【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、実際に測定する試料(実試料)には、目的化合物以外の化合物(夾雑化合物)も含まれている。こうした夾雑化合物の中に、目的化合物のMRM測定条件に含まれるMRMトランジションと同一の質量電荷比を有するプリカーサイオン及びプロダクトイオンを生成するものが含まれていると、目的化合物のプロダクトイオンと夾雑化合物のプロダクトイオンが同時に検出されることになり、目的化合物を正しく定量することができない。そのため、実試料のMRM測定では、化合物データベースに登録されているMRM測定条件候補の中から夾雑化合物に影響されることがないものを選出して目的化合物のMRM測定条件を決定する必要がある。
【0008】
最近では、生体試料、食品、あるいは土壌に含まれる目的化合物の同定や定量にもMRM測定が用いられている。生体試料等には、目的化合物以外に数百から数千もの夾雑化合物が含まれている。
【0009】
一方、化合物データベースには各化合物の予備測定の結果に基づいて最終的に選出されたMRM測定条件候補(MRMトランジションとCE値の組)が1乃至複数登録されているのみであり、それ以外のMRMトランジションとCE値の組に関する情報(MRM測定条件候補以外のMRMトランジションやCE値で行われた予備測定の結果)は保存されていない。そのため、化合物データベースに登録されているMRM測定条件候補のいずれを用いても夾雑化合物の影響を受けてしまう(化合物データベースに登録されているMRM測定条件候補のいずれも用いることができない)場合がある。こうした場合、分析者が自らMRMトランジションとCE値の少なくとも一方が異なる測定条件を新たに設定して網羅的に予備測定を行って、実試料において使用可能なMRM測定条件候補を探さなければならず、時間と手間がかかるという問題があった。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、夾雑化合物を多く含む試料をMRM測定する場合であっても、該試料に含まれる目的化合物のMRM測定条件を容易に決定することが可能な化合物データベースを作成することができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンを開裂させる開裂部と、該開裂部の前段及び後段にそれぞれ位置する質量分離部を有する質量分析装置であって、
a) 複数の化合物のそれぞれに関するマススペクトルデータが予め保存された記憶部と、
b) 使用者による入力指示に応じ、前記複数の化合物の一部又は全部である複数の対象化合物のそれぞれについて、予め決められた条件に従って前記マススペクトルデータから1乃至複数のプリカーサイオン候補を選出するプリカーサイオン候補選出部と、
c) 前記プリカーサイオン候補のそれぞれと、予め決められた複数の開裂エネルギー候補値とを組み合わせて複数のプロダクトイオンスキャン測定条件を設定するプロダクトイオンスキャン測定条件決定部と、
d) 前記複数のプロダクトイオンスキャン測定条件に従ったMS/MS測定をそれぞれ実行してプロダクトイオンスペクトルデータを取得するプロダクトイオンスペクトルデータ取得部と、
e) 前記複数の対象化合物のそれぞれについて、前記プロダクトイオンスキャン測定条件と該条件により取得した前記プロダクトイオンスペクトルデータを対応付けた化合物データベースファイルを作成して前記記憶部に保存する化合物データベースファイル作成部と、
f) 前記複数の対象化合物のそれぞれについて、全ての前記プロダクトイオンスペクトルデータから、予め決められた条件に従ってプロダクトイオンを抽出し、各プロダクトイオンの質量電荷比、該プロダクトイオンに対応するプリカーサイオンの質量電荷比、及び開裂エネルギーの候補値を含むMRM測定条件候補を作成して前記記憶部に保存するMRM測定条件候補作成部と、
を備えることを特徴とする。
【0012】
前記プリカーサイオン候補選出部がプリカーサイオン候補を選出する際の条件(前記予め決められた条件)としては、例えば、プリカーサイオンのマスピーク強度が大きい順に所定個数のプリカーサイオンを選出すること、あるいはプリカーサイオンのマスピーク強度が予め決められた値以上のプリカーサイオンを選出すること、などを用いることができる。また、特定のイオンをプリカーサイオンとして選出しない(除外イオン)という条件を組み合わせてもよい。
前記MRM測定条件候補作成部がプロダクトイオンを抽出する際の条件にも上記同様のものを用いることができる。
【0013】
本発明に係る質量分析装置では、使用者が所定の入力指示操作を行うと、予め記憶部に保存されている複数の対象化合物のマススペクトルデータに基づき1乃至複数のプリカーサイオン候補が選出される。そして、プリカーサイオン候補のそれぞれについて開裂エネルギーの値が異なる複数の条件でプロダクトイオンスペクトルデータが取得され、該データに基づきMRM測定条件候補が作成される。この段階で、従来の化合物データベースに登録されているMRM測定条件候補に相当するものが作成される。
【0014】
本発明に係る質量分析装置では、MRM測定条件候補を作成するだけでなく、MRMトランジションと開裂エネルギーの値の少なくとも一方が異なる条件で網羅的に行った測定により取得されたプロダクトイオンスペクトルデータそのものがMRM測定条件候補に対応付けられデータベース化される。つまり、プリカーサイオン候補から生成されるプロダクトイオンであって、前記MRM測定条件候補作成部により抽出されなかったプロダクトイオンのマスピークの強度情報や、MRM測定条件候補に含まれない値の開裂エネルギーにおけるプロダクトイオンのマスピークの強度情報を含んだ化合物データベースが作成される。従って、MRM測定条件候補作成部により作成されたMRM測定条件候補のいずれも使用することができない場合でも、化合物データベースファイルに含まれるプロダクトイオンスペクトルデータを読み出して別のMRM測定条件を探索し、適切なMRM測定条件を決定することができる。
【0015】
本発明に係る質量分析装置は、さらに、
g) 表示部と、
h) 使用者により前記複数の対象化合物のうちのいずれかを選択する操作が行われると、前記記憶部から当該対象化合物のマススペクトルデータを読み出して前記表示部にマススペクトルを表示するとともに、前記プリカーサイオン候補のマスピークを他のマスピークから識別されるように表示するマススペクトル表示制御部と、
i) 使用者により、前記識別されたマススペクトルのマスピークを選択する操作が行われると、該マスピークに対応するプリカーサイオンを用いて異なる開裂エネルギーの値で実行されたプロダクトイオンスキャン測定により取得されたプロダクトイオンスペクトルのうち、最も高強度のマスピークを有するプロダクトイオンスペクトルを前記表示部に表示するとともに、前記複数の開裂エネルギーの候補値のそれぞれにおける該マスピークの強度を前記表示部に表示するプロダクトイオンスペクトル表示制御部と
を備えることが望ましい。
【0016】
上記の識別表示は、例えばマスピークを着色表示したり、太線で表示したりするほか、マスピークの近傍に質量電荷比を表示する等、種々の方法により行うことができる。
【0017】
上記のマススペクトル表示制御部及びプロダクトイオンスペクトル表示制御部を備えた態様の質量分析装置では、使用者が複数の対象化合物のうちの1つを選択すると、該対象化合物のマススペクトルが表示部に表示され、この状態で使用者が識別表示されたマスピークを選択すると、該マスピークに対応するプリカーサイオンを用いて取得したプロダクトイオンスペクトル、及びプロダクトイオンスペクトルのマスピーク強度と開裂エネルギーの値の関係が表示部に表示される。即ち、使用者は、表示されたマススペクトルやプロダクトイオンスペクトルのマスピークを選択する操作を行うのみで、種々のプロダクトイオンのマスピーク強度、及び該強度と開裂エネルギーの値の関係を確認し、所望のMRM測定条件を容易に決定することができる。
【0018】
本発明に係る質量分析装置では、
前記プロダクトイオン
スペクトル表示制御部が、前記MRM測定条件候補に含まれるプロダクトイオンに対応する、プロダクトイオンスペクトルのマスピークを強調して表示する
ことが好ましい。
【0019】
上記のようにマスピークを強調表示(着色表示、太線表示、点滅表示等)することにより、表示部に表示されているプロダクトイオンスペクトルのマスピークの中から、MRM測定条件候補に含まれているMRMトランジションに対応するマスピークを使用者が瞬時に確認することができる。
【0020】
また、本発明に係る質量分析装置では、
新たな化合物のマススペクトルデータ及びプロダクトイオンスペクトルデータが外部から入力されると、
前記プリカーサイオン候補選出部が、前記プロダクトイオンスペクトルデータから該プロダクトイオンスペクトルデータにおけるプリカーサイオンを抽出してプリカーサイオン候補として決定し、
前記MRM測定条件候補作成部が、前記プロダクトイオンスペクトルデータから予め決められた条件に従ってプロダクトイオンを抽出し、該プロダクトイオンの質量電荷比、該プロダクトイオンに対応するプリカーサイオンの質量電荷比、及び開裂エネルギーの候補値を含むMRM測定条件候補を作成し、
前記化合物データベース作成部が、前記マススペクトルデータ、前記プロダクトイオンスペクトルデータ、前記プリカーサイオン候補、及び前記MRM条件候補を用いて前記化合物データベースを更新する
ことが望ましい。
【0021】
さらに、本発明に係る質量分析装置は、
j) 前記表示部に表示された前記プロダクトイオンスペクトルのマスピークを使用者が指定すると、該マスピークに対応するプリカーサイオン及びプロダクトイオンの組をMRMトランジションに決定し、さらに、前記複数の開裂エネルギーの候補値の中から該プロダクトイオンのマスピークの強度が最も大きい値を抽出して開裂エネルギーの値に決定してMRM測定条件を設定するMRM測定条件設定部
を備えることが望ましい。