特許第6525987号(P6525987)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6525987
(24)【登録日】2019年5月17日
(45)【発行日】2019年6月5日
(54)【発明の名称】インスリングルリジンの安定製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/28 20060101AFI20190527BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20190527BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20190527BHJP
【FI】
   A61K38/28
   A61K9/08
   A61K47/18
   A61K47/02
   A61P3/10
【請求項の数】29
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-524503(P2016-524503)
(86)(22)【出願日】2014年10月24日
(65)【公表番号】特表2016-539921(P2016-539921A)
(43)【公表日】2016年12月22日
(86)【国際出願番号】EP2014072915
(87)【国際公開番号】WO2015059302
(87)【国際公開日】20150430
【審査請求日】2017年10月23日
(31)【優先権主張番号】13306475.8
(32)【優先日】2013年10月25日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】397056695
【氏名又は名称】サノフィ−アベンティス・ドイチュラント・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】ペトラ・ロース
(72)【発明者】
【氏名】トーマス・ゲルマン
(72)【発明者】
【氏名】ハーラルト・ベルヒトルト
(72)【発明者】
【氏名】ウルリヒ・ヴェルナー
(72)【発明者】
【氏名】マティーアス・ガンツ
【審査官】 伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】 特表2015−537024(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/174478(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/085393(WO,A1)
【文献】 特表2004−523589(JP,A)
【文献】 特表2012−532178(JP,A)
【文献】 特表2013−510822(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61K 9/00
A61K 47/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性医薬製剤であって、200〜500U/mLのインスリングルリジンを含み、メチオニンを1〜30mg/mlの濃度で含み、20μg/mL以下の亜鉛を含み、本質的に塩化物を含まない、前記水性医薬製剤。
【請求項2】
請求項1に記載の水性医薬製剤であって、200、250、300、350、400、450、または500U/mlの濃度でインスリングルリジンを含む、前記水性医薬製剤。
【請求項3】
270〜330U/mLのインスリングルリジンを含む、請求項1に記載の水性医薬製剤。
【請求項4】
300U/mLのインスリングルリジンを含む、請求項3に記載の水性医薬製剤。
【請求項5】
本質的に亜鉛を含まない、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項6】
緩衝物質、防腐剤、および等張化剤から選択される少なくとも1つの物質を含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項7】
緩衝物質は、トロメタモールである、請求項6に記載の水性医薬製剤。
【請求項8】
3〜10mg/mLのトロメタモールを含む、請求項7に記載の水性医薬製剤。
【請求項9】
防腐剤は、フェノールおよび/またはm−クレゾールである、請求項5〜7のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項10】
1.5〜3.5mg/mLのm−クレゾールおよび/または0.5〜3.0mg/mlのフェノールを含む、請求項9に記載の水性医薬製剤。
【請求項11】
等張化剤は、グリセリンである、請求項7〜10のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項12】
5〜26mg/mLのグリセリンを含む、請求項11に記載の水性医薬製剤。
【請求項13】
本質的にリン酸塩を含まない、請求項1〜12のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項14】
アルギニンを含む、請求項1〜13のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項15】
アルギニンを1〜30mg/mlの濃度で含む、請求項14に記載の水性医薬製剤。
【請求項16】
非イオン性界面活性剤を含む、請求項1〜15のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項17】
非イオン性界面活性剤は、ポリソルベート20、ポリソルベート80およびポロキサマー171を含む群から選択される、請求項16に記載の水性医薬製剤。
【請求項18】
非イオン性界面活性剤は、1〜200μg/mlの濃度で存在する、請求項17に記載の水性医薬製剤。
【請求項19】
pHは、3.5〜9.5の間である、請求項1〜18のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項20】
pHは、6〜8.5の間である、請求項1〜19のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項21】
pHは、7〜7.8の間である、請求項1〜20のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項22】
注射のためのものである、請求項1〜21のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項23】
インスリンポンプによる投与のためのものである、請求項1〜21のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項24】
1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療において使用するためのものである、請求項1〜23のいずれか1項に記載の水性医薬製剤。
【請求項25】
1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療の方法で使用するための、請求項1〜22のいずれか1項に記載の水性医薬製剤であって、該方法は1型真性糖尿病または2型真性糖尿病を患う患者への該水性医薬製剤の投与を含む、前記水性医薬製剤。
【請求項26】
製剤は、注射によって投与される、請求項25に記載の水性医薬製剤。
【請求項27】
製剤は、インスリンポンプによって投与される、請求項25に記載の水性医薬製剤。
【請求項28】
1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療用の薬剤の製造のための、請求項1〜21のいずれか1項に記載の製剤の使用。
【請求項29】
医療装置であって、請求項1〜24のいずれか1項に記載の製剤を含む、前記医療装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改善された安定性を有する200〜1000U/mLのインスリングルリジンを含む水性医薬製剤、および1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療におけるその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
世界中で、約3億人の人々が1型および2型真性糖尿病を患っている。1型糖尿病については、欠如している内分泌インスリン分泌の補充が、現在唯一可能な療法である。罹患者は、一般に一日に何回ものインスリン注射に一生涯依存する。1型糖尿病と対照的に、2型糖尿病においては、基本的に、インスリンの欠乏はないが、多くの症例、特に進行期の症例において、場合によって経口血糖降下薬と併用するインスリンによる治療が、療法の最も好ましい形態であるとみなされている。
【0003】
健康な人では、膵臓によるインスリンの放出は、血糖の濃度に厳密に結びついている。例えば食後に生じる高い血糖値は、インスリン分泌における対応する増加によって迅速に補償される。空腹時においては、血漿インスリン濃度は、インスリン感受性臓器および組織のグルコースによる連続供給を保証し、かつ夜間の肝臓の糖生産を低く維持するために適切である基底値まで降下する。多くの場合、外因性の、大部分はインスリンの皮下投与による内因性インスリン分泌の補充は、上述した血糖の生理学的調節の質は達成しない。血糖の上方または下方の逸脱が起こる場合があり、これらは最も重症の形態では生命を脅かし得る。加えて、初期症状がなく数年間にわたって上昇している血糖値は、かなりの健康上のリスクである。米国における大規模DCCT試験(非特許文献1)は、慢性的に上昇した血糖値が、網膜症、腎障害または神経障害などの特定の環境下で顕在化される微小血管および大血管損傷などの糖尿病末期合併症の発症を本質的に引き起こし、失明、腎不全および手足の喪失をもたらすことを明確に立証した。さらに、糖尿病は心血管疾患の高リスクを伴う。これは、糖尿病の改善された療法が、主として、血糖を生理学的範囲内にできる限り近づけて維持することを目指していることから派生する。強化インスリン療法の概念によると、これは、速効型および緩効型インスリン調合剤の繰り返される毎日の注射によって達成されねばならない。速効型製剤は、血糖の食後の増加を水平に維持するために食事時に投与される。緩効型基礎インスリンは、低血糖症をもたらすことなく、特に夜間のインスリンによる基本的な供給を保証せねばならない。
【0004】
インスリンは、51個のアミノ酸のポリペプチドであり、これらは2つのアミノ酸鎖:21個のアミノ酸を有するA鎖および30個のアミノ酸を有するB鎖に分割される。これらの鎖は、2つのジスルフィド架橋によって互いに連結されている。インスリン調合剤は、長年にわたって糖尿病の治療に使用されてきた。この分野では天然インスリンが用いられるばかりでなく、最近はインスリン誘導体および類縁体も用いられている。
【0005】
インスリン補充療法用に市場に出ている天然インスリンのインスリン調合剤は、インスリンの起源が異なり(例えば、ウシ、ブタ、ヒトインスリン、または別の哺乳動物もしくは動物インスリン)、さらに組成も異なり、これによって、作用のプロファイル(作用の発現および作用の持続時間)が影響される。種々のインスリン調合剤を組み合わせることによって、非常に異なる作用のプロファイルを得ることができ、可能な限り生理学的状態に近い血糖値を確立することができる。天然インスリンの調合剤、ならびに改善された薬物動態を示すインスリン誘導体またはインスリン類縁体の調合剤も、しばしば市場に出てきている。組換えDNA技術は、今日、このような修飾インスリンの調合剤を可能にしている。これらとしては、インスリンリスプロ、インスリンアスパルト、およびHMR 1964(Lys(B3)、Glu(B29)ヒトインスリン、インスリングルリジン)(これらの全ては、作用の迅速な発現を有する)などの「単量体のインスリン類縁体」、ならびに作用の延長された持続時間を有するインスリングラルジンが含まれる。
【0006】
作用の持続時間に加えて、調合剤の安定性は、患者にとって非常に重要である。増大した長期間の物理的安定性を有する安定化インスリン製剤は、特に特定の機械的ストレスまたは比較的高温に曝される調合剤にとって必要とされる。これらには、ペン型注入器、吸入器システム、無針注射器システムまたはインスリンポンプなどの投与システム内のインスリンが含まれる。インスリンポンプは、患者の身体に装着されるか、または埋め込まれるかのいずれかである。いずれの場合も、製剤は体温および身体の運動に曝され、ポンプの吐出動作に曝され、したがって、非常に高い熱機械的ストレスに曝される。インスリンペン型注入器(使い捨ておよび再利用可能なペン型注入器)もまた、通常、身体に装着され、同様なストレスがここに加わる。以前の調合剤は、これらの条件下では制限された安定性を有するに過ぎない。
【0007】
インスリンは、一般に、3つの同一の二量体単位から構成されている安定化亜鉛含有六量体の形態で、医薬品濃度で中性溶液中に存在する(非特許文献2)。しかしながら、インスリン調合剤の作用のプロファイルは、これが含有するインスリンのオリゴマー状態を低下させるによって、改善することができる。アミノ酸配列の修飾によって、インスリンの自己会合を低減することができる。したがって、例えば、インスリン類縁体のリスプロは、主に単量体として存在し、これにより、より迅速に吸収され、作用のより短い持続時間を示す(非特許文献3)。しかしながら、多くの場合、単量体型または二量体型で存在する速効型インスリン類縁体は、六量体インスリンよりも不安定であり、熱的および機械的ストレス下で凝集し易い。このことが、それ自体の不溶性凝集物の白濁および沈殿を顕著なものとする(特許文献1)。これらのより高い分子量の変化生成物(二量体、三量体、ポリマー)および凝集物は、投与されるインスリンの用量を低減するばかりでなく、患者において刺激または免疫反応を誘発し得る。さらに、このような不溶性凝集物は、ポンプのカニューレおよび管類またはペン型注入器の針に影響を及ぼし、これらを遮断する場合がある。亜鉛は、亜鉛含有六量体の形成を通してインスリンの追加の安定化をもたらすために、インスリンおよびインスリン類縁体の無亜鉛のまたは低亜鉛の調合剤は、特に不安定になりやすい。特に、作用の迅速発現を有する単量体インスリン類縁体は、不溶性凝集物の形成がインスリンの単量体を介して進むために、凝集し易く、非常に速く物理的に不安定になりやすい。
【0008】
インスリン調合剤の品質を保証するためには、凝集物の形成を回避することが必要である。インスリン製剤を安定化するための様々なアプローチがある。したがって、国際特許出願(特許文献2)において、トリスまたはアルギニン緩衝液によって安定化された製剤が記載されている。特許文献3は、グリセリンおよび塩化ナトリウムを5〜100mMの濃度で含有するインスリン調合剤を記載し、これは増加した安定性を有するはずである。特許文献4は、増加した物理的安定性を有するインスリン調合剤を記載し、これはマンニトールまたは類似の糖の添加によって達成される。過剰の亜鉛の亜鉛含有インスリン溶液への添加は、同様に安定性を増加させ得る(非特許文献4)。pHおよび様々な賦形剤のインスリン調合剤の安定性に及ぼす影響も、詳細に記載されている(非特許文献5)。
【0009】
多くの場合、これらの安定化の方法は、要求の増加(室温もしくは体温および機械的ストレス下で保持される能力における改善)に、または特に物理的ストレスに影響を受けやすい「単量体」インスリン類縁体または速効型インスリンに不適切である。さらに、全ての市販のインスリン調合剤は、調合剤を安定化するために添加される亜鉛を含有する。したがって、Bakaysaらは特許文献1で、6つのインスリン類縁体の単量体、2つの亜鉛原子およびフェノール性防腐剤の少なくとも3つの分子からなるインスリン複合体の安定化された製剤を記載している。これらの製剤は、さらに、生理学的に許容し得る緩衝液および防腐剤を含有することができる。しかしながら、無亜鉛のまたは低亜鉛のインスリン調合剤が望まれる場合、上述された安定化の方法は、市場向きの調合剤には不適切である。例えば、不適切な物理的な安定性のために、インスリンリスプロの無亜鉛調合剤を開発することは不可能である(非特許文献6)。適切な安定性、特に物理的な安定性を有する低亜鉛または無亜鉛インスリン製剤は、先行技術において記載されていない。
【0010】
インスリングルリジンの無亜鉛製剤は、界面活性剤によって安定化することができる。特許文献5は、ポリソルベート20、ポリソルベート80またはポロキサマー171を含有するU100インスリングルリジン(100IU/ml)製剤を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第5,474,978号(Bakaysaら)
【特許文献2】WO 98/56406
【特許文献3】米国特許第5,866,538号
【特許文献4】米国特許第5,948,751号
【特許文献5】WO 02/076495
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「The Diabetes Control and Complications Trial Research Group」(1993年)N.Engl.J.Med.329、977〜986頁
【非特許文献2】Brangeら、Diabetes Care 13:923〜954頁(1990年)
【非特許文献3】HPT AmmonおよびC.Werning;Antidiabetika[Antidiabetics];第2版;Wiss.Verl.−Ges.Stuttgart;2000年;94頁f
【非特許文献4】J.Brangeら、Diabetic Medicine、3:532〜536頁、1986年
【非特許文献5】J.Brange & L.Langkjaer、Acta Pharm.Nordica 4:149〜158頁
【非特許文献6】Bakaysaら、Protein Science(1996年)、5:2521〜2531頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、上記の安定性の問題を少なくとも部分的に克服するインスリングルリジンの医薬製剤の提供において認めることができ、潜在的に不利な構成成分は回避されるべきである。具体的には、本発明の課題は、高温で(体温などで)改善された安定性を有するインスリングルリジンの医薬製剤の提供において認めることができる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明において、驚くべきことに、200〜1000U/mLのインスリングルリジンを含有する製剤の物理的な長期間の安定性が、特に高温において増加することを見出した。
【0015】
高温における改善された物理的安定性によって、本明細書に記載される製剤は、患者に埋め込まれた装置または体温に曝される別な方法による投与に好適である。例えば、本発明の製剤は、患者の身体に埋め込まれたインスリンポンプにおける使用に、または身体に接して装着されるパッチ型ポンプにおける使用に好適である。さらに、この製剤は、ペン型注入器、注射器、注入器などの注入装置における使用に、または、例えば、これらの装置が身体に接して装着される場合、高温における増加した物理的安定性が必要とされる任意の使用に好適である。
【0016】
例えば、トロメタモールグリセリンおよびフェノールを含むインスリングルリジンのU300製剤が、U100製剤の代わりに投与される場合、投与すべき体積を低減することができる。ポンプが、リザーバの交換無しに長期間にわたって使用することができ、および/またはポンプのサイズを減少させることができるために、低減された体積は、改善された安定性と共に、インスリンポンプまたはパッチ型ポンプによる投与を改善する。
【0017】
動物モデルでは、驚くべきことに、インスリングルリジンのU100およびU300製剤では薬物動態および薬力学における差は検出されなかった。
【0018】
本発明において、インスリングルリジンは、Lys(B3)、Glu(B29)ヒトインスリンである。インスリングルリジンは、5823ダルトンの分子量を有する。インスリングルリジンの0.6mM溶液は、3.4938mg/mLのインスリングルリジン(100単位/mL、U100)を含有する。U300インスリングルリジン製剤は、300U/mLのインスリングルリジン(10.4814mg/mLまたは10.48mg/mL)を含有する。
【0019】
本明細書で使用される用語「安定性」は、活性医薬成分の、特にインスリン類縁体および/または誘導体の化学的および/または物理的安定性を指す。安定性試験の目的は、活性医薬成分または剤形の品質が、温度、湿度、および光などの様々な環境因子の影響下で経時的にどのように変化するかの証拠を提供すること、ならびに活性医薬成分または剤形についての保存寿命および推奨される保存条件を確立することである。安定性試験は、保存中に変化し易く、品質、安全性、および/または効力に影響を及ぼし易い活性医薬成分のこれらの属性の検査を含むべきである。検査は、必要に応じて、物理的、化学的、生物学的、および微生物学的属性、防腐剤含有量(例えば、抗酸化剤、抗微生物防腐剤)、ならびに機能性試験(例えば、用量送達システムについて)に及ぶべきである。分析手法は、十分に検証されかつ安定性指標であるべきである。一般に、活性医薬成分および/または剤形の安定性に関する有意変化は、以下のように定義される:
・その初期値からのアッセイにおける5%の変化;または生物学的もしくは免疫学的手法を用いる場合、力価についての判定基準を満たさないこと;
・その判定基準を超えるいずれかの分解生成物があること;
・外観、物理的属性、および機能的試験(例えば、色、相、分離、再懸濁性、固化、硬度、発動当たりの用量送達)についての判定基準を満たさないこと;しかしながら、物理的属性における一部の変化(例えば、坐剤の軟化、クリーム剤の融解)は、加速条件下で予測することができる;
ならびに、必要に応じて、剤形については、以下のように定義される:
・pHについての判定基準を満たさないこと、または
・12の投与ユニットの溶解についての判定基準を満たさないこと。
有意な変化はまた、安定性の評価を開始する前に、確立された判定基準に対して評価してもよい。
【0020】
判定基準は、研究論文(例えば、欧州薬局方、米国薬局方、英国薬局方、またはその他の薬局方の研究論文)に、ならびに前臨床試験および臨床試験で用いられる活性医薬成分および医薬品の分析用バッチに由来するべきである。許容範囲は、前臨床および臨床試験において用いられた材料で観察されたレベルを考慮に入れて、提案されかつ正当化されるべきである。製品特性は、外観、純度、液剤/懸濁剤の溶状、溶液中の可視的粒子、およびpHである。例えば、貯蔵寿命中のインスリングルリジン製剤についての好適な判定基準は、試験項目と関連する:液剤の外観(目視)、インスリングルリジンアッセイ(HPLC)、関連不純物(HPLC)、高分子量タンパク質(HPSEC)、粒子状物質(可視的粒子)、粒子状物質(目視できない粒子)、m−クレゾールおよびフェノールアッセイ、亜鉛(AAS)。
【0021】
上記に示した判定基準および/または試験項目は、研究論文に記載された許容範囲に基づき、および/またはインスリン製剤の開発における広範囲の経験に由来する。
【0022】
本明細書で使用される用語「治療」は、哺乳動物、例えばヒトの状態または疾患の任意の治療を指し、(1)疾患または状態を阻害すること、すなわち、その発症を抑制すること、(2)疾患または状態を緩和すること、すなわち、状態を退行させること、または(3)疾患の症状を停止させることを含む。
【0023】
本明細書で使用される、測定単位「U」および/または「国際単位」は、インスリンの血糖降下活性を指し、以下の通りに(世界保健機構、WHOにより)定義される:1Uは、ウサギ(2〜2.5kgの体重を有する)の血糖値を、1時間以内に50mg/100mLまで、および2時間以内に40mg/100mLまで降下させるのに十分である、高度に精製されたインスリンの量(WHOによって定義された)に相当する。ヒトインスリンについては、1Uは、およそ35μg(Lill、Pharmazie in unserer Zeit、No.1、56〜61頁、2001年)に相当する。インスリングルリジンについては、100Uは、3.49mgに相当する(製品情報Apidra(登録商標)カートリッジ)。
【0024】
本発明の一実施形態は、200〜1000U/mLのインスリングルリジンを含む水性医薬製剤であり、より具体的には、200、250、300、350、400、450、500、550、600、650、700、750、800、850、900、950、または1000U/mlの濃度でインスリングルリジンを含むこのような製剤である。本発明のさらなる実施形態は、200〜500U/mLのインスリングルリジン、より具体的には270〜300U/mLのインスリングルリジン、さらに好ましくは、300U/mLのインスリングルリジンを含む水性医薬製剤である。
【0025】
本発明の一実施形態は、本質的に亜鉛を含まない、または20μg/mL以下の亜鉛を含有する、前述した水性医薬製剤である。
【0026】
本発明の一実施形態は、緩衝物質、防腐剤、および等張化剤から選択される少なくとも1つの物質を含む、前述した水性医薬製剤であり、好ましくは、緩衝物質はトロメタモールである。
【0027】
本発明の一実施形態は、3〜10mg/mLのトロメタモールを含む、前述した水性医薬製剤である。
【0028】
本発明の一実施形態は、防腐剤が、フェノールおよび/またはm−クレゾールである、前述した水性医薬製剤である。
【0029】
本発明の一実施形態は、1.5〜3.5mg/mLのm−クレゾールおよび/または0.5〜3.0mg/mlのフェノールを含む、前述した水性医薬製剤である。
【0030】
本発明の一実施形態は、等張化剤が、グリセリンである、前述した水性医薬製剤である。
【0031】
本発明の一実施形態は、5〜26mg/mLのグリセリンを含む、前述した水性医薬製剤である。
【0032】
本発明の一実施形態は、本質的にリン酸塩を含まない、前述した水性医薬製剤である。
【0033】
本発明の一実施形態は、アルギニンおよびメチオニンを含む群から選択されるアミノ酸を、特に1〜30mg/mlの濃度で含む、前述した水性医薬製剤である。
【0034】
本発明の一実施形態は、非イオン性界面活性剤を含み、この非イオン性界面活性剤が、好ましくは、ポリソルベート20、ポリソルベート80およびポロキサマー171を含む群から選択される、前述した水性医薬製剤である。
【0035】
本発明の一実施形態は、非イオン性界面活性剤が、1〜200μg/ml、好ましくは10〜20μg/ml、より好ましくは10μg/mlの濃度で存在する、前述した水性医薬製剤である。
【0036】
本発明の一実施形態は、pHが、3.5〜9.5の間、好ましくは6〜8.5の間、より好ましくは7〜7.8の間である、前述した水性医薬製剤である。
【0037】
本発明のさらなる実施形態は、前述した製剤を含む医療装置である。このような医療装置は、インスリンポンプまたはペン型注入器であり得る。
【0038】
前述の主張のいずれかの水性医薬製剤は、塩化物を本質的に含まない。しかしながら、本発明の本質的に塩化物を含まない製剤は、pH調整の目的でのみ製剤に添加される塩化物からの少量は含むことができる。
【0039】
本発明の一実施形態は、注射のための前述した水性医薬製剤である。
【0040】
本発明の一実施形態は、インスリンポンプによる投与のための前述した水性医薬製剤である。
【0041】
本発明の一実施形態は、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療で使用するための、前述した水性医薬製剤である。
【0042】
本発明の一実施形態は、前述した製剤の、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病を患う患者への投与を含む、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療の方法であり、好ましくは、この製剤は、注射によってまたはインスリンポンプによって投与される。
【0043】
本発明の一実施形態は、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療用の薬剤の製造のための前述した製剤の使用である。
【0044】
上述したように、本発明の水性医薬製剤は、界面活性剤を含有することができる。好適な医薬的に許容し得る界面活性剤は、その開示が、参照により本明細書に含まれる、WO 02/076495に記載されている。特に、この界面活性剤は、ポリソルベート20、ポリソルベート80およびポロキサマー171から選択される。界面活性剤、特にポリソルベート20は、1〜200μg/mL、好ましくは10〜20μg/mL、より好ましくは10μg/mLの量で存在し得る。
【0045】
緩衝物質は、リン酸塩またはトロメタモールなどの医薬的に許容し得る緩衝物質から選択することができる。リン酸二水和物は、1〜5mg/mLの量で存在し得る。好ましい緩衝物質は、トロメタモール(トリス(Tris)、トリス(ヒドロキシメチル)−アミノメタン)であり、これは、3〜10mg/mL、好ましくは6mg/mLの濃度で、本製剤中に存在し得る。
【0046】
本発明の製剤は、非経口投与に好適であることが好ましい。この製剤は、インスリンポンプまたはペン型注入器によって注入または投与することができる。インスリンポンプは、パッチ型ポンプであり得る。当業者であれば、好適な装置を知っている。
【0047】
本発明の水性医薬製剤は、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病を患う患者の治療で使用するためのものである。この患者は、特にヒトである。
【0048】
本発明の別の態様は、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病を患う患者への本発明の水性医薬製剤の投与を含む、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療の方法である。この製剤は、注射、インスリンポンプまたはペン型注入器で投与されることが好ましい。この患者は、特にヒトである。
【0049】
本発明のさらに別の態様は、1型真性糖尿病または2型真性糖尿病の治療用の薬剤の製造のための本発明の水性医薬製剤の使用である。
【0050】
本発明は、以下の図面および実施例によってさらに説明される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1】本発明による、U300製剤(_114、_172、_173、_174)に関連するタンパク質の合計の図である。
図2】本発明によるU300製剤(_114、_172、_173、_174)の高分子量タンパク質の図である。
【発明を実施するための形態】
【0052】
〔実施例1〕
異なる条件において保存したU300インスリングルリジン製剤を、高分子量タンパク質(HMWP)、インスリングルリジンの含有量、関連タンパク質の増加および目視的澄明性に関して比較した。
【0053】
U300インスリングルリジン製剤は、300U/mLのインスリングルリジン(10.48mg/mL)を含有する。
【0054】
HMPWの含有量は、インスリン分子の凝集の程度を説明する。インスリンの二量体、三量体およびポリマーを観察することができる。HMPWの増加は、インスリン分子のより大きな集団が凝集していることを示している。
【0055】
この結果は、賦形剤が、高温においてかつ光の影響下でインスリングルリジンのU300製剤の安定性に影響を及ぼすことを示している。特に、メチオニンまたは少量の亜鉛の存在は、高温においてかつ光の影響下でインスリングルリジンのU300製剤を安定化することができる。
【0056】
インスリングルリジン製剤であるU100およびU300製剤の安定性に及ぼす賦形剤の影響の系統的な比較を行った。以下の全ての変更を表す、16個のU300およびU100製剤を調製した。
・等張化剤のグリセリンまたはNaCl
・防腐剤のm−クレゾールまたはフェノール
・緩衝物質のトロメタモールまたはリン酸塩二水和物
・界面活性剤のポリソルベート20または界面活性剤を含まない。
このアプローチによって、これらの4つの成分のうちの1つだけが異なる製剤の安定性を比較することができる。
【0057】
亜鉛の存在が安定性に及ぼす効果を比較するために、追加の製剤を調製した。
【0058】
製剤を37℃で30日間保存し、物理的および化学的安定性を評価した。
【0059】
〔実施例2〕
製剤の制御
(a)分析手法
該当する場合は、公定書収載の分析試験法を用いて試験を実施した。品質管理概念は、cGMP必要条件ならびにICHプロセスの現状を考慮して確立した。
【0060】
製剤を制御するために用いられる公定書非収載のクロマトグラフィー分析手法を以下に要約する。
【0061】
概説
判定基準への適合のために、いくつかの容器を目視検査する。
【0062】
同定(HPLC)
活性成分の同一性は、逆相HPLC法を用いて、製剤サンプルの保持時間を、参照標準品の保持時間と比較することによって保証する。この方法はまた、活性成分のアッセイの判定用に、関連化合物および不純物の判定用に、ならびに防腐剤のm−クレゾールおよびフェノールを定量するためにも用いる。
【0063】
アッセイ(HPLC)
試験は、逆相液体クロマトグラフィー(HPLC)によって行う。この方法はまた、同定用に、活性成分のアッセイの判定に、関連化合物および不純物の判定用に、ならびに防腐剤のm−クレゾールおよびフェノールを定量するためにも用いる。カラム:オクタデシルシリル化シリカゲル(C18)、粒径3μm、孔径200Å(250mm×4.0mm)、+41℃にて自動温度調節。オートサンプラ:≦+10℃にて自動温度調節。移動相A:緩衝溶液 pH2.2/アセトニトリル/水(55:20:25v/v)。移動相B:緩衝溶液 pH2.2/アセトニトリル(55:45v/v)。グラジエントを表1に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
流速:0.6mL/分。注入容量:12μL。検出:205nm(活性成分用)および252nm(m−クレゾールおよびフェノール用)。典型的ランタイム:90分。活性成分、m−クレゾールおよびフェノールのアッセイを、外部標準化によって計算する。不純物は、ピーク面積百分率法を用いて計算する。
【0066】
関連化合物および不純物(HPLC)
「アッセイ(HPLC)」についての条件と同じクロマトグラフィー条件を、関連化合物および不純物の判定に用いる。関連化合物および不純物を、ピーク面積百分率法を用いて計算する。
【0067】
高分子量タンパク質(HMWP)
高圧サイズ排除クロマトグラフィー(HPSEC)を用いて、高分子量タンパク質を判定する。カラム:室温で自動温度調節された、2000〜80000ダルトンの範囲を分離するShodexタンパク質KW 802.5(シリカゲル、ジオール)120−7−ジオール(300mm×8mm)。オートサンプラ:≦+10℃にて自動温度調節。移動相:酢酸/アセトニトリル/水(200:300:400v/v)、25%(v/v)のアンモニア溶液でpH3.0に調整。定組成溶離。流速:0.5mL/分。注入容量:100μL。検出:276nm。典型的ランタイム:65分。
ピーク面積百分率法を用いて、HMWPを計算する。
【0068】
抗菌性防腐剤アッセイ
「アッセイ(HPLC)」についての条件と同じクロマトグラフィー条件を、m−クレゾールおよびフェノールのアッセイの判定に用いる。m−クレゾールおよびフェノールは、外部標準化によって計算する。
【0069】
(c)判定基準の正当化
前に提示された試験および判定基準は、ICH Q6Bおよび公開された研究論文、得られた分析結果、用いられる手法の精度、薬局方および/または規制ガイドラインに基づいて選択され、開発のこの段階における基準値と一致するものである。
【0070】
濃縮液剤を形成するための製剤の実行可能性
インスリングルリジン濃縮液剤の実行可能性を検討するために、100から900単位/mLまでの製剤を含む。意図されるpH7.3の水への最大溶解度はおよそ1100単位/mLと決定された。100から900単位/mLまでの製剤の化学的および物理的安定性を確認することができる。
【0071】
製剤の安定性
(a)製剤の安定性
この製剤についての安定性試験を、以下の表に記載される安定性プロトコル概要に従って開始した。安定性バッチの組成および製造方法は、材料を代表するものである。安定性プロファイルを、ICHガイドラインに従って、長期、加速、およびストレス試験条件下の保存しついて評価した。サンプルを、フランジ付きアルミニウムキャップおよび挿入された積層密封ディスクを備えた3mLのカートリッジに詰め、この中で保存した。現在まで、進行中の製剤の安定性試験から12ヶ月の安定性データが公表されている。
【0072】
【表2】
【0073】
安定性試験中に、以下の試験を行った:外観、アッセイ、関連タンパク質、高分子量タンパク質、pH、粒子状物質(可視的および目視できない粒子)、抗菌性防腐剤(m−クレゾールおよびフェノール)のアッセイ、亜鉛含有量。+5℃の長期保存条件における6ヶ月間の保存後の物性および+5℃の長期保存条件における12ヶ月間の保存後の化学的性質の検討は、推奨される保存条件において保存される場合の製剤の安定性を確認する。関連不純物の非常に僅かな変化のみを、観察することができた。
【0074】
加速条件(+25℃/60%RHで6ヶ月間)で保存された場合、関連タンパク質および高分子量タンパク質が、僅かに増加した。加速条件(+40℃/75%RHで1ヶ月間)で保存された場合、関連タンパク質および高分子量タンパク質が増加した。活性成分、m−クレゾールおよびフェノールの含有量は、加速条件下で基本的には変化しないままであった。
【0075】
製剤の安定性試験の本結果から、この製剤の化学的および物理的安定性を確認することができる。
【0076】
表3および4は、長期、加速およびストレス安定性試験の結果を示し、バッチ番号「_114」、「_172」、「_173」および「_174」は、本発明による製剤を指している。
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
【0079】
【表5】
【0080】
〔実施例3〕
インスリングルリジンのU300およびU100製剤の薬物動態および薬力学
約30kgの体重を有する去勢した雄ユカタンミニブタにおいて、実験前にアロキサンで約3週間処置することによって、真性糖尿病を誘発させた。アロキサン処置ミニブタは、ヒトの1型真性糖尿病についてのモデルである。
【0081】
アロキサン処置ミニブタの第1の群(n=4)に、0.3U/kgのインスリングルリジンU100(100U/mL)を皮下投与した。U100組成物は、市販の「アピドラ」製剤に相当する。第2の群(n=4)に、0.3U/kgのインスリングルリジンU300(300U/mL)を皮下投与した。
【0082】
インスリングルリジンの血漿濃度を、特異的LC−MS/MSアッセイ(0.1ng/mLの検出レベル)によって決定した。U100およびU300処置ミニブタにおけるインスリングルリジンの血漿濃度で、差は検出されなかった。
【0083】
U100またはU300インスリングルリジンでの処置の際に、血漿中のグルコース濃度は、急激に減少した。U100群とU300群との間で血漿グルコースに及ぼす効果において差は検出されなかった。両処置群の全ての動物において、血漿グルコース濃度は、処置後3時間以内で検出閾値よりも低かった。
【0084】
この実験は、インスリングルリジンのU300製剤が、真性糖尿病の治療に好適であることを裏付けている。
図1
図2