(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6520972
(24)【登録日】2019年5月10日
(45)【発行日】2019年5月29日
(54)【発明の名称】磁心用粉末とその製造方法、圧粉磁心および磁性フィルム
(51)【国際特許分類】
H01F 1/147 20060101AFI20190520BHJP
H01F 27/255 20060101ALI20190520BHJP
B22F 1/02 20060101ALI20190520BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20190520BHJP
【FI】
H01F1/147 150
H01F27/255
B22F1/02 G
B22F1/02 E
B22F1/00 Y
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-43370(P2017-43370)
(22)【出願日】2017年3月8日
(65)【公開番号】特開2018-148103(P2018-148103A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2018年6月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢次 健一
(72)【発明者】
【氏名】石崎 敏孝
(72)【発明者】
【氏名】明渡 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】ファン ジョンハン
【審査官】
井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−067219(JP,A)
【文献】
特開平03−250702(JP,A)
【文献】
特開2013−191839(JP,A)
【文献】
特表2013−546162(JP,A)
【文献】
特開2006−077294(JP,A)
【文献】
特開2001−288368(JP,A)
【文献】
特開2001−237115(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/147
H01F 27/255
H01F 41/02
B22F 1/00
B22F 1/02
B22F 3/00
B82Y 30/00
C22C 19/03
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
FeとNiからなり粒度が5〜400nmである軟磁性粒子と、
該軟磁性粒子の表面にあるマグネタイトと、
該マグネタイトを有する軟磁性粒子の表面にあるスピネル型フェライト(MFe2O4 , M:2価の陽イオンとなる金属元素)と、
を備えた磁心用粒子からなる磁心用粉末。
【請求項2】
前記軟磁性粒子は、該軟磁性粒子全体に対してNiを40〜90原子%含み、残部がFeである請求項1に記載の磁心用粉末。
【請求項3】
前記Mは、少なくともMnを含む請求項1または2に記載の磁心用粉末。
【請求項4】
FeとNiからなり粒度が5〜400nmである軟磁性粒子を酸化させて、該軟磁性粒子の表面にマグネタイトを生成させた酸化粒子を得る酸化工程と、
アルカリ性水溶液中で該酸化粒子の表面にスピネル型フェライトを生成させた磁心用粒子を得るフェライト生成工程と、
を備える磁心用粉末の製造方法。
【請求項5】
前記酸化工程は、前記軟磁性粒子を50〜200℃の酸化雰囲気中で1〜20時間加熱する工程である請求項4に記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項6】
前記フェライト生成工程は、前記酸化粒子が分散している水中または水溶液中へ、MとFeを含む反応液を加える第1処理工程と、
該第1処理工程後の水溶液へpH調整液を加える第2処理工程と、
を有する請求項4または5に記載の磁心用粉末の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載した磁心用粉末からなる圧粉磁心。
【請求項8】
0.1MHz以上の交番磁界中で使用される請求項7に記載の圧粉磁心。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれかに記載した磁心用粉末からなる磁性フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピネル型フェライト(単に「フェライト」ともいう。)を表面に有する軟磁性粒子からなる磁心用粉末等に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器(トランス)、電動機(モータ)、発電機、スピーカ、誘導加熱器、各種アクチュエータ等、我々の周囲には電磁気を利用した製品が多々ある。これらの製品は交番磁界を利用したものが多く、局所的に大きな交番磁界を効率的に得るために、通常、磁心(軟磁石)をその交番磁界中に設けている。
【0003】
磁心には、交番磁界中における高磁気的特性のみならず、交番磁界中で使用したときの高周波損失(以下、磁心の材質に拘らず単に「鉄損」という。)が少ないことが求められる。鉄損には、渦電流損失、ヒステリシス損失および残留損失があり、中でも交番磁界の周波数の2乗に比例して高くなる渦電流損失の低減が重要である。
【0004】
このような磁心として、絶縁性膜で被覆された軟磁性粒子(磁心用粉末の各粒子)を加圧成形した圧粉磁心がある。圧粉磁心は、渦電流損失が小さくて形状自由度が高いため種々の電磁機器に利用される。もっとも、その絶縁性膜を非磁性なシリコン系樹脂やリン酸塩等で形成すると、圧粉磁心の(飽和)磁束密度等が低下し得る。そこで絶縁性膜としてフェライトを用いることが提案されており、下記の特許文献1に関連する記載がある。
【0005】
なお、磁心として磁性フィルムもある。磁性フィルムは、軟磁性微粒子に溶媒を添加して混練したペーストを、基板等に印刷して形成した磁性体である。磁性フィルムに関連する記載は下記の非特許文献1にある。但し、非特許文献1では、絶縁材に非磁性な樹脂が用いられており、磁性フィルムの(飽和)磁束密度の向上は望めない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2003/015109号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Y. Shirakata, et al, IEEE. Trans. Magn., 2008, 44, 2100.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、例えば、平均粒径が70nmの非常に微細なナノ粒子(カルボニル鉄粉粒子)の表面に、平均厚さ15nmのNiZnフェライト被膜を設けた磁性体微粒子に関する記載がある。また、その粒子からなる成形体の高周波比透磁率は、2GHz下で実数部が10超となる旨も記載されている(特許文献1の実施例3)。
【0009】
しかし、その成形体の電気的特性(比抵抗等)については何ら記載されていない。本発明者の研究によれば、特許文献1に記載されたような方法では、ナノサイズの微細な純鉄粒子の表面に均一的なフェライト被膜を形成することはできなかった。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、ナノサイズの微細な軟磁性粒子の表面にフェライトが均一的に存在する磁心用粒子(粉末)等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、軟磁性粒子とフェライトの間にマグネタイト(Fe
3O
4)を介在させることにより、微細な軟磁性粒子の表面にもフェライトを均一的に存在させることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0012】
《磁心用粉末》
(1)本発明の磁心用粉末は、FeとNiからなり粒度が5〜400nmである軟磁性粒子と、該軟磁性粒子の表面にあるマグネタイトと、該マグネタイトを有する軟磁性粒子の表面にあるスピネル型フェライトと、を備えた磁心用粒子からなる。
【0013】
(2)本発明の磁心用粉末を用いれば、磁気特性(透磁率や飽和磁化等)および電気特性(比抵抗等)に優れた圧粉磁心(軟磁性コア)が得られる。特に本発明の磁心用粉末は、高周波数下で使用される圧粉磁心に好適である。この理由は次のように考えられる。
【0014】
先ず、本発明の磁心用粉末は、FeとNiからなる軟磁性粒子(単に「Fe−Ni粒子」ともいう。)からなる。Fe−Ni粒子は、純Fe粒子等よりも磁気特性(透磁率等)に優れる(
図5参照)。次に、Fe−Ni粒子は、非常に微細であると共に絶縁性の(スピネル型)フェライト(MFe
2O
4)を表面に有するため、Fe−Ni粒子の表面には高周波数下でも渦電流等が流れ難い。従って、フェライトを表面に有する微細なFe−Ni粒子からなる圧粉磁心は、磁気特性および電気特性に優れたものとなる。
【0015】
《磁心用粉末の製造方法》
(1)本発明は、磁心用粉末としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、FeとNiからなり粒度が5〜400nmである軟磁性粒子を酸化させて、該軟磁性粒子の表面にマグネタイトを生成させた酸化粒子を得る酸化工程と、アルカリ性水溶液中で該酸化粒子の表面にスピネル型フェライトを生成させた磁心用粒子を得るフェライト生成工程と、を備える磁心用粉末の製造方法でもよい。
【0016】
(2)本発明の製造方法によれば、微細なFe−Ni粒子の表面にフェライトが均一的に分布した磁心用粉末を得ることができるようになる。この理由は次のように考えられる。
【0017】
本発明では、軟磁性粒子の表面にフェライトを生成させる前に、その軟磁性粒子の表面に予めマグネタイトを生成させている。ここでマグネタイトは、表面電位(ゼータ電位)が零となるpH(等電点)が6.5と弱酸性側にある(
図4参照:出典「きちんと知りたい粒子表面と分散技術」日刊工業新聞社、
図4(下):「ゼータ電位の測定」ぶんせき 5,251,(2004))。
【0018】
このため表面にマグネタイトを有する軟磁性粒子(酸化粒子)は、アルカリ性水溶液中で、表面が負電荷に帯電した状態となる。この結果、酸化粒子の表面には、アルカリ性水溶液中に存在する正電荷に帯電した粒子、つまり陽イオン(M
2+、Fe
2+等)がクーロン力により強力に吸着される。
【0019】
また、通常、粒径がナノスケールの微細な各粒子は、表面エネルギーが大きくて凝集し易い。このため従来は、ナノサイズの微細な軟磁性粒子の表面毎に、フェライトを均一的に生成させることが困難であった。しかし、本発明の微細な各酸化粒子同士は、同符号の表面電荷に帯電しているため、アルカリ性水溶液中で反発し、凝集することなく分散した状態となり易い。
【0020】
このように本発明に係る酸化粒子は、アルカリ性水溶液中において、分散性とフェライトの原料となる陽イオンの吸着性とに優れ、これらが相乗的に作用することにより、フェライト生成処理(いわゆる「フェライトめっき」)後に、各粒子表面にはフェライトが均一的に生成されるようになったと考えられる。
【0021】
ちなみに、
図4から明らかなように、微細な純Ni粒子は、その表面に形成される酸化物(NiO)の等電点が(強)アルカリ性側にある。このためNiOを有する粒子は、アルカリ性水溶液中で、上述したような吸着性や分散性を発揮し得ない。同様に、微細な純Fe粒子も、その表面に主に形成される酸化物(Fe
2O
3)の等電点がアルカリ性側にある。このためFe
2O
3を主に有する粒子も、アルカリ性水溶液中では、上述したような吸着性や分散性を発揮し得ない。
【0022】
なお、アルカリ性水溶液中で凝集し易い軟磁性粒子であっても、酸性水溶液中では分散性に優れる場合もある。しかし、
図4から明らかなように、そのような軟磁性粒子は正電荷に帯電した状態となるため、フェライトの原料となる陽イオンの吸着性に劣る。このため、そのような粒子表面にフェライトを均一的に生成することは難しい。
【0023】
《圧粉磁心》
本発明は、上述した磁心用粉末としてのみならず、それを加圧成形して得られる圧粉磁心としても把握し得る。その圧粉磁心は、用途や使用環境を問わないが、磁気特性および電気特性に非常に優れるため、高周波数域(例えば、0.1〜1000MHzさらには1〜100MHz)の交番磁界中で使用される軟磁性コアに適している。
【0024】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1A】酸化処理したFe−Ni粒子(試料1)のX線回折(XRD)パターン図である。
【
図1B】フェライトめっき処理したFe−Ni粒子(試料1)のXRDパターン図である。
【
図2A】酸化処理後にフェライトめっきしたFe−Ni粒子(試料1)の表面を走査型透過電子顕微鏡(STEM)で観察した写真(STEM像)とエネルギー分散型X線分光装置(STEM−EDX)による元素マッピング像である。
【
図2B】酸化処理せずにフェライトめっきしたFe−Ni粒子(試料C1)の表面を観察して得られたSTEM像と元素マッピング像である。
【
図3A】酸化処理後にフェライトめっきしたFe粒子(試料C2)の表面を観察して得られたSTEM像と元素マッピング像である。
【
図3B】フェライトめっきしたNi粒子(試料C3)の表面を観察して得られたSTEM像と元素マッピング像である。
【
図4】pHとゼータ電位または粒径との関係を示す図と、各物質と等電点の関係を示す一覧表である。
【
図5】Fe−Ni合金に係る成分組成と初透磁率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の磁心用粉末のみならず、その製造方法やそれを用いた圧粉磁心にも適宜該当し得る。方法に関する内容も、物に関する構成要素となり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0027】
《磁心用粒子/磁心用粉末》
(1)軟磁性粒子(軟磁性粉末)
本発明に係る軟磁性粒子は、FeとNiの合金からなる。軟磁性粒子全体(100原子%)に対して、Niを30〜90原子%さらには40〜85原子%含み、残部がFeであると好ましい。Niが過少でも過多でも磁気特性(特に透磁率)が低下して、高磁気特性な圧粉磁心(コア)が得られない(
図5参照:出典「日本金属学会 講座・現在の金属学 材料編5 非鉄材料」)。
【0028】
なお、軟磁性粒子は、不純物以外に、磁気特性を向上させ得る改質元素を合計で6原子%以下さらには1原子%以下含んでもよい。このような改質元素として、例えば、Mo、Cu、Cr等がある。
【0029】
軟磁性粒子は、粒度が5〜400nm、10〜300nmさらには20〜200nmであると好ましい。粒度が過大になると、圧粉磁心の渦電流損失等が高周波域で増加して好ましくない。粒度が過小な軟磁性粒子は、磁束密度の低下やヒステリシス損失の増加等を招き、また入手性や取扱性も低下して好ましくない。
【0030】
なお、本明細書でいう「粒度」とは、軟磁性粒子の直径を指標する値であり、STEMまたはTEM象において10〜100個程度の粒子について測定した最大直径の平均値から測定される。
【0031】
軟磁性粉末の製造方法として、例えば、機械的粉砕法、アトマイズ法、還元法等がある。粒度が非常に小さい粉末は、例えば、機械的粉砕法により得られる。
略球状の粒子からなるアトマイズ粉は、粒子相互間の攻撃性が低く、圧粉磁心の成形時におけるフェライト被膜の破壊等による比抵抗の低下が抑制される。なお、後述する酸化処理前の粉末は、非酸化雰囲気中で調製されたものであると好ましい。
【0032】
(2)マグネタイト
マグネタイト(Fe
3O
4)により軟磁性粒子の表面全体が均一的に被覆されていると好ましいが、軟磁性粒子の少なくとも一部の表面に存在するだけでもよい。本発明に係るマグネタイトは、アルカリ性水溶液中で、軟磁性粒子の表面を負電荷に帯電した状態とする程度あれば十分である。
【0033】
また、軟磁性粒子の表面に存在する酸化物が全てマグネタイトである必要はなく、それ以外の酸化鉄(ヘマタイト(Fe
2O
3)、ウスタイト(FeO)等)や酸化ニッケル(NiO等)が混在していてもよい。但し、マグネタイトは、軟磁性粒子の防錆効果もあるため、軟磁性粒子の表面に薄く均一的に存在するほど好ましい。
【0034】
マグネタイト自体は透磁率が低いため、その膜厚は、フェライトの膜厚以下であって、5nmさらには3nm以下であると好ましい。なお、本明細書でいう「膜厚」は、例えば、次のようにして特定される。STEMとその元素マッピングで測定する。フェライトの構成元素(M,Fe)の分布直径から、軟磁性粒子(コア)の構成元素であるNiの分布直径を差し引いたものが膜厚となる。この測定を、1つの粒子につき、任意に抽出した2つの測定位置(90°回転した位置)で行う。同様の操作を、粉末中から任意に抽出した合計3つの粒子についても行う。こうして得られた合計6つの膜厚の相加平均値を求め、フェライトの「膜厚」とすればよい。これは、フェライトの膜厚特定についても同様である。
【0035】
(3)スピネル型フェライト
フェライトは、絶縁性を有する磁性材であり、例えば、MFe
2O
4(M:2価の陽イオンとなる金属元素)で表される立方晶系の化合物である。Mは、具体的にいうと、Fe、Mn、Ni、Zn、Cu、Mg、Sr等の一種または二種以上からなる。Mは、少なくともMnを含んでいると好ましい。Mn(さらにはZn)を含むフェライトは、他のM元素を含むフェライトよりも、比抵抗および磁気モーメント(飽和磁化)が大きいため、電気特性(比抵抗等)と磁気特性(磁束密度等)を高次元で両立できる。
【0036】
フェライトは、軟磁性粒子(酸化粒子)の表面に均一的に分布しているほど好ましい。但し、圧粉磁心の比抵抗を確保できる限り、その表面全体を必ずしも均一的に被覆していなくてもよい。またフェライトも、上述したM、FeおよびO以外に、改質元素または不可避不純物を含み得る。
【0037】
フェライト(被膜)は、軟磁性粒子の粒度にも依るが、膜厚が5〜100nmさらには10〜50nmであると好ましい。膜厚が過小では圧粉磁心の電気特性(比抵抗)が低下する。フェライトは軟磁性粒子(Fe−Ni粒子)よりも飽和磁化が小さいため、その膜厚が過大になると、圧粉磁心の磁気特性が低下して好ましくない。
【0038】
《製造方法》
(1)酸化工程
軟磁性粒子(Fe−Ni粒子)の表面に生成するマグネタイトは、酸化処理により得られる。Fe−Ni粒子の表面に生成されるマグネタイトは、薄くても十分であり、Fe
2O
3等の生成を抑制する観点からも、酸化条件は緩やかで足る。そこで、例えば、軟磁性粒子を50〜200℃さらには80〜150℃の酸化雰囲気中(例えば、大気雰囲気中)で、1〜20時間さらには5〜10時間加熱する酸化工程を行うとよい。
【0039】
ちなみに、常温の大気雰囲気中でもFe−Ni粒子の表面にマグネタイトを形成することは可能である。但し、そのような方法では、長時間を要するため効率的ではなく、また、各粒子の表面毎にマグネタイトを確実に生成させることも容易ではない。
【0040】
(2)フェライト生成工程(フェライトめっき工程)
フェライトめっき方法には、種々あり、被処理粉末を反応液に浸漬する水溶液法(参照文献:特開2013−191839号公報)、被処理粉末に反応液を噴霧する噴霧法(参照文献:特開2014−183199号公報)、尿素を含む反応液を用いる一液法(参照文献:特開2016−127042号公報)等がある。いずれの方法によっても、本発明に係るフェライトを生成することは可能である。
【0041】
もっとも本発明の製造方法では、等電点が弱酸性側になる酸化粒子がアルカリ性水溶液中で負電荷となることを利用して、その粒子表面にフェライトを均一的に生成させている。従って本発明の場合、水溶液法、特に反応液とpH調整液を用いる二液法が好ましい。
【0042】
具体的にいうと、本発明に係るフェライト生成工程は、酸化粒子が分散している水中または水溶液中へ、MとFeを含む反応液を加える第1処理工程と、第1処理工程後の水溶液へpH調整液を加える第2処理工程と、を有すると好適である。なお、第1処理工程中の水溶液のpHは3〜6とし、第2処理工程中の水溶液のpHは7〜12さらには8〜10とすると好ましい。
【0043】
第1処理工程および第2処理工程は、所望するフェライトの膜厚等に応じて繰り返してなされてもよい。また、フェライト生成工程後、不要物を除去する洗浄工程を行うと好ましい。洗浄工程は、例えば、水洗後にエタノール洗いしてなされる。洗浄される不要物は、Fe−Ni粒子の被覆に寄与しなかったフェライト粒子、処理液(反応液、pH調整液)に含まれていた塩素やナトリウム、硫酸イオン等である。
【0044】
さらに、洗浄工程後に濾過等した粉末を乾燥させると好ましい。乾燥工程は自然乾燥でもよいが、加熱乾燥または真空乾燥を行うことにより、効率的に磁心用粉末を製造できる。
【0045】
《用途》
本発明の磁心用粉末は、高周波数動作を要求される電力変換回路(インバータやコンバーター)に用いられる軟磁性コア(圧粉磁心)、その他、高周波数域で使用される各種のアクチュエータの構成部材等に用いられると好ましい。
【0046】
本発明の圧粉磁心は、磁心用粉末の加圧成形後に、適宜、ヒステリシスの要因となる加工歪み等を除去する熱処理(焼鈍等)が施されると好ましい。
【実施例】
【0047】
種々のナノ粒子粉末に対してフェライトめっきした処理粉末を製造し、それぞれの粒子表面を観察した。このような実施例に基づいて、以下に本発明をより具体的に説明する。
【0048】
《試料の製造》
(1)軟磁性粉末と酸化粉末
原料粉末(軟磁性粉末)として、Fe−50at%Niからなる微粉末(Sigma-Aldrich Co. LLC.製 677426/単に「Fe−Ni粉末」という。)を用意した。このFe−Ni粉末の粒度は50nmであった。
【0049】
Fe−Ni粉末を加熱炉内に入れて、大気雰囲気中で100℃×6時間加熱した。こうしてFe−Ni粉末を酸化処理した酸化粉末を得た(酸化工程)。
【0050】
(2)反応液とpH調整液
フェライトめっきに用いる反応液として、FeSO
4・7H
2OとMnSO
4・5H
2O(モル比3:2)をイオン交換水に溶解させた水溶液(反応液)を調製した。この反応液の濃度は、反応液250mlに関して、33mmol/Lであった。
【0051】
pH調整液として、NaOH水溶液(2.5mol/L)も調製した。
【0052】
(3)前処理
イオン交換水(500ml)をフラスコに入れ、窒素バブリングを行った。これによりFe
2+を酸化させる溶存酸素を予め除去した。この処理後のイオン交換水中へ、上述した酸化粉末(0.5g)を投入し、超音波ホーンで加振して分散させた。超音波ホーンによる撹拌は、フェライトめっき処理が完了するまで継続した。これにより酸化粉末の分散性を高めることができる。
【0053】
(4)フェライトめっき処理(フェライト生成工程)
酸化粉末を分散させた水中へ、マイクロポンプを用いて、流量:3.1ml/minの割合で反応液を導入した(第1処理工程)。この水溶液へ、さらにpH調整液を導入した。pH調整液の導入量を制御して、水溶液のpHを8とした(第2処理工程)。なお、処理中の水温は70〜90℃とした。
【0054】
フェライトめっき処理の終了後、濾別した粉末を水洗し、さらにエタノールで洗い、Cl等や残渣等を除去した(洗浄工程)。洗浄した粉末を大気雰囲気中で真空乾燥(室温)に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。こうしてフェライトめっき処理した軟磁性粒子からなる磁心用粉末を得た(試料1)。
【0055】
《比較試料》
(1)酸化未処理粉末
上述した酸化処理を施さないで、入手したままのFe−Ni粉末(単に「酸化未処理粉末」という。)に、同様なフェライトめっき処理を施した粉末も製造した(試料C1)。
【0056】
(2)純Fe粉末
純Fe粉末(Quantum sphere Inc.製 QSI-Nano Iron/粒度:50nm)に、上述した酸化処理およびフェライトめっき処理を同様に施した粉末も製造した(試料C2)。
【0057】
(3)純Ni粉末
純Ni粉末(大研化学工業株式会社製 Ni−60/粒度:60nm)に、フェライトめっき処理を施した粉末も製造した(試料C3)。フェライトめっき処理は、M元素をFeとして行った。つまり、マグネタイト(スピネル型フェライトの一種)を粒子表面に生成することを狙った。なお、フェライトめっき処理前の粒子表面には、NiOが存在していた。
【0058】
《観察》
(1)XRD
試料1に係るフェライトめっき処理前の粒子(酸化粒子)と、そのフェライトめっき処理後の粒子(磁心用粒子)とについて、表面近傍をXRDで観察した。それらの結果をそれぞれ、
図1Aと
図1B(両者を併せて単に「
図1」という。)に示した。
【0059】
(2)STEMとSTEM−EDX
試料1〜C3に係るフェライトめっき処理後の粒子表面を、STEMおよびSTEM−EDXで観察した。こうして得られた各試料に係るSTEM像と各元素のマッピング像とを、それぞれ、
図2A、
図2B、
図3Aおよび
図3Bに示した。
【0060】
《評価》
(1)XRD
図1Aから明らかなように、酸化粒子の表面には、マグネタイト(Fe
3O
4)が生成されていることが確認できた。また、
図1Bから明らかなように、その酸化粒子にフェライトめっき処理を施すことにより、その表面にはスピネル型フェライトが生成されることも確認できた。
【0061】
(2)STEM−EDX
図2Aから明らかなように、試料1に係る粒子表面には、FeおよびNiに加えて、Mn(M元素)が均一的に分布した状態となっていることが明らかとなった。このことから、その粒子表面は、スピネル型フェライト(MnFe
2O
4)で均一的に被覆されているといえる。
【0062】
図2Bから明らかなように、試料C1に係る粒子表面からは、Mnが実質的に検出されなかった。従って、酸化処理しない粒子表面には、フェライト(MnFe
2O
4)が生成されていないこともわかった。
【0063】
図3Aから明らかなように、試料C2に係る粒子表面からもMnが実質的に検出されなかった。純Feからなる粒子表面には、フェライト(MnFe
2O
4)が生成されていないこともわかった。この理由は次のように推察される。
【0064】
純Fe粒子の表面には、等電点がアルカリ性側であるヘマタイト(Fe
2O
3)が形成され易い。このため純Fe粒子は、酸化処理後であっても、アルカリ性水溶液中における陽イオンの吸着性や分散性が劣る。その結果、その粒子表面にはフェライトが実質的に生成されなかったと考えられる。
【0065】
図3Bから明らかなように、試料C3についても試料C2と同様なことがいえる。すなわち、純Ni粒子の表面にあるNiOも、その等電点がアルカリ性側にある。このため、その純Ni粒子も、アルカリ性水溶液中における吸着性や分散性が劣り、その表面にフェライト(Fe
3O
4/M=Fe)が実質的に生成されなかったと考えられる。
【0066】
以上から、Fe−Ni粉末を酸化処理した酸化粉末にフェライトめっき処理を施した場合のみ、ナノスケールの微細なFe−Ni粒子の各表面にも、均一的なフェライト被膜が生成され得ることがわかった。