特許第6508282号(P6508282)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6508282
(24)【登録日】2019年4月12日
(45)【発行日】2019年5月8日
(54)【発明の名称】飲食品用素材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/00 20160101AFI20190422BHJP
【FI】
   A23L27/00 C
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-197432(P2017-197432)
(22)【出願日】2017年10月11日
(62)【分割の表示】特願2014-507593(P2014-507593)の分割
【原出願日】2013年3月6日
(65)【公開番号】特開2018-38412(P2018-38412A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2017年11月9日
(31)【優先権主張番号】特願2012-76219(P2012-76219)
(32)【優先日】2012年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(72)【発明者】
【氏名】山本 英樹
(72)【発明者】
【氏名】高倉 友紀子
(72)【発明者】
【氏名】山田 誠
【審査官】 西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭52−110875(JP,A)
【文献】 特開平02−117345(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/020598(WO,A1)
【文献】 平野四蔵 ほか,油脂中の溶存酸素の定量ならびに溶存酸素量におよぼすハイドロキノンの影響,工業化学雑誌,1954年,第57巻,第624-626頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00−27/40
A23L 27/60
A23D 7/00−9/06
A23L 5/00−5/30
A23L 29/00−29/10
FSTA(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動植物油脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/min以上で酸素を供給しながら、該動植物油脂を加熱する工程(以下、加熱工程という)を含む、飲食品用素材の製造方法であって、
前記加熱工程における加熱温度が、50〜200℃である方法。
【請求項2】
前記加熱工程における加熱時間が、2〜24時間である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記動植物油脂が、動物油脂である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記飲食品用素材が、オクタン酸を5〜500重量ppm、デカン酸を10〜4200重量ppm含有する、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記飲食品用素材が、更に1−オクテン−3−オルを5〜550重量ppm含有する、請求項記載の方法。
【請求項6】
前記飲食品用素材における1−オクテン−3−オルの含有量をA重量部、オクタン酸の含有量をB重量部、デカン酸の含有量をC重量部とし、且つ、A+B+C=100として換算するとき、
0≦A≦80、5≦B≦80且つ10≦C≦90である、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品に香気及び/又は風味を付与するための飲食品用素材の製造方法に関し、特に、飲食品に芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を付与するための飲食品用素材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品に香気及び/又は風味を付与するための飲食品用素材の製造方法として、従来より、油脂を酸化することによって、飽和又は不飽和の脂肪族アルデヒドやその他の酸化生成物を含有する飲食品用素材を製造する方法が用いられている。
当該製造方法に関して、より好ましい香気及び/又は風味を付与し得る飲食品用素材を製造するために、いくつかの提案がこれまでになされている(特許文献1〜3)。
【0003】
特許文献1には、動植物油脂と水との混合物に酸素を吹き込みながら加熱する工程を含む、風味付与剤の製造方法が記載されている。しかし当該方法は水存在下の温和な条件で加熱を行うことから、方法が煩雑で生成効率が悪く、また生成物が制限されるため、得られる風味付与剤は、香気及び風味が単調であり、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を付与し得るものでない。
【0004】
特許文献2には、動植物油脂を酸化処理し、低沸点成分を除去する工程を含む、呈味改善剤の製造方法が記載されている。しかし方法が煩雑であり、また得られる呈味改善剤は、有効成分が高沸点成分に限られているため、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を付与し得るものでない。
【0005】
特許文献3には、酸化防止剤の存在下、油脂を酸化する工程を含む、風味混合物の製造方法が記載されている。しかし方法が煩雑であり、また酸化防止剤によって油脂の酸化反応を制御しながら酸化を行うため、得られる風味混合物は、香気及び風味が単調であり、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を付与し得るものでない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3344522号公報
【特許文献2】特許第4596475号公報
【特許文献3】特許第2704180号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の事情に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができる飲食品用素材の、簡便な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、油脂に酸素を供給しながら加熱する酸化処理において、油脂に供給する酸素の量が同じであっても、酸素の供給の仕方により、反応効率が全く異なることを見出した。例えば、特許文献2では、油脂を攪拌しながら酸素ガス又は空気を通過させているが、当該方法の反応効率は悪いものであった。一方、空気を10〜1000μm径のスパージャーに通すことによって微小気泡とし、これを油脂に通過させた場合には、効率的な反応を行うことができ、更に、スパージャーの孔径が小さいほど効率的な反応を行うことができた。
本発明者らは、当該知見に基づいてさらに研究を進め、溶存酸素供給速度という当該分野でこれまで全く考慮されなかった概念に着目し、反応効率の悪い方法と良い方法とでは、溶存酸素供給速度が相違すること、即ち、特許文献2に記載されるような反応効率の悪い方法は溶存酸素供給速度が低く、逆に、反応効率の良い方法は溶存酸素供給速度が非常に高いことを見出した。
本発明者らは、これらの知見に基づき、溶存酸素供給速度が特定の速度以上となるように酸素を供給した状態で油脂を加熱することにより、効率的に反応を行え、油脂の種類を問わず、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができる飲食品用素材が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の通りである。
【0010】
[1] 動植物油脂に溶存酸素供給速度0.058mg/L/min以上で酸素を供給しながら、該動植物油脂を加熱する工程(以下、加熱工程という)を含む、飲食品用素材の製造方法。
[2] 前記加熱工程における溶存酸素供給速度が、0.1mg/L/min以上である、前記[1]記載の方法。
[3] 前記加熱工程における溶存酸素供給速度が、1.0mg/L/min以上である、前記[1]記載の方法。
[4] 前記加熱工程における加熱温度が、50〜200℃である、前記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の方法。
[5] 前記加熱工程における加熱時間が、2〜24時間である、前記[1]〜[4]のいずれか1つに記載の方法。
[6] 前記加熱工程に供する前の、前記動植物油脂の溶存酸素濃度が、6.5mg/L以上である、前記[1]〜[5]のいずれか1つに記載の方法。
[7] 前記動植物油脂が、動物油脂である、前記[1]〜[6]のいずれか1つに記載の方法。
[8] 前記[1]〜[7]のいずれか1つに記載の方法により得られる、飲食品用素材。
[9] オクタン酸を5〜500重量ppm、デカン酸を10〜4200重量ppm含有する、前記[8]記載の飲食品用素材。
[10] 更に1−オクテン−3−オルを5〜550重量ppm含有する、前記[9]記載の飲食品用素材。
[11] 1−オクテン−3−オルの含有量をA重量部、オクタン酸の含有量をB重量部、デカン酸の含有量をC重量部とし、且つ、A+B+C=100として換算するとき、0≦A≦80、5≦B≦80且つ10≦C≦90である、前記[9]又は[10]記載の飲食品用素材。
[12] 前記[8]〜[11]のいずれか1つに記載の素材を飲食品に添加することにより、飲食品に香気及び/又は風味を付与することを特徴とする飲食品の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができる飲食品用素材の、簡便な製造方法を提供し得る。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、「香気」とは、飲食せずに鼻だけで感じられる香り(オルソネーザルフレーバー)を意味する。「風味」とは、飲食時の口腔内から鼻へ抜ける香り(レトロネーザルフレーバー)を意味する。
【0013】
本発明の飲食品用素材の製造方法(以下、単に「本発明の方法」とも称する)において用いられる「動植物油脂」とは、動物由来の油脂(動物油脂)と植物由来の油脂(植物油脂)の総称であり、動物油脂としては、例えば、鶏脂、豚脂、牛脂、羊油、魚油(例、マグロ油、カツオ油、イワシ油、サバ油、鯨油、サケ油、タラ油等)、バター、卵脂肪等が挙げられ、植物油脂としては、菜種油、米油、紅花油、ヒマワリ油、オリーブ油、落花生油、パーム油、やし油、大豆油、コーン油、綿実油、ごま油、ぶどう種子油、えごま油等が挙げられる。これらの中でも、不飽和脂肪酸及び/又は分岐鎖脂肪酸を多く含む点で、動物油脂が好ましく、鶏脂、豚脂、牛脂、魚油が特に好ましい。これらの動植物油脂は、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0014】
本発明の方法は、動植物油脂に酸素を供給しながら、該動植物油脂を加熱する工程(以下、「加熱工程」とも称する)を含む。
【0015】
本発明の方法は、加熱工程において、特定の速度以上の溶存酸素供給速度で動植物油脂に酸素を供給することが重要である。溶存酸素供給速度が特定の速度以上であることにより、得られる飲食品用素材は、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができるものとなる。
ここで「溶存酸素供給速度」とは、動植物油脂への酸素の供給時間と、動植物油脂の溶存酸素濃度の変化量とから算出される、単位時間あたりの溶存酸素濃度の変化量をいい、具体的には以下の式により算出される。
溶存酸素供給速度=動植物油脂の溶存酸素濃度の変化量/動植物油脂への酸素の供給時間
【0016】
本発明の方法における溶存酸素供給速度は、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を用い、下記(1)〜(3)のとおりに測定される。油脂中の溶存酸素濃度は加熱反応により著しく低下するため、溶存酸素供給速度の測定は25℃で行われる。
(1)蛍光式酸素計の電源を入れた後、10分間空気中で待機し安定化する。
(2)空気中でキャリブレーションを行う。
(3)サンプル中にセンサーを斜めに入れて固定し、数値が安定化したら溶存酸素濃度の測定を行い、上記式により溶存酸素供給速度を算出する。
【0017】
具体的には、加熱工程における溶存酸素供給速度は、通常0.058mg/L/min以上、好ましくは0.08mg/L/min以上、より好ましくは0.1mg/L/min以上、より一層好ましくは0.5mg/L/min以上、特に好ましくは1.0mg/L/min以上、最も好ましくは1.5mg/L/min以上である。当該溶存酸素供給速度が0.058mg/L/min未満であると、得られる飲食品用素材は、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が弱くなる傾向がある。
一方、加熱工程における溶存酸素供給速度の上限値は特に制限されないが、当該溶存酸素供給速度は、通常100mg/L/min以下、好ましくは30mg/L/min以下、より好ましくは10mg/L/min以下、特に好ましくは5mg/L/min以下である。
【0018】
加熱工程において動植物油脂に酸素を供給する方法は、前記の溶存酸素供給速度で酸素を供給できる方法あれば特に制限されないが、例えば、酸素を含む気体を、動植物油脂100gあたり0.1〜10L/minの流量で、孔径が5〜1000μmの多孔質体(例、スパージャー等)に通して微小気泡とし、動植物油脂中を通過させる方法;酸素を含む気体を、マイクロバブル発生装置、ナノバブル発生装置等に通して微小気泡とし、動植物油脂中を通過させる方法;酸素を含む気体と動植物油脂混合物とを、高速攪拌乳化装置(例、ホモジナイザー等)で攪拌して微小気泡とし、動植物油脂中を通過させる方法等が挙げられる。
ここで、酸素を含む気体としては、例えば、純酸素、空気、酸素富化空気、酸素と不活性気体(例、二酸化炭素、窒素、ヘリウム、アルゴン等)との混合気体、オゾン等が挙げられ、好ましくは空気である。
【0019】
「酸素を含む気体を、動植物油脂100gあたり0.1〜10L/minの流量で、孔径が5〜1000μmの多孔質体に通して微小気泡とし、動植物油脂中を通過させる方法」によって、動植物油脂に酸素を供給する場合、その溶存酸素供給速度の調整は、例えば、多孔質体の孔径、酸素を含む気体の流量等を調整することにより行うことができる。具体的には、多孔質体の孔径を小さくすると、溶存酸素供給速度は高くなり、また、酸素を含む気体の流量を増やすと、溶存酸素供給速度は高くなる。
孔径が5〜1000μmの多孔質体としては、例えば、スパージャー等が挙げられる。具体的には、例えば、株式会社クライミング製のガス洗浄瓶用棒フィルター、柴田科学株式会社製のねじ口洗浄瓶ムエンケ式中管、アドバンテック社製のステンレスメッシュカートリッジフィルターTMC10DTMS等を用いることができる。
【0020】
加熱工程における加熱温度は、通常50〜200℃、好ましくは60〜200℃、より好ましくは80〜200℃、特に好ましくは130〜180℃である。当該加熱温度が50℃未満であると、得られる飲食品用素材は、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が弱くなる傾向がある。一方、当該加熱温度が200℃を超えると、得られる飲食品用素材は、飲食品に異風味を付与するものとなる傾向がある。
【0021】
加熱方法は、加熱温度が前記の範囲内になれば特に制限されず、直接加熱及び間接加熱のどちらでもよく、例えば、直火、電気ヒーター、蒸気、マイクロウェーブ等による加熱が挙げられる。また加熱中の攪拌はあってもなくてもよい。加熱に用いられる装置の具体例としては、オイルバス、ウォーターバス、恒温槽、ヒートブロック、ニーダー、コンビミックス等が挙げられる。
【0022】
加熱工程における加熱時間は、動植物油脂の種類、加熱温度等に応じて適宜設定すればよいが、通常2〜24時間、好ましくは4〜24時間、より好ましくは5〜7時間である。当該加熱時間が2時間未満であると、得られる飲食品用素材は、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が弱くなる傾向がある。一方、当該加熱時間が24時間を超えると、得られる飲食品用素材は、飲食品に異風味を付与するものとなる傾向がある。
【0023】
本発明の方法に用いられる動植物油脂は、加熱工程に供される前において、溶存酸素濃度が特定の濃度以上であることが好ましい。溶存酸素濃度が特定の濃度以上である動植物油脂を加熱工程に供することにより、短い加熱時間で、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与し得る飲食品用素材を得ることができる。
【0024】
具体的には、加熱工程に供される前の動植物油脂の溶存酸素濃度は、6.5mg/L以上が好ましく、7.0mg/L以上がより好ましく、8.0mg/L以上が特に好ましい。一方、当該溶存酸素濃度の上限値は特に制限されないが、通常15mg/Lであり、10mg/Lが好ましい。
ここで動植物油脂の溶存酸素濃度は、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を用いて測定される。
【0025】
加熱工程に供される前の動植物油脂の溶存酸素濃度を調整する方法は特に制限されないが、例えば、加熱工程における動植物油脂に酸素を供給する方法と同様の方法を用いて、動植物油脂に酸素を供給することにより、動植物油脂の溶存酸素濃度を調整することができる(以下、加熱工程の前に、動植物油脂に酸素を供給する工程を、「順化工程」とも称する)。
【0026】
順化工程における溶存酸素供給速度は、溶存酸素濃度が特定の濃度以上になれば特に制限されず、酸素の供給時間等に応じて適宜設定すればよいが、通常0.058〜100mg/L/min、好ましくは0.08〜30mg/L/minである。
【0027】
順化工程における酸素の供給時間は、溶存酸素濃度が特定の濃度以上になれば特に制限されず、溶存酸素供給速度等に応じて適宜設定すればよいが、通常0.5〜30時間、好ましくは1〜24時間である。
【0028】
順化工程は、室温(10〜30℃)で行ってもよいが、加熱しながら行うことが好ましい。加熱しながら行う場合、加熱温度は、溶存酸素濃度が特定の濃度以上になれば特に制限されないが、35〜50℃が好ましく、特に40〜50℃が好ましい。
【0029】
動植物油脂を上記の加熱工程、及び所望により順化工程に供することによって得られた酸化生成物は、加熱工程終了後、そのまま飲食品用素材として使用してもよいし、又は、本発明の目的を損なわない限りにおいて、適宜精製処理等を施したり、賦形剤(例、アラビアガム、化工澱粉、α−サイクロデキストリン、β−サイクロデキストリン、γ−サイクロデキストリン、分岐状サイクロデキストリン、大豆多糖類、ゼラチン、デキストリン、脱脂粉乳、乳糖、少糖類等)等を添加したりしてもよい。
【0030】
本発明の方法によって得られた飲食品用素材(以下、単に「本発明の素材」とも称する)は、上述する通り、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができ、このような飲食品用素材は、オクタン酸(CAS番号:124−07−2)及びデカン酸(CAS番号:334−48−5)の含有量が多い。ここで「含有量」とは、本発明の素材が賦形剤等を添加されてなる場合には、添加された賦形剤等の重量を除いて算出した含有量を意味する。
【0031】
具体的には、本発明の素材におけるオクタン酸の含有量は、好ましくは5〜500重量ppm、より好ましくは50〜450重量ppm、特に好ましくは150〜400重量ppmである。オクタン酸の含有量が上記範囲内であると、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が高い。
【0032】
本発明の素材におけるデカン酸の含有量は、好ましくは10〜4200重量ppm、より好ましくは50〜1000重量ppm、特に好ましくは150〜500重量ppmである。デカン酸の含有量が上記範囲内であると、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が高い。
【0033】
本発明の素材は、さらに1−オクテン−3−オル(CAS番号:3391−86−4、「1−オクテン−3−オール」ともいう)の含有量も多いことが好ましい。本発明の素材は、1−オクテン−3−オルの含有量が多いと、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与する効果が高い。
【0034】
具体的には、本発明の素材における1−オクテン−3−オルの含有量は、好ましくは5〜550重量ppm、より好ましくは50〜550重量ppm、特に好ましくは150〜500重量ppmである。
【0035】
本発明の素材におけるオクタン酸、デカン酸及び1−オクテン−3−オルの含有量は、ガスクロマトグラフィーにより測定される。
【0036】
本発明の素材は、1−オクテン−3−オルの含有量をA重量部、オクタン酸の含有量をB重量部、デカン酸の含有量をC重量部とし、且つ、A+B+C=100として換算するとき、0≦A≦80、5≦B≦80且つ10≦C≦90であることが好ましく、10≦A≦70、10≦B≦60且つ10≦C≦70であることがより好ましい。
【0037】
本発明の素材の形態は、特に制限されないが、例えば、液体状(油状、スラリー状等を含む)、固体状(粉末状、顆粒状等を含む)、ゲル状、ペースト状等が挙げられる。
【0038】
本発明の素材が添加される飲食品としては、例えば、調味料;スープ;畜肉、鶏肉、魚介類等を加工した加工食品;ふりかけ;インスタント食品;スナック食品;缶詰食品;乳または乳製品;及び、乳化食品等が挙げられるが、それらに限定されず、その他の広範な食品類にも本発明の素材を添加することができる。より具体的には、ビーフコンソメスープ、カレー、ビーフシチュー、ハンバーグ、ステーキ等の洋風料理;中華スープ、餃子、焼売、炒飯、から揚げ等の中華料理;肉じゃが、筑前煮等の和風料理;ウスターソース、デミグラスソース、ケチャップ、各種たれ類(例、胡麻だれ等)等の各種調味料;おにぎり、ピラフ等の米飯類;生乳、牛乳、特別牛乳、生山羊乳、殺菌山羊乳、生めん羊乳、成分調整牛乳、低脂肪牛乳、無脂肪牛乳、加工乳、クリーム、生クリーム、バター、バターオイル、チーズ(例、ナチユラルチーズ、プロセスチーズ、カッテージチーズ等)、濃縮ホエイ、アイスクリーム類(例、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス等)、濃縮乳、脱脂濃縮乳、無糖練乳、無糖脱脂練乳、加糖練乳、加糖脱脂練乳、全粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー、ホエイパウダー、たんぱく質濃縮ホエイパウダー、バターミルクパウダー、加糖粉乳、調製粉乳、発酵乳、乳酸菌飲料、乳飲料、ホワイトソース、ヨーグルト、ココナッツミルク、豆乳、タイチキンカレー、ミルクシチュー、コーンスープ、ミルク入りコーヒー、カスタードクリーム等の乳または乳製品;胡麻ドレッシング及びシーザードレッシング等のドレッシング;マーガリン、マヨネーズ等が例示される。
【0039】
本発明は、本発明の素材を飲食品に添加することにより、飲食品に香気及び/又は風味を付与することを特徴とする飲食品の製造方法も提供する(以下、単に「本発明の飲食品の製造方法」とも称する)。
【0040】
本発明の飲食品の製造方法は、本発明の素材を飲食品に添加することにより、飲食品に芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を付与することが可能である。ここで「バラエティに富んだ香気及び/又は風味」とは、まろやかさ、ふくらみ、マイルド感、濃厚感及び熟成感に優れる香気及び/又は風味をいう。
【0041】
本発明の飲食品の製造は、本発明の素材を飲食品に添加する工程を含む以外は、公知の飲食品と同様の原料を用い、公知の飲食品の製造方法と同様の方法によって行うことができる。
【0042】
本発明の素材を飲食品に添加する時期は特に制限されず、例えば、飲食品を製造、調理等する際に他の原料と併せて添加してもよいし、飲食品の完成後に添加してもよいし、飲食品の喫食直前及び/又は喫食中に添加してもよい。
【0043】
本発明の飲食品の製造方法によって製造される飲食品の具体例としては、前掲の本発明の素材が添加される飲食品として例示したものと同様のものが挙げられる。
【0044】
以下の実施例において本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
以下の実施例1〜5において調製したサンプルの、1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価は、以下の通りに行った。
(1)1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定方法
ガスクロマトグラフィー(GC)により測定を行った。
<分析機器>
GC;HewlettPackard 5890 Series II
検出器;FID(水素炎イオン化検出器)
<分析前処理>
サンプル0.5gをジエチルエーテル10mLに溶解した。
<分析条件>
注入量;Direct法、1μL
注入口;250℃
スプリット比;1:10
カラム;Agilent社製HP-FFAP φ0.32mm×25m、膜厚0.52μm
カラム温度;65℃(0min)→10℃/min昇温→240℃(25min)
ガス流量;ヘリウム(キャリアーガス) 2.0mL/min
;ヘリウム(メイクアップガス) 30mL/min
ガス圧力;水素 40mL/min、空気 400mL/min
検出器;FID250℃
(2)官能評価
市販の鶏風味調味料(味の素株式会社製、商品名:「味の素KK丸鶏がらスープ」)の1.5重量%水溶液を調製した後、当該水溶液にサンプルを濃度が8重量ppmとなるように添加し、3名の専門パネラーにより、芳醇でバラエティに富んだ香気及び風味の好ましさについて、官能評価を行った。官能評価は、サンプルを添加していない上記の市販の鶏風味調味料の1.5重量%水溶液をコントロールとして用い、当該コントロールを5点として、10点満点で行った。評点は、専門パネラーの平均点を算出した。
【0046】
(溶存酸素供給速度の測定方法)
実施例1〜5のサンプルの調製における溶存酸素供給速度は、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を用い、25℃で、下記(1)〜(3)のとおりに測定した。
(1)蛍光式酸素計の電源を入れた後、10分間空気中で待機し安定化した。
(2)空気中でキャリブレーションを行った。
(3)サンプル中にセンサーを斜めに入れて固定し、数値が安定化したら溶存酸素濃度の測定を行い、下記式により溶存酸素供給速度を算出した。
溶存酸素供給速度=サンプルの溶存酸素濃度の変化量/サンプルへの酸素の供給時間
【0047】
[実施例1]順化工程の有無についての検討
(1)順化工程に供しないサンプル(サンプル1−1)の調製
鶏脂に、溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該鶏脂を130℃で5時間又は7時間加熱して、サンプル1−1を調製した。鶏脂への空気の供給は、空気を、鶏脂100gあたり1L/minの流量で、株式会社クライミング社製のガス洗浄瓶用棒フィルター(孔径:40〜50μm)に通して微小気泡とし、鶏脂中を通過させることにより行った。
【0048】
(2)順化工程に供したサンプル(サンプル1−2)の調製
鶏脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該鶏脂を50℃で1時間加熱した。その後、得られた鶏脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、130℃で5時間又は7時間加熱して、サンプル1−2を調製した。鶏脂への空気の供給は、空気を、鶏脂100gあたり1L/minの流量で、株式会社クライミング社製のガス洗浄瓶用棒フィルター(孔径:40〜50μm)に通して微小気泡とし、鶏脂中を通過させることにより行った。
鶏脂を溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら50℃で1時間加熱する前の、鶏脂の溶存酸素濃度(順化工程前の溶存酸素濃度)、及び、鶏脂を溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら50℃で1時間加熱した後の、鶏脂の溶存酸素濃度(順化工程後の溶存酸素濃度)は、それぞれ下記表1の通りであった。
【0049】
【表1】
【0050】
ここで鶏脂の溶存酸素濃度は、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を用いて測定した。
【0051】
サンプル1−1及びサンプル1−2の1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価を行った。1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定結果を下記表2及び3に、官能評価の結果を下記表4に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
【表4】
【0055】
表2〜4に示される結果から明らかな通り、順化工程に供しなかったサンプル(サンプル1−1)に比べ、順化工程に供したサンプル(サンプル1−2)の方が、1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量がより多く、また官能評価もより良好であったことから、より好ましいことが確認された。
特に、サンプル1−1の加熱時間7時間の結果とサンプル1−2の加熱時間5時間の結果とを比較すると、後者は、前者に比べて調製の総所要時間が1時間少ないにもかかわらず、1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量がより多く、また官能評価もより良好であった。
【0056】
[実施例2]溶存酸素供給速度についての検討
(サンプル2−1〜サンプル2−8の調製)
鶏脂に下記表5に示す溶存酸素供給速度(25℃で測定)で空気を供給しながら、該鶏脂を50℃で1時間加熱した後、同溶存酸素供給速度で空気を供給しながら、130℃で5時間加熱して、サンプル2−1〜サンプル2−8を調製した。鶏脂への空気の供給は、空気を、スパージャー(株式会社クライミング製のガス洗浄瓶用棒フィルター、柴田科学株式会社製のねじ口洗浄瓶ムエンケ式中管、又は、アドバンテック社製のステンレスメッシュカートリッジフィルターTMC10DTMS)に通して微小気泡とし、鶏脂中を通過させることにより行った。また、溶存酸素供給速度は、スパージャーの孔径を10〜1000μmに適宜調整すること及び空気の流量を鶏脂100gあたり0.01〜10L/minに適宜調整することによって、調整した。
【0057】
【表5】
【0058】
サンプル2−3〜サンプル2−5及びサンプル2−7は、順化工程後(即ち、鶏脂に上記表5に示す溶存酸素供給速度で空気を供給しながら、該鶏脂を50℃で1時間加熱した後)に溶存酸素濃度の測定を行った。測定には、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を使用した。結果を表6に示す。
【0059】
【表6】
【0060】
サンプル2−1〜サンプル2−8の1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価を行った。1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定結果を下記表7に、官能評価の結果を下記表8に示す。
【0061】
【表7】
【0062】
【表8】
【0063】
表7及び8に示される結果から明らかな通り、溶存酸素供給速度は0.058〜4.75mg/L/min(サンプル2−3〜サンプル2−8)が好ましいことが確認された。
中でも、溶存酸素供給速度0.1mg/L/min以上(サンプル2−4〜サンプル2−8)が好ましく、溶存酸素供給速度1.02mg/L/min以上(サンプル2−6〜サンプル2−8)がより好ましかった。
また、表6に示される通り、順化工程後の溶存酸素濃度は、最も低くて6.79mg/Lであった。
【0064】
[実施例3]加熱工程における加熱時間についての検討
(サンプル3−1〜サンプル3−7の調製)
鶏脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該鶏脂を50℃で1時間加熱した後、同溶存酸素供給速度で空気を供給しながら、130℃で下記表9に示す時間加熱して、サンプル3−1〜サンプル3−7を調製した。鶏脂への空気の供給は、空気を、鶏脂100gあたり1L/minの流量で、株式会社クライミング製のガス洗浄瓶用棒フィルター(孔径:40〜50μm)に通して微小気泡とし、鶏脂中を通過させることにより行った。
【0065】
【表9】
【0066】
サンプル3−1〜サンプル3−7の1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価を行った。1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定結果を下記表10に、官能評価の結果を下記表11に示す。
【0067】
【表10】
【0068】
【表11】
【0069】
表10及び11に示される結果から明らかな通り、加熱工程における加熱時間は2〜24時間(サンプル3−2〜サンプル3−7)が好ましいことが確認された。
中でも、加熱時間4〜24時間(サンプル3−3〜サンプル3−7)が好ましく、加熱時間5〜7時間(サンプル3−4〜サンプル3−6)がより好ましかった。
【0070】
[実施例4]加熱工程における加熱温度についての検討
(サンプル4−1〜サンプル4−5の調製)
鶏脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該鶏脂を50℃で1時間加熱した後、同溶存酸素供給速度で空気を供給しながら、下記表12に示す温度で5時間加熱して、サンプル4−1〜サンプル4−5を調製した。鶏脂への空気の供給は、空気を、鶏脂100gあたり1L/minの流量で、株式会社クライミング製のガス洗浄瓶用棒フィルター(孔径:40〜50μm)に通して微小気泡とし、鶏脂中を通過させることにより行った。
【0071】
【表12】
【0072】
サンプル4−1〜サンプル4−5の1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価を行った。1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定結果を下記表13に、官能評価の結果を下記表14に示す。
【0073】
【表13】
【0074】
【表14】
【0075】
表13及び14に示される結果から明らかな通り、加熱工程における加熱温度は50〜200℃(サンプル4−1〜サンプル4−5)が好ましいことが確認された。
中でも、加熱温度80〜200℃(サンプル4−2〜サンプル4−5)が好ましく、加熱温度130〜180℃(サンプル4−3及びサンプル4−4)がより好ましかった。
【0076】
[実施例5]動植物油脂の種類についての検討
(サンプル5−1〜サンプル5−9の調製)
下記表15に示す動植物油脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該動植物油脂を50℃で1時間加熱した後、同溶存酸素供給速度で空気を供給しながら、130℃で7時間加熱して、サンプル5−1〜サンプル5−9を調製した。各動植物油脂への空気の供給は、空気を、動植物油脂100gあたり1L/minの流量で、株式会社クライミング製のガス洗浄瓶用棒フィルター(孔径:40〜50μm)に通して微小気泡とし、動植物油脂中を通過させることにより行った。
【0077】
【表15】
【0078】
サンプル5−1〜サンプル5−7は、順化工程前(即ち、動植物油脂に溶存酸素供給速度1.0mg/L/minで空気を供給しながら、該動植物油脂を50℃で1時間加熱する前)に溶存酸素濃度の測定を行った。測定には、株式会社オートマチックシステムリサーチ製の蛍光式酸素計Model.FOM-1000を使用した。結果を表16に示す。
【0079】
【表16】
【0080】
サンプル5−1〜サンプル5−9の1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定、並びに官能評価を行った。1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量の測定結果を下記表17に、官能評価の結果を下記表18に示す。
【0081】
【表17】
【0082】
【表18】
【0083】
表17及び18に示される結果から明らかな通り、いずれの動植物油脂を用いた場合も、得られた飲食品用素材は、1−オクテン−3−オル、オクタン酸及びデカン酸の含有量が多く、また官能評価も良好であった。
また、表16に示される通り、順化工程前の溶存酸素濃度は、最も高くて6.12mg/Lであった。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明によれば、芳醇でバラエティに富んだ香気及び/又は風味を飲食品に付与することができる飲食品用素材の、簡便な製造方法を提供し得る。
【0085】
本出願は、日本で出願された特願2012-076219を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。