【実施例】
【0077】
(実施例1) シンクロトロン放射光円偏光二色性分光法(SRCD)
方法
デンマークのオルフス大学(University of Aarhus、Denmark)にて、シンクロトロン設備を使用して、円偏光二色性分光法を行った。全てのCDスペクトルは、光路長0.1mmのスプラシル石英セル(Hellma GmbH、Germany)を使用して、波長範囲180〜270nmにわたって、ステップ1nmおよび滞留時間3秒/波長で記録した。rFSH試験と参照(プラセボ)試験の両方の各実験について、3つの同一CD走査を記録した。この報告で提示されたrFSHのCDスペクトルは、対応するプラセボの平均走査を平均タンパク質走査から引き算することによって得られた。CD走査の各セットについて、約120μlの溶液(約112μgのrFSHに相当する)を使用した。
【0078】
rFSHのCDスペクトルに対する温度の影響を検討中に、加熱室の温度を、5℃間隔および平衡時間5分間で25℃から85℃に変更した。較正ファイルから、実際の実験温度(スプラシル石英セル中の温度)を決定した。
【0079】
CDは、構造的非対称のため生ずる左回転および右回転の円偏光の吸収の差を測定する。
【0080】
タンパク質の2次構造を、CD分光法で遠UV領域(約180〜250nm)において検討することができる。一般に、規則正しい構造ほど、高い強度のCD信号(正または負)に従う。しかし、異なる2次構造は異なるCDスペクトルを有するものであり、またα−ヘリックスはβ−構造より高いCD信号強度を有するので、異なるタンパク質間で直接比較をして、規則構造の程度について結論を出すことはできない。
【0081】
構造変化に対する感受性が高いため、CD分光法は、タンパク質の物理的安定性を検討する際に強力なツールである。このような研究は、通常、外的要因、例えば温度、pH、変性剤、界面活性剤または安定化剤の濃度の変化に応じて、CDスペクトルを検出することによって行われる。本研究において、rFSHのCDスペクトルは、温度に応じて検討される。さらに、rFSHの2次構造に対するベンジルアルコールおよび硫酸ナトリウム(Na
2SO
4)の効果を研究した。
【0082】
この実施例ならびに実施例2および3で使用されるゴナドトロピンは、組換え卵胞刺激ホルモン(rFSH)であるが、組換えDNA技術を使用して、ヒトPER.C6(登録商標)細胞株から発現させたヒトホルモンである。rFSHは、FSH、黄体形成ホルモン(LH)、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)、および甲状腺刺激ホルモン(TSH)に共通している、92個のアミノ酸からなるαサブユニットと、FSHに特異的な111個のアミノ酸からなるβサブユニットの2種類のグリコシル化単量体からなるヘテロ二量体タンパク質である。FSHを含む糖タンパク質ホルモンは全て、非共有結合で結合している単量体が解離したとき、ホルモンの生物活性を失う。以前の結果から、rFSHの不安定性は、主に二量体解離(4次構造の分解と、これに付随して免疫結合反応の低下)に基づくことが示された。
【0083】
使用目的に応じて、現在販売されているrFSH製剤は、37.5IU/ml(Gonal−fの場合、約2.8μg/mlに相当する)から少なくとも833IU/ml(Puregonの場合、約83.3μg/mlに相当する)までの様々な濃度で提供されている。
【0084】
研究で使用されるrFSHは、皮下注射用の液体医薬品製剤(600IU rFSH/ml)向けのものである。この製品は、複数回投与注射を目的としているので、保存剤の添加が必要である。
【0085】
検討される製剤は、様々な材料の原液を混合することによって作製した。タンパク質と添加剤の両方の検討される濃度間隔は、使用する方法によって制限される。すなわち、タンパク質濃度は、添加剤濃度に比べて比較的高く維持する必要があった。芳香族化合物が、検討される波長領域においてUV吸収するため、ベンジルアルコール濃度は低く維持する必要があった。下記の表は、本発明者らによる第1の実験計画において検討された異なる3種類の製剤の概要を記す。
【0086】
【表1】
【0087】
試料1
rFSHの試料1(表1を参照のこと)について、24℃から77℃の間で異なる13の温度において、CDスペクトルを記録した。明確にするため、これらのスペクトルのうち7つだけを
図1に示す。試料1は、表1から推論できるように、塩も保存剤も含んでいなかった。スペクトルを
図1に示す。結果は、CD信号の強度が温度に応じて低下することを明らかに示し、これは、高温(>50℃)においては2次構造が分解することを示している。24.0℃→45.9℃のスペクトル間では有意差は検出されなかった。これは、約46℃に加熱したとき、測定時間(約20分間)中では、タンパク質の2次構造が変化していないことを示している。加熱したときのFSHのSRCDスペクトルは、約193nmに等二色点(isodichroic point)を示す。等二色点は、試料2のスペクトルについても見られる。
図2を参照のこと。
【0088】
試料2
rFSHのNa
2SO
4を含有する試料2(表1)について、CDスペクトルを記録した。スペクトルは、24℃から77℃の間で異なる13の温度において得られ、
図2に示される。明確にするため、これらのスペクトルのうち5つだけを
図2に示す。結果は、温度に応じた2次構造の分解を示している。データから、(実験時間中)約46℃に加熱したとき、試料2中のrFSHの2次構造は変化していないことが明らかである。重要なことに、データから、変性した形態がNa
2SO
4の存在下で比較的明確な構造をもつことも明らかである。
【0089】
試料3
rFSHのベンジルアルコール(BA)を含有する試料3(表1)について、CDスペクトルを記録した。ベンジルアルコールは、FSH液体製剤用に非常によく選択される抗菌性保存剤である。例えば、m−クレゾールに比べて保存能力が比較的低いため、BAを高濃度(約10〜15mg/ml)で使用しなければならない。rFSHの使用目的が1カ月以下期間にわたる複数回の注射であり、かつrFSHが通常は室温で貯蔵されるので、保存剤が必要である。
【0090】
0.17mg/ml BAの存在下rFSHのスペクトルは、24℃から77℃の間で異なる13の温度で得られ、
図3に示される。明確にするため、これらのスペクトルのうちの8つだけを
図3に示す。ベンジルアルコールの非常に高いUV吸光度(および付随する低いCD信号)のため、検討されるBA濃度を上げることはできず、したがってrFSH製剤を保存するのに使用することになる濃度に近づけることができなかった。それにもかかわらず、BAの明らかな不安定化作用が認められた。CDの結果は、試料3中のrFSHの2次構造が、試料1および2中のrFSHの初期変性温度より若干低い42℃に加熱したとき変化していないことを示している。
【0091】
さらに、および重要なことに、データから、変性した形態には、規則構造が、保存剤の非存在下におけるFSHを著しく上回るほどないことが明らかである。
【0092】
温度誘導構造変化に対する添加剤の効果
本出願において特許請求される塩の代表例としてここで使用されたNa
2SO
4塩は、温度で変性したタンパク質の構造に対して著しい効果を示した。これは、明らかに重要な発見である。変性した(アンフォールディングしたまたは部分的にアンフォールディングした)タンパク質は、天然タンパク質より、会合して、凝集塊を形成する傾向が高い(Fink,A.L.、1998年、Fold Des.、3巻(1号):R9〜R23頁)、結果は、硫酸ナトリウムが、rFSH分子の変性する傾向を制限し、したがって凝集のリスクを制限することができ、それによって貯蔵安定性を大幅に増加させることを示している。一方、ベンジルアルコール(BA)は、高温において著しい構造分解を引き起こす。規則正しい2次構造は、SRCDで検出されなかった。BAの観測された効果(さらにアンフォールディングした構造)は、他のタンパク質系でベンジルアルコールを添加したときに見られる凝集の増大の理由を部分的に説明できる(Maa,Y.およびHsu,C.C.、1996年、Int.J.Pharm.、140巻:155〜168頁;Zhang,Y.ら、2004年、J.Pharm.Sci.、93巻(12号):3076〜3089頁)。
【0093】
しかし、保存剤の添加は、複数回投与製剤の開発に極めて重要であり、rFSH製品が市場に存在していることから、比較的高い含有量のベンジルアルコールを含む場合であっても、より安定な製剤が開発される必要があることがわかっている(Puregon(登録商標)は、10mg/ml ベンジルアルコールを含有する)。
【0094】
ベンジルアルコールは、rFSHの安定性を低下させ、加熱したとき規則正しい2次構造の喪失を容易にすることがわかった。しかし、保存剤の添加は重要である。この研究によって、本出願において特許請求する塩は、加熱されたrFSH製剤における規則構造のレベルを向上させることが明らかになった。したがって、これらの塩は、rFSH液体製剤中の安定化剤(単数または複数)として、例えばベンジルアルコールまたは他のフェノール系保存剤の作用を代償するのによく適している。
【0095】
(実施例2) 示差走査熱量測定(DSC)
この実施例において代表的に使用されるFSHは、実施例1と同じである。一般に、タンパク質の天然(生理活性)構造は、その周囲の状況、例えば製剤の組成、容器システム、pHおよび温度に非常に感受性である。本実施例において、rFSH変性温度T
mを液
体示差走査熱量測定(DSC)で検討した。rFSH変性温度は、溶液状態のタンパク質の安定性の指標をもたらし、より高いT
mは、より安定なタンパク質を示唆する。
【0096】
タンパク質の3次および4次構造は、主に非共有結合的相互作用で安定化される。これらの分子内相互作用の多くは、アンフォールディング時に水分子との非共有結合的相互作用で置換されるので、異なる構造形態(すなわち、天然と変性)間の熱力学的バランスが微妙である。一般に、これは、天然タンパク質の安定性が限定されることを意味する。多くのタンパク質は、約70℃で熱アンフォールディングする。タンパク質フォールディングまたは変性は、DSCを使用して直接研究および数量化することができる熱力学パラメータで説明することができる。したがって、DSCは、タンパク質安定性に対する添加剤の効果を研究し、したがってタンパク質治療に最適な製剤を特定するのに重要なツールである。
【0097】
液体示差走査熱量測定(DSC)
理論
液体DSCにおいて、タンパク質試料を加熱する(すなわち、試料温度を上げる)と、わずかに上昇するベースラインだけが得られるが、加熱を続ける(すなわち、温度の上昇を続ける)と、熱がタンパク質に吸収され、タンパク質は、その研究されたタンパク質にとって特徴的な温度範囲にわたって熱アンフォールディングする。これによって、吸熱ピークが生じる。タンパク質アンフォールディング時に、より疎水性の鎖が露出されるので、タンパク質を囲む水分子は再編成する。アンフォールディングが完了すると、熱吸収は低下し、新しいベースラインが形成される。
【0098】
試料の熱容量C
pの積算によって、式(1)のアンフォールディングプロセスに伴うエ
ンタルピー変化ΔΗが得られる。観測されたエンタルピー変化は、水素結合の破断などの吸熱過程およびタンパク質と周囲媒体の間の水素結合の形成などの発熱過程から生じる。熱転移の中点または転移中点T
m(タンパク質変性温度と呼ばれることが多い)は、タン
パク質分子の半分がフォールディングし、タンパク質分子の半分がアンフォールディングしている温度である。
【0099】
【数1】
【0100】
DSC測定の生データ、すなわち、温度の関数としての熱発生率(単位:W)を、容易に部分モル熱容量(単位:J/mol K)に再計算することができ、使用するタンパク質のモル質量および濃度がわかる。
【0101】
試験方法
タンパク質変性温度T
mは、300μlのデュアルキャピラリーセルを装備した液体D
SC(TA InstrumentsのNano DSC)で、以下のパラメータを使用して測定した:
走査速度:0.5〜2.0℃/分、他に何も記載されていない場合、走査速度1.0℃/分を使用する(実施例4の場合、2.0℃/分)
開始温度:20℃
最終温度:100℃
平衡:900s(または、実施例4の場合、900s(1回目走査)600s(2回目走査))
定圧:3atm
【0102】
試料は全て、測定前に15分間脱気した。各タンパク質試料後に、試料セルを50%ギ酸で清浄した。さらに、各試料のランの後に、セルを1000mlの精製水ですすいだ。試料は全て、対照セル中の対応するプラセボとともに測定した。対照セルと試料セルの両方に充填したプラセボ溶液について別個の走査から得られた結果を、評価前にデータから差し引いた。すなわち、ブランクの差し引きを行った。
【0103】
MALDX−TOF MS
酵素シアリダーゼで処理する前後のrFSHの試料を、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI−ToF MS)で分析して、脱シアリル化反応の程度を評価した。Autoflex II MALDI ToF Mass Spectrometer(Bruker Daltonics)で、スペクトルを取得した。シナピン酸をマトリックスとして使用した。分析は、ディレイドエクストラクションを利用して、正イオンリニアモードで行った。4000〜20893Daの走査範囲を、外
部較正して使用した。
【0104】
この実施例の目的
この実施例の目的は、液体示差走査熱量測定(DSC)によってrFSHの熱安定性を検討すること、および保存剤(フェノールまたはベンジルアルコール)が添加された場合と添加されていない場合のrFSHに対する種々の塩の安定化作用を研究することであった。
【0105】
この研究は以前の円偏光二色性(CD)分光法の研究(上記実施例1)およびリアルタイム安定性の研究(下記の実施例3)とともに全て、溶液状態のrFSHの安定性に対する塩および保存剤の作用を研究することを目的とする。
【0106】
研究対象の製品
rFSHバッチ情報
rFSH原薬(バッチ番号08800020およびバッチ番号09PD80010)は、Bio−Technology General(BTG)、Israelで製造されたものである。
【0107】
rFSHの生物活性の決定は、ヨーロッパ薬局方に従って行った。使用されたrFSHの2バッチの濃度は、それぞれバッチ08800020については13,223IU/mg(9,256 IU/mlが得られる)と、バッチ09PD80010については15,109IU/mg(10,576 IU/mlが得られる)と決定された。
【0108】
材料
添加剤
rFSH溶液中で使用される添加剤のリストを、表2に記載する。
【0109】
【表2】
【0110】
被検溶液の組成
被検rFSHおよびプラセボ溶液の組成を、表3、表4および表5に記載する。保存剤の被検濃度は、ヨーロッパ薬局方、非経口使用を目的とする製剤の保存有効性に関する基準(Ph.Eur.A criteria concerning preservation efficacy of a formulation aimed for parenteral use)を満たすのに要する濃度に基づいて選択される。
【0111】
被検塩濃度は、被検溶液で等張性を得るのに必要とされた硫酸ナトリウムの濃度、すなわち0.1M 硫酸ナトリウムに基づいている。他の塩は全て、硫酸ナトリウムと同じモル濃度で試験した。さらに、より高いおよびより低い濃度の塩化ナトリウムを試験して、rFSH変性温度T
mに対する塩濃度の影響を評価する。
【0112】
被検溶液中のリン酸ナトリウム緩衝液の濃度を低く維持して、緩衝塩それ自体の安定化/不安定化作用のリスクを最小限に抑制する。
【0113】
【表3】
【0114】
【表4】
【0115】
【表5】
【0116】
製造手順
全ての溶液(表3、表4および表5)は、Ferring Pharmaceuticals A/S(Copenhagen,Denmark)にて実験室スケールで製造する。製造手順を以下にまとめる。
【0117】
rFSH原液調製
リン酸緩衝液中のrFSH原液は、出発材料としてバッチ08800020またはバッチ09PD80010のrFSH原薬溶液を使用して、濃縮ステップを加えることによって調製する。分画分子量(MWCO)10kDaの膜を備えたVivaspin 20デバイス(Vivascience)を使用して、濃縮(up concentration)を行う。膜は、1mM リン酸緩衝液(pH 5.5、6.5または7.5)中に0.5mg/ml L−メチオニン、0.005mg/ml ポリソルベート20を含有する、対応するプラセボ溶液15mlを、フィルターに通して遠心分離することによって予洗する。遠心分離は、スイングアウト型ローターを使用して、3000×gで20分間行う。
【0118】
濃縮ステップを行うには、合計80mlのrFSH試料を使用して、4個のVivaspin 20デバイス(20ml/デバイス)を満たし、3000×gで15分間遠心分離する。各濃縮分を20mlのメスフラスコに移す。フィルターを、所望のプラセボ溶液の少量ずつで洗浄する。洗浄溶液をメスフラスコに移し、最後に同じプラセボ溶液を使用
して一定体積になるまで希釈する。こうして、それぞれ1mM リン酸緩衝液(pH 5.5、6.5または7.5)中に0.5mg/ml L−メチオニン、0.005mg/ml ポリソルベート20を含有する2.8 mg/ml rFSH原液が得られる。
【0119】
rFSH溶液およびプラセボ溶液の調製
保存剤を除く全ての添加剤の原液を、ミリQ水中で調製する。
rFSH溶液およびプラセボ溶液の調製には、各添加剤の原液を混合して、表3、表4および表5に記載の所望の濃度を得る。保存剤を溶液に直接添加する。
【0120】
rFSHの脱シアリル化
1mM リン酸緩衝液(pH 6.5)中に0.5mg/ml L−メチオニン、0.005mg/ml ポリソルベート20を含有する、rFSH濃度2.8 mg/mlの濃縮rFSH溶液を使用して、rFSHに結合している糖部分からシアル酸を取り除く。Sigmaのα(2→3,6,8,9)ノイラミニダーゼ(シアリダーゼ)を使用して、酵素的除去を行う。37℃で振盪しながら、rFSHをノイラミニダーゼで終夜処理する。rFSHの濃縮のために上述したVivaspinデバイスを使用して、試薬を除去する。酵素を含有するrFSH溶液を、予洗されたVivaspinデバイスに移す。デバイスを遠心分離し、濾液を捨て、濃縮分を、1mM リン酸緩衝液(pH 6.5)中に0.5mg/ml L−メチオニン、0.005mg/ml ポリソルベート20を含有するプラセボ溶液に再懸濁する。溶液を再度遠心分離する。この手順を3回繰り返した後、最終濃縮分をメスフラスコに移し、プラセボ溶液で一定体積になるまで希釈する。こうして、1mM リン酸緩衝液(pH 6.5)中に0.5mg/ml L−メチオニン、0.005mg/ml ポリソルベート20を含有する、2.8mg/ml 脱シアリル化rFSH原液が得られる。
【0121】
結果および考察
rFSH T
mに対するDSC走査速度の影響
rFSH変性温度に対するDSC走査速度の影響を検討するために、異なる3つの走査速度でT
m測定を行う。表6でわかるように、rFSH T
mは、測定時に使用されるDSC走査速度によって変わる。
【0122】
同一の走査速度で行われた測定から得られた変性温度を比較する限り、T
mが走査速度
によって変わることは、データの解釈に影響を及ぼさない。例えば、表7を参照のこと。
【0123】
【表6】
【0124】
100℃までのDSC走査を繰り返すと、rFSHの変性は、実験条件下で部分非可逆的であることが明らかになった(
図4を参照のこと)。これは、リフォールディングが、2回のDSC走査間の平衡時間より遅いこと、またはアンフォールディングが、式2に示すように非可逆的ステップを伴うことを意味する。
天然←→アンフォールディング→非可逆的変性 (2)
【0125】
rFSH T
mに対する保存剤添加の影響
表7でわかるように、保存剤のrFSH溶液への添加によって、変性温度T
mは、使用
した保存剤にもよるが2〜6℃低下する。これは、他の組換えタンパク質と尿由来FSHとについて以前に報告されたデータとよく符合する。
【0126】
フェノールを含むrFSH溶液に比べて、ベンジルアルコールを含むrFSH溶液は、得られたT
mの低下が大きい(表7を参照のこと)。これは、実験で使用されたフェノー
ル(5mg/ml)より、ベンジルアルコール(15mg/ml)の濃度の方が高いことから説明することができる。
【0127】
【表7】
【0128】
rFSH T
mに対する種々の塩の添加の効果
タンパク質溶解性および安定性に対する一般的効果に従った塩のランク付けは、下記の式(3)のホフマイスター系列またはリオトロピック系列(lyothropic series)と呼ば
れる。左側の塩析剤、いわゆるコスモトロピックイオンは、安定化作用をタンパク質にもたらすことが知られている。一方、右側のカオトロピックイオンまたは塩溶イオンは、タンパク質を不安定化させることが知られている。
SO
42->HPO
42->F
->Cl
->Br
->NO
3->I
->ClO
4->SCN
- (3)
【0129】
保存剤を含まない溶液への種々の塩の添加がrFSH T
mに及ぼす効果
種々のナトリウム塩のrFSH T
mに対する効果を測定するとき、かなり驚くべきこ
とに、上述されたホフマイスター系列に従って予想される安定化/不安定化作用は、カチオンを変更すると認められなかった。表8および表9を参照のこと。最もコスモトロピックなイオンである硫酸イオンを使用したかまたはカオトロピックなイオンである過塩素酸イオンを使用したかにかかわらず、変性温度の上昇はほぼ同じであった。実際、rFSHに対する不安定化作用が予想される過塩素酸イオンの塩の場合に、rFSH T
mの最大
の上昇が得られた。T
mの上昇は、硫酸イオン、塩化物イオンおよび過塩素酸イオンのよ
うな種々の無機アニオンとクエン酸イオン、酢酸イオンおよび酒石酸イオンのような有機アニオンとについて同じ範囲であった。
【0130】
【表8】
【0131】
【表9】
【0132】
異なるナトリウム塩を添加したとき、ホフマイスター系列中のアニオンの位置は、rFSH T
mの上昇に影響を及ぼさないという観測された傾向は、カリウムの場合にも認め
られる(表8および表9を参照のこと)。同じカチオンを有すると、一般にrFSH T
mの変化に及ぼすアニオンの影響はわずかでしかなく、まったくホフマイスター系列に従
ったものではない。
【0133】
かなり驚くべきことに、他方では、カチオンはrFSH T
mにまさに影響を及ぼして
いる。さらに具体的には、1価のカチオンを含む塩は、一般に2価イオンより高いrFSH T
mを示す(表8を参照のこと)。特に、1価のアルカリ金属イオンは、高いrFS
H T
mをもたらす。言い換えれば、塩を添加したとき観測された安定化作用(すなわち
、rFSH T
mの上昇)は、被検アニオンとはまったく無関係であり(表8および9を
参照のこと)、一方、カチオンは、安定化の程度に大きな影響を及ぼしている。カリウムおよびナトリウムの塩は、特に大きな安定化作用を示す。
【0134】
上記の被検溶液は全て、塩濃度が0.1Mである。rFSH T
mに対する塩濃度の影
響を検討するために、異なる3つの塩化ナトリウム濃度をもつrFSH溶液のDSC測定値を検討した。塩をrFSH溶液に添加したときの安定化作用は、被検塩濃度の全範囲で認められる(表10を参照のこと)。
【0135】
【表10】
【0136】
FSH製剤に関する既存の特許では、FSHの安定化剤として例えばスクロースが使用されている。0.1M スクロースをrFSH溶液に添加すると、rFSH T
mの変化
は微小であり(表8および表9を参照のこと)、カリウム塩またはナトリウム塩を添加したときのrFSHの安定化作用は、スクロースを添加したときに得られる作用より著しく高いことが示唆される。
【0137】
保存剤が添加された溶液への種々の塩の添加がrFSH T
mに及ぼす効果
保存剤のタンパク質溶液への添加によって、溶液状態のタンパク質の安定性が低下することは周知である。しかし、非経口使用を目的とする複数回投与水性製剤では、保存剤は必要なものである。したがって、保存剤を添加したときのタンパク質安定性の低下を、塩のような安定化剤をrFSH溶液に添加することによって代償することは非常に重要である。
【0138】
【表11】
【0139】
表11でわかるように、保存剤をrFSH溶液に添加することによって、rFSH変性温度が2〜3℃低下する。保存剤が添加されたrFSH溶液に塩を添加すると、rFSH変性温度が約5℃上昇する。言い換えれば、保存剤をrFSH溶液に添加したとき観測された不安定化作用は、本発明で定義される塩の添加によってよく代償される。実際は、フ
ェノールを含有するrFSH溶液への塩の添加は、rFSH T
mに対する保存剤の作用
を相殺するのではなく、保存剤または塩が添加されていない水溶液中のrFSHに比べてT
mを実際に上昇させている(表11を参照のこと)。
【0140】
rFSH T
mに対するpH変更の影響
安定化塩が添加された場合と添加されていない場合のrFSH T
mに対するpHの影
響を研究するために、異なる3つのナトリウム塩が添加された場合と添加されていない場合のrFSH変性温度をpH 5.5、6.5および7.5で決定した(表12を参照のこと)。
【0141】
【表12】
【0142】
表12でわかるように、異なるナトリウム塩を添加したときのrFSH T
mの一般的
な傾向は、pH 5.5〜7.5の全範囲にわたって同じである。すなわち、ホフマイスター系列に従った塩の安定化/不安定化作用からの逸脱が、全ての被検pHにおいて認められる。
【0143】
検討されたpH範囲において、観測されたrFSH変性温度は、塩が添加された場合と添加されていない場合との両方で溶液のpHが上昇するにつれて上昇する(表12を参照のこと)。塩を添加したときのrFSH変性温度の実際の上昇ΔT
m(塩
)は、pHが高く
なるほど若干低くなる(表12を参照のこと)。
【0144】
rFSH T
mに対するrFSHシアリル化の影響
上記から明らかなように、塩のrFSH溶液への添加の影響は、上記のホフマイスター系列に全く従わず、過塩素酸イオンの塩は、タンパク質を不安定化するものと予想され(タンパク質T
mの低下をもたらす)、硫酸イオンは、タンパク質を安定化するものと予想
される(タンパク質T
mの上昇をもたらす)。
【0145】
rFSHは、糖部分に結合している多数のシアル酸残基、したがってかなり高い正味負電荷を有するグリコシル化されたタンパク質であるので、塩の予想外の安定化挙動に対するシアル酸の影響を検討した。
【0146】
異なる塩を添加したときのrFSH T
mに対するシアル酸の影響を研究するために、
シアル酸の酵素的除去を行った。次いで、塩が添加された場合と添加されていない場合の脱シアリル化rFSHをDSCによって分析した。
【0147】
シアル酸残基の除去が成功したことを検証するために、シアル酸の酵素的除去の前後のrFSH試料を、MALDI−ToF MSによって分析した。
【0148】
MALDI−ToF MSの酸試料条件下で、αサブユニットとβサブユニットを解離
させ、したがって別々に測定する。シアリダーゼ処理前のαサブユニットの平均分子量は15000Daである。シアリダーゼで処理した後、平均分子量は14000Daである。シアリダーゼ処理前のβサブユニットの平均分子量は18000Daであり、シアリダーゼ処理後は17000Daである。両サブユニットの質量のシフトは、シアル酸除去の結果であり、質量低減になる。実際に、シアル酸残基は全て、脱シアリル化中にrFSHから除去された。
【0149】
硫酸ナトリウムまたは過塩素酸ナトリウムを添加したときのrFSH T
mの上昇は、
無修飾rFSHおよび脱シアリル化rFSHで同じ傾向に従う。すなわち、観測された安定化作用(rFSH T
mの上昇)は、上記のホフマイスター系列に従わない。一般に、
観測されたT
mは、無修飾rFSHより脱シアリル化rFSHの方が2〜6℃低い(表1
3を参照のこと)。塩を添加したときに観測された安定化作用も、無修飾rFSHより脱シアリル化rFSHの方が低い(表13を参照のこと)。
【0150】
rFSHの糖部分にシアル酸が存在していることが、rFSH安定性を向上させると考えられるので、得られるT
mは、無修飾rFSHより脱シアリル化rFSHの方が低いと
予想される。
【0151】
無修飾rFSHも脱シアリル化rFSHも、種々の塩を添加したとき同じ傾向に従う(ホフマイスター系列に従う安定化/不安定化作用から逸脱する)という事実から、この作用を引き起こすのは、rFSHそれ自体におけるシアル酸の存在ではないことがわかる。
【0152】
【表13】
【0153】
結論
保存剤を添加したときのrFSHで観測された不安定化作用(rFSH T
mの低下)
は、この分野における技術水準の認識とよく符合する。
【0154】
しかし、異なるアニオンの塩を添加したときのrFSH変性温度で観測されたホフマイスター系列からの逸脱は、予想外である。ホフマイスター系列に従って、(タンパク質溶解性および安定性に対する一般的効果に従って、塩をランク付けする)、硫酸イオンのようなコスモトロピックアニオンは、通常タンパク質を安定化し(T
mの上昇)、一方、過
塩素酸イオンのようなカオトロピックアニオンはタンパク質を不安定化する(T
mの低下
)。この研究では、同じカチオンを有する被検アニオンは全て、rFSH変性温度の同様な上昇を示す。ホフマイスター系列からの予測と全く正反対に、過塩素酸イオンの塩は、rFSH変性温度の最大の上昇を示す。
【0155】
言い換えれば、塩を添加したときに観測された安定化作用(すなわち、rFSH T
m
の上昇)は、被検アニオンとはまったく無関係である。ナトリウムおよびカリウムの塩は、特に大きな安定化作用を示す。特に、過塩素酸ナトリウムのrFSH溶液への添加によって、rFSH変性温度の大きな上昇が生じる。しかし、過塩素酸塩は、通常反応性が高
く、酸化剤であり、したがって医薬製剤の不活性成分として認可されない。
【0156】
塩の添加時にrFSHについて得られた予想外の安定化作用は、rFSHの糖部分にシアル酸が存在していることでは説明できない。脱シアリル化rFSHについてのrFSH変性温度の決定は、無修飾rFSHとしての塩の添加時のrFSHの安定化作用において同じ傾向を示す。
【0157】
(実施例3) rFSH溶液についてのリアルタイム安定性
研究の目的
この研究の目的は、種々の製剤中のrFSHのリアルタイム安定性が、実施例2で説明されたように、液体DSCによるrFSH変性温度の測定、また実施例1で説明されたように、CD分光法で測定された加熱時のrFSHの2次構造の変化で見られるのと同じ傾向に従うかどうかを確立することである。この研究では、いかにrFSHがその単量体に解離しやすいかについて測定して、rFSHの貯蔵中の構造安定性を決定する。
【0158】
rFSH 600IU/mlの製剤の、異なる2つの貯蔵温度で貯蔵した後の安定性を、長期にわたる5±3℃/周囲RHおよび促進30±2℃/65±5% RH条件で6〜12カ月研究した。全てのバイアルを倒立させて貯蔵した。対応する製剤を含有するが、rFSHを添加しないプラセボ対照を、活性rFSHについて説明したのと同じ条件下で貯蔵した。
【0159】
研究対象の製品
バッチ情報
rFSH原薬(バッチ番号08800060およびバッチ番号09800020)は、Bio−Technology General(BTG)、Israelで製造されたものである。
上記rFSHバッチの生物活性の決定は、ヨーロッパ薬局方に従って行った。
【0160】
材料
添加剤
この研究で使用される添加剤のリストを、表14に記載する。
【0161】
【表14】
【0162】
容器および施栓系
使用する主要なパッキング材料を、表15に記載する。
【0163】
【表15】
【0164】
rFSH原液および異なる製剤(rFSHおよびプラセボ)の組成を、表16、表17、および表18に記載する。いずれの安定化剤/等張化剤も含有しない製剤を除いて、安定化剤/等張化剤の濃度を調整して、等張液を生じる。
【0165】
【表16】
【0166】
【表17】
【0167】
【表18】
【0168】
製造手順
全ての溶液(表17および表18)は、Ferring Pharmaceuticals A/S(Copenhagen,Denmark)にて実験室スケールで製造する。製造手順を以下にまとめる。
【0169】
rFSHおよびプラセボ製剤の調製
全ての添加剤の原液を、ミリQ水中で調製する。
【0170】
プラセボ製剤の調製には、各添加剤の原液を混合して、表18に記載の濃度を得る。一定体積になるまで希釈する前に、各製剤のpHを必要なときには調整する。
【0171】
rFSH製剤の調製には、希釈溶液を各添加剤の原液から調製する。希釈溶液のpHを調整する。希釈溶液をrFSH原液(表16を参照のこと)と混合して、表17に記載の最終濃度を得る。
【0172】
無菌濾過および無菌充填
最終製剤は、0.22μmのPVDFフィルター(Millipore)を使用して無菌濾過される。オートクレーブ処理したガラス瓶に、Stericupフィルターを使用して、プラセボ製剤を無菌濾過する。オートクレーブ処理したガラスビーカーに、Sterivex−GVフィルターおよび20 mlの無菌ルアーロック注射器(Braun)を使用して、rFSH製剤を無菌濾過する。オートクレーブ処理したバイアルおよびゴム栓を使用して、バイアルの無菌濾過、充填および密封をLAFベンチ中で行う。充填する前後に、0.20μmのMillex−FG PFTEフィルター(Millipore)に通した窒素ガスで、バイアルを少なくとも6秒間パージする。バイアルに、バイアル1本あたり試料1.5mlを充填する。全てのバイアルに無菌充填し、直ちにゴム栓およびアルミノフリップオフキャップで閉じる。
【0173】
保存条件
rFSH 600IU/mlを含有する試料およびプラセボを、5±3℃/周囲RHで6〜18カ月貯蔵する。さらに、試料を30±2℃/65±5% RHの促進条件で6〜18カ月貯蔵する。各貯蔵温度において、バイアルを倒立させて貯蔵する。全てのバイアルを光から保護する。
【0174】
安定性プログラム
rFSH 600IU/mlおよびプラセボの安定性プログラムを、以下の表19に示す。
【0175】
【表19】
【0176】
分析方法
この研究で使用される分析方法を、以下に説明する。各試験の際に、rFSHのバイアル2本および対応するプラセボのバイアル1本を、各製剤について分析する。
【0177】
低分子量(LMW)形態
rFSHのLMW形態は、サイズ排除(SEC)カラムで定組成溶離を利用するLC−UVによって決まる。分析は、シリカベースのカラムを使用し、トリス緩衝液を移動相として、UV検出で行う。rFSHのLMW形態は、rFSHの主ピークの分子量より(後に)低い分子量で溶離するピークである。LMW形態は、全ピーク面積のピーク面積百分率として決定される。
【0178】
保存剤を含有する試料の場合、保存剤は、サイズ排除カラムに入る前に試料溶液から除去される。
【0179】
結果および考察
rFSHの貯蔵中の解離
rFSHは、非共有結合で結合している単量体が解離したとき、その生物活性を喪失するので、単量体解離によるrFSH活性の喪失を追跡する簡単明瞭な方式は、溶液状態でrFSH LMW形態の量を測定することである。この情報は、SECクロマトグラフィ
ーから回収することができ、rFSHの主ピーク後に溶離するLMW形態ピークは、解離したrFSHから生じることが知られている。
【0180】
【表20】
【0181】
【表21】
【0182】
表20でわかるように、保存剤が添加された場合と添加されていない場合の、異なる安定化剤を含有する新たに調製されたrFSH溶液は、同様の相対量の解離rFSH(LMW形態)を示す。SEC方法の定量下限値は3%であるので、この下限値未満では、製剤間の明確な区別を行うことができない。これは、初期の時点で観測されたLMW形態の差が、方法に起因する変動の限界の範囲内であるという意味である。
【0183】
スクロースとともにまたは安定化剤なしでフェノールを含有する試料では、30±2℃/65±5% RHで1カ月貯蔵した後すでに、解離rFSHの相対量が増加したが、硫酸ナトリウムまたは塩化ナトリウムを含有する試料では、解離rFSHの著しい増加が全く示されなかった(表20を参照のこと)。
【0184】
フェノールを含有するが、安定化剤が添加されていないrFSH試料には、30±2℃/65±5% RHで6カ月貯蔵した後、20%を超える解離rFSH(LMW形態)が含まれる。フェノールを含有し、スクロースを安定化剤として含むrFSH試料も、解離
rFSHの著しい増加を示す(10%を超える解離rFSH)が、フェノールを含有し、塩化ナトリウムまたは硫酸ナトリウムで安定化されている試料は、解離rFSHの微小の増加しか示さない(表20を参照のこと)。保存剤を全く含有しない試料は、貯蔵中の解離に対して最も安定である。しかし、非経口使用を目的とする複数回投与水性製剤には、保存剤の添加が必要とされ、したがってこの製剤は、単に比較として加えられているに過ぎない。
【0185】
5±3℃/周囲RHで6カ月貯蔵した後、被検rFSH製剤はどれも、解離rFSHの相対量の増加を示さない(表21を参照のこと)。しかし、市販のrFSH製品として成功するには、5℃で少なくとも24カ月貯蔵し、これに付随して室温で1カ月、好ましくは3〜4カ月貯蔵することが、必要とされる。
【0186】
rFSH変性温度、2次構造の変化、および解離度
この実施例の目的は、リアルタイム安定性研究データと、DSCによるrFSH変性温度決定と、CD分光法で決定されたrFSH2次構造データとの相関関係を決定することであったので、DSCデータの一部分(実施例2を参照のこと)およびCDデータの一部分(実施例1を参照のこと)を以下に示す。示したDSC結果に関する詳細は全て、実施例2に記載され、CDデータに関する詳細は、実施例1に記載されている。
【0187】
【表22】
【0188】
表22でわかるように、DSCで得られたrFSH変性温度は、30±2℃/65±5% RHで6カ月貯蔵した後のリアルタイム安定性データとよく相関し、SECで分析されたDSCとリアルタイム安定性の同様の相関関係が、組換え抗体および組換え糖タンパク質について以前に示された(例えば、Burtonら、(2007年)、Pharm,Dev.Technol.、12巻:265〜273頁およびRemmeleら、(1998年)、Pharm.Res.、15巻:200〜208頁を参照のこと)。保存剤が添加されることなく、硫酸ナトリウムで安定化されたrFSH溶液は、6カ月貯蔵した後に低いrFSH解離度しか示さず、保存剤を含有する溶液より著しく高い変性温度も示す。保存剤(フェノール)を含有する溶液では、塩化ナトリウムまたは硫酸ナトリウムの塩が添加されることによって、6カ月貯蔵した後に、スクロースを含有するまたは安定化剤を含有しない溶液より著しく低いrFSH解離度が得られることがさらにわかり得る。安定化剤が添加されていないrFSHの変性温度も、塩を含有する溶液のrFSH T
mよ
り著しく低い。しかし、表23からわかるように、フェノールが添加されるとともに、ス
クロースを含有する溶液のrFSH変性温度は決定されなかったが、保存剤が添加されていない溶液のrFSH T
mの測定は、30±2℃/65±5% RHで6カ月貯蔵した
後、リアルタイム安定性データと同じ傾向を示す(表22を参照のこと)。結論として、NaClおよびNa
2SO
4は、構造劣化に対して、スクロースより著しく良好な安定化剤である。これは、T
m測定(表23を参照のこと)とリアルタイム安定性データ(表22
を参照のこと)の両方によって明らかである。
【0189】
【表23】
【0190】
【表24】
【0191】
ベンジルアルコールを保存剤として含有する溶液のリアルタイム安定性データは、決定されなかった。しかし、DSCで決定したrFSH変性温度およびCD分光法で決定した、加熱したときのrFSH2次構造の変化を比較すると、同じ傾向が認められる(表24を参照のこと)。異なるタンパク質試料のrFSHの2次構造を決定した。24℃で決定した2次構造を天然構造とみなすことができる。ここで、ベンジルアルコール(0.17mg/ml)または硫酸ナトリウムを添加したとき、rFSH溶液についてrFSH2次構造の差を観測することはできない。しかし、溶液を76.5℃に加熱すると、rFSH2次構造の観測された喪失は、添加された添加剤によって変わる。保存剤(ベンジルアルコール)を添加すると、いずれの保存剤も含有しないrFSH溶液の場合より、rFSH2次構造の喪失が大きくなるが、塩(硫酸ナトリウム)を添加すると、塩が添加されていないrFSH溶液の場合より、rFSH2次構造の喪失が小さくなる。rFSHの規則正しい2次構造の喪失は、タンパク質の部分変性または完全変性として解釈することができる。
【0192】
(実施例4) hCGの示差走査熱量測定(DSC)データ
ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)は、hCG、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)、および甲状腺刺激ホルモン(TSH)に共通している、92個のアミノ酸αサブユニットと、hCGに特異的な145個のアミノ酸βサブユニットの2種類のグリコシル化単量体からなるヘテロ二量体タンパク質である。FSHおよびhCGを含む糖タンパク質ホルモンは全て、非共有結合で結合している単量体が解離したとき、ホルモンの生物活性を緩める。安定性分析の結果から、組換えFSH(rFSH)の不安定性は、主に二量体解離(4次構造の分解と、これに付随して免疫結合反応の低下)に基づ
くことが示唆された。
【0193】
この実施例の目的は、以前に観測された、DSCで決定され、上記の実施例1〜3に説明されているrFSH変性温度への種々の糖および塩の依存が、非常に類似したタンパク質hCGの場合にも観測されているかどうかを確立することである。さらに、この研究で決定されたhCGのDSC変性温度を、以前に公開されたリアルタイム安定性データと比較する(Samaritani,F.、1995年、hCG液体製剤。EP 0 814,841)。
【0194】
hCGの変性温度を、0.5mg/ml L−メチオニンおよび0.005mg/ml
ポリソルベート20を含有する1mM リン酸緩衝液中、0.1Mの種々のナトリウム塩またはスクロースの存在下および非存在下で検討した。スクロース、硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、および過塩素酸ナトリウムという異なる4種類の糖および塩を検討する。
【0195】
ヒト尿由来絨毛性ゴナドトロピン(hCG)
Massone S.A.(Argentina)のヒト尿から精製されたhCG原薬(バッチ番号2823287510)(7059IU/mg)を使用した。材料を、2〜8℃で冷蔵して貯蔵した。
【0196】
上記hCGバッチの生物活性の決定は、ヨーロッパ薬局方に従って行った。
【0197】
rFSHおよび別の材料を、実施例2〜3で記載されたように使用した。
【0198】
【表25】
【0199】
異なるhCG製剤の組成を表26に記載する。
【0200】
【表26】
【0201】
製造手順
全ての溶液(表26)は、Ferring Pharmaceuticals A/S,(Copenhagen,Denmark)にて実験室スケールで製造する。
【0202】
hCG製剤の調製
全ての添加剤の原液を、ミリQ水中で調製する。種々の添加剤を含むプラセボ溶液を原液から調製する。hCG原薬をプラセボ溶液に溶解して、表26に記載の濃度を得る。これらの製剤の安定性データは入手できなかったので、DSC分析を、新たに調製された試料について常に行う;試料調製から1時間以内。
【0203】
図4および表27でわかるように、hCGの変性温度T
mはrFSHのT
mより低い。さらに、変性過程のエンタルピー(すなわち、変性ピークのサイズ)は、rFSHよりhCGの方が著しく小さい。rFSH試料を100℃に加熱した後の変性過程がほぼ完全に非可逆的であるrFSHの場合と違って、hCGを100℃に加熱した後の変性過程は、より大部分が可逆的である(2)。
天然 ←→ アンフォールディングした → 非可逆的変性 (2)
【0204】
hCG変性過程は、DSC測定の時間枠の中で大部分が可逆的であるが、これはrFSHには当てはまらず、hCG中の2種類のサブユニットが、rFSH中より解離しにくい場合に当てはまることができる。サブユニットがhCG試料を加熱している間に解離しない場合、天然構造は、室温に冷却したとき、より容易に再び再形成することができる。100℃に加熱したときの転移のΔΗの大きさは、rFSHがhCGより著しく大きく、付随する走査(すなわち、試料を100℃に加熱し、25℃に冷却し、第2の走査を100℃まで行う)における転移のΔΗの大きさは、rFSHとhCGとで同じサイズ範囲にある。
【0205】
hCGおよびrFSH TMに対する糖または塩の添加の効果
タンパク質水溶液への塩の添加は、溶液状態のタンパク質の安定性に影響を及ぼし、したがってタンパク質変性温度に影響を与えるものと予想される。
【0206】
種々のナトリウム塩の、hCGおよびrFSH T
mに対する効果を測定するとき、か
なり驚くべきことに、ホフマイスター系列に従って予想される安定化/不安定化作用が、アニオンを変更すると観測されない。
図5、
図6、および表27を参照のこと。hCGの場合、硫酸ナトリウムと塩化ナトリウムの両方が、実際にタンパク質を不安定化し、rF
SHの場合、これらの塩はタンパク質を安定化する。hCGとrFSHの両方の場合、不安定化作用をタンパク質にもたらすと予想される過塩素酸ナトリウムは、全ての被検糖および塩の中で、実際に最もT
mを上昇させた。
【0207】
【表27】
【0208】
HCGおよびRFSH純度に対する糖または塩の添加の効果
貯蔵中のrFSHサブユニットの解離、rFSH純度
rFSHは、非共有結合で結合している単量体が解離したとき、その生物活性を失うので、単量体解離によるrFSH活性の喪失を追跡する簡単明瞭な方式は、溶液状態でrFSH LMW形態の量を測定することである。この情報は、SECクロマトグラフィーから回収することができ、rFSHの主ピーク後に溶離するLMW形態は、解離したrFSHから生じることが知られている。
【0209】
検討された製剤において、rFSH凝集塊など他のタンパク質に関連した化合物が認められる。したがって、rFSHタンパク質純度を下記のように算出することができる。
純度(%)=100%−LMW形態(%) (4)
【0210】
【表28】
【0211】
表28でわかるように、保存剤が添加された場合と添加されていない場合の、異なる糖または塩を含有する新たに調製されたrFSH溶液は、同様の純度、すなわち同様の相対量の解離rFSH(LMW形態)を示す。
【0212】
スクロースとともにまたは糖も塩もなしでフェノールを含有する試料では、30℃で1カ月貯蔵した後すでに、rFSH純度が低下するが、フェノールおよび硫酸ナトリウムまたは塩化ナトリウムを含有する試料ならびにフェノールが添加されていない試料では、rFSH純度の著しい低下は全く認められなかった(表28を参照のこと)。30℃で6カ月貯蔵した後、フェノールを含有するが、糖も塩も添加されていないrFSH試料では、rFSH純度が80%未満である。フェノールを含有し、スクロースを安定化剤として含むrFSH試料も、rFSH純度の著しい低下を示すが、フェノールを含有し、塩化ナトリウムまたは硫酸ナトリウムで安定化されている試料は、rFSH純度の微小の低下しか示さない(表28を参照のこと)。保存剤を全く含有していない試料は、貯蔵中の解離に対して最も安定である。すなわち、これらは、最高の純度を示す。しかし、非経口使用のための複数回投与水性製剤には、保存剤の添加が必要である。
【0213】
貯蔵中のhCG純度
貯蔵時のhCG純度の変化に関する以前に公表されたデータを使用して、上記に示されたrFSH安定性データと比較する(Samaritani、前掲)。50℃で1カ月貯蔵した後すでに、hCG純度は著しく低下する。これについては、塩化ナトリウムを含有する試料が、スクロースを含有する試料より著しく低下している(表29を参照のこと)。50℃で6カ月貯蔵した後、塩化ナトリウムを含有する試料のhCG純度は、スクロースを含有する試料のhCG純度より10%を超えるほど低い。
【0214】
【表29】
【0215】
hCGおよびrFSHのT
Mおよび純度の比較
表30でわかるように、DSCで得られたrFSHおよびhCGの変性温度は、リアルタイム安定性データから得られたrFSHおよびhCGの純度とよく相関する。DSCと、SECで分析されたリアルタイム安定性との同様の相関関係は、組換え抗体および組換え糖タンパク質について以前に示された。
【0216】
rFSHのリアルタイム安定性データを30℃で決定する。rFSH製品は、長期冷蔵貯蔵のためのものなので、促進安定性研究には、25〜30℃が好適な範囲である。hCGのリアルタイム安定性データは、50℃で最高12週間まで貯蔵、25℃および40℃で11週間貯蔵、ならびに50℃.5で6週間貯蔵しか利用できない。40℃以下の温度では、スクロースおよび塩化ナトリウムを含む両製剤について、hCG純度の低下が貯蔵中6%未満であり、したがって11〜12週間貯蔵後にすでに、種々の糖および塩の効果間で区別することは困難である。50℃より低い温度で観測された傾向は、50℃の場合と同じであるが、50℃においてのみ、様々な製剤を明確に区別することができる。
【0217】
【表30】
【0218】
結論
高温で貯蔵した後のhCGおよびrFSHの変性温度ならびにhCGおよびrFSHの純度による種々の溶液中におけるhCGおよびrFSHの安定性の研究から、溶液状態でのhCGおよびrFSH安定性に及ぼす異なる糖および塩の影響についての明確な証拠が得られる。使用される2つの技法は液体DSCおよびSECクロマトグラフィーであり、両者は一致した結果を示す。これらの結果は、本リアルタイム安定性データで明らかに確認された。
【0219】
rFSH2次構造の変化(CD分光法−実施例1)、rFSH変性温度(DSCによる3次および4次構造の変化−実施例2)、または30±2℃/65±5% RHで貯蔵した後に形成された解離rFSHの相対量(SECによる4次構造の変化−実施例3)による種々の溶液中におけるrFSH安定性の研究から、溶液状態でのrFSHの安定性に及ぼす保存剤および安定化剤の影響についての明確な証拠が得られる。使用される3つの技法は、CD、DSCおよびSECクロマトグラフィーであり、それらは全て一致した結果を示す。
【0220】
実施例1〜3の全ての結果の結論としては、保存剤、フェノールまたはベンジルアルコールの添加は、溶液状態でのrFSHの安定性を低下させることが明らかにわかる。m−クレゾールおよびクロロクレゾールのような他のフェノール系保存剤は、同様な不安定化作用をもたらすと予想される。保存剤を添加したときのrFSHで観測された不安定化作用は、この分野における技術水準の認識とよく符合する。
【0221】
薬剤的に許容されるアルカリ金属Na
+塩またはK
+塩をrFSH溶液に添加すると、rFSHに対する保存剤の不安定化作用が相殺され、最も有利なことには、保存剤も塩も含有していないrFSH溶液に比べて、溶液状態でのrFSHの安定性が向上する。全ての被検ナトリウム塩およびカリウム塩は、使用するアニオンとは無関係にrFSHの安定性を向上させる。例えば、硫酸イオン、塩化物イオンおよび過塩素酸イオンのような無機アニオン、ならびにまたクエン酸イオン、酢酸イオンおよび酒石酸イオンのような有機アニオン。塩のカチオンを変更すると、rFSHの安定化度に大きな影響がもたらされる。1価のカチオン、特にナトリウムまたはカリウムのカチオンとの塩は、rFSHに対して著しい安定化作用をもたらす。過塩素酸ナトリウムをrFSH溶液に添加すると、最も安定
なrFSH溶液が生成する。しかし、過塩素酸塩は、通常反応性が高く、酸化剤であり、したがって医薬製剤の不活性成分として認可されない。したがって、硫酸ナトリウムもしくは硫酸カリウムおよび塩化ナトリウムまたは塩化カリウムが、最も好ましい安定化剤である。
【0222】
スクロースをhCGまたはrFSH溶液に添加すると、hCGとrFSHの両方で、タンパク質安定性がわずかに向上するが、塩化ナトリウムを添加すると、hCGには不安定化作用が、rFSHには安定化作用がもたらさせる(実施例4を参照のこと)。過塩素酸ナトリウムをhCGおよびrFSH溶液に添加すると、hCGとrFSHの両方に安定化作用がもたらされる(実施例4)。rFSH溶液に対するこれらの塩の安定化作用は、驚くべきことに、スクロースで観測される安定化作用より明らかに良好である。
【0223】
これらの結果の結論は、以下である:
1)研究条件下で、hCGおよびrFSH安定性に対する塩の効果は、ホフマイスター系列に従わない;
2)hCGおよびFSHは構造的に非常に類似している(すなわち、これらは、同じクラスのタンパク質に属し、両方ともグリコシル化されており、ともに2種類のサブユニットから、そのαサブユニットは、2つのタンパク質において同一である)ということにもかかわらず、スクロースおよび塩化ナトリウムのような種々の糖および塩の、タンパク質安定性に対する効果は、hCGとrFSHとで異なる。非常に驚くべきことに、hCGおよびrFSHのような非常に類似したタンパク質について、塩は同じ安定化作用を示さない。
3)Na
+塩およびK
+塩は、FSH溶液に対する安定化作用を、使用するアニオンとは無関係に示す。
4)FSH溶液に対するNa
+塩およびK
+塩の安定化作用は、保存剤の不安定化作用を弱めることができる。
【0224】
略語および定義
本文および実施例全体を通して、以下の略語および定義を使用する。
ΔT
m 保存剤または塩を添加したときの変性温度の変化、さらにT
mを参照のこと
ARTs 生殖補助医療(assisted reproductive technologies)
BA ベンジルアルコール
BTG Bio−Technology General
CD 円偏光二色性
CHO チャイニーズハムスター卵巣
CoA 分析証明書
DNA デオキシリボ核酸
DSC 示差走査熱量測定
FSD 女性性機能不全
FSH 卵胞刺激ホルモン
hCG ヒト絨毛性ゴナドトロピン
IU 国際単位
ヨーロッパ薬局方および米国薬局方に準拠したSteelman− Pohley Bioassayで決定したrFSHバイオ活性の尺度
IUI 子宮腔内授精
LC−UV 紫外検出を用いた液体クロマトグラフィー
LH 黄体形成ホルモン
LMW 主にまたは単独に解離単量体タンパク質からなる低分子量の形態
OI 排卵誘発
p.a.Pro Analysis
Ph.Eur.ヨーロッパ薬局方
RH 相対湿度
rFSH 組換えヒト卵胞刺激ホルモン
SEC サイズ排除クロマトグラフィー
SRCD シンクロトロン放射光円偏光二色性
T
m熱転移の中点または転移中点または変性温度
タンパク質分子の半分がフォールディングし、タンパク質分子の半分がアンフォールディングしているときの温度。
TRIS 2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−プロパン−1,3−ジオール
TSH 甲状腺刺激ホルモン
USP 米国薬局方
UV 紫外線