特許第6524744号(P6524744)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6524744
(24)【登録日】2019年5月17日
(45)【発行日】2019年6月5日
(54)【発明の名称】難水溶性物質含有固体分散体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/10 20060101AFI20190527BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 9/14 20060101ALI20190527BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20190527BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20190527BHJP
【FI】
   A61K47/10
   A61K47/26
   A61K47/18
   A61K9/14
   A23L5/00
   A23L33/10
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-61178(P2015-61178)
(22)【出願日】2015年3月24日
(65)【公開番号】特開2015-193613(P2015-193613A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2018年2月22日
(31)【優先権主張番号】特願2014-61958(P2014-61958)
(32)【優先日】2014年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 化学工学会第80年会講演書予稿集(オンライン)に公開(平成27年3月5日)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年3月20日芝浦工業大学にて行われた化学工学会第80年会にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】593204214
【氏名又は名称】三菱ケミカルフーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】今村 維克
(72)【発明者】
【氏名】石田 尚之
(72)【発明者】
【氏名】今中 洋行
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 朋
(72)【発明者】
【氏名】三宅 健斗
(72)【発明者】
【氏名】吉山 なつ紀
(72)【発明者】
【氏名】松浦 傳史
【審査官】 高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】 特表平11−506100(JP,A)
【文献】 特開昭57−205453(JP,A)
【文献】 特表2006−511549(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00− 9/72
A61K 47/00−47/69
A23L 5/00
A23L 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性物質と難水溶性物質を含有する難水溶性物質含有固体分散体の製造方法であって、
該親水性物質は、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる物質であり、
該親水性物質を含有する親水性物質含有液を乾燥させて、非晶質の親水性物質を得る工程、
有機溶媒に該難水溶性物質を分散させた分散液を得る工程、
該非晶質の親水性物質と、該分散液とを混合して難水溶性物質含有分散液を得る工程、
該難水溶性物質含有分散液を乾燥させて難水溶性物質含有固体分散体を得る工程
を有し、
該難水溶性物質が、水(25℃)に対する飽和溶解度が10000μg/mL以下の物質である、難水溶性物質含有固体分散体の製造方法。
【請求項2】
該難水溶性物質が、水(25℃)に対する飽和溶解度が8μg/mL以下の物質である、請求項1に記載の難水溶性物質含有固体分散体の製造方法。
【請求項3】
親水性物質と難水溶性物質を含有する難水溶性物質含有固体分散体であって、
該親水性物質は、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる物質であり、
該難水溶性物質が、水(25℃)に対する飽和溶解度が10000μg/mL以下の物質であり、
難水溶性物質含有固体分散体は非晶質固体であり、該非晶質固体マトリクス内で該難溶性物質が分子状態で分散している、難水溶性物質含有固体分散体。
【請求項4】
該難水溶性物質が、水(25℃)に対する飽和溶解度が8μg/mL以下の物質である、請求項3に記載の難水溶性物質含有固体分散体。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の難水溶性物質含有固体分散体を含む食品。
【請求項6】
請求項3又は4に記載の難水溶性物質含有固体分散体を含む医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は難水溶性物質含有固体分散体の製造方法に係り、詳しくは、親水性物質の固体マトリクス中に、ニフェジピンなどの難水溶性物質を、界面活性剤や両親媒性高分子を用いることなく、分子レベルで安定的に分散させた固体分散体を製造する方法に関する。
本発明はまた、この方法により製造された難水溶性物質含有固体分散体と、この難水溶性物質含有固体分散体を含む食品及び医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品・食品における機能性成分の中には、極めて水溶性に乏しいものが多く、機能性成分の体内吸収や保存性、ハンドリング性の改善の観点から、従来より、これらを親水性物質を用いて固体分散体とする技術の研究が盛んに行われ、いくつかの提案がなされている。
【0003】
例えば、難水溶性物質と水溶性を有する高分子の両方が溶解する溶媒に溶解し、乾燥する方法が挙げられる。この方法では、溶媒としては、極性の有機溶媒や有機溶媒と水の混合溶媒が用いられている。また、薬物などの難水溶性物質の非晶質状態を安定化するため水溶性高分子としてグラフト重合体や架橋高分子などの両親媒性物質が用いられたり、難水溶性物質の水溶液中における溶出性を高めるため、界面活性剤や崩壊剤が添加される場合もある。
しかし、両親媒性物質は、再溶解(人体が摂取する)時に難水溶性物質の放出を阻害する可能性がある。また、界面活性剤は高価な上に人体に及ぼす影響も懸念される。
【0004】
一方、溶媒として賦形剤を溶解した水を用い、水溶液中に懸濁した難水溶性物質を加熱・溶解した上で噴霧乾燥を行うことで、固体分散体を得る方法もある(特許文献1)。これに対し、難水溶性物質と賦形剤成分を別々の溶媒に溶解し、それらの溶液を混合した上で噴霧乾燥したり(特許文献2)、両液を同時に噴霧することで、難水溶性物質と水溶性賦形成分の両方を含むミストを作り出し、これを乾燥することで固体分散体を得る方法もある(特許文献3)。
【0005】
また、難水溶性物質を融解状態にした上で固体分散化する技術もある。すなわち、難水溶性物質と賦形成分を加熱しながら混練し、十分混合後、冷却・固化することで固体分散体を得ることができる(特許文献4)。このときニルバジピンとセルロース誘導体のように難水溶性物質と賦形成分の組み合わせによっては、融点以下で溶解性が高い固体分散体を作成できる(特許文献5)。また、難水溶性物質をエアロゾルや活性炭などの高比表面積を有する材料と粉砕・混合すれば、固体粒子表面に難水溶性物質が吸着することで、非晶質に準じた状態を作り出すことができる(特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2006/131481号パンフレット
【特許文献2】特表2011−515444号公報
【特許文献3】米国特許第6077543号公報
【特許文献4】特許第2527107号公報
【特許文献5】特開平5−262642号公報
【特許文献6】特開昭60−8220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来の方法では、難水溶性物質を親水性物質の固体マトリクス中に分子レベルで十分に分散させることはできなかった。
【0008】
本発明は、親水性物質の固体マトリクス中に、ニフェジピンなどの難水溶性物質を、界面活性剤や両親媒性高分子を用いることなく、分子レベルで安定的に分散させた固体分散体を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた結果、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる親水性物質を用いて非晶質の親水性物質を製造し、この非晶質の親水性物質と、難水溶性物質を分散させた有機溶媒とを混合後、乾燥させることにより、上記課題が解決できることを見出した。
即ち、予め非晶質化した親水性物質は有機溶媒に一時的に分散するため、難水溶性物質と親水性物質が同一溶媒内で分子レベルで分散した混合溶液を得ることができる。この混合溶液を乾燥すれば、親水性物質の非晶質固体マトリクス内に難水溶性物質が分子レベルで分散した固体を得ることができる。
【0010】
本発明はこのような知見に基づいて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0011】
[1] 親水性物質と難水溶性物質を含有する難水溶性物質含有固体分散体の製造方法であって、該親水性物質は、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる物質であり、該親水性物質を含有する親水性物質含有液を乾燥させて、非晶質の親水性物質を得る工程、有機溶媒に該難水溶性物質を分散させた分散液を得る工程、該非晶質の親水性物質と、該分散液とを混合して難水溶性物質含有分散液を得る工程、該難水溶性物質含有分散液を乾燥させて難水溶性物質含有固体分散体を得る工程を有することを特徴とする、難水溶性物質含有固体分散体の製造方法。
【0012】
[2] 該難水溶性物質が、水(25℃)に対する飽和溶解度が10000μg/mL以下の物質である、[1]に記載の難水溶性物質含有固体分散体の製造方法。
【0013】
[3] 糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる親水性物質の固体マトリクス中に、難水溶性物質を、界面活性剤及び両親媒性高分子を用いることなく分散させた難水溶性物質含有固体分散体。
[4] 親水性物質と難水溶性物質を含有する難水溶性物質含有固体分散体であって、該親水性物質は、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる物質であり、難水溶性物質含有固体分散体は、該親水性物質を含有する親水性物質含有液の乾燥物である非晶質の親水性物質と、有機溶媒に該難水溶性物質を分散させた分散液との混合物からなる難水溶性物質含有分散液の乾燥物である、難水溶性物質含有固体分散体。
【0014】
] [3]又は[4]に記載の難水溶性物質含有固体分散体を含む食品。
【0015】
] [3]又は[4]に記載の難水溶性物質含有固体分散体を含む医薬品。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、親水性物質の固体マトリクス中に、ニフェジピンなどの難水溶性物質を、界面活性剤や両親媒性高分子を用いることなく、分子レベルで安定的に分散させた固体分散体を製造することができる。
しかも、本発明で用いる親水性物質、即ち、製造された固体分散体の固体マトリクスを構成する親水性物質は、糖、糖アルコール、アミノ酸という安全性の高いものであり、食品や医薬品としての固体分散体の製造に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】参考例1の結果を示すグラフである。
図2】実施例1〜5及び比較例1の結果を示すグラフである。
図3】実施例6〜8及び比較例2,3の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の難水溶性物質含有固体分散体の製造方法の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、これらの内容に特定はされない。
【0019】
本発明の難水溶性物質含有固体分散体の製造方法は、親水性物質として、糖、糖アルコール及びアミノ酸からなる群から選ばれる物質を用い、親水性物質を含有する親水性物質含有液を乾燥させて、非晶質の親水性物質を得(非晶化工程)、一方、有機溶媒に難水溶性物質を分散させた分散液を得(分散工程)、該非晶質の親水性物質と、該分散液とを混合して難水溶性物質含有分散液を得(混合工程)、この難水溶性物質含有分散液を乾燥させて難水溶性物質含有固体分散体を得る(乾燥工程)ことを特徴とする。
【0020】
<親水性物質>
本発明で用いる親水性物質、即ち、得られる難水溶性物質含有固体分散体の固体マトリクスを構成する親水性物質は、糖、糖アルコール、及びアミノ酸から選ばれる物質である。
親水性物質としては、後述の凍結乾燥時に非晶質状態が生じるものであればよく、特に制限されるものではないが、例えば、グルコース、フルクトース等の単糖類、マルトース、ラクトース、スクロース、トレハロース等の二糖類を用いることができる。また、糖アルコールとしては、マルチトール、イノシトール、ソルビット等を用いることができる。また、アミノ酸としては、グリシン、アラニン、アルギニン、アスパラギン酸、ヒスチジン等を用いることができる。
これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0021】
親水性物質としては、これらのうち、マルトース(特にα−マルトース)、トレハロース、マルチトールが好ましく、マルチトールがより好ましい。
【0022】
<難水溶性物質>
本発明で固体分散体とする難水溶性物質としては、例えば、水(25℃)に対する飽和溶解度が通常10000μg/mL以下、好ましくは1000μg/mL以下、より好ましくは100μg/mL以下であるような、水に難溶性のものであればよく、特に制限はないが、得られる難水溶性物質含有固体分散体の用途において、難水溶性の薬剤や食品用、香粧品用または嗜好品用の油溶性成分、例えば、色素、抗酸化剤、栄養成分、香料などが挙げられる。具体的には、レスベラロトール、インドメタシン、ニフェジピン、グリクラジド等の難水溶性の薬剤や、シンナムアルデヒド、ラズベリーケトン、バニリン酸メチルエステル、オイゲノール、アニソール等の食品用香料などの香料、β−カロチン、パプリカ色素等のカロテノイドやクロロフィル、クルクミン等のクルクミノイドなどの色素、ビタミンE、ローズマリー抽出物などの抗酸化剤、ビタミンA、ビタミンD3、コエンザイムQ10、α−リポ酸などの栄養成分、などが挙げられるが、何らこれらに限定されるものではなく、前掲の特許文献1〜6において、固体分散体の製造に適用した難水溶性物質等、あらゆる難水溶性物質を用いることができる。また、特許5252825号公報、国際公開WO2012/105546号公報、特開2013−155119号公報、特表2010−515447号公報などに記載の難水溶性物質を用いることができる。
【0023】
これらの難水溶性物質は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0024】
<非晶化工程>
前述の親水性物質を含有する親水性物質含有液を乾燥させて非晶質の親水性物質を得るには、例えば、親水性物質を純水等の水に溶解させて親水性物質の水溶液とし、これを凍結乾燥させることにより非晶質の親水性物質(以下、「アモルファス物質」という。)を得る。
アモルファス物質を得る方法は、非晶化が可能であれば、何ら凍結乾燥法に限定されるものではないが、凍結乾燥が簡便で工業的にも有利である。
また、親水性物質が非晶質となったことは、後述の実施例のように示差走査熱量分析により確認することができる。
【0025】
凍結乾燥に供する親水性物質水溶液の親水性物質濃度は、0.1〜50重量%が好ましく、0.5〜20重量%がより好ましく、特に1〜10重量%とすることが好ましい。親水性物質濃度が過度に高いと水分を除去(例えば2重量%以下程度まで)することが難しく、過度に低いと一回の乾燥操作で得られる材料が不十分となる場合がある。
凍結乾燥の方法及び条件には特に制限はなく、常法に従って行うことができる。
【0026】
<分散工程>
一方、難水溶性物質は適当な有機溶媒に分散、溶解させて分散液を得る。
【0027】
ここで用いる有機溶媒としては、難水溶性物質を安定に分散、溶解させるものであればよく、特に制限はないが、例えば、メタノール、エタノール等のアルコール、アセトン等のケトンを用いることができる。
これらの有機溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0028】
有機溶媒への難水溶性物質の添加量は、有機溶媒1L当たり、難水溶性物質1〜500gが好ましく、1〜100gがより好ましく、特に1〜10g程度とすることが好ましい。上記範囲よりも難水溶性物質量が少なく、相対的に有機溶媒量が多いと、後工程で乾燥除去する有機溶媒量が多くなり好ましくない。逆に、上記範囲よりも難水溶性物質量が多く、相対的に有機溶媒量が少ないと、均一な分散液を得ることができず、また、次工程の混合工程においても均一な分散液を得ることができない場合がある。
【0029】
<混合工程>
上記の分散工程で得られた難水溶性物質含有分散液に、前述の非晶化工程で得られたアモルファス物質を添加して均一に混合することにより、アモルファス物質/難水溶性物質分散液を得る。
ここで、親水性物質は有機溶媒には溶解し難いものであるが、アモルファス物質であれば、有機溶媒に対して速やかに分散、溶解する。
【0030】
この工程におけるアモルファス物質の添加量は、難水溶性物質に対して、1〜500重量倍が好ましく、1〜100重量倍がより好ましく、特に2〜10重量倍とすることが好ましい。アモルファス物質の添加量が上記範囲よりも少ないと、安定な固体分散体を得ることができないおそれがあり、上記範囲よりも多いと相対的に難水溶性物質の量が少なくなって、得られる固体分散体の機能性が十分でないものとなるおそれがある。
【0031】
また、この工程において、分散液中のアモルファス物質と難水溶性物質の合計の含有量は、前述の分散工程で用いた有機溶媒1Lに対して1〜500gが好ましく、1〜100gがより好ましく、特に5〜10gであることが、分散安定性と、生産性の面で好ましい。
【0032】
<乾燥工程>
上記の混合工程で得られたアモルファス物質/難水溶性物質分散液を乾燥処理し、有機溶媒を揮発除去して難水溶性物質含有固体分散体を得る。
この乾燥工程は、25〜200℃、好ましくは25〜90℃程度の加熱処理下で行うこともできるが、難水溶性物質の変質等を防止するために、室温(15〜35℃)での真空乾燥で行うことが好ましい。
【0033】
本発明においては、難水溶性物質と親水性物質のアモルファス物質とを有機溶媒中で混合分散するためこれらが極めて均一に混合分散される。そして、この分散液から有機溶媒を乾燥除去することで、得られた難水溶性物質含有固体分散体は、親水性物質のアモルファス物質を固体マトリクスとして、難水溶性物質が分子レベルで均一に分散したものとなる。
【0034】
このようにして得られる固体分散体は、親水性物質の非晶質固体マトリクス中に難水溶性物質が分子レベルで均一に分散したものであるため、例えば、これを水に添加すると、内包されている難水溶性物質が、本来の溶解度よりも高濃度に速やかに溶解するものとなる。
また、難水溶性物質として揮発性の物質を内包した固体分散体であれば、この物質が固体マトリクス中で均一に分散している結果、揮発性成分の徐放性が得られる。
【実施例】
【0035】
以下に、本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例の記載に限定されるものではない。
【0036】
以下の実施例においては、親水性物質として、糖アルコールも用いたが、便宜上、すべて「糖」と総称する。
また、以下において、液中の糖の溶解濃度は、フィルター濾過後、フェノール−硫酸法により定量した。
【0037】
[参考例1]
スクロース、α−マルトース、α−ラクトースの100mg/mL水溶液をそれぞれ調製し、これを凍結乾燥させた後、P共存下の真空ラジケータ内で3日間絶乾することにより、それぞれ糖のアモルファス粉末を調製した。
得られた糖のアモルファス粉末をメタノール(25℃)に添加、撹拌し、得られた液中での糖濃度の経時変化を調べ、結果を図1に示した。
図1より、糖のアモルファス粉末は、以下に示すそれぞれの結晶状態におけるメタノール(25℃)に対する溶解度よりも高濃度に溶解し、過溶解状態をある程度維持することが確認された。
スクロース結晶のメタノール溶解度:1.6mg/mL
α−マルトース結晶のメタノール溶解度:2.0mg/mL
α−ラクトース結晶のメタノール溶解度:1.5μg/mL
【0038】
[実施例1〜5、比較例1]
以下に示す親水性物質の100mg/mLの水溶液を調製し、これを凍結乾燥させた後、P共存下の真空デシケータ内で3日間絶乾することにより各々アモルファス粉末を得た。
実施例1:α−マルトース
実施例2:スクロース
実施例3:マルチトール
実施例4:トレハロース
実施例5:α−ラクトース
【0039】
一方、シンナムアルデヒドをメタノール(25℃)に溶解させたシンナムアルデヒド溶液を調製し、ここへ、上記の糖のアモルファス粉末をシンナムアルデヒドの10倍量添加して十分に撹拌し、シンナムアルデヒド濃度10mg/mL、糖濃度100mg/mLの混合液を得た。
この混合液をそれぞれ真空乾燥(室温,1時間)することで、固体分散体試料を得た(実施例1〜5)。
【0040】
比較のため、シンナムアルデヒドを界面活性剤(Tween20)共存下でO/Wエマルション化し、これを凍結乾燥した試料も調製した(比較例1)。
【0041】
実施例1〜5及び比較例1で得られた試料を減圧下(25℃,100Pa以下)で0〜7日間保存し、この間、適当な時間間隔で試料を取り出し、メタノール中に分散、溶解させてメタノール中のシンナムアルデヒド濃度をUV−vis分光光度計(285nm)により測定し、この測定値から、各試料中のシンナムアルデヒドの保持率を算出した。
この結果を図2に示す。
【0042】
図2に示されるように、実施例1〜5の固体分散体試料では、香気成分であるシンナムアルデヒドの経時による保持率の低下を抑制することができ、特に、α−マルトース、スクロースを用いた場合は、界面活性剤によりO/Wエマルション化して凍結乾燥した比較例1の試料より高い保持率を示した。
この結果から、本発明によれば、香気成分であるシンナムアルデヒドを固体分散体とすることができると共に、香気成分の徐放性を有する機能性材料を提供することができることが分かる。
【0043】
[実施例6〜8、比較例2,3]
以下の実施例においては、難水溶性物質として次のものを用いた。
【0044】
[難水溶性物質]
ニフェジピン(狭心症治療薬):水(25℃)に対する飽和溶解度8μg/mL
グリクラジド(糖尿病治療薬):水(25℃)に対する飽和溶解度6μg/mL
インドメタシン(抗炎症剤):水(25℃)に対する飽和溶解度40μg/mL
レスベラロトール(抗酸化剤):水(25℃)に対する飽和溶解度19μg/mL
【0045】
<試料の調製>
以下に示す親水性物質の100mg/mLの水溶液を調製し、これを凍結乾燥させた後、P共存下の真空デシケータ内で3日間絶乾することにより各々アモルファス粉末を得た。
実施例6:α−マルトース
実施例7:マルチトール
実施例8:トレハロース
【0046】
一方、ニフェジピンをメタノール(25℃)に溶解させたニフェジピン溶液を調製し、ここへ、上記の糖のアモルファス粉末をニフェジピンの4倍量添加して十分に撹拌し、ニフェジピン濃度25mg/mL、糖濃度100mg/mLの混合液を得た。
この混合液を真空乾燥(室温,1時間)することで、固体分散体試料を得た(実施例6〜8)。
【0047】
比較のため、ニフェジピンを両親媒性高分子(ポリビニルピロリドン:PVP)共存下でO/Wエマルション化し、これを凍結乾燥した試料も調製した(比較例2)。
また、ニフェジピン単体(ニフェジピン結晶)を真空乾燥したものを比較例3の試料とした。
【0048】
<熱分析>
実施例6〜8で得られた試料約3mgをアルミニウムパンに密閉し、示差走査熱量計(TA instruments Q20)を用いて−20〜200℃の温度範囲を昇温速度10℃/minで走査して熱分析を行ったところ、いずれの固体分散体試料においても、結晶の融解に伴う吸熱ピークは検出されなかった。
また、固体分散体試料のガラス転移温度は、いずれも糖単体のガラス転移温度の値よりやや低下しているものの、ガラス転移に伴う比熱変化は明確に認められた。
これらのことから、調製した固体分散体ではニフェジピン、糖とも非晶質状態にあることが分かった。
【0049】
<溶解実験>
実施例6〜8及び比較例2,3で得られた試料を37℃のイオン交換水に添加し、スターラーで十分撹拌しながら、適当な時間間隔でサンプルを採取した。採取したサンプルをフィルター濾過後、UV−vis分光光度計により、溶出したニフェジピンによる吸光度変化を測定し、この測定値から、ニフェジピンの溶解濃度の経時変化を求めた。
結果を図3に示す。
図3より明らかなように、ニフェジピンは、いずれの糖を用いた場合も、数分〜数時間、飽和溶解度の5〜8倍の溶解濃度を示した。
【0050】
なお、ニフェジピンの代りに、グリクラジド、インドメタシン、レスベラロトールをそれぞれ用いて実施例6〜8と同様に固体分散体試料を調製し、同様に熱分析を行ったところ、同様の結果が得られた。
また、これらの試料について、同様に溶解実験を行ったところ、レスベラロトールについては固体分散化による溶解濃度の上昇は認められなかったものの、インドメタシンについては、ニフェジピンと同様の溶解濃度の上昇が認められた。また、グリクラジドでは、10分程度、飽和溶解度の3倍の溶解濃度を示した。
【0051】
[実施例9〜12、比較例4,5]
実施例1と同様にして、α−マルトースのアモルファス粉末を得た。
【0052】
一方、以下に示す香気成分である難水溶性物質をメタノール(25℃)に溶解させた溶液を調製し、ここへ、上記のα−マルトースのアモルファス粉末を難水溶性物質の10倍量添加して十分に撹拌し、難水溶性物質濃度10mg/mL、α−マルトース濃度100mg/mLの混合液を得た。
この混合液をそれぞれ真空乾燥(室温,1時間)することで、固体分散体試料を得た(実施例9〜12)。
【0053】
<難水溶性物質>
実施例9:ラズベリーケトン
実施例10:バニリン酸メチルエステル
実施例11:オイゲノール
実施例12:アニソール
【0054】
比較のため、オイゲノール(比較例4)、アニソール(比較例5)を、それぞれ界面活性剤(Tween20)共存下でO/Wエマルション化し、これを凍結乾燥した試料も調製した。なお、室温で固体であるラズベリーケトンとバニリン酸メチルエステルは、O/Wエマルションを経由した凍結乾燥粉末を作成することは不可能であった。
【0055】
実施例9〜12及び比較例4、5で得られた試料を、メタノール中に分散、溶解させてメタノール中の難水溶性物質濃度をUV−vis分光光度計(285nm)により測定し、この測定値から、凍結乾燥後の各固体分散体試料中の難水溶性物質の保持率を算出した。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示したように、実施例9〜12の固体分散体試料では、難水溶性物質の凍結乾燥後の保持率が高く、オイゲノールおよびアニソールについては、界面活性剤によりO/Wエマルション化して凍結乾燥した比較例4、5の試料より高い保持率を示した。
この結果から、本発明によれば、香気成分である複数の難水溶性物質を固体分散体とすることができると共に、乾燥時の散逸を防ぎ、香気成分の保持率の高い粉末化香料を提供できることが分かった。
【0058】
[実施例13、比較例6,7]
トレハロースの100mg/mLの水溶液を調製し、これを凍結乾燥させた後、P共存下の真空デシケータ内で3日間絶乾することにより、トレハロースのアモルファス粉末を得た。
【0059】
一方、クルクミノイドの1種であるクルクミン(和光特級クルクミン、和光純薬工業社製)をメタノール(25℃)に溶解させた溶液を調製し、ここへ、上記のトレハロースのアモルファス粉末をクルクミノイドの100倍量添加して十分に撹拌し、クルクミノイド濃度0.9mg/mL、トレハロース濃度90mg/mLの混合液を得た。
この混合液を真空乾燥(室温,1時間)することで、クルクミノイド含有量が1重量%である固体分散体試料を得た(実施例13)。
【0060】
比較のため、市販の食品用界面活性剤を含有するクルクミン水分散液(横浜油脂工業社製「クルクミン水分散液20%」、クルクミノイド含有量:20重量%)(比較例6)と、クルクミン原体(COACH INDUSTREIS社製「クルクミン95%」、クルクミノイド含有量:95重量%)(比較例7)を用いた。
【0061】
実施例13、比較例6、7の試料を、脱塩水に対し、クルクミノイドとして0.001重量%となるようにそれぞれ計量して添加し、総量を40gとした。これを、遮光下、5分間マグネチックスターラーで撹拌した後、100meshのステンレスフィルターで濾過し、水への溶解性を以下の基準で評価した。
○:フィルター上に溶け残りなし
×:フィルター上に溶け残りあり
【0062】
次に、実施例13と比較例6における上記濾過後の液をマグネチックスターラーで撹拌しながら、中鎖脂肪酸トリグリセリド(日清オイリオ社製「スコレー64G」、以下「MCT」)を40g添加し、遮光下で15分間マグネチックスターラーで撹拌後、遮光下で15分間静置した。静置後、分離した上層(MCT相)と下層(水相)を、それぞれ分取し、紫外可視分光光度計(島津製作所社製、UV−1800)を用い、波長350〜780nmでの吸収スペクトルを、それぞれの溶媒(MCT、または脱塩水)をブランクとして測定した。各相のスペクトルのピーク波長における吸光度から、以下の式を用い、MCT相へのクルクミノイドの分配率を求めた。
分配率(%)={MCT相のピーク波長における吸光度÷(水相のピーク波長における吸光度+MCT相のピーク波長における吸光度)}×100
【0063】
溶解性およびMCT相への分配率の評価結果を、表2に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
表2に示したように、実施例13の固体分散体試料は、市販の界面活性剤を含有する水分散液と同等の水への溶解性を示しており、また、試料中の難水溶性物質は、疎水性溶媒との接触により、疎水性溶媒にほぼ完全に分配することがわかった。
この結果から、本発明によれば、一旦難水溶性物質を水に容易に溶解させた後、その水溶液を目的とする疎水性溶媒と接触、混合することで、界面活性剤などに阻害されることなく、難水溶性物質を効率よく、疎水性溶媒に選択的に分配することができることが分かった。
このことは、難水溶性物質を用いる上で、機能性成分としては体内へ吸収の面で、食品用、香粧品用、嗜好品用油溶性成分としては、添加時の分散、溶解性、並びに、添加後の対象物の疎水性領域に対する着色・酸化防止等の機能の発揮といったハンドリング性の面で、界面活性剤や両親媒性高分子を用いた公知の技術より、より効率的であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の難水溶性物質含有固体分散体の製造方法は、安全性の高い固体マトリクスを用いるものであり、難水溶性薬剤を内包した粉末剤や錠剤といった医薬品、香気成分を固体内に内包した固体食品や消臭剤、香粧品、嗜好品、疎水性栄養成分を内包した栄養補助食品といった分野における難水溶性物質含有固体分散体の製造に好適であるが、本発明により製造される難水溶性物質含有固体分散体の用途は何らこれらに限定されるものではない。
図1
図2
図3