と熱膨張係数の間にほぼ直線関係(Mn1%当たり、低温熱膨張係数が約0.75ppm/℃増加)があることを利用して熱膨張係数の調整およびSを固定して加工性を向上させる目的でも添加する。しかし、0.2%未満では脱酸効果やSを固定する効果が十分得られず、2%を超えると熱膨張係数が増加し、鋳鉄系低熱膨張合金と変わらなくなる。したがって、Mn含有量を0.2〜2%の範囲とする。ただし、鍛造合金の場合には熱間割れを防止するため、0.35%以上含有していることが好ましい。
【0030】
・Ni:28〜43%
Niは、次のCoとともに熱膨張係数の低下に必要な元素である。しかし、Ni含有量が28%未満では、室温でも組織が不安定となって熱膨張係数の増大が生じ、43%を超える場合にも低熱膨張性が得られなくなる。したがって、Ni含有量を28〜43%の範囲とする。
【0031】
・Co:18%以下
Coは、上述のNiとの組合せにより熱膨張係数を低下させるために添加する元素である。特に高温での熱膨張係数を小さくする効果が大きい。しかし、Co含有量が18%超では低熱膨張性が減ずる。したがって、Co含有量を18%以下とする。
【0032】
・34%≦[Ni]+0.8×[Co]≦43%
[Ni]+0.8×[Co](ただし、[Ni]、[Co]はそれぞれNi、Coの含有量(質量%)を示す)はNi当量であり、NiおよびCoが上記範囲を満足しても、Ni当量が34%未満および43%超の場合には低い熱膨張係数が得られない。したがって、Ni当量を34〜43%の範囲とする。
【0033】
なお、これらNi含有量、Co含有量、Ni当量は、低熱膨張性を要求される温度範囲に応じて好ましい範囲が異なる。すなわち、20〜100℃の範囲での熱膨張係数が5ppm/℃以下という特性が要求される低温用合金の場合には、Ni:31〜37%、Co:8%以下、Ni当量:34〜37%が好ましい。また、20〜400℃の範囲での熱膨張係数が8ppm/℃以下という特性が要求される高温用合金の場合には、Ni:28〜43%、Co:18%以下、Ni当量:37〜43%が好ましい。
【0034】
・Cr:2%以下
本発明において、Cr含有量と低温熱膨張係数の間にほぼ直線関係(Cr1%当たり、熱膨張係数が0.7ppm/℃増加)があることを利用して熱膨張係数の調整の目的で添加する。Crはまた、基地に固溶してヤング率のばらつきを小さくする効果があり、Cr添加に伴う熱膨張係数増大が許容される場合は添加することが好ましい。ヤング率安定化のメカニズムは必ずしも明確ではないが、Cと同様、凝固時のNi偏析に影響しているものと考えられる。しかし、Cr含有量が2%を超えると熱膨張係数が増加し、鋳鉄系低熱膨張合金に近づき、また、耐力の低下も無視できなくなる。したがって、Cr含有量を2%以下とする。
【0035】
・Nb:1〜3%
Nbは基地に固溶してヤング率を増加させる効果が大きい。従来レベルである130GPaを超えるヤング率を得るためには、Nbを1%以上含有させる必要がある。しかし、3%を超えるとヤング率向上効果が減ずるととともに、熱膨張係数の増大が無視できなくなる。したがって、Nb含有量を1〜3%とする。
【0036】
・[Nb]−7.8×[C]≧0.6
従来レベルである130GPaを超えるヤング率を得るためには、前述のCおよびNbの含有範囲に加えて、固溶Nbの確保を図るため、[Nb]−7.8×[C]≧0.6(ただし、[Nb]、[C]はそれぞれNb、Cの含有量(質量%)を示す)を満足させる必要がある。なお、140GPa以上、さらには150GPa前後の非常に高いヤング率を得るためには、[Nb]−7.8×[C]≧2とすることが好ましい。
【0037】
本実施形態において、C、Si、Mn、Co、Ni、Cr、Nbの残部は、Feおよび不可避的不純物である。本実施形態ではSは不可避的不純物に含まれる。S含有量は精錬のレベルによって異なるが、0.01%以下に規制することが好ましい。
【0038】
本発明は、鋳塊または鋳片に鍛造等の塑性加工を施して使用される塑性加工用合金、および鋳型に鋳込んで製造する鋳造用合金といったバルク材に適用される。また、製造プロセスに関しては、バルク材を製造するプロセスであれば特に限定されるものではない。
【0039】
[製造条件]
本発明においては、上記組成を有し、所定の形状に製造した素材を、750〜1050℃の温度範囲で加熱後、5℃/sec.以上の冷却速度で、450℃以下まで冷却することが好ましい。このように急冷することにより、NiやCoのミクロ偏析が緩和され、熱膨張係数を一層低下させることができる。
【0040】
第1の実施形態では、インバー、スーパーインバー、42%Ni−Fe合金およびコバール等の従来用いられているNi含有低熱膨張合金の組成を基本組成とし、それに特定量のCおよびNbを一定の関係式に基づいて含有させることにより、低熱膨張係数を維持しつつヤング率の高い塑性加工用または鋳造用合金を得ることができる。このため、精密機器部材等に適用する場合に、肉厚を増やす必要がなく、重量増による設計・設備上および経済上の問題を低減することができる。
【0041】
<第2の実施形態>
第2の実施形態が対象とするのは、曲げ共振法により測定したヤング率が130GPaを超える高ヤング率、および高Ni低熱膨張合金と同等の低熱膨張を有し、かつ良好な被削性を有する、塑性加工用または鋳造用の合金である。
【0042】
以下、本実施形態における限定理由について詳細に説明する。
本実施形態では、C、Si、Mn、Co、Niの含有量、Ni当量の範囲、およびNbとCの関係式、ならびに製造条件については第1の実施形態と同様であるが、Sの含有量等を規定した点が第1の実施形態とは異なっている。以下、第2の実施形態に特有な条件について説明する。
【0043】
・S:0.015〜0.05%
Sは製造性を低下させる元素ではあるが、Mnと結びついてMnSを形成し、これが切削時に潤滑剤として作用し、工具摩耗を減少させ、被削性を向上させるため、本実施形態では意図的に含有させる。十分な被削性を得るにはSを0.015%以上含有させる必要がある。しかし、0.05%以上では、低融点のFeSが生成し、延性の低下が大きく、鋳造時の割れが発生しやすくなる。したがって、本実施形態ではS含有量を0.015〜0.05%の範囲とする。
【0044】
・[Mn]/[S]≧15
前述のようにSをMnS化合物の形で合金中に分布させることが必要であり、これによって、低融点のFeSの生成を防止し、特に鍛造品の場合は熱間割れの発生を抑える必要がある。その効果を発揮するためには[Mn]/[S]≧15(ただし、[Mn]、[S]はそれぞれMn、Sの含有量(質量%)を示す)とすることが好ましい。
【0045】
本実施形態においては、C、Si、Mn、S、Co、Ni、Cr、Nbの残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0046】
なお、本実施形態では、第1の実施形態の合金にさらにSを含有した組成であるが、本実施形態の範囲のS含有量であれば、熱膨張に影響を与えない。
【0047】
第2の実施形態では、インバー、スーパーインバー、42%Ni−Fe合金およびコバール等の従来用いられているNi含有低熱膨張合金の組成を基本組成とし、それに特定量のCおよびNbを一定の関係式に基づいて含有させることに加え、所定量のSを含有させることにより、低熱膨張率および高ヤング率を維持したまま快削性が付与された塑性加工用または鋳造用合金を得ることができる。このため、精密機器部材等に適用する場合に、肉厚を増やす必要がなく、かつ、良好な被削性により機械加工工数を短縮することができる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0049】
<第1の実施例>
第1の実施例は、第1の実施形態に対応するものである。
ここでは、高周波誘導溶解炉により、表1に示す化学組成の合金を溶解、鋳造し、φ35mm×L220mmの丸棒を製作した。なお、表1中、No.1〜12は本発明の第1の実施形態を満たす本発明合金
(ただし、No.9は参考例)で、No.1〜7が低温用、No.8〜12が高温用である。また、表1中、No.13〜20は本発明を満たさない比較合金で、No.13〜17が低温用、No.18〜20が高温用である。
【0050】
上記素材はいずれも850℃に2時間保持後、水冷を行ったのち試験片加工を行い、熱膨張係数およびヤング率を測定した。熱膨張係数は、低温用合金ではφ8mm×L100mmの試験片を作製し、20〜100℃の範囲で測定し、高温用合金ではφ8×50mmの試験片を作製し、20〜400℃の範囲で測定した。また、ヤング率は10mm×60mm×2mmの試験片を作製し、曲げ共振法による値を室温で測定した。
【0051】
熱膨張係数、ヤング率の測定結果およびそのばらつきの結果を表2に示す。表2に示すように、本発明合金であるNo.1〜12では所望の低熱膨張性を維持しつつ、130GP以上の高ヤング率が得られ、ヤング率のばらつきも10GPa以下であった。また、本発明合金の中で、[Nb]−7.8×[C]が2以上のNo.1,3,8は150GPa前後の非常に高いヤング率が得られた。
【0052】
一方、Si、Mn、Cr、Nbの含有量が上限を超えたNo.13は所定温度範囲の熱膨張係数が大きかった。Nb量が低かったNo.14、Nb量および[Nb]−7.8×[C]の値が0.6よりも低いNo.19、ならびにCが上限を超えかつ[Nb]−7.8×[C]の値が0.6よりも低いNo.17のヤング率は130GPa未満であった。また、Ni量およびNi当量が本発明の範囲から外れたNo.15、18およびCo含有量が上限を超えたNo.20は所定温度範囲の熱膨張係数が大きかった。C量が本発明の範囲よりも少ないNo.16はヤング率のばらつきが大きかった。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
第2の実施例は、第2の実施形態に対応するものである。
ここでは、表3に示す化学組成の合金を溶解、鋳造し、φ35mm×L220mmの丸棒およびφ100mm×L400mmの丸棒を製作した。なお、表3中、No.21〜29は本発明の第2の実施形態を満たす本発明合金
(ただし、No.25,29は参考例)で、No.21〜25が低温用、No.26〜29が高温用であり、No.30,31は第2の実施形態は満たさないが第1の実施形態を満たす参考例である。また、表3中、No.32,33は本発明を満たさない比較合金で、No.32は低温用、No.33は高温用である。
【0056】
製作したφ35mm×L220mmの丸棒の一部、およびφ100mm×L400mmの丸棒の一部は、鋳造したままの状態で第1の実施例と同様、各試験片加工前に、850℃に2時間保持後、水冷を行った。また、製作したφ35mm×L220mmの丸棒の残部、およびφ100mm×L400mmの丸棒の残部を用い、鍛造比がおよそ2.5となるよう加工温度範囲1000〜1200℃で熱間鍛造(エアードロップハンマーによる自由鍛造)を行った後、第1の実施例と同様、各試験片加工前に、850℃に2時間保持後、水冷を行った。これらの素材を用いて、熱膨張係数は、低温用合金ではφ8mm×L100mmの試験片を作製し、20〜100℃の範囲で測定し、高温用合金ではφ8×50mmの試験片を作製し、20〜400℃の範囲で測定した。また、ヤング率は、10mm×60mm×2mmの試験片を作製し、曲げ共振法による値を室温で測定した。
【0057】
被削性の評価は、低温用については本発明合金であるNo.22,25と参考例であるNo.30、高温用については本発明合金であるNo.26,29と参考例であるNo.31について、上述したφ100mm×L400mmの丸棒鋳造材を用いて切削抵抗を測定して行った。なお、被削性試験は、切削工具として超硬工具を用い、切削速度を100m/分、切り込み2.0mm、送り0.2mm/rev.の条件で旋盤加工により行った。さらに、低温用については本発明合金であるNo.23と比較合金であるNo.32、高温用については本発明合金であるNo.27と比較合金であるNo.33について、上述したφ35mm×L220mmの丸棒鋳造材から平行部がφ10mm、標点間距離50mmのJIS高温引張試験片を用いて、室温で引張試験を行って伸びを測定した。
【0058】
熱膨張係数、ヤング率の測定結果およびそのばらつき、切削抵抗、ならびに伸びの結果を表4に示す。表4に示すように、本発明合金であるNo.21〜29および参考例であるNo.30,31では所望の低熱膨張性を維持しつつ、130GP以上の高ヤング率が得られ、ヤング率のばらつきも10GPa以下であった。なお、表4に記載された熱膨張係数およびヤング率の測定結果は鋳造材のものであるが、鍛造材についても同様の結果となった。また、切削抵抗を測定した本発明合金のNo.22,25,26,29については、S含有量が低い参考例のNo.30,31よりも切削抵抗が小さく、被削性に対するSの効果が確認された。
【0059】
一方、S量が上限を超えたNo.32,33は伸びが20%未満となり、経験的に鋳造割れの危険性が高いと判断された。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
次に、本発明合金であるNo.24,25,28,29のφ100mm×L400mmの素材について上述した鍛造比がおよそ2.5となるよう加工温度範囲1000〜1200℃で熱間鍛造(エアードロップハンマーによる自由鍛造)を行った鍛造材の鍛造性を調査した。その結果、[Mn]/[S]が15以上のNo.24,28については、鍛造割れが全く発生せず、極めて良好な鍛造性が得られた。一方、[Mn]/[S]が15未満のNo.25,29では若干の鍛造割れが確認された。この結果から、[Mn]/[S]を15以上とすることにより、より良好な鍛造性が得られることが確認された。
【0063】
<第3の実施例>
第3の実施例は、製造条件に関するものである。
ここでは、表1のNo.7(低温用)およびNo.11(高温用)の組成を有する合金の上述したφ100mm×L400mmの丸棒鋳造材について、冷却開始温度を種々変化させた後に、冷却開始温度から450℃までの平均冷却速度が5℃/sec.以上になるように水冷した試験体、および鋳造ままの試験体を準備し、上述した試験片を作製して熱膨張係数を求めた。その結果を表5に示す。表5に示すように、750〜1050℃の温度範囲で加熱後、5℃/sec.以上の冷却速度で、450℃以下まで冷却することにより、熱膨張係数がより低くなり、好ましい熱膨張係数が得られることが確認された。
【0064】
【表5】