(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記表面構造は、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体で研磨したものであることを特徴とする請求項2に記載の摩擦部構造。
前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されていることを特徴とする請求項3に記載の摩擦部構造。
前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されたものであることを特徴とする請求項6に記載の使用。
硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法であって、
前記高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、
前記第1の砥液又は一次粒子径が2nm〜5nmの砥粒を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液を、前記ラッピング工程にて形成した表面に対して線状に収束させつつ噴射し縦横に走査して格子状の溝を形成すると共に、形成されている溝と隣接する平行な溝の形成時には、新たに形成する溝の縁部を前記形成されている溝の縁部に一部重畳させつつ走査して両溝の走査方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造とし、しかも走査した領域の算術平均粗さ(Ra)を前記第1又は第2の砥液の衝突によって1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記波形構造の頂部近傍領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とする凹部形成工程と、
を有することを特徴とする摩擦面の形成方法。
前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が砥粒として分散されたものであることを特徴とする請求項8に記載の摩擦面の形成方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前述の機構部品のうち、例えば人工関節に着目すると、人工関節は、手術によって体内に埋め込まれて関節の代替として機能させるものであることから、患者負担等を勘案するとその性質上メンテナンスや交換は容易ではない。
【0007】
それゆえ、摩擦抵抗が少なく摩耗粉の発生量が少ない摩擦部を備えることは人工関節の構成上重要な要素であり、近年では長年に亘り低摩擦抵抗状態を維持可能なものが開発されつつある。
【0008】
しかしながら、摩擦抵抗が少ない摩擦部からは、従来の摩擦部にて発生していた摩耗粉の大きさに比して微細な摩耗粉が発生してしまうという問題がある。
【0009】
具体的には、0.1μm〜1μm程度の摩耗粉が発生して人工関節の周囲に散逸すると、主にマクロファージの貪食対象となってしまい、生体内にて免疫反応が惹起され、炎症反応等が生じてしまうおそれがあった。
【0010】
それゆえ、低摩擦抵抗性と、摩耗粉の微細化抑制、摩耗粉の発生量抑制という3つの相反する特徴を兼ね備えた摩擦部を備える人工関節が求められている。
【0011】
また、人工関節に限らず、摩擦部を有する機構部品一般において、微細摩耗粉の散逸は予期しない部位での減摩を引き起こすなど、好ましくない現象の原因とも成りうる。
【0012】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を提供する。
【0013】
また本発明では、同摩擦部構造を備えた人工関節や、摩擦部構造を構成する摩擦面の形成方法等についても提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記従来の課題を解決するため、本発明に係る摩擦部構造では、(1)硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部の構造において、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度の摩擦面は、相対的に低硬度の摩擦面との接触により移着膜が形成される移着膜形成部と、前記高硬度の摩擦面の表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかであって、前記一対の摩擦面の圧接時に前記移着膜形成部の表面に存在する潤滑液を流入させて収容し同表面を実質的に無潤滑液状態にできる容量を備えた凹部と、を有し、前記移着膜形成部の表面は、前記一対の摩擦面の圧接摺動に伴って前記凹部より溢出した潤滑液により前記移着膜形成部の表面に形成された前記移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段を備えることを特徴とすることとした。
【0015】
また、本発明に係る摩擦部構造では、以下の点にも特徴を有する。
(2)前記移着膜剥離助長手段は、1nm〜3nmの算術平均粗さ(Ra)を有する前記移着膜形成部の表面構造であること。
(3)前記表面構造は、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体で研磨したものであること。
(4)前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されていること。
(5)前記高硬度の摩擦面は、前記移着膜形成部として機能する所定曲率の面上に、前記凹部として機能する複数のピットが形成されたオレンジピール構造を有すること。
(6)前記高硬度の摩擦面は、前記移着膜形成部として機能する所定曲率の面上に、前記凹部として機能する複数の溝が形成された構造を有すること。
(7)前記複数の溝は前記面上に格子状に形成されており、隣接する互いに平行な溝の縁部同士を一部重畳させて、溝の伸延方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造としたこと。
【0016】
また、本発明に係る人工関節では、(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の摩擦部構造を備えることとした。
【0017】
また本発明では、(9)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の摩擦部構造における移着膜剥離助長手段を形成するために、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体を研磨剤として使用した。
【0018】
また、上記(9)の使用に際し、(10)前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されたものであることにも特徴を有する。
【0019】
また、本発明に係る摩擦面の形成方法では、(11)硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法であって、前記高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記ラッピング工程にて形成した表面に、同表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかである凹部を形成する凹部形成工程と、前記凹部形成工程にて形成した表面のうち少なくとも凹部以外の領域を、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液で研磨して、この凹部以外の領域を算術平均粗さ(Ra)を1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記凹部以外の領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とするポリシング工程と、を有することとした。
【0020】
また、本実施形態に係る摩擦面の形成方法では、(12)硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法であって、前記高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記第1の砥液又は一次粒子径が2nm〜5nmの砥粒を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液を、前記ラッピング工程にて形成した表面に対して線状に収束させつつ噴射し縦横に走査して格子状の溝を形成すると共に、形成されている溝と隣接する平行な溝の形成時には、新たに形成する溝の縁部を前記形成されている溝の縁部に一部重畳させつつ走査して両溝の走査方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造とし、しかも走査した領域の算術平均粗さ(Ra)を前記第1又は第2の砥液の衝突によって1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記波形構造の頂部近傍領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とする凹部形成工程と、を有することとした。
【0021】
さらに、上記(11)又は(12)の摩擦面の形成方法において、(13)前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が砥粒として分散されたものであることにも特徴を有する。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る摩擦部構造によれば、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部の構造において、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度の摩擦面は、相対的に低硬度の摩擦面との接触により移着膜が形成される移着膜形成部と、前記高硬度の摩擦面の表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかであって、前記一対の摩擦面の圧接時に前記移着膜形成部の表面に存在する潤滑液を流入させて収容し同表面を実質的に無潤滑液状態にできる容量を備えた凹部と、を有し、前記移着膜形成部の表面は、前記一対の摩擦面の圧接摺動に伴って前記凹部より溢出した潤滑液により前記移着膜形成部の表面に形成された前記移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段を備えることとしたため、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を提供することができる。
【0023】
また、前記移着膜剥離助長手段は、1nm〜3nmの算術平均粗さ(Ra)を有する前記移着膜形成部の表面構造であることとすれば、移着膜を堅実に形成可能としながらも、凹部より溢出した潤滑液により移着膜の剥離を容易とすることができる。
【0024】
また、前記表面構造は、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体で研磨したものであることとすれば、前記表面構造を精度良く、容易に形成することができる。
【0025】
また、前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されていることとしたため、研磨効率を向上させることができ、表面構造を更に容易に形成することができる。
【0026】
また、前記高硬度の摩擦面は、前記移着膜形成部として機能する所定曲率の面上に、前記凹部として機能する複数のピットが形成されたオレンジピール構造を有することとすれば、ピット以外の面の部分を移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0027】
また、前記高硬度の摩擦面は、前記移着膜形成部として機能する所定曲率の面上に、前記凹部として機能する複数の溝が形成された構造を有することとすれば、溝以外の面の部分を移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0028】
また、前記複数の溝は前記面上に格子状に形成されており、隣接する互いに平行な溝の縁部同士を一部重畳させて、溝の伸延方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造とすれば、波形構造の頂部近傍を移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0029】
また、本発明に係る人工関節によれば、上述の摩擦部構造を備えた人工関節とすることにより、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を備えた人工関節を提供することができる。
【0030】
また、上述の摩擦部構造における移着膜剥離助長手段を形成するために、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体を研磨剤として使用することで、移着膜剥離助長手段を容易に形成することができる。
【0031】
また、上記使用に際し、前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が分散されたものとすることで、研磨効率を向上させることができ、移着膜剥離助長手段を更に容易に形成することができる。
【0032】
また、本発明に係る摩擦面の形成方法によれば、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法であって、前記高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記ラッピング工程にて形成した表面に、同表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかである凹部を形成する凹部形成工程と、前記凹部形成工程にて形成した表面のうち少なくとも凹部以外の領域を、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液で研磨して、この凹部以外の領域を算術平均粗さ(Ra)を1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記凹部以外の領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とするポリシング工程と、を有することとしたため、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を構成可能な摩擦面を形成することができる。
【0033】
また、本発明に係る摩擦面の形成方法によれば、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法であって、前記高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記第1の砥液又は一次粒子径が2nm〜5nmの砥粒を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液を、前記ラッピング工程にて形成した表面に対して線状に収束させつつ噴射し縦横に走査して格子状の溝を形成すると共に、形成されている溝と隣接する平行な溝の形成時には、新たに形成する溝の縁部を前記形成されている溝の縁部に一部重畳させつつ走査して両溝の走査方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造とし、しかも走査した領域の算術平均粗さ(Ra)を前記第1又は第2の砥液の衝突によって1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記波形構造の頂部近傍領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とする凹部形成工程と、を有することとしたため、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を構成可能な摩擦面を形成することができる。
【0034】
また、前記分散体は、前記2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物が砥粒として分散されたものであることとすれば、研磨効率を向上させることができ、移着膜剥離助長手段を更に容易に形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明は、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部の構造に係るものである。
【0037】
ここで摩擦部は、さまざまな機構部品における可動部分の摺動部位が対象であり、機構部品自体は特に限定されるものではない。
【0038】
また潤滑液の成分は特に限定されるものではなく、一般的な機構部品に用いられる油性潤滑液は勿論のこと、水性の潤滑液や、生体内にて潤滑液の機能を果たす体液(関節液)等も含む概念である。
【0039】
そして、本実施形態に係る摩擦部構造に特徴的には、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度の摩擦面は、相対的に低硬度の摩擦面との接触により移着膜が形成される移着膜形成部と、前記高硬度の摩擦面の表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかであって、前記一対の摩擦面の圧接時に前記移着膜形成部の表面に存在する潤滑液を流入させて収容し同表面を実質的に無潤滑液状態にできる容量を備えた凹部と、を有し、前記移着膜形成部の表面は、前記一対の摩擦面の圧接摺動に伴って前記凹部より溢出した潤滑液により前記移着膜形成部の表面に形成された前記移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段を備えることとしている。
【0040】
このような構成を備えた本実施形態に係る摩擦部構造に関し、発明の理解に供するために、
図1及び
図2を参照しながらその概念について説明する。
図1及び
図2は、摩擦面の状態を示した概念図である。なお、
図1及び
図2に示す概念図においてピットの大きさや移着膜の厚み、形状等は必ずしも正確ではない。
【0041】
図1(a)に示すように、高硬度部材10と低硬度部材11とで構成される、硬度の異なる一対の部材間に形成された摩擦部12において、高硬度面13と低硬度面14との間、すなわち摩擦面間には潤滑液15が介在した状態となっている。
【0042】
また、高硬度面13には、予め微細な凹部16が形成されている。
【0043】
このような状態において、両部材間に徐々に荷重が掛かるなどして摩擦面間が狭められると、
図1(b)に示すように、潤滑液15の大部分は摩擦部12外へ排出される。また、凹部16内にも潤滑液が充填されることとなる。
【0044】
ここで、摩擦部12を更に拡大視すると、
図1(c)に示すように、摩擦面間には未だ極少量の潤滑液15が液膜を形成した状態で存在している。
【0045】
次に、両部材間に充分に荷重が掛かると、
図1(d)に示すように、摩擦面間に存在していた極少量の潤滑液15も、既に潤滑液15で満杯となっている凹部16内に圧縮されつつ収容され、摩擦面間には潤滑液15が存在せず、高硬度面13及び低硬度面14が直接的に接触した状態となる。
【0046】
このような状態で高硬度部材10と低硬度部材11との相対的な運動によって摺動が起こると、
図2(a)に示すように、高硬度面13の凹部16以外の部分に低硬度部材11の一部が移行して移着膜17が形成される。すなわち、高硬度面13の凹部16以外の部分が移着膜形成部18として機能する。
【0047】
このように移着膜17が形成されると、実質的には移着膜17と低硬度部材11との接触となり、移着膜17の素材は低硬度部材11の素材と同じであるため、高硬度部材10と低硬度部材11との摩擦抵抗に比して低い摩擦抵抗を示すこととなって円滑な摺動を促す。
【0048】
また、この移着膜形成部18上に形成された移着膜17は、
図2(b)に示すように、高硬度部材10と低硬度部材11との相対運動が繰り返されることにより徐々に肥厚する。
【0049】
これに伴い、摩擦面の位置も高硬度面13から徐々に離隔し、凹部16の深さは相対的に深くなる。この摩擦面の離隔移動に伴い、凹部16内に収容されていた潤滑液は圧力が開放されて、同潤滑液15の液面が高硬度面13と移着膜17との界面のレベルよりも高い位置となる。
【0050】
また、移着膜17と低硬度面14との間では、摺動に伴って微細な摩擦粉(以下、微細摩擦粉19ともいう。)も生じる。先にも述べたように、この微細摩擦粉19は、可動部分を有する一般的な機構部品において予期しない部位での減摩を生起させたり、生体内に置換された人工関節においてマクロファージの貪食対象となり炎症反応を惹起してしまう。
【0051】
そこで、本実施形態に係る摩擦部構造に特徴的には、摩擦抵抗の低減に寄与する移着膜17の剥離を敢えて助長する手段を備えている。
【0052】
すなわち、移着膜形成部18の表面には移着膜剥離助長手段が備えられており、
図2(c)に示すように、凹部16の周縁等における移着膜17の剥離開始部20の形成が促される。
【0053】
すると、凹部16より溢出した潤滑液15が、例えば毛細管現象などによってささくれ状となった剥離開始部20から高硬度面13と移着膜17との間に滲入し、剥離液の如く機能して移着膜17が徐々に剥離する。
【0054】
剥離した移着膜17は、あたかも消しゴムの消しカスが互いに結合して大きくなるように、微細摩擦粉19を巻き込みながら大型化し、大型摩耗粉30が形成されることとなる(
図2(d)参照。)。
【0055】
従って、摩耗粉の大型化が促進されると共に微細摩擦粉19は散逸することなく、一般機構部品等における予期しない減摩や、人工関節に由来する生体内での炎症等が生じるおそれを低減することができる。
【0056】
しかも、剥離は移着膜17の全てに起こる訳ではなく、移着膜17と低硬度面14との接触面積は、移着膜の剥離が助長されていない場合や凹部16が存在しない場合に比して小さくなるため、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、摩耗粉の発生量自体も抑制することができる。
【0057】
このように、本実施形態に係る摩擦部構造によれば、低摩擦抵抗性と、摩耗粉の微細化抑制、摩耗粉の発生量抑制という3つの相反する特徴を兼ね備えた摩擦部を実現することができる。
【0058】
ただし、凹部16は、高硬度面13と低硬度面14との圧接時に、移着膜形成部の表面に存在する潤滑液を流入させて収容し同表面を実質的な無潤滑液状態にできる容量を備える必要がある。
【0059】
このような凹部16は、高硬度面13に複数設けられているのが望ましく、より具体的には、凹凸を考慮しない平面視における高硬度面13の面積を100%とした場合、平面視において移着膜形成部18として機能しない領域の面積が1%〜50%、より好ましくは1%〜30%となるように凹部16を形成するのが良い。
【0060】
また、凹部16は、摩擦面の表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれであっても良い。
【0061】
凹部16が穴状(ピット)である場合には、開口径が10nm〜100nm、深さが35nm〜65nmであるのが望ましい。
【0062】
また、凹部16が溝状である場合には、溝の幅が10nm〜5mm、深さが35nm〜200nmであるのが望ましい。より具体的には、後述する
図4(a)に示すような微細な格子状の構造の場合は溝の幅を10nm〜100nm、深さを35nm〜65nm、溝の間隔を0.1mm〜1.0mmとなるようにしても良く、
図4(b)に示すような比較的粗な格子状の構造の場合は溝の幅を0.5mm〜5mm、深さを35nm〜200nmとすることができる。なお、凹部16が溝である場合、
図2を用いて説明した凹部16への潤滑液15の圧入が起こらない(圧力の逃げ場がある)可能性も否定できないが、その場合であっても、凹部16内に収容されている潤滑液15の界面は潤滑液15の表面張力等により高硬度面13と移着膜17との境界面近傍であると考えられ、相対的な摺動により凹部16からの潤滑液15の溢出が促されることとなる。
【0063】
また、実質的な無潤滑液状態とは、移着膜形成部18の表面に潤滑液の組成成分が一分子たりとも付着していない状態を意味するものではなく、潤滑液15の潤滑機能が充分に発揮できない程度に枯渇している状態を意味している。
【0064】
ところで、移着膜形成部18の表面に備えられる移着膜剥離助長手段は、凹部16より溢出した潤滑液15によって移着膜17の剥離を助長する手段であれば特に限定されるものではない。
【0065】
このような移着膜剥離助長手段のより限定された具体例を敢えて示すならば、凹部16の縁部形状であって、上方へ拡開する凹部側壁面から移着膜形成部18にかけてつながる滑らかな曲面形状を挙げることができる。
【0066】
このような縁部形状を備えることにより、移着膜を凹部の落ち込み方向に沿って徐々に薄く形成させることができ、摩擦部12における摺動に伴って移着膜末端のささくれ立ちを惹起させて剥離を助長することができる。
【0067】
また更なる一例としては、移着膜剥離助長手段は、1nm〜3nmの算術平均粗さ(Ra)を有する移着膜形成部18の表面構造を挙げることができる。
【0068】
例えばこの表面構造の算術平均粗さが1nmを下回ると、凝着性の摩耗が増大し摩擦粉の生成量が増加するため好ましくない。また、3nmを上回っても、切削性の摩耗(アブレシブ摩耗)が増大し摩擦粉の生成量が増加するため好ましくない。
【0069】
表面構造の算術平均粗さを1nm以上3nm以下とすることにより、移着膜形成部18と移着膜17との境界面における微細な凹凸の噛み混み深さを適度に小さくすることができ、剥離開始部20からの潤滑液15の滲入時における移着膜17の移着膜形成部18からの剥離を助長することができる。
【0070】
また、このような移着膜形成部18の表面構造を形成するにあたっては、2nm〜5μm程度の微細な砥粒を溶媒に分散させてなる砥液を用いるのが望ましい。
【0071】
具体的には、1μm〜5μm程度の粒子径を有するダイヤモンド粒子やアルミナ粒子を砥粒として分散させた砥液や、2nm〜5nm程度の粒子径を有するダイヤモンド粒子やアルミナ粒子を砥粒として分散させた砥液を採用することができる。例えば、1μm〜5μm程度の砥粒を含む砥液は、後述するマイクロスラリーエロージョン装置40に供することで1nm〜3nmの算術平均粗さ(Ra)を有する移着膜形成部18の表面構造を形成することができる。
【0072】
また、2nm〜5nm程度の砥粒を含む砥液、より好ましくは、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された二次粒子径が2nm〜20nmの凝膠体を所定溶媒中に分散してなる分散体は、研磨作業に供することにより、前述の表面構造を形成することができる。なお、この研磨は、後述のポリシング工程に相当する研磨であり、ポリシング工程については後に言及する。
【0073】
このような性状を備えた凝膠体は、例えば、酸素欠如型爆薬を爆発させる爆轟法により得ることができる。詳細については、国際公開WO2009/060613号公報や、国際公開WO2007/001031号公報等に委ねるが、所定の配合割合とした爆薬組成物を爆発チャンバー内で爆発させ、爆発生成物を回収して精製することで得ることができる。また、得られた凝膠体は必要に応じ、水素雰囲気中で加熱処理を施し水素化凝膠体とするなどして解砕を容易化する処理を施しても良い。
【0074】
また、砥液として使用する分散体には二次粒子である凝膠体は勿論のこと、一次粒子が混在していても良いのであって、解砕が容易化された凝膠体(例えば、水素化凝膠体)を所定溶媒中でビーズミリング法等に供して湿式分散処理し、一次粒子割合を増加させていても良い。また必要に応じ超音波処理などによって更なる分散処理を施しても良い。前記分散処理方法によって得られた分散体は、動的散乱法による粒度分布測定において体積平均粒子径での50%粒径が50nm以下に、好ましくは30nm以下に、更に好ましくは2nm〜20nmに微粒子化された分散体として用いられる。
【0075】
なお、分散体に用いられる溶媒は、前述のようにして得られたダイヤモンド粒子が均一に分散可能であれば特に制限はないが、極性溶媒が好ましい。極性溶媒としては例えばプロトン性極性溶媒、非プロトン性極性溶媒が挙げられる。使用できるプロトン性極性溶媒の具体例としては、水、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、ギ酸、酢酸、2−メトキシエタノール等が挙げられ、好ましくはC3〜C6アルコール又はC1〜C3アルコキシ置換C1〜C4アルコール等が好ましい。使用できる非プロトン性極性溶媒の具体例としては、テトラヒドロフラン(THF)、メチルtert−ブチルエーテル、1,4−ジオキサン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、1,3−ジオキソラン、2−メチルテトラヒドロフラン等のエーテル溶媒;N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)又はN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)等のアミド溶媒;アセトン又はN−メチル−2−ピロリドン等のケトン溶媒;アセトニトリル又はプロピオニトリル等のニトリル溶媒;ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)が挙げられ、アセトン、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン等が好ましい。これら溶媒は、1種だけでなく、任意の組み合わせで混合して使用することもできる。溶媒の使用量に特に制限はないが、ダイヤモンドの濃度が0.1重量%〜20重量%程度になるように使用するのが好ましい。
【0076】
高硬度面13と低硬度面14は、摩擦部12を構成する面であるため、同摩擦部12を備える構成部材に応じた機能を発揮できる面形状である必要があるが、必ずしも互いに平行な水平面である必要はなく、所定の曲率を有する面であっても良い。すなわち、生体内の関節が有する摩擦面の如く複雑な面形状であっても良い。
【0077】
また、高硬度面13は、上述した摩擦部構造の一形態として、例えば移着膜形成部18として機能する所定曲率の面上に、凹部16として機能する複数のピットが形成された、所謂オレンジピール構造を有する面であっても良い。
【0078】
図3にオレンジピール構造の模式図を示す。
図3に示すようにオレンジピール構造は、オレンジの皮の表面形状に由来する当該分野における技術的な称呼であり、高硬度面13aは、所定曲率の面である移着膜形成部18a(
図3においては曲率0として記載。)と、穴状に形成された凹部16としてのピット21とで構成されている。このようなオレンジピール構造は、例えば、研磨加工により工作物表面に生じた丸みを帯びた無数の凹凸として得ることができる。
【0079】
このような高硬度面13aを備えた摩擦部12によっても、ピット21以外の面の部分、すなわち、移着膜形成部18aを移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0080】
また、摩擦部構造の更なる一形態として、高硬度面13は例えば、移着膜形成部18として機能する所定曲率の面上に、凹部16として機能する複数の溝が形成された構造を有するものであっても良い。
【0081】
図4(a)はこのような複数の溝構造を備えた面の模式図を示している。
図4(a)に示すように、高硬度面13bは、所定曲率である移着膜形成部18b(
図3と同様に曲率0として記載。)と、溝状に形成された凹部16としての溝22とで構成している。
【0082】
このような高硬度面13bを備えた摩擦部12によっても、溝22以外の面の部分、すなわち、移着膜形成部18bを移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0083】
また、摩擦部構造の更なる一形態として、高硬度面13は例えば、所定曲率の面上に、凹部16として機能する複数の溝が格子状に形成されており、後に詳述するように隣接する互いに平行な溝の縁部同士を一部重畳させて、溝の伸延方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造を有するものであっても良い。
【0084】
図4(b)にはこのような波形構造を備えた高硬度面13cの模式図を示している。なお、凹凸形状を顕著とするために、凹凸方向の縮尺を大幅に拡大しており、実際は図示するよりもはるかになだらかな凹凸形状である点に留意されたい。
【0085】
この
図4(b)に示す波形構造は、
図4(a)に示す形状の溝間隔(凹部16の間隔)をより接近させつつ縁部を重複させて形成した構造と捉えることができ、形成された頂部近傍を移着膜形成部18cとしている。付言するならば、移着膜形成部18cには、山の山頂に積もった雪のような状態で移着膜が形成される。なお、
図4(b)に示す波形構造にあっては、移着膜形成部18cは平坦ではないが、極めてなだらかな凹凸形状であるため、実際上は低硬度面14との接触により移着膜17が形成される。すなわち、移着膜形成部18は、平坦か否かに拘わらず、移着膜17が形成される領域と解することもできる。付言すれば、凹部内壁は移着膜17が形成されない凹部寄りの部位と解することができる。
【0086】
このような高硬度面13cを備えた摩擦部12によっても、縁部や移着膜形成部18cを移着膜剥離助長手段として機能させて、摩耗粉の大型化を堅実に行わせることができる。
【0087】
ここまで述べてきたように、本実施形態に係る摩擦部構造は、種々の機構部品における摩擦部に適用可能な構造であり、低摩擦抵抗性と、摩耗粉の微細化抑制、摩耗粉の発生量抑制という3つの相反する課題を解決するものであるが、機構部品を特に限定するならば、先に述べた生体内における炎症の抑制やメンテナンスの困難性の観点から、特に人工関節に適した構造であるとも言える。
【0088】
すなわち、上述の摩擦部構造を備えた人工関節によれば、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を備えた人工関節を提供することができる。
【0089】
また、本明細書では、上述の摩擦部構造を構成する高硬度側の摩擦面の形成方法についても提供する。
【0090】
すなわち、本願は、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部における、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度側の摩擦面の形成方法を提供するものでもある。
【0091】
そして、本実施形態に係る摩擦面の形成方法における特徴の一つは、高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記ラッピング工程にて形成した表面に、同表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかである凹部を形成する凹部形成工程と、前記凹部形成工程にて形成した表面のうち少なくとも凹部以外の領域を、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子が集合して形成された二次粒子径が2nm〜20nmの凝膠体を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液で研磨して、この凹部以外の領域を算術平均粗さ(Ra)を1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記凹部以外の領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とするポリシング工程と、を有する。
【0092】
ラッピング工程にて使用する第1の砥液は、1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた砥液であれば特に限定されるものではないが、例えば砥粒としてダイヤモンドやアルミナを用いることができる。
【0093】
このような第1の砥液を用いて高硬度側摩擦面を形成する領域を研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とすることでラッピング工程を行う。
【0094】
ここで表面の算術平均粗さが10nmを下回ると、不必要かつ除去が困難な凹部発生の原因となるため好ましくない。また、20nmを上回ると、後のポリシング行程の加工効率が大きく減少するため好ましくない。算術平均粗さが10nm〜20nmの表面とすることにより、後のポリシング工程を良好に行うことができる。
【0095】
凹部形成工程は、算術平均粗さ(Ra)を10nm〜20nmとした表面に凹部16を形成する工程である。前述の如く凹部16は、同表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかであれば良い。
【0096】
凹部16の形成は、適宜公知の方法を採用することができ、例えばエロージョンやエッチングによるものとすることができる。
【0097】
例えば凹部16が
図3にて説明したピット21であるならば、エロージョンが生起したり、金属結晶の一部が脱落するなどしてピット21が形成されるまでラッピング工程に供することで形成することができる。付言すれば、この凹部形成工程は、ラッピング工程と同時に行われても良い。
【0098】
特に、ラッピング工程と同時に凹部形成工程を行ってピット21を形成する際には、ラッピング処理を開始した後は新たな砥液を供給することなく砥粒を減摩させながら研磨を行うことで、算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmである表面の形成と、エロージョンによるピット21の形成とを効率良く同時に行うことができる。
【0099】
ポリシング工程は、凹部形成工程にて形成した表面のうち少なくとも凹部以外の領域、すなわち移着膜形成部18の表面を研磨して算術平均粗さ(Ra)を1nm〜3nmとする工程である。
【0100】
ここで行う研磨は、前述した分散体である第2の砥液を用いて行うことで、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって移着膜形成部18の表面に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面を形成することができる。
【0101】
また、このポリシング工程は、凹部形成工程にて形成した凹部16の周縁を丸めて滑らかな曲面形状として、低硬度面14との圧接摺動の際のアブレシブ摩耗の抑制や、潤滑液15の剥離開始部20への滲入性の改善を図る役割も有している。
【0102】
このように、本実施形態に係る摩擦面の形成方法によれば、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を構成可能な摩擦面を形成することができる。
【0103】
また、本実施形態に係る摩擦面の形成方法の他の特徴的構成としては、高硬度側の摩擦面を形成する領域を1μm〜5μmの一次粒径を有する砥粒を分散させた第1の砥液で研磨して、同領域を算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmの表面とするラッピング工程と、前記第1の砥液又は一次粒子径が2nm〜5nmの砥粒を所定溶媒中に分散させた分散体である第2の砥液を、前記ラッピング工程にて形成した表面に対して線状に収束させつつ噴射し縦横に走査して格子状の溝を形成すると共に、形成されている溝と隣接する平行な溝の形成時には、新たに形成する溝の縁部を前記形成されている溝の縁部に一部重畳させつつ走査して両溝の走査方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造とし、しかも走査した領域の算術平均粗さ(Ra)を前記第1又は第2の砥液の衝突によって1nm〜3nmとすることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記波形構造の頂部近傍領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面とするする凹部形成工程と、を有する。
【0104】
図5は、上述の他の特徴的構成に係る凹部形成工程にて使用可能な装置構成を示す説明図である。凹部型性工程を行うにあたって使用する機器類は特に限定されるものではないが、例えば
図5に示すマイクロスラリーエロージョン装置40を用いることによっても実現することができる。
【0105】
マイクロスラリーエロージョン装置40は、空気圧により砥液を極細の線状に収束させた状態で対象物に吹き付ける装置であり、砥液導入部41から砥液(第1又は第2の砥液)を供給しつつ、エア供給部42より圧搾空気を供給することで、先端ノズル43から砥液流44を高速で高硬度部材10に吹き付け可能としている。
【0106】
また、マイクロスラリーエロージョン装置40と高硬度部材10は相対的に移動可能に構成している。すなわち、高硬度部材10に対してマイクロスラリーエロージョン装置40を移動させるか、又はその逆に、マイクロスラリーエロージョン装置40に対して高硬度部材10を移動させることにより、高硬度部材10の表面を砥液流44にて走査可能としている。
【0107】
従って、砥液流44で高硬度部材10の表面を所定走査速度で縦横に(格子状に)走査することで、
図4(a)や
図4(b)に示すような有溝の高硬度面13を形成することができる。
【0108】
また特に、
図4(b)に示した高硬度面13cにおいては、隣接する互いに平行な溝の縁部同士を一部重畳させた構造としている。
【0109】
図6は
図4(b)に示した高硬度面13cをマイクロスラリーエロージョン装置40により形成する過程を示した説明図である。
図6(a)に示すように、高硬度面13cの如き波形構造を形成するにあたっては、砥液流44にて直線状に高硬度部材10の表面を走査して、実線にて示すようにまず溝22を一本形成する。
【0110】
このとき、高硬度部材10に噴射された砥液流44は、その勢いで高硬度部材10の表面にて反射された際に、上方へ拡開する溝部の側壁面から高硬度部材10の基礎平面につながる滑らかな曲面形状の縁部46が形成される。なお、この縁部46は移着膜剥離手段として機能する部位でもある。
【0111】
次いで、形成した溝22と隣接する平行な溝22を形成するにあたり、形成されている溝の縁部46に、新たに形成する溝22の縁部46を破線にて示すように一部重畳させつつ走査する。
【0112】
これを複数回繰り返すことにより、
図6(b)に示すように、溝の伸延方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造が形成されることとなる。
【0113】
このようにして形成した波形構造の溝幅pや深さqは特に限定されるものではないが、好ましくは前述したように、溝幅pを0.5mm〜5mm、深さqを35nm〜200nmとすることで、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を構成可能な摩擦面を形成することができる。なお、このような波形構造が形成された領域は、実質的に略全表面が砥液流44により研磨された状態、すなわち、ポリシング工程が施されたような表面状態となっている。これは、砥粒の高硬度面13への衝突による無数の衝突痕の形成(ナノメートルエロージョン)によるものと考えられる。従って、この他の特徴的構成に係る凹部形成工程によれば、別途ポリシング工程を省略することも可能である。ただし、必要に応じてポリシング工程を実施することを妨げるものではない。
【0114】
ところで、本実施形態に係る摩擦部構造は、別の異なる切り口にて捕らえるならば、摩擦面間の直接的な接触が必要となる摩擦部において摩耗特性を改善するものと考えることもできる。
【0115】
例えば、回転又は往復可能に支持された軸の周囲に配置され、前記軸周りの液密性を確保するためのシール部材を備えた軸封装置等では、液密性の向上のために軸とシール部材との緊密性が要求されるが、軸に対してシール部材を緊密に接触させれば液密性は向上するものの摩擦抵抗が増大してしまい、またその反面、接触を緩めにすれば摩擦抵抗は低減するものの液密性が低下してしまうという問題が存在する。
【0116】
これに対し、本実施形態に係る摩擦部構造は、摩擦面を接触させつつも低摩擦抵抗性と低摩耗性とを実現できるものであり、このような軸封装置等において極めて有用な技術であるとも言える。
【0117】
以下、本実施形態に係る摩擦部構造や摩擦面の形成方法等について、実験結果等を交えながら更に詳説する。なお、以下ではまず実施例1として、
図3及び
図4(a)に示す構造について検討した例を示し、追って実施例2として、
図4(b)に示す構造について検討した例を示す。
【0118】
[実施例1]
〔1.高硬度側摩擦面の形成〕
まず、高硬度側摩擦面の形成について言及する。本実施形態では、硬度の異なる一対の部材として、一方の相対的に高硬度の部材をコバルトクロムモリブデン合金(Co-28Cr-Mo)、他方の相対的に低硬度の部材を超高分子量ポリエチレン(平均分子量600万)とした。
【0119】
図5に示すように、高硬度部材の表面のうち高硬度側の摩擦面を形成する領域(以下、単に形成領域という。)に対してラッピング加工を施すことによりラッピング工程を行った。
【0120】
具体的には、ダイヤモンド又はアルミナで構成された粒径が1μm〜5μmの砥粒を所定の分散媒に分散させてなる砥液を第1の砥液とし、前述の高硬度部材をラッピング装置に供して、表面の算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmとなるようラッピング加工を行った。
【0121】
また、第1の砥液はラッピング加工の初期に供給した後追加補給を行うことなく、砥粒を摩耗させつつ研磨を行って、高硬度部材の表面にエロージョンを生起させることでピットを形成させた。すなわち、ラッピング工程と共に凹部形成工程を行って、オレンジピール構造を形成した。
【0122】
次いで、凹部形成工程にて形成した表面のうち少なくとも凹部以外の領域に対し、算術平均粗さ(Ra)が1nm〜3nmとなるまで第2の砥液で研磨してポリシング工程を行った。
【0123】
第2の砥液は、2nm〜5nmの一次粒子径を有するナノダイヤモンド粒子の水分散体(日本化薬株式会社製、商品名「Ustalla(登録商標) TypeA」)を用いた。この第2の砥液は、2nm〜5nmの一次粒子径を有するダイヤモンド粒子を所定溶媒中に分散してなる分散体であり、ダイヤモンド粒子が集合して形成された凝膠体を解砕して得られた2nm〜20nmの粒度分布を有する解砕物として分散されている。
図6に、この第2の砥液の粒度分布測定データを示す。
図6からも分かるように、使用した第2の砥液は、2nm〜20nmに微粒子化された分散体であることが分かる。
【0124】
このようにしてポリシング工程を経ることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記凹部以外の領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面(L-2)を備える高硬度部材Aを得た。この摩擦面(L-2)を備える高硬度部材Aは、本実施形態に係る摩擦部構造を形成可能な高硬度部材Aである。
【0125】
また、本実施形態に係る摩擦部構造を構築可能な他の高硬度部材Bの作成も行った。この高硬度部材Bは、摩擦面に形成された凹部構造が溝状である点で高硬度部材Aと構造を異にするものである。
【0126】
具体的には、まず前述の第1の砥液にて、高硬度部材をラッピング装置に供し、エロージョンを生じさせることなく、ラッピング処理中における第1の砥液の追加補給を行い、又は行わずに、表面の算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmとなるようラッピング加工を行った。
【0127】
次に、ラッピング加工が施された形成領域に対し、エッチング又はエロージョンによって、複数の凹部としての格子状の溝を形成して凹部型性工程を行った。格子間隔は500μmであり、溝の幅は250μm、溝の深さは35nm〜65nmとした。
【0128】
次に凹部型性工程を経た形成領域に対し、前述の高硬度部材Aと同様ポリシング工程を行うことで、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって前記凹部以外の領域に移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面(X-1)を備える高硬度部材Bを得た。
【0129】
また、これら高硬度部材A及び高硬度部材Bに加え、次に述べる検証や試験に供するための比較対象として、高硬度部材の形成領域に対してラッピング工程のみが施された摩擦面(G-1)を備える高硬度部材Z1と、高硬度部材Aと同様の形成方法であるが凹部としてのピットの深さが深く過剰の容量を有することで潤滑液を溢出させることができない摩擦面(L-1)を備える高硬度部材Z2と、高硬度部材Aと同様の形成方法であるが凹部としてのピットの深さが浅く、移着膜の剥離を促進できる量の潤滑液を貯留できない摩擦面(L-3)を備える高硬度部材Z3とについても形成した。
【0130】
〔2.高硬度側摩擦面の検証〕
次に、上述の〔1.高硬度側摩擦面の形成〕にて形成した各摩擦面G-1、L-1、L-2、L-3、X-1に関し、その性状について検証を行った。その結果を表1に示す。
【表1】
【0131】
表1からも分かるように、G-1の表面粗さは、L-1〜L-3やX-1の表面粗さと比較して粗いことが示された。また、G-1の表面解析結果から、比較的シャープな凹凸形状が残存していることが示された。
【0132】
一方、L-1〜L-3やX-1の表面粗さは、いずれも数nmと平滑であることが示された。しかしながら、これらの摩擦面の表面解析結果によれば、L-1に形成された凹部は収容した潤滑液の溢出を促せない程容量が大きく、L-3に形成された凹部は移着膜を剥離するのに不十分な潤滑液の量しか貯留できないことが示された。また、L-2及びX-1に形成された凹部は、移着膜の剥離に充分な潤滑液を収容可能であって、収容した潤滑液も摩擦面の摺動に伴って溢出可能な容量であることが示された。
【0133】
〔3.摩擦抵抗確認試験〕
次に、各摩擦面G-1、L-1、L-2、L-3、X-1に関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)との摩擦抵抗について試験を行った。その結果、G-1>L-1≒L-2≒X-1>L-3であることが示された。
【0134】
〔4.摩耗量の確認試験〕
次に、各摩擦面G-1、L-1、L-2、L-3に関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)と摩擦部を構築した際の摺動時の摩耗量について、Pin-on-disc法により確認を行った。なお、本試験において潤滑液は25%牛血清水溶液を用いた。その結果を
図7に示す。
【0135】
図7からも分かるように、ラッピング工程のみに供した摩擦面G-1と比較し、L-1とL-2では摩耗の低下が見られた。特に、L-2は摩耗量が最も低い結果となった。また、L-3は摩耗が増加する結果となった。これは、L-1とL-2においては形成した凹部に潤滑液が誘導・貯留され、高硬度部材Z2や高硬度部材Aと低硬度部材との間が無潤滑液状態になったためと考えられる。すなわち、このような状態となったことにより、高硬度部材の表面、すなわち移着膜形成部表面に移着膜が形成され、自己潤滑作用も伴って摩耗が減少したものと考えられた。一方、L-3の場合は凹部の容量が足らず、潤滑液の誘導・貯留が不十分で、凝着性の摩耗が顕在化したと考えられた。
【0136】
〔5.摩耗粉の粒度分布測定〕
各摩擦面G-1、L-1、L-2、L-3に関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)と摩擦部を構築した際の摺動時に発生した摩耗粉の粒度分布について確認を行った。その結果を
図8に示す。
【0137】
図8に示すように、ラッピング工程のみに供した摩擦面G-1と比較し、L-1〜L-3のいずれにおいても摩耗粉のサイズが大きくなっていることが明らかとなった。
【0138】
本実施形態に係る摩擦部構造を備えない摩擦部の高硬度面に移着膜が形成されると、摩耗量は少なくなるものの、摩耗粉のサイズも小さくなってしまうという問題がある。
【0139】
しかしながら、L-1〜L-3の場合、凹部に誘導・貯留された潤滑液が溢出することで移着膜の剥離を促進することとなる。そして、剥離した移着膜は潤滑状態が充分でない摩擦面間で凝集肥大化することとなり、その結果、摩耗粉のサイズが大型化する。
【0140】
そして、〔3.摩擦抵抗確認試験〕〜〔5.摩耗粉の粒度分布測定〕までの結果を総合的に勘案すると、本実施形態に係る摩擦部構造を構築可能なL-2が、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる高硬度面であることが分かる。
【0141】
[実施例2]
次に、
図4(b)に示す構造について検討した例を示す。
【0142】
〔1.高硬度側摩擦面の形成〕
まず、高硬度側摩擦面の形成について言及する。本実施例2においても、硬度の異なる一対の部材として、一方の相対的に高硬度の部材をコバルトクロムモリブデン合金(Co-28Cr-Mo)、他方の相対的に低硬度の部材を超高分子量ポリエチレン(平均分子量600万)とした。
【0143】
次に、ダイヤモンド又はアルミナで構成された粒径が1μm〜5μmの砥粒を所定の分散媒に分散させてなる砥液を第1の砥液とし、前述の高硬度部材をラッピング装置に供し、形成領域に対して表面の算術平均粗さ(Ra)が10nm〜20nmとなるようラッピング加工を行った。
【0144】
次いで、前述のマイクロスラリーエロージョン装置40を用い、ラッピング工程にて形成した表面に対して前述した第1又は第2の砥液を線状に収束させつつ噴射し、砥液流44で縦横に走査した。
【0145】
また、形成されている溝と隣接する平行な溝の形成時には、新たに形成する溝の縁部を形成されている溝の縁部に一部重畳させつつ走査して、両溝の走査方向と直交する断面視において略正弦波状の波形構造を有するようにし、
図4(b)に示す格子状の溝構造を形成した。
【0146】
このようにして凹部形成工程を経ることにより、低硬度側の摩擦面との圧接摺動によって移着膜形成部18cに移着した移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段としての表面構造が形成された高硬度側の摩擦面(M)を備える高硬度部材Cを得た。この摩擦面(M)を備える高硬度部材Cは、本実施形態に係る摩擦部構造を形成可能な高硬度部材である。
【0147】
〔2.高硬度側摩擦面の検証〕
この高硬度部材Cについて摩擦面(M)の解析を行った結果、溝22の溝幅pは1mm、深さqは180nmであった。また、砥液流44による走査により、形成領域の算術平均粗さ(Ra)が2nmとなっており、実質的にはポリシング工程と同様の効果が得られていることが確認された。
【0148】
〔3.摩擦抵抗確認試験〕
次に、摩擦面(M)に関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)との摩擦抵抗について試験を行った。その結果、前述のL-2やX-1と略同程度の摩擦抵抗であることが示された。
【0149】
〔4.摩耗量の確認試験〕
次に、摩擦面(M)に関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)と摩擦部を構築した際の摺動時の摩耗量について、Pin-on-disc法により確認を行った。なお、本試験では、比較対象としてラッピング工程のみを施した高硬度部材の摩擦面(G2)についても検討を行った。これら摩擦面(M)及び摩擦面(G2)の表面状態のデータを表2に示す。
【表2】
【0150】
また、本試験において潤滑液は25%牛血清水溶液を用いた。その結果を
図11(a)に示す。
【0151】
図11(a)からも分かるように、ラッピング工程のみに供した摩擦面(G2)と比較し、摩擦面(M)では摩耗の低下が見られた。特に、摩擦面(M)における摩耗量は平均で約0.6mgとなり、前述のL-2に比してもより低い結果となった。
【0152】
〔5.摩耗粉の粒度分布測定〕
各摩擦面G2、Mに関し、相対的に低硬度の部材(超高分子量ポリエチレン)と摩擦部を構築した際の摺動時に発生した摩耗粉の粒度分布について確認を行った。その結果を
図11(b)に示す。
【0153】
図11(b)に示すように、ラッピング工程のみに供した摩擦面G2と比較し、摩擦面(M)の摩耗粉のサイズは大きくなっており、0.2μm〜1.0μmに分類されるサイズの摩耗分の量が著しく低減していることが明らかとなった。特に、摩擦面(M)における摩耗粉の分布傾向を見ると、前述のL-2に比してもより良好な結果となった。
【0154】
〔6.炎症関連物質発現量測定〕
次に、各摩擦面G2、Mにて得られた摩耗粉を用いて、マクロファージから放出されるサイトカイン、特にIL-6(インターロイキン-6)とTNF-αの量を測定し、炎症抑制効果が得られているか否かについて検討を行った。
【0155】
具体的には、各摩擦面G2、Mにて得られた摩耗粉と共にヒト単球由来マクロファージ(Human monocyte-derived macrophages:HMDM)を培養し、IL-6及びTNF-αの分泌量を測定した。その結果を
図11(c)に示す。
【0156】
図11(c)からも分かるように、IL-6とTNF-αとのいずれにおいても、ラッピング工程のみに供した摩擦面G2の摩耗粉に比して、摩擦面Mで発生した摩耗粉はサイトカインの発生量が低いことが示された。
【0157】
すなわち、本実施形態に係る摩擦部構造や、摩擦面の形成方法により得られた摩擦面は、生体内において炎症の原因となりにくいことが示された。
【0158】
上述してきたように、本実施形態に係る摩擦部構造によれば、硬度の異なる一対の部材間に形成され、潤滑液の存在下で互いに接触しつつ相対的に摺動する一対の摩擦面を備えた摩擦部の構造において、前記一対の摩擦面のうち相対的に高硬度の摩擦面は、相対的に低硬度の摩擦面との接触により移着膜が形成される移着膜形成部と、前記高硬度の摩擦面の表面側から内側にかけて徐々に幅が狭くなる溝状及び穴状の少なくともいずれかであって、前記一対の摩擦面の圧接時に前記移着膜形成部の表面に存在する潤滑液を流入させて収容し同表面を実質的に無潤滑液状態にできる容量を備えた凹部と、を有し、前記移着膜形成部の表面は、前記一対の摩擦面の圧接摺動に伴って前記凹部より溢出した潤滑液により前記移着膜形成部の表面に形成された前記移着膜の剥離を助長する移着膜剥離助長手段を備えることとしたため、低い摩擦抵抗性を実現しながらも、微細な摩耗粉の発生を抑制することができ、しかも、摩耗粉の発生量自体も抑制することのできる摩擦部構造を提供することができる。
【0159】
最後に、上述した各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはない。このため、上述した各実施の形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。