特許第6522001号(P6522001)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6522001-中空糸濾過膜 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6522001
(24)【登録日】2019年5月10日
(45)【発行日】2019年5月29日
(54)【発明の名称】中空糸濾過膜
(51)【国際特許分類】
   B01D 71/68 20060101AFI20190520BHJP
   B01D 71/44 20060101ALI20190520BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20190520BHJP
   B01D 69/02 20060101ALI20190520BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20190520BHJP
【FI】
   B01D71/68
   B01D71/44
   B01D69/08
   B01D69/02
   B01D69/00
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-557771(P2016-557771)
(86)(22)【出願日】2015年11月4日
(86)【国際出願番号】JP2015081000
(87)【国際公開番号】WO2016072409
(87)【国際公開日】20160512
【審査請求日】2017年4月11日
(31)【優先権主張番号】特願2014-224193(P2014-224193)
(32)【優先日】2014年11月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507365204
【氏名又は名称】旭化成メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】小室 雅廉
(72)【発明者】
【氏名】白石 貢
(72)【発明者】
【氏名】佳山 祐造
【審査官】 山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−180058(JP,A)
【文献】 特表2004−525755(JP,A)
【文献】 特許第5403444(JP,B2)
【文献】 特許第4024041(JP,B2)
【文献】 国際公開第2003/026779(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/098867(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/035793(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/046763(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/039223(WO,A1)
【文献】 特開2005−058905(JP,A)
【文献】 特開平10−235170(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 69/08
B01D 71/44,71/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルホン系高分子と親水性高分子を含み、多数の細孔を有する中空糸濾過膜であって、
該細孔の平均孔径が、膜の外表面部位から内表面部位に向かって大きくなる傾斜型非対称多孔質構造を有し、
膜中の親水性高分子の含有率が6.0〜10.0質量%であり、
内表面部位の親水性高分子の含有率と膜中の親水性高分子の含有率の比が0.50〜0.80である、
中空糸濾過膜。
【請求項2】
外表面部位の親水性高分子の含有率が膜中の親水性高分子の含有率よりも高い、
請求項1に記載の中空糸濾過膜。
【請求項3】
純水の透過速度が80〜240L/(hr・m・bar)である、請求項1又は2に記載の中空糸濾過膜。
【請求項4】
厚みが2〜10μmの緻密層を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
【請求項5】
前記ポリスルホン系高分子は、ポリエーテルスルホンである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
【請求項6】
前記親水性高分子は、ビニルピロリドン単位を含む共重合体である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空糸濾過膜に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質等の生理活性物質溶液を含有する溶液の濾過処理を目的とした中空糸膜は、精密濾過、限外濾過などの工業的用途や、血液透析濾過などの医療用途に広く利用されている。特に近年、バイオ医薬品や血漿分画製剤の精製工程において、タンパク質含有溶液からウイルスなどの病原性物質を除去し、効率的にタンパク質を濾過、回収する安全性と生産性を両立させる技術が求められている。
【0003】
また、ウイルス除去・不活化法には、加熱処理、光学的処理、化学薬品処理等があるが、タンパク質の変性、不活化効率、薬品の混入等の問題から、ウイルスの熱的・化学的な性質にかかわらず、すべてのウイルスに有効な膜濾過法が注目されている。ウイルスの種類としては、最も小さいもので直径18〜24nmのパルボウイルスや直径25〜30nmのポリオウイルスがあり、比較的大きいものでは直径80〜100nmのHIVウイルスがある。近年、特にパルボウイルス等の小さいウイルス除去に対するニーズが高まっている。
【0004】
一方、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程に用いられるウイルス除去膜には、ウイルス除去性能だけではなく、生産性の観点から、5nmサイズのアルブミンや10nmサイズのグロブリン等のタンパク質の効率的な回収が求められる。このため、孔径が数nm程度の限外ろ過膜、血液透析膜や、さらに小孔径の逆浸透膜等は、濾過時にタンパク質が孔を閉塞させるため、ウイルス除去膜として適していない。特に、パルボウイルス等の小さいウイルス除去を目的とした時、ウイルス除去性能とタンパク質の効率的な回収を両立させることは困難である。
【0005】
また、製剤の精製を目的とした膜を用いて濾過されるタンパク質溶液中には、タンパク質の会合体等の夾雑物が必ず存在する。この夾雑物は濾過中に孔を閉塞させるため、夾雑物が多く存在する条件で濾過を行う場合、ウイルス除去性能とタンパク質の効率的な回収を両立させることはさらに困難である。
【0006】
特許文献1には、再生セルロースからなる中空糸膜を用いたウイルス除去方法が開示されている。
特許文献2には、熱誘起相分離法により製膜されたポリフッ化ビニリデン(PVDF)からなる中空糸膜にグラフト重合法により表面が親水化されたウイルス除去膜が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、表面が負電荷を有するように改質された公称孔径0.22μmの膜をウイルス除去膜の濾過上流部に直列接続することにより、この負電荷を有する膜で夾雑物であるタンパク質会合体を吸着させることにより、ウイルス除去膜の経時的な濾過性能の低下を抑制する方法が開示されている。
【0008】
また、特許文献4には、ポリスルホン系高分子とビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体のブレンド状態から製膜した中空糸膜に多糖類誘導体をコーティングすることにより、中空糸膜からビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体の溶出が抑制されたウイルス除去膜が開示されている。また、免疫グロブリン溶液を120L/(L・m・bar)の定速濾過を行い、濾過圧力が3barになるまでの濾過量が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4024041号
【特許文献2】国際公開第2003/026779号
【特許文献3】国際公開第2010/098867号
【特許文献4】特許第5403444号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1及び2に記載の中空糸膜は、膜厚方向中心部に厚いウイルス捕捉領域を有し、夾雑物を多く捕捉することができるため、濾過中の経時的な透過速度(Flux)低下を起こさない特徴を有している。しかし、特許文献1に記載のセルロース膜は水にぬれた状態での強度が低いため、濾過圧を高く設定することが困難であり、高いFluxを得ることができず、高効率なタンパク質の回収が困難である。
特許文献2に記載のPVDF膜は熱誘起相分離法により製膜されている。熱誘起相分離法は、膜厚方向で細孔の孔径が変化する傾斜型非対称構造を作製し難く、一般的に均質構造膜となる。従って、傾斜型非対称構造を有する膜に比べ、高いFluxを得ることができない。
【0011】
特許文献3に記載の負電荷を有する膜はタンパク質の会合体だけでなく、有用成分である単量体も吸着するため、有用成分の回収率を減少させるというデメリットもある。また、タンパク質溶液中に塩が存在すると会合体の吸着能が減少するため、塩存在下では、ウイルス除去膜の経時的な濾過性能の低下を抑制することは困難である。
【0012】
また、特許文献4には、タンパク質溶液を定速濾過し、その圧力変化より評価した膜の目詰まり耐性が記載されているが、定速濾過中に圧力が上昇するということは実質的に目詰まりを起こしていることを意味する。従って、夾雑物を含有するタンパク質溶液を処理すると、目詰まりが起こって濾過性能が低下することが示唆される。
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、濾過溶液中に、タンパク質会合体等の、透過有効成分に近いサイズを有する比較的小さな夾雑物が存在する場合においても、濾過中の経時的なFlux低下を抑制し、効率的に有用成分を回収できる中空糸濾過膜を提供することにある。
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、中空糸膜の親水性高分子の含有率を、その内表面部位においてはその他の部分より低くすることにより、上記課題を解決することを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]ポリスルホン系高分子と親水性高分子を含み、多数の細孔を有する中空糸濾過膜であって、
該細孔の平均孔径が、膜の外表面部位から内表面部位に向かって大きくなる傾斜型非対称多孔質構造を有し、
膜中の親水性高分子の含有率が6.0〜10.0質量%であり、
内表面部位の親水性高分子の含有率と膜中の親水性高分子の含有率の比が0.50〜0.80である
中空糸濾過膜。
[2]外表面部位の親水性高分子の含有率が膜中の親水性高分子の含有率よりも高い、[1]に記載の中空糸濾過膜。
[3]純水の透過速度が80〜240L/(hr・m・bar)である、[1]又は[2]に記載の中空糸濾過膜。
[4]厚みが2〜10μmの緻密層を有する、[1]〜[3]のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
[5]前記ポリスルホン系高分子は、ポリエーテルスルホンである、[1]〜[4]のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
[6]前記親水性高分子は、ビニルピロリドン単位を含む共重合体である、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の中空糸濾過膜。
【発明の効果】
【0016】
本発明の中空糸濾過膜を用いれば、タンパク質の会合体等の夾雑物を含む濾過溶液を濾過する場合においても、濾過中の経時的なFlux低下が起こり難い。
従って、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程において、タンパク質溶液からウイルス等の病原性物質を除去するための膜として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】走査型電子顕微鏡にて観察した中空糸濾過膜の断面画像を、空孔部及び実部で二値化した結果の例である。なお、白部が空孔部であり、黒部が実部である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態(以下、本実施形態という)について以下詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0019】
本実施形態の親水性中空糸濾過膜は、ポリスルホン系高分子と親水性高分子を含む。
ポリスルホン系高分子とは、スルホン基(−SO−)をその構造内に有する高分子であり、具体例としては、例えば、下記の式1で示される繰り返し単位を有するポリアリールエーテルスルホンや、下記式2で示される繰り返し単位を有するポリエーテルスルホンが挙げられ、特に、式2で示される繰り返し単位を有するポリエーテルスルホンが好ましい。
【0020】
式1:
【化1】
式2:
【化2】
【0021】
式1や式2の構造において、アリール基は官能基やアルキル基などの置換基を含んでもよく、炭化水素骨格の水素原子はハロゲンなどの他の原子や置換基で置換されてもよい。
ポリスルホン系高分子は、1種類を単独で使用されても、2種以上混合して使用されてもよい。
【0022】
親水性高分子は、親水性を示しポリスルホン系高分子と相溶する高分子であれば、特に限定されないが、ビニルピロリドン単位を含有する共重合体が好ましい。ビニルピロリドン単位を含有する共重合体としては、ポリスルホン系高分子との相溶性の観点で、ポリビニルピロリドンやビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体が好ましい。ビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合比は、タンパク質の膜表面への吸着やポリスルホン系高分子との膜中での相互作用の観点から、6:4から9:1が好ましい。ビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体としては、具体的には、BASF社より市販されているLUVISKOL(商品名)VA64、VA73等が挙げられる。
親水性高分子は、1種類を単独で使用されても、2種以上を混合して使用されてもよい。
【0023】
本実施形態の中空糸濾過膜は、多数の細孔を有する多孔質中空糸状の膜であり、該細孔の平均孔径が中空糸濾過膜の外表面部位から内表面部位に向かって大きくなる傾斜型非対称の多孔質構造を有している。
膜のFluxは、膜内で孔径が小さくなっている領域(緻密層)の厚さ、およびその孔径に支配される。従って、緻密層が閉塞されるとFluxが低下する。濾過上流側から濾過下流側に向けて、細孔の平均孔径が小さくなると、濾過上流において大きな粒子を捕捉でき、大きな粒子による緻密層の閉塞が少なく、Fluxの低下を抑制することができる。
本実施形態において、内表面部位とは、膜の内表面(中空糸膜の中空部側表面)から外表面(中空部表面とは膜厚方向に反対側の膜表面)に向かって、膜厚方向に5μmまでの範囲を指す。また、外表面部位とは、膜の外表面から内表面に向かって、膜厚方向に5μmまでの範囲を指す。
【0024】
中空糸濾過膜が、細孔の平均孔径が外表面部位から内表面部位に向かって大きくなる傾斜型非対称多孔質構造を有することは、中空糸断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影することで決定される。例えば、撮影倍率を50,000倍に設定し、中空糸の長さ方向に垂直な断面、或いは、長さ方向に平行で中空部の中心を通る断面において断面に対して水平に視野を設定する。設定した一視野での撮影後、膜厚方向に対して水平に撮影視野を移動し、次の視野を撮影する。
この撮影操作を繰り返し、外表面から内表面まで隙間なく膜断面の写真を撮影し、得られた写真を結合することで一枚の膜断面写真を得る。この断面写真において、(膜の円周方向に2μm)×(外表面から内表面側に向かって1μm)の範囲における細孔の平均孔径を算出し、外表面から内表面側に向かって1μm毎に膜断面の傾斜構造を数値化する。
かかる数値化により、中空糸濾過膜が、細孔の平均孔径が外表面部位から内表面部位に向かって大きくなる傾斜型多孔質構造を有することを確認することができる。
【0025】
平均孔径の算出方法は、画像解析を用いた方法で算出する。具体的には、MediaCybernetics社製Image−pro plusを用いて空孔部と実部の二値化処理を行う。明度を基準に空孔部と実部を識別し、識別できなかった部分やノイズをフリーハンドツールで補正する。空孔部の輪郭となるエッジ部分や、空孔部の奥に観察される多孔構造は空孔部として識別する。二値化処理の後、空孔/1個の面積値を真円と仮定し、空孔の直径を算出する。全ての空孔毎に実施し、1μm×2μmの範囲毎に平均孔径を算出していく。なお、視野の端部で途切れた空孔部についてもカウントする(すなわち、一部の欠けた空孔部の面積を一つの真円の面積としてその直径を算出する)こととする。
本実施形態においては、平均孔径が50nm以下であると算出された1μm×2μmの範囲を緻密層と定義する。
【0026】
ところで、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程で使用される親水性中空糸濾過膜の場合、除去対象には、上述のような濾過上流の大孔径の細孔によって捕捉される大きな粒子に加え、ウイルス等も含まれ、最も小さいウイルス、パルボウイルスのサイズは約20nmである。一方、主な濾過対象物質である免疫グロブリン等のタンパク質の分子サイズは約10nmである。したがって、このような用途において緻密層は、一般に、20nmサイズのウイルスを捕捉し、10nmサイズのタンパク質は透過するように設計される。
しかし、濾過溶液である免疫グロブリン等のタンパク質溶液中には、タンパク質(免疫グロブリン等)の会合体等の夾雑物も含まれている。この夾雑物はウイルスよりも大量に含まれており、その大きさは約20〜40nmである。そのため、この夾雑物により緻密層の孔が閉塞されることがある。
【0027】
溶液の透過速度、Fluxは、膜中の最も孔径の小さい領域である緻密層を溶液が透過する速度に支配されるため、緻密層において孔が閉塞されると濾過中の経時的なFluxが低下する。実際、タンパク質溶液中の夾雑物の量がわずかでも多くなると、Fluxが著しく低下することが経験的に知られている。このように、タンパク質溶液の濾過の場合、大きさ約20〜40nmの夾雑物により緻密層の孔が閉塞されることが、経時的なFlux低下の主因であると考えられる。
また、夾雑物による緻密層の孔の閉塞は、Flux低下だけではなく、ウイルス除去能の低下も招く。夾雑物により緻密層の孔が閉塞されると、ウイルスを捕捉できる孔が減少し、緻密層におけるウイルス捕捉容量が減少するためである。
したがって、タンパク質溶液濾過中の緻密層での孔の閉塞を抑制し、濾過中の経時的なFluxの低下とウイルス除去能の低下を抑制することで、有用成分であるタンパク質単量体を効率的に回収することが好ましい。
【0028】
夾雑物による緻密層での孔の閉塞を抑制するためには、緻密層に夾雑物を透過させないことが重要となる。そのためには、溶液が緻密層を透過する前の濾過上流側で夾雑物を捕捉させればよい。
【0029】
そして、本発明者らは鋭意研究を行った結果、このような濾過上流側での夾雑物の捕捉は、中空糸濾過膜の濾過上流側の親水性高分子の含有率を低くし、夾雑物を濾過上流側で吸着させることにより達成できることを見出した。
具体的には、中空糸濾過膜の「内表面部位の親水性高分子の含有率」と「膜中の親水性高分子の含有率」の比(「内表面部位の親水性高分子の含有率」/「膜中の親水性高分子の含有率」)が、0.50〜0.80であると、夾雑物が濾過上流側で膜に吸着し、捕捉されることが分かった。
この詳細な機構は不明であるが、主な夾雑物であるタンパク質の会合体は、単量体間が疎水性相互作用や静電相互作用により会合し、単量体よりも不安定な構造を有しているため、親水化度が不十分な孔の表面に接触すると、単量体と比較して孔の表面により吸着しやすくなるためと考えられる。
「内表面部位の親水性高分子の含有率」/「膜中の親水性高分子の含有率」の値は、0.55〜0.75がより好ましく、0.6〜0.7がさらに好ましい。
【0030】
さらに、緻密層での孔の閉塞を抑制するために、緻密層の孔における夾雑物(タンパク質の会合体)の吸着を抑制することも有効である。そのため、緻密層における孔表面は十分に親水化されていることが好ましい。従って、緻密層が存在する外表面部位の親水性高分子の含有率は、膜中の親水性高分子の含有率より高くすることが好ましい。つまり、「外表面部位の親水性高分子の含有率」/「膜中の親水性高分子の含有率」の値が1.0超であることが好ましい。
【0031】
ここで、「親水性高分子の含有率」とは、ポリスルホン系高分子の含有量に対する親水性高分子の含有量をいい、具体的には、フーリエ変換型赤外分光法(FT−IR)により測定した赤外吸収スペクトルにおけるポリスルホン系高分子由来のピーク(1580cm-1)と親水性高分子由来のピーク(例えば、カルボニル結合を有する親水性高分子ならば、1730cm-1付近、例えば、エーテル結合を有する親水性高分子ならば、1100cm-1付近)のピーク面積比(親水性高分子由来のピークのピーク面積/ポリスルホン系高分子由来のピーク(1580cm-1)のピーク面積)をいう。
そして、中空糸濾過膜の濾過上流側、つまり内表面部位の親水性高分子の含有率、中空糸濾過膜の濾過下流側、つまり外表面部位の親水性高分子の含有率、及び、膜中の親水性高分子の含有率は、以下の方法により測定できる。
中空糸膜を、その長さ方向に垂直に厚さ10μmに切断する。切断した中空糸膜を臭化カリウム(KBr)板ではさみ、5×5μmを1セグメントとし、顕微FT−IRにより透過法で、膜厚方向に内表面側から外表面側まで連続的に赤外吸収スペクトルを測定する。測定したスペクトルよりポリスルホン系高分子由来のピーク(1580cm-1付近)と親水性高分子由来のピーク(例えば、カルボニル結合を有する親水性高分子ならば、1730cm-1付近、例えば、エーテル結合を有する親水性高分子ならば、1100cm-1付近)を検出し、親水性高分子由来ピークの吸光度面積/ポリスルホン系高分子由来ピークの吸光度面積比より、各分割したセグメントの親水性高分子の含有率を算出する。
以上のようにして算出した全セグメントの親水性高分子の含有率の平均値を「膜中の親水性高分子の含有率」とする。
そして、内表面側(最も内側)のセグメントの親水性高分子の含有率を、「内表面部位の親水性高分子の含有率」、外表面側(最も外側)のセグメントの親水性高分子の含有率を、「外表面部位の親水性高分子の含有率」とする。
【0032】
膜中の親水性高分子の含有率にも適切な範囲がある。この含有率が大きくなりすぎると、細孔の孔径が小さくなりすぎる傾向があり、Fluxが低下することがある。また、この含有率が小さくなりすぎると、単量体までもが細孔の表面に吸着してしまい、濾過中の経時的なFlux低下の原因となることもある。親水性中空糸濾過膜の細孔の孔径を適切に制御し、単量体の吸着を抑制するという観点からは、膜中の親水性高分子の含有率は6.0〜10.0質量%であり、6.5〜9.5質量%であることが好ましく、7.0〜9.0質量%であることがより好ましい。
【0033】
夾雑物存在下において、有用成分を効率的に回収するためには、濾過上流部での夾雑物の捕捉が重要であるが、高い濾過圧での操作も重要である。濾過圧を高く設定することにより、Fluxを高くすることができるからである。高い濾過圧での操作は、濾過膜の基材に耐圧性を有するポリスルホン系高分子を用いることにより実現される。
【0034】
有用成分の透過性をさらに向上させるためには、純水の透過速度(透水量)を高くすることも好ましい。純水の透過速度はタンパク質溶液等の濾過溶液のFluxの目安となる。例えば、タンパク質溶液は純水に比べ溶液の粘度が高くなるため、その透過速度は純水の透過速度よりも低くなるが、純水の透過速度が高いほど、タンパク質溶液の濾過速度は高くなる。
本実施形態の親水性中空糸濾過膜の純水の透過速度は80〜240L/(hr・m・bar)であることが好ましい。純水の透過速度が80L/(hr・m・bar)以上であると、濾過時間が長過ぎず、高効率にタンパク質を回収可能である。また、240L/(hr・m・bar)以下であると、孔径がウイルス除去に適したサイズを有していると考えられる。純水の透過速度は、180〜230L/(hr・m・bar)であることがより好ましい。
なお、純水の透過速度は実施例に記載の方法により測定することができる。
【0035】
本実施形態のような多孔質の中空糸濾過膜におけるウイルス除去機構は下記のように考えられている。
ウイルスを含んだ溶液が多孔質膜を透過する際、この溶液は、あたかも透過方向に対して垂直なウイルス捕捉面が何層も重なったウイルス除去層を透過するかのように考えることができる。この面の中の孔の大きさには必ず分布が存在し、ウイルスのサイズよりも小さな孔の部分でウイルスが捕捉される。この時、一つの面でのウイルス捕捉率は低いが、この面が何層も重なることにより、高いウイルス除去性能が実現される。例えば、一つの面でのウイルス捕捉率が20%であっても、この面が50層重なることにより、全体としてのウイルス捕捉率は99.999%となる。
【0036】
上述のように、ウイルス除去を目的する膜では、ウイルスは多層で捕捉されると考えられているため、ウイルス捕捉能力を高くするためには、緻密層(平均孔径が50nm以下であると算出される範囲)を厚くすることが好ましい。しかし、緻密層を厚くし過ぎると、タンパク質溶液を濾過した場合のFluxが低下するため、緻密層の厚さは2〜10μmであることが好ましい。
【0037】
夾雑物を含むタンパク質溶液を濾過する場合の濾過性能を評価するためには、夾雑物が存在するタンパク質溶液を濾過する条件を決定しなければならない。タンパク質溶液の濾過条件は、タンパク質の用途、種類、濃度などにより一概に決定することは困難であるが、濾過される対象のタンパク質を考える場合、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程に使用されるときの主な濾過対象物質である免疫グロブリンを選択するのが妥当である。
また、濾過するときの免疫グロブリンの濃度を考えた場合、近年、生産効率を向上させる目的で免疫グロブリン濃度は高くなる傾向にあるので、1.5質量%の濃度とするのが好ましく、溶液中に約5%の二量体以上の会合体が含まれる献血ヴェノグロブリン(田辺三菱製薬社製)IH 5%静注(2.5g/50mL)を希釈して使用するのが好ましい。また、濾過圧力を考えた場合、高圧で濾過すればFluxが高くなり免疫グロブリンの回収効率が向上するが、圧力が高すぎるとフィルターと配管の接続部の密閉性の保持が困難となるため、濾過圧力は2.0barとするのが好ましい。
【0038】
また、夾雑物存在下においても、タンパク質溶液濾過中の経時的なFlux低下を抑制したことを評価するためには、夾雑物が存在するタンパク質溶液を濾過し、その経時的なFlux変化を評価すればよい。一般的に、血漿分画製剤やバイオ医薬品の精製工程におけるウイルス除去工程は、1時間以上行われるため、濾過開始直後と濾過開始60分後のFlux比を考慮すればよい。本実施形態においては、濾過開始20分後(F20)と濾過開始60分後(F60)のFlux比、F60/F20が0.60以上であることが好ましい。
【0039】
本実施形態の中空糸濾過膜のパルボウイルスクリアランスは、ウイルス対数除去率(LRV)として4.0以上が好ましく、5.0以上であることがより好ましい。パルボウイルスとしては、実液に近いもの、操作性の簡便性からブタパルボウイルス(PPV)であることが好ましい。PPVのLRVは実施例に記載の方法により測定することができる。
【0040】
次に、本実施形態の中空糸濾過膜の製造方法について説明する。
本実施形態において、中空糸濾過膜の製造方法に限定はないが、一例としては、ポリスルホン系高分子、親水性高分子、溶媒を混合溶解し、脱泡したものを製膜原液とし、芯液(内液)とともに、二重管ノズル(紡口)の環状部、中心部からそれぞれ同時に吐出し、空走部を経て凝固液中に導いて中空糸を形成し、水洗後巻取り、中空糸内液抜き、熱処理、乾燥させる方法が挙げられる。
具体的には、以下のような工程を有する製造方法で製造されることが好ましい。
スルホン系高分子、親水性高分子及び溶媒を含む製膜原液と内液を、それぞれ、二重管ノズルの環状部と中心部から同時に吐出する工程、
前記工程で吐出された吐出物を凝固液中に導いて中空糸膜を形成する工程、及び、
前記中空糸膜を凝固液から引き上げ、空中を走行させた後、水洗槽に導入する工程、
を有し、
前記中空糸膜を凝固浴から引き上げてから水洗槽に導入するまでの空中走行時間が10〜80秒である、
中空糸濾過膜の製造方法。
【0041】
製膜原液に使用される溶媒に限定はなく、使用されるポリスルホン系高分子と親水性高分子の両溶媒であり、かつ、両者が相溶する溶媒であれば、広く使用することができる。具体例としては、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド、ε−カプロラクタムなどが挙げられ、中でも、NMP、DMF、DMAcなどのアミド系溶媒が好ましく、NMPがより好ましい。
【0042】
製膜原液には非溶媒を添加するのが好ましい。使用される非溶媒としては、例えば、グリセリン、水、ジオール化合物が例示され、中でも、エチレングリコール構造を有するものが好ましい。
ジオール化合物とは、分子の両末端に水酸基を有するものであり、エチレングリコール構造を有するものとは、下記式3で表され、繰り返し単位nが1以上のものである。
ジオール化合物の具体例としては、ジエチレングリコール(DEG)、トリエチレングリコール(TriEG)、テトラエチレングリコール(TetraEG)、ポリエチレングリコール等が挙げられ、DEG、TriEG、TetraEGが好ましく、TriEGがより好ましい。
【0043】
式3:
【化3】
【0044】
製膜原液中の溶媒/非溶媒の質量比は、同量程度が好ましいが、35/65〜65/35が好ましい。非溶媒(製膜原液に添加される化合物のうち、前述の溶媒及び溶質(ポリスルホン系高分子と親水性高分子)以外のもの)の量が65/35以上であると、凝固が適度な速さで進行するため、過度に大きな孔径が生じにくく、タンパク質溶液の処理用途の濾過膜として好ましい膜構造を有する濾過膜を得やすい。一方、非溶媒の量が35/65以下であることで、凝固の進行が速すぎないので、過度に小さな孔径が生じにくく、また、構造欠陥となるマクロボイドも生じにくいため、好ましい。
【0045】
製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度は15〜35質量%が好ましく、20〜30質量%がより好ましい。製膜原液中のポリスルホン系高分子濃度を下げると、空孔率を上げることにより、高い透過性能が得られるが、ポリスルホン系高分子濃度が過度に低いと、膜強度の低下や、孔径の増大を招く可能性がある。一方、ポリスルホン系高分子濃度を35質量%以下にすることで、空孔率が低くなり過ぎず、透過性能を維持できるだけでなく、膜のウイルス捕捉容量が高く保てるため、好ましい。
【0046】
製膜原液中の親水性高分子の濃度は5〜12質量%が好ましい。親水性高分子濃度が5質量%以上であることで、得られる膜が十分に親水性化される。このため、生理活性物質濾過に使用する場合でも、生理活性物質が膜に吸着しにくく、Flux低下が起こり難い観点で、好ましい。一方、親水性高分子濃度を12質量%以下にすることで、得られる膜において孔表面上の親水性高分子の量が適切な範囲になり、親水性高分子の厚みにより、過度に孔径が小さくならないので好ましい。また、乾燥後に中空糸同士が固着する糸付きを防止する観点でも好ましい。
【0047】
製膜原液は、例えば、ポリスルホン系高分子、親水性高分子、溶媒、非溶媒を一定温度で、撹拌しながら溶解することで得られる。この時の温度は、常温より高い、30〜60℃が好ましい。3級以下の窒素を含有する化合物(NMP、ビニルピロリドン)は空気中で酸化され、加温するとさらに酸化が進行しやすくなるため、製膜原液の調製は不活性気体雰囲気下で行うことが好ましい。不活性気体としては、窒素、アルゴン等が挙げられ、生産コストの観点から窒素が好ましい。
【0048】
製膜原液中に気泡が存在すると、大きな気泡は紡糸中の糸切れの原因となり、小さな気泡は製膜後にマクロボイドを形成し、膜の構造欠陥の原因となるため、脱泡することが好ましい。脱泡工程は、例えば、以下のように行うことができる。溶質が完全に溶解された製膜原液が入ったタンクを50℃に加温し、2kPaまで減圧し、1時間以上静置する。この操作を7回以上繰り返すことが好ましい。また、脱泡効率をあげるため、脱泡中に溶液を撹拌してもよい。
【0049】
異物の少ない原料を用いることにより、紡糸中の糸切れ防止や膜の構造制御することができるので、製膜原液は、紡口から吐出される前までに、異物を除去することが好ましい。製膜原液が紡口から吐出される前に、フィルターを設置することが好ましく、孔径違いのフィルターを多段で設置することがより好ましい。特に限定されるものではないが、具体的には、製膜原液タンクに近い方から順に、孔径30μmのメッシュフィルター、孔径10μmのメッシュフィルターを設置することが好ましい。
【0050】
製膜時に使用される内液には、製膜原液や凝固液に使用される成分と同じ成分を使用することが好ましい。製膜原液の溶媒/非溶媒として、例えば、NMP/TriEG、凝固液の溶媒/非溶媒としてNMP/TriEG・水を使用する場合には、内液は、NMP、TriEG及び水から構成されることが好ましい。
内液中の溶媒の量が多くなると、凝固の進行を遅らせ、膜構造形成をゆっくりと進行させる効果がある。非溶媒量が多くなると、一般的には増粘効果により、溶液の拡散を遅らし、凝固の進行を遅らせ、膜構造形成をゆっくりと進行させる効果がある。また、水が多くなると、凝固の進行を早める効果がある。凝固の進行を適切に進行させ、膜構造を制御して好ましい膜構造を得るためには、内液中の溶媒/非溶媒の質量比は、35/65〜65/35であることが好ましく、ほぼ同量程度であってもよい。非溶媒中の有機成分/水の質量比は、70/30〜100/0にすることが好ましい。
【0051】
紡口温度は、適当な孔径とするため、40〜60℃が好ましい。製膜原液は紡口から吐出された後、空走部を経て、凝固浴に導入される。空走部の滞留時間は、凝固の進行を制御して好ましい膜構造とする観点からは、0.01〜0.75秒が好ましく、0.05〜0.4秒がより好ましい。
【0052】
ドラフト比は、紡糸工程での中空糸膜への延伸を制御するために、1.1〜6.0が好ましく、1.1〜4.0がより好ましい。ドラフト比は引取り速度と紡口からの製膜原液吐出線速度との比を意味する。ドラフト比が高いとは、紡口から吐出されてからの延伸比が高いことを意味する。一般的に、湿式相分離法で製膜されるとき、製膜原液が空走部を経て、凝固浴を出たときに、大方の膜構造が決定される。膜内部は、高分子鎖が絡み合うことにより形成される実部と高分子が存在しない空孔部となっている虚部から構成される。詳細な機構は不明であるが、凝固が完了する前に中空糸膜が過度に延伸されると、言い換えると、高分子鎖が絡み合う前に過度に延伸されると、高分子鎖の絡み合いが引き裂かれ、空孔部が連結されることにより、過度に大きな孔が形成されたり、空孔部が分割されたりすることにより、過度に小さな孔が形成されると考えられる。
【0053】
凝固液は有機成分の溶媒/水以外の非溶媒、水、親水性高分子から構成することができる。上述のように、溶媒は凝固を遅らせる効果があり、水は凝固を早める効果があるため、凝固液組成は、溶媒/非溶媒の質量比は35/65〜65/35で、非溶媒中の有機成分/水の質量比は70/30〜10/90が好ましい。また、凝固浴温度は、適当な孔径とするため、30〜60℃が好ましい。
紡糸速度は、欠陥のない中空糸膜が得られる条件であれば特に制限されないが、好ましくは5〜15m/minである。
【0054】
凝固浴から引き上げられた中空糸膜は、空中を走行し、水洗槽に導入される。中空糸膜が凝固浴から引き上げられてから水洗槽に導入されるまでの、空中を走行している時間は、通常は数秒程度であるが、本発明者らの研究によれば、この空中走行時間を長くすると、中空糸膜の内表面部位の親水性高分子の含有率を低くすることができることが分かった。
その機構は明らかではないが、以下のように考えられる。
凝固浴から引き上げられた中空糸膜の中空部には、ポリスルホン系高分子と親水性高分子の良溶媒が存在する。従って、凝固浴から引き上げられた中空糸膜が空中を走行している間、内表面側はポリスルホン系高分子と親水性高分子に対する良溶媒を含んだ溶液に接触し、外表面側は空気と接触した状態となる。
このように、中空糸膜が空中を走行している間、その内表面側は良溶媒を含んだ溶液に直接、接触しているため、ポリスルホン系高分子と親水性高分子の絡まり合いが弱まり、親水性高分子が中空部の溶媒に拡散移動すると考えられる。一方、この間、外表面側は空気と接触しているため、外表面やその他の部位では、内表面側で起きているような親水性高分子の移動が起こりにくいと考えられる。
凝固浴から引き上げられた中空糸膜の水洗槽に導入されるまでの空中の滞留時間を長くしすぎると、内表面部位の親水性高分子の含有率が低くなりすぎ、反対に、これを短くしすぎると内表面部位の親水性高分子の含有率が十分低くならないため、内表面部位の親水性高分子の含有率を適切な範囲にするためには、この空中の滞留時間を10〜80秒とすることが好ましく、15〜80秒とすることがより好ましい。
また、この滞留時間を長くし過ぎないことによって、外表面部位の親水性高分子の含有率を膜中の親水性高分子の含有率より高くすることができる。
【0055】
空中走行した中空糸膜は、水洗槽に導入され、温水で洗浄される。水洗工程では、溶媒と膜に固定化されていない親水性高分子を確実に除去することが好ましい。中空糸膜が溶媒を含んだまま乾燥されると、乾燥中に膜内で溶媒が濃縮され、ポリスルホン系高分子が溶解または膨潤することにより、膜構造を変化させる可能性があり、膜に固定化されていない親水性高分子が残存すると、孔を閉塞させ、膜の透過性を低下させる可能性がある。除去すべき溶媒・非溶媒、膜に固定化されていない親水性高分子の拡散速度を高め、水洗効率を上げるため、温水の温度は50℃以上が好ましい。水洗工程は、ネルソンローラを使用することが好ましい。十分に水洗を行うため、中空糸膜の水洗浴中の滞留時間は80〜300秒が好ましい。
【0056】
水洗浴から引き上げられた中空糸膜は、巻取り機でカセに巻き取られる。カセに巻き取られた中空糸膜は、両端部を切断し、束にし、弛まないように支持体に把持させる。そして、把持された中空糸膜は、熱水処理工程において、熱水中に浸漬、洗浄される。カセに巻き取られた状態の中空糸膜の中空部には、白濁した液が残存していることがある。この液中には、ナノメートルからマイクロメートルサイズのポリスルホン系高分子の粒子が浮遊している。この白濁液を除去せず、中空糸膜を乾燥させると、この微粒子が中空糸膜の孔を塞ぎ、膜性能が低下する可能性があるため、中空部内液を除去することが好ましい。熱水処理工程では、中空糸内側からも洗浄されるため、水洗工程で除去しきれなかった、膜に固定されなかった親水性高分子等が効率的に除去される。熱水処理工程における、熱水の温度は50〜100℃が好ましく、洗浄時間は30〜120分が好ましい。熱水は洗浄中に数回、交換することが好ましい。
【0057】
本実施形態において、巻き取られた中空糸膜は、さらに高圧熱水処理をすることが好ましい。具体的には、中空糸膜を完全に水に浸漬させた状態で、高圧蒸気滅菌機に入れ、120℃以上で2〜6時間処理するのが好ましい。詳細な機構は不明であるが、この高圧熱水処理により、中空糸膜中に微残存する溶媒・非溶媒、膜に固着していない親水性高分子が完全に除去されるだけでなく、ポリスルホン系高分子と親水高分子の存在状態が最適化され(具体的には、親水性高分子が、孔径を過度に小さくしない程度に孔表面上を覆う)、ウイルス除去膜として好ましい構造になると考えられる。120℃、2〜6時間より、低い温度、または短い時間で処理されると、ポリスルホン系高分子と親水高分子の存在状態の最適化が不十分となり易く、十分な透過性能が得られない場合がある。また、上記より処理時間が長くてもよいが、この最適化は6時間以内の処理時間で完了するため、生産効率の点より、6時間以下にするのが好ましい。
【0058】
本実施形態の中空糸濾過膜は、風乾、減圧乾燥、熱風乾燥等、特に制限されないが、乾燥中に膜が収縮しないように、中空糸膜の両端が固定された状態で、乾燥されることが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本実施形態を詳細に説明する。実施例における測定方法は以下のとおりである。
【0060】
(1)内径測定、膜厚測定
中空糸膜の内径及び外径は、膜の垂直割断面を実体顕微鏡で撮影することにより求めた。(外径−内径)/2を膜厚とした。また、膜面積はこの内径と中空糸長さより算出した。
【0061】
(2)純水の透過速度の測定
1.0barの定圧デッドエンド濾過による25℃の純水の濾過量(L)を測定し、濾過時間(hr)と膜面積(m)で除して透過速度(L/hr・m・bar)を測定した。
【0062】
(3)免疫グロブリンの濾過試験
中空糸本数が4本、中空糸膜の有効長が8cmになるように組み立てられたフィルターを122℃で60分高圧滅菌処理をした。献血ヴェノグロブリン(田辺三菱製薬社製)IH5%静注(2.5g/50mL)を用いて、溶液の免疫グロブリン濃度が15g/L、塩化ナトリウム濃度が0.1M、pHが4.5になるように溶液を調製した。調製した溶液をデッドエンドで、2.0barの一定圧力で60分濾過を行った。10分間隔で濾液を回収し、10分から20分の濾液回収量(mL)と50分から60分の濾液回収量(mL)の比をF60/F20としてFlux比を測定した。
【0063】
(4)試験用濾過溶液中の夾雑物含有量の測定
生物工学会誌 第84巻10号(P392−394)に従い同様の条件で、(3)で調製した溶液のSize Exclusion Chromatography測定を行い、得られたクロマトグラムの各面積値より、免疫グロブリンの濾過試験に用いた濾過溶液中の夾雑物含有量を測定した。
免疫グロブリン濾過試験で用いられた溶液中の免疫グロブリンの単量体/会合体の存在比は94.8/5.2であった。
【0064】
(5)ブタパルボウイルスクリアランス測定
(3)免疫グロブリンの濾過試験において調製した溶液に0.5容量%のブタパルボウイルス(PPV)溶液をspikeした溶液を濾過溶液とした。(3)免疫グロブリンの濾過試験と同様にして濾過試験を行った。濾液のTiter(TCID50値)をウイルスアッセイにて測定した。PPVのウイルスクリアランス(ウイルス対数除去率(LRV))は、
LRV=Log(TCID50/mL(濾過溶液))―Log(TCID50/mL(濾液))
により算出した。
【0065】
(6)細孔の平均孔径の測定
中空糸膜断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により、撮影倍率を50,000倍、中空糸断面の膜厚方向に対して水平に視野を設定して撮影した。設定した一視野での撮影後、膜厚方向に対して水平に撮影視野を移動し、次の視野を撮影した。この撮影操作を繰り返し、膜の外表面から内表面まで隙間なく膜断面の写真を撮影し、得られた写真を結合して一枚の膜断面写真を得た。この断面写真において、(膜の円周方向に2μm)×(外表面から内表面側に向かって1μm)の範囲における平均孔径を算出し、外表面から内表面側に向かって1μm毎に膜断面の傾斜構造を数値化した。
平均孔径は、以下のようにして算出した。Media Cybemetics社製Image―pro plusを用いて、明度を基準に空孔部と実部を識別し、識別できなかった部分やノイズをフリーハンドツールで補正し、空孔部の輪郭となるエッジ部分や、空孔部の奥に観察される多孔構造は空孔部として識別して、空孔部と実部の二値化処理を行った。二値化処理の後、空孔/1個の面積値を真円と仮定し、空孔の直径を算出した。視野の端部で途切れた空孔部についてもカウントして、全ての孔毎に実施し、2μm×1μmの範囲毎に平均孔径を算出した。
平均孔径が50nm以下の範囲を緻密層と定義し、平均孔径が50nm超の範囲を粗大層と定義した。
【0066】
(7)緻密層の厚み
緻密層の厚みは、(6)において平均孔径50nm以下を示した範囲の数×1(μm)とした。
【0067】
(8)「膜中の親水性高分子の含有率」および「内表面部位の親水性高分子の含有率」と「膜中の親水性高分子の含有率」の比の測定
中空糸膜を厚さ10μm程度に薄膜切片として切り出したものを2枚のKBr板で挟み、プレス機を用いて錠剤を成型した。錠剤としたものをFT−IRの顕微透過法を用いて、5μm×5μmを1セグメントとし、膜厚方向に内表面側から外表面側まで連続的にセグメント毎の赤外吸収スペクトルを測定した。測定したスペクトルよりポリスルホン系高分子由来のピーク(1580cm−1付近)と親水性高分子由来のピーク(1730cm−1付近)を検出し、親水性高分子由来ピークの吸光度面積/ポリスルホン系高分子由来ピークの吸光度面積比より、各分割したセグメントの親水性高分子の含有率を算出した。
上記のようにして算出したセグメントの親水性高分子の含有率のうち、もっとも内側(中空部側)に存在するセグメントの親水性高分子の含有率を「内表面部位の親水性高分子の含有率」、外表面側(最も外側)のセグメントの親水性高分子の含有率を外表面部位の親水性高分子の含有率、全てのセグメントの親水性高分子の含有率の平均値を「膜中の親水性高分子の含有率」とした。 そして、これらの値を用いて、「内表面部位の親水性高分子の含有率」と「膜中の親水性高分子の含有率」、「外表面部位の親水性高分子の含有率」と「膜中の親水性高分子の含有率」の比を算出した。
【0068】
(実施例1)
ポリエーテルスルホン(PES)27質量部(BASF社製Ultrason(商品名)E6020P)、ビニルピロリドンと酢酸ビニルの共重合体(BASF社製Luviskol(登録商標)VA64、以下「VA」と記載する)9質量部、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)(キシダ化学社製)30.4質量部、トリエチレングリコール(TriEG)(関東化学社製)33.6質量部を50℃で混合した後、減圧脱泡を7回繰り返した溶液を製膜原液とした。
二重管ノズルの環状部から紡口温度は50℃に設定して、製膜原液を吐出し、中心部からNMP45.1質量部、TriEG49.9質量部及び水5質量部の混合液を内液として吐出した。吐出された製膜原液と内液は、空走部を経てた後、30℃、NMP28.5質量部、TriEG31.5質量部及び水40質量部からなる凝固液を満たした凝固浴中を走行させた。
凝固浴から引き出された中空糸膜は、15秒間空中走行させた後、55℃に設定された水洗槽を走行させ、最後に水中で巻き取った。紡糸速度は8m/minとし、ドラフト比は2とした。
巻き取られた中空糸膜は両端を切断し、束にし、弛まないように支持体に把持させ、80℃の熱水に浸漬し、60分間洗浄した。洗浄された中空糸膜を128℃、6時間の条件で、高圧熱水処理した後、真空乾燥して、多孔質中空糸濾過膜を得た。
【0069】
(実施例2)
中空糸膜の凝固浴を出た後の空中走行時間を30秒間に変更した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0070】
(実施例3)
中空糸膜の凝固浴を出た後の空中走行時間を70秒間に変更した以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0071】
(実施例4)
凝固液組成をNMP19質量部、TriEG21質量部、水60質量部に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0072】
(実施例5)
凝固液組成をNMP9.5質量部、TriEG10.5質量部に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0073】
(実施例6)
製膜原液組成をPES26質量部、VA10質量部、NMP32質量部、TriEG32質量部に、内液組成をNMP42.8質量部、TriEG52.2質量部、水5質量部に変更した以外は実施例5と同様にして中空糸膜を得た。
【0074】
(実施例7)
製膜原液組成をPES24質量部、VA12質量部、NMP30.4質量部、TriEG33.6質量部に、内液組成をNMP52.8質量部、TriEG42.2質量部、水5質量部に、凝固液組成をNMP38.9質量部、TriEG31.1質量部、水30質量部に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0075】
(実施例8)
製膜原液組成をPES27質量部、VA8質量部、NMP30.9質量部、TriEG34.1質量部に変更した以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0076】
(実施例9)
製膜原液組成をPES26質量部、VA10質量部、NMP30.4質量部、TriEG33.6質量部に、凝固浴組成をNMP38.3質量部、TriEG46.7質量部、水15質量部に、凝固浴温度を20℃に、紡糸速度を5m/minに変更した以外は、実施例6と同様にして中空糸膜を得た。
【0077】
実施例1〜9で得られた中空糸膜について、(1)〜(8)について測定した結果を表1に示す。
実施例1〜9で得られた中空糸膜はいずれも、濾過中の孔表面へのタンパク質の吸着を抑制し、タンパク質の透過性に優れていた。また、夾雑物存在下においても、タンパク質溶液濾過中の経時的なFlux低下を抑制し、有用成分の透過性に優れた性能であった。
【0078】
(比較例1)
中空糸膜の凝固浴を出た後の空中走行時間を3秒間に変更した以外は、実施例1と同様に中空糸膜を得た。
比較例1で得られた中空糸膜について、(1)〜(8)について測定した結果を表1に示す。
比較例1で得られた中空糸膜は、凝固浴を出た後の空中走行時間が短かったため、内表面側の親水性高分子の含有率が十分に低くならず、夾雑物存在下でのタンパク質溶液濾過中の経時的なFlux低下を抑制することができなかった。
【0079】
(比較例2)
中空糸膜の凝固浴を出た後の空中走行時間を110秒間に変更した以外は、実施例1と同様に中空糸膜を得た。
比較例2で得られた中空糸膜について、(1)〜(8)について測定した結果を表1に示す。
比較例2で得られた中空糸膜は、凝固浴を出た後の空中走行時間が長すぎたため、内表面側の親水性高分子の含有率が低下しすぎた。その結果、濾過上流において、夾雑物だけでなく単量体までもが吸着し、目詰まりが発生したため、経時的なFlux低下が生じた。
【0080】
(比較例3)
製膜原液組成をPES26質量部、VA12質量部、NMP29.5質量部、TriEG32.5質量部に変更した以外は、実施例6と同様に中空糸膜を得た。
比較例3で得られた中空糸膜について、(1)〜(8)について測定した結果を表1に示す。
比較例3で得られた中空糸膜は、膜中の親水性高分子の含有率が高くなり過ぎたため、夾雑物存在下でのタンパク質溶液濾過中の経時的なFlux低下を抑制することができなかった。
【0081】
(比較例4)
製膜原液組成をPES27質量部、VA7質量部、NMP31.4質量部、TriEG34.6質量部に変更した以外は、実施例1と同様に中空糸膜を得た。
比較例4で得られた中空糸膜について、(1)〜(8)について測定した結果を表1に示す。
比較例4で得られた中空糸膜は、膜中の親水性高分子の含有率が低くなり過ぎたため、経時的なFlux低下が生じた。
【0082】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0083】
本実施形態の濾過膜は濾過一般に広く使用することができる。
特に、医薬品やその原料などの生理活性物質溶液や血漿分画製剤から不純物(例えば、ウイルス等の病原物質)を除去する際に好適に用いることができる。
とりわけ、タンパク質の会合体等の夾雑物を含むタンパク質溶液から不純物を除去する際に好ましく用いることができる。
【0084】
本願は、2014年11月4日に日本国特許庁に出願された日本特許出願(特願2014−224193)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
図1