特許第6511085号(P6511085)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6511085
(24)【登録日】2019年4月12日
(45)【発行日】2019年5月15日
(54)【発明の名称】プーリ構造体
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/36 20060101AFI20190425BHJP
   F16D 41/20 20060101ALI20190425BHJP
   F16F 1/06 20060101ALI20190425BHJP
【FI】
   F16H55/36 Z
   F16D41/20 A
   F16F1/06 C
【請求項の数】2
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-81321(P2017-81321)
(22)【出願日】2017年4月17日
(65)【公開番号】特開2017-201210(P2017-201210A)
(43)【公開日】2017年11月9日
【審査請求日】2018年1月4日
(31)【優先権主張番号】特願2016-90836(P2016-90836)
(32)【優先日】2016年4月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006068
【氏名又は名称】三ツ星ベルト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島村 隼人
(72)【発明者】
【氏名】今井 勝也
(72)【発明者】
【氏名】團 良祐
【審査官】 川口 真一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−114947(JP,A)
【文献】 実開昭57−117426(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 55/36
F16D 41/20
F16F 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルトが巻回される筒状の外回転体と、
前記外回転体の内側に設けられ、前記外回転体に対して前記外回転体と同一の回転軸を中心として相対回転可能な内回転体と、
前記外回転体と前記内回転体との間に設けられたコイルばねと、を備えるプーリ構造体であって、
前記コイルばねの拡径により前記コイルばねの自由部分の外周面が前記外回転体に当接したときに、前記コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制され、前記外回転体及び前記内回転体が前記コイルばねと一体的に回転するロック機構を有し、
前記コイルばねは、前記内回転体が前記外回転体に対して正方向に相対回転するとき、拡径方向にねじり変形することで、前記外回転体及び前記内回転体のそれぞれと係合して、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達し、前記内回転体が前記外回転体に対して逆方向に相対回転するとき、縮径方向にねじり変形することで、前記外回転体及び前記内回転体の少なくとも一方に対して摺動して、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達しない一方向クラッチとして機能し、
前記コイルばねのばね線は、前記回転軸を通り且つ前記回転軸と平行な方向に沿った断面が台形状であって、前記断面おける内径側部分の回転軸方向長さTi[mm]が、前記断面における外径側部分の回転軸方向長さTo[mm]よりも長く、前記回転軸の方向に隣り合うばね線間に隙間を有し、
前記コイルばねの巻き数をNとすると、下記(1)式を満たす、プーリ構造体。
N×(Ti−To)/2<1 ・・・(1)
【請求項2】
前記コイルばねの前記ばね線は、前記断面における径方向長さが前記断面における内径側部分の前記回転軸方向長さTiよりも長い、請求項1に記載のプーリ構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばねを備えたプーリ構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のエンジンの動力によってオルタネータ等の補機を駆動する補機駆動ユニットでは、オルタネータ等の補機の駆動軸に連結されるプーリと、エンジンのクランク軸に連結されるプーリにわたってベルトが掛け渡され、このベルトを介してエンジンのトルクが補機に伝達される。特に、他の補機に比べて大きな慣性を有するオルタネータの駆動軸に連結されるプーリには、クランク軸の回転変動を吸収できる、例えば特許文献1〜3のプーリ構造体が用いられる。
【0003】
特許文献1〜3に記載のプーリ構造体は、外回転体、外回転体の内側に設けられ且つ外回転体に対して相対回転可能な内回転体及びコイルばねからなるプーリ構造体であって、コイルばねの拡径又は縮径変形により外回転体と内回転体との間でトルクが伝達又は遮断されるようになっている。これらのプーリ構造体は、コイルばねの拡径変形による破損を防止するため、コイルばねの自由部分の外周面が外回転体に当接したときに、コイルばねのそれ以上の拡径変形が規制され、2つの回転体がコイルばねとともに一体的に回転する機構(以下、ロック機構という。)を有する。さらに、これらのプーリ構造体のコイルばねは、外回転体に巻回されるベルトのスリップを防止するため、外回転体と内回転体との間でトルクを一方向に伝達又は遮断する一方向クラッチ(コイルばね式クラッチ)として機能する。
【0004】
特許文献1〜3に記載のプーリ構造体において、コイルばねのばね線の断面形状(以下、ばね断面形状)に着目すると、各々の図示から、特許文献1は正方形形状、特許文献2及び3の実施形態は台形形状とみてとれる。特許文献2及び3において、コイルばねの断面形状として、長方形(角形)形状に関する言及はあるが、台形形状に関する言及(その採用理由・根拠)は見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−114947号公報
【特許文献2】特表2013−527401号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第2013/0237351号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
コイルばねの拡径又は縮径により外回転体及び内回転体の間でトルクを伝達又は遮断するプーリ構造体においては、コイルばねの、拡径方向のねじり変形(以下、拡径変形)及びその最大化(ロック機構が働くねじり角度に相当)が過度に繰り返されると、引張力が働くコイルばねの面(特に内周面)に発生する曲げ応力により、コイルばねの面(特に内周面)に亀裂や破断などが生じるおそれがある。よって、コイルばねの拡径変形が過度には繰り返されない場合と比べて、コイルばねのねじり(拡径方向及び縮径方向のねじり変形)に対する耐久性が低下する。特に、プーリ構造体がオルタネータ用プーリの場合には、プーリに入力されるねじりトルクが最大となる頻度が高い。よって、特に、プーリ構造体がオルタネータ用プーリの場合であって、コイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返される運転条件のときに、コイルばねのねじりに対する耐久性が最も低下し易い。オルタネータ用プーリに入力されるねじりトルクとは、具体的には、エンジンの回転変動に伴うねじりトルクと、オルタネータの発電負荷に伴うねじりトルクと、更には、エンジンの始動及び急加減速時に発生する瞬間的なねじりトルク等であると考えられる。コイルばねのねじりに対する耐久性が最も低下しやすい運転条件は、エンジン始動時である。つまり、コイルばねのねじりに対する耐久性が最も低下しやすい運転条件は、エンジンの始動と停止が繰り返される運転条件である。
【0007】
コイルばねの巻き数や線径を大きくすれば、コイルばねの耐久性は高められるものの、プーリ構造体が大型化してしまい、エンジン補機駆動システム内の限られたスペース内に配置することが困難となる。そのため、プーリ構造体は、入力されるねじりトルクが最大となる頻度が高いオルタネータ用プーリに適用されて、エンジンの始動と停止が繰り返される運転条件によってコイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、プーリ構造体を大型化させることなく、コイルばねのねじりに対する耐久性を確保できることが求められている。
【0008】
一方向クラッチ(コイルばね)は、内回転体が外回転体に対して正方向に相対回転するとき、外回転体及び内回転体のそれぞれと係合して、外回転体と内回転体との間でトルクを伝達する一方、内回転体が外回転体に対して逆方向に相対回転するとき、係合解除状態となり、外回転体及び/又は内回転体に対して摺動(スリップ)して、外回転体と内回転体との間でトルクを伝達しない。当該摺動により、特に、外回転体及び/又は内回転体におけるクラッチ(コイルばね)と摺動する部分が摩耗する。また、当該摺動により、クラッチ(コイルばね)における外回転体及び/又は内回転体と摺動する部分も摩耗し得る。外回転体及び/又は内回転体におけるクラッチ(コイルばね)と摺動する部分が摩耗すると、クラッチが係合状態のときに、クラッチと外回転体及び/又は内回転体との接触面圧が減少することで、伝達されるトルク値が減少してしまう。
【0009】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、コイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、少なくとも回転軸方向にプーリ構造体の大型化を招くことなく、コイルばねのねじりに対する耐久性を確保できるとともに、外回転体及び/又は内回転体においてコイルばねと摺動する部分の摩耗を抑制できる、プーリ構造体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のプーリ構造体は、ベルトが巻回される筒状の外回転体と、前記外回転体の内側に設けられ、前記外回転体に対して前記外回転体と同一の回転軸を中心として相対回転可能な内回転体と、前記外回転体と前記内回転体との間に設けられたコイルばねと、を備えるプーリ構造体であって、前記コイルばねの拡径により前記コイルばねの自由部分の外周面が前記外回転体に当接したときに、前記コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制され、前記外回転体及び前記内回転体が前記コイルばねと一体的に回転するロック機構を有し、前記コイルばねは、前記内回転体が前記外回転体に対して正方向に相対回転するとき、拡径方向にねじり変形することで、前記外回転体及び前記内回転体のそれぞれと係合して、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達し、前記内回転体が前記外回転体に対して逆方向に相対回転するとき、縮径方向にねじり変形することで、前記外回転体及び前記内回転体の少なくとも一方に対して摺動して、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達しない一方向クラッチとして機能し、前記コイルばねのばね線は、前記回転軸を通り且つ前記回転軸と平行な方向に沿った断面が台形状であって、前記断面おける内径側部分の回転軸方向長さTi[mm]が、前記断面における外径側部分の回転軸方向長さTo[mm]よりも長く、前記回転軸の方向に隣り合うばね線間に隙間を有し、前記コイルばねの巻き数をNとすると、下記(1)式を満たす。
N×(Ti−To)/2<1 ・・・(1)
【0011】
コイルばねのばね線は、断面形状が台形状の台形線であって、拡径変形(拡径方向のねじり変形)時に引張力が働く内径側部分の回転軸方向長さTiが、拡径変形時に圧縮力が働く外径側部分の回転軸方向長さToよりも長い。それにより、ばね線を、断面積が本発明と等しい丸線(断面形状が円形状のばね線)又は断面積及び径方向長さが本発明と等しい角線(断面形状が正方形又は長方形状のばね線)とした場合に比べて、ばね線の断面において、引張も圧縮も受けない中立軸を、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面へ近づけることができる。曲げ応力は、中立軸からの距離に比例するため、中立軸を拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面へ近づけることで、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面に発生する曲げ応力の最大値を小さくできる。
さらに、ばね線が台形線であることにより、断面積が等しい丸線や断面積及び径方向長さが等しい角線に比べて、断面係数を大きくできる。断面係数が大きいほど、曲げ応力は小さくなる。そのため、ばね線を断面積が等しい丸線や断面積及び径方向長さが等しい角線とした場合に比べて、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面に発生する曲げ応力の最大値をより小さくできる。
したがって、エンジンの始動と停止が繰り返される運転条件によって、コイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、ばね線を断面積が等しい丸線又は角線とした場合に比べて、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの面(特に内周面)に発生する曲げ応力の最大値を抑制できる。それにより、始動時等に発生する瞬間的なねじりトルクに対する強度や耐力(曲げ剛性)が増し、コイルばねの拡径方向のねじり角度の限界値を増すことができる。ひいては、コイルばねのねじりに対する耐久性を確保できる。
【0012】
台形線のばね線は、断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線に比べて、回転軸方向の長さが(Ti−To)/2だけ長くなる。よって、ばね線を断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線とした場合に比べて、コイルばねの回転軸方向の自然長は、ΔL(ΔL=N×(Ti−To)/2)だけ長くなってしまう。
しかしながら、本発明では、コイルばねの回転軸方向の自然長の増加量ΔL(ΔL=N×(Ti−To)/2)が、1mm未満と小さい。そのため、コイルばねをプーリ構造体に組み込む際に、コイルばねの軸方向への圧縮量を調整(即ち、回転軸方向に隣り合うばね線間の隙間を調整)することで、ばね線を断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線とした場合に比べて、プーリ構造体を回転軸方向に大型化しなくてすむ。
したがって、本発明のプーリ構造体は、コイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、少なくとも回転軸方向にプーリ構造体の大型化を招くことなく、コイルばねのねじりに対する耐久性を確保できる。
【0013】
コイルばねは、ばね線を螺旋状に巻回(コイリング)して形成される。コイリング後、ばね線の断面における外径側部分(外径側の面)が、コイルばねの中心軸線に平行な外径基準線に対して若干(例えば1°)傾斜する傾斜面となる現象(以下、素線倒れという。)が発生する場合がある。コイルばねの素線倒れは、コイルばねのばね線の扁平率(ばね線の軸方向長さT/ばね線の径方向長さW)が小さいほど大きくなる。したがって、ばね線を台形線とすることで、断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線をばね線とする場合に比べて、ばね線の断面における回転軸方向の最大長さが長くなり、素線倒れを抑制できる。
さらに、内径側部分の回転軸方向長さTiが外径側部分の回転軸方向長さToよりも長いことにより、ばね線の断面において、引張応力も圧縮応力も発生しない中立軸は、径方向中心よりも、回転軸方向長さの長い内径側部分に近くなる。それにより、素線倒れをより抑制できる。
素線倒れを抑制することで、一方向クラッチの係合解除時に、外回転体又は/及び内回転体におけるコイルばねと摺動する部分に作用する面圧が低減する。したがって、外回転体又は/及び内回転体におけるコイルばねと摺動する部分の摩耗を抑制できる。
【0014】
以上により、コイルばねの拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、少なくとも回転軸方向にプーリ構造体の大型化を招くことなく、コイルばねのねじりに対する耐久性を確保できるとともに、外回転体又は/及び内回転体におけるコイルばねと摺動する部分の摩耗を抑制できる、プーリ構造体を実現できる。
【0015】
なお、本発明において、ばね線の断面が、台形状であるとは、ばね線の断面における4つの角が、面取り形状(C面又はR面)である場合を含む。
【0016】
本発明のプーリ構造体において、前記コイルばねの前記ばね線は、前記断面における径方向長さが前記断面における内径側部分の前記回転軸方向長さTiよりも長いことが好ましい。
【0017】
この構成によると、ばね線材の断面形状が、径方向長さWが内径側部分の回転軸方向長さTiよりも短いか又は等しく且つ断面積が等しい台形状の場合に比べて、断面係数が大きくなる。したがって、曲げ応力と断面係数との関係(曲げ応力σ=曲げモーメントM/断面係数Z)から、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面に発生する曲げ応力の最大値をさらに小さくできる。その結果、コイルばねのねじりに対する耐久性をより確保し易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の実施形態のプーリ構造体の断面図である。
図2図2は、図1のII−II線に沿った断面図である。
図3図3は、図1のIII−III線に沿った断面図である。
図4図4は、図1に示すプーリ構造体のねじりコイルばねのねじり角度とねじりトルクとの関係を示すグラフである。
図5図5は、ねじりトルクと最大主応力との関係を示すグラフである。
図6図6は、実施例の試験で用いたエンジンベンチ試験機の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態のプーリ構造体1について説明する。
本実施形態のプーリ構造体1は、自動車の補機駆動システム(図示省略)において、オルタネータの駆動軸に設置される。なお、本発明のプーリ構造体は、オルタネータ以外の補機の駆動軸に設置してもよい。
【0020】
図1図3に示すように、プーリ構造体1は、外回転体2、内回転体3、コイルばね4(以下、単に「ばね4」という。)及びエンドキャップ5を含む。以下、図1における左方を前方、右方を後方として説明する。エンドキャップ5は、外回転体2及び内回転体3の前端に配置されている。
【0021】
外回転体2及び内回転体3は、共に略円筒状であり、同一の回転軸を有する。外回転体2及び内回転体3の回転軸は、プーリ構造体1の回転軸であり、以下、単に「回転軸」という。また、回転軸方向を、単に「軸方向」という。内回転体3は、外回転体2の内側に設けられ、外回転体2に対して相対回転可能である。外回転体2の外周面に、ベルトBが巻回される。
【0022】
内回転体3は、筒本体3a、及び、筒本体3aの前端の外側に配置された外筒部3bを有する。筒本体3aに、オルタネータ等の駆動軸Sが嵌合される。外筒部3bと筒本体3aとの間に、支持溝部3cが形成されている。外筒部3bの内周面と筒本体3aの外周面は、支持溝部3cの溝底面3dを介して連結されている。
【0023】
外回転体2の後端の内周面と、筒本体3aの外周面との間に、転がり軸受6が介設されている。外回転体2の前端の内周面と、外筒部3bの外周面との間に、滑り軸受7が介設されている。軸受6、7によって、外回転体2及び内回転体3が相対回転可能に連結されている。
【0024】
外回転体2と内回転体3との間であって、転がり軸受6の前方に、環状のスラストプレート8が配置されている。スラストプレート8は、内回転体3に固定され、内回転体3と一体的に回転する。プーリ構造体1を組み立てる際、スラストプレート8、転がり軸受6の順に、筒本体3aに外嵌される。
【0025】
外回転体2と内回転体3との間であって、スラストプレート8よりも前方に、空間9が形成されている。空間9に、ばね4が収容されている。空間9は、外回転体2の内周面及び外筒部3bの内周面と、筒本体3aの外周面との間に形成されている。
【0026】
外回転体2の内径は、後方に向かって2段階で小さくなっている。最も小さい内径部分における外回転体2の内周面を圧接面2a、2番目に小さい内径部分における外回転体2の内周面を環状面2bという。圧接面2aにおける外回転体2の内径は、外筒部3bの内径よりも小さい。環状面2bにおける外回転体2の内径は、外筒部3bの内径と同じかそれよりも大きい。
【0027】
筒本体3aは、前端において外径が大きくなっている。この部分における内回転体3の外周面を接触面3eという。
【0028】
ばね4は、ばね線(ばね線材)を螺旋状に巻回(コイリング)して形成されたねじりコイルばねである。ばね4は、左巻き(前端から後端に向かって反時計回り)である。ばね4の巻き数Nは、例えば5〜9巻きである。以下の説明において、ばね線の断面又は断面形状とは、回転軸を通り且つ回転軸と平行な方向に沿った断面又は断面形状のことである。ばね4のばね線は、断面形状が台形状の台形線である。ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(例えば、曲率半径0.3mm程度のR面、又は、C面)となっている。ばね線の断面おける内径側部分の軸方向長さを、内径側軸方向長さTi[mm]とする。ばね線の断面おける外径側部分の軸方向長さを、外径側軸方向長さTo[mm]とする。内径側軸方向長さTi[mm]は、外径側軸方向長さTo[mm]よりも長い。ばね4の巻き数N、内径側軸方向長さTi[mm]、および、外径側軸方向長さTo[mm]は、以下の(1)式を満たす。
N×(Ti−To)/2<1 ・・・(1)
【0029】
ばね4は、外力を受けていない状態において、全長に亘って径が一定である。外力を受けていない状態でのばね4の外径は、圧接面2aにおける外回転体2の内径よりも大きい。ばね4は、後端側領域4cが縮径された状態で、空間9に収容されている。ばね4における後端側領域4cの外周面は、ばね4の拡径方向の自己弾性復元力によって、圧接面2aに押し付けられている。後端側領域4cは、ばね4の後端から1周以上(回転軸回りに360°以上)の領域である。
【0030】
また、プーリ構造体1が停止しており、ばね4における後端側領域4cの外周面がばね4の拡径方向の自己弾性復元力によって圧接面2aに押し付けられた状態において、ばね4の前端側領域4bは、若干拡径された状態で、接触面3eと接触している。つまり、プーリ構造体1が停止している状態において、ばね4における前端側領域4bの内周面は、接触面3eに押し付けられている。前端側領域4bは、ばね4の前端から1周以上(回転軸回りに360°以上)の領域である。プーリ構造体1に外力が作用していない状態において、ばね4は、全長に亘って径がほぼ一定である。
【0031】
ばね4は、プーリ構造体1に外力が作用していない状態(即ち、プーリ構造体1が停止した状態)において、軸方向に圧縮されており、ばね4の前端側領域4bの軸方向端面の周方向一部分(前端から半周以上)が、内回転体3の溝底面3dに接触し、ばね4の後端側領域4cの軸方向端面の周方向一部分(後端から半周以上)が、スラストプレート8の前面に接触している。コイルばね4の軸方向の圧縮率は、例えば、20%程度であってもよい。なお、コイルばね4の軸方向の圧縮率とは、プーリ構造体1に外力が作用していない状態でのばね4の軸方向長さと、ばね4の自然長との比率である。
【0032】
溝底面3dは、前端側領域4bの軸方向端面の一部分(前端から半周以上)と接触できるように螺旋状に形成されている。また、スラストプレート8の前面は、後端側領域4cの軸方向端面の一部分(後端から半周以上)と接触できるように螺旋状に形成されている。
支持溝部3cの溝底面3dと、コイルばね4の前端側領域4bの軸方向端面の周方向一部分とは、見かけ上、周方向全域が接触しているが、実際には、部品の加工公差によって、周方向の一部に隙間が生じることがある。部品公差内での仕上り実績寸法の組み合わせによっては当該隙間がゼロとなることを狙い、当該隙間は、部品の加工公差を考慮した寸法(ノミナル寸法)となっている(例えば軸方向隙間の狙い値0.35mm)。隙間をゼロにできるだけ近づけることで、ばね4が安定してねじり変形できる。
【0033】
図2に示すように、前端側領域4bのうち、ばね4の前端から回転軸回りに90°離れた位置付近を第2領域4b2、第2領域4b2よりも前端側の部分を第1領域4b1、残りの部分を第3領域4b3という。また、ばね4の前端側領域4bと後端側領域4cの間の領域、即ち、圧接面2aと接触面3eのいずれにも接触しない領域を、自由部分4dとする。
【0034】
図2に示すように、内回転体3の前端部分には、ばね4の前端面4aと対向する当接面3fが形成されている。また、外筒部3bの内周面には、外筒部3bの径方向内側に突出して前端側領域4bの外周面と対向する突起3gが設けられている。突起3gは、第2領域4b2と対向している。
【0035】
次いで、プーリ構造体1の動作について説明する。
【0036】
先ず、外回転体2の回転速度が内回転体3の回転速度よりも大きくなった場合(即ち、外回転体2が加速する場合)について説明する。
【0037】
この場合、外回転体2は、内回転体3に対して正方向(図2及び図3の矢印方向)に相対回転する。外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域4cが、圧接面2aと共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4が拡径方向にねじり変形(以下、単に拡径変形という。)する。ばね4の後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増大する。第2領域4b2は、ねじり応力を最も受け易く、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなると、接触面3eから離れる。このとき、第1領域4b1及び第3領域4b3は、接触面3eに圧接している。第2領域4b2が接触面3eから離れると略同時に、又は、ばね4の拡径方向のねじり角度がさらに大きくなったときに、第2領域4b2の外周面が突起3gに当接する。第2領域4b2の外周面が突起3gに当接することで、前端側領域4bの拡径変形が規制され、ねじり応力がばね4における前端側領域4b以外の部分に分散され、特にばね4の後端側領域4cに作用するねじり応力が増加する。これにより、ばね4の各部に作用するねじり応力の差が低減され、ばね4全体で歪エネルギーを吸収できるため、ばね4の局部的な疲労破壊を防止できる。
【0038】
また、第3領域4b3の接触面3eに対する圧接力は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど低下する。第2領域4b2が突起3gに当接すると同時に、又は、ばね4の拡径方向のねじり角度がさらに大きくなったときに、第3領域4b3の接触面3eに対する圧接力が略ゼロとなる。このときのばね4の拡径方向のねじり角度をθ1(例えば、θ1=3°)とする。ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1を超えると、第3領域4b3は、拡径変形することで、接触面3eから離れていく。しかし、第3領域4b3と第2領域4b2との境界付近において、ばね4が湾曲(屈曲)することはなく、前端側領域4bは円弧状に維持される。つまり、前端側領域4bは、突起3gに対して摺動し易い形状に維持されている。そのため、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなって前端側領域4bに作用するねじり応力が増加すると、前端側領域4bは、第2領域4b2の突起3gに対する圧接力及び第1領域4b1の接触面3eに対する圧接力に抗して、突起3g及び接触面3eに対して外回転体2の周方向に摺動する。そして、前端面4aが当接面3fを押圧することにより、外回転体2と内回転体3との間で確実にトルクを伝達できる。
【0039】
なお、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1以上且つθ2(例えば、θ2=45°)未満の場合、第3領域4b3は、接触面3eから離隔し且つ外筒部3bの内周面に接触しておらず、第2領域4b2は、突起3gに圧接されている。そのため、この場合、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1未満の場合に比べて、ばね4の有効巻数が大きく、ばね定数(図4に示す直線の傾き)が小さい。また、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ2になると、ばね4の自由部分4dの外周面が環状面2bに当接することで、ばね4のそれ以上の拡径変形が規制されて、外回転体2及び内回転体3が一体的に回転するロック機構が働く。これにより、ばね4の拡径変形による破損を防止できる。
【0040】
次に、外回転体2の回転速度が内回転体3の回転速度よりも小さくなった場合(即ち、外回転体2が減速する場合)について説明する。
【0041】
この場合、外回転体2は、内回転体3に対して逆方向(図2及び図3の矢印方向と逆の方向)に相対回転する。外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域4cが、圧接面2aと共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4が縮径方向にねじり変形する(以下、単に縮径変形という)。ばね4の縮径方向のねじり角度がθ3(例えば、θ3=10°)未満の場合、後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は、ねじり角度がゼロの場合に比べて若干低下するものの、後端側領域4cは圧接面2aに圧接している。また、前端側領域4bの接触面3eに対する圧接力は、ねじり角度がゼロの場合に比べて若干増大する。ばね4の縮径方向のねじり角度がθ3以上の場合、後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は略ゼロとなり、後端側領域4cは圧接面2aに対して外回転体2の周方向に摺動する。したがって、外回転体2と内回転体3との間でトルクは伝達されない(図4参照)。
【0042】
このように、ばね4は、コイルスプリング式クラッチであって、トルクを一方向に伝達又は遮断する一方向クラッチとして機能する。ばね4は、内回転体3が外回転体2に対して正方向に相対回転するとき外回転体2及び内回転体3のそれぞれと係合して外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達する一方、内回転体3が外回転体2に対して逆方向に相対回転するとき外回転体2及び内回転体3の少なくとも一方(本実施形態では、圧接面2a)に対して摺動して外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達しない。
【0043】
スラストプレート8は、内回転体3と一体的に回転する。そのため、クラッチの係合解除時、ばね4の摺動する対象は圧接面2aだけであって、ばね4の軸方向端面はスラストプレート8に対して摺動しない。上述の特許文献1では、クラッチの係合解除時に、コイルばねと外回転体の圧接面(内周面)とが摺動するだけでなく、コイルばねの軸方向端面が外回転体のばね座面に対して摺動する。この場合、コイルばねが軸方向に圧縮されている分、圧接面の摩耗の程度以上にばね座面の摩耗が進行し、ばね座面の破損等の故障に至るおそれがある。それに対して、本実施形態では、クラッチの係合解除時に、ばね4の軸方向端面がスラストプレート8に対して摺動しないため、特許文献1のばね座面に比べて、スラストプレート8の摩耗を大幅に抑制でき、摩耗に伴う故障を抑制できる。
また、スラストプレート8は、クラッチの係合解除時にばね4と摺動せず、内回転体3及び外回転体2のいずれとも異なる別部品である。そのため、スラストプレート8には、あえて表面硬化処理を施さなくてもよい。また、スラストプレート8に表面硬化処理を施す場合には、別部品ゆえ表面硬化処理を施し易く、スラストプレート8の表面硬度を確実に増加させて、ばね4との接触による耐摩耗性を付与させることができる。
【0044】
ここで、コイルばねのばね線の断面特性について説明する。
コイルばねがねじり変形したときに、ばね線の断面において、引張応力も圧縮応力も受けない位置を中立軸という。台形線の中立軸は、高さ方向の中心よりも長辺側に近い。丸線(断面形状が円形状のばね線)、角線(断面形状が正方形又は長方形状のばね線)、及び台形線の中立軸から表面までの距離eは、以下の式で表される。
【0045】
丸線:e=d/2
(但し、d:直径)
角線:e=h/2
(但し、h:高さ)
台形線:e1=(3b1+2b2)H/3(2b1+b2)、e2=H−e1
(但し、b1:短辺長さ、b2:長辺と短辺の差、H:高さ、e1>e2
【0046】
中立軸からの距離をy、曲げモーメントをM、断面二次モーメントをIとすると、コイルばねに発生する曲げ応力σは、以下の式で表され、中立軸からの距離yに比例する。
σ=M・y/I
よって、コイルばねのねじりに対する耐久性の指標とされる最大主応力(曲げ応力の最大値)は、このyが最大となり引張力が働くばね表面に発生する。
【0047】
中立軸からばね表面までの距離eを、同じ断面積Aをもつ丸線、角線、台形線で比較する。断面積A=100とする。丸線の場合、d=11.284となるので、e=d/2=5.642である。角線の場合、h=10とすると、e=h/2=5.0である。台形線の場合、H=10(角線と同じ高さ)、b1+b2=12とすると、b1=8、b2=4なので、e1=(3b1+2b2)H/3(2b1+b2)=5.33、e2=H−e1=4.67となる。よって、中立軸からばね表面までの距離eについて、同じ断面積Aを有する丸線、角線、台形線のなかでは、台形線における中立軸から長辺側表面までの距離e2が、最も小さくなる。
【0048】
したがって、内径側部分の軸方向長さが外径側の軸方向長さよりも長い台形線の場合、丸線や角線に比べて、引張応力も圧縮応力も発生しない中立軸を、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面へ近づけることができる。上述したように、曲げ応力は、中立軸からの距離に比例するため、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面へ近づけることで、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面に発生する曲げ応力の最大値を小さくできる。
【0049】
また、コイルばねに発生する曲げ応力σは、曲げモーメントM及び断面係数Zを用いて、以下の式で表される。
σ=M/Z
よって、断面係数Zが大きいほど、曲げ応力σが小さくなる。なお、断面係数は、例えば、部材に曲げの外力がかかっているとき、部材の曲がりやすさ、曲がりにくさ(剛性)を表す値であって、断面の形状のみで決まる。断面係数Zは、断面二次モーメントIと中立軸からの距離yによって、以下の式で表される。
Z=I/y
また、台形線の断面二次モーメントIは、以下の式で表される。
I=(6b12+6b12+b22)H3/36(2b1+b2
【0050】
上述したように、コイルばねのねじりに対する耐久性の指標とされる最大主応力(曲げ応力の最大値)は、中立軸からの距離yが最大となり引張力が働くばね表面に発生する。つまり、台形線のコイルばねの場合、引張力が働き最大主応力が生じるばね表面の中立軸からの距離yは、中立軸から長辺側表面までの距離e2である。台形線の断面積A=100、H=10、b1+b2=12とするとき、b1=8、b2=4、e2=4.67により、I=822.2となり、Z=176となる。
【0051】
また、丸線、角線の各断面係数Zは、以下の式で表される。
丸線:Z=πd3/32
(但し、d:直径)
角線:Z=bh2/6
(但し、b:幅、h:高さ)
丸線の場合、断面積A=100とすると、d=11.284となり、Z=141となる、また、角線の場合、断面積A=100、h=10、b=10とすると、Z=167となる。
【0052】
よって、丸線、角線、台形線の断面積が等しく、且つ、角線と台形線の径方向長さが等しい場合、丸線、角線、台形線の順に、断面係数Zは大きくなる。上述したように、断面係数Zが大きいほど、曲げ応力σが小さくなる。したがって、丸線、角線、台形線の断面積が等しく、且つ、角線と台形線の径方向長さが等しい場合、丸線、角線、台形線の順に、拡径変形時に引張力が働くコイルばねの内周面に発生する曲げ応力の最大値を小さくできる。
【0053】
以上説明した本実施形態のプーリ構造体1は以下の特徴を有する。
本実施形態のコイルばね4のばね線は、断面形状が台形状の台形線であって、拡径変形時に引張力が働く内径側軸方向長さTiが、拡径変形時に圧縮力が働く外径側軸方向長さToよりも長い。そのため、ばね線を、断面積が等しい丸線又は断面積及び径方向長さが等しい角線とした場合に比べて、ばね線の断面において、引張も圧縮も受けない中立軸を、拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面へ近づけることができる。曲げ応力は、中立軸からの距離に比例するため、中立軸を拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面へ近づけることで、拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面に発生する曲げ応力の最大値を小さくできる。
さらに、ばね4のばね線が台形線であることにより、断面積が等しい丸線や断面積及び径方向長さが等しい角線に比べて、断面係数を大きくできる。断面係数が大きいほど、曲げ応力は小さくなる。そのため、ばね線を断面積が等しい丸線や断面積及び径方向長さが等しい角線とした場合に比べて、拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面に発生する曲げ応力の最大値をより小さくできる。
したがって、エンジンの始動と停止が繰り返される運転条件によって、ばね4の拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、ばね線を断面積が等しい丸線又は角線とした場合に比べて、拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面に発生する曲げ応力の最大値を小さくできる。その結果、始動時等に発生する瞬間的なねじりトルクに対する強度や耐力(曲げ剛性)が増し、ばね4の拡径方向のねじり角度の限界値を増すことができる。ひいては、ばね4のねじりに対する耐久性を確保できる。
【0054】
台形線のばね線は、断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線に比べて、軸方向の長さが(Ti−To)/2だけ長くなる。よって、ばね線を断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線とした場合に比べて、ばね4の軸方向の自然長は、ΔL(ΔL=N×(Ti−To)/2)だけ長くなってしまう。
しかしながら、本実施形態では、ばね4の軸方向の自然長の増加量ΔL(ΔL=N×(Ti−To)/2)が、1mm未満と小さい。そのため、ばね4をプーリ構造体1に組み込む際に、ばね4の軸方向への圧縮量を調整(即ち、軸方向に隣り合うばね線間の隙間を調整)することで、ばね線を断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線とした場合に比べて、プーリ構造体1を軸方向に大型化しなくてすむ。
したがって、本実施形態のプーリ構造体1は、ばね4の拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、少なくとも軸方向にプーリ構造体1の大型化を招くことなく、ばね4のねじりに対する耐久性を確保できる。
【0055】
ばね4は、ばね線を螺旋状に巻回(コイリング)して形成される。コイリング後、ばね線の断面における外径側部分(外径側の面)が、ばね4の中心軸線に平行な外径基準線に対して若干(例えば1°)傾斜する傾斜面となる現象(以下、素線倒れという。)が発生する場合がある。ばね4の素線倒れは、ばね4のばね線の扁平率(ばね線の軸方向長さT/ばね線の径方向長さW)が小さいほど大きくなる。したがって、ばね線を台形線とすることで、断面積及び径方向長さが等しく軸方向長さが異なる角線をばね線とする場合に比べて、ばね線の断面における軸方向の最大長さが長くなり、素線倒れを抑制できる。
さらに、内径側軸方向長さTiが外径側軸方向長さToよりも長いことにより、ばね線の断面において、引張応力も圧縮応力も発生しない中立軸は、径方向中心よりも、軸方向長さの長い内径側部分に近くなる。それにより、素線倒れをより抑制できる。
素線倒れを抑制することで、一方向クラッチの係合解除時に、外回転体2又は/及び内回転体3においてばね4と摺動する部分(本実施形態では、圧接面2a)に作用する面圧が低減する。したがって、外回転体2又は/及び内回転体3におけるばね4と摺動する部分の摩耗を抑制できる。
【0056】
以上により、ばね4の拡径変形及びその最大化が過度に繰り返されても、少なくとも軸方向にプーリ構造体1の大型化を招くことなく、ばね4のねじりに対する耐久性を確保できるとともに、外回転体2又は/及び内回転体3におけるばね4と摺動する部分の摩耗を抑制できる、プーリ構造体1を実現できる。
【0057】
本実施形態のばね4と断面積及び径方向長さが等しい角線のコイルばねについて、素線倒れの程度を比較すると、角線のコイルばねの素線倒れが1°超(例えば1.2°)であった場合、本実施形態のばね4では素線倒れを1°以下(例えば0.7°)に抑えることができる。
【0058】
ばね4のばね線は、径方向長さWが内径側軸方向長さTiよりも長い。それにより、ばね線材の断面形状が、径方向長さWが内径側軸方向長さTiよりも短いか又は等しく且つ断面積が等しい台形状の場合に比べて、断面係数が大きくなる。したがって、曲げ応力と断面係数との関係(曲げ応力σ=曲げモーメントM/断面係数Z)から、拡径変形時に引張力が働くばね4の内周面に発生する曲げ応力の最大値をさらに小さくできる。その結果、ばね4のねじりに対する耐久性をより確保し易くなる。
【0059】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な変更が可能である。
【0060】
上記実施形態のばね4のばね線は、径方向長さWが、内径側軸方向長さTiよりも長い。しかし、ばね4のばね線は、径方向長さWが、内径側軸方向長さTiより短いか又は等しくてもよい。
【0061】
上記実施形態のばね4の前端側領域4bは、ばね4の前端から1周以上の領域である。つまり、ばね4は、ばね4の前端から1周以上にわたって、接触面3eと接触する。しかし、ばね4の前端側領域4bは、ばね4の前端から半周以上1周未満の領域であってもよい。つまり、ばね4は、ばね4の前端から半周以上1周未満にわたって、接触面3eと接触してもよい。
【0062】
上記実施形態のばね4の後端側領域4cは、ばね4の後端から1周以上の領域である。つまり、ばね4は、ばね4の後端から1周以上にわたって、圧接面2aと接触する。しかし、ばね4の後端側領域4cは、ばね4の後端から半周以上1周未満の領域であってもよい。つまり、ばね4は、ばね4の後端から半周以上1周未満にわたって、圧接面2aと接触してもよい。
【0063】
上記実施形態のプーリ構造体1は、ばね4が、外回転体2(圧接面2a)に対して圧接(係合)する状態と摺動する状態に切り換わることで、外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達する状態と遮断する状態に切り換わる。しかし、コイルばねが、内回転体に対して係合する状態と摺動する状態に切り換わることで、外回転体と内回転体との間でトルクを伝達する状態と遮断する状態に切り換わるように、プーリ構造体が構成されていてもよい。また、コイルばねが、内回転体及び外回転体の両方に対して係合する状態と摺動する状態に切り換わることで、外回転体と内回転体との間でトルクを伝達する状態と遮断する状態に切り換わるように、プーリ構造体が構成されていてもよい。
【実施例】
【0064】
次に、本発明の具体的な実施例について説明する。
【0065】
<実施例1>
実施例1のプーリ構造体は、上記実施形態のプーリ構造体1と同様の構成であって、コイルばね(4)のばね線は、ばね用オイルテンパー線(JISG3560:1994に準拠)とした。ばね線は、台形線であって、内径側軸方向長さTiは、3.8mmとし、外径側軸方向長さToは、3.6mmとし、径方向長さWは、5.0mmとした。コイルばね(4)の巻き数Nは、7巻きとし、巻き方向は、左巻きとした。コイルばね(4)の軸方向の圧縮率は、約20%とした。軸方向に隣り合うばね線間の隙間は、0.3mmとした。ΔL(ΔL=N×(Ti−To)/2)は、0.7mmであった。なお、この断面形状のばね線を用いると、たとえコイルばねの巻き数が9巻き(通常最大)であっても、上記ΔLの値は0.9mmとなり、1mm未満となる。また、コイルばねの素線倒れは、0.7°であった。つまり、ばね線の断面における外径側部分(外径側の面)が、ばね線の断面コイルばねの中心軸線に平行な外径基準線に対して、0.7°傾斜していた。
【0066】
スラストプレート(8)は、材質が冷間圧延鋼板(SPCC)であって、軟窒化処理による表面硬化処理を施した。表面処理前のスラストプレート(8)の表面硬度(ビッカース硬度)がHV180に対し、表面処理後の表面硬度はHV600程度であった。外回転体(2)は、材質が炭素鋼(S45C)であって、軟窒化処理による表面硬化処理を施した。表面処理前の外回転体の表面硬度がHV200に対し、表面処理後の表面硬度はHV600であった。
【0067】
<比較例1>
比較例1のプーリ構造体は、コイルばね以外、実施例1のプーリ構造体と同じ構成とした。比較例1のコイルばねのばね線は、上記実施例1の台形線のばね線と径方向長さW及び断面積が等しい角線とし、それ以外は、実施例1のコイルばねと同じ構成とした。ばね線の断面における軸方向長さTは、3.7mmであった。また、コイルばねの素線倒れは、1.2°であった。
【0068】
〔応力分布シミュレーション〕
実施例1及び比較例1のコイルばねについて、拡径方向にねじり変形(以下、単に拡径変形という)したときに入力されるねじりトルクと、コイルばねの面(内周面)に発生する最大主応力(曲げ応力の最大値)との関係を、汎用の構造解析ソフトウェアを用いたFEM(有限要素法)解析によるシミュレーションによって検討した。シミュレーションの境界条件として、以下の条件を設定した。
・コイルばねを軸方向に20%圧縮。
・コイルばねの前端及び後端の両方に、コイルばねが拡径変形する方向にねじりトルクを付与。
【0069】
シミュレーションの結果、実施例1、比較例1ともに、ねじりトルクを20N・m付与したときに、コイルばねの自由部分の外周面が外回転体(2)の環状面(2b)に当接して、コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制されることがわかった。つまり、コイルばねにねじりトルクを20N・m付与したときに、コイルばねの拡径方向のねじり変形が最大となることがわかった。コイルばねの拡径方向のねじり変形が最大となるときのコイルばねの拡径方向のねじり角度は、概ね70°であった。なお、この結果は、ねじりトルクの測定試験の結果(図4参照)と一致した。
【0070】
シミュレーションの結果、拡径変形時にコイルばねの面に発生する最大主応力(曲げ応力の最大値)は、部位別では、拡径変形時に引張力が作用するコイルばねの内周面が最も高くなることがわかった。
【0071】
図5は、シミュレーションにより得られた、コイルばねに入力されるねじりトルクと、コイルばねの最大主応力(曲げ応力の最大値)との関係を示すグラフである。図5から明らかなように、ばね線が台形線である実施例1のコイルばねは、ばね線が角線である比較例1に比べて、拡径変形したときに、どのねじり角度の領域においても、コイルばねのねじりに対する耐久性の指標とされるコイルばねの内周面に発生する最大主応力(曲げ応力の最大値)を低減できることがわかった。また、実施例1が比較例1に比べて、コイルばねの内周面に発生する最大主応力(曲げ応力の最大値)を低減できるという効果は、コイルばねに付与するねじりトルクが最大(20N・m付与)のときに最も大きくなった。ねじりトルクが最大のときにコイルばねの内周面に発生する最大主応力(曲げ応力の最大値)は、実施例1の場合(799MPa)が、比較例1の場合(867MPa)と比べて、約8%低い値を示した。
【0072】
〔耐摩耗試験〕
実施例1及び比較例1のプーリ構造体について、図6に示すエンジンベンチ試験機200を用いて、耐摩耗性試験を行った。エンジンベンチ試験機200は、補機駆動システムを含む試験装置であって、エンジン210のクランク軸211に取り付けられたクランクプーリ201と、エアコン・コンプレッサ(AC)に接続されたACプーリ202、ウォーターポンプ(WP)に接続されたWPプーリ203とを有する。実施例1及び比較例1のプーリ構造体100は、オルタネータ(ALT)220の軸221に接続される。また、クランクプーリ201とプーリ構造体100とのベルトスパン間に、オートテンショナ(A/T)204が設けられる。エンジンの出力は、1本のベルト(Vリブドベルト)250を介して、クランクプーリ201から時計回りに、プーリ構造体100、WPプーリ203、ACプーリ202に対してそれぞれ伝達されて、各補機(オルタネータ、ウォーターポンプ、エアコン・コンプレッサ)は駆動される。
【0073】
雰囲気温度90℃、ベルト張力1500Nにおいて、エンジンの始動と停止を交互に繰り返し、エンジン始動回数が、実車寿命に相当する50万回に達した時点で、試験を終了した。エンジンの1回当りの運転時間(始動から停止まで時間)は、10秒とした。なお、雰囲気温度は、実車において、オルタネータ、プーリ構造体、クランクプーリを囲む恒温槽内の温度を想定した温度である。また、毎回のエンジン始動の際のクランク軸の回転数は0〜1800rpmの間で変動していた。エンジンの始動と停止を繰り返すことで、コイルばねは、外回転体(2)の圧接面(2a)(以下、クラッチ係合部という)に対して係合と摺動を交互に繰り返す。
【0074】
試験終了後、プーリ構造体100を分解し、クラッチ係合部(圧接面)の最大摩耗深さを測定した。その結果を以下の表1に示す。また、表1には、計算によって得られた、クラッチ係合部(圧接面)とコイルばねとの間に作用する接触面圧の最大値も表示した。
【0075】
クラッチ係合部(圧接面)の最大摩耗深さが0.15mmを超える場合は、評価×(不合格)とした。クラッチ係合部(圧接面)の最大摩耗深さが0.15mm以下の場合は、実用に耐え得る問題なきレベルとして、評価○(合格)とした。クラッチ係合部(圧接面)の最大摩耗深さが0.075mm以下(合否判定レベル0.15mmの半減以下)の場合は、実用に十分余裕をもって耐え得る問題なきレベルとして、評価◎(合格)とした。
【0076】
【表1】
【0077】
表1に示すように、クラッチ係合部(圧接面)に対する摩耗抑制効果は、比較例1よりも実施例1の方が、高くなった。この結果から、コイルばねの素線倒れが小さくなるほど、コイルばねによるクラッチ係合部(圧接面)に作用する面圧は減少して、クラッチ係合部(圧接面)の摩耗を抑制できることがわかる。なお、コイルばねの素線倒れが最も大きい比較例1の評価が×(不合格)とならなかったのは、クラッチ係合部(圧接面)を含むプーリに対して表面硬化処理が施されていたためと考えられる。また、実施例1及び比較例1に設けたスラストプレートのばね座面の摩耗は軽微であり、摩耗の進行に伴う故障は認められなかった。
【0078】
本出願は、2016年4月28日付出願の日本特許出願2016−090836に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0079】
1 プーリ構造体
2 外回転体
2a 圧接面
3 内回転体
4 コイルばね
4d 自由部分
図1
図2
図3
図4
図5
図6