(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6531979
(24)【登録日】2019年5月31日
(45)【発行日】2019年6月19日
(54)【発明の名称】Fe基合金組成物、軟磁性粉体、複合磁性体、及び軟磁性粉体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190610BHJP
H01F 1/20 20060101ALI20190610BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20190610BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20190610BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20190610BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20190610BHJP
B22F 3/00 20060101ALN20190610BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
H01F1/20
H01F1/147 191
B22F9/08 A
B22F1/00 B
B22F1/00 D
C21D6/00 C
!B22F3/00 B
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-125726(P2015-125726)
(22)【出願日】2015年6月23日
(65)【公開番号】特開2017-8376(P2017-8376A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2018年4月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】特許業務法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】筒井 美紀子
(72)【発明者】
【氏名】大▲崎▼ 華子
【審査官】
伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】
特開2001−032052(JP,A)
【文献】
特開昭61−272352(JP,A)
【文献】
特開2002−080948(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第104036901(CN,A)
【文献】
特開2010−196123(JP,A)
【文献】
特開2009−266960(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 −38/60
B22F 1/00 − 9/30
C21D 6/00
H01F 1/147
H01F 1/20
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有する扁平合金粉であり、厚さに対する粒径のアスペクト比の平均値を100より大きくしたことを特徴とする軟磁性粉体。
【請求項2】
軟磁性を有する扁平合金粉の扁平化方向を揃えてマトリクス材料中に配向分散させた複合磁性体であって、
前記扁平合金粉は、質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有するとともに、厚さに対する粒径のアスペクト比の平均値を100より大きくしたことを特徴とする複合磁性体。
【請求項3】
質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有するFe基合金組成物からなる合金溶湯をアトマイズして合金粉体を得て、粒径調整熱処理を与えた後に、厚さに対する粒径のアスペクト比の平均値を100より大きくする扁平化加工処理を施す工程を含むことを特徴とする軟磁性粉体の製造方法。
【請求項4】
前記粒径調整熱処理は前記合金粉体の結晶粒を成長させつつ粒内に対してその粒界でP濃度を少なくとも高くさせる温度に加熱保持する熱処理であることを特徴とする請求項3記載の軟磁性粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性粉体を配向分散させた複合磁性体に使用される該軟磁性粉体、このためのFe基合金組成物、該磁性シート、及びこの軟磁性粉体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子部品を高い密度で実装させ電子機器を小型化させるためには、各電子部品から発生する電磁波による干渉が問題となる。このような電子機器内部での電波障害(EMI)を低減させる目的でシート状の複合磁性体が利用されている。かかる複合磁性体からなる磁性シートは扁平な軟磁性粉体を樹脂からなるマトリクス材料中に配向分散させた樹脂シートであり、所望の周波数帯域における虚数透磁率μ”を高くするようにして、この磁気損失を利用して不要な電磁波の輻射を熱に変換して吸収するのである。
【0003】
また、RFIDタグのような無線通信媒体と一体的に設けられ、電波を介しての通信距離を可及的に長くしようとする通信補助用途にも扁平な軟磁性粉体を樹脂中に分散させた同様の磁性シートが利用されている。かかる磁性シートでは、アンテナの受信した電磁波を周辺の金属部材などに到達する前にこれに誘導し、アンテナからの発信をできるだけ損失なく行い得るようにするのである。ここでは、実数透磁率μ’を高くする一方、虚数透磁率μ”を低くするように設計される。
【0004】
ところで、実数透磁率μ’や虚数透磁率μ”からなる透磁率特性は、軟磁性粉体の合金組成やその粉体形状によって変化する。磁性シートの軟磁性粉体としては、例えば、磁気異方性の小さいセンダスト(Fe−9.5Si−5.5Al)などが用いられ得るが、かかる合金は硬く脆いため、扁平な粉体に成形加工することが難しい。
【0005】
例えば、特許文献1では、比較的脆いFe−Si−Al合金において、Pを添加することで機械的粉砕時の粉砕性が向上することを述べている。詳細には、重量%で、Si:4〜12%、Al:3〜8%を含むFe基合金粉末において、Pを0.001〜0.5%添加するとしている。ただし、ここでは、粉体を所定の粒度までアトライターで微粉砕するのに要する時間で粉砕性を評価しており、Pの添加により扁平な粉体に加工し易くなるかまでは定かではない。
【0006】
一般的に、Fe−Si−Al合金では数MHz付近から虚数透磁率μ”を増加させるが、Fe−Si−Cr合金では10MHz以上まで虚数透磁率μ”の増加はほとんどない。そのため、高い周波数帯域での用途に適する。
【0007】
例えば、特許文献2では、13.56MHzで用いられるRFIDシステムのアンテナモジュールに用いられる磁性シートとして、Fe−Si−Cr合金にPを添加した合金からなる軟磁性粉体を使用することを開示している。かかる合金でもPを添加することで扁平化加工処理を容易に出来るようになるとしている。また、100mmの通信距離を得るために必要とされる保磁力の確保には、Pの添加量を適切に調節する必要のあることを述べ、Pを0.2〜0.5wt%添加すべきとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−335126号公報
【特許文献2】特開2009−88087号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、扁平な軟磁性粉体の粒径を大きく且つ薄くしてアスペクト比を大きくすることで実数透磁率μ’を高くし得る。そこで、Fe−Si−Cr合金にPを添加するがこのとき結晶粒が微細化しやすく、扁平化加工処理において粒径が小さくなってしまい、結果として、実数透磁率μ’を高くできないことがあった。
【0010】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、配向分散させることで複合磁性体に低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を与えるような軟磁性粉体、このためのFe基合金組成物、かかる軟磁性粉体を配向分散させた複合磁性体、及びこの軟磁性粉体の製造方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、Pを添加したFe−Si−Cr合金の扁平化加工処理において、結晶粒及び粒径の微細化を抑制するよう、合金組成を調整し且つ扁平化加工処理前に合金粉体の熱処理を行うことを考慮した。ここでは複合磁性体としての磁気特性を損なわない合金組成であること、及び、粉体を凝集させることなく熱処理できることが必要とされる。
【0012】
すなわち、本発明によるFe基合金組成物は、軟磁性を有するFe基合金組成物であって、質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有することを特徴とする。
【0013】
かかる発明によれば、合金粉体の扁平化加工処理によって所望の粒径及びアスペクト比を付与できて、低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を有する複合磁性体を与え得るのである。
【0014】
また、本発明による軟磁性粉体は、質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有する扁平合金粉であり、厚さに対する粒径のアスペクト比の平均値を100以上としたことを特徴とする。
【0015】
かかる発明によれば、低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を有する複合磁性体を与え得るのである。
【0016】
また、本発明による複合磁性体は、軟磁性を有する扁平合金粉の扁平化方向を揃えてマトリクス材料中に配向分散させた複合磁性体であって、前記扁平合金粉は、質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有するとともに、厚さに対する粒径のアスペクト比の平均値を100以上としたことを特徴とする。
【0017】
かかる発明によれば、低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を得ることができ、電波を介しての通信距離を可及的に長くしようとする通信補助用途に適するのである。
【0018】
また、本発明による軟磁性粉体の製造方法は、質量%で、Si:1.5〜14%、Cr:2〜6%、Al:0.1〜4%、P:0.02〜1%、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有するFe基合金組成物からなる合金溶湯をアトマイズして合金粉体を得て、粒径調整熱処理を与えた後に扁平化加工処理を施す工程を含むことを特徴とする。
【0019】
かかる発明によれば、低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を有する複合磁性体を与え得るのである。
【0020】
上記した発明において、前記粒径調整熱処理は前記合金粉体の結晶粒を成長させつつ粒内に対してその粒界でP濃度を少なくとも高くさせる温度に加熱保持する熱処理であることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、扁平化加工処理を容易にし、高い精度で所望の粒径及びアスペクト比を付与できて、低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を有する複合磁性体を与え得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】軟磁性粉体を用いた複合磁性体による磁性シートの(a)斜視図及び(b)断面図である。
【
図2】本発明による軟磁性粉体及び複合磁性体の製造方法を示すフロー図である。
【
図3】軟磁性粉体及び磁性シートの特性評価試験の結果を示す図である。
【
図4】軟磁性粉体及び磁性シートの特性評価試験の結果を示す図である。
【
図5】軟磁性粉体及び磁性シートの特性評価試験の結果を示す図である。
【
図6】軟磁性粉体及び磁性シートの特性評価試験の結果を示す図である。
【
図7】軟磁性粉体及び磁性シートの特性評価試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による1つの実施例としての軟磁性粉体、及びこれを配向分散させた複合磁性体について
図1を用いて説明する。
【0023】
図1に示すように、複合磁性体である磁性シート10は、塩素化ポリエチレンなどのゴム系樹脂2による薄膜状のゴムシートであって、扁平薄片状の軟磁性粉体1をその主面に沿う方向に配向分散させたシート状の複合磁性体である。すなわち、軟磁性粉体1はその扁平化方向を揃えてマトリクス材料であるゴム系樹脂2中に配向分散されている。磁性シート10は、例えばRFIDタグなどの無線通信媒体と一体的に設けられ、その通信補助に適する。すなわち、磁性シート10は、アンテナの受信した電磁波を周辺の金属部材などに到達する前に磁性シート10内に誘導するとともに、アンテナからの発信をできるだけ損失なく行い得るようにする。
【0024】
軟磁性粉体1は、Fe−Si−Cr合金にP及びAlを所定量だけ添加した合金からなり、質量%で、Siを1.5〜14%、Crを2〜6%、Alを0.1〜4%、Pを0.02〜1%含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる合金組成を有する。さらに、不可避的不純物としては、Cを0.04%以下、Mnを0.3%以下、Sを0.01%以下、Nを0.06%以下、Cuを0.05%以下、Moを0.05%以下、Niを0.1%以下に抑制することが好ましい。
【0025】
特に、Pの添加により後述する扁平化加工処理を容易にできるようになるが、Pを添加したFe−Si−Cr合金では、扁平化加工処理前の合金粉体において結晶粒が微細化される傾向にあることがわかった。これにより、扁平化加工処理によって得られる軟磁性粉体の粒径が小さくなり、十分な圧延効果を得られずそのアスペクト比が小さくなると考えられる。本実施例では、上記したように、合金にさらにAlを添加するとともに、扁平化加工処理の前に結晶粒を適度に粗大化させる粒径調整熱処理を行っている。Alの添加によって熱処理温度を比較的高くしても合金粉体を凝集させず且つ結晶粒径を大きくできるとともに、他の磁気特性に悪影響を与えることもない。これにより、所定の粒径及びアスペクト比を有する軟磁性粉体1を得ることができ、複合磁性体としての磁性シート10に通信補助用の磁性シートとして必要とされる透磁率特性、すなわち低い虚数透磁率でありながら高い実数透磁率を与えることができるのである。
【0026】
次に、本発明による1つの実施例としての軟磁性粉体の製造方法、及び、かかる軟磁性粉体を用いた磁性シートの製造方法について、
図2を用いて詳細を説明する。
【0027】
図2に示すように、まず、上記したP及びAlを添加した所定の合金組成のFe−Si−Cr合金の合金溶湯をアトマイズして、合金粉体を得る(粉体化;S1)。ここでは、溶湯をガス噴霧するガスアトマイズ法を用いた。すなわち、ガスアトマイズ装置にて合金溶湯を流下させつつ不活性ガスを吹きつけて、合金溶湯を分断して微細な多数の液滴にしつつ、落下させ、急冷し凝固させて、合金粉体を得る。特に、ここでは平均粒径D50を100μm以上とするようにガス圧力等を調整することで、後述する扁平化加工処理において得られる軟磁性粉体に所望の形状を比較的容易に付与できるのである。なお、水アトマイズ法などの他のアトマイズ法によって合金粉体を得ることもできる。
【0028】
次に、得られた合金粉体に粒径調整熱処理を施す(S2)。粒径調整熱処理では、ArまたはN
2による不活性ガス雰囲気中で900〜1000℃にて加熱、保持し、Pの添加で微細化した噴霧後の合金粉体の結晶粒を適度に粗大化させる。
【0029】
さらに、合金粉体を扁平化加工処理する(S3)。すなわち、合金粉体を有機溶媒や粉砕助剤などと共にアトライター装置の容器内に投入し、さらに鋼球などの粉砕媒体を装填する。そして、周面に回転羽根を設けられた攪拌棒を回転させて、容器内を攪拌する。すると、粉砕媒体が合金粉体に衝突し衝撃を与えて、合金粉体を粉砕させながら平たく変形させ扁平化させる。所定の粒度となるまで扁平化させて軟磁性粉体1を得る。ここで得られる軟磁性粉体1の形状としては、後述する複合化において混練や塗工の妨げとならないよう、平均粒径D50を120μm未満とし、さらに磁性シート10に所望の透磁率特性を与えられるよう、アスペクト比の平均値を100より大きくすることが好ましい。また、粒度幅(D90−D10)を150μm以下とすることが好ましい。
【0030】
特に、上記したようにPの添加によって微細化された合金粉体の結晶粒を粒径調整熱処理によって適度に粗大化させたので、全体として結晶粒径のばらつきを均質化できる。さらに、合金粉体は結晶粒界で優先的に粉砕され、扁平化加工処理中に粉砕された合金粉体の粒径を比較的大きくするとともに均質化し得る。そして、得られる軟磁性粉体1の粒径を大きく、アスペクト比を大きくするとともに、粒度幅を比較的小さくし得るのである。但し、後述する複合化のために平均粒径を所定値以下とするが、これについては粒径調整熱処理の保持温度などで調整し得る。
【0031】
得られた軟磁性粉体1は、必要に応じて焼鈍熱処理される(S4)。例えば、焼鈍熱処理ではN
2雰囲気下で300〜400℃に加熱し、保持する。
【0032】
さらに、かかる軟磁性粉体1を複合化する(S5)。複合化において、本例では、軟磁性粉体1をマトリクス材料となる塩素化ポリエチレンなどの熱可塑性樹脂やその他のゴム系樹脂、希釈溶剤及び架橋化材とともにペースト状になるまで混練し、ペースト体を得る。得られたペースト体をドクターブレード法により、所定の厚さとなるように基材上に塗工して分散された軟磁性粉体を配向させつつシート体を形成する。ここでは、ペーストにおける軟磁性粉体1の充填量を43体積%として、0.1mm厚さに塗工した。そして、シート体を乾燥させて、所定の温度で架橋プレスし、磁性シート10を得る。
【0033】
以上のようにして軟磁性粉体1を得て、かかる軟磁性粉体を用いた複合磁性体として磁性シート10を得ることができる。上記したように、軟磁性粉体1には所定の粒径及びアスペクト比を付与できるので、これを使用した磁性シート10は通信補助用の複合磁性体として必要とされる透磁率特性を得ることができる。軟磁性粉体1を同様に複合化させてシート状以外の形状の複合磁性体を得ることもできる。
【0034】
[特性評価試験1]
上記した製造方法において、
図3〜
図6に示す各実施例及び比較例に示す合金組成からなる軟磁性粉体を得た上で、磁性シートを作製した。各実施例及び比較例の作製中における扁平化加工処理に要した加工時間を記録した。また、粉体化(S1)後において合金粉体の結晶粒径を測定し、粒径調整熱処理(S2)後において合金粉体の結晶粒径及び凝集の有無を測定及び評価し、扁平化加工処理(S3)後において軟磁性粉体の平均粒径D50、粒度幅(D90−D10)を測定してアスペクト比を算出し、複合化(S5)後において磁性シートの実数透磁率μ’、虚数透磁率μ”及び損失係数tanδ(=μ”/μ’)を測定し算出するとともに耐食性を評価した。
【0035】
粒径調整熱処理(S2)の加熱・保持温度については、合金粉体の凝集を防止し得るとともに結晶粒を比較的成長させやすい典型的な温度である1000℃とした。また、例えば
図6に示すように、扁平化加工処理(S3)の加工時間、すなわちアトライターの運転時間は、各実施例及び比較例において平均粒径(D50)が最大となるように調整した。
【0036】
粉体化(S1)後及び粒径調整熱処理(S2)後の合金粉体の結晶粒径については、得られた合金粉体を樹脂に埋め込み切り出した切断面を研磨して、金属顕微鏡にてこの研磨面を観察し線分法によって求めた。
【0037】
粒径調整熱処理(S2)後の合金粉体の凝集の有無は、ステンレスバットに1kgの合金粉体を静置し粒径調整熱処理に供して、冷却後の合金粉体を観察し、直径10mm以上の凝集体の有無によって評価した。
【0038】
扁平化加工処理(S3)後の軟磁性粉体の平均粒径D50及び粒度幅(D90−D10)はそれぞれレーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定した。なお平均粒径D50は、粒径分布を小径側から累積した体積を全体の50%とする粒径であり、粒度幅(D90−D10)は平均粒径D90及びD10(それぞれ小径側からの累積体積を90%及び10%とする粒径)の差である。ここで、平均粒径D50の目標値は、120μm未満とし、粒度幅の目標値は150μm未満とした。
【0039】
また、アスペクト比の平均値は次のようにして算出した。すなわち、軟磁性粉体1を樹脂に埋め込んで研磨し、研磨面を光学顕微鏡で観察し、軟磁性粉体の任意の100個の粒子について最大厚みt
max及び最小厚みt
minの平均をとって、粒子厚みt
aとする。さらに、100個の粒子についての粒子厚みt
aの平均値t
aveにより平均粒径D50を除してアスペクト比(の平均値)とした。つまり、アスペクト比は平均粒径D50/粒子厚みの平均値t
aveで算出される。ここで、アスペクト比の目標値は100よりも大きいこととする。
【0040】
複合化(S5)後の磁性シートの実数透磁率μ’及び虚数透磁率μ”は、以下のようにして測定した。すなわち、作製した磁性シートを外径10mm×内径6mmのリング形状に打ち抜き、測定周波数を13.56MHzとしてインピーダンス特性を市販のネットワーク・アナライザーを用いて測定し、実数透磁率μ’及び虚数透磁率μ”を算出した。損失係数tanδはμ”/μ’にて算出した。ここで、実数透磁率μ’の目標値は60以上とする。また、実用上の観点から、損失係数tanδの目標値は、0.10以下とする。
【0041】
磁性シートの耐食性は、高温高湿試験によって評価した。すなわち、85℃で相対湿度85%の雰囲気下に暴露し、250hr経過後に目視で観察して変色の有無にて評価した。
【0042】
図3に示すように、本特性評価試験においては、まず、Siの含有量による影響を評価した。すなわち、実施例1〜9、比較例1及び2において、Siの含有量を0〜16質量%の間で振り分けた。各実施例及び比較例において、Crを2質量%、Alを0.5質量%、Pを0.5質量%含有している。その結果、Siの含有量を0質量%とした比較例1では実数透磁率μ’が28と目標値を大きく下回った。また、Siの含有量を多くするにつれて扁平化加工処理後の軟磁性粉体の平均粒径D50及びアスペクト比はともに小さくなる傾向にあり、Siの含有量を16質量%とした比較例2ではアスペクト比が目標値を下回った。Siの含有量の増加に伴い、合金粉体は延性を低下させ、すなわち脆化するものと考えられる。Siの含有量を1.5〜14質量%とした実施例1〜9は全ての目標値を満たした。すなわちSiの含有量には最適な範囲があり、1.5〜14質量%の範囲内である。
【0043】
図4に示すように、さらに、Crの含有量による影響を評価した。すなわち、実施例6、10及び11、比較例3及び4において、Crの含有量を0〜8質量%の間で振り分けた。各実施例及び比較例において、Siを8質量%、Alを0.5質量%、Pを0.5質量%含有している。Crの含有量を多くするにつれて扁平化加工処理後の軟磁性粉体の平均粒径D50及びアスペクト比はともに大きくなる傾向にあった。Crの添加により合金粉体の靭性を上昇させたものと考えられる。また、Crの含有量を0質量%とした比較例3、及び、同8質量%とした比較例4は共に実数透磁率μ’が目標値を下回るとともに損失係数tanδが目標値を超えてしまった。Crの含有量を2〜6質量%とした実施例6、10及び11は全ての目標値を満たした。すなわちCrの含有量には最適な範囲があり、2〜6質量%の範囲内である。
【0044】
図5に示すように、さらに、Alの含有量による影響を評価した。すなわち、実施例6、12〜18、比較例5及び6において、Alの含有量を0〜5質量%の間で振り分けた。各実施例及び比較例において、Siを8質量%、Crを2質量%、Pを0.5質量%含有している。その結果、Alを添加しなかった比較例5において合金粉体は粒径調整熱処理後に凝集を生じた。他の実施例及び比較例においてAlの含有により凝集を抑制し得たのは、合金粉体の表面にAlの酸化皮膜を形成したためと考えられる。また、比較例5の耐食性の評価も不良(×)であり、Alを含有する他の実施例及び比較例においては良好(○)であったことから、Alの含有は磁性シートの耐食性の向上に寄与すると言える。他方、Alの含有量を5質量%とした比較例6においては、他の実施例と比べて軟磁性粉体の平均粒径D50及びアスペクト比が小さく、アスペクト比の目標値を下回った。Alの含有量が4質量%を越えると、合金粉体の延性を低下させてしまうと考えられる。Alの含有量を0.1〜4質量%とした実施例6、12〜18は全ての目標値を満たした。すなわち、Alの含有量には最適な範囲があり、0.1〜4質量%の範囲内である。
【0045】
図6に示すように、さらに、Pの含有量による影響を評価した。すなわち、実施例6、19〜26、比較例7〜9において、Pの含有量を0〜1.5質量%の間で振り分けた。各実施例及び比較例において、Siを8質量%、Crを2質量%、Alを0.5質量%含有している。その結果、Pの含有量を多くするにつれて粉体化後(噴霧後)及び粒径調整熱処理後(HT後)の合金粉体の結晶粒径が小さくなる傾向にあった。また、Pの含有量を多くするにつれて、すなわち粒径調整熱処理後の合金粉体の結晶粒径を小さくするにつれて、扁平化加工処理後の軟磁性粉体の平均粒径D50も小さくなる傾向にあった。なお、扁平化加工処理の加工時間については、軟磁性粉体の平均粒径(D50)を最大とするように調整したものである。Pを添加しなかった比較例7においては噴霧後の結晶粒径が比較的大きく軟磁性粉体の粒径及び粒度幅が共に目標値を越えてしまった。Pの含有量を0.01質量%とした比較例8においても、噴霧後の結晶粒径が比較的大きく軟磁性粉体の粒径が目標値を越えてしまった。比較例7及び8では、ともに塗工を行うことが困難であるため磁性シートを作製しなかった。また、Pの含有量を1.5質量%とした比較例9においては、実数透磁率μ’が目標値を下回った。Pの含有量を0.02〜1質量%とした実施例6、19〜26は全ての目標値を満たした。すなわち、Pの含有量には最適な範囲があり、0.02〜1質量%の範囲内である。
【0046】
上記したようにPの含有によって粉体化後の合金粉体はその結晶粒を小さくするが、粒径調整熱処理により結晶粒径を調整し得る。特に、所定量のAlを含有することで、上記した結晶粒を成長させやすい典型的な温度である1000℃においても合金粉体の凝集を防止して粒径調整熱処理を行うことができる。なお、粒径調整熱処理によってPは結晶粒界に濃化しており、合金粉体は扁平化加工処理において結晶粒界で破断されやすい。また、扁平化加工処理による軟磁性粉体の粒径は、熱履歴によって均質化し得る粒径調整熱処理後の結晶粒の大きさに依存する。そのため、軟磁性粉体の粒径も均質化し得て磁性シートの透磁率特性も均質化し得るのである。
【0047】
以上のように、軟磁性粉体を与えるためのFe基合金組成物として必要とされる合金組成が示された。なお、不可避的不純物については、上記した軟磁性粉体の磁気特性及び耐食性を損なわない範囲として、質量%で、Cを0.04%以下、Mnを0.3%以下、Sを0.01%以下、Nを0.06%以下、Cuを0.05%以下、Moを0.05%以下、Niを0.1%以下に抑制されることが好ましい。
【0048】
[特性評価試験2]
上記したような合金組成のFe基合金組成物から軟磁性粉体及び磁性シートを得るための製造方法のうち、特に、粒径調整熱処理(S2)の加熱・保持温度による影響を評価するため、
図7に示す各温度についての特性評価試験を行った。
【0049】
比較例10においてはFeを90質量%、Siを8質量%、Crを2質量%としてAl及びPを添加しない合金組成とし、他の実施例及び比較例においては上記した実施例6と同じ合金組成(
図3〜6参照)として、軟磁性粉体を得た。上記した特性評価試験1と同様に、粉体化(S1)後において合金粉体の結晶粒径を測定し、粒径調整熱処理(S2)後において合金粉体の結晶粒径及び凝集の有無を測定及び評価し、扁平化加工処理(S3)後において軟磁性粉体の平均粒径D50を測定してアスペクト比を算出した。
【0050】
上記したように、粒径調整熱処理の保持温度による影響を評価した。すなわち、
図7に示すように、実施例6、27及び28、比較例11〜16において、粒径調整熱処理(S2)の加熱・保持温度を0℃(粒径調整熱処理を行っていない。)〜1000℃の間で振り分けた。その結果、0〜850℃の比較例11〜16まで粉体化後(噴霧後)の結晶粒径に対する粒径調整熱処理後(HT後)の結晶粒径に有意な変化がなく、得られた軟磁性粉体のアスペクト比も目標値を下回った。実施例27、28、6の900℃、950℃、1000℃であれば、HT後の結晶粒径を比較的大きくでき、軟磁性粉体のアスペクト比も目標値を満たした。特に1000℃であれば実施例中、これらを最も大きくできることが判った。すなわち、粒径調整熱処理の保持温度の好ましい範囲は900〜1000℃である。
【0051】
ここで比較例10では、合金組成にAl及びPを含んでおらず、噴霧後の結晶粒径が他の実施例及び比較例に比べて大きくなり、粒径調整熱処理の保持温度を1000℃とすると凝集が発生した。この結果は、特性評価試験1において説明したP又はAlを添加しなかった場合の結果(比較例7、比較例5)と合致する。
【0052】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく改変例について説明したが、本発明は必ずしもこれに限定されるものではない。当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるだろう。
【符号の説明】
【0053】
1 軟磁性粉体
10 磁性シート