(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6521041
(24)【登録日】2019年5月10日
(45)【発行日】2019年5月29日
(54)【発明の名称】質量分析データ処理装置及び質量分析データ処理方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20190520BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-237822(P2017-237822)
(22)【出願日】2017年12月12日
(62)【分割の表示】特願2014-154532(P2014-154532)の分割
【原出願日】2014年7月30日
(65)【公開番号】特開2018-36286(P2018-36286A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2017年12月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098671
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 俊文
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】前田 見悟
【審査官】
吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−201835(JP,A)
【文献】
特開2010−019655(JP,A)
【文献】
特開2004−251830(JP,A)
【文献】
特開2011−145089(JP,A)
【文献】
特開2008−070122(JP,A)
【文献】
特開平04−144051(JP,A)
【文献】
特開2006−170710(JP,A)
【文献】
特開2005−214799(JP,A)
【文献】
特開2011−209062(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−70、92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれる未知成分について複数の異なる測定条件でMSn(nは2以上の整数)測定を行って取得した複数のマススペクトルを構成するデータを処理する質量分析データ処理装置であって、
a) 前記複数のマススペクトルのうち、プロダクトイオンスキャン測定により取得されたマススペクトルの中から未知成分の推定に有効なマススペクトルを選択するための、マススペクトル上のマスピークの強度の最大値に関する判定条件を分析者に入力させる判定条件入力部と、
b) 前記プロダクトイオンスキャン測定により取得されたマススペクトルのそれぞれについて、前記判定条件を満たすか否かを判定する判定実行部と、
c) 前記判定実行部により判定条件を満たすと判定されたマススペクトルを選択して分析者に提示する選択結果提示部と、
を備えることを特徴とする質量分析データ処理装置。
【請求項2】
前記判定条件が、分析者により入力された閾値を超える強度のマスピークを含むこと、であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析データ処理装置。
【請求項3】
前記判定条件が、複数のマススペクトル上に現れる各マスピークの強度のうちの最大値に対して、分析者により入力された割合以上の強度のマスピークを含むこと、であることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析データ処理装置。
【請求項4】
前記判定条件が、各マススペクトルにおける最大強度のマスピークの強度値と、該マススペクトル上の全マスピークの強度の平均値の比が分析者により入力された値以上であること、であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の質量分析データ処理装置。
【請求項5】
前記判定条件が、分析者により入力された閾値を超える強度のマスピークを含むこと、複数のマススペクトル上に現れる各マスピークの強度のうちの最大値に対して、分析者により入力された割合以上の強度のマスピークを含むこと、及び各マススペクトルにおける最大強度のマスピークの強度値と、該マススペクトル上の全マスピークの強度の平均値の比が分析者により入力された値以上であること、のうちの複数の組み合わせで構成されることを特徴とする請求項1に記載の質量分析データ処理装置。
【請求項6】
試料中に含まれる未知成分について複数の異なる測定条件でMSn(nは2以上の整数)測定を行って取得した複数のマススペクトルを構成するデータを処理する質量分析データ処理方法であって、
a) 前記複数のマススペクトルのうち、プロダクトイオンスキャン測定により取得されたマススペクトルの中から未知成分の推定に有効なマススペクトルを選択するためのマススペクトル上のマスピークの強度の最大値に関する判定条件を分析者に入力させ、
b) 前記プロダクトイオンスキャン測定により取得されたマススペクトルのそれぞれについて、前記判定条件を満たすか否かを判定し、
c) 前記判定条件を満たすと判定されたマススペクトルを選択して分析者に提示する
ことを特徴とする質量分析データ処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未知の成分を含む試料について複数の測定条件でMS
n(nは2以上の整数)によるプロダクトイオンスキャン測定を行って取得した複数のマススペクトルデータを処理する装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる未知の成分(以下、「未知成分」という。)を推定するために、ガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)等のクロマトグラフと、質量分析計(MS)を組み合わせて構成したクロマトグラフ質量分析装置を用いたスキャン測定が広く用いられている。LCに1つの質量分離部を有する質量分析計を組み合わせた装置(LC/MS)ではMSのスキャン測定が、LCに衝突セルとその前後に位置する質量分離部とを有する質量分析計を組み合わせた装置(LC/MS/MS)ではMS/MSのスキャン測定が、それぞれ行われる。
【0003】
LC/MSを用いたスキャン測定では未知成分から生成したイオンをそのまま測定してマススペクトルを取得する。一方、LC/MS/MSを用いたプロダクトイオンスキャン測定では、LCのカラムで時間的に分離された未知化合物からイオンを生成し、前段の質量分離部で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別した後、選別したプリカーサイオンを衝突セルで開裂させてプロダクトイオンを生成し、さらに生成したプロダクトイオンを後段の質量分離部でスキャン測定してマススペクトルを取得する。そのため、LC/MSを用いたスキャン測定よりも、未知成分の分子構造に関する詳細な情報を得ることができる。従って、農薬や薬物等のように複雑な分子構造を有する化合物を推定する場合には、通常、LC/MS/MSを用いたプロダクトイオンスキャン測定が行われる(例えば特許文献1)。
【0004】
LC/MS/MSを用いたプロダクトイオンスキャン測定により試料中に農薬や薬物などが含まれているか否かを検査する際には、予め、プロダクトイオンのマススペクトルが既知であり、該検査の対象となる化合物が複数選定される。そして、これら複数の対象化合物について、それぞれ該対象化合物を特徴づけるプリカーサイオンの質量電荷比の値を含む測定条件を設定し、未知成分がLCのカラムから溶出している間にこれら複数の測定条件でプロダクトイオンスキャン測定を順に実行してマススペクトルを取得する。未知成分が対象化合物のいずれかに該当する場合には、該対象化合物に対応する測定条件で得られたマススペクトル(すなわち、そのマスピークの位置(質量電荷比)及び強度)が、該対象化合物のマススペクトル(のマスピークの位置及び強度)と一致する。従って、未知成分の溶出中に実行した複数の測定条件についてそれぞれ取得したマススペクトル上のマスピークの位置及び強度と、対象化合物のマススペクトル上のマスピークの位置及び強度の一致を確認することにより未知成分が対象化合物であるか否かを判定できる。
【0005】
近年では、多数の化合物に関するプロダクトイオンのマススペクトルが保存されたデータベースが提供されている。このデータベース中の各種化合物のマススペクトル上のマスピークの位置(質量電荷比)及び強度と、測定により取得されたマススペクトル上のマスピークの位置及び強度の一致度をデータ処理装置に計算させ、その結果を分析者が確認することにより、比較的簡単に試料に含まれる未知成分を推定することができる。
【0006】
しかし、例えば、生体由来の試料に含まれる禁止薬物の検査では、元来の対象化合物(以下、「基本化合物」という。)に加えて、該基本化合物の分子構造の一部を改変した化合物(類似化合物)の検出も求められる。基本化合物とその類似化合物からなる一連の対象化合物群は部分的に共通する分子構造を有するものの、類似化合物は分子構造の一部が改変されているため、そのプロダクトイオンのマススペクトルは基本化合物のプロダクトイオンのマススペクトルと一致しない。そのため、化合物データベースに保存されたマススペクトルとの一致度を計算させた結果を分析者が確認するだけでは類似化合物の有無を検査することができない。従って、薬物の検査等を行う場合には、分析者が、MS/MS測定を行って取得した複数のマススペクトルをディスプレイに表示させ、各マススペクトル上のマスピークの位置と強度をそれぞれ確認して対象化合物群を特徴づけるマスピークを見つけ出すことによって類似化合物の有無を検査している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−19655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、高速スキャン測定技術が向上し、未知成分の溶出中に多数の測定条件でスキャン測定を実行できるようになっている。そのため、未知成分に対し、多数の対象化合物群をそれぞれ特徴づけるイオンをプリカーサイオンとした測定条件を設定して効率よくプロダクトイオンのマススペクトルを取得することができる一方、多数のマススペクトルを確認する分析者の負担が増大している。
【0009】
ここでは、MS/MS(=MS
2)においてプロダクトイオンスキャン測定を行って取得したマススペクトルを確認して未知成分を推定する場合を例に挙げて説明したが、MS
3以上でプロダクトイオンスキャン測定を行って取得したマススペクトルを確認する場合や、他のスキャン測定(プリカーサイオンスキャン測定やニュートラルロススキャン測定)を行って取得したマススペクトルを確認する場合にも同様の問題が存在する。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、未知の成分を含む試料について複数の測定条件でスキャン測定を行って取得した複数のマススペクトルの確認作業の効率を高めることができる質量分析データ処理装置及び質量分析データ処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様は、試料中に含まれる未知成分について複数の異なる測定条件でMS
n(nは2以上の整数)によるスキャン測定を行って取得した複数のマススペクトルを構成するデータを処理する質量分析データ処理装置であって、
a) 前記複数のマススペクトルの中から未知成分の推定に有効なマススペクトルを選択するための、マススペクトル上のマスピークの強度の最大値に関する判定条件を分析者に入力させる判定条件入力部と、
b) 前記複数のマススペクトルのそれぞれについて、前記判定条件を満たすか否かを判定する判定実行部と、
c) 前記判定実行部により判定条件を満たすと判定されたマススペクトルを選択して分析者に提示する選択結果提示部と、
を備えることを特徴とする。
【0012】
上記スキャン測定には、プロダクトイオンスキャン測定のほか、衝突セルを挟んで前後に質量分離部を有する質量分析計において前段四重極でプリカーサイオンスキャンを実行し後段四重極では特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンを通過させるプリカーサイオンスキャン測定や、同様の構成を有する質量分析計において前段四重極でプリカーサイオンスキャンを実行しつつ、後段四重極では前段四重極を通過するイオンの質量電荷比と一定の差を有する質量電荷比のプロダクトイオンが通過するようにプロダクトイオンスキャンを実行するニュートラルロススキャン測定も含まれる。
【0013】
上述したように、試料中の未知成分を推定する際には、それに先立ち、マススペクトルが既知である複数の対象化合物が選定される。そして、これら複数の対象化合物について、それぞれ該化合物を特徴づけるプリカーサイオンの質量電荷比の値を含む測定条件を設定し、これら複数の測定条件によりMS
n(nは2以上の整数)でプロダクトイオンスキャン測定が順に実行されマススペクトルが取得される。本発明に係る質量分析データ処理装置は、例えばこのようなプロダクトイオンのマススペクトルを構成するデータを処理する。
【0014】
複数の対象化合物(あるいは対象化合物群)に対応する測定条件は、スキャン測定を実行したときに対象化合物やその類似化合物に特徴的なプロダクトイオンが高強度で検出される条件に設定される。測定した成分に該当する対象化合物の測定条件で取得したマススペクトルにのみマスピークが現れ、該当しない対象化合物の測定条件で取得したマススペクトルにはマスピークが現れないのが理想的であるが、実際には測定した成分に該当しない対象化合物の測定条件で取得したマススペクトルにもマスピークが現れる場合がある。
【0015】
例えばLC/MS/MSにおいてLCのカラムから溶出した成分(化合物A)を正イオン化すると、主としてプロトンが付加した1価の分子イオンが生成される。従って、対象化合物Aの測定条件ではプリカーサイオンとして1価の分子イオンの質量電荷比が設定される。実際には、1価の分子イオン以外にも、ナトリウムイオンやアンモニウムイオンなどが付加したアダクトイオンや、複数のプロトンが付加した多価イオンなども生成されるため、アダクトイオンや多価イオンの質量電荷比が、異なる対象化合物Bのプリカーサイオンとして設定された質量電荷比に一致する(あるいは近似する)と、対象化合物Bの測定条件で取得されたマススペクトル上にもマスピークが現れることになる。
【0016】
しかし、一般に、アダクトイオンや多価イオンの生成効率は、1価の分子イオンの生成効率よりも低いため、測定した成分に該当する対象化合物Aの測定条件で取得したマススペクトル上のマスピークの強度に比べて、測定した成分に該当しない対象化合物Bの測定条件で取得したマススペクトル上のマスピークの強度は小さくなる。また、マススペクトルにノイズピークが現れる場合もあるが、その強度は、通常、対象化合物Aの測定条件で取得したマススペクトル上のマスピークの強度よりも小さい。
つまり、未知成分に該当する対象化合物(あるいは対象化合物群)の測定条件で得たマススペクトルに現れるマスピークの強度と、未知成分に該当しない対象化合物の測定条件で得たマススペクトル上に現れるマスピークの強度とを比較すると、通常、前者の方が大きくなる。
【0017】
本発明に係る質量分析データ処理装置では、分析者により入力された、マススペクトル上のマスピークの強度の最大値に関する判定条件に基づき、ノイズピークのみが現れているマススペクトルや、測定した化合物に該当しないマススペクトルは未知成分の同定に有効でないと判定され、未知成分の推定に有効なマススペクトルのみが選択されて分析者に提示される。従って、分析者は、未知成分の推定に寄与しない(即ち、有意な強度のマスピークが存在しない)マススペクトルを確認する必要がなくなり、確認作業の効率が向上する。
【0018】
判定条件は、例えば、ある閾値を超える強度のマスピークを含むこと、とすることができる。この判定条件は、測定系において除外すべきノイズピークの強度の絶対値が既知である場合や、想定可能である場合、あるいは測定結果から容易に決定できる場合に好適に用いることができる。具体的には、例えば、機械的なノイズや電気的なノイズのように、発生するノイズの大きさが概ね一定であり、発生するノイズピークの強度が既知である場合に好適に用いることができる。また、夾雑物に由来するケミカルノイズであって、強度が既知であるノイズピークを除外する場合(移動相由来のピークやマトリクス由来のピーク、標準試料由来のピークを除外する場合など)にも好適に用いることができる。その他、例えば、スキャン測定を行いつつ分析者が測定装置の画面等でマススペクトル上のマスピークの強度を確認できる場合にも、分析者がマスピークの強度の絶対値に基づいてマススペクトルの判定に適した閾値を決めることができるため、この判定条件を好適に用いることができる。
【0019】
また、判定条件は、複数のマススペクトル上に現れる各マスピークの強度のうちの最大値に対して所定の割合以上の強度のマスピークを含むこと、とすることもできる。この判定条件は、測定系において除外すべきノイズピークの強度を、対象化合物のマスピークの強度に対する比として相対的に判断できる場合に好適に用いることができる。具体的には、例えば、対象化合物の濃度に比例して濃度が変化する夾雑物(例えば試料の精製等の前処理において完全に分離することが難しい夾雑物)に由来するケミカルノイズのピークを除外する場合に好適に用いることができる。その他、例えば、スキャン測定により事前に取得されたマススペクトルを判定する場合にも、マスピークの強度の絶対値が不明であるため、複数のマススペクトル間で互いのマスピークの強度を相対的に評価する、この判定条件を好適に用いることができる。
【0020】
さらに、判定条件は、各マススペクトルにおける最大強度のマスピークの強度値と、該マススペクトル上の全マスピークの強度の平均値の比が所定値以上であること、とすることもできる。この場合も、上記同様に、マスピークの強度の絶対値が不明であっても判定条件を入力できる。また、マススペクトル上の最大強度のマスピークの強度値を全マスピークの強度の平均値と比較するため、取得したマススペクトル上にノイズピークが多く存在する場合に有意なマスピークが存在するマススペクトルを選択する際に好適である。
【0021】
上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様は、試料中に含まれる未知成分について複数の異なる測定条件でMS
n(nは2以上の整数)によるスキャン測定を行って取得した複数のマススペクトルを構成するデータを処理する質量分析データ処理方法であって、
a) 前記複数のマススペクトルの中から未知成分の推定に有効なマススペクトルを選択するための、マススペクトル上のマスピークの強度の最大値に関する判定条件を分析者に入力させ、
b) 前記複数のマススペクトルのそれぞれについて、前記判定条件を満たすか否かを判定し、
c) 前記判定条件を満たすと判定されたマススペクトルを選択して分析者に提示する
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る質量分析データ処理装置や質量分析データ処理方法を用いることにより、未知の成分を含む試料について複数の測定条件によりMS
n(nは2以上)でスキャン測定を行って取得した複数のマススペクトルを分析者が確認する作業の効率を向上することができる。
従来は、分析者がスキャン測定により取得した多数のマススペクトルを全て確認し、それぞれについて未知成分の推定に有効なマススペクトルであるか否かを判断しなければならなかったため、多数のマススペクトルを確認する過程で分析者が有効なマススペクトルを見逃してしまう可能性があった。本発明に係る質量分析データ処理装置あるいは方法を用いると、分析者は未知成分の推定に有効であると判定されたマススペクトルのみを確認すればよいため、分析者が有効なマススペクトルを見逃してしまう可能性を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明に係る質量分析データ処理装置の一実施例であるデータ処理装置を含む液体クロマトグラフ質量分析装置の要部構成図。
【
図2】本発明に係る質量分析データ処理方法の一実施例のフローチャート。
【
図3】本実施例における試料中の成分の保持時間を示すトータルイオンクロマトグラム。
【
図6】本実施例における別の質量分析データ処理結果。
【
図7】本実施例におけるさらに別の質量分析データ処理結果。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明に係る質量分析データ処理装置及び質量分析データ処理方法の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
本実施例の質量分析データ処理装置は、液体クロマトグラフと、衝突セルと該衝突セルの前後に四重極型の質量分離部を備えたタンデム型の質量分析装置とを組み合わせて構成したクロマトグラフ質量分析装置(LC/MS/MS)において、プロダクトイオンスキャン測定を行うことにより取得したマススペクトルを構成するデータを処理する。
【0025】
本実施例の質量分析データ処理装置を含むLC/MS/MSの要部構成を
図1に示す。
このLC/MS/MSは、液体クロマトグラフ部1と、質量分析部2とを備えている。
液体クロマトグラフ部1は、移動相が貯留された移動相容器10と、移動相を吸引して一定流量で送給するポンプ11と、移動相中に未知成分を含む試料を注入するインジェクタ12と、試料中の成分(試料成分)を時間的に分離するカラム13を備えている。カラム13において分離された各成分は、順次、質量分析部2に導入される。
【0026】
質量分析計2は、略大気圧であるイオン化室20と図示しない真空ポンプにより真空排気される高真空の分析室23との間に、段階的に真空度が高められた第1、第2中間真空室21、22を備えた多段差動排気系の構成を有している。イオン化室20には、試料溶液に電荷を付与しながら噴霧するエレクトロスプレイイオン化用プローブ(ESIプローブ)201が設置され、イオン化室20と後段の第1中間真空室21との間は細径の加熱キャピラリ202を通して連通している。第1中間真空室21と第2中間真空室22との間は頂部に小孔を有するスキマー212で隔てられ、第1中間真空室21と第2中間真空室22にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド211、221が設置されている。分析室23には、多重極イオンガイド(q2)233が内部に設置されたコリジョンセル232を挟み、イオンを質量電荷比に応じて分離する前段四重極マスフィルタ(Q1)231と、同じくイオンを質量電荷比に応じて分離する後段四重極マスフィルタ(Q3)234、さらにはイオン検出器235が設置されている。
【0027】
MS/MS分析の際には、コリジョンセル232の内部にアルゴン、窒素などのCIDガスが連続的又は間欠的に供給され、予め衝突エネルギーとして設定された大きさの電圧が印加される。電源部24は、エレクトロスプレイイオン化用プローブ201、イオンガイド211、221、233、四重極マスフィルタ231、234などにそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0028】
質量分析計2において、ESIプローブ201にカラム13で分離された試料成分と移動相の混合液が到達すると、該プローブ201先端において電荷が付与されながら溶出液が噴霧されイオン化される。噴霧により形成された帯電液滴は付与された電荷による静電気力の作用によって分裂しながら微細化され、その過程で溶媒が気化して試料成分由来のイオンが生成される。このイオンは加熱キャピラリ202を通して第1中間真空室21に送られ、イオンガイド211で収束されてスキマー212頂部の小孔を経て第2中間真空室22に送られる。そして、イオンガイド221で収束されて分析室23に送られ、前段四重極マスフィルタ231の長軸方向の空間に導入される。なお、イオン化法としては、エレクトロスプレイイオン化法に限らず、大気圧化学イオン化法や大気圧光イオン化法などを用いてもよい。
【0029】
プロダクトイオンスキャン測定を行う際には、前段四重極マスフィルタ231及び後段四重極マスフィルタ234の各ロッド電極に電源部24からそれぞれ所定の電圧(高周波電圧と直流電圧とが重畳された電圧)が印加され、コリジョンセル232内に連続的に又は間欠的にCIDガスが供給される。前段四重極マスフィルタ231に送り込まれた各種イオンの中で、前段四重極マスフィルタ231の各ロッド電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオンのみが該フィルタ231を通過し、プリカーサイオンとしてコリジョンセル232に導入される。コリジョンセル232内でプリカーサイオンはCIDガスに衝突して解離し、各種のプロダクトイオンが生成される。後段四重極マスフィルタ234では質量走査が行われ、該フィルタ234を通過するプロダクトイオンの質量電荷比が連続的に変化する。後段四重極マスフィルタ234を通過したイオンはイオン検出器235に到達して検出され、入射したイオンの数に応じた個数のパルス信号が検出信号としてデータ処理部4へと出力され、検出結果が記憶部41に保存される。
【0030】
データ処理部4は、記憶部41を有するとともに、機能ブロックとして、マススペクトル作成部42、判定条件入力部43、判定実行部44、及び選択結果提示部45を備えている。マススペクトル作成部42は、記憶部41に保存された、イオン検出器235の検出結果に基づいてトータルイオンクロマトグラム及びマススペクトルを作成するとともに、マススペクトル上の各マスピークの位置と強度を抽出する。また、液体クロマトグラフ部1のポンプ11やインジェクタ12、質量分析部2の電源部24やCIDガス供給部(図示せず)などの各部の動作をそれぞれ制御する制御部5との間で適宜に信号を送受信するように構成されている。データ処理部4の実体はパーソナルコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされたデータ処理用ソフトウェアを実行することにより、データ処理部4としての機能を発揮させるようにすることができる。また、データ処理部4には、入力部6、表示部7が接続されている。
【0031】
本実施例では、上記LC/MS/MSを用いたプロダクトイオンスキャン測定により、生体試料に複数種類の薬物(以下、「対象化合物」という。)のいずれかが含まれているか否かを検査する。これら複数の対象化合物については、それぞれ、対象化合物を特徴付けるプリカーサイオンの質量電荷比と、プリカーサイオンを開裂させる際の衝突エネルギー、プロダクトイオンの質量走査範囲を含むプロダクトイオン測定条件が予め設定されている。本実施例における対象化合物は化合物A、化合物B、化合物Cの3種類であり、化合物Aに対してはプリカーサイオンの質量電荷比が異なる2種類の測定条件(イベント1、2)が、化合物Bに対しては1種類の測定条件(イベント3)、化合物Cに対しても1種類の測定条件(イベント4)が設定されており、測定中にはイベント1〜4が順に、繰り返し実行される。化合物A、B、Cを含む多数の化合物の測定条件は記憶部41に保存されており、分析者が適宜、必要なものを読み出して設定する。
【0032】
図3に、試料に含まれる各成分の保持時間を反映したトータルイオンクロマトグラムを示す。このクロマトグラムから、時間t1, t2, t3において、試料中の成分が溶出していることが分かる。
【0033】
図2は、本実施例におけるデータ処理の流れを示すフローチャートである。
トータルイオンクロマトグラムを確認した分析者が、何らかの成分が溶出した時間t1を選択する(ステップS1)と、時間t1においてイベント1〜4を実行して得たマススペクトルのデータが記憶部41から読み出される(ステップS2)。また、これと同時に、判定条件入力部43は、表示部7に、
図4に示す判定条件入力画面を表示し(ステップS3)、分析者に入力を促す。判定条件画面には、「強度しきい値」、「有効強度%」、及び「基準S/N比」という3種類の判定方法と、それらの選択/非選択を切り替えるチェックボックスと、各判定条件における判定基準値を入力する入力ボックスと、が含まれる。また、画面の下部には、分析者により選択された判定方法に関する説明文が表示される。
図4に示す例では、分析者により「強度しきい値」が選択されているため、「最大強度がしきい値以下のマススペクトルは表示されません。」という説明文が表示されている。
【0034】
分析者による判定条件の入力(判定方法の選択、及び判定基準値の入力)が完了すると(ステップS4)、判定実行部44は、時間t1においてイベント1〜4の実行時にそれぞれ取得された、マススペクトルを構成するデータを読み出し、これら4つのマススペクトルが判定条件を満たすか否かを判定する(ステップS5)。
【0035】
図5に、イベント1〜4で取得されたマススペクトルを示す。イベント1〜4で取得されたマススペクトルにおけるマスピークの最大強度は、それぞれ5,000(イベント1)、10,000(イベント2)、30(イベント3)、400(イベント4)である。上述のとおり、判定条件の強度しきい値が100であるため、判定実行部44は、イベント1、2及び4のマススペクトルが判定条件を満たしている、と判定する。そして、選択結果提示部45が、判定実行部44により判定条件を満たすと判断されたこれら3つのマススペクトルを選択して(ステップS6)、表示部7に表示する(ステップS7)。
【0036】
このように、本実施例の質量分析データ処理装置及び方法を用いると、分析者がイベント3のマススペクトルのように、ノイズのみが現れたマススペクトルを確認する必要がなくなり、分析者がマススペクトルを確認する際の負担が軽減される。本実施例では、理解を容易にするために対象化合物を3種類、イベントを4種類としたが、実際の検査では、数十に上る対象化合物が選択され、それぞれについて少なくとも1種類のイベントが設定されるため、多い場合には1つの溶出成分に対して百近くのマススペクトルが取得される。本実施例の装置及び方法を用いると、このように多数のマススペクトルが取得された場合であっても、未知成分の検査や推定に有効なものだけを確認すればよいため、分析者の負担が大きく軽減される。
【0037】
次に、分析者により、判定条件として「有効強度(%)」が選択され、判定基準値として10(%)が入力された場合を説明する。対象化合物、イベント、及び各イベント実行時に取得したマススペクトルは上記と同じである。
【0038】
判定条件が「有効強度(%)」である場合には、判定実行部44は、まず、全てのマススペクトル上のマスピークの中から最大強度のものを選び出す。ここでは、イベント2のマススペクトルのマスピーク(強度:10,000)が選ばれる。そして、この強度の10%、即ち強度1,000をしきい値に設定し、これを超えるマスピークが存在するマススペクトルが、判定条件を満たす、と判定する。この例では、イベント1及び2のマススペクトルが判定条件を満たす、と判断され(
図6参照)、選択結果提示部45によりそれらが表示部7に表示される。
【0039】
この例では、先に述べた例で判定条件を満たすと判断されたイベント4のマススペクトルが、判定条件を満たさない、と判断されている。イベント4は、化合物Cを特徴づけるイオンをプリカーサイオンとして設定された測定条件であるが、本実施例では、化合物Aから生成された微量のアダクトイオンの質量電荷比が、イベント4において設定されたプリカーサイオンの質量電荷比に一致したため、マススペクトル上にマスピークが現れている。しかし、アダクトイオンの生成量は、一般に対象化合物のプリカーサイオンとして設定される1価のイオンの生成量よりも少なく、マススペクトル上のマスピークの強度も小さくなる。本実施例の場合、時間t1では化合物Aが溶出しており、化合物Cに対して設定された測定条件で取得したマススペクトルは未知成分の推定に寄与しない。この実施例では、プリカーサイオンの質量電荷比が偶発的に一致したことによりマススペクトル上にマスピークが現れているものも除外されている。
【0040】
続いて、分析者により、判定条件として「基準S/N比」が選択され、判定基準値として30が入力された場合を説明する。対象化合物、イベント、及び各イベント実行時に取得したマススペクトルは上記と同じである。
【0041】
判定条件が「基準S/N比」である場合には、判定実行部44は、マススペクトルのそれぞれについて、最大強度のマスピークの強度と、全マスピークの平均強度の比を計算する。そして、比の値が30であることを判定条件として、各マススペクトルがその条件を満たすか否かを判定する。この例では、イベント1(比の値:100)及びイベント2(比の値:50)が判定条件を満たす、と判断され、イベント3(比の値:3)及びイベント4(比の値:5)は判定条件を満たさない、と判定される(
図7参照)。そして、この判定結果に基づき、選択結果提示部45は、イベント1及び2のマススペクトルを選択して表示部7に表示する。
【0042】
以上の例では、判定条件として1つの方法を用いる場合を説明したが、判定条件として複数の判定条件を併用することもできる。この場合には、分析者により設定された複数判定条件の全てを満たすマススペクトルのみを選択し、分析者に提示するように構成することができる。
【0043】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。
上記実施例では、LC/MS/MSにおいて取得したマススペクトルのデータを処理する例を説明したが、これと同様に、複数の対象化合物について1乃至複数の測定条件を設定し、それらについて個別にマススペクトルを取得する場合にも、上記同様のものを用いることができる。また、プロダクトイオンスキャン測定以外のスキャン測定(プリカーサイオンスキャン測定やニュートラルロススキャン測定)によって取得したマススペクトルについても同様に取り扱うことができる。つまり、本実施例の装置及び方法は、MS
n(nは2以上の整数)によりスキャン測定を行って取得したマススペクトルを処理するために用いることができる。
また、本実施例では、選択結果提示部45が、判定結果に基づいて選択したマススペクトルを表示部7に表示する構成としたが、選択結果出力部により選択した結果をデータとして出力する等により、選択したマススペクトルを分析者に提示するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0044】
1…液体クロマトグラフ部
10…移動相容器
11…ポンプ
12…インジェクタ
13…カラム
2…質量分析部
20…イオン化室
201…ESIプローブ
202…加熱キャピラリ
21…第1中間真空室
211…イオンガイド
212…スキマー
22…第2中間真空室
221…イオンガイド
23…分析室
231…前段四重極マスフィルタ
232…コリジョンセル
233…イオンガイド
234…後段四重極マスフィルタ
235…イオン検出器
24…電源部
4…データ処理部
41…記憶部
42…マススペクトル作成部
43…判定条件入力部
44…判定実行部
45…選択結果提示部