特許第6527215号(P6527215)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6527215樹状細胞活性化剤、体内の樹状細胞を活性化させる方法、及び、樹状細胞活性化剤の使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6527215
(24)【登録日】2019年5月17日
(45)【発行日】2019年6月5日
(54)【発明の名称】樹状細胞活性化剤、体内の樹状細胞を活性化させる方法、及び、樹状細胞活性化剤の使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/20 20060101AFI20190527BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 31/23 20060101ALI20190527BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20190527BHJP
   A61K 31/739 20060101ALI20190527BHJP
【FI】
   A61K31/20
   A61P43/00 107
   A61K31/23
   A61P43/00 121
   A61P35/00
   A61K31/739
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-236234(P2017-236234)
(22)【出願日】2017年12月8日
【審査請求日】2017年12月28日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者 日本医科大学医学会 日本医科大学医学会雑誌 第13巻第3号,第140〜144頁(2017),平成29年6月5日受付、平成29年6月10日受理
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】595103809
【氏名又は名称】高橋 秀実
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀実
【審査官】 今村 明子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第01/048154(WO,A1)
【文献】 Proceedings of the Nationa Academy of Sciences,米国,2017年11月20日,114(51):E10956-E10964
【文献】 eLIFE,2015年12月10日,4:e08525
【文献】 Microbiology and Immunology,2001年12月,45(12):801-811.
【文献】 International Journal of Cancer,1977年,19:818-821
【文献】 Glycobiology,英国,2012年 4月25日,22(8), p1118-1127
【文献】 Journal of Controlled Release,日本,2017年 6月28日,256, p56-67
【文献】 The Journal of Medical Investigation,2011年,58:39-45
【文献】 Journal of Controlled Release,2015年10月28日,216:37-46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/20
A61K 31/23
A61K 31/739
A61P 35/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として、いずれもヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まず、体内の樹状細胞がトレロジェニックとなっている上皮性悪性腫瘍患者の上皮性悪性腫瘍を治療又は予防するために用いられる樹状細胞活性化剤。
【請求項2】
有効成分として、ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるリポアラビノマンナン類化合物をさらに含む、請求項1に記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項3】
ヒトに対して間歇的に繰り返し皮内又は皮下注射されるように用いられる、請求項1又は2に記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項4】
樹状細胞のCD1bを介してヒトの上皮性悪性腫瘍に由来する腫瘍抗原の呈示能力を増強することによりヒト樹状細胞を活性化するものである、請求項1乃至のいずれか一項に記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項5】
DEC-205陽性樹状細胞を活性化するものである、請求項1乃至のいずれか一項に記載の樹状細胞活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹状細胞活性化剤、それを用いて体内の樹状細胞を活性化させる方法、アレルギー疾患又は癌の患者に対する当該樹状細胞活性化剤の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
樹状細胞(DCs:Dendritic cells)は、代表的な抗原提示細胞であり、哺乳動物の体表面から深さ1mmほどの皮内又は皮下に存在し、生体の免疫監視システムのなかで重要な役割を果たしている。DCsには、DC1型とDC2型があり、DC1型に属する亜群の一つとしてDEC-205陽性樹状細胞(DEC-205DCs)がある。
樹状細胞の抗原提示能の一つは、ウイルス抗原のように細胞内で合成されたペプチド(内在性ペプチド)に由来する抗原(内在性抗原)の提示である。内在性ペプチドは、樹状細胞のプロテアソームにより分解され、抗原ペプチド(抗原決定基を含むペプチド断片)を生じる。生じた抗原ペプチドは、蛋白質輸送体(transporter associated with antigen presentation)を通って小胞体内へ移行され、MHCクラスI分子に結合する。MHCクラスI−抗原複合体は、小胞体から樹状細胞表面へ移送され、CD8T細胞に対し提示された結果、抗原特異的な細胞傷害性T細胞(CTLs:Cytotoxic T lymphocytes)が誘導される。
また樹状細胞の抗原提示能の他の一つは、病原性細菌などの樹状細胞外に存在するペプチド(外来性ペプチド)に由来する抗原(外来性抗原)の提示である。外来性ペプチドは、エンドサイトーシスによって樹状細胞に取り込まれ、エンドソーム内で分解され、抗原ペプチドを生じる。生じた抗原ペプチドは、エンドソーム内でMHCクラスII分子に結合する。MHCクラスII−抗原複合体は、樹状細胞表面へ移送され、CD4T細胞に対し提示される結果、体液性免疫又は細胞性免疫に作用する様々なサイトカインを分泌するヘルパーT細胞群(Th1細胞、Th2細胞)が誘導される。
さらに上述したDEC-205陽性樹状細胞などの特殊な抗原提示細胞では、癌細胞などの外来性抗原を取り込んだ後、それらを分解しMHCクラスI分子を介してCD8T細胞に対し提示される抗原提示過程が知られており、抗原のクロスプレゼンテーション(cross-presentation)と呼ばれている。この抗原提示過程においては、癌細胞由来の外来性タンパク抗原が樹状細胞に取り込まれた後に分解されて外来性抗原ペプチドを生じ、それがMHCクラスI分子に結合する。MHCクラスIと外来性抗原との複合体は、樹状細胞表面へ移送され、CD8T細胞に対し提示される結果、外来性抗原に対して特異的なCTLsが誘導される。
【0003】
近年、癌に対する免疫療法の一つとして、自己腫瘍(患者から採取した腫瘍)の融解又は抽出物或いは腫瘍抗原ペプチドにより感作した樹状細胞を患者に投与する療法(樹状細胞療法)が提案されている(非特許文献1)。
また、非特許文献2には、担癌マウスモデルにおける樹状細胞の挙動に関し、次のような実験結果と結論が記載されている。
(1)マウス肝臓癌細胞(Hepa 1-6-1又はHepa 1-6-2)を皮下注射することにより移入した担癌マウスを用いるin vivo実験において、Hepa 1-6-2担癌マウスでは癌細胞の成長が抑制され、癌特異的細胞傷害性T細胞の誘導が認められたのに対し、Hepa 1-6-1担癌マウスでは癌細胞が継続的に成長し、腫瘍特異的CTLsの誘導が認められなかった。
(2)Hepa 1-6-1担癌マウスに対し、インバリアントナチュラルキラー細胞(iNKT:invariant natural killer T cell)の活性化物質として知られている糖脂質α−ガラクトシルセラミド(α-galactosylceramide)を48時間ごとに腹腔内投与した場合、癌細胞の成長抑制が認められ、共刺激分子が高発現したDEC−205樹状細胞の増加と、癌特異的細胞傷害性T細胞の増加が認められた。
(3)上記発見は、樹状細胞がHepa 1-6-1癌病巣内で癌免疫能が抑制されたトレロジェニック樹状細胞(Tolerogenic DCs)の状態となっているが、α−ガラクトシルセラミドのような糖脂質を繰り返し投与することによって、癌免疫能が活性化されたイムノジェニック樹状細胞(Immunogenic DCs)に変換され、その結果、共刺激分子が高発現したイムノジェニック樹状細胞により、癌特異的CD8+CTLsを癌病巣内で誘導できるという、癌免疫療法に関する新原理を提示している(非特許文献2の338ページ左カラム第1行〜第9行)。
非特許文献2は、マウス個体内で、樹状細胞表面に発現している脂質抗原提示分子であるCD1d分子をCD1d分子に強い結合能を有するα−ガラクトシルセラミドで刺激活性化した場合、抑制性樹状細胞(tolerogenic DCs)を免疫活性型樹状細胞(immunogenic DCs)に変換できることを示し、その結果、抗腫瘍免疫が誘導されることを見出した。
【0004】
アレルギー疾患を起こす主たる原因は、マスト細胞によるヒスタミンの遊離であるが、このヒスタミンのマスト細胞からの放出量を抑制することができれば、様々なアレルギー疾患を治療することができる。こうした観点から本出願人らは、抗原投与により容易にヒスタミンを放出する抗原に感作されたマスト細胞と、DEC-205分子を発現したDC1型の細胞性免疫活性化型の樹状細胞とを抗原存在下で共培養したところ、顕著なヒスタミンの遊離抑制が見られることをマウスモデルで見出した(非特許文献3)。
また、この際、感作マスト細胞をDC2型の液性免疫活性型の樹状細胞とを抗原存在下で共培養したところ、全くヒスタミンの遊離抑制は認められなかった。さらにDC1型のサイトカインであるIL-12を、抗原存在下で感作マスト細胞と添加培養したところ、ヒスタミンの遊離が強く抑制されたが、さらにDC2型のサイトカインであるIL-10を抗原存在下で感作マスト細胞と添加培養したところ、強いヒスタミンの放出が認められた。このような事実は、DC1型の樹状細胞を選択的に活性化させるとアレルギー症状が抑制されること、逆にDC2型の樹状細胞を選択的に活性化させるとアレルギー症状が増強することを強く示唆している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本内科学会雑誌, Vol.96, p1923-1928, 2007
【非特許文献2】Immunology, Vol.151, p324-339, 2017
【非特許文献3】臨床免疫・アレルギー科,Vol.68(1), p1-5, 2017
【非特許文献4】The Journal of Biological Chemistry, Vol.272, No.37, Issue of September 12, p23094-23103, 1997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載されているような療法は、in vitroにおいて癌抗原に対し活性化させた樹状細胞を癌患者に投与するものであり、癌患者の体内で樹状細胞を活性化させるのではない。すなわち、これまで行われてきたような養子免疫治療の個体内での有効性は低いことを示している。
また、非特許文献2には、担癌マウスを用いたin vivo実験でα−ガラクトシルセラミドがCD1dを介してマウス樹状細胞を活性化させたことが記載されている。一方、非特許文献3には、アレルギー性鼻炎誘発マウスを用いたin vivo実験でα−ガラクトシルセラミドが、DEC-205分子を発現したDC1型の樹状細胞を選択的に活性化することによりアレルギー症状を抑制したことが記載されている。しかし、α−ガラクトシルセラミドはヒトに対して毒性を示すため、ヒトへの応用は不適切である。
本発明は上記した現状を鑑みて成し遂げられたものであり、ヒト体内に存在する樹状細胞を活性化させるためにヒトに投与する樹状細胞活性化剤、当該樹状細胞活性化剤を用いてヒト体内に存在する樹状細胞を活性化させる方法、及び、アレルギー疾患又は癌を罹患している患者への当該樹状細胞活性化剤の使用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明により提供される樹状細胞活性化剤は、有効成分として、いずれもヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まず、体内の樹状細胞がトレロジェニックとなっている上皮性悪性腫瘍患者の上皮性悪性腫瘍を治療又は予防するために用いられる樹状細胞活性化剤である。
本発明者は、ヒト樹状細胞は、上記非特許文献2で報告されたCD1d分子と類似構造を有した脂質抗原提示分子であるCD1b分子に結合能を有するミコール酸類化合物で活性化されることを見出した。
本発明の樹状細胞活性化剤は、有効成分として、ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるリポアラビノマンナン類化合物をさらに含んでもよい。
本発明者は、リポアラビノマンナン類化合物によりヒト樹状細胞の活性化が強化されることを確認している。
本発明の樹状細胞活性化剤は、ヒトに対して間歇的に繰り返し皮内又は皮下注射されるように用いられる。
本発明の樹状細胞活性化剤は、樹状細胞のCD1bを介してヒトの上皮性悪性腫瘍に由来する腫瘍抗原の呈示能力を増強することによりヒト樹状細胞を活性化するものであってもよい。
本発明の樹状細胞活性化剤は、DEC-205陽性樹状細胞を活性化するものであってもよい。
【発明の効果】
【0008】
ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物は、患者体内に元々存在しているDEC−205陽性樹状細胞(DEC-205+DCs)を活性化し、活性化された樹状細胞が、癌抗原又はアレルギー抗原に特異的な細胞性免疫を発動する結果、癌又はアレルギー疾患を治療又は予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】単球より誘導した樹状細胞(MDDCs)のBCG処置による効果を調べた実験結果
図2】結核菌の主要なサブコンポーネント(subcomponent)であるミコール酸(MA)がMDDC活性化を促しDEC-205発現増強に及ぼす効果を調べた実験結果
図3】Aoyama B株培養物由来のLAMがMDDCsのDEC-205発現に及ぼす効果を調べた実験結果
図4】精製された非毒性のミコール酸(MA)及びリポアラビノマンナン(LAM)による処置がMDDCsの様々な表面分子発現に及ぼす効果を調べた実験結果
図5】精製された非毒性のミコール酸(MA)及びリポアラビノマンナン(LAM)による処置がMDDCsからの様々なサイトカイン生産に及ぼす効果を調べた実験結果
図6】Aoyama B株由来のMAとLAMの混合物により処置されたDCsが、癌細胞由来の抗原を取り込んだ後、断片化したペプチド抗原をクロスプレゼンテーションすることによりペプチド抗原特異的なクラスI MHC分子に拘束されたCD8+CTLsを誘導する効果を調べた実験結果
図7】リポアラビノマンナンの精製スキーム
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.樹状細胞活性化剤
本発明により提供される樹状細胞活性化剤は、有効成分として、いずれもヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まないことを特徴とする。
本発明において「結核菌由来の他の成分を実質的に含まない」とは、本発明の樹状細胞活性化剤は、ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含むが、それ以外の結核菌由来の他の成分を含まない(検出しようとしても検出限界以下である)か、または、製造上不可避的に残留または混入する微量の不純物を含むにすぎないことを意味する。また、製造上不可避的に残留または混入する微量の不純物を含むにすぎない場合の典型例として、微量の不純物を含むが前記ミコール酸類化合物による樹状細胞活性化作用に統計学的に有意な変化を生じさせない場合を挙げることができる。
ただし、「結核菌由来の他の成分を実質的に含まない」の例外として、本発明の樹状細胞活性化剤は、ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるリポアラビノマンナン類化合物をさらに含んでいてもよい。
【0011】
本発明により提供される樹状細胞活性化剤をアレルギー疾患又は癌を罹患している患者に投与すると、樹状細胞活性化剤の有効成分、すなわち、ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物が、患者体内に元々存在しているDEC−205陽性樹状細胞(DEC-205+DCs)を活性化し、活性化された樹状細胞が、癌抗原又はアレルギー抗原に特異的な細胞性免疫を発動する結果、癌又はアレルギー疾患を治療又は予防することができる。
また本発明により提供される樹状細胞活性化剤は、ヒト樹状細胞を活性化する作用が強い特定の有効成分を多量に含有し、かつ、不純物の含有量も微量であるため、優れた樹状細胞活性化能を示し、かつ、免疫制御系への副作用が少ない。
さらにヒト樹状細胞を活性化する作用が強い特定の有効成分を多量に含有するため、製剤の容量を小さくすることができ、投与作業、特に皮下注する場合の投与作業が容易である。
【0012】
本発明者は、ヒト結核菌由来のミコール酸、特にαミコール酸及びメトキシミコール酸が、ヒト樹状細胞上のCD1b分子に結合し、樹状細胞を選択的に活性化すること、及び、この活性化が、リポアラビノマンナンの添加によって増強することを見出した。さらに、ミコール酸によって活性化された樹状細胞は、がん細胞から腫瘍抗原を捕捉し、それをクラス I MHC分子を介して提示(クロス−プレゼンテーション)することにより、癌抗原特異的なCTLsを未感作のT細胞から誘導すること、そして、そのCTLsが癌細胞を特異的に傷害することを見出した。
本発明の樹状細胞活性化剤により樹状細胞が活性化されるメカニズム、及び、活性化された樹状細胞により癌及びアレルギー疾患の治療又は予防効果が得られるメカニズムは、以下のように推測される。なお本発明は、下記推測以外のメカニズムを否定するものではない。
(1)活性化された樹状細胞による癌の治療又は予防効果
DEC−205陽性樹状細胞は、腫瘍塊内、その近傍、さらに癌に罹患した個体全体において抑制され、免疫抑制能を有するトレロジェニックな樹状細胞となっている。
上記ミコール酸類化合物を癌患者に投与すると、当該ミコール酸類化合物が、DEC−205陽性樹状細胞の表面に存在するCD1b分子を介して当該DEC−205陽性樹状細胞を刺激し、免疫抑制能を有するトレロジェニックなDEC−205陽性樹状細胞が免疫活性化能を有するイムノジェニックなDEC−205陽性樹状細胞に変換される。つまり樹状細胞が活性化される。
イムノジェニックなDEC−205陽性樹状細胞は、癌細胞に由来する癌タンパク質を捕捉し、捕捉された癌タンパク由来の断片化されたペプチドがクロス−プレゼンテーションされてMHCクラスI分子に結合する。MHCクラスIと癌抗原との複合体は、DEC−205陽性樹状細胞表面へ移送され、CD8T細胞に対し提示される結果、癌細胞に対して特異的なCTLsが誘導される。誘導されたCTLsは、癌細胞を攻撃し排除する結果、癌を治療又は予防することができる。
さらに、イムノジェニックなDEC−205陽性樹状細胞は、患者体内を遊走し、各部位に存在するトレロジェニックなDEC−205陽性樹状細胞をイムノジェニックなDEC−205陽性樹状細胞に変換する。
(2)活性化された樹状細胞によるアレルギー疾患の治療又は予防効果
上記ミコール酸類化合物をアレルギー患者に投与すると、当該ミコール酸類化合物が上記(1)と同様にCD1b分子を介してDEC−205陽性樹状細胞を刺激し活性化する。活性化された樹状細胞は、IL−l2などのサイトカインを分泌し、マスト細胞からのヒスタミンの遊離を抑制する結果、アレルギー疾患を治療又は予防することができる。
【0013】
本発明においてはヒト型結核菌由来の有効成分を用いる。ヒト型結核菌(Mycobacterium tuberculosis)とは、ミコバクテリウム属に属する真正細菌の一種であり、ヒト結核の原因菌である。
ヒト型結核菌としては、アオヤマB株(Mycobacterium tuberculosis Aoyama-B)が広く知られており、本発明においても、有効成分であるヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、α−ミコール酸、及び、リポアラビノマンナンの抽出源として好適に用いられる。アオヤマB株は、公益財団法人結核予防会結核研究所(東京都清瀬市松山3−1−24)から入手することができる。
【0014】
ヒト型結核菌由来のミコール酸類には、メトキシミコール酸、α−ミコール酸、ケトミコール酸が含まれるが、本発明においては、下記式(1)、(2)で表される、cis-及びtrans-メトキシミコール酸、及び/又は、下記式(3)で表されるα−ミコール酸を有効成分として用いる。なお、下記式(4)、(5)は、cis-及びtrans-ケトミコール酸である。
メトキシミコール酸及びα−ミコール酸の薬学的に許容される塩又はエステルは特に限定されない。
塩としては例えば、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、フマール酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、セシウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩、又はグリシン、アラニン、リジンもしくはグルタミン酸等のアミノ酸塩などを例示することができる。
また、エステルとしては例えば、メトキシミコール酸の末端カルボキシル基にエタノール等のアルコール化合物が結合したエステル、或いは、メトキシミコール酸の末端ヒドロキシル基にカルボン酸やリン酸などが結合したエステルを例示することができる。
【0015】
式(1) cis-メトキシミコール酸
【0016】
【化1】
【0017】
式(2) trans-メトキシミコール酸
【0018】
【化2】
【0019】
式(3) α−ミコール酸
【0020】
【化3】
【0021】
式(4) cis-ケトミコール酸
【0022】
【化4】
【0023】
式(5) trans-ケトミコール酸
【0024】
【化5】
【0025】
本発明の樹状細胞活性化剤は、リポアラビノマンナン類化合物を添加することによって、樹状細胞の活性化を増強することができる。
従来、リポアラビノマンナンが樹状細胞上のDectin-2を介して樹状細胞を活性化することは知られていたが(例えばImmunity 41(402-413), 2014)、活性化される樹状細胞の種類がDC1型かDC2型かは不明であったが、本発明者らは、ヒトDC1型樹状細胞の亜群であるDEC−205陽性樹状細胞(DEC-205+DCs)の活性化を、リポアラビノマンナンの添加によって増強することができることを見出した。しかしながら、リポアラビノマンナン単独では樹状細胞が活性化されTNF-αを産生放出させることはなかった。
ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナンがマンノースでキャップされた構造は、下記式(6)で表される。なお本発明は、マンノースでキャップされた構造に限定されず、マンノースでキャップされた構造以外のヒト型結核菌由来リポアラビノマンナンも含める。
リポアラビノマンナンの薬学的に許容される塩又はエステルは特に限定されず、上記メトキシミコール酸と同様のカウンターイオン又はエステル基を有するものを例示することができる。
【0026】
式(6) リポアラビノマンナン(マンノースキャップ型)
【0027】
【化6】
【0028】
ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びリポアラビノマンナン又はそれらの薬学的に許容される塩又はエステルは、ヒト型結核菌の熱水抽出物を調整し、当該熱水抽出物から、これらの化合物のうち一つ、又は、これらの化合物のうち二つ以上の混合物を、薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー等の方法で分離、精製することができる。
【0029】
ミコール酸の分離精製法の一例を以下に示す。
<ミコール酸精製法>
<1日目>
1. 121℃ 10分 菌液をオートクレーブ滅菌
2. 滅菌したサンプル液を入れて、2000 rpm, 15 min
3. 滅菌水にて洗う。2000 rpm, 15 min
4. クロロホルム:メタノール (3:1)を50ml 加え、ブレンダーで5min
5. 分液ロートに移し、混和し、室温で静置、overnight
<2日目>
中間層と上の層に、クロロホルム:メタノール (2:1)をtotal 50ml になるよう加えて混和し、RTで静置、overnight
<3日目>
1. 上の層を回収し、等量の水を加え、全体で5%NaOHになるように、40% NaOHを加える
2. 恒温槽70℃に1hr
3. HClでPH4以下になるよう調整する
4. 等量のヘキサンを加える
5. 激しく混和し室温, overnight (何回か混和する)
<4日目>
1. 上層を50mlガラスチューブに移し、N2ガスで乾固する
2. 溶液を作成する。3%H2SO4 1ml(DW 10ml+ H2SO4 300μl)に、10ml ベンゼンを加え混和し、さらに、20mlメタノールを加える。
3. 乾固したサンプルに、溶液を加える
4. 恒温槽で70℃に3hr
5. 分液ロートに移し、室温, overnight
<5日目>
1. サンプルに、DW 30mlと ヘキサン30ml を加えて、激しく混和する
2. クリアーになったら、上層を回収
3. N2ガスで乾固し、ヘキサンを加える
4. TLCプレートにサンプルを塗布する
5. ベンゼンにて展開を行う
6. ヨウ素に脂質分析用TLCプレートを入れ、必要な部分を鉛筆で印をしておく
<6日目>
1. TLCプレートよりサンプルを削りとり、カラム管に入れる
2. カラム管をCM=2:1で満たし、流す
3. サンプルをN2ガスで乾固する
4. サンプル量を計量し、ヘキサンにて適正濃度にする
【0030】
リポアラビノマンナンは、例えば、ナカライテスク株式会社(京都市中京区二条通烏丸西入東玉屋町498番地)などのメーカーから市場に供給されており、購入することができる。またリポアラビノマンナンは、非特許文献4(The Journal of Biological Chemistry, Vol.272, No.37, Issue of September 12, p23094-23103, 1997)に記載されたウシ型結核菌(Mycobacterium bovis Bacillus)からのマンノースキャップ型リポアビノマンナン(ManLAMs)の精製方法の準じた方法により、ヒト型結核菌から抽出、精製することができる。非特許文献4に記載された方法では、細胞質中のManLAMs(parietal ManLAMs)と細胞壁中のManLAMs(cellular ManLAMs)が、それぞれ単離される。非特許文献4の第23096頁に記載された精製スキームを図7に示す。
【0031】
樹状細胞活性化剤は、有効成分としてヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びその塩又はエステルよりなる群から選ばれる一種以上、さらに必要に応じてヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその塩又はエステルよりなる群から選ばれる一種以上を有効成分として用い、その投与経路及び投与方法に合わせて公知の添加剤、賦形剤、溶媒を用いて適切な製剤とすることができる。
代表的な投与経路として後述する皮内又は皮下注射剤とする場合の一例としては、メトキシミコール酸等の有効成分を、水、水−グリセロール溶液などの水系溶媒に溶解し、必要に応じ緩衝剤、pH調整剤、安定剤などの添加剤を加えて皮内又は皮下注射剤を調製することができる。
【0032】
2.上記樹状細胞活性化剤を使用する樹状細胞活性化方法
アレルギー疾患又は癌を罹患しているか又は罹患していることが疑われる患者に上記樹状細胞活性化剤を投与することにより、患者体内に存在する樹状細胞が活性化され、アレルギー疾患又は癌を治療又は予防することができる。
本発明により提供される体内の樹状細胞を活性化させる方法は、アレルギー疾患又は癌を罹患している又は罹患していることが疑われる患者に、有効成分として、ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まない樹状細胞活性化剤を、間歇的に繰り返し皮内又は皮下注射することを特徴とする。
【0033】
対象とし得るアレルギー疾患の種類としては例えば、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などを例示することができるが、これらの例示に限定されない。
また癌とは、上皮性悪性腫瘍であり、例えば、肺癌、胃癌、肝臓癌、膵臓癌、大腸癌、子宮癌、乳癌、急性骨髄性白血病、舌癌、咽頭癌、卵巣癌、脳腫瘍などを例示することができるが、これらの例示に限定されない。
【0034】
樹状細胞活性化剤は、患者に対し間歇的に繰り返し投与する。投与間隔、投与経路、投与回数、投与量などの投与方法は、年齢、体重、投与経路等の諸条件によって決定される。
樹状細胞活性化剤は、ミコール酸類化合物の含有量(濃度)が2〜500μg/mlの範囲となるように精製し、リポアラビノマンナン類化合物を含む場合には、リポアラビノマンナン類化合物の含有量(濃度)も2〜500μg/mlの範囲となるように精製したものを用いることが、不純物による悪影響がなく細胞性免疫の誘導能が高くすることができる点で好ましい。
投与間隔については、48時間から72時間の間隔をあけて投与することが好ましい。
投与経路は限定されないが、樹状細胞が存在する位置に樹状細胞活性化剤の有効成分を効率的に到達させるような投与経路を選ぶことが好ましい。樹状細胞は皮内又は皮下に多く存在しているので、樹状細胞活性化剤を皮内又は皮下注射することにより、樹状細胞を効果的に活性化させることができる。
ミコール酸類化合物の一回当たり投与量は、2〜500μgを目安とし、リポアラビノマンナン類化合物の一回当たり投与量も、2〜500μgを目安とする。
【0035】
3.本発明に包含される実施形態
本発明は、特に以下の実施形態を包含する。
(1)有効成分として、いずれもヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まない樹状細胞活性化剤。
(2)有効成分として、ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるリポアラビノマンナン類化合物をさらに含む、上記(1)に記載の樹状細胞活性化剤。
(3)ヒトに対して間歇的に繰り返し皮内又は皮下注射されるように用いられる、上記(1)又は(2)に記載の樹状細胞活性化剤。
(4)アレルギー疾患又は癌の治療又は予防に用いられる上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の樹状細胞活性化剤。
(5)アレルギー疾患又は癌を罹患している又は罹患していることが疑われる患者に、有効成分として、いずれもヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まない樹状細胞活性化剤を、間歇的に繰り返し皮内又は皮下注射することを特徴とする、体内の樹状細胞を活性化させる方法。
(6)前記樹状細胞活性化剤として、ヒト型結核菌由来のリポアラビノマンナン及びその薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるリポアラビノマンナン類化合物をさらに含む樹状細胞活性化剤を用いる、上記(5)に記載の体内の樹状細胞を活性化させる方法。
(7)アレルギー疾患又は癌の治療又は予防に用いられる上記(5)又は(6)に記載の体内の樹状細胞を活性化させる方法。
(8)アレルギー疾患又は癌を罹患している又は罹患していることが疑われる患者に対する、上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の樹状細胞活性化剤の使用。
【実施例】
【0036】
実験1.単球より誘導した樹状細胞(MDDCs)のBCG処置による効果
Bacillus Calmette-Guerin(BCG)のような結核菌感染の主な標的は、樹状細胞(DCs)である。DCsのなかでも、DEC-205DCsは、クラスI MHCを介して、捕捉した抗原分子内の抗原決定基(エピトープ)を、CD80やCD86のような共刺激分子と共働してクロスプレゼンテーションする能力を保有しており、この能力により、CD8エピトープ特異的な細胞傷害性T細胞(CTLs)の感作及び活性化を補助することが知られている。活性化されたCTLsは、クラスI MHC 分子により提示されたエピトープを発現している細胞を攻撃する。BCGがDEC-205DCsを選択的に活性化しているか否かについて調査するために、ヒト単核白血球誘導樹状細胞(MDDCs)を、生菌BCG又は熱不活性化BCG(日本BCG研究所、東京、日本)の含有量が異なる完全培地(CCM)中で2時間インキュベートし、入念に洗浄し、遊離したBCGを除去し、その後さらにMDDCsをBCGフリーCTM中で2日間インキュベートし、MDDCs上のDEC-205発現を観察した。
<実験結果>
図1A中の左側に示したグラフは、各処理群及び非処理群ごとに、樹状細胞のDEC-205発現率を縦軸とし、被験樹状細胞のCD1b発現率を横軸としたグラフである。このグラフは縦軸と横軸により4分割された各領域を含んでおり、そのうち、右上の領域にプロットされた頻度は、DEC-205陽性かつCD1b陽性DCs(DEC-205CD1bDCs)の発現率(%)である。たとえば非処置群でのDEC-205CD1bDCsの割合は13.4%である。
また、図1A中の右側に示したグラフは、各処理群及び非処理群ごとに、DEC-205及び樹状細胞のマーカーであるHLA-DR(Human Leukocyte Antigen)のMFI(平均染色強度 Mean Fluorescence intensity)を示すグラフである。グラフ中の実線はDEC-205及びHLA-DRの発現を示し、ハーフトーンはアンステインドコントロール(unstained)を示す。
図1Aに示したように、DEC-205CD1bDCsの割合は、生菌BCG又は熱不活性化BCGのいずれで処置したMDDCsにおいても顕著に増加したが、活性割合は、生菌BCG処置で、わずかに高かった。しかし、生菌BCGを200μg/ml以上用いて処置した場合には、DEC-205CD1bDCsの割合が減少した。
活性割合の減少は、生菌BCGの毒性に起因すると考えられた。そこで我々は、生菌BCG又は熱不活性化BCGの量を変えて処置した後のMDDCs生存率を比較した。予想したとおりMDDCsの生存率は、生菌BCG の量が増えるにつれて急激に減少した(図1B)。実際に、200μg/mlの生菌BCGで2日間インキュベートした場合に、60%以上のMDDCsが死滅した。
【0037】
実験2.結核菌の主要なサブコンポーネント(subcomponent)であるミコール酸(MA)がMDDC活性に与える効果
BCG膀胱内投与療法は、膀胱がんに対して最も有効な免疫療法であると広く考えられていたが、それにもかかわらず、BCGのサブコンポーネントによって結核性腎炎、重篤な膀胱炎、著しい血尿などの様々な副作用が多数報告されている。これらの副作用は、生菌BCGによって引き起こされる細胞毒性が関与しているかもしれない。しかし、DCsの損傷が関与する重篤な副作用は、生菌BCGで引き起こされるだけでなく、弱毒化したBCGによっても引き起こされるかもしれない。そのため、そのようなBCGを膀胱がんの治療に用いることは避けるべきである。さらに我々は最近、がん特異的CTLsを発現させるためには、腫瘍塊内のDEC-205DCsをCD1分子を介して活性化する必要がありそうだということを発見した。そこで我々は、BCG培養物及びAoyama B株培養物の両方の細胞壁中に存在し、既知の抗結核薬であるイソニアジド(INAH)の特異的標的であり、CD1分子を介してDCsを刺激する可能性が高いMA(ミコール酸)などの非毒性成分に着目し、ヒトDC活性化への効果を調べた。また、ヒトDCsに対する感染性は、BCG中よりも、Aoyama B培養物中で極めて高いことが知られている。
<実験手順>
実験は以下の手順で実施した。
AoyamaB株(AoB)とBCG Tokyo株からMAを精製し、TLCにて主要成分の確認をした(図2A)。
精製したAoB由来MA及びBCG由来MAの適性濃度を知るために、ヒトMDDCsを各濃度の総MA(α−、メトキシ−、ケト−を全て含むミコール酸)と2日間インキュベートし、MDDCs上のDEC-205発現及びHLA-DR発現を観察した(図 2B)。
さらにα−MA、methoxy−MA及びketo−MAをそれぞれ精製単離し、単離品500 μg/mlの濃度でMDDCsと2日間インキュベートし、MDDCs上のDEC-205発現及びHLA-DR発現を観察した(図 2C)。
また、総MAによるMDDCsの生存率を各処置群間で比較した(図 2D)。
<実験結果>
図2Aに示すように、3つの主要成分、α−MA(α-ミコール酸)、メトキシ−MA(メトキシミコール酸)及びケト−MA(ケトミコール酸)のいずれの成分も、BCG及びAoyama B株の両方の培養物の菌体溶解物(bacterial cell-lysate)中に検出された。ここで、Aoyama B培養物は、α-MA、メトキシ-MAがケト-MAよりも多量に検出され、BCGは、より少量のα-MA、メトキシ-MAが検出された。
図2Bに示すように、DEC-205及びHLA-DRの双方発現は、MDDCs をAoyama B株から精製した総MAで処置した場合には、BCGから精製した総MAで処置した場合よりも、より顕著に、かつ用量依存的に活性化した。
図2Cに示すように、ミコール酸亜分画(α−、メトキシ−、ケト−の各亜分画)の影響を比較したところ、メトキシ−MA(メトキシミコール酸)が最も刺激活性能を有していた。
また図2Dに示すように、精製した総MAはMDDCsに対し全く毒性を示さなかった。
樹状細胞のマーカーであるHLA-DRの発現は、AoyamaB株由来MA処置群(AoB群)とBCG由来MA処置群(BCG群)とも同等であったが、DEC-205についてはAoB群の方がBCG群よりもDEC-205発現を増強させた。全体として、Aoyama B株培養物から精製したMAの500μg/ml処置、特にメトキシミコール酸の500μg/ml処置が、最も効果的にMDDCsを活性化すると考えられる。
【0038】
実験3.Aoyama B株培養物由来のLAMがMDDCsのDEC-205発現に及ぼす効果
上記知見に基づき、さらに我々は、Aoyama B株培養物由来のLAM(リポアラビノマンナン)がヒトDCの活性化に及ぼす効果についても調査した。
<実験手順>
実験は以下の手順で実施した。
LAMの適性濃度を知るために、ヒトMDDCsを各濃度のLAMと2日間インキュベートし、MDDCs上のDEC-205, HLA-DR発現を観察し(図 3A)、その生存率を測定した(図 3B)。
<実験結果>
MDDCsを500μg/ml又は300μg/mlのLAMで処置した場合に、DEC-205及び樹状細胞のマーカーであるHLA-DRの発現が若干向上した(図3A)。ただしこの際、500μg/mlより少量の300μg/mlのLAMによってDEC-205のMFIが11.4となり、MDDCsが若干活性化されたことが注目される。また、ヒト型結核菌であるAoyama B株培養物由来のLAMは毒性を全く示さず(図3B)、抗原特異的細胞性免疫に対する防御能力を誘導するだけでなく、捕捉した抗原をクロスプレゼンテーションする能力を有するDEC-205+ MDDCsを選択的に活性化する場合についても、毒性があるBCGの代わりに、毒性がない300μg/mlのLAMを用いることができる。
【0039】
実験4.精製された非毒性のMA-及びLAM-による処置がMDDCsの様々な表面分子発現に及ぼす効果
非感作のHLA-DR+ かつDEC-205+ヒトMDDCsを、総MA処置、LAM処置及び総MAとLAMの組み合わせ処置した場合に、MDDCs上に存在するHLA-ABC, CD1a, CD1b, PD-L1, CD40, CD80及び CD86などの、さまざまな抗原提示関連分子の変化を、フローサイトメトリーで調査した。
<実験手順>
実験は以下の手順で実施した。
ヒトMDDCsを、有効性が認められた500μg/mlの総MA(α−、メトキシ−、ケト−を全て含むミコール酸)、及び/又は、有効性が認められた300μg/mlのLAMで2日間インキュベートし、MDDCs上のDEC-205, HLA-DR発現を観察し、HLA-DR+ DEC-205+ DCsのHLA-ABC, CD1a, CD1b, PD-L1, CD40, CD80, CD86の表面発現を測定した(図 4)。
<実験結果>
MDDCs上でのDendritic Cell-Specific Intercellular adhesion molecule-3-Grabbing Non-integrin(DC-SIGN)の発現は明らかに減少した。一方、図4の最上段に示したように樹状細胞のマーカーであるHLA-DRを発現したMDDCs上でのDEC-205発現は、総MA単独処置、LAM単独処置、及び、総MAとLAMの同時処置で認められ、特に、総MAとLAMの同時処置群では47.5%を示し、著しく発現が増強した。
また、さまざまな抗原提示関連表面分子を観察したところ、図に示したように、MAとLAMの同時処置群において共刺激分子、特にCD86の強い発現増強が認められた。
【0040】
実験5.精製された非毒性のMA-及びLAM-処置がMDDCsからの様々なサイトカイン産生に及ぼす効果
<実験手順>
実験は以下の手順で実施した。
ヒトMDDCsを、有効性が認められた500μg/mlの総MA(α−、メトキシ−、ケト−を全て含むミコール酸)、及び/又は、有効性が認められた300μg/mlのLAMで2日間インキュベートし、培養上清中のIL-10, IL-12p40, TNF-αの濃度をELISA法にて測定した(図 5)。
<実験結果>
図5に示すように、IL-10及びTNF-αの放出量はそれぞれ微量のみ検出された。一方、 細胞傷害性T細胞の誘導に必須のIL-12p40は、IL-10及びTNF-αと比べて明らかに多量に放出された。IL-12p40は、MA刺激した場合に、LAM刺激した場合と比べて多量に放出され、MAとLAMを組み合わせた双方刺激によって特に多量の放出が認められた。
【0041】
実験6.Aoyama B株由来のMAとLAMの混合物により処置されたDCsは、癌特異的なクラスI MHCに拘束されたCD8+CTLsを刺激誘導することができる
最後に我々は、癌抗原を負荷されたDEC-205+DCsが、クラスI MHC分子拘束性にされた、未感作のCD8+T細胞を感作し、癌特異的な細胞傷害性T細胞(CTLs)とする可能性について調査した。
<実験手順>
実験は以下の手順で実施した。
ヒトT24膀胱癌細胞をマイトマイシン-C処理を行ったのち37℃で一昼夜インキュベートし、アーリーアポトーシス状態であることをフローサイトメトリーにより確認した(図6A)。
そして、PKH67グリーン(緑色蛍光)でラベルされたアポトーシス状態のT24細胞を、ドナーから得たレッド(赤色蛍光)でラベルされたHLA-DR+−DCsと共に培養し、DCsがアポトーシス状態のT24フラグメントを捕捉したか否かを蛍光顕微鏡で確認した(図6B)。
さらに、癌抗原を捕捉したDCsと、有効性が認められた500μg/mlの総MA(α−、メトキシ−、ケト−を全て含むミコール酸)、又は、有効性が認められた300μg/mlのLAM、又は、500μg/mlの総MA及び300μg/mlのLAMの混合物とを、37℃で2日間インキュベートし、それに未感作(刺激誘導されていない状態)のCD8+T細胞を加え、さらに2週間培養した。次に、誘導された癌特異的なCTLsの細胞傷害性を、クロム-51で標識したT24癌細胞に対する細胞傷害性を指標として検討した(図 6C)。
<実験結果>
図6Cに示すように、T24癌細胞は、総MA及び/又はLAMで処置した自己(autologous)DCsで刺激したCD8+T細胞により特異的に殺された。なお、T24以外の癌細胞(OVCAR-3又はK561)は、全く傷害されなかった。このT24癌細胞に特異的な傷害性は、総MAとLAMで同時刺激した場合、著しく強化された。
【0042】
7.まとめ
(1)実験1の結果、図1のように生菌BCGは樹状細胞に対する傷害性(毒性)が非常に強い。これに対し、実験2の結果、ヒト結核菌から熱水抽出した有効成分MA樹状細胞に対する毒性を全く示さなかった。また実験3の結果、LAMも樹状細胞に対する毒性を全く示さなかった。
(2)実験2の結果から、BCG由来のMAよりも、ヒト型結核菌(Aoyama B株)由来のMAの方が細胞傷害性T細胞の誘導効果が高いことが示された。また図2Aでは、Aoyama B株の方がBCGよりもα−MAおよびメトキシ−MAの含有量が多く、総MAで刺激した樹状細胞上のDEC-205の発現が増強していたことから、ヒト型結核菌由来MAの方が
BCG由来MAよりも細胞傷害性T細胞の誘導能が高いと考えられる。
(3)実験2の結果から、ヒト型結核菌(Aoyama B株)由来のMAは、樹状細胞に発現したCD1b分子を刺激し、樹状細胞を活性化することが示された。
実験6の結果から、活性化した樹状細胞は癌抗原を捕捉し、捕捉した癌抗原をクラスI MHC分子からクロスプレゼンテーションすることによりCD8+T細胞を感作し、癌特異的な細胞傷害性キラーT細胞(CD8+CTLs)を誘導し、抗がん作用を発揮することが示された。
また実験5の結果から、活性化した樹状細胞は、IL-12p40のようなDC-1タイプのサイトカインの分泌することが示された。このIL-12p40はキラーT細胞増幅作用を有しているため、キラーT細胞の細胞傷害性を増強し、抗癌或いは抗アレルギー作用を高めると考えられる。
(4)実験6(図6C)の結果から、LAM自身は細胞傷害性キラーT細胞(CD8+CTLs)の誘導能はないが、MAは樹状細胞を介した細胞傷害性キラーT細胞誘導能を有する。また、実験4の結果から、MAとLAMの同時処置を行った場合に、優れた細胞傷害性キラーT細胞誘導能が示された。即ち、MAによりDEC-205陽性の樹状細胞亜群が選択的に活性化され、その結果、未熟(naive)なT細胞より特異的細胞傷害性キラーT細胞を誘導できる。
実験5及び実験6の結果から、LAMは、樹状細胞からのIL-12の放出を促進させて、MAによる樹状細胞を介した細胞傷害性キラーT細胞の活性化を高めるということができる。特異的な細胞傷害性キラーT細胞の誘導・樹立のためには、あくまでもMAによりCD1b分子を介した樹状細胞の活性化が重要である。
【要約】
【課題】ヒト体内に存在する樹状細胞を活性化させるためにヒトに投与する樹状細胞活性化剤、ヒト体内の樹状細胞を活性化させる方法、及び、アレルギー疾患又は癌の患者への樹状細胞活性化剤の使用を提供する。
【解決手段】 有効成分として、ヒト型結核菌由来のメトキシミコール酸、αミコール酸及びそれらの薬学的に許容される塩又はエステルよりなる群から選ばれる少なくとも一種からなるミコール酸類化合物を含み、かつ、結核菌由来の他の成分を実質的に含まない樹状細胞活性化剤である。
【選択図】なし
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7