【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)公益社団法人応用物理学会、第62回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、第06−077頁、平成27年2月26日 (2)第62回応用物理学会春季学術講演会、平成27年3月13日、東海大学 湘南キャンパス (3)平成27年3月3日、http://www.sciencepublishinggroup.com/journal/archive.aspx?journalid=622&issueid=6220302
【文献】
Metallic multilayers for x rays using classical thin-film theory,Applied Optics,米国,Optical Society of America,1984年 6月 1日,Vol. 23, No. 11,pp. 1794-1801,doi: 10.1364/AO.23.001794
【文献】
X-ray scattering study of interfacial roughness in Nb/PdNi multilayers,Surface Science,Elsevier B.V.,2011年 6月16日,Vol. 605,pp. 1791-1796,doi: 10.1016/j.susc.2011.06.013
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
多層構造の試料の表面に、前記表面となす入射角θを変えながらX線を照射し、前記X線が前記表面に入射する入射方向に対して散乱角2θをなす鏡面反射方向に反射する鏡面反射X線の強度を検出し、前記入射角θと対応付けて、前記表面に入射する前記X線の強度に対する前記鏡面反射X線の強度の割合であるX線反射率を測定する測定工程と、
前記試料の解析モデルについてパラメータの初期値を設定し、前記解析モデルの表面及び内部における前記X線の屈折、反射及び干渉を、散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味して解析することによって、前記入射角θと対応付けて前記X線反射率を計算する解析工程と、
前記解析工程で計算した前記X線反射率と、前記測定工程で測定した前記X線反射率との差が許容範囲内に収まるまで、前記パラメータの値を変更しながら前記解析工程を繰り返し、前記差が許容範囲内に収まったときの前記パラメータの前記値を最適値として決定する評価工程と、
を備え、
前記パラメータは、前記解析モデルの前記表面又は層間の界面のうち一つ以上について、前記表面又は界面の凹凸の高さ方向の大きさを表すラフネスと、前記凹凸の前記高さ方向に対して垂直方向の間隔を表す相関距離とを含むことを特徴とする、X線反射率法による多層膜の表面粗さ・界面粗さの2次元情報評価法。
【背景技術】
【0002】
物質のX線に対する屈折率は1よりわずかに小さい値をもち、平坦かつ平滑な物質表面に全反射臨界角よりも浅い角度で入射したX線は物質の外部で光学的な全反射現象を生じる。そして、入射角θが全反射臨界角θc以上の場合には、入射X線に対して散乱角2θで反射される鏡面反射X線と、媒体表面から媒体内部に浸透する屈折X線とが生じるが、この鏡面反射X線強度と入射X線強度との比をX線反射率という。
【0003】
また、媒体表面から媒体内部に浸透する屈折X線強度は表面から深さ方向に指数関数的に減衰する。このため、媒体内部で散乱し表面から出射するX線は、表面近傍で散乱されたX線が主となり、表面近傍の情報を反映したものとなっている。
【0004】
X線反射率法では、この特徴を利用して物質の表面や薄膜の深さ方向の内部構造を非破壊的に求めることができる。具体的には、積層体が多層膜の場合、表面或いは多層膜界面で反射したX線の干渉効果により、反射X線の強度が入射角に伴って振動変化する。X線反射率法では、このX線反射率の入射角依存を解析することにより表面多層膜の各層の厚さや密度、表面粗さ(ラフネス)、界面粗さ(ラフネス)を非破壊的に求めることができる。
【0005】
X線反射率法による積層構造の解析法は、X線反射率の測定結果とX線反射率理論計算値とを比較し膜構造を求める解析法であるが、特に、多層膜においては、X線反射率理論計算において、積層膜の密度、膜厚、表面粗さ(ラフネス)、界面粗さ(ラフネス)をパラメータとしたモデルをたて、そのモデルについて理論計算値を求め、測定値とのパラメータフィッティングを行うことによって膜構造のパラメータを決定する方法がとられている(例えば、特許文献1〜9参照)。
【0006】
ここで、データ解析に使用されるX線反射率の理論式は、例えば非特許文献1〜4に紹介されているように、Parrattの多層膜モデル(非特許文献5)に、Nevot-Croceのラフネスの式(非特許文献6)を組み合わせた理論式が使われる。また、Nevot-Croceのラフネスの式を詳しく解析して表面ラフネスによる散漫散乱を求めた式がSinha(非特許文献7)によって報告されている。また、Parrattの多層膜モデルを漸化式法ではなく、マトリックス法についてラフネスの式を組み合わせた式がVidal(非特許文献8)によって報告されている。
【0007】
また、Parrattの多層膜モデルにNevot-Croceのラフネスの式を組み合わせたX線反射率の理論式は、特許文献4に(数2)の式(7)、(数8)の式(17)として、特許文献8に(数2)の式(2)、式(3)として、特許文献7が引用している特許文献9の同発明内容を発明者が説明している論文である非特許文献9に式(1)、式(2)、式(7)として、非特許文献2に式(1.69)、式(1.116)、式(3.8)、式(3.15)として、非特許文献3に(2.4)節において、非特許文献4に式(1)−(5)として開示されている。
【0008】
以上のように、X線反射率法では、薄膜・多層膜を有する試料表面にX線を照射したときのX線反射率の測定結果と、試料の表面や内部でのX線の屈折、反射、干渉の強度を理論的に解析してX線反射率を計算した計算結果とを比較し、測定結果に計算結果が最もフィットするように、解析モデルのパラメータの値を決める。決定したパラメータの値から、試料の薄膜・多層膜の膜厚d、密度ρ、表面・界面の粗さ(ラフネス)σなどの情報が得られる。
【0009】
X線反射率法では、Parrattの式にNevot-Croceの式を組み合わせて解析するのが一般的である。Parrattの式は、表面・界面に入射する前の入射波のエネルギーと、表面・界面で反射した反射波及び表面・界面を透過した透過波のエネルギーの和とが等しいことを前提としている。しかしながら、表面・界面の状態によっては、入射波の一部が鏡面反射方向以外に反射する散漫散乱が存在する。この場合、表面・界面で鏡面反射方向に反射した反射波のエネルギー及び表面・界面を透過した透過波のエネルギーの和は、表面・界面に入射する前の入射波のエネルギーより小さくなる。この点が反映されるようにParrattの多層モデルを改良して解析すると、より正確である(例えば、特許文献10参照、非特許文献11参照)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態のX線反射率法による表面粗さ・界面粗さの相関距離評価方法で用いるX線反射率測定装置10の全体構成を示すブロックである。
【0026】
図1に示すように、X線反射率測定装置10は、多層構造の試料1を所定のピッチ角度で回転可能に載置するゴニオメータ2と、ゴニオメータ2上に載置した試料1に照射するX線を発生するX線源3と、X線源3から照射されたX線を分光して試料1への入射X線(Xi)を抽出するモノクロメータ4と、試料1からの反射X線(Xr)を検出する検出器5と、コンピュータ8とを備えている。これらのゴニオメータ2、X線源3、モノクロメータ4、検出器5及びコンピュータ8のハードウエア自体は、いずれも市販のものを使用することができる。なお、検出器5は、ゴニオメータ2の回転に連動して回転することで、X線源3からモノクロメータ4を介して試料1に照射される入射X線の入射角θと、該検出器5の仰角θ'とが等しくなるように動作が設定されており、この動作設定により、検出器5は、試料1から入射X線に対して散乱角2θで反射される鏡面反射X線を検出することができるようになっている。
【0027】
例えばコンピュータ8は、各種演算等を実行するCPU81aと、本発明のX線反射率法による表面粗さ・界面粗さの相関距離評価プログラムを含む各種プログラム等を予め記憶しておくROM81bと、各種データ等を一時的に記憶するRAM81cとを備えたパーソナルコンピュータであり、これにキーボードやマウスなどの入力部6と、CRTや液晶などの表示部7とがそれぞれ電気的に接続されている。
【0028】
コンピュータ8は、ROM81bに記憶しておいた各種プログラム等をCPU81aに読み込んで実行することによって、検出データ処理部82と、X線反射率演算部83と、物性評価部84と、X線源制御部85と、ゴニオメータ制御部86と、検出器制御部87として機能する。
【0029】
なお、本発明のX線反射率法による表面粗さ・界面粗さの相関距離評価プログラムやその他のプログラムをCD、DVD、USBメモリ等の記憶媒体に格納しておき、コンピュータ8が、記憶媒体に格納されたプログラムを読み出して実行するように構成しても構わない。
【0030】
検出データ処理部82は、検出器5から取り込んだ検出データを用いて反射X線の強度を演算するものである。
【0031】
X線反射率演算部83は、検出データ処理部82で演算された反射X線の強度を用いてX線反射率を測定するための測定器としての機能と、試料1に表面粗さ又は界面粗さがある場合にその試料1の表面又は界面において該表面又は界面の凹凸により鏡面反射方向以外の方向にX線が散乱することによって、該表面又は界面での反射X線の干渉成分と透過X線の干渉成分との和が、入射成分よりも減少することを加味して、X線反射率を解析する解析器としての機能とを有する。
【0032】
解析器としてのX線反射率を解析する際に、散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味して解析する手法としては、例えば次の(1)〜(6)などが挙げられる。
(1)散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面での反射率を示すフレネル反射係数と、試料1の表面又は界面での透過率を示すフレネル透過係数との和が、該表面又は界面において、1よりも減少することを加味する。
(2)散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面で反射するX線強度と、試料1の表面又は界面を透過するX線強度との和が、該試料1の表面又は界面に入射するX線強度よりも減少することを加味する。
(3)散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面を透過するX線強度において、試料1の表面又は界面で反射するX線強度の表面粗さ又は界面粗さによる減少に伴う増大がないことを加味する。
(4)散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面を透過するX線強度が、試料1の粗さがある表面又は界面で表面粗さ又は界面粗さにより減少することを加味する。
(5)散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面で反射するX線強度と、試料1の表面又は界面を透過するX線強度との和が、前記散漫散乱の強度変化に対応して、該試料1の表面又は界面に入射するX線強度よりも減少することを加味する。
(6)X線反射率の測定を行うとともに、散漫散乱X線の強度の測定をも行っておき、散漫散乱に伴う干渉成分の減少を加味する際に、試料1の表面又は界面で反射するX線強度と、試料1の表面又は界面を透過するX線強度との和が、該試料1の表面又は界面に入射するX線強度よりも,前記測定された散漫散乱X線の強度変化に対応して減少することを加味する。
【0033】
物性評価部84は、X線反射率演算部83で演算されたX線反射率と、ゴニオメータ2の回転角度情報(すなわち、X線の試料1への入射角θである。)に基づいて、試料1の層の膜厚、表面粗さ及び界面粗さのうちの少なくとも1つを求める評価器としての機能を有する。すなわち、X線反射率とX線の試料1への入射角θとから、試料1に表面粗さ又は界面粗さがある場合には、X線の試料1への入射角θが増大するにつれて、X線反射率は振動しながら減衰していくのであるが、そのときの振動振幅の周期から試料1の膜厚が求められ、その減衰の状況から表面粗さ及び界面粗さが求められる。物性評価部84は、表示部7上に、試料1の物性を評価可能なグラフ表示などを行うだけのものとしてもよく、このグラフ表示などをユーザが視認して、試料1の層の膜厚、表面粗さ及び界面粗さのうちの1つ以上を求めることができる。
【0034】
X線源制御部85は、X線源3でのX線照射タイミングを制御する。ゴニオメータ制御部86は、ゴニオメータ2上に載置された試料1の回転タイミングを制御する。検出器制御部87は、試料1からの反射X線の検出タイミングを制御する。なお、各制御部85〜87は、コンピュータ8の外付けのコントローラとして別途設けることとしてもよい。
【0035】
次に、X線反射率測定装置10を用いて行うX線反射率法による表面粗さ・界面粗さのラフネスおよび相関距離の2次元情報評価方法(以下、「本方法」ともいう。)について、
図2を参照しながら説明する。
図2は、手順を示すフローチャートである。
【0036】
本方法は、従来のX線反射率法と同様に、測定工程と、解析工程と、評価工程とを含んでいるが、従来のX線反射率法と異なり、解析工程において用いる試料の解析モデルのパラメータとして相関距離が含まれている。以下、各工程について説明する。
【0037】
(1) 測定工程では、
図2に示すように、X線反射率測定装置10を用いて、多層構造の試料のX線反射率を測定する(S10)。詳しくは、
図1に示すように、多層構造の試料1の表面に、入射角θでX線を照射し、X線が試料の表面に入射する入射方向に対して散乱角2θをなす鏡面反射方向に反射する鏡面反射X線の強度を、入射角θを少しずつ変えながら、検出器を用いて検出し、入射角θと対応付けて、X線反射率を測定する。ここで、入射角θは、X線が照射される方向と試料1の表面とがなす角度で定義されており、視斜角、視射角、斜入射角ともいう。X線反射率は、試料1の表面に入射するX線Xiの強度I
Xiに対する鏡面反射X線Xrの強度I
Xrの割合I
Xr/I
Xiである。
【0038】
(2) 解析工程では、
図2に示すように、試料の解析モデルについてパラメータの初期値を仮定し(S12)、解析モデルの表面及び内部におけるX線の可干渉成分の屈折、反射及び干渉を解析して、入射角θと対応付けてX線反射率を計算する(S14)。解析の詳細は後述するが、パラメータは、解析モデルの各層の表面又は界面のうち一つ以上について、表面又は界面の凹凸の高さ方向の大きさを表すラフネスと、表面又は界面の凹凸の高さ方向に対して垂直方向の間隔を表す相関距離とを含む。
【0039】
(3) 評価工程では、
図2に示すように、解析工程で計算したX線反射率と、測定工程で測定したX線反射率との差が許容範囲内であるか否かを判断する(S16)。
【0040】
差が許容範囲内に収まらないときには(S16でNG)、パラメータの値を変更して(S18)、解析工程をやり直し(S14)、再計算した反射率と測定した反射率との差が許容範囲内に収まるまで、パラメータを変更しながら解析工程を繰り返す。
【0041】
差が許容範囲内に収まったとき(S16でOK)、解析工程で設定したパラメータの値を最適値として決定する(S20)。パラメータの最適値や計算された反射率は、適宜に出力する(S22)。例えば、表示部7(
図1参照)に表示する。
【0042】
以上の(1)〜(3)の工程によって決定されたパラメータの最適値から、試料の多層構造の情報を得ることができる。パラメータに含まれるラフネスと相関距離とによって、試料の各層の表面又は界面のうち1つ以上について、ラフネスと相関距離との両方の情報を得ることができる。
【0043】
なお、測定工程(S10)と、パラメータの初期値を仮定して行う最初の解析工程(S12)とは、順序を問わない。すなわち、両者(S10,S12)を逆の順序で実行しても、両者が並行して実行されても構わない。
【0044】
次に、解析工程について、さらに説明する。
【0045】
まず、X線反射率法の基本原理と理論式とを説明する。なお、以下では説明を簡単にするために、入射X線の電場振幅が表面に平行なS偏光の場合を例にとって説明する。X線が進行する媒体としての多層膜の座標軸を
図7に示すように定義する。
【0046】
ここで、X線の波数ベクトルの大きさk
0は、X線の波長をλとして、
【数1】
で示される。
【0047】
j層の屈折率をn
j、j−1層とj層間の界面の平均粗さをσ
j−1,jとする。またj層からj+1層への入射X線の振幅をE
j、波数ベクトルをk
j、反射X線の振幅をE
j'、透過X線の振幅をE
j+1、波数ベクトルをk
j+1とする。
【0048】
ここで、試料へ侵入する前の入射X線の波数ベクトルをk
0=(k
0,x,0,k
0,z)とし、入射部分の空間のX線屈折率に関してn
0=1とおくと、媒体中のX線の波数ベクトルの表面に平行な成分は入射X線の波数ベクトルの表面に平行な成分と変わらず、k
j,x=k
0,xであり、また、媒体中のX線の波数ベクトルの表面に垂直な深さ方向の成分は、
【数2】
で示される。
【0049】
また、多層膜の深さ方向のj層からj+1層に入射するX線のj,j+1界面での反射率を示すフレネル(Fresnel)反射係数r
j,j+1は、
【数3】
で示される。
【0050】
また、多層膜の深さ方向のj層からj+1層に入射するX線のj,j+1界面での透過率を示すフレネル(Fresnel)透過係数t
j,j+1は、
【数4】
で示される。
【0051】
すると,
図7のように、j層からj+1層への振幅EjのX線に加えて、逆にj+1層からj層への振幅Ej+1'のX線が存在するとき、j層のX線の振幅E
j,E
j'と、j+1層のX線の振幅E
j+1,E
j+1'との関係は、
【数5】
で示される。ここで、h
jはj層の厚さであり、この関係式には、
【数6】
の関係が使われている。
【0052】
最下層である基板層の厚みh
Nを無限大にとると、そこでのX線の振幅E
N'=0であることから、マトリックスから各層でのX線の振幅を、下から順次求め、X線反射率
【数7】
を求めることができる。この方法が、マトリックス法による多層膜層表面からのX線反射率理論計算法であり、例えば、非特許文献2の式(1.76)として、また、非特許文献8の式(5)として示されている。
【0053】
しかし、この式では表面粗さや界面粗さがまったく考慮されていないから、現実的なものとはいえない。そこで、表面粗さや界面粗さがある場合、そのラフネスに対応して、フレネル反射係数r
j,j+1、フレネル透過係数t
j,j+1が変化すると近似して、粗さのあるフレネル反射係数r'
j,j+1、粗さのあるフレネル透過係数t'
j,j+1に置き換えた計算がなされる。
【0054】
その理論式が、例えば非特許文献8の式(22)として示されており、その理論式に従った計算プログラムコードが非特許文献2の付録Aとして示されている。また、その計算例が、例えば非特許文献2の
図1.13、
図1.18などに示されている。
【0055】
粗さのあるフレネル反射係数r'
j,j+1、粗さのあるフレネル透過係数t'
j,j+1をどのように近似しているかについては後述するが、この理論式において、粗さのあるフレネル透過係数t'
j,j+1はX線反射率に関係しないことがわかる。
【0056】
マトリックス法では、X線反射率と各層での反射X線振幅との関係についての見透しが悪いので、各層でのX線反射振幅の漸化式の形で表したParrattの多層膜モデル(非特許文献5)式が使われる。次に、このParrattの漸化式法について説明する。
【0057】
j層からj+1層へ入射するX線の振幅Ejと、j+1層からj層へ出射したX線の振幅E
j'との比をR
j,j+1とすると、
【数8】
であり、
【数9】
である。
【0058】
また、最下層において、
【数10】
であり、X線反射率は、
【数11】
で求められる。これらの式がParratの多層膜モデルによるX線反射率の理論式である。この式で、フレネル透過係数t'
j,j+1はX線反射率に関係しないことがわかり、表面粗さや界面粗さがある場合、フレネル反射係数r
j,j+1を粗さのあるフレネル反射係数r'
j,j+1に置き換えて計算をすれば良いことがわかる。
【0059】
粗さのあるフレネル反射係数r'
j,j+1の近似方法については、表面や界面での反射率を示すフレネル反射係数が表面粗さや界面粗さによって指数関数的に減衰すると近似して、上記(数3)式で示されるj層とj+1層の界面でのフレネル反射係数r
j,j+1に、表面粗さや界面粗さによる減衰項をかけて、
【数12】
とするNevot-Croceのラフネスの式(非特許文献6)が広く一般に使われている。
【0060】
また、Parrattの多層膜モデルにNevot-Croceのラフネスの式を組み合わせたX線反射率の理論式は、特許文献4に(数2)の式(7)、(数8)の式(17)として、特許文献8に(数2)の式(2)、式(3)として、特許文献7が引用している特許文献9の同発明内容を発明者が説明している論文である非特許文献9に式(1)、式(2)、式(7)として、非特許文献2に式(1.69)、式(1.116)、式(3.8)、式(3.15)として、非特許文献3に(2.4)節において、非特許文献4に式(1)−(5)として開示されている。
【0061】
また、この理論式に従った計算プログラムコードが非特許文献2の付録Aとして示されており、また、その計算例が、例えば非特許文献2の
図1.13、
図1.18などに示されている。
【0062】
すなわち、表面粗さや界面粗さを考慮した場合のフレネル反射係数をr'
j,j+1とすると、
【数13】
としている。
【0063】
しかし、このように入射X線が鏡面反射している場合のフレネル反射係数に減衰項をかけることだけによって反射率を下げる計算法では、
図8(b)に示すように界面が粗れているモデルを、
図8(a)に示すように密度ρeが界面において連続的に変化しているモデルとして計算しているにすぎない(非特許文献2の
図1.16)。
【0064】
この計算法では、粗れた界面を、密度が連続的な多数の薄い平坦な膜の多層構造に置き換えて一つの界面としたモデルと区別がつかず、各界面で透過するX線と反射するX線は全て干渉に寄与しているという前提で計算されている。即ち、その連続密度多層構造界面においては鏡面反射方向以外の方向に散乱散逸するX線や屈折透過方向以外の方向に散乱散逸するX線が存在しないモデルとなっており、表面や界面における凹凸によって散漫散乱X線として非干渉成分となるX線の量による、反射X線の干渉成分と透過X線の干渉成分との和の減少を加味していない。特許文献7が引用している特許文献9の同発明内容を発明者が説明している論文(非特許文献9)においては、多層膜各層内におけるナノ粒子・空孔による密度不均一に伴う散漫散乱を加味しているが、該当多層膜各層の表面・界面が粗さを持つ場合は、非特許文献9で式(1)、式(2)、式(7)として示しているように、表面・界面での凹凸により生じる散漫散乱に伴う、反射X線の干渉成分と透過X線の干渉成分との和の減少を加味していない。
【0065】
その反射率の漸化式は、
【数14】
である。
【0066】
次に、表面又は界面の凹凸による散漫散乱に伴う表面又は界面での反射X線の干渉成分と透過X線の干渉成分との和の減少を加味した解析について詳述する。散漫散乱による干渉成分の減少を加味する手法としては、前述した(1)〜(6)のうち、(4)を例にとって説明する。
【0067】
従来の一般的な計算法では、多層膜でのX線反射率は、粗さを考慮する際に、各界面でのフレネル反射係数に減衰項をかけることによって計算してきた。この計算方法で求めた反射率は粗さのない界面を考えた場合の反射率に減衰項をかけて値を小さくしたものである。実際に粗さのある界面では、散漫散乱が起こっているために、鏡面反射方向の反射波の振幅が小さくなる。ここで、散漫散乱とは、表面粗さ又は界面粗さがある場合において、表面や界面における凹凸によって、鏡面反射スポットまわりに現れる微弱なX線をいう。この散漫散乱が起こっているということは、鏡面反射方向以外の方向に散乱散逸したX線や屈折透過方向以外の方向に散乱散逸したX線、即ち散漫散乱X線となり、非干渉成分となるX線の量による、干渉に寄与する反射X線の減少と、干渉に寄与する透過X線の強度変化をも考慮することが考えられる。以下、かかる点を考慮して、反射率の理論式を再検討する。
【0068】
前記した反射率のマトリックス漸化式である
【数15】
前述したように、この関係式には、
【数16】
の関係が隠されている。この式は見てのとおり、反射波と屈折波のエネルギが入射波に一致する結果である。
【0069】
表面粗さや界面粗さがあり、散漫散乱が起こっている場合、上式を、鏡面反射X線強度に寄与する可干渉なX線成分のみについて示す式とすると、この値は1より小さくなる。すなわち、
【数17】
である。そこで、これを正確に記載した理論式に戻って、反射率の理論式を再検討する。
【0070】
これを入れて、反射率のマトリックス漸化式を書くと、
【数18】
であり、反射率の漸化式は、
【数19】
となる。
【0071】
この正確に記載した理論式において、粗さのある界面でフレネル反射係数を
【数20】
とすると、従来の方法では、前記(数19)式中で考慮すべき括弧( )内の係数を1として保存しているために、フレネル反射係数r'の減少を補うためにフレネル透過係数t'が逆に増えている計算となっていることがわかる。実際には、界面が粗れていることにより散漫散乱が起こり、干渉に寄与する量はどちらも減少するはずである。そこで、反射係数とともに透過係数についても考慮する必要がある。
【0072】
粗さのある界面でのフレネル透過係数については、界面粗さが表面に平行な方向についての粗さ相関距離に対して変化する。例えば、Nevot-Croce(非特許文献6)やVidal(非特許文献8)では、界面の凹凸分布の空間周波数が高いとき、粗さのある界面でのフレネル透過係数が、
【数21】
で示されることを報告している。すなわち、これは、粗さのある界面でのフレネル透過係数が平滑な界面でのフレネル透過係数よりも大きくなることを示しており、界面の凹凸分布の空間周波数が高いときは、界面が均一に密度変化をしている場合に近い透過をすることを示している。
【0073】
しかし、この場合でも(r'
j,j+12+t'
j,j+1t'
j+1,j)の項は1よりも小さい。また、de Boer(非特許文献10)は、界面の凹凸分布の空間周波数が小さいとき、すなわち、ゆるやかな粗さのある界面でのフレネル透過係数が、
【数22】
で示されることを報告している。すなわち、界面の凸凹の表面に平行な方向の分布が大きくなるとフレネル透過係数が小さくなることを示している。
【0074】
また、Sinha(非特許文献7)は、動力学的な一次近似まで含めたDWBA計算により減衰因子
【数23】
が得られることを示している。
【0075】
そこで、一般に、反射率の漸化式
【数24】
において、表面粗さや界面粗さがある時のフレネル反射係数r'
j,j+1、フレネル透過係数t'
j,j+1と,滑らかな表面界面におけるフレネル反射係数r
j,j+1、フレネル透過係数t
j,j+1との関係を、
【数25】
のように置く。ここで、Γは粗さがある時のフレネル反射係数の減衰因子であり、Tは粗さがある時のフレネル透過係数の変化因子である。また、C
j,j+1は、界面粗さの表面に平行な方向の相関関数であり界面の凹凸構造の分布を示す関数である。
【0076】
関数ΓとTは、凹凸のある表面界面において、X線が可干渉な反射や透過をする割合を示す関数という物理的な意味を持つ。このように一般性のあるX線反射率の関数モデルによってX線反射率の測定結果を解析することで、表面粗さや界面粗さの大きさだけでなく、表面界面の凹凸構造の分布をも正確に求めることができる。
【0077】
以下、解析工程について、具体的に説明する。
【0078】
図3は、試料の解析モデルの説明図である。
図3に示すように基板上にN−1層の膜が構成されているとき、次の式(1a)〜(1c)によって、各層でのX線反射率を正確に表わすことができる。
【数26】
【0079】
ここで、R
j−1,jは、j−1番目の層とj番目の層との間の界面における反射率である。h
jは、j番目の層の厚みであり、h
0=0である。k
j,zは、j番目の層における波動ベクトルのz方向成分である。Ψ
j−1,jは、j−1番目の層とj番目の層との間の界面におけるフレネル反射係数である。Φ
j−1,jは、j−1番目の層とj番目の層との間の界面におけるフレネル透過係数である。
【0080】
式(1c)に示すように基板からの反射をR
N,N+1=0として、式(1b)の漸化式を計算することにより、試料表面でのX線反射率Rは、式(1a)によって求めることができる。
【0081】
式(1b)の漸化式は、Parrattの式を、より正確な表現に修正したものである。すなわち、各層の表面及び界面の凹凸によって鏡面反射方向以外の方向にX線が散乱する場合、反射X線の干渉成分強度と透過X線の干渉成分強度の和は、入射成分強度より小さくなる点が反映されるように、Parrattの式を改良したものである(例えば、特許文献10、非特許文献11参照)。
【0082】
フレネル反射係数Ψ
j−1、jは、次の式(2a)、式(2b)で表わされる。
【数27】
【0083】
式(2a)中のQ
j−1,jは、表面・界面の粗さに起因してフレネル反射係数が減衰することを反映するための係数(反射減衰因子と呼ぶ)である。
【0084】
反射減衰因子Q
j−1,jは、一般的に、次の(3)式で表される近似式を用いる。
【数28】
σ
j−1,jは、j−1番目の層とj番目の層との間の表面又は界面の凹凸の高さ方向の大きさを表すラフネスである。
【0085】
フレネル透過係数Φ
j−1、jは、次の式(4a)、式(4b)で表すことができる。
【数29】
【0086】
式(4a)中のP
j−1,jは、表面・界面の粗さに起因してフレネル透過係数が減衰することを反映するための係数(透過減衰因子と呼ぶ)である。
【0087】
透過減衰因子P
j−1,jは、一般的に、次の式(5)で表される近似式を用いる。
【数30】
C
1、C
2は、定数である。
【0088】
Shinhaらの研究により、反射減衰因子Q
j−1,jは次の式(6a)〜(6c)で、透過減衰因子P
j−1,jは次の式(7a)〜(7c)で表される。
【数31】
【数32】
【0089】
ここで、g(x,y)は、点(x',y')のz方向の高さと点(x',y')からx、yだけ離れた点(x'+x,y'+y)のz方向の高さとの差の二乗平均であり、
g(x,y)=〈{ z(x'+x,y'+y)−z(x',y')}
2 〉
である。
【0090】
X線反射率の測定における透過X線や反射X線では、q
x=q
y=0であるため、反射減衰因子Q
j−1,jは次の式(8)で表され、透過減衰因子P
j−1,jは次の式(9)で表される。
【数33】
【数34】
【0091】
ここで、L
xは、干渉性を有するX線で測定する領域の長さ(以下、「可干渉領域長さ」という。)である。
【0092】
実際の凹凸分布において、たとえば近い2点の位置では、その高さに相関がある場合が多い。この場合、
g(x,y)=〈{z(x'+x,y'+y)−z(x',y')}
2.〉
=2〈{z(x'+x,y'+y)}
2〉−2〈z(x'+x,y'+y)〉〈z(x,y)〉
≡2σ
2−2C(x,y)
と書ける。ここで、
C(x,y)=〈z(x'+x,y'+y)〉〈z(x,y)〉
を粗さ相関関数と呼ぶ。式(8)、式(9)の粗さ平均関数g(x)は、ラフネスσと粗さ相関関数C(x、y)とを用いて、次の式(10)で表わすことができる。
【数35】
【0093】
Shinhaらの研究により、フラクタル表面のモデルの粗さ相関関数C(x)を用いると、粗さ平均関数g(x、y)は、次の式(11)で表される。
【数36】
【0094】
ここで、Hは、Hurstパラメータと呼ばれ、0<H<1の値をとり、表面の粗さ分布の程度を示す。相関距離ξは、フラクタル表面のカットオフ長さである。
【0095】
相関距離ξは、表面に平行である可干渉領域長さL
xより小さいものとする。
【0096】
式(8)及び式(9)において、可干渉領域長さL
xは、L
t,L
lで決まる。L
tは横方向可干渉長さであり、L
lは、縦方向可干渉長さである。可干渉領域長さL
xは、次の式(12)に従い、X線の入射角θ
iによって決まる。
【数37】
【0097】
入射角θ
iに対する有効粗さσ*を、次の式(13)、式(14)のように定義する。
【数38】
【数39】
【0098】
ここで、ξ≪L
xでは,g(x)=2σ
2となり、減衰因子Q
j−1,jは、式(2)となる。σは、rms粗さ(二乗平均平方根粗さ、root mean square deviation)である。
【0099】
式(3)、式(5)の代わりに、式(13)、式(14)を用いて解析を行う。これによって、解析モデルのパラメータに、相関距離ξを含めることができる。
【0100】
<具体例1> 本方法を適用した具体例1について説明する。
【0101】
試料として、Siのウエハの(001)面上に厚さ約5nmの熱酸化膜(SiO
2)を形成し、さらに熱酸化膜(SiO
2)上に室温での真空蒸着により約2nmのSiO
2層を追加したものを準備した。試料の表面の粗さは、蒸着によって大きくなっている。
【0102】
試料のSiO
2面の1μm×1μmの領域について原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定すると、rms粗さσ
sは0.17nmであった。試料のSiO
2面の10μm×10μmの領域について同様に測定すると、rms粗さσ
sは0.24nmであった。
【0103】
試料に、3kW回転式アノードX線源からのCu−Ka X線を照射し、X線反射率を測定した。ビームサイズは2mm(反射面に垂直方向)×0.05mm(反射面と平行方向)である。
【0104】
図4は、X線反射率の測定値と計算値とを比較したグラフである。
図4において、横軸は試料表面に対するX線の入射角θ、縦軸は試料表面におけるX線反射率である。実線は測定値であり、破線は計算値である。L
t=10nm、L
l=2μmを用いて、本方法を実行すると、試料表面の相関距離としてξ
S=2μmを得た。
図4に示すように、測定結果と計算結果とは、全体的によく一致している。
【0105】
<比較例1> 比較例1として、具体例1と同じ試料について、相関距離ξを含む式(11)の代わりにg(x)=2σ
2を用いて、フィッティングを行った。この場合、相関距離の情報を得ることができない。
【0106】
図5は、比較例1のグラフである。
図5において、横軸は試料表面に対するX線の入射角θ、縦軸は試料表面におけるX線反射率である。実線は計算値であり、破線は測定値である。
【0107】
測定値と計算値が全体的に一致するのはσ
s=0.54nmとして計算したときであった。しかしながら、入射角θ=0.6°付近で測定値と計算値のずれがやや大きい。σ
s=1.08nmとして計算すると、入射角θ=0.6°付近で測定値と計算値がよく一致するが、θが大きくなると測定値と計算値のずれが著しい。このように相関距離の情報を得ることができない従来の方法では、正確な解析ができない。
【0108】
比較例1の
図5と、具体例1の
図4とを対比すると、具体例1の
図4の方が、測定値と計算値との一致が良好である。
【0109】
<まとめ> 以上に説明したように、X線反射率の測定結果から、表面・界面粗さの大きさ(ラフネス)σのみならず、表面・界面の凹凸の平均的な間隔を表す相関距離ξの情報を得ることができる。すなわち、表面・界面の凹凸分布のより詳しい情報(2次元情報)を得ることができる。
【0110】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、種々変更を加えて実施することが可能である。
【0111】
本発明は、相関距離の情報を得るものであればよく、X線反射率の測定値と計算値の差が許容範囲内に収まったときのパラメータに含まれる相関距離は、データとして出力しても、出力しなくても構わない。