特許第6512430号(P6512430)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6512430電動パワーステアリング装置および電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6512430
(24)【登録日】2019年4月19日
(45)【発行日】2019年5月15日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置および電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20190425BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20190425BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D5/04
【請求項の数】2
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-61155(P2015-61155)
(22)【出願日】2015年3月24日
(65)【公開番号】特開2016-179748(P2016-179748A)
(43)【公開日】2016年10月13日
【審査請求日】2018年2月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100087701
【弁理士】
【氏名又は名称】稲岡 耕作
(74)【代理人】
【識別番号】100101328
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 実夫
(74)【代理人】
【識別番号】100086391
【弁理士】
【氏名又は名称】香山 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】ビルヘルム フレデリック
(72)【発明者】
【氏名】田村 勉
(72)【発明者】
【氏名】フックス ロバート
(72)【発明者】
【氏名】ミュールハウプト フィリップ
【審査官】 野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−122017(JP,A)
【文献】 特開2014−085880(JP,A)
【文献】 特開2010−041734(JP,A)
【文献】 特開2011−172317(JP,A)
【文献】 特開2009−279668(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/018420(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0195122(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00−6/10
B62D 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータと前記電動モータのモータトルクを増幅する減速機構とを含むパワーコラムと、
前記電動モータのアシストトルク指令値を設定するアシストトルク指令値演算部と、
前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、かつ前記電動モータの回転角の実測値およびモデル修正用ゲインを用いて特性が修正されるオブザーバ用モデルならびに前記減速機構で発生する摩擦が考慮された1慣性モデルを用いて摩擦力を推定する摩擦力推定部を用いて、前記パワーコラムの回転角の推定値および前記パワーコラム内で発生する摩擦力の推定値を演算するプラントオブザーバと、
前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、前記パワーコラムの回転角の目標値を演算するリファレンスモデルと、
前記パワーコラムの回転角目標値と前記パワーコラムの回転角推定値との偏差に対してフィードバック演算を行うことにより、フィードバック操作量を演算するフィードバック操作量演算部と、
前記アシストトルク指令値を、前記摩擦力推定値および前記フィードバック操作量を用いて補正することにより、モータトルク指令値を演算するモータトルク指令値演算部と、
前記電動モータのモータトルクが前記モータトルク指令値と等しくなるように前記電動モータに流れるモータ電流を制御するモータ電流制御部とを含む電動パワーステアリング装置であって、
前記電動パワーステアリング装置の挙動を表す運動方程式に対応する特性方程式が2重根を持つように、前記フィードバック操作量演算部で用いられるフィードバックゲインおよび前記プラントオブザーバで用いられる前記モデル修正用ゲインが設定されている、電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
電動モータと前記電動モータのモータトルクを増幅する減速機構とを含むパワーコラムと、
前記電動モータのアシストトルク指令値を設定するアシストトルク指令値演算部と、
前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、かつ前記電動モータの回転角の実測値およびモデル修正用ゲインを用いて特性が修正されるオブザーバ用モデルならびに前記減速機構で発生する摩擦が考慮された1慣性モデルを用いて摩擦力を推定する摩擦力推定部を用いて、前記パワーコラムの回転角の推定値および前記パワーコラム内で発生する摩擦力の推定値を演算するプラントオブザーバと、
前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、前記パワーコラムの回転角の目標値を演算するリファレンスモデルと、
前記パワーコラムの回転角目標値と前記パワーコラムの回転角推定値との偏差に対してフィードバック演算を行うことにより、フィードバック操作量を演算するフィードバック操作量演算部と、
前記アシストトルク指令値を、前記摩擦力推定値および前記フィードバック操作量を用いて補正することにより、モータトルク指令値を演算するモータトルク指令値演算部と、
前記電動モータのモータトルクが前記モータトルク指令値と等しくなるように前記電動モータに流れるモータ電流を制御するモータ電流制御部とを含む電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法であって、
前記電動パワーステアリング装置の挙動を表す運動方程式に対応する特性方程式が2重根を持つように、前記フィードバック操作量演算部で用いられるフィードバックゲインおよび前記プラントオブザーバで用いられる前記モデル修正用ゲインを設定する、電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動パワーステアリング装置(EPS:Electric Power Steering System)および電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置として、コラム部に電動モータと減速機構とが配置されているコラムアシスト式電動パワーステアリング装置(以下、「コラム式EPS」という)が知られている。コラム式EPSは、ステアリングホイール、ステアリングシャフト、中間軸、転舵機構、電動モータ、減速機構等を含んでいる。ステアリングシャフトは、ステアリングホイールに連結された入力軸と、中間軸に連結された出力軸と、入力軸と出力軸とを連結しているトーションバーからなる。電動モータは、減速機構を介して出力軸に連結されている。
【0003】
この明細書において「コラム」とは、ステアリングホイール、入力軸、トーションバーおよび出力軸から構成される部分をいう。また、この明細書において「パワーコラム」とは、ステアリングホイール、入力軸、トーションバー、出力軸、減速機構、電動モータ、および電動モータの制御装置から構成される部分をいう。また、この明細書において「一般的なコラム式EPS」とは、減速機構の摩擦を補償する機能を備えていないコラム式EPSをいうものとする。
【0004】
一般的なコラム式EPSでは、電動モータによって発生したモータトルク(アシストトルク)は、減速機構を介して出力軸に伝達される。出力軸に伝達されたアシストトルクは、中間軸を介して、たとえばラックアンドピニオン機構を含む転舵機構に伝達される。減速機構は、たとえばウォームギヤとウォームホイールとからなるウォームギヤ機構である。減速機構で発生する摩擦は大きいため、その摩擦の影響によってステアリングの操舵入力に対する応答性が悪化するという問題がある。
【0005】
そこで、ステアリングの操舵入力に対する応答性を向上させるために、減速機構で発生する摩擦を補償する方法が開発されている。最も簡単な摩擦補償方法は、操舵速度の符号に応じてある一定の摩擦力をアシストトルク指令値に加算する方法である。
下記特許文献1には、トルクセンサによって検出された検出操舵トルクに基いて演算されたアシストトルク指令値と、検出操舵トルクとに基いて摩擦補償を行う方法が開示されている。具体的には、アシストトルク指令値に基いて減速機構の摩擦力の大きさが推定される。検出操舵トルクに基いて減速機構の摩擦力の符号が決定される。このようにして、減速機構の摩擦力が推定される。そして、推定された減速機構の摩擦力が、アシストトルク指令値に加算される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-170856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明の目的は、パワーコラム内で発生する摩擦を補償でき、制御系が非振動でかつ応答性が速い系となる電動パワーステアリング装置および電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載の発明は、電動モータ(18)と前記電動モータのモータトルクを増幅する減速機構(19)とを含むパワーコラムと、前記電動モータのアシストトルク指令値を設定するアシストトルク指令値演算部(42)と、前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、かつ前記電動モータの回転角の実測値およびモデル修正用ゲインを用いて特性が修正されるオブザーバ用モデル(61)ならびに前記減速機構で発生する摩擦が考慮された1慣性モデルを用いて摩擦力を推定する摩擦力推定部(69)を用いて、前記パワーコラムの回転角の推定値および前記パワーコラム内で発生する摩擦力の推定値を演算するプラントオブザーバ(48)と、前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、前記パワーコラムの回転角の目標値を演算するリファレンスモデル(43)と、前記パワーコラムの回転角目標値と前記パワーコラムの回転角推定値との偏差に対してフィードバック演算を行うことにより、フィードバック操作量を演算するフィードバック操作量演算部(45)と、前記アシストトルク指令値を、前記摩擦力推定値および前記フィードバック操作量を用いて補正することにより、モータトルク指令値を演算するモータトルク指令値演算部(47)と、前記電動モータのモータトルクが前記モータトルク指令値と等しくなるように前記電動モータに流れるモータ電流を制御するモータ電流制御部(51,52)とを含む電動パワーステアリング装置(1)であって、前記電動パワーステアリング装置の挙動を表す運動方程式に対応する特性方程式が2重根を持つように、前記フィードバック操作量演算部で用いられるフィードバックゲインおよび前記プラントオブザーバで用いられる前記モデル修正用ゲインが設定されている、電動パワーステアリング装置である。なお、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、むろん、この発明の範囲は当該実施形態に限定されない。以下、この項において同じ。
【0009】
パワーコラムの回転角は、コラムシャフト(ステアリングシャフト)の回転角であってもよいし、電動モータの出力軸(モータシャフト)の回転角であってもよい。
この構成によれば、パワーコラム内で発生する摩擦力の推定値が演算される。そして、演算された摩擦力推定値とアシストトルク指令値とを用いて、モータトルク指令値が演算される。これにより、パワーコラム内で発生する摩擦を補償することができる。また、この構成によれば、制御系が非振動でかつ応答性が速い系となる電動パワーステアリング装置が実現する。
【0010】
請求項2記載の発明は、電動モータ(18)と前記電動モータのモータトルクを増幅する減速機構(19)とを含むパワーコラムと、前記電動モータのアシストトルク指令値を設定するアシストトルク指令値演算部(42)と、前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、かつ前記電動モータの回転角の実測値およびモデル修正用ゲインを用いて特性が修正されるオブザーバ用モデル(61)ならびに前記減速機構で発生する摩擦が考慮された1慣性モデルを用いて摩擦力を推定する摩擦力推定部(69)を用いて、前記パワーコラムの回転角の推定値および前記パワーコラム内で発生する摩擦力の推定値を演算するプラントオブザーバ(48)と、前記パワーコラムで摩擦が発生しないと仮定したモデルであって、前記パワーコラムの回転角の目標値を演算するリファレンスモデル(43)と、前記パワーコラムの回転角目標値と前記パワーコラムの回転角推定値との偏差に対してフィードバック演算を行うことにより、フィードバック操作量を演算するフィードバック操作量演算部(45)と、前記アシストトルク指令値を、前記摩擦力推定値および前記フィードバック操作量を用いて補正することにより、モータトルク指令値を演算するモータトルク指令値演算部(47)と、前記電動モータのモータトルクが前記モータトルク指令値と等しくなるように前記電動モータに流れるモータ電流を制御するモータ電流制御部(51,52)とを含む電動パワーステアリング装置(1)におけるゲイン設定方法であって、前記電動パワーステアリング装置の挙動を表す運動方程式に対応する特性方程式が2重根を持つように、前記フィードバック操作量演算部で用いられるフィードバックゲインおよび前記プラントオブザーバで用いられる前記モデル修正用ゲインを設定する、電動パワーステアリング装置におけるゲイン設定方法である。
【0011】
パワーコラムの回転角は、コラムシャフト(ステアリングシャフト)の回転角であってもよいし、電動モータの出力軸(モータシャフト)の回転角であってもよい。この方法によれば、制御系が非振動でかつ応答性が速い系となる電動パワーステアリング装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の第1実施形態に係るコラム式EPSの概略構成を示す模式図である。
図2図2は、図1のECUの電気的構成を示す概略図である。
図3図3は、プラントオブザーバの構成を示すブロック図である。
図4図4は、摩擦力推定部の構成を示すブロック図である。
図5図5は、一般的なコラム式EPSのシミュレーションモデル(完全EPSモデル)の構成を示す模式図である。
図6図6は、ウォームギヤ機構の噛み合いモデルを示す模式図である。
図7図7は、関数F(dh)を示すグラフである。
図8図8は、関数F(dh)を示すグラフである。
図9図9は、図5内のパワーコラムのモデルをより簡素化したシミュレーションモデル(簡易EPSモデル)の構成を示す模式図である。
図10図10は、ばね、質量、ダンパー要素を持つ一質点系のモデルを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、この発明をコラム式EPSに適用した場合の実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るコラム式EPSの概略構成を示す模式図である。
コラム式EPS1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6、第1のユニバーサルジョイント28、中間軸7および第2のユニバーサルジョイント29を介して機械的に連結されている。
【0014】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して同一軸線上で相対回転可能に連結されている。すなわち、ステアリングホイール2が回転されると、入力軸8および出力軸9は、互いに相対回転しつつ同一方向に回転するようになっている。出力軸9は、第1のユニバーサルジョイント28を介して中間軸7に連結されている。
【0015】
ステアリングシャフト6の周囲には、トルクセンサ11が設けられている。トルクセンサ11は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基いて、トーションバー10に加えられているトーションバートルク(操舵トルク)Ttbを検出する。トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtbは、ECU(電子制御ユニット:Electronic Control Unit)12に入力される。
【0016】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラックアンドピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、第2のユニバーサルジョイント29を介して中間軸7に連結されている。ピニオン軸13は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。ピニオン軸13の先端には、ピニオン16が連結されている。
【0017】
ラック軸14は、自動車の左右方向(直進方向に直交する方向)に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によって、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。ラック軸14を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0018】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
操舵補助機構5は、操舵補助力を発生するための電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを増幅して転舵機構4に伝達するための減速機構19とを含む。減速機構19は、ウォームギヤ20と、このウォームギヤ20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。減速機構19は、伝達機構ハウジングとしてのギヤハウジング22内に収容されている。以下において、減速機構19の減速比(ギヤ比)をiで表す場合がある。減速比iは、ウォームホイール21の角速度ωwwに対するウォームギヤ20の角速度ωwgの比ωwg/ωwwとして定義される。
【0019】
ウォームギヤ20は、電動モータ18によって回転駆動される。また、ウォームホイール21は、ステアリングシャフト6とは同方向に回転可能に連結されている。ウォームホイール21は、ウォームギヤ20によって回転駆動される。
運転者がステアリングホイール2を操舵することによって、電動モータ18によってウォームギヤ20が回転駆動される。これにより、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6にモータトルクが付与されるとともにステアリングシャフト6が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォームギヤ20を回転駆動することによって、電動モータ18による操舵補助が可能となっている。
【0020】
減速機構19に加えられるトルクとしては、電動モータ18によるモータトルクと、モータトルク以外の外部トルクとがある。モータトルク以外の外部トルクには、運転者によってステアリングホイール2に加えられるドライバートルクと、転舵輪(3)側からラック軸14(減速機構19)に加えられる負荷トルク(ロード負荷)とが含まれる。ドライバートルクは、トーションバートルクTtbとして検出される。
【0021】
電動モータ18のロータの回転角(ロータ回転角)は、レゾルバ等の回転角センサ25によって検出される。また、車速は車速センサ26によって検出される。回転角センサ25の出力信号および車速センサ26によって検出される車速Vは、ECU12に入力される。電動モータ18は、モータ制御装置としてのECU12によって制御される。
図2は、ECU12の電気的構成を示す概略図である。
【0022】
ECU12は、トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtb、車速センサ26によって検出される車速Vおよび回転角センサ25の出力に基いて演算される電動モータ18の回転角θに応じて電動モータ18を駆動することによって、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現する。また、ECU12は、電動モータ18を駆動制御することにより、パワーコラム内の摩擦の影響を低減するための摩擦補償を実現する。この実施形態では、電動モータ18は、ブラシ付き直流モータである。以下において、ステアリングシャフト(コラムシャフト)6の回転角を、コラム回転角θということにする。ステアリングシャフト6の回転角は、「パワーコラムの回転角」の一例である。
【0023】
ECU12は、マイクロコンピュータ40と、マイクロコンピュータ40によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(Hブリッジ回路)31と、電動モータ18に流れる電流(以下、「モータ電流」という)を検出するための電流検出用抵抗(シャント抵抗)32および電流検出回路33とを備えている。
マイクロコンピュータ40は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、回転角演算部41と、アシストトルク指令値演算部42と、リファレンスモデル43と、角度偏差演算部44と、PD(比例微分)制御部45と、第1減速比除算部46と、加算部47と、プラントオブザーバ48と、第2減速比除算部49と、電流指令値演算部50と、電流偏差演算部51と、PI(比例積分)制御部52と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部53とを含む。
【0024】
回転角演算部41は、回転角センサ25の出力信号に基いて、電動モータ18の出力軸の回転角(以下、「モータ回転角」という)θを演算する。
アシストトルク指令値演算部42は、車速センサ26によって検出された車速Vと、トルクセンサ11によって検出されたトーションバートルクTtbとに基いて、アシストトルク指令値Tを演算する。
【0025】
リファレンスモデル43は、トーションバートルクTtbとアシストトルク指令値Tとに基いて、パワーコラム内に摩擦が発生しないと仮定した場合の、コラム回転角θの目標値(以下「コラム回転角目標値」という。)θ^を演算する。以下において、パワーコラム内に摩擦が発生しない仮想的なコラム式EPSモデルを、「摩擦無しコラム式EPSモデル」という。リファレンスモデル43は、摩擦無しコラム式EPSモデルで構成されている。摩擦無しコラム式EPSモデルについては、後述する。
【0026】
角度偏差演算部44は、リファレンスモデル43から出力されるコラム回転角目標値θ^と、後述するプラントオブザーバ48から出力されるコラム回転角推定値θ~との角度偏差Δθ(=θ^−θ~)を演算する。
PD制御部45は、角度偏差演算部44によって演算された角度偏差Δθに対してPD演算を行う。具体的には、PD制御部45は、比例ゲインをkpとし、微分ゲインをkvとすると、{kp(θ^−θ~)+kv(dθ^/dt−dθ~/dt)}の演算を行う。第1減速比除算部46は、PD制御部45の演算結果を、減速機構19の減速比iで除算することにより、第1アシストトルク補正値Ta,PDを演算する。
【0027】
第2減速比除算部49は、プラントオブザーバ48によって演算される摩擦力推定値μ~N(d~h)を、減速機構19の減速比iで除算することにより、第2アシストトルク補正値Ta,FC(摩擦補償値)を演算する。プラントオブザーバ48の動作については、後述する。
加算部47は、アシストトルク指令値演算部42によって演算されるアシストトルク指令値Tと、第1減速比除算部46によって演算される第1アシストトルク補正値Ta,PDと、第2減速比除算部49によって演算される第2アシストトルク補正値Ta,FCとを加算することにより、モータトルク指令値Tmcを演算する。
【0028】
電流指令値演算部50は、加算部47によって演算されるモータトルク指令値Tmcを電動モータ18のトルク定数で除することにより、電流指令値Iを演算する。電流偏差演算部51は、電流指令値演算部50によって演算される電流指令値Iと、電流検出回路33によって検出される実モータ電流Iとの偏差ΔI(=I−I)を演算する。PI制御部52は、電流偏差演算部51によって演算される電流偏差ΔIに対してPI演算を行うことにより、電動モータ18に印加すべき電圧指令値を演算する。
【0029】
PMW制御部53は、PI制御部52によって演算される電圧指令値に対応するデューティのPWM信号を生成して、モータ駆動回路31に与える。モータ駆動回路31は、Hブリッジ回路であり、複数のパワー素子を含んでいる。これらの複数のパワー素子が、PMW制御部から与えられるPWM信号に基いてオンオフされることにより、前記電圧指令値に応じた電圧が電動モータ18に印加される。
【0030】
電流偏差演算部51およびPI制御部52は、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、電動モータ18に流れるモータ電流が、電流指令値Iに近づくように制御される。
図3は、プラントオブザーバ48の構成を示すブロック図である。
プラントオブザーバ48は、摩擦無しコラム式EPSモデルからなるオブザーバ用モデル61と、第3減速比除算部62と、角度偏差演算部63と、第1ゲイン乗算部64と、モータ速度演算部65と、第4減速比除算部66と、角速度偏差演算部67と、第2ゲイン乗算部68と、摩擦力推定部69とを含んでいる。
【0031】
オブザーバ用モデル61には、摩擦力推定部69によって演算される摩擦力推定値μ~N(d~h)と、トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtbと、加算部47(図2参照)によって演算されるモータトルク指令値Tmcと、第1モデル補正項lp・Δθと、第2モデル補正項lv・Δωとが入力される。オブザーバ用モデル61は、これらの入力に基いて、パワーコラム内に摩擦が発生しないと仮定した場合の、コラム回転角推定値θ~およびコラム角速度推定値ω~(=dθ~/dt)を演算するとともに、負荷トルク(ロード負荷)Tlsを演算する。
【0032】
摩擦力推定部69には、トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtbと、加算部47(図2参照)によって演算されるモータトルク指令値Tmcと、オブザーバ用モデル61によって演算される負荷トルクTlsおよびコラム角速度推定値ω~(=dθ~/dt)とが入力する。摩擦力推定部69は、これらの入力を用いて、パワーコラム内に発生する摩擦力の推定値である摩擦力推定値μ~N(d~h)を演算する。摩擦力推定部69の詳細については後述する。
【0033】
第3減速比除算部62は、回転角演算部41によって演算された電動モータ18の回転角θを、減速機構19の減速比i(=ωwg/ωww)で除算することにより、実コラム回転角θを演算する。
角度偏差演算部63は、第3減速比除算部62によって演算される実コラム回転角θと、オブザーバ用モデル61によって演算されるコラム回転角推定値θ~との角度偏差Δθ(=θ−θ~)を演算する。第1ゲイン乗算部64は、角度偏差演算部63によって演算される角度偏差Δθに予め設定された第1ゲインlpを乗算することにより、第1モデル補正項(位置)lp・Δθを演算する。
【0034】
モータ速度演算部65は、回転角演算部41によって演算されたモータ回転角θを時間微分することによって電動モータ18のロータの角速度(以下、「実モータ角速度ω」という)を演算する。
第4減速比除算部66は、モータ速度演算部65によって演算された実モータ角速度ωを、減速機構19の減速比i(=ωwg/ωww)で除算することにより、実コラム角速度ω(=dθ/dt)を演算する。
【0035】
角速度偏差演算部67は、第4減速比除算部66によって演算された実コラム角速度ωと、オブザーバ用モデル61によって演算されるコラム角速度推定値ω~との角速度偏差Δω(=ω−ω~)を演算する。第2ゲイン乗算部68は、角速度偏差演算部67によって演算される角速度偏差Δωに予め設定された第2ゲインlvを乗算することにより、第2モデル補正項(速度)lv・Δωを演算する。
【0036】
第1モデル補正項(位置)lp・Δθおよび第2モデル補正項(速度)lv・Δωは、オブザーバ用モデル61の特性(構造)を修正するためのものである。つまり、オブザーバ用モデル61によって演算されるコラム回転角推定値θ~が実コラム回転角θに等しくなり、オブザーバ用モデル61によって演算されるコラム角速度推定値ω~が実コラム角速度ωに等しくなるように、オブザーバ用モデル61の特性(構造)が修正される。
【0037】
プラントオブザーバ48からは、オブザーバ用モデル61によって演算されるコラム回転角推定値θ~と、摩擦力推定部69によって演算される摩擦力推定値μ~N(d~h)とが出力される。
図4は、摩擦力推定部69の構成を示すブロック図である。
摩擦力推定部69は、垂直抗力演算部71と、摩擦係数推定部72と、摩擦力演算部73とを含んでいる。摩擦力推定部79は、コラム式EPSのシミュレーションモデルおよび摩擦モデルを用いて、パワーコラム内に発生する摩擦力を推定するものである。摩擦力推定部69で利用されるコラム式EPSのシミュレーションモデルおよび摩擦モデルについて説明する。
【0038】
図5は、一般的なコラム式EPSのシミュレーションモデル(以下、「完全EPSモデル」という。)の構成を示す模式図である。
この完全EPSモデル91は、4自由度のモデルである。この完全EPSモデル91の入力には、モータトルク指令値Tmcと、ステアリングホイール2上のドライバートルクTswと、ロアーシャフトを通って伝達される負荷トルクTlsと、図示しない車速Vとがある。トーションバートルクTtb、モータシャフトの回転角θmsおよび車速Vは、検出可能である。
【0039】
この完全EPSモデル91は、4つの慣性、すなわち、ステアリングホイールと、ウォームホイールと、ウォームギヤと、モータシャフトとを含む。ウォームギヤおよびウォームホイールから減速機構(ウォームギヤ機構)が構成されている。ドライバートルクTswおよびロード負荷Tlsは、それぞれ、ステアリングホイールおよびウォームホイールに直接に加えられる。モータトルク指令値Tmcは、ECU内のモータ電流コントローラ(Current controller)に与えられる。このシミュレーションモデル91に含まれているECUは、摩擦補償機能を備えていない一般的なECUである。たとえば、このECUは、トーションバートルクTtbと車速Vとに基いてモータトルク指令値Tmcを演算し、電動モータに流れる電流がモータトルク指令値Tmcに対応する電流値に等しくなるように、フィードバック制御を行うものである。
【0040】
図5において、Jは慣性を表している。θは回転角を表している。dθ/dtは角速度または速度を表している。kは剛性係数(ばね係数)を表している。cは粘性係数を表している。摩擦としては、減速機構の噛み合い部の摩擦Fcf,ww,Fcf,wgが考慮され、他の摩擦(例えば、ベアリング等の摩擦)は無視されている。添字のswはステアリングホイールを、tbはトーションバーを、wwはウォームホイールを、wgはウォームギヤを、msはモータシャフトをそれぞれ示している。
【0041】
4つの慣性の運動方程式は、次式(1)〜(4)で表される。
【0042】
【数1】
【0043】
c,wwおよびTc,wgは、ウォームホイールおよびウォームギヤ間の相互作用トルクを表している。式(2)および(3)の相互作用トルクTc,wwおよびTc,wgは、図6に示されるウォームギヤとウォームホイールの噛み合いモデルを用いて、演算することができる。
図6において、x軸およびy軸は、ウォームギヤおよびウォームホイールのピッチ円上の噛み合い点における接線である。また、z軸は、これらのギヤに共通する径方向に沿う方向である。ウォームホイールの回転はy方向の移動に対応し、ウォームギヤの回転はx方向の移動に対応する。圧力角βが常に一定であると仮定した。さらに、歯面の摩擦力は、進み角γの方向に働くと仮定した。
【0044】
システムが停止しているときには、予圧(preload)Fによって、ウォームホイールに噛み合うウォームギヤの歯は、ウォームホイールの上下の2点で接触する。このような状態を、二点接触状態と言うことにする。
ウォームホイールとウォームギヤとの間の相互作用力Fc,ww,Fc,wgは、2つの接触点i=1,2で発生する、垂直抗力Ni,xx(xx=ww,wg)および摩擦力Fi,xxからなる。相互作用力Fc,ww,Fc,wgは、次式(5),(6)で表される。
【0045】
【数2】
【0046】
垂直抗力Ni,xxは、係数kのばねによって表される材料歪によって生成される。上側ばねおよび下側ばねの圧縮量は、それぞれ、h=(h+dh)およびh=(h−dh)で表される。hは、システムの停止時に予圧によって生成される圧縮量であり、dhは、相対的な歯の位置である。(A)は、A≧0であれば(A)=Aとなり、A<0であれば(A)=0となる関数である。垂直抗力N1,xxおよび垂直抗力N2,xxは、それぞれ、次式(7),(8)で表される。
【0047】
【数3】
【0048】
上側ばねまたは下側ばねの圧縮量が零になると、接触点が失われる。2つの接触のうちの一方が失われたときの状態を、一点接触状態と言う。
システム停止時の圧縮量hは、次式(9)に示すように、予圧F、剛性係数kおよび圧力角γに応じた値となる。
=F/2ksin(β) …(9)
相対的変位dhは、次式(10) に示すように、ウォームホイールとウォームギヤの相対的な回転角の関数である。
【0049】
dh=rwgθwgsin(γ)−rwwθwwcos(γ) …(10)
wgは、ウォームギヤのピッチ円半径である。rwwは、ウォームホイールのピッチ円半径である。
摩擦力Ffi,xxは、垂直抗力||Ni,xx||と摩擦係数μ(2点で等しいと仮定される)とを用いて、次式(11)で表される。
【0050】
【数4】
【0051】
前記式(5),(6)は、前記式(7),(8)および(11)を用いて運動軸に投影されることにより、次式(12),(13)に書き直される。
,ww=F(dh)cos(γ)cos(β)−μF(dh)sin(γ) …(12)
,wg=−F(dh)sin(γ)cos(β)−μF(dh)cos(γ) …(13)
ここで、F(dh)は等価接触力であり、F(dh)は等価垂直抗力であり、それぞれ次式(14),(15)で表される。
【0052】
(dh)=k((h+dh)−(h−dh)) …(14)
(dh)=k((h+dh)+(h−dh)) …(15)
図7は関数F(dh)を示している。図8は、関数F(dh)を示している。図7および図8において、2cpは、|dh|≦0である二点接触状態を示し、1cpは、|dh|>0である一点接触状態を示している。
【0053】
最後に、相互作用力F,ww,Fwgは、次式(16),(17)に示すように、ピッチ円半径が乗算されることにより、トルクTc,ww,Tc,wgに変換される。
c,ww=rww,ww …(16)
c,wg=rwwwg …(17)
ギヤの噛み合い部の摩擦係数μを演算するために用いられる摩擦モデルについて説明する。この実施形態では、摩擦モデルとして、LuGreモデルが用いられる。LuGreモデルによる摩擦係数μは、二物体間の滑り速度vとブラシの撓み量pとを用いて次式(18)で表わされる。
【0054】
【数5】
【0055】
ここで、μは、クーロン摩擦係数である。μbaは、最大摩擦係数である。vsbは、ストライベック効果が生じる滑り速度である。σは、ブラシの剛性係数である。σは、ブラシの減衰係数である。σは粘性摩擦係数である。これらの6つのパラメータは、実験的に求められる。LuGreモデルの入力である滑り速度vは、次式(19)で表される。
【0056】
=rww・dθww/dt・sin(γ)+rwg・dθwg/dt・cos(γ)
…(19)
この実施形態では、摩擦力推定部69は、図5の完全EPSモデル91を簡素化したシミュレーションモデル(以下、「簡易EPSモデル92」という。)を用いて、パワーコラム内の摩擦(補償対象の摩擦)を推定する。
【0057】
図9は、簡易EPSモデル92の構成を示す模式図である。
この簡易EPSモデル92では、モータトルク指令値Tmcは、モータシャフトトルクTmsと等しいとみなされる。また、この簡易EPSモデル92では、モータシャフトの回転角θmsは、ウォームギヤの回転角θwgと等しいとみなされる。
θms=θwg …(20)
この簡易EPSモデル92では、ウォームホイールの回転角θwwは、次式(21)に示すように、減速比iとウォームギヤの回転角θwgとの積に等しいとみなされる。
【0058】
θww(t)=iθwg(t) …(21)
この簡易EPSモデル92では、減速比iは、次式(22)に示すように、ウォームホイールおよびウォームギヤのピッチ円半径rww,rwgと進み角γを用いて表される。
i=(rww/rwg)・cot(γ) …(22)
つまり、この簡易EPSモデル92では、そのコラムの回転角がθである単一の慣性J=Jww+i(Jwg+Jms)に、慣性の数が低減される。
【0059】
ウォームホイールおよびウォームギヤとはひとまとめにされるが、接触状態は摩擦力に影響を及ぼすので、接触状態の影響は演算される。
この簡易EPSモデル92では、トーションバートルクTtbが直接入力される。このため、ステアリングホイールは含まれない。ロアーシャフトへの逆入力(負荷トルク)Tlsは測定されない。しかしながら、負荷トルクTlsは、車両モデルを介して、定可能である。最初のアプローチとして、簡単な「ばね−ダンパ・シャフト」が車輪のセルフアライニングリアクションの代表として用いられる。負荷トルクTlsは、次式(23)で表される。
【0060】
ls=−kθ−c(dθ/dt) …(23)
kおよびcは、それぞれ、車両モデルの剛性係数および粘性係数である。
前記式(19),(21),(22)を用いて、簡易EPSモデル92のためのギヤの噛み合い部の滑り速度vは、次式(24)で表される。
=rww(dθ/dt)/sin(γ)…(24)
簡易EPSモデル92では、前記運動方程式(2),(3),(4)は、次式(25)で表される。
【0061】
【数6】
【0062】
ここで、μは摩擦係数である。また、N(dh)は、減速機構の負荷状態dhに応じた等価垂直抗力トルク(以下、「垂直抗力N(dh)」という。)であり、次式(26)で表される。
N(dh)={rww/sin(γ)}F(dh) …(26)
図4に戻り、垂直抗力演算部71は、垂直抗力N(dh)を演算する。
【0063】
ウォームホイール上の外部トルクTwwは、Tww=Ttb+Tlsである。ウォームギヤ側においては、慣性はJwg+Jmsであり、外部トルクはモータシャフトトルクTmsである。また、安定状態では、θww=iθwg=iθmsとなる。
これらの式を前記運動方程式(2),(3),(4)に適用すると、次式(27)が得られる。
(1/Jww-)(Tww+rwwcos(γ)cos(β)F(dh)−rwwμsin(γ)F(dh))

(1/i(Jwg+Jms))(Tms−rwgsin(γ)cos(β)F(dh)−rwgμcos(γ)F(dh)) …(27)
垂直抗力の項F(dh)に比べて摩擦項μF(dh)を無視できる(μF(dh)=0)と仮定すると、F(dh)は次式(28)で表される。
【0064】
(dh)=iJwwms−i(Jwg+Jms)(Tww)/(rwwcos(γ)cos(β)J) …(28)
垂直抗力演算部71は、前記式(28)と前記式(14)(図7のグラフ参照)とからdhを演算する。また、垂直抗力演算部71は、求められたdhと、前記式(9)から求められるh0とを、前記式(15)に代入することにより、F(dh)を演算する。そして、垂直抗力演算部71は、F(dh)を前記式(26)に代入することにより、垂直抗力N(dh)(垂直抗力推定値N(d~h))を演算する。
【0065】
摩擦係数推定部72は、前記式(24)に基づいて滑り速度vを演算する。この際、前記式(24)のdθ/dtとしては、オブザーバ用モデル61によって演算されたコラム角速度推定値ω~が用いられる。そして、摩擦係数推定部72は、得られた滑り速度vを前記式(18)に代入することにより、摩擦係数推定値μ~を演算する。摩擦力演算部73は、垂直抗力演算部71によって演算された垂直抗力推定値N(d~h)に、摩擦係数推定部72によって演算された摩擦係数推定値μ~を乗算することにより、摩擦力の推定値μ~N(dh~)を演算する。
【0066】
前記実施形態では、摩擦力推定部69は、減速機構19で発生する摩擦が考慮された簡易EPSモデル92に基づいて、減速機構19で発生する摩擦を推定している。そして、推定された摩擦とアシストトルク指令値とを用いて、モータトルク指令値が演算される。これにより、減速機構19で発生する摩擦を補償することができる。
リファレンスモデル43およびオブザーバ用モデル61としては、この実施形態では、図9に示される簡易EPSモデル92から、パワーコラム内の摩擦μN(dh)が除外されたモデルが用いられる。
【0067】
以下、PD制御部45で用いられる比例ゲインkpおよび微分ゲインkv(フィードバックゲイン)、プラントオブザーバ48内の第1ゲイン乗算部64で用いられる第1ゲインlp(モデル修正用ゲイン)ならびにプラントオブザーバ48内の第2ゲイン乗算部68で用いられる第2ゲインlv(モデル修正用ゲイン)の設定方法について説明する。
図10は、ばね、質量およびダンパー要素を持つ一質点系のモデルを示している。
【0068】
このモデルの運動方程式は、次式(29)で表される。
m・dx/dt+c・dx/dt+kx=f …(29)
ここで、mは質量、cは減衰係数、kはばね係数(剛性係数)、dx/dtは加速度、dx/dtは速度、xは変位、fは外力である。
式(29)をラプラス変換すると、次式(30)が得られる。
【0069】
(ms+cs+k)X=F …(30)
ここで、Xは変位のラプラス変換、Fは外力のラプラス変換、sはラプラス演算子である。
伝達関数H(s)は、次式(31)で表される。
H(s)=X(s)/F(s)=1/(ms+cs+k) …(31)
式(31)の右辺の分母は特性方程式(ms+cs+k=0)と呼ばれる。
【0070】
特性方程式の根は、次式(32)で表される。
s={−c±√(c−4mk)}/2m …(32)
特性方程式の根が2重根となる場合が、振動と非振動との境界(臨界減衰)となる。
臨界減衰係数をc=2√(mk)、減衰比をζ=c/cとすると、特性方程式は、次式(33)で表される。
【0071】
+2ζ√(k/m)・s+k/m=0 …(33)
さらに、ω=√(k/m)を固有角振動数ωとすると、特性方程式は、次式(34)で表される。
+2ζωs+ω=0 …(34)
臨界減衰のときには(ζ=1)、式(34)は次式(35)となる。
【0072】
+2ωs+ω=0 …(35)
臨界減衰のときには(ζ=1)、システムの応答性が速く、非振動となる。
この実施形態では、臨界減衰のときの応答性を目標の応答性として、比例ゲインkp、微分ゲインkv、第1ゲインlpおよび第2ゲインlvを設定する。
図2を参照して、本実施形態の制御対象(プラント)を簡易EPSモデル92で表した場合の、本実施形態の閉ループシステム(制御対象および制御器)の運動方程式は、次式(36),(37),(38),(39)で表される。
【0073】
【数7】
【0074】
式(36)は制御対象の運動方程式であり、式(37)はプラントオブザーバ48の運動方程式であり、式(38)はリファレンスモデル43の運動方程式である。式(36)の右辺のμ~Nは摩擦力推定値μ~N(dh~)を表し、μNは実摩擦力μN(dh)を表している。μ~N−μNは、摩擦補償誤差である。
ψ=θ−θ~をプラントオブザーバ48のエラーとして定義し、ψ~=θ~−θ^をプラントオブザーバ48とリファレンスモデル43との間のエラーと定義する。
【0075】
ψおよびψ~を用いて、前記3つの運動方程式(36),(37),(38)から、制御システムの挙動を表す2つの方程式(40),(41)を生成する。
【0076】
【数8】
【0077】
各式(40),(41)に対応する特性方程式は、それぞれ次式(42),(43)で表される。
+{(c+σN+lv)/J}s+(k+lp)/J=0 …(42)
+{(c+kv)/J}s+(k+kp)/J=0 …(43)
特性方程式(42),(43)が2重根(負の実数)を持つように、比例ゲインkp、微分ゲインkv、第1ゲインlpおよび第2ゲインlvを設定すると、臨界減衰の応答性が得られる。特性方程式(42)がs=−C(Cは正の実数)の2重根を持つためには次式(44)が成立することが必要であり、特性方程式(43)がs=−C(Cは正の実数)の2重根を持つためには次式(45)が成立することが必要である。
【0078】
(s−(−C))=s+2C・s+C=0 …(44)
(s−(−C))=s+2C・s+C=0 …(45)
式(42)と式(44)の係数を比較すると次式(46)が得られ、式(43)と式(45)の係数を比較すると次式(47)が得られる。
【0079】
【数9】
【0080】
に所望の値を設定し、式(46)から、第1ゲインlpおよび第2ゲインlvを決定する。同様に、Cに所望の値を設定し、式(47)から、比例ゲインkpおよび微分ゲインkvを決定する。CおよびCは、狙いの応答性を設計するパラメータである。
このようにして、比例ゲインkp、微分ゲインkv、第1ゲインlpおよび第2ゲインlvを決定することにより、応答性が速く、非振動の制御システムが実現する。
【0081】
前述の実施形態では、ステアリングシャフト(コラムシャフト)6の回転角を、コラム回転角θとしているが、電動モータ18の回転角(モータシャフト)の回転角を、コラム回転角θとしてもよい。
また、前述の実施形態では、電動モータ18は、ブラシ付直流モータであるが、たとえば三相ブラシレスモータ等の、ブラシ付直流モータ以外の電動モータであってもよい。
【0082】
なお、この発明は、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0083】
1…コラム式EPS、8…入力軸、9…出力軸、10…トーションバー、11…トルクセンサ、12…ECU、18…電動モータ、19…減速機構、20…ウォームギヤ、21…ウォームホイール、25…回転角センサ、26…車速センサ、41…回転角演算部、42…アシストトルク指令値演算部、43…リファレンスモデル、44…角度偏差演算部、45…PD(比例微分)制御部、46…第1減速比除算部、47…加算部、48…プラントオブザーバ、49…第2減速比除算部、50…電流指令値演算部、61…オブザーバ用モデル、62…第3減速比除算部、63…角度偏差演算部、64…第1ゲイン乗算部、65…モータ速度演算部、66…第4減速比除算部、67…角速度偏差演算部、68…第2ゲイン乗算部、69…摩擦力推定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10