特許第6509235号(P6509235)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6509235
(24)【登録日】2019年4月12日
(45)【発行日】2019年5月8日
(54)【発明の名称】溶接構造体
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/02 20060101AFI20190422BHJP
【FI】
   B23K9/02 S
   B23K9/02 D
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-546103(P2016-546103)
(86)(22)【出願日】2016年3月10日
(86)【国際出願番号】JP2016001359
(87)【国際公開番号】WO2016143354
(87)【国際公開日】20160915
【審査請求日】2016年7月12日
【審判番号】不服2017-15545(P2017-15545/J1)
【審判請求日】2017年10月19日
(31)【優先権主張番号】特願2015-49329(P2015-49329)
(32)【優先日】2015年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】502116922
【氏名又は名称】ジャパンマリンユナイテッド株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
(72)【発明者】
【氏名】伊木 聡
(72)【発明者】
【氏名】大井 健次
(72)【発明者】
【氏名】豊田 昌信
(72)【発明者】
【氏名】木治 昇
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 盛太
【合議体】
【審判長】 西村 泰英
【審判官】 中川 隆司
【審判官】 平岩 正一
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5408396(JP,B1)
【文献】 特許第5395985(JP,B2)
【文献】 特許第5365761(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合部材の端面が板厚60mm以上の被接合部材の表面に突合わされており、また前記接合部材と前記被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体であって、
前記隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えであり、
前記隅肉溶接継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突合わせた面に、前記隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、
さらに、前記隅肉溶接継手の隅肉溶接金属について、
前記溶接脚長および前記溶着幅のうちの小さい方の値をLとするとき、Lが20mm未満である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfとが下記(1a)式の関係を満足し、
Lが20mm以上である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfと、Lとが下記(1b)式の関係を満足する、溶接構造体。

vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75) ‥‥(1b)
ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
tf:被接合部材の板厚(mm)、
L :溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm)
【請求項2】
前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように、突合せ溶接継手部を有している、請求項1に記載の溶接構造体。
【請求項3】
前記接合部材が突合せ溶接継手部を有しており、前記接合部材が、前記接合部材の突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、配設されている、請求項2に記載の溶接構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの、厚鋼板を用いて溶接施工された溶接鋼構造物(溶接構造体)に関する。とくに、本発明は、厚鋼板の母材または溶接継手部から発生した脆性亀裂の伝播を、構造物の大規模破壊に至る前に停止させることができる、脆性亀裂伝播停止特性に優れる溶接構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナ船やバルクキャリアーは、積載能力の向上や荷役効率の向上等のため、例えば、タンカー等とは異なり、船上部の開口部を大きくとった構造を有している。そのため、コンテナ船やバルクキャリアーでは、特に船体外板を、高強度化または厚肉化する必要がある。
【0003】
また、コンテナ船は、近年、大型化し、6,000〜20,000 TEUといった大型船が建造されるようになってきている。TEU(Twenty feet Equivalent Unit)は、長さ20フィートのコンテナに換算した個数を表し、コンテナ船の積載能力の指標を示す。このような船の大型化に伴い、船体外板は、板厚:50mm以上で、降伏強さ:390N/mm級以上の厚鋼板が使用される傾向となっている。
【0004】
船体外板となる鋼板は、近年、施工期間の短縮という観点から、例えばエレクトロガスアーク溶接等の大入熱溶接により突合せ溶接されることが多い。かような大入熱溶接は、溶接熱影響部での大幅な靭性低下に繋がりやすく、溶接継手部からの脆性亀裂発生の一つの原因となっていた。
【0005】
一方、船体構造においては、従来から安全性という観点から、万一、脆性破壊が発生した場合でも、脆性亀裂の伝播を大規模破壊に至る前に停止させ、船体分離を防止することが必要であると考えられている。
【0006】
このような考え方を受けて、非特許文献1に、板厚50mm未満の造船用鋼板における溶接部の脆性亀裂伝播挙動についての実験的な検討結果が報告されている。
【0007】
非特許文献1では、溶接部で強制的に発生させた脆性亀裂の伝播経路、および伝播挙動が実験的に調査されている。ここには、溶接部の破壊靱性がある程度確保されていれば、溶接残留応力の影響により脆性亀裂は溶接部から母材側に逸れてしまうことが多いという結果が記載されているが、溶接部に沿って脆性亀裂が伝播した例も複数例確認されている。このことは、脆性破壊が溶接部に沿って直進伝播する可能性が無いとは言い切れないことを示唆していることになる。
【0008】
しかしながら、非特許文献1で適用した溶接と同等の溶接を板厚50mm未満の鋼板に適用して建造された船舶が何ら問題なく就航しているという多くの実績があることに加え、靱性が良好な鋼板母材(造船E級鋼など)は脆性亀裂を停止する能力を十分に保持しているとの認識から、造船用鋼材の溶接部の脆性亀裂伝播停止特性は、船級規則等にはとくに要求されてこなかった。
【0009】
ところで、近年の6,000 TEUを超える大型コンテナ船では、使用する鋼板の板厚は50mmを超え、板厚増大による破壊靱性の低下に加え、溶接入熱がより大きな大入熱溶接が採用され、溶接部の破壊靭性が一層低下する傾向にある。このような厚肉大入熱溶接継手では、溶接部から発生した脆性亀裂が、母材側に反れずに直進し、また骨材等の鋼板母材部でも停止しない可能性があることが示されている(例えば非特許文献2)。
このため、板厚50mm以上の厚肉高強度鋼板を適用した船体構造の安全性確保が、大きな問題となっている。また、非特許文献2には、とくに発生した脆性亀裂の伝播停止のために、特別な脆性亀裂伝播停止特性を有する厚鋼板を必要とするとの指摘もある。
【0010】
このような問題に対し、例えば特許文献1には、好ましくは板厚50mm以上の船殻外板である溶接構造体において、突合せ溶接部に交差するように骨材を配置し、隅肉溶接で接合した溶接構造体が記載されている。
特許文献1に記載された技術では、骨材を、表層部および裏層部で3mm以上の厚みにわたり0.5〜5μmの平均円相当粒径を有しさらに板厚面に平行な面で(100)結晶面のX線面強度比が1.5以上である、ミクロ組織を有する鋼板を用いるとしている。そしてこのようなミクロ組織を有する鋼板を補強材として隅肉溶接した構造とすることにより、突合せ溶接継手部に脆性亀裂が発生しても、補強材である骨材で脆性破壊を停止でき、溶接構造体が破壊するような致命的な損傷を防止できるとしている。
しかしながら、特許文献1に記載された技術で使用する、補強材である骨材は、所望の組織を形成させた鋼板とするために複雑な工程を必要とし、その結果、生産性が低下し、安定して所望の組織を有する鋼板を確保することが難しいという問題があった。
【0011】
また、特許文献2には、接合部材(以下、ウェブともいう)を被接合部材(以下、フランジともいう)に隅肉溶接してなる隅肉溶接継手を備える、脆性亀裂伝播停止特性に優れた溶接構造体が記載されている。
特許文献2に記載された溶接構造体では、隅肉溶接継手断面におけるウェブの、フランジとの突合せ面に未溶着部を残存させ、その未溶着部の幅と、隅肉溶接部の左右の脚長とウェブ板厚との和との比、Xが、被接合部材(フランジ)の脆性亀裂伝播停止性能Kcaと特別な関係式を満足するように、未溶着部の幅を調整する。これにより、被接合部材(フランジ)を板厚:50mm以上の厚物材としても、接合部材(ウェブ)で発生した脆性亀裂の伝播を、隅肉溶接部のウェブとフランジの突合せ面で停止させ、被接合部材(フランジ)への脆性亀裂の伝播を阻止することができるとしている。
しかしながら、特許文献2に記載された技術では、接合部材(ウェブ)の脆性亀裂伝播停止特性等が不十分であるため、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂を接合部材(ウェブ)で伝播停止させるにたる十分な技術であるとは言えない。なお、特許文献2には、接合部材(ウェブ)の脆性亀裂伝播停止特性については何の配慮もなされていない。
【0012】
このような問題に対し、例えば、特許文献3には、
「接合部材の端面を板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わせ、前記接合部材と前記被接合部材とを隅肉溶接により接合してなる溶接脚長もしくは溶着幅の少なくとも一方が16mm以下の隅肉溶接継手を備えた溶接構造体であって、隅肉溶接継手における接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に、隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、さらに隅肉溶接継手における隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsが、被接合部材の板厚tfとの関係で、vTrs≦−1.5tf+70を、および/または、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験の試験温度:−20℃における吸収エネルギーvE−20(J)が、被接合部材の板厚tfとの関係で、vE−20≧2.75tf−105を、満足する隅肉溶接金属を有する溶接構造体」
が記載されている。
このような溶接構造体であれば、被接合部材で発生した脆性亀裂を隅肉溶接金属で伝播阻止することができるとしている。
【0013】
また、特許文献4には、
「接合部材の端面を板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わせ、前記接合部材と前記被接合部材とを隅肉溶接により接合してなる溶接脚長もしくは溶着幅の少なくとも一方が16mm以下の隅肉溶接継手を備えた溶接構造体であって、隅肉溶接継手における接合部材の端面と被接合部材の表面とを突合わせた面に、隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、さらに隅肉溶接継手における隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsが、被接合部材の板厚tfとの関係で、vTrs≦−1.5tf+90を、および/または、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験の試験温度:−20℃における吸収エネルギーvE−20(J)が、被接合部材の板厚tfとの関係で、50≦tf≦53の場合には、vE−20≧5.75、tf>53の場合には、vE−20≧2.75tf−140を、満足する隅肉溶接金属を有し、加えて接合部材を、脆性亀裂伝播停止靭性Kcaが供用温度で2500N/mm2/3以上である鋼板で構成する、溶接構造体」
が記載されている。
このような溶接構造体とすることにより、被接合部材で発生した脆性亀裂は、隅肉溶接部または接合部材の母材で停止できるとしている。
【0014】
また、特許文献5には、
「接合部材の端面を板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わせ、前記接合部材と前記被接合部材とを隅肉溶接により接合してなる溶接脚長もしくは溶着幅の少なくとも一方が16mm以下の隅肉溶接継手を備えた溶接構造体であって、接合部材および被接合部材をともに突合せ溶接継手部を有する部材とし、突合せ溶接継手部の溶接金属が、vTrsで−65℃以下、および/または、vE−20で140J以上の靭性を有し、隅肉溶接継手における接合部材の突合せ溶接継手部の溶接部端面を、被接合部材の突合せ溶接継手部の溶接部表面に突合わせ、突合わせた面に、隅肉溶接継手の突合せ溶接継手断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、さらに隅肉溶接継手における隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrsが、被接合部材の板厚tfとの関係で、vTrs≦−1.5tf+90を、および/または、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験の試験温度:−20℃における吸収エネルギーvE−20(J)が、被接合部材の板厚tfとの関係で、50≦tf≦53の場合には、vE−20≧5.75、tf>53の場合には、vE−20≧2.75tf−140を、満足する隅肉溶接金属を有する、溶接構造体」
が記載されている。
このような溶接構造体とすることにより、被接合部材で発生した脆性亀裂は、隅肉溶接部または接合部材の母材で停止できるとしている。また、このような溶接構造体とすることにより、被接合部材溶接部から発生した脆性亀裂、または接合部材溶接部から発生した脆性亀裂を、隅肉溶接部、接合部材の溶接部または被接合部材の溶接部で伝播阻止することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2004−232052号公報
【特許文献2】特開2007−326147号公報
【特許文献3】特許第5395985号公報
【特許文献4】特許第5365761号公報
【特許文献5】特許第5408396号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】日本造船研究協会第147研究部会:「船体用高張力鋼板大入熱継手の脆性破壊強度評価に関する研究」、第87号(1978年2月)、p.35〜53、日本造船研究協会
【非特許文献2】山口欣弥ら:「超大型コンテナ船の開発―新しい高強度極厚鋼板の実用―」、日本船舶海洋工学会誌、第3号(2005)、p.70〜76、平成17年11月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献3〜5に記載された各技術では、溶接脚長(または溶着幅)を16mm以下に制限する必要があり、そのため、隅肉溶接部の強度確保の観点から、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであった。
また、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)の板厚が80mm未満の場合であっても、実施工における溶接脚長のバラツキを考慮すると、隅肉溶接部の強度を確保するために所望の溶接脚長を確保することと、脆性亀裂阻止性能を確保するために溶接脚長を16mm以下に制限することとを両立させることは、施工管理上、多大な労力を要する。また、手直し等の追加費用を必要とする場合があり、これらの点に課題を残していた。
【0018】
さらに、最近では、大型コンテナ船では部材の極厚化がさらに進み、100mm以上の板厚の鋼材も使用されるようになりつつある。
しかし、上記したように、特許文献3〜5に記載された各技術では、接合部材(ウェブ)および被接合部材(フランジ)に適用できる板厚は最大でも80mmであり、80mmを超える部材厚を有する溶接構造物には、適用できない。
【0019】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、溶接脚長および溶着幅が16mmを超えても、被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、停止(阻止)できる、脆性亀裂伝播停止特性に優れた溶接構造体を提供することを目的とする。
なお、本発明が対象とする溶接構造体は、接合部材(ウェブ)の端面を被接合部材(フランジ)の表面に突合わせ、これらを隅肉溶接により接合してなる隅肉溶接継手を備える溶接構造体である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、溶接脚長(および溶着幅)が16mmを超える隅肉溶接継手を有する溶接構造物の脆性亀裂伝播停止特性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。
その結果、溶接脚長が16mmを超える場合に、被接合部材(フランジ)から発生した脆性亀裂の伝播を阻止(停止)するためには、被接合部材(フランジ)と接合部材(ウェブ)との突合せ面に不連続部を確保し、脆性亀裂の伝播部を所定値以上の脆性亀裂伝播停止特性Kcaを有する脆性亀裂伝播停止特性に優れた部材で構成しただけでは十分でないことに思い至った。
【0021】
そしてとくに、被接合部材(フランジ)の板厚tf(mm)が大きくなると、脆性亀裂先端のエネルギー解放率(亀裂進展駆動力)が増加し、脆性亀裂が停止しにくくなることから、被接合部材(フランジ)の板厚tf(mm)に応じた、隅肉溶接部、特に隅肉溶接金属の靭性向上が必須となることに想到した。
また、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅が20mm以上とさらに長くなると、脆性亀裂の伝播がさらに容易となるため、溶接脚長および溶着幅に合わせて隅肉溶接金属の靭性を向上させることが必要であることを知見した。
【0022】
そしてさらに、隅肉溶接継手において、被接合部材の表面と接合部材と端面とを突合せる面に未溶着部、すなわち不連続部を確保し、さらに、隅肉溶接金属の靭性を、溶接脚長(mm)、溶着幅(mm)、および被接合部材の板厚tf(mm)との関係で、適正に制御することにより、はじめて、従来の技術では困難であった、板厚80mmを超える被接合部材で発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を、隅肉溶接金属で阻止(停止)できることを見出した。
【0023】
すなわち、上記したような未溶着部の設定や、隅肉溶接金属の靭性を、溶接脚長(mm)、溶着幅(mm)、および被接合部材の板厚tf(mm)との関係で、適正に制御することにより、接合部材(ウェブ)に使用する厚鋼板について、特別に脆性亀裂伝播停止特性を考慮することなく、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を阻止することができることを知見した。
【0024】
さらに、被接合部材が母材ではなく突合せ溶接継手である場合や、接合部材が突合せ溶接継手である場合においても、上記した構成により、同様に、被接合部材で発生した脆性亀裂の接合部材への伝播を隅肉溶接金属で阻止できることを見出した。
【0025】
まず、本発明を導き出すに至った実験結果について説明する。
【0026】
種々の板厚を有する降伏強度355〜390N/mm級鋼板を用いて、種々の未溶着部比率Y(%)(=(隅肉溶接継手断面における未溶着部の幅B)/(接合部材の板厚tw)×100)の未溶着部と、種々の低温靭性および溶接脚長を有する、大型隅肉溶接継手を作製した。なお、溶接脚長および溶着幅はいずれも16mm超えとなるように調整した。
【0027】
また、被接合部材(フランジ)には、突合せ溶接継手部を有する板厚:50mm以上の鋼板を用いた。また、接合部材(ウェブ)には、脆性亀裂伝播停止靭性Kcaに何ら配慮していない通常の造船D〜E級鋼を用いた。
【0028】
なお、突合せ溶接継手は、1パスの大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARCまたは2電極SEGARC)または多層盛炭酸ガスアーク溶接(多層CO)で作製した。
【0029】
得られた大型隅肉溶接継手を用いて、図4(b)に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。なお、超大型構造モデル試験体は、大型隅肉溶接継手9の被接合部材(フランジ)2の下方に仮付け溶接8で、フランジ2と同じ板厚の鋼板を溶接した。
なお、図4(b)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材(フランジ)2の突合せ溶接継手部11を接合部材(ウェブ)1と直交するように作製し、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部11のBOND部となるように加工した。
【0030】
また、脆性亀裂伝播停止試験は、機械ノッチに打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、隅肉溶接部で停止するか否かを調査した。いずれの試験も、応力243〜257N/mm、温度:−10℃の条件で実施した。なお、応力:243〜257N/mmは、船体に適用されている降伏強度355〜390N/mm級鋼板の最大許容応力相当の値である。また、温度:−10℃は船舶の設計温度である。
【0031】
得られた結果を、図5および6に示す。
【0032】
図5は、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLが17mmである場合に、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と被接合部材の板厚tfとの関係が、超大型構造モデル試験体における脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す。また、図6は、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ被接合部材(フランジ)の板厚tfが75mmである場合に、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとの関係が、超大型構造モデル試験体における脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す。
【0033】
図5および図6に示す実験結果から、未溶着部比率Yが95%以上で、かつ隅肉溶接部の靭性、つまり隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材(フランジ)の板厚tfと、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとが、特定の関係を満足する場合には、負荷応力が243〜257N/mmの場合でも、接合部材(ウェブ)のKcaに何ら配慮を加えずに、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂は隅肉溶接金属部で停止でき、脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を阻止(停止)できることがわかる。
なお、未溶着部比率Yは、隅肉溶接継手断面における未溶着部の幅Bと接合部材(ウェブ)板厚twの比、(B/tw)×100(%)で定義される値である。
【0034】
上記の実験結果から、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材(フランジ)の板厚tfと、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLに関し、以下の関係を得たのである。
L<20の場合、vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
L≧20の場合、vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75)‥‥(1b)
(ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、tf:被接合部材の板厚(mm)、L:溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm))
【0035】
本発明は、かかる知見に基づいて、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)接合部材の端面が板厚50mm以上の被接合部材の表面に突合わされており、また前記接合部材と前記被接合部材とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体であって、
前記隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えであり、
前記隅肉溶接継手における前記接合部材の端面と前記被接合部材の表面とを突合わせた面に、前記隅肉溶接継手の断面で該接合部材の板厚twの95%以上の未溶着部を有し、
さらに、前記隅肉溶接継手の隅肉溶接金属について、
前記溶接脚長および前記溶着幅のうちの小さい方の値をLとするとき、Lが20mm未満である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfとが下記(1a)式の関係を満足し、
Lが20mm以上である場合には、前記隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、前記被接合部材の板厚tfと、Lとが下記(1b)式の関係を満足する、溶接構造体。

vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75) ‥‥(1b)
ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
tf:被接合部材の板厚(mm)、
L :溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm)
(2)前記被接合部材が、前記接合部材と交差するように、突合せ溶接継手部を有している、(1)に記載の溶接構造体。
(3)前記接合部材が突合せ溶接継手部を有しており、前記接合部材が、前記接合部材の突合せ溶接継手部と前記被接合部材の突合せ溶接継手部とが交差するように、配設されている、(2)に記載の溶接構造体。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、従来困難であった板厚50mm以上、特には60mm以上、さらには板厚80mmを超える厚鋼板を母材とする被接合部材(フランジ)に発生した脆性亀裂の接合部材(ウェブ)への伝播を、大規模破壊に至る前に、停止(阻止)することが可能となる。このため、本発明によれば、鋼構造物、とくに、大型コンテナ船やバルクキャリアーなどの船体分離などの大規模な脆性破壊の危険性を回避でき、船体構造の安全性を確保するうえで大きな効果をもたらし、産業上格段の効果を奏する。
【0037】
また、施工時に、未溶着部の寸法および隅肉溶接金属の靭性を調整することにより、特殊な鋼板を使用することなく、安全性を損ねることなしに、容易に、脆性亀裂伝播停止特性に優れた溶接構造体を製造できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】隅肉溶接継手の断面構成の一例を模式的に説明する説明図である。(a)は接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2が直交している場合、(b)は接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2が斜めに交差している場合、(c)は接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間に隙間14がある場合、(d)は接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間に隙間14があり、且つその隙間14にスペーサー15が挿入されている場合、を示すものである。
図2】隅肉溶接継手の構成の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。
図3】隅肉溶接継手の構成の他の一例を模式的に示す説明図である。(a)は外観図、(b)は断面図である。
図4】超大型構造モデル試験体の形状を模式的に示す説明図である。(a)は接合部材(ウェブ)1および被接合部材(フランジ)2が鋼板母材のみからなる場合、(b)は接合部材(ウェブ)1が鋼板母材のみからなり、被接合部材(フランジ)2が突合せ溶接継手部11を有する場合、(c)は接合部材(ウェブ)1が突合せ溶接継手部12を有し、被接合部材(フランジ)2が突合せ溶接継手部11を有する場合である。
図5】隅肉溶接金属の靭性とフランジ板厚との関係が、脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す図である。
図6】隅肉溶接金属の靭性と、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとの関係が、脆性亀裂の伝播停止に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
本発明の溶接構造体は、接合部材(ウェブ)1の端面が板厚50mm以上の被接合部材(フランジ)2の表面に突合わされており、また接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2とを接合する隅肉溶接継手を備える溶接構造体である。また、隅肉溶接継手は隅肉溶接金属5を有し、溶接脚長3および溶着幅13は16mm超えとする。さらに、隅肉溶接継手の接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との突合わせ面には、構造不連続部となる、未溶着部4を存在させる。
【0040】
この状態を継手断面で図1に示す。なお、図1(a)は、接合部材(ウェブ)1を被接合部材(フランジ)2に対して直立して取り付けた場合を示すが、本発明ではこれに限定されることはない。例えば、図1(b)に示すように、接合部材(ウェブ)1を被接合部材(フランジ)2に対して角度θだけ傾けて取り付けてもよい。この場合、未溶着部の比率Y(%)を求める際に使用する接合部材(ウェブ)板厚twは、接合部材(ウェブ)と被接合部材(フランジ)との交差部の長さ、(tw)/cos(90°−θ)、を使用するものとする。また、図1(c)に示すように、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2の間に隙間14を設けてもよい。さらに、図1(d)に示すように、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間に隙間14を設け、さらにその隙間14にスペーサー15を挿入してもよい。
【0041】
なお、図1(c)および図1(d)のように接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間に隙間14を設ける場合には、溶着幅13は、接合部材(ウェブ)1側が所定の条件を満足していれば良い。また、図1(d)の場合、隅肉溶接金属5はスペーサー15に溶け込んでいても良い。
【0042】
本発明の溶接構造体は、上記したように、隅肉溶接継手における接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との突合わせ面で、構造が不連続となる、未溶着部4を有する。隅肉溶接継手において、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との突合わせ面は、脆性亀裂の伝播面となるので、突合せ面に未溶着部4を存在させる。未溶着部4が存在することにより、被接合部材(フランジ)2を伝播してきた脆性亀裂先端のエネルギー解放率(亀裂進展駆動力)が低下し、突合せ面において、脆性亀裂は停止しやすくなる。なお、たとえ、被接合部材(フランジ)2から隅肉溶接金属5に脆性亀裂が伝播したとしても、隅肉溶接金属5は、被接合部材(フランジ)の板厚tfや溶接脚長、溶着幅に応じた適切な靭性を有しているため、脆性亀裂は、接合部材(ウェブ)1には伝播せず、隅肉溶接金属5で停止することになる。
【0043】
なお、脆性亀裂は、欠陥の少ない鋼板母材部で発生することは極めて稀である。過去の脆性破壊事故の多くは、溶接部で発生している。そのため、例えば、図2(a)、(b)や図3(a)、(b)に示すような隅肉溶接継手では、突合せ溶接継手部11から発生する脆性亀裂の接合部材(ウェブ)1への伝播を阻止するために、まず、構造の不連続を存在させる、すなわち隅肉溶接継手における被接合部材と接合部材との突合せ面に未溶着部4を存在させることが重要となる。
ここで、図2(a)は、被接合部材(フランジ)2を突合せ溶接継手11で接合された鋼板とし、接合部材(ウェブ)1をその突合せ溶接継手の溶接部(突合せ溶接継手部)11と交差するように隅肉溶接した隅肉溶接継手の外観図であり、(b)は断面図である。
また、図3(a)は、接合部材(ウェブ)1を、突合せ溶接継手部12を有する鋼板とし、被接合部材(フランジ)2を、突合せ溶接継手部11を有する鋼板とし、被接合部材(フランジ)2の突合せ溶接継手部11と接合部材(ウェブ)1の突合せ溶接継手部12とが交差するように隅肉溶接した隅肉溶接継手の外観図であり、(b)は断面図である。
【0044】
なお、図2(a)、(b)、図3(a)、(b)では、突合せ溶接継手部11とウェブ1とが直交する場合を示したが、本発明ではこれに限定されない。斜めに交差させてもよいことは言うまでもない。また、隅肉溶接継手の製造方法はとくに限定する必要はなく、常用の製造方法がいずれも適用できる。例えば、フランジ用鋼板同士、ウェブ用鋼板同士を突合せ溶接し、得られた突合せ溶接継手を隅肉溶接して隅肉溶接継手を製造してもよい。また、突合せ溶接前の一組のウェブ用鋼板をフランジに仮付溶接しついでウェブ用鋼板同士を突合せ溶接し、得られた突合せ溶接継手をフランジに本溶接(隅肉溶接)して隅肉溶接継手を製造してもよい。
【0045】
本発明の溶接構造体では、隅肉溶接継手断面における未溶着部4の寸法16(未溶着部の幅B)は、脆性亀裂の伝播抑制のため、ウェブ板厚twの95%以上とする。未溶着部4の寸法(未溶着部の幅B)が、接合部材(ウェブ)板厚twの95%未満では、隅肉溶接金属における塑性変形が抑制され、隅肉溶接金属に突入した脆性亀裂の亀裂先端近傍が高応力となり、接合部材(ウェブ)1側に侵入した脆性亀裂を停止(阻止)することができない。このため、未溶着部4の寸法16(未溶着部の幅B)は、脆性亀裂の伝播抑制のため、接合部材(ウェブ)板厚twの95%以上とする。なお、好ましくは96%以上100%以下である。
【0046】
また、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えとする。隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅が16mm以下では、脆性亀裂の伝播阻止性能を確保するには有利であるが、部材板厚が80mmを超える場合には、隅肉溶接部の強度確保が困難となる。また、部材板厚80mm以下の場合であっても、実施工における手直し等のリスクが高くなる。このため、隅肉溶接継手の溶接脚長および溶着幅は16mm超えとする。溶接脚長および溶着幅の上限は特に限定されるものではないが、施工能率とアレスト性能確保の観点から、通常40mm迄である。
【0047】
そして、本発明の溶接構造体では、隅肉溶接継手における隅肉溶接金属について、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値をLとするとき、Lが20mm未満である場合には、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材の板厚tfとが下記(1a)式の関係を満足し、Lが20mm以上である場合には、隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度vTrs(℃)と、被接合部材の板厚tfと、Lとが下記(1b)式の関係を満足する、ことが重要である。

vTrs ≦ −35−1.5(tf−75) ‥‥(1a)
vTrs ≦ −5L+65−1.5(tf−75) ‥‥(1b)
ここで、vTrs:隅肉溶接金属のシャルピー衝撃試験破面遷移温度(℃)、
tf:被接合部材の板厚(mm)、
L :溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値(mm)
【0048】
隅肉溶接金属が、被接合部材(フランジ)2の板厚tf、さらには溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLと関連して、上記した(1a)式または(1b)式を満足する低温靭性を有することにより、図5および図6に示すように、被接合部材(フランジ)2の板厚が50mm以上の溶接構造体を、所望の脆性亀裂伝播阻止性能を有する溶接構造体とすることができる。なお、溶接脚長および溶着幅は16mm超えであるため、被接合部材(フランジ)2の板厚が50mm以上はもちろん、60mm以上さらには80mmを超える溶接構造体へも適用可能である。溶接脚長および溶着幅の上限は特に限定されないが、通常40mm迄である。なお、被接合部材(フランジ)2の板厚の上限は特に限定されないが、通常120mm迄である。隅肉溶接金属の低温靭性が、上記した(1a)式または(1b)式を満足しない場合には、隅肉溶接金属の低温靭性が不足して、被接合部材(フランジ)で発生し伝播してきた脆性亀裂を隅肉溶接金属部で伝播阻止することができなくなる。また、溶接脚長が40mmを超えると、また被接合部材(フランジ)2の板厚が120mmを超えると、施工能率とアレスト性能確保の両立が難しくなる。
【0049】
このように、隅肉溶接金属が、被接合部材(フランジ)の板厚tf、さらには溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるLとの関係で、上記した条件を満足する低温靭性を有する、溶接構造体であれば、被接合部材(フランジ)で発生した脆性亀裂を隅肉溶接金属で伝播阻止することができる。
なお、vTrsの下限は特に限定されるものではないが、船舶用の汎用溶接材料を適用する場合には、通常-130℃である。なお、vTrsを-130℃よりも低くするには低温タンク用溶材など特殊な(高価な)溶接材料の適用が必要となる。
また、Lは、溶接脚長および溶着幅のうちの小さい方の値であるので、限定されるものではないが、通常、16mm超え、40mm以下である。
さらに、接合部材(ウェブ)1の板厚については特に限定されるものではないが、通常50〜120mmである。接合部材の板厚が50mm未満では、本発明を適用するまでもなく、通常のE級鋼を接合部材(ウェブ)と被接合部材(フランジ)に適用すれば脆性亀裂の伝播阻止が可能である。一方、IACS UR(国際船級規則)に規定される主船体構造用アレスト鋼板の板厚は最大でも100mmであるので、接合部材の板厚が120mmを超えることは考えにくい。
【0050】
また、上記の溶接構造体は、上記した隅肉溶接継手を備えるものであり、例えば、船舶の船体外板をフランジとし、隔壁をウェブとする船体構造、あるいはデッキをフランジとし、ハッチをウェブとする船体構造などに適用可能である。
【0051】
以下、実施例について、説明する。
【実施例】
【0052】
表1に示す板厚twの厚鋼板を接合部材(ウェブ)として、表1に示す板厚tfの厚鋼板を被接合部材(フランジ)として用い、これらを隅肉溶接して、図4(a)、(b)、(c)に示す形状となる実構造サイズの大型隅肉溶接継手9を作製した。なお、作製した大型隅肉溶接継手9では、接合部材1と被接合部材2との突合せ面に、図1(a)、(c)または(d)に示すような未溶着部4を、未溶着部の比率Y(=(未溶着部の幅B/接合部材(ウェブ)板厚tw)を変化させて、存在させた。なお、被接合部材(フランジ)は、厚鋼板(母材のみ)(図4(a))または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(図4(b)、(c))とし、接合部材(ウェブ)は、厚鋼板(母材のみ)(図4(a)、(b))、または突合せ溶接継手を有する厚鋼板(図4(c))とした。
【0053】
突合せ溶接継手は、1パス大入熱エレクトロガスアーク溶接(SEGARCおよび2電極SEGARC)または多層盛炭酸ガス溶接(多層CO)により作製した。また、隅肉溶接継手は、溶接材料、溶接入熱およびシールドガス等の溶接条件を変化させて、種々の低温靭性、種々の溶接脚長もしくは溶着幅となる隅肉溶接継手とした。なお、隅肉溶接金属の低温靭性は、隅肉溶接金属もしくは隅肉溶接と同じ条件で作製した突合せ溶接継手からシャルピー衝撃試験片(10mm厚)を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠して破面遷移温度vTrs(℃)を求めた。なお、一部の隅肉溶接継手では、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間に隙間14を空けた。さらにその一部の隅肉溶接継手では、接合部材(ウェブ)1と被接合部材(フランジ)2との間の隙間14にスペーサー15を挿入して隅肉溶接継手を作製した。
【0054】
また、得られた大型隅肉溶接継手9を用いて、図4に示す超大型構造モデル試験体を作製し、脆性亀裂伝播停止試験を実施した。
超大型構造モデル試験体は、大型隅肉溶接継手9の被接合部材(フランジ)2の下方に仮付け溶接8で、被接合部材(フランジ)2と同じ板厚の鋼板を溶接した。
なお、図4(b)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材(フランジ)2の突合せ溶接継手部11を接合部材(ウェブ)1と直交するように作製し、また、図4(c)に示す超大型構造モデル試験体では、被接合部材(フランジ)2の突合せ溶接継手部11と接合部材(ウェブ)1の突合せ溶接継手部12とを交差させた。そして、機械ノッチ7の先端を突合せ溶接継手部11のBOND部、または溶接金属WMとなるように加工した。
【0055】
また、脆性亀裂伝播停止試験は、機械ノッチに打撃を与え脆性亀裂を発生させ、伝播した脆性亀裂が、隅肉溶接部で停止するか否かを調査した。いずれの試験も、応力100〜283N/mm、温度:−10℃の条件で実施した。応力100N/mmは、船体に定常的に作用する応力の平均的な値であり、応力257N/mmは、船体に適用されている降伏強度390N/mm級鋼板の最大許容応力相当の値、応力283N/mmは、船体に適用されている降伏強度460N/mm級鋼板の最大許容応力相当の値である。温度−10℃は船舶の設計温度である。なお、(1a)式、(1b)式の右辺値の計算にあたっては、小数点以下を四捨五入して表示している。
【0056】
得られた結果を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
発明例ではいずれも、脆性亀裂が被接合部材(フランジ)を伝播したのち、隅肉溶接金属に突入して停止した。一方、比較例ではいずれも、脆性亀裂は隅肉溶接金属で停止することなく接合部材(フランジ)に伝播し、隅肉溶接金属で脆性亀裂の伝播を阻止することができなかった。
【符号の説明】
【0060】
1 接合部材(ウェブ)
2 被接合部材(フランジ)
3 溶接脚長
4 未溶着部
5 隅肉溶接金属
7 機械ノッチ
8 仮付け溶接
9 大型隅肉溶接継手
11 被接合部材(フランジ)の突合せ溶接継手部
12 接合部材(ウェブ)の突合せ溶接継手部
13 溶着幅
14 隙間
15 スペーサー
16 未溶着部の寸法(未溶着部の幅B)
θ 交差角
図1
図2
図3
図4
図5
図6