特許第6511654号(P6511654)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6511654培養容器並びに該培養容器を使用した細胞培養方法及び細胞観察方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6511654
(24)【登録日】2019年4月19日
(45)【発行日】2019年5月15日
(54)【発明の名称】培養容器並びに該培養容器を使用した細胞培養方法及び細胞観察方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20190425BHJP
   C12M 1/22 20060101ALI20190425BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190425BHJP
   C12N 5/00 20060101ALI20190425BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20190425BHJP
   G02B 21/14 20060101ALI20190425BHJP
【FI】
   C12M1/00 C
   C12M1/22
   C12Q1/02
   C12N5/00
   G01N33/48 M
   G02B21/14
【請求項の数】7
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-535580(P2017-535580)
(86)(22)【出願日】2016年8月19日
(86)【国際出願番号】JP2016074282
(87)【国際公開番号】WO2017030196
(87)【国際公開日】20170223
【審査請求日】2018年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2015-163143(P2015-163143)
(32)【優先日】2015年8月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】五 味 慎 一
(72)【発明者】
【氏名】加 川 健 一
(72)【発明者】
【氏名】依 田 祐 介
(72)【発明者】
【氏名】三 木 真 哉
(72)【発明者】
【氏名】濱 口 竜 哉
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 実開平5−80299(JP,U)
【文献】 特開2013−34396(JP,A)
【文献】 実開昭60−125899(JP,U)
【文献】 特開2016−144422(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 1/22
C12N 5/00
C12Q 1/02
G01N 33/48
G02B 21/14
CAplus/WPIDS(STN)
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹部を有する基体と、
前記凹部の底面の外縁領域及び前記凹部の内周面に形成された撥水層と
を備える、培養容器であって、
前記外縁領域が、前記凹部の底面の外周線に沿って環状に形成されており、
前記凹部の底面が、前記外縁領域の内側に位置する親水性の中央領域を有し、
前記撥水層の一方の面が前記凹部内の空間に露出する、培養容器。
【請求項2】
前記凹部の底面が平面である、請求項1に記載の培養容器。
【請求項3】
前記撥水層の一方の面と水との接触角が115°以上である、請求項1又は2に記載の培養容器。
【請求項4】
前記撥水層の他方の面側に形成されたDLC層をさらに備える、請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養容器。
【請求項5】
前記撥水層と前記DLC層との間に形成された密着層をさらに備える、請求項4に記載の培養容器。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の培養容器を使用して細胞を培養する方法であって、
前記凹部内に細胞を播種する前に、前記凹部の底面のうち前記外縁領域以外の領域に細胞外マトリックス層を形成する工程を含む、方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の培養容器を使用して細胞を観察する方法であって、
前記凹部内の細胞を、前記凹部の底面側又は開口部側から位相差顕微鏡で観察する工程
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養容器、該培養容器を使用して細胞を培養する方法、及び、該培養容器を使用して細胞を観察する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
培養容器として、凹部の内表面が親水化処理された培養容器が知られている(例えば、特許文献1)。凹部の内表面の親水化処理は、様々な目的で行われる。例えば、接着細胞を培養する場合、細胞、細胞の足場となる材料(例えば、細胞外マトリックス)等の凹部の内表面への接着性を向上させることを目的として、凹部の内表面を酸素プラズマ処理して表面電荷を導入し、その結果として凹部の内表面が親水化処理される。また、浮遊細胞を培養する場合、疎水性相互作用による細胞等の凹部の内表面への付着を防止することを目的として、凹部の内表面が超親水化処理される。
【0003】
凹部の内表面が親水化処理された培養容器を使用して細胞培養を行うと、凹部の内周面近傍の培養液が凹部の内周面に強く引きつけられる結果、培養液のうち、凹部の内周面近傍の部分の厚みが、それ以外の部分の厚みよりも大きくなり、培養液の液面が凹状に屈曲する現象、すなわち、凹型メニスカスが生じる。
【0004】
凹型メニスカスは、凹部の内周面が親水化処理されていない場合にも生じる。例えば、細胞培養中に、培養液に含有されるアミノ酸、タンパク質等の成分が凹部の内周面に吸着され、凹部の内周面が親水性に変化すると、凹型メニスカスが生じる。
【0005】
凹型メニスカスは、様々な問題を引き起こす。例えば、培養容器に細胞を播種する際、凹部の底面の単位面積あたりの細胞播種量が凹部の内周面近傍で増加するため、均一な細胞播種が困難となる。また、細胞培養後に、培養容器内の細胞を光学顕微鏡で観察する際、凹部の内周面近傍では液面が傾斜している影響で光軸が歪むため、凹部の内周面近傍に存在する細胞の観察が困難又は不可能となる。
【0006】
凹型メニスカスを防止する手法として、観察時に、撥水性内面を有する筒体を培養容器中に挿入する手法(特許文献2)、培養液上に透明な平板を浮かせる手法(特許文献3)等が知られている。
【0007】
一方、複数の凹部が形成されたマイクロプレートにおいて、ある凹部から試料が漏れ出して隣接する凹部に混入することを防止する手法として、マイクロプレートの凹部の内表面のうち、凹部の開口部と底面との中間部から、凹部の開口部までの間に、撥水性である第1領域を設けるとともに、凹部の底面から第1領域までの間に、親水性である第2領域を設ける手法(特許文献4)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2001−507218号公報
【特許文献2】特開昭62−69979号公報
【特許文献3】特開平5−181068号公報
【特許文献4】特開2004−245727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献2の手法では、筒体が凹部の内周面近傍に位置するため、凹部の内周面近傍の細胞の観察は依然として困難又は不可能である。また、特許文献2及び特許文献3の手法では、治具(筒体又は平板)の使用に起因する培養液への不純物の混入(コンタミネーション)が懸念される。さらに、特許文献4の手法では、凹部の開口部と底面との中間部から、凹部の底面までの領域(第2領域)が親水性であるため、凹型メニスカスを防止することができない。
【0010】
そこで、本発明は、治具を使用することなく、凹型メニスカスを防止することができる、培養容器、該培養容器を使用して細胞を培養する方法、及び、該培養容器を使用して細胞を観察する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の発明を提供する。
(1)凹部を有する基体と、前記凹部の底面の外縁領域及び前記凹部の内周面に形成された撥水層とを備える、培養容器であって、前記撥水層の一方の面が前記凹部内の空間に露出する、培養容器。
(2)前記凹部の底面が平面である、(1)に記載の培養容器。
(3)前記撥水層の一方の面と水との接触角が115°以上である、(1)又は(2)に記載の培養容器。
(4)前記撥水層の他方の面側に形成されたDLC層をさらに備える、(1)〜(3)のいずれかに記載の培養容器。
(5)前記撥水層と前記DLC層との間に形成された密着層をさらに備える、(4)に記載の培養容器。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の培養容器を使用して細胞を培養する方法であって、前記凹部内に細胞を播種する前に、前記凹部の底面のうち前記外縁領域以外の領域に細胞外マトリックス層を形成する工程を含む、方法。
(7)(1)〜(5)のいずれかに記載の培養容器を使用して細胞を観察する方法であって、前記凹部内の細胞を、前記凹部の底面側又は開口部側から位相差顕微鏡で観察する工程を含む、方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、治具を使用することなく、凹型メニスカスを防止することができる培養容器、該培養容器を使用して細胞を培養する方法、及び、該培養容器を使用して細胞を観察する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、第1実施形態に係る培養容器の斜視図である。
図2図2は、図1に示す培養容器のA−A線端面図である。
図3図3は、図2中の符号Pで表される部分の拡大図である。
図4図4は、図1に示す培養容器の培養容器本体が備える基体の斜視図である。
図5図5は、図4に示す基体のB−B線端面図である。
図6図6は、細胞外マトリックス層を形成する工程を説明するための図である。
図7A図7Aは、撥水層が形成されていない場合に生じる凹型メニスカスを説明するための図である。
図7B図7Bは、図1に示す培養容器において、撥水層が形成されていることにより、凹型メニスカスの発生が防止されることを説明するための図である。
図8図8は、細胞観察に使用される透過型倒立顕微鏡の概略図である。
図9図9は、第2実施形態に係る培養容器の斜視図である。
図10図10は、図9に示す培養容器のC−C線端面図である。
図11図11は、図10中の符号Qで表される部分の拡大図である。
図12図12は、第3実施形態に係る培養容器の斜視図である。
図13図13は、図12に示す培養容器のD−D線端面図である。
図14図14は、撥水層を形成した培養ディッシュの顕微鏡観察像を示す図である。
図15図15は、撥水層を形成した培養ディッシュの顕微鏡観察像を示す図である。
図16図16は、撥水層を形成した培養ディッシュの顕微鏡観察像を示す図である。
図17図17は、撥水層を形成していない通常の培養ディッシュの顕微鏡観察像である。
図18図18は、接触角と位相差顕微鏡観察可能範囲との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。
〔第1実施形態〕
第1実施形態に係る培養容器10Aは、顕微鏡観察用培養容器、すなわち、細胞培養が可能であるとともに、培養された細胞の顕微鏡観察が可能である培養容器である。したがって、培養容器10Aは、細胞培養のために容器に要求される条件と、顕微鏡観察のために容器に要求される条件とを満たすように構成されている。但し、培養容器10Aの構成は、細胞培養が可能な範囲で適宜変更可能である。培養容器が顕微鏡観察用でない場合、顕微鏡観察のために容器に要求される条件を満たす必要はない。
【0015】
培養容器10Aで培養される細胞としては、例えば、浮遊細胞、接着細胞等が挙げられる。接着細胞としては、例えば、多能性幹細胞(例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)等)、幹細胞、前駆細胞、体細胞、生殖細胞等が挙げられる。浮遊細胞としては、例えば、T細胞、B細胞等の血球系細胞等が挙げられる。培養容器10Aで培養される細胞は、組織を形成していてもよい。組織としては、例えば、軟骨組織、骨組織、筋組織、角膜組織、血管組織等が挙げられる。組織は、生体から分離した組織であってもよいし、幹細胞から分化させた組織であってもよい。
【0016】
図1及び図2に示すように、培養容器10Aは、培養容器本体1A及び蓋体2を備える。
【0017】
図1及び図2に示すように、培養容器本体1Aは、凹部4を有する基体3と、凹部4の底面41の外縁領域411及び凹部4の内周面42に形成された撥水層5とを備える。なお、撥水層5を含む任意の層が有する2つの面のうち、凹部4内の空間側の面を「一方の面」といい、それと反対側の面を「他方の面」という場合がある。
【0018】
本実施形態において、基体3は、φ100mm径、φ60mm径、φ35mm径等のディッシュであり、基体3が有する凹部の数は1である。但し、基体3が有する凹部の数は培養容器の用途に応じて適宜変更可能であり、基体3が有する凹部の数は2以上であってもよい。基体3が有する凹部の数は2以上である場合、それぞれの凹部は凹部4と同様に構成することができる。2以上の凹部を有する基体としては、例えば、6穴、24穴、48穴、96穴等の円筒形ウェルを有するマルチウェルプレート等が挙げられる。
【0019】
図4及び図5に示すように、基体3は、底壁部31と、底壁部31の周縁から起立して凹部4を形成する側壁部32とを有する。本実施形態において、底壁部31及び側壁部32は一体成形されている。底壁部31は、厚みが略一定の平板状部材で構成されており、底壁部31の内壁面及びそれと反対側の外壁面は平面である。側壁部32は、厚みが略一定の筒状部材で構成されており、側壁部32の内壁面及びそれと反対側の外壁面は柱面(可展面)である。但し、底壁部31及び側壁部32の形状は、培養容器の用途に応じて適宜変更可能である。
【0020】
底壁部31の内壁面が平面であることは、培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合の好ましい条件である。その理由は、凹部4の底面41が平面であることが好ましい理由(後述)と同様である。
【0021】
底壁部31の内壁面及びそれと反対側の外壁面が平面であることは、凹部4内で培養された細胞を顕微鏡で観察する場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、底壁部31の光透過性を利用した顕微鏡観察の精度を向上させることができる。なお、底壁部31の光透過性を利用した顕微鏡観察としては、例えば、培養容器本体1Aの下方から光を照射し、透過光を培養容器本体1Aの上方で受光する透過型正立顕微鏡観察、培養容器本体1Aの上方から光を照射し、透過光を培養容器本体1の下方で受光する透過型倒立顕微鏡観察、培養容器本体1Aの下方から光を照射し、反射光を培養容器本体1Aの下方で受光する落射型倒立顕微鏡等が挙げられる。
【0022】
底壁部31の内壁面全体及び側壁部32の内壁面全体には、親水化処理が施されている。親水化処理としては、例えば、内壁面への親水性官能基の導入、内壁面への親水層の形成等が挙げられる。親水化処理は、培養容器に対して一般的に行われる親水化処理に従って行うことができる。例えば、プラズマ処理、コロナ放電処理、紫外線照射等の処理によって、内壁面へ親水性官能基を導入することができる。また、親水層の原料液(例えば、コラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、ポリリジン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン等の親水性物質の溶液)を、内壁面に対して、例えば、スプレー、ディッピング、刷毛塗り等の方法によって塗布した後、硬化させることにより、内壁面に親水層を形成することができる。硬化処理は、加熱法、常温放置、プラズマ法等を用いて行うことができる。親水層を形成する際、化学反応、プラズマ反応、電子線、放射線又は紫外線を使用した反応により、親水層を、内壁面に結合させてもよい。
【0023】
本実施形態において、底壁部31を構成する材料は光透過性材料である。光透過性材料としては、例えば、プラスチック、ガラス、セラミックス等が挙げられる。ブラスチックとしては、例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル(例えば、ポリエチレンテレフタレート)、アクリル樹脂(例えば、ポリメチルメタクリレート)等が挙げられる。ガラスとしては、例えば、シリカガラス等が挙げられる。セラミックスとしては、シリカ等が挙げられる。
【0024】
底壁部31を構成する材料は光透過性材料であることは、凹部4内で培養された細胞を顕微鏡で観察する場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、底壁部31の光透過性を利用した顕微鏡観察の精度を向上させることができる。
【0025】
側壁部32を構成する材料は、光透過性材料であってもよいし、光不透過性材料であってもよいが、本実施形態では、底壁部31及び側壁部32が一体成形されているので、側壁部32は、底壁部31と同様に光透過性材料で構成されている。なお、光不透過性材料としては、例えば、アルミナ等のセラミック、白色、黒色等に着色されたプラスチック等が挙げられる。
【0026】
図4及び図5に示すように、凹部4は、底面41と、底面41の周縁から起立する内周面42と、底面41の反対側に位置する開口部43とを有する。
【0027】
図4及び図5に示すように、凹部4の底面41は、境界線L1によって、外縁領域411と、外縁領域411の内側に位置する中央領域412とに区画されている。なお、境界線L1は仮想線であり、外縁領域411及び中央領域412は仮想領域である。
【0028】
境界線L1は、底面41の外周線よりも内側に位置する環状線である。本実施形態において、境界線L1は円形状であるが、その他の環状であってもよい。その他の環状としては、例えば、楕円形状、矩形状等が挙げられる。
【0029】
外縁領域411は、底面41の外周線に沿って延在する環状領域である。外縁領域411の外周線は底面41の外周線と一致し、外縁領域411の内周線は境界線L1と一致する。外縁領域411は幅W1を有する。幅W1は、底面41の外周線と境界線L1との距離である。
【0030】
外縁領域411は、撥水層5が形成されることにより、細胞が接着しにくい領域となるので、培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合、外縁領域411の幅W1は小さいことが好ましい。培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合、外縁領域411の幅W1は、底面41の面積に対する外縁領域411の面積の割合が85%以下となるように調整されることが好ましく、50%以下となるように調整されることがさらに好ましい。なお、底面41の面積に対する外縁領域411の面積の割合の下限値は特に限定されないが、好ましくは5%、さらに好ましくは10%である。例えば、底面41の半径が17.5mm以上である場合、外縁領域411の幅W1は、10mm以下となるように調整されることが好ましく、5mm以下となるように調整されることがさらに好ましい。なお、外縁領域411の幅W1の下限値は特に限定されないが、好ましくは0.5mm、さらに好ましくは1mmである。
【0031】
凹部4の底面41は、基体3の底壁部31の内壁面又は該内壁面に形成された親水層の一方の面によって形成されており、凹部4の内周面42は、基体3の側壁部32の内壁面又は該内壁面に形成された親水層の一方の面によって形成されている。
【0032】
凹部4の底面41は平面であり、凹部4の内周面42は柱面(可展面)である。凹部4の平面視形状は円形状であり、凹部4の断面視形状は矩形状である。但し、凹部4の平面視形状及び断面視形状は適宜変更可能である。凹部4の平面視形状は、例えば、楕円形状、矩形状等であってもよい。凹部4の断面視形状は、例えば、台形状等であってもよい。凹部4の断面視形状が台形状である場合、底面41全体が開口部43から視認可能となるように、台形の上辺及び下辺のうち長さが短い方が凹部4の底面41側に位置することが好ましい。
【0033】
凹部4の底面41が平面であることは、培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、接着細胞の足場となる細胞外マトリックス層を、凹部4の底面41の中央領域412に形成する際に有利である。具体的には、図6に示すように、細胞外マトリックス層を形成する際、凹部4の底面41の中央領域412に添加され、底面41の周縁に向かって広がる細胞外マトリックス溶液Mが底面41の外縁領域411に到達すると、外縁領域411に形成された撥水層5で弾かれて液滴状となり、中央領域412に留まる。したがって、中央領域412の一部又は全体に細胞外マトリックスを効率よく吸着させることができる。このことは以下の2つの大きな効果を生む。1つは、細胞外マトリクス溶液Mを、細胞培養を行なう中央領域412にのみ選択的に導入することができるため、一般に高価である細胞外マトリクスの損失が少ない。もう1つは、凹部4の内周面42に形成された撥水層5への細胞外マトリックスの吸着が抑制されるので、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に細胞外マトリクスが吸着して撥水層5の表面が親水化することに起因する凹型メニスカスの発生を防止することができる。通常、細胞外マトリクス溶液Mに含まれるタンパク質の濃度は非常に高濃度であり、かつ一般的なタンパク質に比較して吸着性が非常に高い。底面41の外縁領域411に撥水層5が形成されておらず、撥水層5が内周面42にのみ形成されていると、細胞外マトリクス溶液Mが凹部4の内周面42に容易に到達し、その撥水性を低下させるため、凹型メニスカスの発生を抑制する効果が損なわれる。したがって、凹部4の内周面42だけでなく、そこからさらに底面41側の一部に入り込んだ領域(すなわち外縁領域411)まで撥水層5を形成することにより、底面41の外縁領域411に形成された撥水層5については細胞外マトリックスが吸着して撥水性が損なわれたとしても、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に細胞外マトリックスが吸着して撥水層5の表面が親水化することを防止することができる。このため、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に培養液中の成分が引きつけられることを防止することができ、凹型メニスカスの発生を防止することができる。
【0034】
底壁部31の内壁面全体及び側壁部32の内壁面全体には、親水化処理が施されているので、凹部4の底面41及び内周面42は親水性を有している。凹部4の底面41のうち、少なくとも中央領域412が親水性を有することは、培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、接着細胞の足場となる細胞外マトリックス層を、凹部4の底面41の中央領域412に形成する際に有利である。具体的には、細胞外マトリックス層を形成する際、凹部4の底面41の中央領域412に添加された細胞外マトリックス溶液中の成分が底面41の中央領域412に吸着されやすくなる。
【0035】
図1及び図2に示すように、撥水層5は、凹部4の底面41の外縁領域411及び凹部4の内周面42に形成されている。本発明において、「撥水層が凹部の底面の外縁領域及び凹部の内周面に形成されている」とは、撥水層が、凹部の底面の外縁領域全体及び凹部の内周面全体に、直接、あるいは、1又は2以上の層で構成される中間層を介して形成されていることを意味する。本実施形態では、図1及び図2に示すように、撥水層5が、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、中間層6Aを介して形成されている。
【0036】
図1及び図2に示すように、撥水層5の一方の面は、凹部4内の空間に露出しており、撥水層5の他方の面は、中間層6Aの一方の面と接している。中間層6Aの一方の面は、撥水層5の他方の面と接しており、中間層6Aの他方の面は、凹部4の底面41の外縁領域411及び凹部4の内周面42と接している。
【0037】
図1及び図2に示すように、中間層6Aは、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に形成されている。中間層6Aは、底面41の外縁領域411全体に延在する第1部分と、内周面42全体に延在する第2部分とを有する。中間層6Aの第1部分の内周面42側の端縁部は、中間層6Aの第2部分の底面41側の端縁部と連続している。中間層6Aの第1部分の境界線L1側の端縁部は、平面視において境界線L1と一致する。
【0038】
図1及び図2に示すように、撥水層5は、中間層6Aの一方の面全体に形成されている。中間層6Aの一方の面は、中間層6Aの第1部分の面に相当する第1領域と、中間層6Aの第2部分の面に相当する第2領域とを有する。撥水層5は、中間層6Aの一方の面の第1領域全体に延在する第1部分と、中間層6Aの一方の面の第2領域全体に延在する第2部分とを有する。撥水層5の第1部分の内周面42側の端縁部は、撥水層5の第2部分の底面41側の端縁部と連続している。撥水層5の第1部分の境界線L1側の端縁部は、平面視において境界線L1と一致する。
【0039】
撥水層5は、撥水剤を含有する。撥水剤としては、例えば、ポリシロキサン、有機基及び/又はフッ素原子が導入されたポリシロキサン、フッ素樹脂等が挙げられる。ポリシロキサンに導入される有機基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等のアルキル基、ビニル基、フェニル基等のアリール基等が挙げられる。フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)等が挙げられる。撥水層5には、撥水剤以外に、プライマー成分が含有されていてもよい。プライマー成分は、撥水層5に隣接する層(本実施形態では、密着層62A)を構成する物質の官能基と結合可能な官能基を有する。プライマー成分としては、例えば、シランカップリング剤等が挙げられる。例えば、シランカップリング剤のシラノール基が、密着層62Aを構成する物質の水酸基と結合してシロキサン結合を形成することにより、撥水層5と密着層62Aとの接合力を向上させることができる。
【0040】
撥水層5の厚みは、好ましくは0.01〜0.2μmである。撥水層5は、撥水層5を形成すべき面に対して、例えば、スプレー、ディッピング、刷毛塗り等の方法を使用して、撥水層の原料液(例えば、撥水剤溶液)を塗布した後、硬化させることにより形成することができる。硬化処理は、加熱法、常温放置、プラズマ法等を用いて行うことができる。撥水層5を形成する際、化学反応、プラズマ反応、電子線、放射線又は紫外線を使用した反応により、撥水層5を、撥水層5を形成すべき面に結合させてもよい。
【0041】
撥水層5が有する2つの面のうち、凹部4内の空間に露出する一方の面は、撥水性を有する。本発明において、「撥水性」とは、撥水層の一方の面と水との接触角が90°以上であることを意味する。撥水層5の一方の面と水との接触角は、好ましくは105°以上、さらに好ましくは115°以上である。ここでの接触角は、純水を使用した場合の接触角であり、接触角の測定方法としては、θ/2法を採用している。接触角の測定には、市販の接触角測定装置(例えば、株式会社マツボー製PG−X等)を使用することができる。
【0042】
図3に示すように、中間層6Aは、撥水層5の他方の面側に形成されたDLC層61Aと、撥水層5及びDLC層61Aの間に形成された密着層62Aとを有する。なお、本発明において「DLC」はダイヤモンドライクカーボンを意味する。
【0043】
DLC層61Aは、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に形成されている。密着層62Aは、DLC層61Aの一方の面全体に形成されている。撥水層5は、密着層62Aの一方の面全体に形成されている。
【0044】
DLC層61Aは、撥水層5の撥水性を向上させることができる。また、DLC層61Aは、密着層62Aの成分が基体3を溶かさないようにするためのバリア層にもなる。
【0045】
DLC層61Aの厚みは、好ましくは0.1〜1.0μmである。DLC層は、炭化水素を主成分とする硬質膜であって、非晶質(アモルファス)でありながらダイヤモンド構造(SP3構造)とグラファイト構造(SP2構造)とが混在したものである。DLC層に含まれる水素原子の一部はフッ素原子で置換されていてもよい。DLC層の形成方法としては、例えば、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、高周波・高電圧パルス重畳型成膜法、プラズマブースター法、プラズマCVD法等が挙げられる。DLC層の形成に用いられる原料ガスとしては、例えば、炭化水素ガス等が挙げられる。炭化水素としては、例えば、CH、CHCH、C、CHCHCH、CHCHCHCH、CCH、CCHCH、C(CH、CH(CHCH等が挙げられる。
【0046】
密着層62Aは、撥水層5とDLC層61Aとをより強固に密着させることができる。
【0047】
密着層62Aの厚みは、好ましくは0.1〜1.5μmである。密着層62Aとしては、例えば、シリカ層、ジルコニア層、チタニア層等が挙げられる。密着層62Aは、密着層62Aを形成すべき面に対して、例えば、スプレー、ディッピング、刷毛塗り等の方法を使用して、密着層62Aの原料液(シリカ層の場合は、例えば、エチルシリケート(TEOS)溶液、ジルコニア層の場合は、例えば、ノルマルブチルジルコネート(NBZ)溶液、チタニア層の場合は、例えば、ブチルチタネートダイマー(DBT)溶液)を塗布した後、硬化させることにより形成することができる。硬化処理は、加熱法、常温放置、プラズマ法等を用いて行うことができる。密着層62Aを形成する際、化学反応、プラズマ反応、電子線、放射線又は紫外線を使用した反応により、密着層62Aを、密着層62Aを形成すべき面に結合させてもよい。
【0048】
凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、中間層6Aを介して撥水層5が形成されることにより、凹部4内には培養室が形成されている。撥水層5の一方の面は、凹部4内の空間に露出しており、撥水層5の一方の面のうち、撥水層5の第1部分の面に相当する領域は、培養室の底面の外縁領域を形成しており、撥水層5の第2部分の面に相当する領域は、培養室の内周面を形成している。これにより、培養室の底面の外縁領域及び内周面には撥水性が付与されている。凹部4の底面41のうち、撥水層5が形成されていない領域、すなわち、中央領域412は、凹部4内の空間に露出しており、培養室の底面の中央領域を形成している。これにより、培養室の底面の中央領域には親水性が付与されている。
【0049】
蓋体2は、培養容器本体1に対して着脱自在に構成される。蓋体2が培養容器本体2に装着されると、凹部4の開口部43が封止される。これにより、凹部4内への不純物の混入(コンタミネーション)を防止することができる。
【0050】
蓋体2のうち、凹部4の開口部43を封止する部分は、厚みが略一定の平板状部材で構成されており、その部分の内壁面(開口部43側の壁面)及びそれと反対側の外壁面は平面である。蓋体2の構成は、培養容器の用途に応じて適宜変更可能である。
【0051】
蓋体2のうち、凹部4の開口部43を封止する部分の内壁面及びそれと反対側の外壁面が平面であることは、凹部4内で培養された細胞を顕微鏡で観察する場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、蓋材2の光透過性を利用した顕微鏡観察の精度を向上させることができる。なお、蓋体2の光透過性を利用した顕微鏡観察としては、例えば、培養容器本体1Aの下方から光を照射し、透過光を培養容器本体1Aの上方で受光する透過型正立顕微鏡観察、培養容器本体1Aの上方から光を照射し、反射光を培養容器本体1Aの上方で受光する落射型正立顕微鏡、培養容器本体1Aの上方から光を照射し、透過光を培養容器本体1Aの下方で受光する透過型倒立顕微鏡観察等が挙げられる。
【0052】
本実施形態において、蓋体2を構成する材料は光透過性材料である。光透過性材料としては、培養容器本体1Aと同様の具体例が挙げられる。顕微鏡観察において、蓋体2が培養容器本体1Aに装着されない場合、蓋体2を構成する材料は、光不透過性材料であってもよい。
【0053】
蓋体2を構成する材料が光透過性材料であることは、凹部4内で培養された細胞を顕微鏡で観察する場合の好ましい条件である。すなわち、この条件が満たされると、蓋体2の光透過性を利用した顕微鏡観察の精度を向上させることができる。
【0054】
培養容器本体1Aは、
(A1)凹部4を有する基体3を準備する工程、
(A2)凹部4の底面41の中央領域412をマスキングする工程、
(A3)凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、DLC層61Aを形成する工程、
(A4)工程(A3)で形成されたDLC層61Aの一方の面全体に密着層62Aを形成する工程、及び
(A5)工程(A4)で形成された密着層62Aの一方の面全体に撥水層5を形成する工程
を含む方法によって製造することができる。
【0055】
工程(A1)では、凹部4を有する基体3として、例えば、市販の基体を準備する。基体は、通常、蓋体とセットで市販されている。例えば、底壁部の内壁面全体及び側壁部の内壁面全体に親水化処理が施されている基体、底壁部の内壁面全体及び側壁部の内壁面全体に親水化処理が施されていない基体(例えば、底壁部及び側壁部を構成するポリスチレンが底壁部の内壁面及び側壁部の内壁面に露出する基体)等が市販されている。培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合、少なくとも凹部の底面の中央領域に親水化処理が施された基体を使用することが好ましい。このような基体を使用すると、接着細胞の足場となる細胞外マトリックス層を、凹部の底面の中央領域に形成する際に有利である。したがって、底壁部の内壁面全体及び側壁部の内壁面全体に親水化処理が施されている基体を基体3として使用することが好ましい。また、底壁部の内壁面全体及び側壁部の内壁面全体に親水化処理が施されていない基体を使用する場合には、少なくとも凹部の底面の中央領域に親水化処理を施した後に基体3として使用することが好ましい。なお、親水化処理に関する説明は上記と同様であるので省略する。
【0056】
工程(A2)では、例えば、市販のマスキング材を使用して、凹部4の底面41の中央領域412を被覆する。マスキング材の材質および形状は、その後の工程で用いられる各種処理(DLC層形成処理、密着層形成、撥水層形成処理等)から、中央領域412を保護し得る限り特に限定されない。工程(A2)において、凹部4の底面41の直径より小さい任意の直径のマスキング材を用いて中央領域412を被覆することで、凹部4の底面41に外縁領域411を任意の幅で形成することができる。
【0057】
工程(A3)では、例えば、プラズマCVD法を使用して、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体にDLC層61Aを形成する。プラズマCVD法では、DLC層61Aの原料ガスをプラズマ化し、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体にDLC層61Aを形成する。
【0058】
工程(A4)では、例えば、スプレー、ディッピング、刷毛塗り等の方法を使用して、DLC層61Aの一方の面全体に密着層62Aの原料液を塗布して硬化させることにより、DLC層61Aの一方の面全体に密着層62Aを形成する。
【0059】
工程(A5)では、例えば、スプレー、ディッピング、刷毛塗り等の方法を使用して、密着層62Aの一方の面全体に撥水層5の原料液を塗布して硬化させることにより、密着層62Aの一方の面全体に撥水層5を形成する。
【0060】
以下、培養容器10Aを使用した細胞培養方法を説明する。本実施形態では、培養容器本体1Aが蓋体2と組み合わせて使用されるが、培養容器本体1Aが単独で使用されてもよい。
【0061】
培養容器本体1A及び蓋体2は、細胞培養に使用する前に滅菌されていることが好ましい。滅菌法としては、例えば、オートクレーブ中で熱処理する方法、エチレンオキサイドガスで滅菌する方法、ガンマ線、電子線、紫外線等の放射線を照射する方法等が挙げられる。フッ素化したポリシロキサンを含む化合物により構成された撥水層5は、オートクレーブ、エチレンオキサイド、ガンマ線滅菌処理後も表面機能(すなわち、撥水性)を維持することが確認されている。
【0062】
培養容器10Aを使用した細胞培養方法では、まず、培養容器本体1Aの凹部4内に細胞、培養液等の培養材料を収容する(細胞播種工程)。従来の、一般的な培養容器の場合、凹部4の内周面42に撥水層5が形成されておらず、親水性を有する凹部4の内周面42が凹部4内の空間に露出する。このため、図7に示すように、凹部4内に培養液Sが収容されると、培養液Sが内周面42に強く引きつけられる結果、培養液Sのうち、内周面42近傍の部分S1の厚みが、それ以外の部分よりも厚みよりも大きくなり、培養液Sの液面が凹状に屈曲する現象、すなわち、凹型メニスカスが生じる。培養液Sのうち、内周面42近傍の部分S1は幅W2を有する。なお、幅W2は、培養液Sの液面の変曲点と凹部4の内周面42との距離である。従来の、一般的な培養容器では、凹型メニスカスの影響により、培養液S1のうち、内周面42近傍の部分S1の厚みが、中央部分の厚みより大きいため、凹部4の底面41の単位面積あたりの細胞播種量が凹部4の内周面42近傍で増加し、細胞播種が不均一となる。これに対して、本実施形態における培養容器本体1Aでは、凹部4の底面41及び内周面42に撥水層5が形成されているので、凹部4の内周面42近傍の培養液は、凹部4の内周面42に強く引きつけられない。したがって、凹型メニスカスの発生が防止される。また、凹型メニスカスの発生が防止されると液面が平坦化され、凹部4の内周面42近傍の部分の厚みがそれ以外の部分の厚みよりも大きくならないので、凹部4の底面41の単位面積あたりの細胞播種量が凹部4の内周面42近傍で増加しない。したがって、均一な細胞播種が可能である。
【0063】
次いで、培養容器本体1Aに蓋体2を装着し、凹部4の開口部43を封止する(蓋体装着工程)。なお、培養容器本体1Aを単独で使用する場合、蓋体装着工程は省略される。
【0064】
次いで、常法に従って、凹部4内で細胞を培養する(細胞培養工程)。細胞培養工程において、培養液に含有されるアミノ酸、タンパク質等の成分は、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に吸着しにくい。したがって、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に培養液中の成分が吸着して撥水層5の表面が親水化することに起因する凹型メニスカスの発生を防止することができる。すなわち、細胞培養工程を通じて、凹型メニスカスが発生しない状態を維持することができる。
【0065】
凹部4内で培養される細胞が接着細胞である場合、培養容器10Aを使用した細胞培養方法は、細胞播種工程の前に、凹部4の底面41の中央領域412の一部又は全体に、細胞外マトリックス層を形成する工程(細胞外マトリックス層形成工程)を含むことが好ましい。
【0066】
細胞外マトリックス層は、細胞外マトリックス構成成分(例えば、タンパク質等)を含有する。細胞外マトリックスは、細胞が培養される際、細胞の足場となる材料である。
【0067】
細胞外マトリックス層形成工程では、例えば、凹部42の底面41の中央領域412に、細胞外マトリックス溶液を添加し、中央領域412の一部又は全体に細胞外マトリックスを吸着させることにより、細胞外マトリックス層を形成する。
【0068】
中央領域412への細胞外マトリックス溶液の添加は、添加された細胞外マトリックス溶液が、徐々に、底面41の周縁に向かって広がるように、少量ずつ添加(例えば、滴下)することが好ましい。
【0069】
細胞外マトリックス溶液は、例えば、市販の細胞外マトリックスを推奨濃度で適当な溶媒(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に希釈することにより調製することができる。中央領域412に添加された細胞外マトリックス溶液を、例えば、37℃環境下で2時間以上又は4℃環境下で一晩以上放置することにより、中央領域412の一部又は全体に細胞外マトリックスを吸着させることができる。放置後、残存する細胞外マトリックス溶液は除去される。
【0070】
図6に示すように、中央領域412に添加された細胞外マトリックス溶液Mは、底面41の周縁に向かって広がるが、外縁領域411に到達すると、外縁領域411に形成された撥水層5で弾かれて液滴状となり、中央領域412に留まる。したがって、中央領域412の一部又は全体に細胞外マトリックスを効率よく吸着させることができる。このことは以下の2つの大きな効果を生む。1つは、細胞外マトリクス溶液Mを、細胞培養を行なう中央領域412にのみ選択的に導入することができるため、一般に高価である細胞外マトリクスの損失が少ない。もう1つは、凹部4の内周面42に形成された撥水層5への細胞外マトリックスの吸着が抑制されるので、凹部4の内周面42に形成された撥水層5に細胞外マトリクスが吸着して撥水層5の表面が親水化することに起因する凹型メニスカスの発生を防止することができる。
【0071】
以下、培養容器10Aを使用した細胞観察方法を説明する。本実施形態では、培養容器本体1Aが蓋体2と組み合わせて使用されるが、培養容器本体1Aが単独で使用されてもよい。
【0072】
培養容器10Aを使用した細胞観察方法は、凹部4内の細胞を、凹部4の底面41側又は開口部43側から顕微鏡で観察する工程を含む。
【0073】
観察に使用される顕微鏡としては、例えば、位相差顕微鏡等の光学顕微鏡等が挙げられる。凹部4内の細胞を、凹部4の底面41側から観察する場合に使用される顕微鏡としては、例えば、倒立顕微鏡(落射型倒立顕微鏡又は透過型倒立顕微鏡)等が挙げられる。凹部4内の細胞を、凹部4の開口部43側から観察する場合に使用される顕微鏡としては、例えば、正立顕微鏡(落射型正立顕微鏡又は透過型正立顕微鏡)等が挙げられる。
【0074】
落射型倒立顕微鏡を使用する場合、例えば、培養容器10Aの下方に設置された光源から、培養容器本体1Aの底壁部31を通じて、凹部4内へ光を照射し、凹部4内の細胞で反射された光を、培養容器本体1Aの底壁部31を通じて、培養容器1の下方に設置された落射型倒立顕微鏡で受光することにより、凹部4内の細胞を観察することができる。
【0075】
透過型倒立顕微鏡を使用する場合、例えば、培養容器10Aの上方に設置された光源から、蓋体2を通じて、凹部4内へ光を照射し、凹部4内を透過した光を、培養容器本体1Aの底壁部31を通じて、培養容器10Aの下方に設置された透過型倒立顕微鏡で受光することにより、凹部4内の細胞を観察することができる。
【0076】
落射型正立顕微鏡を使用する場合、培養容器10Aの上方に設置された光源から、蓋体2を通じて、凹部4内へ光を照射し、凹部4内の細胞で反射された光を、蓋体2を通じて、培養容器10Aの上方に設置された落射型正立顕微鏡で受光することにより、凹部4内の細胞を観察することができる。
【0077】
透過型正立顕微鏡を使用する場合、培養容器10Aの下方に設置された光源から、培養容器本体1Aの底壁部31を通じて、凹部4内へ光を照射し、凹部4内を透過した光を、蓋体2を通じて、培養容器1の上方に設置された透過型正立顕微鏡で受光することにより、凹部4内の細胞を観察することができる。
【0078】
以下、透過型倒立顕微鏡を使用する場合の一実施形態を説明する。本実施形態では、培養容器本体1Aが蓋体2と組み合わせて使用されるが、培養容器本体1Aが単独で使用されてもよい。
図8に示すように、透過型倒立顕微鏡8は、照明光学系81、ステージ82、観察光学系83及び撮像素子84を備える、細胞の位相差像の撮像が可能な位相差顕微鏡である。
【0079】
ステージ82には、細胞培養後の培養容器10Aが、培養容器本体1Aに蓋体2が装着された状態で載置されている。細胞培養後の培養容器10Aの凹部4内には、培養された細胞及び培養に使用された培養液が収容されている。凹部4内の細胞が観察対象物である。
【0080】
照明光学系81は、位相差像の生成に適した照明光を生成し、ステージ82上に保持された培養容器10Aに照射する。照明光学系81は、光学顕微鏡に一般的に用いられる照明光学系と同様に構成することができる。照明光学系81は、例えば、ハロゲンランプ等の光源から生じた光を、フィールドレンズ、リング絞り、コンデンサレンズ等を通過させることにより、位相差像の生成に適した均一照明光に調整し、ステージ82上の培養容器10Aに照射する。
【0081】
ステージ82は、培養容器10Aを支持し、培養容器10Aの位置を調整する。ステージ82は、モータ等によって、垂直方向(光学軸に沿った方向)及び水平方向(光学軸に垂直な方向)に移動可能であることが好ましい。
【0082】
観察光学系83は、例えば、対物レンズ、位相差板、結像レンズ等を備えており、照明光学系81から照射され、凹部4内を透過した光を受光し、位相差像を結像させる。
【0083】
撮像素子84は、観察光学系83によって結像された観察対象物の位相差像を撮像する。撮像素子84は、例えば、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサ、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサ等を備える。
【0084】
照明光学系81、ステージ82、観察光学系83及び撮像素子84の動作は、不図示の制御部によって制御される。
【0085】
透過型倒立顕微鏡8において、例えば、撮像素子84の代わりに人間が肉眼で観察対象物を観察するための接眼レンズ等が設けられていてもよい。
【0086】
透過型倒立顕微鏡8を使用した観察は、次のように行われる。照射光学系81から、ステージ82上に保持された培養容器10Aへ照射光R1が照射される。照射光R1は、蓋体2を通じて、凹部4内に入り、凹部4内を透過する。培養容器本体1Aの底壁部31を通じて透過した透過光R2は、観察光学系83で受光され、位相差像が結像される。観察光学系83によって結像された観察対象物の位相差像は、撮像素子84によって撮像される。こうして、透過型倒立顕微鏡8を使用して、凹部4内の細胞が観察される。
【0087】
凹部4の内周面42に撥水層5が形成されていない場合、親水性を有する凹部4の内周面42が凹部4内の空間に露出する。このため、図7Aに示すように、凹部4内に培養液Sが収容されると、培養液Sが内周面42に強く引きつけられる結果、培養液Sのうち、内周面42近傍の部分S1の厚みが、それ以外の部分よりも厚みよりも大きくなり、培養液Sの液面が凹状に屈曲する現象、すなわち、凹型メニスカスが生じる。凹型メニスカスが生じると、内周面42近傍では液面が傾斜している影響で光軸が歪むため、内周面42近傍の部分S1に存在する細胞の観察は困難又は不可能である。これに対して、図7Bに示すように、本実施形態における培養容器本体1Aでは、凹部4の底面41及び内周面42に撥水層5が形成されているので、凹部4の内周面42近傍の培養液Sは、凹部4の内周面42に強く引きつけられない。したがって、凹型メニスカスの発生が防止される。このため、内周面42近傍において液面の傾斜に起因する光軸の歪みが生じず、内周面42近傍に存在する細胞の観察が可能である。すなわち、顕微鏡観察視野が拡大する。
【0088】
図7Bに示すように、凹部4の底面41の外縁領域411は、撥水層5が形成されることにより、細胞が接着しにくい領域となるので、培養容器10Aで培養される細胞が接着細胞である場合、この領域には細胞が存在しない又はほとんど存在しない。凹型メニスカスが防止されても、外縁領域411の幅W1が幅W2以上であると、凹型メニスカス防止による顕微鏡観察視野の拡大効果が失われる。したがって、外縁領域411の幅W1は、幅W2よりも小さいことが好ましい。本実施形態のように、凹部4の半径が幅W2よりも十分に大きい場合(例えば、凹部4の半径が17.5mm以上である場合)、幅W2は、大きい際には10mmほどにもなる。この場合、外縁領域411の幅W1は、好ましくは10mm以下、さらに好ましくは5mm以下である。なお、外縁領域411の幅W1の下限値は特に限定されないが、好ましくは0.5mm、さらに好ましくは1mmである。
【0089】
〔第2実施形態〕
第2実施形態に係る培養容器10Bは、顕微鏡観察用培養容器、すなわち、細胞培養が可能であるとともに、培養された細胞の顕微鏡観察が可能である培養容器である。したがって、培養容器10Bは、細胞培養のために容器に要求される条件と、顕微鏡観察のために容器に要求される条件とを満たすように構成されている。但し、培養容器10Bの構成は、細胞培養が可能な範囲で適宜変更可能である。培養容器が顕微鏡観察用でない場合、顕微鏡観察のために容器に要求される条件を満たす必要はない。
【0090】
図9及び図10に示すように、培養容器10Bは、培養容器本体1Bと蓋体2とを備える。なお、以下では、培養容器10Bが培養容器10Aと異なる点について主に説明され、それ以外の点については、培養容器10Aに関する説明が適用される。
【0091】
培養容器本体1Bは、撥水層5が、凹部4の底面41の外縁領域411及び凹部4の内周面42に、中間層6Bを介して形成されている点で、第1実施形態に係る培養容器本体1Aと異なるが、それ以外の点は培養容器本体1Aと同一である。第2実施形態に係る培養容器本体1Bについて、培養容器本体1Aと同一の部材又は部分は同一の符号で表されている。
【0092】
図9及び図10に示すように、中間層6Bは、凹部4の底面41全体及び凹部4の内周面42全体に形成されている点で、底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体には形成されているが、底面41の中央領域412には形成されていない中間層6Aと異なる。
【0093】
図9及び図10に示すように、中間層6Bは、凹部4の底面41全体及び凹部4の内周面42全体に形成されている。中間層6Bは、底面41の外縁領域411全体に延在する第1部分と、内周面42全体に延在する第2部分と、底面41の中央領域412全体に延在する第3部分とを有する。中間層6Bの第1部分の内周面42側の端縁部は、中間層6Bの第2部分の底面41側の端縁部と連続しており、中間層6Bの第1部分の中央領域412側の端縁部は、中間層6Bの第3部分の端縁部と連続している。
【0094】
図9及び図10に示すように、中間層6Bの一方の面は、中間層6Bの第1部分の面に相当する第1領域と、中間層6Bの第2部分の面に相当する第2領域と、中間層6Bの第3部分の面に相当する第3領域とを有する。撥水層5の第1部分は、中間層6Bの一方の面の第1領域に形成されており、撥水層5の第2部分は、中間層6Bの一方の面の第2領域に形成されている。撥水層5の第1部分の境界線L1側の端縁部は、平面視において境界線L1と一致する。
【0095】
図11に示すように、中間層6Bは、撥水層5の他方の面側に形成されたDLC層61Bと、撥水層5及びDLC層61Bの間に形成された密着層62Bとを有する。DLC層61B及び密着層62Bは、DLC層61A及び密着層62Aと同様に構成される。
【0096】
凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、中間層6Bを介して撥水層5が形成されることにより、凹部4内には培養室が形成されている。撥水層5の一方の面は、凹部4内の空間に露出しており、撥水層5の一方の面のうち、撥水層5の第1部分の面に相当する領域は、培養室の底面の外縁領域を形成しており、撥水層5の第2部分の面に相当する領域は、培養室の内周面を形成している。これにより、培養室の底面の外縁領域及び内周面には撥水性が付与されている。中間層6Bの一方の面のうち、中間層6Bの第3部分の面に相当する領域は、凹部4内の空間に露出しており、培養室の底面の中央領域を形成している。これにより、培養室の底面の中央領域には親水性が付与されている。
【0097】
培養容器本体1Bは、
(B1)凹部4を有する基体3を準備する工程、
(B2)凹部4の底面41全体及び内周面42全体に、DLC層61Bを形成する工程、(B3)工程(B2)で形成されたDLC層61Bの一方の面全体に密着層62Bを形成する工程、及び
(B4)工程(B3)で形成された密着層63Bの一方の面のうち、底面41の外縁領域411に対応する領域及び内周面42に対応する領域に撥水層5を形成する工程
を含む方法によって製造することができる。
【0098】
工程(B1)〜(B4)は、培養容器本体1Aの製造工程と同様に実施することができる。
【0099】
工程(B4)において、密着層62Bの一方の面のうち、撥水層5を形成する領域以外の領域をマスキング材で被覆してもよい。
【0100】
培養容器10Bは、培養容器10Aと同様にして、細胞培養方法及び細胞観察方法に使用することができる。
【0101】
〔第3実施形態〕
第3実施形態に係る培養容器10Cは、顕微鏡観察用培養容器、すなわち、細胞培養が可能であるとともに、培養された細胞の顕微鏡観察が可能である培養容器である。したがって、培養容器10Cは、細胞培養のために容器に要求される条件と、顕微鏡観察のために容器に要求される条件とを満たすように構成されている。但し、培養容器10Cの構成は、細胞培養が可能な範囲で適宜変更可能である。培養容器が顕微鏡観察用でない場合、顕微鏡観察のために容器に要求される条件を満たす必要はない。
【0102】
図12及び図13に示すように、培養容器10Cは、培養容器本体1Cと蓋体2とを備える。なお、以下では、培養容器10Cが培養容器10Aと異なる点について主に説明され、それ以外の点については、培養容器10Aに関する説明が適用される。
【0103】
培養容器本体1Cは、撥水層5が、凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、中間層6Cを介して形成されている点で、第1実施形態に係る培養容器本体1Aと異なるが、それ以外の点は培養容器本体1Aと同一である。第3実施形態に係る培養容器本体1Cについて、培養容器本体10Aと同一の部材又は部分は同一の符号で表されている。
【0104】
図12及び図13に示すように、中間層6Cは、DLC層61Aを有するが、密着層62Aを有しない点で、DLC層61A及び密着層62Aを有する中間層6Aと異なる。中間層6Cのそれ以外の構成は、中間層6Aと同様である。
【0105】
凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、中間層6Cを介して撥水層5が形成されることにより、凹部4内には培養室が形成されている。撥水層5の一方の面は、凹部4内の空間に露出しており、撥水層5の一方の面のうち、撥水層5の第1部分の面に相当する領域は、培養室の底面の外縁領域を形成しており、撥水層5の第2部分の面に相当する領域は、培養室の内周面を形成している。これにより、培養室の底面の外縁領域及び内周面には撥水性が付与されている。凹部4の底面41のうち、撥水層5が形成されていない領域、すなわち、中央領域412は、凹部4内の空間に露出しており、培養室の底面の中央領域を形成している。これにより、培養室の底面の中央領域には親水性が付与されている。
【0106】
培養容器本体1Cは、
(C1)凹部4を有する基体3を準備する工程、
(C2)凹部4の底面41のうち中央領域412をマスキングする工程、
(C3)凹部4の底面41の外縁領域411全体及び凹部4の内周面42全体に、DLC層61Aを形成する工程、及び
(C4)工程(C3)で形成されたDLC層61Aの一方の面全体に撥水層5を形成する工程
を含む方法によって製造することができる。
【0107】
工程(C1)〜(C4)は、培養容器本体1Aの製造工程と同様に実施することができる。
【0108】
培養容器10Cは、培養容器10Aと同様にして、細胞培養方法及び細胞観察方法に使用することができる。
【実施例】
【0109】
〔実施例1〕
市販のポリスチレン製のφ35mm培養ディッシュ(FALCON社,型番353001)を準備した。この培養ディッシュは、円形の底壁部と、該底壁部の周縁から起立して凹部を形成する周壁部とを有し、ポリスチレン材料により一体成型されている。凹部の表面は、底壁部によって形成される底面と、該底面の周縁から起立する内周面とから構成される。凹部の表面全面には親水化処理が施されている。
【0110】
凹部の底面のうち外縁領域以外の領域を市販のマスキング材で覆った。外縁領域は、凹部の底面の外周線と一致する外周線と、凹部の底面の外周線からの距離が5mmである内周線とを有する環状領域として設定した。
【0111】
凹部の底面の外縁領域全体及び凹部の内周面全体に、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティング層を形成した。DLC層は、プラズマCVD法により、膜厚0.5μmで形成した。成膜用ガスには、C及びCCHの混合ガスを用いた。
【0112】
DLC層の形成後、DLC層上に、密着層として、SiO層を形成した。SiO層は、スプレー法によりTEOS(高純度科学(株)製)をDLC層上に塗布し、乾燥硬化させて、膜厚1.0μmで形成した。
【0113】
密着層の形成後、密着層上に、撥水層を形成した。撥水層は、スプレー法によりフッ素化したポリシロキサンを含む化合物をDLC層上に塗布し、乾燥硬化させて、膜厚0.1μmで形成した。
【0114】
撥水層の形成後、マスキング材を除去した。撥水層の表面における純水との接触角を、θ/2法(株式会社マツボー製PG−X)によって測定したところ、接触角は110°〜120°(中心値115°)であった。
その後、iPS細胞培養用培養液であるReproFF2(ReproCell社,型番RCHEMD006A)を凹部内に導入した。
その後、常法に従って倒立型位相差顕微鏡(オリンパス社,型番IX−81)を使用して、培養液が導入された凹部内の観察を行なった。
顕微鏡観察は、通常の細胞培養条件と同じく、37℃、5%COインキュベータ内で8日間静置する条件で行った。
【0115】
顕微鏡観察結果を図14に示す。図14に示すように、顕微鏡視野のうち観察可能な領域の割合は、培養液導入直後は84%、培養1日目は99%、培養2日目は100%、培養3日目は96%、培養4日目は89%、培養7日目は99%、培養8日目は95%であった。8日目まで平均すると、全体の95%が位相差顕微鏡観察可能であり、位相差顕微鏡観察が不可能であった領域は、全体のわずか5%であった。
【0116】
これらの結果から、凹部の内周面及び底面の外縁領域に撥水層を形成することにより、凹型メニスカスを抑制し、広範囲にわたって明瞭な観察が実現可能であることが示された。また、凹型メニスカス抑制効果は、8日間以上持続されることが示された。
【0117】
〔実施例2〕
市販のポリスチレン製のφ35mm培養ディッシュ(FALCON社,型番353001)を準備した。
凹部の底面のうち外縁領域以外の領域を市販のマスキング材で覆った。外縁領域は、凹部の底面の外周線と一致する外周線と、凹部の底面の外周線からの距離が5mmである内周線とを有する環状領域として設定した。
【0118】
実施例1と同様に、バリア層であるDLC層、密着層であるSiO層、及び、撥水層を形成した。
【0119】
撥水層の形成後、マスキング材を除去した。撥水層の表面における純水との接触角を、θ/2法(株式会社マツボー製PG−X)によって測定したところ、接触角は110°〜120°(中心値115°)であった。
その後、凹部の底面の外縁領域以外の領域(撥水層が形成されていない領域)に、接着細胞の足場となるタンパク質として、Vitronectin−N(life technologies社,型番A14700)を、通常条件に従ってコーティングした。
【0120】
その後、iPS細胞培養用培養液であるReproFF2(ReproCell社,型番RCHEMD006A)を使用して、iPS細胞の培養を実施した。細胞培養は、通常の細胞培養条件と同じく、37℃、5%COインキュベータ内で10日間静置する条件で行った。
【0121】
経時的に常法に従って倒立型位相差顕微鏡(オリンパス社,型番IX−81)を使用して凹部内を観察し、撥水層を形成していない通常の培養用ディッシュと比較を行なった。
【0122】
顕微鏡観察結果を図15〜17に示す。図15及び図16は、撥水層を形成した培養ディッシュの顕微鏡観察像であり、図17は、撥水層を形成していない通常の培養ディッシュの顕微鏡観察像である。
【0123】
図15に示すように、撥水層を形成した培養ディッシュにおいて、顕微鏡視野のうち観察可能な領域の割合は、培養1日目は98%、培養2日目は96%、培養3日目は93%、培養4日目は97%、培養5日目は96%、培養6日目は87%、培養7日目は98%、培養8日目は87%、培養9日目は98%、培養10日目は94%であった。10日目まで平均すると、全体の94%が位相差顕微鏡観察可能であり、位相差顕微鏡観察が不可能であった領域は、全体のわずか6%であった。また、図16に示すように、凹部の内周面のごく近傍で培養された細胞も、位相差顕微鏡観察が可能であった。さらに、iPS細胞についても問題は見られず、通常通りに培養できることが確認された。なお、凹部の底面の外縁領域、すなわち、接着細胞の足場となるタンパク質が塗布されていない部分では、細胞が、培養ディッシュ内の培養液中に浮遊した状態で観察された。
【0124】
一方、図17に示すように、撥水層が形成されていない通常の培養用ディッシュにおいて、顕微鏡視野のうち観察可能な領域の割合は、培養1日目は37%、培養2日目は43%、培養3日目は44%、培養4日目は34%、培養5日目は41%、培養6日目は45%であった。6日目まで平均すると、全体の41%のみが位相差顕微鏡観察可能であり、残りの59%については位相差観察が不可能であった。
【0125】
これらの結果から、凹部の底面の外縁領域及び凹部の内周面に撥水層を形成することにより、凹型メニスカスを抑制し、広範囲にわたって明瞭な観察が実現可能であることが示された。凹型メニスカス抑制効果は、iPS細胞を培養する条件下で10日間以上持続されることが示された。
【0126】
〔実施例3〕
市販のポリスチレン製のφ35mm培養ディッシュ(FALCON社,型番353001)を準備した。
凹部の内周面全体を、θ/2法による接触角測定(株式会社マツボー製PG−X)において、撥水層の表面における純水との接触角が60°、90°、100°〜110°(中心値105°)又は110°〜120°(中心値115°)となるように撥水処理した後、iPS細胞培養用培養液であるReproFF2(ReproCell社,型番RCHEMD006A)を凹部内に導入した。その後、常法に従って倒立型位相差顕微鏡(オリンパス社,型番IX−81)を使用して、培養液が導入された凹部内の観察を行なった。
【0127】
結果を図18に示す。図18は、接触角と位相差顕微鏡観察可能範囲との関係を示す図である。図18に示すように、顕微鏡視野のうち観察可能な領域の割合は、接触角60°では31%、接触角90°では34%、接触角100°〜110°(中心値105°)では66%、接触角110°〜120°(中心値115°)では88%であった。
【0128】
これらの結果から、接触角が90°以上であると、凹型メニスカスの抑制効果が発現し、接触角105°以上であると抑制効果がより向上し、接触角115°以上であると抑制効果がさらに向上することが示された。
以上の実施例に示される撥水層の作用効果は、培養容器の種類に依存するものではなく、本実施例で使用した培養ディッシュ(FALCON社,型番353001)の他、凹部の表面が親水化処理されていない培養ディッシュを含め市販されている様々な培養容器でも発揮される。
【符号の説明】
【0129】
10A〜10C 培養容器
1A〜1C 培養容器本体
2 蓋体
3 基体
4 凹部
41 凹部の底面
411 凹部の底面の外縁領域
412 凹部の底面の中央領域
42 凹部の内周面
5 撥水層
6A〜6C 中間層
61A,61B DLC層
62A,62B 密着層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18