特許第6530259号(P6530259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6530259
(24)【登録日】2019年5月24日
(45)【発行日】2019年6月12日
(54)【発明の名称】紡糸延伸装置、及び、紡糸延伸方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/62 20060101AFI20190531BHJP
   D01D 5/098 20060101ALI20190531BHJP
【FI】
   D01F6/62 301G
   D01D5/098
   D01F6/62 306C
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-130727(P2015-130727)
(22)【出願日】2015年6月30日
(65)【公開番号】特開2016-40429(P2016-40429A)
(43)【公開日】2016年3月24日
【審査請求日】2017年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-164043(P2014-164043)
(32)【優先日】2014年8月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502455511
【氏名又は名称】TMTマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松井 正宏
【審査官】 松岡 美和
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−077221(JP,A)
【文献】 特開2010−180484(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第02677069(EP,A1)
【文献】 特開2013−014859(JP,A)
【文献】 特開昭60−110909(JP,A)
【文献】 清水二郎,超高速紡糸−PET繊維における繊維構造の形成機構,繊維工学,日本,1985年,Vol.38, No.6,PP.243-257
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/62
D01D 5/098
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
紡糸装置から紡出されたポリエチレンテレフタレートからなる糸を加熱しつつ延伸する紡糸延伸装置であって、
前記紡糸装置から紡出された前記糸がそれぞれ巻掛けられる複数の第1加熱ローラと、
前記複数の第1加熱ローラから送られた前記糸が巻き掛けられ、表面温度が、前記複数の第1加熱ローラよりも高い第2加熱ローラを有し、
前記複数の第1加熱ローラで送られる間には、前記糸が、そのネック変形張力未満の張力範囲内で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラのそれぞれの糸送り速度は、糸走行方向下流側に位置するものほど速く設定され、
前記複数の第1加熱ローラのうち最も糸走行方向下流側に位置するものと前記第2加熱ローラの間においては、前記糸が、そのネック変形張力でネック延伸されるように、前記第2加熱ローラの糸送り速度は、前記複数の第1加熱ローラのうち最も下流側に位置する第1加熱ローラの糸送り速度よりも速く設定されていることを特徴とする紡糸延伸装置。
【請求項2】
前記複数の第1加熱ローラのうち最も上流側に配置されたローラへの入口張力をTin、前記ネック変形張力をTnとしたときに、
前記複数の第1加熱ローラで送られる間に、前記糸は、Tin以上、且つ、0.9Tn以下の張力範囲で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とする請求項1に記載の紡糸延伸装置。
【請求項3】
前記複数の第1加熱ローラで送られる間に、前記糸は、1.2Tin以上、且つ、0.8Tn以下の張力範囲で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とする請求項2に記載の紡糸延伸装置。
【請求項4】
前記複数の第1加熱ローラは、3つ以上であって、
糸走行方向下流側に向かうほど、前記第1加熱ローラ間での糸の延伸張力が大きくなるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の紡糸延伸装置。
【請求項5】
紡糸装置から紡出されたポリエチレンテレフタレートからなる糸がそれぞれ巻掛けられる複数の第1加熱ローラと、
前記複数の第1加熱ローラから送られた前記糸が巻き掛けられ、表面温度が、前記複数の第1加熱ローラよりも高い第2加熱ローラを有する紡糸延伸装置を用いて前記糸を延伸する紡糸延伸方法であって、
前記複数の第1加熱ローラで送られる間に、ネック変形張力未満の張力範囲内で前記糸を延伸した後、
前記複数の第1加熱ローラのうち最も糸走行方向下流側に位置する第1加熱ローラと前記第2加熱ローラの間において、ネック変形張力で前記糸を延伸することを特徴とする紡糸延伸方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紡糸装置から紡出された糸を延伸する紡糸延伸装置、及び、紡糸延伸方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、衣類などに用いられるポリエチレンテレフタレート(以下、PETと略称する)などのポリエステル繊維からなる糸を製造するための紡糸引取装置が記載されている。この紡糸引取装置は、3つの予備加熱ローラおよび2つの加熱ローラと、2つの案内ローラと、巻取ユニットなどを備える。紡糸装置から連続的に紡出された糸は、保温箱の中に収容された3つの予備加熱ローラおよび2つの加熱ローラによって加熱延伸・熱固定される。なお、以下では、PETからなる糸を製造する場合について記載する。
【0003】
紡糸装置から紡出されて保温箱内に送られた糸は、3つの予備加熱ローラ(例えば、80〜100℃)にそれぞれ巻き掛けられて、PETのガラス転移温度よりもやや高い温度である80℃程度にまで予備加熱される。下流側の2つの加熱ローラは、上流側の3つの予備加熱ローラよりも糸送り速度が速くなるように設定されている。従って、糸は、予備加熱ローラと、加熱ローラとの間で延伸される。また、2つの加熱ローラは、3つの予備加熱ローラよりも高い温度(例えば、120〜140℃)に設定されている。延伸された糸は、加熱ローラによって加熱され、延伸された状態が熱固定される。延伸された糸は、2つの案内ローラを経て、巻取ユニットにおいて巻き取られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−005555号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の紡糸引取装置では、PETなどのポリエステル繊維からなる糸が、予備加熱ローラと、それよりも糸送り速度の速い加熱ローラとの間で延伸される。これら2つのローラ間での延伸の際、糸の張力がある一定値を超えると、糸に塑性変形が生じて糸の断面積が急激に減少する。この急激な変形(ネック変形)が起こるときの糸の張力は、ネック変形張力と呼ばれている。
【0006】
糸にネック変形が生じて断面積が急激に減少すると、糸の内部構造に大きな歪みが発生して、延伸時に断糸したり、毛羽が発生しやすくなる。また、この歪みが残留したままで熱固定されると糸品質として劣ったものになる。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、PETからなる糸の延伸時の歪み発生を抑え、糸の断糸、毛羽の発生を防止できると共に、高品質な糸の生産が可能な紡糸延伸装置を提供することである。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0008】
第1の発明の紡糸延伸装置は、紡糸装置から紡出されたポリエチレンテレフタレートからなる糸を加熱しつつ延伸する紡糸延伸装置であって、前記紡糸装置から紡出された前記糸がそれぞれ巻掛けられる複数の第1加熱ローラと、前記複数の第1加熱ローラから送られた前記糸が巻き掛けられ、表面温度が、前記複数の第1加熱ローラよりも高い第2加熱ローラを有し、前記複数の第1加熱ローラで送られる間には、前記糸が、そのネック変形張力未満の張力範囲内で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラのそれぞれの糸送り速度は、糸走行方向下流側に位置するものほど速く設定され、前記複数の第1加熱ローラのうち最も糸走行方向下流側に位置するものと前記第2加熱ローラの間においては、前記糸が、そのネック変形張力でネック延伸されるように、前記第2加熱ローラの糸送り速度は、前記複数の第1加熱ローラのうち最も下流側に位置する第1加熱ローラの糸送り速度よりも速く設定されていることを特徴とするものである。
【0009】
紡糸装置から送られた糸は、低温の複数の第1加熱ローラで予熱された後、糸送り速度の異なる、第1加熱ローラと第2加熱ローラとの間でネック延伸される。延伸後の糸は、高温の第2加熱ローラによってその延伸状態が熱固定される。
【0010】
さらに、本発明では、糸の予熱のための複数の第1加熱ローラの間でも、下流側に位置するものほど糸送り速度が速くなっている。これにより、複数の第1加熱ローラにおいて、PETからなる糸を予備的に延伸すること(以下、予備延伸という)ができるようになっている。しかし、この予備延伸において、予熱途中の、ガラス転移点まで温度が達していない糸にネック変形が生じてしまうと、無理な延伸を行ってしまうことになり、問題がある。そこで、本発明では、複数の第1加熱ローラでの予備延伸では、糸が、ネック変形張力未満の張力範囲内で延伸されるように、糸送り速度が設定される。その後、第1加熱ローラと第2加熱ローラとの間で、糸が、ネック変形張力で延伸されて、ネック変形を伴う延伸(ネック延伸、あるいは、本延伸という)が行われる。糸に予備延伸を行うことにより、本延伸時における糸の急激な変形を抑えることができるため、糸の歪みを抑えることができる。これにより、糸の断糸、毛羽の発生を防止できると共に、高品質な糸を生産することができる。また、本発明によれば、延伸性の悪い糸、および、断糸しやすい糸であっても、生産可能となる。
【0011】
上述したように、糸の内部構造の歪み量が小さくなると、内部構造の均一化のための時間を短縮することができる。これにより、糸をネック延伸する区間、すなわち、複数の第1加熱ローラのうち最も下流側に位置するものと第2加熱ローラとの間の距離を変えることなく、糸が送られる速度を速くすることができる。これにより、糸の加工に要する時間を短縮することができるため、糸の生産性を向上させることができる。
【0012】
また、ネック延伸の前に、複数の第1加熱ローラの間で糸を予備延伸することによって、複数の第1加熱ローラのうち最も下流側に配置されたローラ(以下、最終の第1加熱ローラとも言う)と第2加熱ローラとの間における延伸倍率を小さくすることができる。これにより、糸が送られる速度を維持したまま、2つのローラ間の距離を短くすることができるため、紡糸延伸装置のサイズをコンパクト化することができる。
【0013】
また、ネック延伸の前に、複数の第1加熱ローラの間で糸を予備延伸することによって、予備延伸を行わない場合に比べて、最終の第1加熱ローラの前後で、糸に生じる張力の差を小さくすることができる。
【0014】
ここで、最終の第1加熱ローラの前後で、糸にかかる張力の差が大きいと、巻き掛けられた第1加熱ローラ上で糸がスリップし、毛羽の発生、および、延伸点の変動によって染め斑が発生するなどの問題が生じるおそれがある。本発明によれば、最終の第1加熱ローラの前後で、糸に生じる張力の差を小さくすることができるため、上述したような問題を防止することができる。
【0015】
また、各第1加熱ローラの前後で張力の差が生じるため、各第1加熱ローラに糸が強く巻き付けられる。これにより、糸への加熱効率が向上するため、均一加熱が可能となる。
【0016】
第2の発明の紡糸延伸装置は、第1の発明において、前記複数の第1加熱ローラのうち最も上流側に配置されたローラへの入口張力をTin、前記ネック変形張力をTnとしたときに、前記複数の第1加熱ローラで送られる間に、前記糸は、Tin以上、且つ、0.9Tn以下の張力範囲で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とするものである。
【0017】
複数の第1加熱ローラの間の予備延伸時に、あまり延伸されず、糸にかかる張力が小さいと、その分、本延伸の区間で糸が急激に変形することになる。従って、歪み量も大きくなってしまう。一方で、予備延伸時にかかる張力が高すぎると、糸の張力変動等によってネック変形張力を超えてしまうおそれがあり、予備延伸の間に、糸にネック変形が生じてしまうことになる。
【0018】
本発明では、複数の第1加熱ローラによる予備延伸時における糸の張力が、複数の第1加熱ローラのうち最も上流側に配置された、最初の第1加熱ローラへの入口張力Tin以上であるため、糸を変形させることができる。一方で、糸の張力が、ネック変形張力Tnの0.9倍以下であるため、予備延伸時に糸にネック変形が生じない。
【0019】
第3の発明の紡糸延伸装置は、第2の発明において、前記複数の第1加熱ローラでの間では、前記糸は、1.2Tin以上、且つ、0.8Tn以下の張力範囲で延伸されるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とするものである。
【0020】
本発明では、複数の第1加熱ローラによる予備延伸時における糸の張力が最初の第1加熱ローラへの入口張力の1.2倍以上であるため、糸をより確実に変形させることができる。また、糸の張力が、ネック変形張力Tnの0.8倍以下であるため、予備延伸時における糸のネック変形を確実に防止できる。
【0021】
第4の発明の紡糸延伸装置は、第1〜3のいずれかの発明において、前記複数の第1加熱ローラは、3つ以上であって、糸走行方向下流側に向かうほど、前記第1加熱ローラ間の糸の延伸張力が大きくなるように、前記複数の第1加熱ローラの糸送り速度がそれぞれ設定されていることを特徴とするものである。
【0022】
予熱の初期段階、すなわち、上流側の第1加熱ローラで糸が送られている状態では、糸の温度は十分に上がっていない。このような段階で、大きい延伸張力で予備延伸をすると、糸にダメージが生じてしまうおそれがある。
【0023】
本発明では、糸走行方向下流側に向かうほど、第1加熱ローラ間での延伸張力が大きくなる。従って、予熱の初期段階の区間では延伸張力を小さくして、無理な延伸を防止し、予熱の最終段階の区間では延伸張力を大きくして、予備延伸を効率的に行うことができる。これにより、上述したような問題を防止することができる。
【0024】
第5の発明の紡糸延伸方法は、紡糸装置から紡出されたポリエチレンテレフタレートからなる糸がそれぞれ巻掛けられる複数の第1加熱ローラと、前記複数の第1加熱ローラから送られた前記糸が巻き掛けられ、表面温度が、前記複数の第1加熱ローラよりも高い第2加熱ローラを有する紡糸延伸装置を用いて前記糸を延伸する紡糸延伸方法であって、前記複数の第1加熱ローラで送られる間に、ネック変形張力未満の張力範囲内で前記糸を延伸した後、前記複数の第1加熱ローラのうち最も糸走行方向下流側に位置する第1加熱ローラと前記第2加熱ローラの間において、ネック変形張力で前記糸を延伸することを特徴とするものである。
【0025】
本発明では、第1の発明と同様に、PETからなる糸の予熱のための複数の第1加熱ローラの間でも、下流側に位置するものほど糸送り速度が速くなっている。これにより、複数の第1加熱ローラにおいて、PETからなる糸を予備延伸ができるようになっている。また、複数の第1加熱ローラでの予備延伸では、糸が、ネック変形張力未満の範囲内で延伸されるように、糸送り速度が設定される。その後、第1加熱ローラと第2加熱ローラとの間で、糸が、ネック変形張力で延伸されて、ネック変形を伴う延伸が行われる。糸に予備延伸を行うことにより、ネック延伸時における糸の急激な変形を抑えることができるため、糸の歪み量を抑えることができる。これにより、糸の断糸、毛羽の発生を防止することができると共に、高品質な糸を生産することができる。また、延伸性の悪い糸、および、断糸しやすい糸であっても、生産可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本実施形態に係る紡糸引取装置の正面図である。
図2図1に示した保温箱と、その内部に収容された3つの第1加熱ローラおよび2つの第2加熱ローラを示す断面図である。
図3】(a)は、延伸前の糸を示す図、(b)は、3つの第1加熱ローラによる予備延伸時の糸を示す図、(c)は、最終の第1加熱ローラと、第2加熱ローラとの間の延伸時の糸を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。本実施形態は、紡糸装置から紡出された、ポリエチレンテレフタレート(PET)からなる複数の糸を引き取る、紡糸引取装置に、本発明を適用した一例である。
【0028】
図1に示すように、紡糸装置2から紡出された複数の糸10は、その下方に配置された紡糸引取装置1に送られる。複数の糸10は、ポリエチレンテレフタレートからなる。紡糸引取装置1は、紡糸装置2から送られた複数の糸10を引取る引取部40と、引取部40から送られた複数の糸10を巻取る巻取部50とを有する。なお、以下では、図1の左方を「左」、図1の右方を「右」、図1の紙面手前側を「前」、図1の紙面奥側を「後」と定義して説明を進める。
【0029】
引取部40は、図1に示すように、糸走行方向に沿って配置された、糸送りローラ16、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4c、2つの第2加熱ローラ4d,4e、糸送りローラ17等を備えている。
【0030】
糸送りローラ16は、その軸心が前後方向と平行となるように配置されている。糸送りローラ16には、紡糸装置2から紡出された複数の糸10が巻掛けられる。紡糸装置2から紡出された複数の糸10は、糸送りローラ16によって、スリット26bから保温箱26内に送られる。
【0031】
図1図2に示すように、断熱材料で形成された保温箱26内には、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eが収容されている。3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eは、それらの軸方向が前後方向と平行となるように配置されている。
【0032】
3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eは、断熱材料からなる保温箱26に収容されることによって、放熱が抑制されている。保温箱26には、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eの前端面を覆う扉(不図示)が開閉自在に取り付けられている。
【0033】
3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eには、それぞれモータ(不図示)が内蔵されている。3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eに設けられたモータは、制御部14とそれぞれ接続され、制御部14によって個別に制御される。これにより、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eは、複数の糸10の糸送り速度を個別に設定することができる。
【0034】
また、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eには、それぞれヒータ18が内蔵されている。3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eにそれぞれに設けられたヒータ18は、各ローラを加熱する。上述したように、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eのヒータ温度は、制御部14によって個別に制御されている。これにより、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eは、複数の糸10が巻き掛けられる表面温度を、個別に設定することができる。
【0035】
糸送りローラ16から保温箱26内に送られた複数の糸10は、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cと2つの第2加熱ローラ4d,4eによって、加熱および延伸される。その後、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cと2つの第2加熱ローラ4d,4eによって、加熱および延伸された複数の糸10は、保温箱26の外に送り出され、糸送りローラ17に向かって送られる。なお、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cと2つの第2加熱ローラ4d,4eと、それらによる複数の糸10の加熱および延伸の詳細については、後述する。
【0036】
糸送りローラ17は、その軸心が前後方向と平行となるように配置されている。糸送りローラ17には、保温箱26から送り出された複数の糸10が巻掛けられ、それよりも糸走行方向下流側に設けられた糸送りローラ11,12を経由して巻取部50へと送られる。
【0037】
また、糸送りローラ16,17,11,12の糸送り方向すぐ上流側には、糸分けガイド19〜22がそれぞれ設けられている。複数の糸10は、それらに掛けられることによって、複数の糸10の配列方向において一定の距離を保ちつつ糸分けされる。
【0038】
また、糸送りローラ11と糸分けガイド22との間には、インターレース(不図示)が配置されている。インターレースは、流体噴射ノズルを用いることで糸10を構成するフィラメントを相互に絡み合わせることにより、糸10に集束性を付与する。
【0039】
3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cと2つの第2加熱ローラ4d,4eによって加熱および延伸され、糸送りローラ11,12によって送られた複数の糸10は、図1に示すように、巻取部50でそれぞれ巻取られる。巻取部50は、本体フレーム15と、本体フレーム15に回転可能に設けられた円板状のターレット6と、複数のボビンBがその軸方向に沿って装着される2本のボビンホルダ7と、複数のボビンBに巻取られる複数の糸10をそれぞれ綾振りする複数のトラバースガイド8と、ボビンホルダ7に装着された複数のボビンBに接触するコンタクトローラ9等を備えている。
【0040】
2本のボビンホルダ7は、それらの軸方向が前後方向と平行になる状態で、それぞれ、後方のターレット6に回転可能に支持されている。2本のボビンホルダ7は、それぞれモータ(不図示)によって回転駆動される。各ボビンホルダ7が回転すると、このボビンホルダ7に装着された複数のボビンBも、ボビンホルダ7と一体的に回転する。また、2本のボビンホルダ7を支持するターレット6が回転することにより、2本のボビンホルダ7の位置を、巻取位置(図1の上方の位置)と退避位置(図1の下方の位置)との間で切り換える。つまり、ターレット6は、糸10を巻取るボビンホルダ7を切り換えるものである。
【0041】
ボビンホルダ7の上方には、本体フレーム15に取り付けられた複数の支点ガイド13と複数のトラバースガイド8が、複数のボビンBにそれぞれ対応して設けられている。糸送りローラ12から送られた複数の糸10は、複数の支点ガイド13にそれぞれ掛けられる。さらに、複数の糸10が、複数のトラバースガイド8によって、対応する支点ガイド13を中心としてボビンBの軸方向に綾振りされながら、巻取位置のボビンホルダ7に装着された複数のボビンBにそれぞれ巻取られる。これにより、複数のボビンBに複数のパッケージPがそれぞれ形成されていく。また、糸巻取り中には、コンタクトローラ9が、パッケージPの外周面に接触して所定の接圧を付与しながら回転することで、パッケージPの形状が整えられる。
【0042】
次に、紡糸引取装置1の電気的構成について説明する。紡糸引取装置1の動作を制御する制御部14は、図1に示すように、糸送りローラ11,12,16,17を駆動するモータ(不図示)、保温箱26内に収容された3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eにそれぞれ取り付けられたモータ(不図示)、および、ヒータ18を個別に制御する。また、制御部14は、様々な設定を行うための設定部を有し、この設定部から、オペレータは、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cおよび2つの第2加熱ローラ4d,4eのモータ(不図示)の糸送り速度、および、ヒータ18の温度を個別に設定することが可能である。設定された糸送り速度の設定値、及び、ヒータ18の温度の設定値は、制御部14内の記憶装置に記憶される。また、制御部14は、巻取部50の制御部3に信号を送る。制御部3は、巻取部50に設けられたターレット6、トラバースガイド8、ボビンホルダ7などを制御する。
【0043】
次に、保温箱26内の5つの加熱ローラ4a〜4eによる、複数の糸10の加熱および延伸について詳細に説明する。本実施形態では、本来、PETからなる複数の糸10の予熱のために設置されている上流側の3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cによって、糸10にネック変形が生じない程度の予備延伸を行う。その後、第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dとの間で、ネック変形を生じさせる本延伸(ネック延伸)を行う。
【0044】
3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの表面温度Ta,Tb,Tcは、上流側に配置されたローラほど、その温度が高くなるように設定されている(Ta>Tb>Tc)。尚、下流側の2つの第1加熱ローラ4b,4cの温度Tb,Tcは同じ温度であっても構わない(Ta>Tb=Tc)。3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの表面温度Ta,Tb,Tcは、それらに設けられたヒータ18によって、糸10のガラス転移温度以上(80〜100℃)まで加熱されている。より具体的には、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの表面温度Ta,Tb,Tcは、例えば、第1加熱ローラ4aの表面温度Taは90℃、第1加熱ローラ4bの表面温度Tbは85℃、第1加熱ローラ4cの表面温度Tcは80℃となるように設定されている。
【0045】
また、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cは、それらの糸送り速度Va,Vb,Vcが、下流側に配置された第1加熱ローラほど、糸送り速度が速くなるように設定されている(Va<Vb<Vc)。
【0046】
以上より、複数の糸10は、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cによって、ガラス転移温度近くまで加熱される過程で、糸送り速度の差によって、隣り合う第1加熱ローラ4a,4b間、および、第1加熱ローラ4b,4c間において、予備延伸される。これにより、複数の糸10は、図3(a)に示す延伸前の断面積から、図3(b)に示すように、その糸走行方向下流側ほど、断面積が徐々に小さくなっていく。
【0047】
また、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの糸送り速度Va,Vb,Vcは、糸10がそのネック変形張力未満の張力範囲内で延伸されるような速度に設定される。具体的には、最初の第1加熱ローラ4aへの入口張力をTin、ネック変形張力をTnとしたときに、3つの第1加熱ローラ4a〜4cで送られる間に、糸10が、Tin以上、且つ、0.9Tn以下の張力範囲で延伸されるように、糸送り速度Va,Vb,Vcがそれぞれ設定されていることが好ましい。さらに、糸10が、1.2Tin以上、且つ、0.8Tn以下の張力範囲で延伸されるように、糸送り速度Va,Vb,Vcがそれぞれ設定されていることが好ましい。
【0048】
2つの第2加熱ローラ4d,4eは、それらの表面温度Td,Teが等しい(Td=Te)。2つの第2加熱ローラ4d,4eの表面温度Td,Teは、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの表面温度Ta,Tb,Tcよりも高い温度に設定されている(Tc<Td=Te)。なお、2つの第2加熱ローラ4d,4eは、それらの表面温度Td,Teが異なっていても構わない。
【0049】
また、2つの第2加熱ローラ4d,4eは、それらの糸送り速度Vd,Veが等しい(Vd=Ve)。さらに、2つの第2加熱ローラ4d,4eの糸送り速度Vd,Veは、最も糸走行方向下流側に設けられた最終の第1加熱ローラ4cの糸送り速度Vcよりも速くなるように設定されている(Vd=Ve>Vc)。なお、第2加熱ローラ4dの糸送り速度Vdは、第2加熱ローラ4eの糸送り速度Veよりも速くても構わない。もしくは、第2加熱ローラ4dの糸送り速度Vdは、第2加熱ローラ4eの糸送り速度Veよりも遅くても構わない。
【0050】
以上より、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cによって、最終的にガラス転移温度以上まで加熱された複数の糸10は、第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dの糸送り速度の差によって、延伸される。ここで、糸走行方向上流側の第2加熱ローラ4dの糸送り速度Vdは、最終の第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dとの間で、糸10が、そのネック変形張力でネック延伸されるような速度に設定される。これにより、図3(c)に示すように、複数の糸10は、塑性変形を生じながら、その断面積が急激に減少する(ネック変形)。
【0051】
2つの第2加熱ローラ4d,4eの表面温度Td,Teは、例えば、120〜140度に加熱されている。これにより、2つの第2加熱ローラ4d,4eの表面に巻き掛けられた複数の糸10は熱固定される。
【0052】
次に、5つの加熱ローラ4a〜4eの温度、及び、糸送り速度の具体例と、そのときの糸張力について、以下に挙げる。
(糸銘柄)
PET SD83dtex/72f(PETセミダル糸、繊度83dtex、72フィラメント)
(ローラ温度)
Ta=90℃
Tb=Tc=83℃
Td=Te=136℃
(糸送り速度)
Va=2060m/min
Vb=2135m/min
Vc=2280m/min
Vd=4616m/min
Ve=4616m/min
(糸張力)
ネック変形張力Tn=40.0cN
ローラ4aへの入口張力Tin=14.5cN
ローラ4a、4b間張力=25.6cN
ローラ4b、4c間張力=26.0cN
この例では、ローラ4a,4b間張力、及び、ローラ4b、4c間張力は、共に、入口張力Tinの1.2倍以上で、且つ、ネック変形張力Tnの0.8倍以下となっている。
【0053】
本実施形態では、PETからなる複数の糸10の予熱のための3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cの間でも、下流側に位置するものほど糸送り速度が速くなっている。これにより、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cにおいて、PETからなる糸を予備延伸することができるようになっている。さらに、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cでの予備延伸では、糸10が、ネック変形張力未満の範囲内で延伸されるように、各ローラ4a〜4cの糸送り速度が設定される。その後、第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dとの間で、複数の糸10が、ネック変形張力で延伸されて、ネック変形を伴う本延伸(ネック延伸)が行われる。複数の糸10に予備延伸を行うことにより、本延伸時における糸10の急激な変形を抑えることができるため、糸10の歪み量を抑えることができる。これにより、糸10の断糸、毛羽の発生を防止できると共に、高品質な糸10を生産することができる。また、延伸性の悪い糸、および、断糸しやすい糸であっても、生産可能となる。
【0054】
上述したように、糸10の内部構造の歪み量が小さくなると、内部構造の均一化のための時間を短縮することができる。これにより、糸10をネック延伸する区間、すなわち、第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dの間の距離を変えることなく、糸10が送られる速度を速くすることができる。これにより、糸10の加工に要する時間を短縮することができるため、糸10の生産性を向上させることができる。
【0055】
また、ネック延伸の前に、3つの第1加熱ローラ4a〜4cで送られる間に糸10を予備延伸することによって、第1加熱ローラ4cと第2加熱ローラ4dの間における延伸倍率を小さくすることができる。これにより、糸10が送られる速度を維持したまま、ローラ4cとローラ4dの間の距離を短くすることができるため、紡糸引取装置1のサイズをコンパクト化することができる。
【0056】
また、ネック延伸の前に、隣り合う第1加熱ローラ4a,4b間、および、第1加熱ローラ4b,4c間で予備延伸することによって、予備延伸を行わない場合に比べて、最終の第1加熱ローラ4cの前後で、複数の糸10に生じる張力の差を小さくすることができる。
【0057】
最終の第1加熱ローラ4cの前後で、複数の糸10にかかる張力の差が大きいと、巻き掛けられた第1加熱ローラ4c上で糸10がスリップする。さらに、第1加熱ローラ4c上でスリップし、毛羽の発生、および、延伸点の変動によって染め斑が発生するなどの問題が生じるおそれがある。本実施形態によれば、最終の第1加熱ローラ4cの前後で、複数の糸10に生じる張力の差を小さくすることができるため、上述したような問題を防止することができる。
【0058】
また、各第1加熱ローラ4a〜4cの前後で張力の差が発生するため、複数の糸10を第1加熱ローラ4a〜4cに強く巻き付けることができる。これにより、糸10への加熱効率が向上するため、均一加熱が可能となる。
【0059】
第1加熱ローラ4a〜4cの間の予備延伸時に、糸10があまり延伸されず、糸10にかかる張力が小さいと、その分、本延伸の区間で糸10が急激に変形することになる。従って、歪み量も大きくなってしまう。一方で、予備延伸時にかかる張力が高すぎると、糸10の張力変動等によってネック変形張力を超えてしまうおそれがあり、予備延伸の間に、糸10にネック変形が生じてしまうことになる。
【0060】
この観点では、まず、予備延伸時に糸10を変形させるために、予備延伸時における糸10の張力が、最初の第1加熱ローラへの入口張力Tin以上であるのが好ましい。さらに、糸10を確実に変形させるためには、糸10の張力が1.2Tin以上であるのがより好ましい。一方、予備延伸時に糸10にネック変形を生じさせないために、糸10の張力が、ネック変形張力Tnの0.9倍以下であることが好ましい。さらに、予備延伸時のネック変形を確実に防止するためには、糸10の張力が、ネック変形張力Tnの0.8倍以下であることが好ましい。
【0061】
また、ここで、第1加熱ローラ4a,4b,4cによる複数の糸10の予熱の初期段階、すなわち、第1加熱ローラ4a,4b,4cのうちの上流側のローラ4a,4b間では、複数の糸10の温度は十分に上がっていない。このような段階で、大きい延伸張力で予備延伸をすると、糸10にダメージが生じてしまうおそれがある。この点、本実施形態では、3つの第1加熱ローラ4a,4b、4cの糸送り速度Va,Vb,Vcの関係は、Va<Vb<Vcとなっており、糸走行方向下流側に向かうほど糸送り速度が大きくなっている。従って、糸走行方向下流側に配置された2つの第1加熱ローラ4b,4c間の予備延伸は、糸走行方向上流側に配置された2つの第1加熱ローラ4a,4b間の予備延伸よりも、延伸張力が大きくなるように延伸される。つまり、予熱の初期段階の区間では、糸10にかかる延伸張力を小さくして無理な延伸を防止し、予熱の最終段階の区間では糸10にかかる延伸張力を大きくして、予備延伸を効率的に行うことができる。
【0062】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上述の実施形態や実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な設計変更が可能なものである。
【0063】
また、本実施形態では、3つの第1加熱ローラ4a,4b,4cと2つの第2加熱ローラ4d,4eが設けられている場合について記載したが、第1加熱ローラが2つ以上で、第2加熱ローラが1つ以上であることを条件に、第1加熱ローラと第2加熱ローラの個数を適宜変更しても構わない。例えば、2つの第1加熱ローラと1つの第2加熱ローラによって加熱延伸を行っても構わない。即ち、2つの第1加熱ローラによって複数の糸10を予備加熱した後、その後、2つの第1加熱ローラのうち糸走行方向下流側の第1加熱ローラと1つの第2加熱ローラの間でネック延伸を行っても構わない。
【符号の説明】
【0064】
1 紡糸引取装置
2 紡糸装置
4a,4b,4c 第1加熱ローラ
4d,4e 第2加熱ローラ
10 糸
14 制御部
40 引取部
50 巻取部
図1
図2
図3