特許第6524213号(P6524213)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6524213芳香族塩素化合物分解剤およびこれを用いた芳香族塩素化合物の分解方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6524213
(24)【登録日】2019年5月10日
(45)【発行日】2019年6月5日
(54)【発明の名称】芳香族塩素化合物分解剤およびこれを用いた芳香族塩素化合物の分解方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20190527BHJP
   A62D 3/02 20070101ALI20190527BHJP
   B09C 1/10 20060101ALI20190527BHJP
【FI】
   C12N1/20 FZNA
   C12N1/20 D
   C12N1/20 A
   A62D3/02ZAB
   B09B3/00 E
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-507125(P2017-507125)
(86)(22)【出願日】2015年3月20日
(86)【国際出願番号】JP2015058396
(87)【国際公開番号】WO2016151656
(87)【国際公開日】20160929
【審査請求日】2018年2月19日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-01984
(73)【特許権者】
【識別番号】517257504
【氏名又は名称】株式会社大地クリア
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】特許業務法人 小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山入端 豊
(72)【発明者】
【氏名】照屋 正明
(72)【発明者】
【氏名】並里 和行
(72)【発明者】
【氏名】古家 克彦
(72)【発明者】
【氏名】新垣 匠作
(72)【発明者】
【氏名】照屋 正悟
(72)【発明者】
【氏名】吉川 大介
(72)【発明者】
【氏名】田邊 俊朗
【審査官】 吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第01/034315(WO,A1)
【文献】 特開2010−200707(JP,A)
【文献】 特開2008−301706(JP,A)
【文献】 特開2009−189299(JP,A)
【文献】 特開2012−055204(JP,A)
【文献】 R.C. BONUGLI-SANTOS, et al,The Production of Ligninolytic Enzymes by Marine-Derived Basidiomycetes and Their Biotechnological P,Water Air Soil Pollut,2012年,Vo.223,p.2333-2345
【文献】 K.PANDIYAN, et al,Comparative efficiency of different pretreatment methods on enzymatic digestibility of Parthenium sp,World J Microbiol Biotechnol,2014年,Vol.30,p.55-64
【文献】 H.Suhara, et al.,Biodegradation,2011年,Vol.22,p.1075-1086
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マラスミエルス・パルミボラス(Marasmiellus palmivorus)sate2株(NITE BP−01984)を含むことを特徴とする芳香族塩素化合物分解剤。
【請求項2】
更に、広葉樹木粉と、小麦ふすまとを含むものである請求項1記載の芳香族塩素化合物分解剤。
【請求項3】
更に、米糠を含むものである請求項1または2記載の芳香族塩素化合物分解剤。
【請求項4】
芳香族塩素化合物がダイオキシンである請求項1記載の芳香族塩素化合物分解剤。
【請求項5】
芳香族塩素化合物にマラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)を接触させることを特徴とする芳香族塩素化合物の分解方法。
【請求項6】
芳香族塩素化合物がダイオキシンである請求項記載の芳香族塩素化合物の分解方法。
【請求項7】
芳香族塩素化合物が土壌にあり、マラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)を土壌に添加して芳香族塩素化合物に接触させた後、土壌を撹拌および/またはエアレーションする請求項記載の芳香族塩素化合物の分解方法。
【請求項8】
マラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)を含むスターターを、広葉樹木粉および小麦ふすまを含む培地に接種し、LED照射下で培養することを特徴とするマラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)の培養方法。
【請求項9】
LED照射の条件が、波長470nmの青色光を580〜600Luxで照射するものである請求項記載のマラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)の培養方法。
【請求項10】
更に、培地が米糠を含むものである請求項記載のマラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)の培養方法。
【請求項11】
マラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族塩素化合物分解剤およびこれを用いた芳香族塩素化合物の分解方法、これに利用する微生物の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、沖縄をはじめ日本では、過去に廃棄・埋設されたダイオキシン類による土壌汚染への懸念が高まっている。
【0003】
ダイオキシンは塩素で置換された2つのベンゼン環を含む化合物であり、発ガン性、遺伝毒性、生殖毒性などを有し、かつ脂溶性であるため、生物濃縮による生態系・人体への影響が懸念されている。
【0004】
また、ダイオキシンと類似した構造を有するポリ塩化ビフェニル(PCB)に関しても、絶縁性、不燃性などの特性によりトランス、コンデンサといった電気機器をはじめ幅広い用途に使用されていたが、毒性が問題視され、昭和47年以降の製造が中止された。しかし、既に製造されたPCBの処理に関しては、十分な処理が行われず現在も保管が続いており、保管の長期化により紛失や漏洩による環境汚染の進行が懸念されている。
【0005】
これらダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物については、近年白色腐朽菌が分解することが報告されている(非特許文献1、2)が、これら白色腐朽菌の分解能は十分ではなく、更に分解能の高い技術が要求されていた。また、そもそも一般的な白色腐朽菌は、いわゆるキノコが生えるような、涼しく、多湿の環境を好むため、様々な環境の土壌に対して適用できるものでもなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】橘燦郎、木材腐朽菌を用いたバイオレメディエーションによるダイオキシンおよび環境ホルモン汚染土壌の浄化、地球環境、Vol.15、No.1、 p.63-68(2010)
【非特許文献2】環境省、ダイオキシン類、関係省庁共通パンフレット(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物を安全、かつ、迅速に分解し、様々な環境の土壌にも対応可能な新規な手段を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、白色腐朽菌、特に沖縄のような高温多湿の環境に生育している白色腐朽菌の中からダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物を安全、かつ、迅速に分解し、様々な環境の土壌にも対応可能なものを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明はマラスミエルス・パルミボラス(Marasmiellus palmivorus)を含むことを特徴とする芳香族塩素化合物分解剤である。
【0010】
また、本発明は芳香族塩素化合物にマラスミエルス・パルミボラスを接触させることを特徴とする芳香族塩素化合物の分解方法である。
【0011】
更に、本発明はマラスミエルス・パルミボラスを含むスターターを、広葉樹木粉および小麦ふすまを含む培地に接種し、LED照射下で培養することを特徴とするマラスミエルス・パルミボラスの培養方法である。
【0012】
また更に、本発明はマラスミエルス・パルミボラスsate2株(NITE BP−01984)である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤は、ダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物の分解能が高く、また、様々な環境の土壌にも対応可能で、安全なマラスミエルス・パルミボラスを有効成分としているため、安全、かつ、迅速にダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物を分解することができる。
【0014】
また、本発明の芳香族塩素化合物分解剤は、特に、土壌に散布し、土壌中に残留したダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物を分解させ、土壌を浄化するのに好ましい。
【0015】
更に、本発明のマラスミエルス・パルミボラスの培養方法は、上記芳香族塩素化合物分解剤の原料となるマラスミエルス・パルミボラスを、短期間で大量に培養できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例1におけるバーベンダム反応培地(α−ナフトールを添加した培地)およびRBBR培地で25℃、5日間培養し現れた分解斑の直径を測定した結果を示す。
図2】実施例1における酸化酵素活性を測定した結果を示す。
図3】実施例1におけるダイオキシン類を含む飛灰を混合した模擬汚染土壌に菌体を添加し25℃、4週間浄化処理した結果を示す。
図4】実施例1で用いたダイオキシン分解能測定用の培養装置の模式図である。
図5】実施例2における、撹拌とエアレーションによるダイオキシン分解効率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤は、白色腐朽菌であるマラスミエルス・パルミボラス(Marasmiellus palmivorus)を有効成分とするものである。このマラスミエルス・パルミボラスは、日本各地で自生しているので、そこから探索・採取し単離・培養することで得ることができるし、ATCCやNBRC等の寄託機関から購入することもできる。
【0018】
このマラスミエルス・パルミボラスは、芳香族塩素化合物を分解することができる。マラスミエルス・パルミボラスが分解できる芳香族塩素化合物としては、例えば、2,3,7,8−TCDDのようなPCDDsや、2,3,4,7,8−PeCDFのようなPCDFs等のダイオキシン、PCB126等のPCB等が挙げられ、好ましくはダイオキシンである。
【0019】
これらマラスミエルス・パルミボラスの中でも芳香族塩素化合物の分解能が高いもの、例えば、芳香族塩素化合物で汚染された土壌(1pg〜1μg−TEQ/g)中の芳香族塩素化合物を4週間で10%以上分解するものが好ましい。
【0020】
上記マラスミエルス・パルミボラスの中でも、高温多湿な環境に適応しているものや、芳香族塩素化合物の分解能が高いものが好ましく、このようなものは、例えば、沖縄本島北部のような高温多湿な環境に自生しているものをバーベンダム反応による呈色斑形成能やレマゾールブリリアントブルー分解斑形成能を評価するスクリーニングにより得ることができる。
【0021】
上記スクリーニングにより得られたマラスミエルス・パルミボラスとしては、例えば、日本国沖縄県国頭郡国頭村佐手の山中倒木から採取されたマラスミエルス・パルミボラスsate2(Marasmiellus palmivorus sate2)株(以下、これを「佐手2株」という)が挙げられる。この佐手2株については、平成26年12月19日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構の特許微生物寄託センター(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)にNITE BP−01984として国際寄託されている。
【0022】
この佐手2株の物理化学的性状は以下の通りである。
形態:
白色の糸状菌体。
担子菌の生活環における二核を有する二次菌糸。
顕微鏡観察では細胞と細胞の接合部にクランプ構造が見られる。
生理学的性質:
PSA(Potato Sucrose Agar)培地やPDA(Potato dextrose agar)培地でよく増殖する。一般的な白色腐朽菌は25℃が生育に最適な温度であるが、佐手2株は亜熱帯の沖縄で見出されたため、30〜35℃と従来のものよりも高温環境下でも良好に生育できる。
バーベンダム反応培地でα−ナフトールを添加している場合、培地側に深い青紫色の呈色反応がみられることからフェノールオキシダーゼ類(リグニン分解酵素群のいずれか)を分泌していると考えられる。活性測定の結果、特にラッカーゼの分泌が優勢であり、一般的な食用白色腐朽菌であるタモギタケに比較すると約70倍のラッカーゼ活性が検出された。
25±10℃、相対湿度70〜90%で生育できる。
糖類の利用性:
グルコースやスクロースおよびデンプンを容易に利用するが、木材中のセルロースも利用し増殖できる。
芳香族塩素化合物の分解能:
芳香族塩素化合物で汚染された土壌(1pg〜1μg−TEQ/g)2tに、佐手2株を6〜30kg含む木粉培地を混入すると4週間で芳香族塩素化合物の毒性当量を10%以上低減できる。
【0023】
上記マラスミエルス・パルミボラスは、通常、PSAまたはPDA培地等の培地で25℃、相対湿度75〜80%で静置することにより培養することができるが、例えば、マラスミエルス・パルミボラスを含むスターターを、広葉樹木粉および小麦ふすまを含む培地に接種し、LED照射下で培養することにより効率よく培養することができる。
【0024】
上記培養で用いるマラスミエルス・パルミボラスを含むスターターは、広葉樹木粉96g〜156gおよび小麦ふすま17〜32g、水40〜70mLを含む培地に、PSA培地に生育した菌体を直径6〜8mmコルクボーラーで培地ごと打ち抜いた切片を6〜8片接種して25±10℃、相対湿度70〜90%に2〜3週間保つことで調製することができる。
【0025】
上記のようにして調製したスターターは、次に、広葉樹木粉6〜10kgおよび小麦ふすま2〜3kg、水2〜4Lを含む培地上に広げて接種する。広葉樹木粉は、特に限定されず、例えば、タイワンハンノキやクヌギ、ブナ等の広葉樹の木粉が挙げられる。これらの木粉は、前記広葉樹を粉砕したものであれば特に限定されないが、例えば、5mm〜1cm以下に粉砕したものが好ましい。また、小麦ふすまは、特に限定されず、製粉時に小麦の表皮部分を粉砕したものが好ましい。
【0026】
この培地には、更に、15%〜25%の米糠を含有させることが好ましい。この米糠は、特に限定されず、米の表皮部分を粉砕したものである。上記成分の他に、更に、15〜20%の稲わら等の成分を含有させてもよい。
【0027】
上記のようにしてスターターを広葉樹木粉および小麦ふすまを含む培地に接種した後は、LED照射下、好ましくは波長400〜500nmの青色光、より好ましくは波長470nm付近の青色光を、500〜700Luxより好ましくは580から600Lux(約1500μW)で照射下、25±10℃、相対湿度70〜90%に2〜3週間培養すればよい。
【0028】
このようにしてマラスミエルス・パルミボラスを培養することにより、通常の培養と比較して、菌糸の成長速度が1.5〜2倍となる。
【0029】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤は、少なくとも上記したマラスミエルス・パルミボラスを含有していればよいが、例えば、上記した培地に用いられるような広葉樹木粉、小麦ふすまを更に含有させることが好ましい。
【0030】
また、本発明の芳香族塩素化合物分解剤には、更に、米糠を含有させることが好ましい。
【0031】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤には、上記成分の他に、稲わら等の成分を含有させてもよい。
【0032】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤の好ましい態様としては、重量比で広葉樹木粉3〜5、小麦ふすま1〜2、水1〜2の混合物にマラスミエルス・パルミボラスが十分に菌糸を生育させ真っ白に見える状態のもの、あるいは、重量比で広葉樹木粉3〜6、小麦ふすま1〜2、水1〜2必要により米糠1〜2を含有する混合物にマラスミエルス・パルミボラスが十分に菌糸を生育させ真っ白に見える状態のもの等が挙げられる。
【0033】
上記したマラスミエルス・パルミボラスは、芳香族塩素化合物に接触させることにより芳香族塩素化合物を分解することができる。
【0034】
マラスミエルス・パルミボラスを芳香族塩素化合物に接触させる方法は特に限定されないが、例えば、芳香族塩素化合物で汚染された土壌等にマラスミエルス・パルミボラスを生育させたり、芳香族塩素化合物をマラスミエルス・パルミボラスが生育している土壌等に添加する方法や、その他マラスミエルス・パルミボラスを固定化したバイオリアクター等の装置を利用して接触させても良い。また、マラスミエルス・パルミボラスを芳香族塩素化合物に接触させる際には、本発明の芳香族塩素化合物分解剤を利用してもよい。
【0035】
マラスミエルス・パルミボラスを芳香族塩素化合物に接触させる方法の好ましい例としては、芳香族塩素化合物で汚染された土壌に、マラスミエルス・パルミボラスを添加し、土壌を撹拌および/またはエアレーションする方法が挙げられる。これらの中でも相対湿度75%以上の湿った空気でエアレーションを行う方法がマラスミエルス・パルミボラスの分解能が向上するためより好ましい。
【0036】
マラスミエルス・パルミボラスを土壌に添加する量は特に限定されず、例えば、土壌2tに対してマラスミエルス・パルミボラスを6〜60kgである。
【0037】
また、土壌を撹拌する方法は特に限定されず、例えば、バックホウや農業用トラクターである。更に、土壌をエアレーションする方法も特に限定されず、例えば、ポンプでの圧送や、その逆の吸引通気がある。
【0038】
このようにマラスミエルス・パルミボラスを土壌に添加し、芳香族塩素化合物で汚染された土壌(1pg〜1μg−TEQ/g)を撹拌および/またはエアレーションし、4週間以上稼働することにより、土壌中の芳香族塩素化合物を10%以上分解することができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0040】
実 施 例 1
ダイオキシン分解能を有する微生物のスクリーニング:
(1)子実体の採取
リグニン分解能を有する白色腐朽菌の単離を目的として、沖縄本島および離島合わせて23島から各島内偏りなく探索し、子実体を1946個採取した。採集した子実体は直ちに使用するまで4℃で保存した。
【0041】
(2)子実体の分離・単離
(1)で採取した子実体をメスで5mm角から1cm角の大きさに切断し、PDA(potato dextrose agar)プレート培地に植菌した。これを25℃、相対湿度75%で3日〜1週間培養した。その後、伸長した菌糸を培地ごとメスで1cm角に分離し、新たなPDA培地に植え替え、同様の条件で培養した。目視で細菌やカビなどのコンタミネーションが無い場合に単離できたとみなし、それを保存した。これにより536株が単離できた。
【0042】
(3)リグニン分解活性の測定
(2)で単離した菌株の中から白色腐朽菌を選別するため、文献(Chroma, L., Demnerova, K., Mackova, M., Macek, T.,Decolorization of RBBR by plant cells and correlation with the transformation of PCBs,Chemosphere, Vol. 49, p.739-748(2002))に記載のバーベンダム反応を用いて、菌体のリグニン分解活性を測定した。バーベンダム反応の観察のために、基本培地(2%グルコース、0.15%リン酸二水素カリウム、0.1%ポリペプトン、0.05%硫酸マグネシウム7水和物、0.001%硫酸鉄、3%組織培養用寒天)を調製した。基本培地にα−ナフトール50mMとなるよう添加した。同時に、PCB分解能の測定も行った。PCB分解能の測定には、PDA培地にレマゾールブリリアントブルーR(以下、「RBBR」という)を最終濃度50mMとなるよう添加した。
【0043】
上記2種類の培地に、単離した菌体をそれぞれ直径6mmのコルクボーラーで打ち抜いて培地ごと植菌した。そして25℃、相対湿度75%で5日間培養し、分解斑の直径を測定した。また対照として、難分解性物質を分解できることでも知られているセリポリオプシス・サブバーミスポラ(Ceriporiopsis subvermispora)ATCC90467株(以下、これを「対照株」という)を使用した。なお、対照株はアメリカンタイプカルチャーコレクションより購入した。
【0044】
培養5日後の分解斑が大きいものほどリグニン分解活性が高い株とし、その結果上位7株まで絞り込んだ。この上位7株と標準株について、5日後における分解斑の直径を比較した結果を図1に示した。α−ナフトール培地においては、7株すべてが対照株よりも分解斑が大きくなった。
【0045】
バーベンダム反応によって上位7株に絞った有望株については、RBBRを用いたPCB分解能の測定も行った。こちらもバーベンダム反応と同様に、5日後における分解斑の直径を対照株と比較した。上記と同様に、図1に示した。RBBRの培地では、RBBRの分解斑が確認できた有望株4株全てに対照株よりも大きな分解斑を確認することができた。特に佐手2株については、対照株よりも6倍以上の分解活性をもつことがわかった。
【0046】
(4)酸化酵素活性の測定
ダイオキシン類分解に有効に作用していると考えられる佐手2株の酸化酵素産生について検討した。広葉樹木粉および小麦ふすまを含む培地5gに接種し25℃、相対湿度75%で4週間静置培養を行った。培地中に分泌されている酵素群を、10mLの0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.5)で抽出した。4週間腐朽後の培地を緩衝液に懸濁し脱気を行い1時間放置した。ろ過と遠心分離で得た上清についてマンガン依存性ペルオキシダーゼ(MnP)、リグニンペルオキシダーゼ(LiP)、ラッカーゼ(Lac)の酵素活性を測定した。MnP 活性は、森永の方法に従いグアイアコールを基質とし波長475nmの1分間の吸光度変化を測定した。LiP活性は、渡邊らの方法に従ってベラトリルアルコールを基質として波長310nmの1分間の吸光度変化を測定した。Lac活性は Wangらの方法に従って(10,2,2−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸アンモニウム塩)(ABTS)の酸化を波長405nmの1分間の吸光度変化を測定した。
【0047】
これらの活性は、0.1Mコハク酸緩衝液(pH4.5)中で測定し、酵素活性の1unitは、1分間に吸光度を1増加させる酵素量と定義した。佐手2株は特にラッカーゼを分泌・産生することが明らかになった。比較対照として、比較的生育が速くラッカーゼを産生することがわかっているタモギタケを同様に4週間培養した場合の酵素活性を測定した。タモギタケ腐朽材抽出液が0.1units/mLのラッカーゼ活性を示したのに対し、佐手2株腐朽材抽出液は7.4units/mLのラッカーゼ活性を示した(図2)。佐手2株は一般的な食用白色腐朽菌よりも約70倍も強くラッカーゼを分泌することが明らかになった。
【0048】
(5)ダイオキシン分解能の測定
ダイキシン分解能の測定では、環境分析試験用として提供された焼却飛灰を赤土と混合した模擬汚染土壌を調製し、これに以下のように処理した単離株菌体を加えて、模擬汚染土壌中のダイオキシンに相当する毒性等量の減少を測定した。単離株菌体は、まず、単離株を直径6mmのコルクボーラーで培地ごと打ち抜き、4片を木材チップ培地(ブナ材チップ96g、小麦ふすま32g、水19mlを混合後、121℃、20分間でオートクレーブ滅菌した)に植菌し、25℃、相対湿度75%で1週間培養した。次に、木材チップ培地で培養した菌体を培地ごと10g秤量後、模擬汚染土壌(赤土100g、焼却飛灰2.5g)に混合し4週間培養し、1日に1回容器ごと培地を振って撹拌した。バーベンダム反応で絞り込んだ上位7株のうち、佐手2株が最もダイオキシン毒性当量が減少していたため、佐手2株を最優秀株とした(図3)。
【0049】
更に、ダイオキシン分解効率を高めるため、培養条件の最適化を図った。一般に白色腐朽菌は好気性で多湿を好むため、湿った空気を土に通気(エアレーション)できるような培養装置を組み立てた(図4)。これは模擬汚染土壌と菌体を入れる培養容器と、これに導入する空気の湿度を調整するための水のバブリング装置から成り、更に、焼却飛灰成分が空気中へ拡散することを防ぐため、排気の前段に活性炭槽を設置している。上記の間欠撹拌培養と同様の割合で佐手2株菌体と模擬汚染土を混合し培養した。未処理区と対照株および佐手2株で5個ずつ装置を組み、それぞれ2週間毎に1個を回収し残存する毒性当量の経時変化を分析した。10週間後の毒性当量で分解効率を評価した(図5)。
【0050】
(6)安全性試験
マウス(ブリーダー:日本SLC株式会社、系統:ICR、性別:メス、年齢:8週齢、SPF動物)を用いて、実際に単離株を土壌浄化に活用した際の哺乳類に対する影響を確認した。各菌体破砕液の調製の為に、単離株を100mlのYM液体培地(0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス、1%グルコース、0.5%ペプトン)で1週間、25℃、130rpmで振とう培養した。培養後、吸引ろ過(フィルターポアサイズ:0.22μm)によって菌体のみを回収し、マルチビーズショッカー多検体細胞破砕機(安井器械株式会社)を用いて20℃、3,000rpm、10secに設定し菌体を破砕した。マウスは対照区1匹を含めた9匹を用いて菌体投与当日に1個体ずつ体重測定を行い、体重測定から3時間絶食を行った。マウス1個体あたり300mg/kgの菌体破砕液をゾンデで経口投与し、OECD毒性試験ガイドライン420急性経口毒性試験−固定用量法のガイドラインに従い投与後の30分間、観察を続けた。また、投与1時間後、2時間後、24時間後および1日1回の経過観察と3日ごとに1回体重測定を行い急性毒性・目視によるマウスの異常行動・体重の著しい増減を調査した。また、パールダニオを用いて、単離株の魚類に対する影響も確認した。各菌体破砕液は上記と同様のものを使用した。パールダニオは、7Lの水中に10匹ずつ飼育し、菌体破砕液を最終濃度100mg/Lとなるよう水中に添加した。3時間後、6時間後、24時間後、36時間後、48時間後、72時間後、96時間後にそれぞれ観察し、菌体に急性毒性が無いか調査した。有望株7株について、パールダニオおよびマウスにおける安全性試験を実施した結果を表1に示した。
【0051】
【表1】
【0052】
その結果、パールダニオおよびマウスについては、有望株全てにおいて急性毒性は見られなかった。また、その後の経過観察においても、全ての有望株で異常は確認されなかった。
【0053】
(7)菌株の選抜およびその同定
以上の結果より、安全、かつ、芳香族塩素化合物の分解能の高いものとして、佐手2株を選抜した。この佐手2株のDNAの解析を以下の方法で行い、菌種を同定した。
【0054】
まず、佐手2株の液体培養で得た菌体を液体窒素で凍結後、乳鉢で磨り潰して細胞を破砕した。この菌体破砕物からNucleoSpin gDNA Clean−up TM(タカラバイオ)で抽出したゲノムDNAを鋳型として用い、PCR法によりリボソーム遺伝子中の5.8Sを含むITS1とITS2領域を増幅した。PCRは、0.5unitsのTaKaRa LA TaqTM(タカラバイオ)、0.2mMの各dNTP、2μlの10×PCR GC BufferIおよび1μMの各プライマーを含む20μlの溶液中で行った。サーマルサイクラーはPTC1196型(BIO−RAD)を使用し、94℃で1分間熱変性した後、94℃30秒(変性)、45℃30秒(アニーリング)、72℃2分(伸長)を30回繰り返し、最後に72℃で10分間伸長反応を行った。PCR産物はTaKaRa SUPRECTM−PCR(タカラバイオ)により、残留しているプライマーおよびdNTPsを除去、ダイレクトシーケンスのテンプレートに使用した。シーケンス反応はDTCS Quick Start Master Mix(BECKMAN COULTER)で行い、DNAシーケンサー遺伝子解析システムCEQ8800(BECKMAN COULTER)で塩基配列解析した。
【0055】
なお、今回使用したITS領域プライマーは、真菌類の中でも特に担子菌のrRNA遺伝子に最適化されたITS1(5’−TCCGTAGGTGAACCTGCGG−3’)(配列番号2)とITS4(5’−TCCTCCGCTTATTGATATGC−3’)(配列番号3)である。上記で得られた佐手2株の塩基配列データ(配列番号1)をもとに、日本DNAバンク(http://www.ddbj.nig.ac.jp/Welcome-j.html)の相同性検索サービス(BLAST system、NCBI-BLAST 2.2.18)でAltschulらのアルゴリズムによる相同性検索を行った。
【0056】
その結果、佐手2株は、マラスミエルス・パルミボラス isolate Bangi3など10種以上のマラスミエルス・パルミボラスに99%の高い相同性を示した。そこで、佐手2株は、マラスミエルス・パルミボラスと同定された。
【0057】
実 施 例 2
佐手2株の培養:
佐手2株をPSA培地に生育させ、これを直径6mmコルクボーラーで培地ごと打ち抜き切片を得た。これをブナ木粉(5mm以下に裁断されたもの)96gおよび小麦ふすま32g、水70mLを含む培地に6〜8片接種して、25℃、相対湿度75%に2週間保つことでスターターを調製した。
【0058】
このスターターを、ブナ木粉6kgおよび小麦ふすま2kg、水4Lを含む培地上に広げて接種し、LED(波長470nm付近の青色光:580から600Lux(約1500μW))照射下、25℃、相対湿度75%で2週間培養した。
【0059】
培養後は、佐手2株の菌糸が十分に生育し、培地が真っ白になるほどであった。このLED照射下の培養により佐手2株の菌糸の成長速度は、これを照射しない通常の培養と比較して、1.5〜2倍となった。
【0060】
また、このスターターをブナ木粉6kgおよび小麦ふすま2kg、水4Lを含む培地上に広げて接種し、35℃に管理された温室にLED照射はないが日照はある状態で放置したところ3週間で培地が真っ白になるほど良好に生育した。
【0061】
更にこの菌糸体が蔓延した培地60kg〜70kgを2〜3tの土に混合し、LED(波長470nm付近の青色光:580から600Lux(約1500μW))照射下、もしくはLED照射無しで放置したところ、1ヶ月後以上経ても土中から佐手2株の存在が検出された。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の芳香族塩素化合物分解剤は、ダイオキシンやPCB等の芳香族塩素化合物の分解に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]