【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献3〜5に記載された各技術では、溶接脚長(または溶着幅)を16mm以下に制限する必要があり、そのため、隅肉溶接部の強度確保の観点から、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであった。
また、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)の板厚が80mm未満の場合であっても、実施工における溶接脚長のバラツキを考慮すると、隅肉溶接部の強度を確保するために所望の溶接脚長を確保することと、脆性亀裂阻止性能を確保するために溶接脚長を16mm以下に制限することとを両立させることは、施工管理上、多大な労力を要する。また、手直し等の追加費用を必要とする場合があり、これらの点に課題を残していた。
【0018】
さらに、最近では、大型コンテナ船では部材の極厚化がさらに進み、100mm以上の板厚の鋼材も使用されるようになりつつある。
しかし、上記したように、特許文献3〜5に記載された各技術では、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであり、80mmを超える部材厚を有する溶接構造物には、適用できない。
【0019】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、溶接脚長および溶着幅が16mmを超えても、被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、停止(阻止)できる、脆性亀裂伝播停止特性に優れた溶接構造体を提供することを目的とする。
なお、本発明が対象とする溶接構造体は、接合部材(ウェブ)の端面を被接合部材(フランジ)の表面に突合わせ、これらを隅肉溶接により接合してなる隅肉溶接継手を備える溶接構造体である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、溶接脚長(および溶着幅)が16mmを超える隅肉溶接継手を有する溶接構造物の脆性亀裂伝播停止特性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。
その結果、溶接脚長が16mmを超える場合に、被接合部材(フランジ)から発生した脆性亀裂の伝播を阻止(停止)するためには、被接合部材(フランジ)と接合部材(ウェブ)との突合せ面に不連続部を確保し、脆性亀裂の伝播部を所定値以上の脆性亀裂伝播停止特性Kcaを有する脆性亀裂伝播停止特性に優れた部材で構成しただけでは十分でないことに思い至った。
【0021】
そしてとくに、被接合部材(フランジ)の板厚tf(mm)が大きくなると、脆性亀裂先端のエネルギー解放率(亀裂進展駆動力)が増加し、脆性亀裂が停止しにくくなることから、被接合部材(フランジ)の板厚tf(mm)に応じた、隅肉溶接部、特に隅肉溶接金属の靭性向上が必須となることに想到した。
また、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅が20mm以上とさらに長くなると、脆性亀裂の伝播がさらに容易となるため、溶接脚長および溶着幅に合わせて隅肉溶接金属の靭性を向上させることが必要であることを知見した。
【0022】
そしてさらに、隅肉溶接継手において、被接合部材の表面と接合部材と端面とを突合せる面に未溶着部、すなわち不連続部を確保し、さらに、隅肉溶接金属の靭性を、溶接脚長(mm)、溶着幅(mm)、および被接合部材の板厚tf(mm)との関係で、適正に制御することにより、はじめて、従来の技術では困難であった、板厚80mmを超える被接合部材で発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を、隅肉溶接金属で阻止(停止)できることを見出した。
【0023】
すなわち、上記したような未溶着部の設定や、隅肉溶接金属の靭性を、溶接脚長(mm)、溶着幅(mm)、および被接合部材の板厚tf(mm)との関係で、適正に制御することにより、接合部材(ウェブ)に使用する厚鋼板について、特別に脆性亀裂伝播停止特性を考慮することなく、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を阻止することができることを知見した。
【0024】
さらに、被接合部材が母材ではなく突合せ溶接継手である場合や、接合部材が突合せ溶接継手である場合においても、上記した構成により、同様に、被接合部材で発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を隅肉溶接金属で阻止できることを見出した。
【0025】
まず、本発明を導き出すに至った実験結果について説明する。
【0026】
種々の板厚を有する降伏強度355〜390N/mm
2級鋼板を用いて、種々の未溶着部比率Y(%)(=(隅肉溶接継手断面における未溶着部の幅B)/(接合部材の板厚tw)×100)の未溶着部と、種々の低温靭性および溶接脚長を有する、大型隅肉溶接継手を作製した。なお、溶接脚長および溶着幅はいずれも16mm超えとなるように調整した。
【0027】
また、被接合部材(フランジ)には、突合せ溶接継手部を有する板厚:50mm以上の鋼板を用いた。また、接合部材(ウェブ)には、脆性亀裂伝播停止靭性Kcaに何ら配慮していない通常の造船D〜E級鋼を用いた。
【0028】
なお、突合せ溶接継手は、1パスの大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARCまたは2電極SEGARC)または多層盛炭酸ガスアーク溶接(多層CO
2)で作製した。
【0029】
得られた大型隅肉溶接継手を用いて、
図4(b)に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。なお、超大型構造モデル試験体は、大型隅肉溶接継手9の被接合部材(フランジ)2の下方に仮付け溶接8で、フランジ2と同じ板厚の鋼板を溶接した。
なお、
図4(b)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材(フランジ)2の突合せ溶接継手部11を接合部材(ウェブ)1と直交するように作製し、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部11のBOND部となるように加工した。
【0030】
また、脆性亀裂伝播停止試験は、機械ノッチに打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、隅肉溶接部で停止するか否かを調査した。いずれの試験も、応力243〜257N/mm
2、温度:−10℃の条件で実施した。なお、応力:243〜257N/mm
2は、船体に適用されている降伏強度355〜390N/mm
2級鋼板の最大許容応力相当の値である。また、温度:−10℃は船舶の設計温度である。
【0031】
得られた結果を、
図5および6に示す。
【0032】
図5は、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLが17mmである場合に、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と被接合部材の板厚tfとの関係が、超大型構造モデル試験体における脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す。また、
図6は、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ被接合部材(フランジ)の板厚tfが75mmである場合に、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとの関係が、超大型構造モデル試験体における脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す。
【0033】
図5および
図6に示す実験結果から、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ隅肉溶接部の靭性、つまり隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材(フランジ)の板厚tfと、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとが、特定の関係を満足する場合には、負荷応力が243〜257N/mm
2の場合でも、接合部材(ウェブ)のKcaに何ら配慮を加えずに、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂は隅肉溶接金属部で停止でき、脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を阻止(停止)できることがわかる。
なお、未溶着部比率Yは、隅肉溶接継手断面における未溶着部の幅Bと接合部材(ウェブ)板厚twの比、(B/tw)×100(%)で定義される値である。
【0034】
上記の実験結果から、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材(フランジ)の板厚tfと、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLに関し、以下の関係を得たのである。
L<20の場合、vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
L≧20の場合、vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75)‥‥(1b)
(ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、tf:被接合部材の板厚(mm)、L:溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm))
【0035】
本発明は、かかる知見に基づいて、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わされており、また前記接合部材と前記被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体であって、
前記隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えであり、
前記隅肉溶接継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突合わせた面に、前記隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、
さらに、前記隅肉溶接継手の隅肉溶接金属について、
前記溶接脚長および前記溶着幅のうちの小さい方の値をLとするとき、Lが20mm未満である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfとが下記(1a)式の関係を満足し、
Lが20mm以上である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfと、Lとが下記(1b)式の関係を満足する、溶接構造体。
記
vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75) ‥‥(1b)
ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
tf:被接合部材の板厚(mm)、
L :溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm)
(2)前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように、突合せ溶接継手部を有している、(1)に記載の溶接構造体。
(3)前記接合部材が突合せ溶接継手部を有しており、前記接合部材が、前記接合部材の突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、配設されている、(2)に記載の溶接構造体。