特許第6516268号(P6516268)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6516268感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6516268
(24)【登録日】2019年4月26日
(45)【発行日】2019年5月22日
(54)【発明の名称】感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤
(51)【国際特許分類】
   A62D 1/00 20060101AFI20190513BHJP
   C09D 1/02 20060101ALI20190513BHJP
   C09D 1/00 20060101ALI20190513BHJP
   A62D 1/02 20060101ALI20190513BHJP
   C09K 21/02 20060101ALI20190513BHJP
【FI】
   A62D1/00
   C09D1/02
   C09D1/00
   A62D1/02
   C09K21/02
【請求項の数】8
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-91918(P2017-91918)
(22)【出願日】2017年5月2日
(65)【公開番号】特開2018-187071(P2018-187071A)
(43)【公開日】2018年11月29日
【審査請求日】2018年1月17日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、消防庁、消防防災科学技術研究推進制度委託研究 新手法開発型研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】391054512
【氏名又は名称】三生技研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】真 隆志
(72)【発明者】
【氏名】菅原 鉄治
(72)【発明者】
【氏名】塩盛 弘一郎
【審査官】 田中 雅之
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭58−109072(JP,A)
【文献】 特開2013−119563(JP,A)
【文献】 特開2001−294778(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104645539(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A62D 1/00− 1/08
C09K 21/00−21/14
C09D 1/00−10/00
C09D 101/00−201/10
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0.1〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、水とを含有する感温性無機組成消火剤。
【請求項2】
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0.1〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、30℃の水に対する飽和濃度以下の金属炭酸塩と、水とを含有する感温性無機組成消火剤。
【請求項3】
アルカリ金属ケイ酸化合物が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム及びケイ酸リチウムからなる群より選択される少なくとも1種の化合物である、請求項1又は2に記載の感温性無機組成消火剤。
【請求項4】
金属炭酸塩が、アルカリ金属炭酸塩及びアルカリ金属炭酸水素塩であり、当該アルカリ金属がナトリウム、カリウム及びリチウムからなる群より選択される少なくとも1つの化合物である、請求項2に記載の感温性無機組成消火剤。
【請求項5】
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0.1〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、水とを含有する感温性無機組成延焼抑止剤。
【請求項6】
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0.1〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、30℃の水に対する飽和濃度以下の金属炭酸塩と、水を含有する感温性無機組成延焼抑止剤。
【請求項7】
アルカリ金属ケイ酸化合物が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム及びケイ酸リチウムからなる群より選択される少なくとも1種の化合物である、請求項5又は6に記載の感温性無機組成延焼抑止剤。
【請求項8】
金属炭酸塩が、アルカリ金属炭酸塩及びアルカリ金属炭酸水素塩であり、当該アルカリ金属がナトリウム、カリウム及びリチウムからなる群より選択される少なくとも1つの化合物である、請求項6に記載の感温性無機組成延焼抑止剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火災等の高温環境下にて固体の無機高分子膜或いは泡を形成するケイ酸化合物をベースとした感温性組成物を含有してなる無機組成の消火剤及び延焼抑止剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から知られる代表的な消火剤として、水、粉末消火剤(非特許文献1)、強化液(特許文献1)や泡消火剤(特許文献2)等がある。
【0003】
消火剤としての水は、消火メカニズムや消火能力の定量化研究(非特許文献2〜5)から、機械散布の開発(特許文献3)、及び文化財が水損した場合の修復に関する研究(非特許文献6)まで、非常に幅広く研究開発が行われている。
【0004】
安価で尚且つ広域に消火栓が設置されていることから、使用環境が整った水は、最も頻繁に使用されているものの、一方では水で一旦消火したはずの物体が、水の蒸発後に再燃する欠点を有する。
【0005】
アンモニア成分を含有する粉末消火剤は、熱分解で生成したアンモニアラジカルによって燃焼の連鎖反応を抑制(非特許文献1)し、消火する能力を発揮するが、噴霧した空間領域の酸素濃度を気相のラジカル停止反応によって低下させるため、風向きによっては、消防隊員の活動を制限する可能性がある。
【0006】
また、粉末消火剤は貯蔵中に吸湿し、固化する欠点(非特許文献1)を有するため、素早い消火活動に対応しづらい指摘もある。
【0007】
強化液は、A火災での消火効果とB火災で油を鹸化して消火する特性があり、優れた消火剤であるが、A火災において液の乾燥後に消火したはずの物の表面上で消火液に含有する成分が粉体になるため、再燃を防止できない欠点(特許文献4)を有する。
【0008】
泡消火剤(特許文献2)では、界面活性剤由来の表面張力の低減により、水を効率的に燃焼物に付着させ、水による気化熱の冷却効果と、尚且つ液体泡による燃焼物表面への被覆による窒息効果を発揮する優れた消火能力をもっている。しかしながら、原理的に親油性と親水性を併せ持つ界面活性剤は、環境や魚類に与える影響が問題視されている。
【0009】
上述のように各消火剤は夫々有用であり、また夫々欠点も有する。現状では、火災に対して、消火能力の性能が良く、また環境に優しい消火剤の開発が望まれていると考えられる。
【0010】
ケイ酸化合物については、近年、環境に優しく消火能力の性能も考慮したケイ酸化合物を含有する消火剤は幾つか報告されている。特許文献5には、スメクタイト等の粘土鉱物と水、或いは消火液と混合して消火材料を調製し、A火災の能力単位を測定する際に用いる第一模型に対して、2台の消火器で消火を試みたところ、木材は炭化したまま、完全に鎮火したとある。この消火効果は、化学的に縮合反応し得ない粘土鉱物が、単純にゲル状になって燃焼面に接着した窒息効果と、水の蒸発による冷却効果によるものである。
【0011】
特許文献5のケイ酸化合物は、粘土鉱物そのものであるため、燃焼物表面上にて火災時の熱を利用した脱水縮合反応によるシリケート層の生成に由来する固体膜又は固体泡の形成ができないことが本発明品とは異なる。
【0012】
特許文献6には、水、水ガラス及び粘土を混合して調製した懸濁液を、消火剤として使用している。このとき水ガラスは粘土の分散安定剤として作用させている。特許文献6の水ガラスの添加による作用は、砂を塊状にすることと、塊状砂中に水を保持する事である。そのため基本的な消火作用は、燃焼物に粘土が付着する砂消火である。
【0013】
消火原理が砂消火のため、粘土と水ガラスの合計含量が大きくなると(砂を燃焼物に盛ることと同じであるため)、消火効果が高くなるとしている。特許文献6では、ケイ酸化合物は砂のバインダーとしての作用を発揮するのみで、燃焼物に対して直接的な消火の効果を発揮していない。
【0014】
これらの文献(非特許文献5、非特許文献6)に記されるケイ酸化合物を利用した消火剤は、水に溶解しない粘土鉱物の懸濁液であるため、消防法第二十一条の二第二項の規定に基づいた「消火器用消火剤の技術上の規格を定める省令」に照らし合わせると不適切であるという問題点も有している。
【0015】
特許文献7には、乾燥水ガラスを油タンク火災に限定して使用する記載がある。網目状の骨材に水ガラスをコーティングし、乾燥させたものを中空浮体とし、その中にカレットとした乾燥水ガラスを充填した構造体を油タンクに連結して浮遊させている。油火災で発生した熱により、浮体の殻が崩壊し、内部のカレットが漏出発泡することで油表面を覆うとしている。
【0016】
特許文献7では、水ガラスが有機溶媒と接触すると、発泡しないケイ酸が固油接触界面に析出する化学的問題と、さらに市販水ガラスの比重は約1.5程度あることは既知であるが、その乾燥物は比重がさらに大きくなることは自明であり、比重が1.0よりも小さい油の気液界面に水ガラス乾燥カレットが存在したとしても沈降する速度が速い物理的問題がある。
【0017】
もし火災の熱により発泡を開始したとしても、比重の軽い油の上に設置した乾燥水ガラスのカレットは、常に固油接触界面で生成したケイ酸で発泡を阻まれ、発泡が不十分なままカレットの大部分は油に沈むという速度論的な問題も有している。
【0018】
泡消火剤については、消火の窒息作用に最も効果的であると考えられる泡を利用した消火剤は、界面活性剤を基に開発され、既に市販されている。しかしながら、特許文献2のような欠点も有している。ところが現在、泡消火剤の欠点を解決しつつある消火剤が開発されている。
【0019】
人体に対する高い安全性を有する泡消火剤(特許文献8)や、加えて生物や環境への負荷の少ない泡消火剤(特許文献9)が開発されている。これらの優位性は高く、これまで認識されてきた泡消火剤の欠点はほぼクリアーしたと考えられる。しかしながら、これら泡消火剤の泡は、界面活性剤由来の液体の泡である。火災時における液体泡の状態を考えると、火災の熱が液体泡に供給されれば、泡を形成する骨格成分の水が蒸発する事により、泡構造を維持できなくなる。
【0020】
このように液体泡の熱に対する泡骨格維持温度は水が蒸発するまでである。また泡の形成は、泡消火剤を専用のノズルや混合装置を介することで強制的に生成するものであり、火事の熱を感じて自発的に発泡する現象は起こりえない。一方、消火完了した後の液体泡を考えると、火災の熱に晒されること無く、液体泡の維持がある程度可能であるが、これも5時間程度で消泡する報告(非特許文献7)がある。
【0021】
この様に液体泡の消泡は水の蒸発に起因し、泡消火剤の組成によって積極的に泡骨格の維持を制御する事ができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開平3-500252号公報
【特許文献2】特開2009-201695号公報
【特許文献3】特開平11-146928号公報
【特許文献4】特開2006-130210号公報
【特許文献5】特開平7-558号公報
【特許文献6】特表2000-512517号公報
【特許文献7】特開2008-206849号公報
【特許文献8】特開2009-291636号公報
【特許文献9】特開2012-254101号公報
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】若園吉一、安藤直次郎;消火に関する(第2報)粉末消火剤について, 京大防災研究所年報, 6, pp1-5(昭和38年7月).
【非特許文献2】高橋哲;クリブモデル火災の消火諸現象の定量化, 日本火災学会論文集, 29, pp.33-40(1979).
【非特許文献3】高橋哲;燃焼木炭の消火, 消防研究所報告, 49, pp.7-13(1980).
【非特許文献4】高橋哲;木材火災の消火-注水中の重量増加速度および消火時間-, 日本火災学会論文集, 30, pp.31-40(1980).
【非特許文献5】高橋哲;“水系消火剤の作用機構と効率, 消防研究所報告, 56, pp.7-11(1983).
【非特許文献6】高妻洋成; 水損資料の処置, 緊急保全活動・現況調査事業研究会, 「これからの文化財防災-防災の備え」セッション1 レスキュー後に得られた技術的知見と課題, 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所(平成27年).
【非特許文献7】室田城治;クラスA泡消火剤を使用した消火戦術の改革, 消研輯報, エ・一般による消防防災科学論文の部, pp.106-113(平成14年度).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明では、火災等で既に燃焼している物質に対する消火剤、また延焼の可能性がある未燃の物質に対する延焼抑止剤として、固体膜又は固体泡を形成する感温性の無機組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた結果、
ケイ酸ナトリウム及びケイ酸カリウムの単独又は混合溶液、
ケイ酸ナトリウム及びケイ酸カリウムの単独又は混合溶液にケイ酸アルミニウムを溶解した溶液、
ケイ酸ナトリウム及びケイ酸カリウムの単独又は混合溶液にアルカリ炭酸塩の単独又は混合物を溶解した溶液、又は
ケイ酸ナトリウム及びケイ酸カリウムの単独又は混合溶液にケイ酸アルミニウムとアルカリ炭酸塩の単独もしくは混合物を溶解した溶液等
として調製される感温性無機組成物が、
火災等の熱を感知し、燃焼物の表面に固体膜又は固体泡の単独又は混成体を形成して、消火作用を発現する消火剤として機能することと、
延焼の可能性がある未燃の物質に予め前記感温性無機組成物を供給することによって延焼抑止効果を発揮する延焼抑止剤として機能することと、
消火後に温度が下がると固体膜及び泡の単独又は混成体の液状化又は保持のいずれか又は双方の現象が発現することと等、を見出し、本発明を完成するに至った。
【0026】
即ち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0027】
第1発明の感温性無機組成消火剤
項1.
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、水とを含有する感温性無機組成消火剤。
【0028】
項2.
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、飽和濃度以下の金属炭酸塩と、水とを含有する感温性無機組成消火剤。
【0029】
項3.
アルカリ金属ケイ酸化合物が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム及びケイ酸リチウムからなる群より選択される少なくとも1種の化合物である、前記項1又は2に記載の感温性無機組成消火剤。
【0030】
項4.
金属炭酸塩が、アルカリ金属炭酸塩及びアルカリ金属炭酸水素塩であり、当該アルカリ金属がナトリウム、カリウム及びリチウムからなる群より選択される少なくとも1つの化合物である、請求項1〜3のいずれかに記載の感温性無機組成消火剤。
【0031】
第2発明の感温性無機組成延焼抑止剤
項5.
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、水とを含有する感温性無機組成延焼抑止剤。
【0032】
項6.
アルカリ金属ケイ酸化合物と、前記アルカリ金属ケイ酸化合物の二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、0〜26重量部のケイ酸アルミニウムと、飽和濃度以下の金属炭酸塩と、水を含有する感温性無機組成延焼抑止剤。
【0033】
項7.
アルカリ金属ケイ酸化合物が、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム及びケイ酸リチウムからなる群より選択される少なくとも1種の化合物である、前記項5又は6に記載の感温性無機組成延焼抑止剤。
【0034】
項8.
金属炭酸塩が、アルカリ金属炭酸塩及びアルカリ金属炭酸水素塩であり、当該アルカリ金属がナトリウム、カリウム及びリチウムからなる群より選択される少なくとも1つの化合物である、前記項5〜7のいずれかに記載の感温性無機組成延焼抑止剤。
【0035】
第3発明の塗料
項9.
前記項1〜8のいずれかに記載の感温性無機組成消火剤又は感温性無機組成延焼抑止剤を有する基材を含む塗料。
【発明の効果】
【0036】
本発明により、火災時に燃焼する物質に特定の組成から成る感温性無機組成物を供給することで、消火剤中の水による気化熱の冷却効果を発揮する。
【0037】
また、火災時に燃焼する物質に特定の組成から成る感温性無機組成物を供給することで、燃焼物表面に固体膜又は固体泡を単独又は混成体の形成(以後、被覆物と表記する)による窒息効果も発揮して、消火することができる。
【0038】
本発明により、被液した消火物は、被覆物によって可燃物への酸素供給が遮断されることで再燃を防止することができる。
【0039】
本感温性無機組成物の供給された物質に対しては、被液した物質(消火した炭等)を、火災の熱によって形成した消火液由来のシリケート層が消火炭を物理的に固定することで、屋根や木立等にある高熱の炭や消火炭の剥落防止に寄与することができる。
【0040】
この作用により、強風時の延焼を抑制することもできる。また林野火災での残火処理にも使用することができる。
【0041】
一方、消火後に環境温度が下がると、潮解性を有する本感温性無機組成物では、被覆物を形成していた固体が液体へ変化又は一部液体化、更には任意に組成を設定する事で保持することもできる。
【0042】
これらの効果を合わせて考慮すれば、泥炭火災への使用や予防にも適用する事ができる。更に、予め燃焼する前に感温性無機組成物を可燃物に供与する事で、延焼予測物の表面に膜を形成し、延焼を抑止することが可能となる。
【0043】
本発明により、以上の上記効果を併せ持つ、感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】消火実験にて使用した消火対象物(クリブ)の立面図である。
図2】手動スプレーに各消火液を充填し、図1に示すクリブを消火した熱挙動の経時変化を示す図である。
図3】噴霧器に同一組成物の含水率を変化させ、粘度を変更した各消火液を充填し、図1に示すクリブを消火した熱挙動の経時変化を示す図である。
図4】噴霧器に混合ケイ酸カリウム系にケイ酸アルミの濃度を変更して調製し、粘度をほぼ揃えた各消火液を充填し、図1に示すクリブを消火した熱挙動の経時変化を示す図である。
図5】写真1:700℃に加熱した電気炉に、同一組成物の含水率を変化させ、粘度を変更した消火液をスライドガラスに噴霧し、濡れた状態で投入し、加熱した後の様子を撮影した写真である。
図6】写真2:同一組成の消火液をスライドガラス上に自然乾燥させ、異なる含水率に調製したサンプルを室温状態で電気炉に設置し、その後、炉内温度を20℃/min.で昇温したサンプルの各任意温度における固体泡の様子を撮影した写真である。
図7】写真3:同一組成の消火液の含水率を変化させ、スライドガラス上にほぼ同量担持して予備乾燥したものを、電気炉中に設置し空気雰囲気下、20℃/min.で室温から昇温し、600℃、4時間保持して絶乾状態とした各サンプルを作成した後、サンプルを電気炉から取り出した時点を開始時として、潮解する様子を経時的に撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明の感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤は、ケイ酸ナトリウム及びケイ酸カリウムの単独又は混合、ケイ酸アルミニウム及び金属炭酸塩を含み、液体から固体状まで任意の形態に調節できる。
【0046】
該無機物は、燃焼物に対して供給すると、水の気化熱により燃焼物を冷却すると共に、消火途上の被該環境中の熱により、燃焼物の表面にシロキサン分子構造を持つ固体膜又は固体泡を生成する。
【0047】
この本発明品の被覆物は被該環境中の熱が100℃以上約850℃未満の温度領域にて安定した状態を保つため、燃焼物の表面を安定して被覆し、水の蒸発する温度以上になっても窒息効果が保たれる。また燃焼部分の被覆は、付着部分からの火炎の発生を阻止する事で火炎の分散化に寄与するため、火勢を削ぐ効果も発現する。
【0048】
また、本発明品は、熱分解時に有害となる有機化合物(界面活性剤やキレート剤、金属脂肪酸等)を全く含まないため、本発明品由来の有害な煙やガスの発生しない安全な材料である。仮に主成分であるケイ酸化合物が火災の熱によって溶融したと仮定すると、発生したヒュームは非晶質SiO2であり、このヒュームは人の皮膚に触れると皮膚表面の水分を吸着し、乾いた感覚となるが、単に水で洗い流すだけで良い。
【0049】
この様にケイ酸化合物を消火剤の出発原料とすると火災時の熱分解による人的有害性のほぼ無い環境を作り出すことができる。加えて、潮解作用が発現するよう任意に調製した本発明品では、消火後に温度が下がると、被覆物を形成する骨格物質の潮解が始まり、骨格成分の飽和水蒸気圧と大気中の水蒸気圧が等しくなるまで吸水する。
【0050】
本発明品では潮解現象が発現した当初こそ骨格成分が露出した状態であるが、その後は骨格成分が液体に覆われてしまうため、骨格成分が潮解により溶解するまで進行する。この現象により、火事等の熱で形成した被覆物は、外気温に戻ることで液状化する。
【0051】
更には可燃性の延焼予測物に対して、予め燃焼する前に本消火剤を連続的又は、断続的に供給する事で、延焼予測物の表面に被覆前駆体又は被覆物を形成し、火災からの熱を低減し、延焼を抑止することが可能となる。
【0052】
本発明品は、通常、ケイ酸化合物溶液にケイ酸アルミニウム及び金属炭酸塩等を混合して、目的に応じた任意含水率に調製して製造することができる。
【0053】
感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤の含水率は、本目的を損なわない範囲であれば良く、通常7〜95%である。
【0054】
本発明書において、「ケイ酸化合物」とは、ケイ酸カリウム、ケイ酸ナトリウム及びケイ酸リチウムを示し、夫々K2O・nSiO2(n=1.8〜3.7)、Na2O・nSiO2(n=2.0〜3.8)、Li2O・nSiO2(n=3〜8)の組成式(mH2Oは省略)を有し、係数nは各組成式に付帯する括弧内に記載した値である化合物を表す。
【0055】
「ケイ酸化合物」を水で希釈することでも、本発明品のpHを調節することができる。
【0056】
また「ケイ酸化合物」を、後述する「金属炭酸塩」の飽和溶液で希釈することでpHを調節しても良く、さらに前記希釈物に水を加えてpH調製しても良い。
【0057】
業務上において通常はpH12.5未満にて調製する方が好まれる。
【0058】
市場の要望等によっては、原料そのままのケイ酸化合物のpHを維持したまま、感温性無機組成消火剤や感温性無機組成延焼抑止剤を調製しても良い。
【0059】
「ケイ酸化合物」は、複数のケイ酸化合物を混合しても良い。ケイ酸ナトリウムの濃度が共存ケイ酸化合物の濃度よりも高ければ、燃焼物に対する付着性が強くなり、液の広がりは若干悪くなる。
【0060】
ケイ酸カリウムの濃度が共存ケイ酸化合物の濃度より高ければ、燃焼物に対する付着性はやや弱くなるが、液の広がりは良くなる。ケイ酸リチウムの濃度が共存ケイ酸化合物の濃度より高ければ、燃焼物に対する付着性は弱くなり、液の広がりが良くなる。
【0061】
これらの特性を考慮し、消火剤や延焼抑止剤の目的や用途によって基本特性を設計することができる。
【0062】
水は、本発明の感温性無機組成消火液及び感温性無機組成延焼抑止液の目的を損なわない範囲で含まれる。
【0063】
「ケイ酸アルミニウム」を加えることで、火災等の熱によって形成される固体膜や固体泡の高温骨格維持性、更に噴霧した際の消炎性が制御できる。
【0064】
ケイ酸アルミニウムの添加量は、前記ケイ酸化合物の固形分100重量部に対し、26重量部以下の添加量、コスト的観点から好ましくは0.1重量部から5.5重量部であるが、限定する物では無い。
【0065】
ケイ酸アルミニウムは目的や用途に応じて省く事も可能であるが、ケイ酸アルミニウムの添加量が増加すると消火や延焼抑止効果も高くなる。
【0066】
「金属炭酸塩」は水溶性であれば良く、特に限定されないが、例えば、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムが挙げられる。
【0067】
炭酸カリウム及び炭酸水素カリウムは、30℃の水に対する溶解度が、夫々約52g及び約28gであり、ケイ酸化合物溶液にも容易に溶解する。これらを加えることで、本発明品の粘度を調節すると共に、燃焼物への濡れのべたつき感を調節することができ、また本発明品のpHを調節することもできる。
【0068】
炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムは、30℃の水に対する溶解度が、夫々約31g及び約10gであり、ケイ酸化合物溶液にも容易に溶解する。これらを加えることで、本発明品の粘度を調節すると共に、燃焼物への濡れのさらさら感を調節することができ、本発明品のpHを調節することも出来る。
【0069】
「金属炭酸塩」の添加量は、上述する各金属炭酸塩の溶解量が上限である。通常は水に溶解した時のpHが12.5未満を上限とする濃度以下であれば作業の効率が良い。これらは、目的や用途に応じて単独又は混合物で用いることができる。
【0070】
上記添加物を含む本発明品の含水率を制御することにより、消火時に生成する固体膜又は固体泡或いは混成体の形状を制御することができる。
【0071】
更に上記添加物を含む本発明品のpHを制御することにより、消火後の潮解性の程度も制御する事ができる。
【0072】
本明細書において「0〜X重量部を含む」とは、組成物中に対象成分を最大でX重量部含んでもよいし、0重量部の場合、含まなくてもよいことを意味する。従って、例えば、本明細書中において、ケイ酸アルミニウムを「0〜26重量部」含むとは、本発明の組成物が、ケイ酸ソーダの二酸化ケイ素の固形分100重量部に対し、ケイ酸アルミニウムを最大で26重量部含んでもよいし、含まなくてもよいことを意味する。
【0073】
本発明の感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤は、単独で使用する他に、基材となる該組成物を用いて塗料を調製することもできる。その際、公知の添加剤や、溶剤として水を本発明の目的を損なわない範囲で加えることができる。
【0074】
添加剤としては、例えば、顔料、乾燥剤、流動性調整剤、紫外線吸収剤、たれ防止剤、耐熱性向上剤等を用いることができる。
【0075】
前記感温性無機組成消火剤及び感温性無機組成延焼抑止剤にて塗膜を形成させる方法は、組成物水溶液をドクターブレード法、ゲルキャスティング法、鋳込み成形法、カレンダ法や、噴霧コート法、ローラーコート法、バーコート法、エアナイフコート法、刷毛塗り法、ディッピング法等の公知の方法により塗布し、自然乾燥又は強制乾燥させて行うことができる。
【0076】
建築部材等の表面に形成された乾燥済み感温性無機組成消火液及び感温性無機組成延焼抑止剤の層の厚さは、本発明の目的を損なわない範囲であれば限定されないが、通常50μm〜数十mmである。塗膜の耐久性を向上させる目的においては、120℃以上で熱処理し、シリケート層を形成させた方が好ましい。
【0077】
一方、塗膜の耐久性が必要無く、潮解性を優先する場合には、塗膜後の加熱は必要無い。また、この未加熱処理の乾燥塗膜は、本明細書に記載する全ての組成にて潮解性が発現する。
【0078】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。なお、本発明においては、本発明の合目的であって、本発明の効果を特に害さない限りにおいては、改変或いは部分的な変更及び付加は任意であって、いずれも本発明の範囲である。
【実施例】
【0079】
試験方法
試験は、国際規格(ISO/CD12468 Test method for external fire exposure to roofs)に準拠した国土交通省指定性能評価 指定業者制定「防耐火性能試験・評価業務方法書」4.13屋根藁葺き材の飛び火性能試験・評価方法に記載の対象地域が「防火地域及び準防火地域内の建物(建築基準法第63条)」に指定のブナ材を用いたクリブ(図1)を使用した。
【0080】
クリブ単木寸法は縦19mm×横19mm×幅180mmであり、図1のように各段3本使用して3段組にした時の組み立て寸法は、縦60mm×横80mm×幅80mmである。
【0081】
このクリブの規定重量は155±10gである。
【0082】
含水率を10%以下に調節したクリブをガスコンロにて着火し、所定時間燃焼させた。燃焼中のクリブを消火実験箇所に移動させ、K型熱電対を燃焼中のクリブに設置した。燃焼熱を熱電対が捉えたことを確認した後、調製した消火液を燃焼クリブに供給し、消火した。
【0083】
消火実験は動画記録し、この時の消火状況、温度変化及び消火前後の消火液量データを記録した。
【0084】
消火効果の評価は、高橋の評価方法(非特許文献2〜5)を基に行った。
【0085】
非特許文献3及び4によると、次式が成り立つ。
【0086】
=Mφλμ (1)
式(1)で、Qは消火に必要な水の量、Mはクリブの初重量、φはクリブの重量減率、λはクリブ燃焼時の重量減1に対する木炭収率(0.29)及びμは頂部注水法における単位重量の木炭の消火に必要な水の量(3.4)である。
【0087】
また、サブスクリプトの「0」は高橋の実験系によって与えられた係数及び計算値である。
【0088】
また、非特許文献5で次式の消火剤の能力について提示している。
【0089】
η=μmeas/μ (2)
式(2)で、サブスクリプトの「meas」は実験結果である。
【0090】
つまり、ηの値を求めることで、消火効果の比較を可能にしている。
【0091】
μは消火に必要なその方法特有の必要な水量と定義されているため、異なる消火方法及び異なる消火剤の影響を含めて比較することができる。本実験では、消火液を噴霧して消火実験しているため、高橋の実験方法と異なる。そこで、消火剤を同一にした水の場合の操作定数を求め、その操作定数を基に本実験系と同じ噴霧速度条件での消火液の評価を以下のように行った。
【0092】
本実験にてクリブの重量減率が0.62の時に消火に使用した水量は54[g]であった。この実測値は、高橋の実験方法から算出したQの値の約半分であった。
【0093】
そこで、本実験系の操作定数を得るために、同じクリブ重量減率(ここで、サブスクリプトの「wo」として示す)の実験環境において、水を消火剤として本実験系と同じ噴霧速度にて噴霧して用いた場合の消火水の量Q’wを、高橋の頂部注水法での消火水の必要消火水量Qwで除し、η1とすると次式で表される。
【0094】
η1=Q’w/Qw
=Q’w/Mwφλμw (3)
η1は実験結果を基に解析した結果0.52と決定した。
【0095】
η1を、頂部注水法の必要消火量Qに乗じることで、本実験系で必要な消火水の量Qccが得られる。
【0096】
cc=η1Q (4)
消火効果Efは、本実験系で使用した液量をQccで除すことで、実験で使用した消火液の消火効果が水の消火効果の倍数として示される。
【0097】
Ef=Qmeas/Qcc (5)
式(5)で、Qmeasは実験に使用した消火液の量である。
【0098】
よって、燃焼しているクリブへの消火剤の噴霧速度を一定にした場合、必要消火量の実験値と(1)、(3)、(4)及び(5)式を使用すれば、本実験系で水の消火能力を1とした場合の調製した消火剤の消火能力を評価することができる。
【0099】
被覆物形成の含水率の影響については、調製した各種サンプルをスライドガラスに噴霧し、電気炉にて予め空気雰囲気下で700℃に保温した炉内へ投入した。加熱による消火液の変化を動画記録した後、電気炉から取り出し、目視にて固体の膜又は泡の形成状態を観察した。
【0100】
含水率の異なる被覆物の熱安定性については、調製したサンプルをスライドガラスに塗布し、夫々含水率が異なるように予備乾燥させた。電気炉に各サンプルを設置した後、空気雰囲気下で20℃/min.の昇温速度により加熱し、任意温度ごとに写真撮影した。
【0101】
含水率の異なる被覆形成物の潮解の影響については、調製した各種サンプルをスライドガラスに塗布し、自然乾燥させたものを、電気炉を用いて絶乾状態にする。その後、電気炉から取り出した時間を潮解実験の開始時とし、潮解現象が平衡状態になるまで任意時間にて写真撮影を行った。
【0102】
ここで、絶乾状態とは、電気炉にて、空気雰囲気下で室温から20℃/min.の速度で600℃まで温度を上げ、600℃で4時間保持する熱処理を行った状態をいう。
【0103】
固形分率は、絶乾状態の固形分量(絶乾重量)をサンプル採取量(固形分と水分の双方を含む)で除し、100を乗じることによって求めた。固形分率は固形分濃度と記す場合もある。
【0104】
含水率は、100から固形分率を差し引くことで求めた。
【0105】
潮解現象に関しては、電気炉から取り出した時点で時間の計測を開始し、潮解現象が平衡状態になるまで写真撮影を行った。
【0106】
[実施例1]各消火液の特性:手動スプレーにて消火
比較例
消火液の水は水道水を使用した。
【0107】
実施例1-1の調製方法
炭酸カリウムの10gを46gの水に溶解し、pH12.11の強化液を模したサンプル1-1を調製した。
【0108】
実施例1-2の調製方法
JIS規格3号ケイ酸ナトリウム水溶液と同体積の水を混合し、粘度3.87[mPas]、固形分濃度18.6%のサンプル1-2を調製した。
【0109】
実施例1-3の調製法
炭酸カリウム30gを231gの水に溶解し、pH11.99の水溶液を得た。JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液と同体積の前記炭酸カリウム水溶液を混合し、粘度4.71[mPas]、固形分濃度20.2%のサンプル1-3を調製した。
【0110】
実験方法
以上のように各サンプルを調製し、3分間燃焼したクリブに図1に示すクリブの△の位置に熱電対を設置し、手動スプレーを用いて消火した。消火実験は動画記録し、この時の消火状況、温度変化及び消火前後の消火液量データを記録した。
【0111】
試験結果
試験結果を表1及び図2に示す。
【0112】
表1は、実施例1において、消火実験で使用した消火液粘度、消火に使用した液量、消火効果及び50℃を下回った到達時間を示す。
【0113】
図2には、各消火液を手動スプレーにて消火した実験の熱挙動の経時変化を示す。
【0114】
図2-1に比較例を示す。比較例では、燃焼クリブの火炎が噴霧する度に逃げ、消炎するまで14分要した。噴霧してクリブに水が付着した箇所は一旦消炎するものの、燃焼している周りの熱の影響で、水が蒸発する事により再燃を相次いで繰り返した。12.5分後にはクリブの崩壊が始まり、14.5分後には完全に崩壊した。崩壊後に噴霧すると再燃する事無く、消火が完了した。
【0115】
図2-2に実施例1-1を示す。サンプル1-1を噴霧すると、最初の消炎が2分後であったが、水場合と同様に、燃焼している周りの熱の影響で、サンプル1-1の水分が蒸発すると再燃した。その後消炎と再燃を繰り返し、9分後にはクリブの崩壊が始まった。しかしながら、使用した消火液量は水の場合よりも少なく、消火効果も比較例より良かった。
【0116】
実施例1-1において、比較例よりも消火剤使用量が少なかった事から、炭酸カリウムの熱分解による効果が現れた事が分かった。
【0117】
図2-3に実施例1-2を示す。サンプル1-2を噴霧すると、最初の消炎は消火開始から5分後であった。そのまま2分間放置すると、再燃した。再燃箇所は噴霧したサンプル1-2が熾火に届いていない箇所からの再燃であった。7.5分後に再噴霧し、消炎した。再び放置するとクリブ内の温度が上昇し始めた。見えない箇所の熾火を消火するため、温度が下がるまで噴霧を続けた。
【0118】
実施例1-2では、クリブの崩壊は無かった。実施例1-2において、サンプルが消火時に燃焼物に対して被覆し、クリブの温度を保持する効果と同時に、窒息効果も現れた。
【0119】
図2-4に実施例1-3を示す。サンプル1-3を噴霧すると、消火開始から3.5分後に消炎した。実施例1-3では消火剤使用量が最も少なかった。3.5分後以降は再燃する事無く、比較的急激にクリブ内の温度が下がった。実施例1-3では、クリブの崩壊は無かった。
【0120】
実施例1-3において、消火時に燃焼物に対して被覆し、クリブの温度を保持する効果と同時に、窒息効果も現れた。尚且つ、炭酸カリウムの熱分解による効果が現れることにより、最も良い結果となった。この様にケイ酸化合物と金属炭酸塩の成分を併用することで消火効果が高くなることが明らかとなった。
【0121】
ケイ酸化合物と金属炭酸塩を混合すると、消火効果が高くなることが分かった。金属炭酸塩の添加量の上限は、各炭酸塩の飽和溶解量が限度である。そのため消火能力の向上を果たす目的では、金属炭酸塩だけに頼ると消火効果の向上は望めない。
【0122】
さらなる消火効果の向上を図るためには、ケイ酸化合物の消火効果も高めた方がより効果的である。なぜなら、ケイ酸化合物で高めた消火効果に、金属炭酸塩の消火効果をさらに付加できるからである。そのため以後の実験では、ケイ酸化合物由来の消火効果の増強開発を行った。
【0123】
【表1】
【0124】
[実施例2]固体膜と固体泡の形成
実施例2-1から実施例2-7の調製方法
JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液の固形分の100重量部に対し、0.1重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して調製した消火母剤(以下、「母剤」と表記する。)を適宜水で希釈し、表2に示す粘度の異なる各サンプルを調製した。
【0125】
試験結果
試験結果を表2及び写真1(図5)に示す。表2は、実施例2において、各サンプルをスライドガラスに噴霧し、その直後スライドガラスが濡れた状態で電気炉に投入した様子と夫々の粘度及び固形分率を示す。
【0126】
また、加熱後に取り出したサンプルの様子を写真1に示す。
【0127】
【表2】
【0128】
実施例2は、濡れた状態で熱源に投入しているため、消火剤を燃焼物に噴霧した状態を模している。また、スライドガラスを使用しているため、高温物体に対して感温性無機組成消火剤がどのような状態で反応するか良く観察できる。
【0129】
写真1に熱源に投入した噴霧液の発泡状態の様子を示す(写真1中の「数字-数字」はサンプル「数字-数字」と同じである)。ここで、実施例2-3(写真1の左から3番目)は、実験時にスライドガラスが割れた。消火液の粘度の増加と共に固体泡の発泡嵩高さが増し、固体膜エリアが狭くなっている。
【0130】
一方、消火液の粘度の減少と共に固体泡の発泡嵩高さは低くなり、固体膜エリアが広くなっている。ここで、固体膜とは、スライドガラス上に形成した膜が積層すること無く、横に広がった状態を指す。
【0131】
本発明品を消火液とした立場での働きを考慮すると、燃焼物の表面を効率よく覆えば良く、無駄に嵩高くなる必要は無い。そのため、消火液が同じ体積ならば、粘度が低ければ被覆面積が大きくなるため消火効率が良い。
【0132】
一方、粘度が高い消火液に関しては、噴霧器の取扱いが困難になる事を加味すると、噴霧タイプの消火液には向かない。しかしながら、用途を別にすれば、高粘度の消火液をパックに充填し延焼予測地点に設置することで、高粘度の特徴である嵩高さを利用した遮熱性を発揮し、延焼を抑止できる。
【0133】
以上の結果のように、ケイ酸化合物の固形分濃度を調節することによって、火災の熱で変化する状態(固体膜あるいは固体泡あるいは混成体の形状)が制御できることを明らかにした。
【0134】
[実施例3]固体泡の高温安定性
実施例3の調製方法
JIS規格3号ケイ酸ナトリウム水溶液の固形分の100重量部に対し、25.8重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して調製した母剤(この時の固形分濃度は36.3%)をスライドガラスに塗布後、水分調節し、各サンプルを調製した。
【0135】
試験結果
写真2(図6)に熱源に投入した消火液の噴霧液の発泡状態の様子(実施例3)を示す。実施例3では、電気炉にサンプルを投入する前に、予め消火液の含水量を調節し、スライドガラス上に成膜した。サンプル3-1(左側)は含水率40%、サンプル3-2(右側)は7%である。両サンプルに熱が加えられ、100℃を超えると水の蒸発と共に泡を形成し始め、固体泡となった。
【0136】
発泡開始後、固体泡の状態は750℃まで嵩をほぼ維持した。750℃を超えると次第に嵩が低くなるが、泡の形状は保持したままである。また、750℃を超えるとガラスの軟化点を超えることから、固体泡は次第に柔軟化する。しかしながら、少なくとも850℃までは溶融劣化すること無く、また固体泡の流れだしも無く、スライドガラスに強く接着していることを確認した。
【0137】
この加熱変化の様子は、火災時に消火液を燃焼物に供給した直後から火災熱により固体泡がどのような熱経緯を辿るかを模式的に表している。このように本消火剤は液体泡と異なり、非常に耐熱性が高いことを表している。
【0138】
また、溶融して流れ出すまで本消火剤は付着した物体に強く接着していることから、非常に高い温度まで窒息効果が持続・発揮することができ、尚且つ延焼抑制効果があることが明らかとなった。また、林野火災での残火処理において、再燃防止にも効果がある事が分かった。
【0139】
[実施例4]固体膜と固体泡の潮解
実施例4の調製方法
JIS規格1号ケイ酸カリウム水溶液の固形分の100重量部に対し、3.5重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して母剤を調製した。
【0140】
母剤を水で希釈することにより12.0、6.03及び2.27[mPas]の粘度に調節し、夫々スライドガラス上にほぼ同量塗布後、予備乾燥した。
【0141】
その後、600℃、4時間、空気雰囲気下で加熱し、絶乾状態とした各サンプルを調製した。
【0142】
試験結果
写真3(図7)に600℃の熱源から取り出した直後を実験開始時とした場合の実施例4-1から4-3の各サンプルの経時変化を示す。実験日は平均気温23.6℃、平均湿度82%の実験環境であった。
【0143】
実験開始時の状態として、写真3の左側(サンプル4-1)では固体泡のみ、中(サンプル4-2)では固体泡と固体膜の混成体、右側(サンプル4-3)では固体膜のみの状態であった。時間の経過と共に全てのサンプルで潮解し、固体から液体へと変化した。
【0144】
実施例4-1の固体泡の状態が最も液状化するのが遅く、3.5時間程度かかっている。固体膜の液状化は色彩変化が無く判定しづらいが、積層化した固体泡よりは液状化に至る時間短い。これら潮解に要する時間は、発泡バルク層の嵩高さや発泡密度によって異なる事が写真3に現れている。
【0145】
また、絶乾状態で実験を開始したことから、(各サンプル中には水を含まない状態の乾燥シリケート層から開始した意を有している)大気中の湿気から水分を吸収し、液体化する潮解現象が発現したことを示しているのであって、予め被覆物中に含まれた水分が潮解現象に影響を及ぼしているのではない事を示している。
【0146】
後述する実施例5及び6では一部の潮解が見られ、ケイ酸ナトリウム系化合物との混合物においても一部の潮解現象が見られた。この事より、シリケート層を形成した後に発現する潮解現象を消火剤の組成を調節することで、制御できることが分かった。
【0147】
[実施例5]消火液の性能:粘度の影響
実施例5の調製方法
JIS規格1号ケイ酸カリウム水溶液の固形分と、JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液の固形分を合計した100重量部(体積比1:3)に対し、3.5重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して母剤を調製した。母剤を水で希釈することで11.4、6.24及び2.08[mPas]の粘度に調節し、各サンプルを調製した。
【0148】
試験結果
表3に消火実験で使用した消火剤粘度、消火した液量、消火効果及びクリブの温度が50℃を下回った到達時間を示す。消火液同組成では、噴霧可能な粘度が下がるとともに使用した消火液量が減り、消火効果が高くなった。
【0149】
これは、消火に有効な固体膜で燃焼物を被覆した面積の効果と、水の気化熱を利用して急激に被消火物の温度を下げる効果が発現したためである。
【0150】
【表3】
【0151】
図3-1に実施例5-1(粘度11.4[mPas]の場合)の消火実験のクリブ内温度の経時変化を示す。
【0152】
サンプル5-1は、計測開始から102秒で消火液を燃焼クリブに2秒間噴霧すると消炎し、直ちにクリブ内の温度が急激に下がった。消炎確認後、開始から127秒で1秒間熾火に対して消火液を噴霧し、噴霧停止した。
【0153】
噴霧停止後は、クリブ内の温度が一旦は木材の燃焼温度260℃に迫ったものの、その後温度が緩やかに低くなった。噴霧停止後にクリブ内の温度が上がる現象は、発泡層がクリブの放熱を阻害したためである。
【0154】
この様に発泡によって被被覆物内の温度が保持されることから、外熱に対しても抗温度変化作用がある事が明らかとなった。噴霧可能なサンプル5-1(粘度11.4[mPas])では発泡層の厚みを適正に制御していることから、木材の燃焼温度に満たず、比較的緩やかに放熱できており、良好な結果を示した。
【0155】
図3-2に実施例5-2(粘度6.24[mPas]の場合)の消火実験のクリブ内温度の経時変化を示す。
【0156】
サンプル5-2は、計測開始から84秒で消火液を燃焼クリブに1秒間噴霧すると消炎し、直ちにクリブ内の温度が急激に下がった。消炎確認後、開始から227秒まで任意時間で約1秒間熾火に対して消火液を4回噴霧し、噴霧停止した。
【0157】
噴霧停止後は、消火液の発泡はあまり見られず、クリブ内の温度が比較的速やかに低くなった。噴霧停止後にクリブ内の温度が比較的速やかに低くなるのは固体膜と固体泡の混成体であるため、実施例5-1よりも効率的にクリブ内の熱をクリブ外へ逃がしたためである。
【0158】
この様に固体泡及び固体膜の混成体が燃焼物に被覆することで、良好な消火の結果を示した。
【0159】
図3-3に実施例5-3(粘度2.08[mPas]の場合)の消火実験のクリブ内温度の経時変化を示す。
【0160】
サンプル5-3は、計測開始から61秒で消火液を燃焼クリブに1秒間噴霧すると消炎し、直ちにクリブ内の温度が急激に下がった。消炎確認後、開始から153秒まで任意時間で約1秒間熾火に対して消火液を4回噴霧し、噴霧停止した。
【0161】
噴霧停止後は、消火液の発泡は見られず、クリブ内の温度が速やかに低くなった。噴霧停止後にクリブ内の温度が速やかに低くなるのは固体膜を形成しているため、実施例5-1及び実施例5-2よりも効率的にクリブ内の熱をクリブ外へ逃がしたためである。
【0162】
この様に固体膜が燃焼物に被覆することで、良好に消火し、尚且つ消火後のクリブの温度降下も最も早かった。
【0163】
[実施例6]消火液の性能:ケイ酸アルミの濃度
実施例6-1と実施例6-2及び実施例6-3の調製方法
JIS規格1号ケイ酸カリウム水溶液の固形分と、JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液の固形分を合計した100重量部(体積比1:3)に対し、0.1重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して実施例6-1の母剤を調製した。
【0164】
JIS規格1号ケイ酸カリウム水溶液の固形分と、JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液の固形分を合計した100重量部(体積比1:3)に対し、1.0重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して実施例6-2の母剤を調製した。
【0165】
JIS規格1号ケイ酸カリウム水溶液の固形分と、JIS規格2号ケイ酸カリウム水溶液の固形分を合計した100重量部(体積比1:3)に対し、3.5重量部の重量部のケイ酸アルミニウムを混合して実施例6-3の母剤を調製した。
【0166】
夫々の母剤を水で希釈し、約2.10[mPas]の粘度に揃え、各サンプルを調製した。なお実施例6-3は、実施例5-3と同一物である。
【0167】
試験結果
表4に消火実験で使用した消火剤の量と消火効果を示す。ここで、サンプル6-3は、表3中のサンプル5-3と同一物である。同粘度においては、ケイ酸アルミの濃度が高くなるとともに使用した消火液量が減り、消火効果が高くなった。
【0168】
また、クリブ内の温度が50℃を下回る時間はケイ酸アルミの量が増加すると共に短くなった。これは、燃焼物に対する被覆効果と水の気化熱冷却と、ケイ酸アルミによる被膜の高温安定性が発現したためである。
【0169】
【表4】
【0170】
図4-1にサンプル6-1の粘度2.18[mPas]の場合の消火実験のクリブ内温度の経時変化を示す。計測開始から76秒で消火液を燃焼クリブに3秒間噴霧すると消炎し、直ちにクリブ内の温度が下がった。消炎確認後、開始から129秒まで任意時間で約1秒間熾火に対して消火液を2回噴霧し、噴霧停止した。
【0171】
噴霧停止後は、消火液の発泡は見られず、クリブ内の温度が低くなった。ここで、底面の計測温度が緩やかな降下を辿っている。これはクリブ底面に存在する熾火の全面ではなく、クリブ底面の熾火周辺に消火液がかかっている状態である。つまり窒息効果のある固体膜が熾火周辺を取り囲んでいるため、熾火に酸素が供給されにくく自然鎮火している。しかしながら、図4-1を見ると50℃を下回るクリブ全体の温度低下にはほとんど影響が出ていない。
【0172】
この様に熾火の周辺を固体膜で取り囲むと、自然鎮火しやすい状態を作る事が出来る事も分かった。また、固体膜が燃焼物に被覆することで、良好に消火し、尚且つ消火後の温度低下も早い結果も得られた。
【0173】
図4-2にサンプル6-2の粘度2.07[mPas]の場合の消火実験のクリブ内温度の経時変化を示す。計測開始から75秒で消火液を燃焼クリブに2秒間噴霧すると消炎し、直ちにクリブ内の温度が下がった。消炎確認後、開始から192秒まで任意時間で約1秒間熾火に対して消火液を3回噴霧し、噴霧停止した。
【0174】
噴霧停止後は、消火液の発泡は見られず、クリブ内の温度が速やかに低くなった。噴霧停止後にクリブ内の温度が速やかに低くなるのは固体膜を形成しているためである。
【0175】
この様に固体膜が燃焼物に被覆することで、良好に消火し、尚且つ消火後の温度低下も早い結果を得た。
【0176】
サンプル6-3はサンプル5-3と同一物であり、実験結果も図3-3と同じである。
【0177】
サンプル6-1及び6-2と比較すると、各測定温度のばらつきが小さく、速やかにクリブの温度が下がっている事が分かる。
【0178】
このようにケイ酸アルミの濃度が高くなるとともに消火効果が高くなる事が分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7