【文献】
Cell, 2007, Vol. 131, pp. 861-872
【文献】
Science, 2007, Vol. 318, pp. 1917-1920
【文献】
Nature Protocols, 2008, Vol. 3, No. 5, pp. 768-776
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、アルブミンの脂肪酸担持量を測定してアルブミン1gに対して9mgよりも多い場合にアルブミンに対して脂肪酸低減処理を施す工程を含む、請求項1記載の方法。
【背景技術】
【0002】
従来、幹細胞(胚性幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)など)の培養は、血清を含有する培地を用いて行なわれてきた。例えば、ウシ胎仔血清(FBS)等は、細胞増殖に重要な添加物として細胞培養に汎用されている。しかしながら培養後の幹細胞を医療目的で使用する場合、異種由来成分は、血液媒介病原菌の感染源や異種抗原となる可能性がある。また血清のロット間差により培養結果にばらつきが生じる可能性もある。そのため近年では、化学的組成が明らかな培地(chemically defined medium)を用いて幹細胞を培養することが主流となってきており、無血清培地の開発が進められている。
【0003】
無血清培地において重要性が高い成分の1つとしてアルブミンが挙げられる。アルブミンを添加することにより培地性能の安定維持効果が期待でき細胞培養用として数種類のアルブミンが市販されている。しかしながら、アルブミンは比較的高価であり、また、細胞培養、特に幹細胞の培養において、全てのアルブミンが同等の効果を有しているわけではなく、アルブミンの品質により培養成績が影響を受け、時としてアルブミンの添加が細胞の増殖に不利に作用する場合もある。さらに、培地中のアルブミンの劣化も問題となっていた。
比較的安価なアルブミンとしては、ヒトやウシ等の動物中の血清から抽出したアルブミンが挙げられるが、ドナーがウイルス等に感染している場合、これが伝播する危険性を有する。従って、これら動物血清由来のアルブミンは、臨床用途での使用が著しく制限されているうえ、使用が許容される場合でもその使用量を極力低くすることが求められる。
感染リスクが低く臨床用途での使用が好ましいとされる遺伝子組換(リコンビナント)法により作成されるアルブミンは著しく高価であるため、これを細胞培養に供して十分な量の細胞を確保しようとすると、極めて高コストとなる。従って、これら組換アルブミンを細胞培養に用いるためには、その使用量を極力低くすることが求められる。
【0004】
そこで、アルブミンの使用量が低減された、あるいはアルブミンが含まれない培地の開発が試みられている。例えば特許文献1では、アルブミン代替物としてポリエチレングリコールを培地に用いることが報告されている。特許文献2ではアルブミンを含有しないことを特徴とするポリビニルアルコール含有培地が報告されている。特許文献3では胚性幹細胞(HESCs)用の培地にポリビニルアルコールを用いることが報告されている。特許文献4では万能細胞から中胚葉系幹細胞を分化させるにあたり、培地中にポリビニルアルコール等を用いることが報告されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、培地性能の安定を維持する一方で、アルブミンの含有量が低減された、培養成績のよい幹細胞、特にiPS細胞の増殖用培地を提供すること、当該増殖用培地を製造する為の培地添加剤や培地の劣化を防止する剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、アルブミン含有培地において、特定の性質を有する水溶性ポリマー、特にポリビニルアルコールを併用することによって、アルブミン含有量を低減せしめ、且つ優れた培養成績が得られることを確認して本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]水溶性ポリマーとアルブミンとを含有することを特徴とする、iPS細胞の培養用培地。
[2]水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコールである、上記[1]記載の培地。
[3]ポリビニルアルコールの臨界ミセル濃度が0.1〜5mg/mlである、上記[2]記載の培地。
[4]ポリビニルアルコールの加水分解率が60〜95%である、上記[2]又は[3]記載の培地。
[5]アルブミンが、脂肪酸担持量が低減されたアルブミンである、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の培地。
[6]水溶性ポリマーを有効成分とする、培地添加剤。
[7]水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコールである、上記[6]記載の剤。
[8]ポリビニルアルコールの臨界ミセル濃度が0.1〜5mg/mlである、上記[7]記載の剤。
[9]ポリビニルアルコールの加水分解率が60〜95%である、上記[7]又は[8]記載の剤。
[10]培地が、アルブミン含有培地である、上記[6]〜[9]のいずれかに記載の剤。
[11]アルブミンが、脂肪酸担持量が低減されたアルブミンである、上記[10]記載の剤。
[12]培地が幹細胞増殖用培地である、上記[6]〜[11]のいずれかに記載の剤。
[13]幹細胞がiPS細胞である、上記[12]記載の剤。
[14]アルブミン含有培地の劣化防止剤である、上記[6]〜[13]のいずれかに記載の剤。
[15]水溶性ポリマーを添加することを含む、アルブミン含有培地の劣化を防止する方法。
[16]水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコールである、上記[15]記載の方法。
[17]上記[1]〜[5]のいずれかに記載の培養用培地で培養することを特徴とする、iPS細胞の培養方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の培地を用いれば、培地中のアルブミン量を減らすことができる、従って、より低用量のアルブミンの添加で培地性能の安定を維持することができる。アルブミン使用量の低減化は、より安全、且つ安定した幹細胞の増殖を可能とする。そのため培養中の培地交換の頻度を下げることができ、幹細胞の培養コストを削減することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中、「幹細胞」とは、自己複製能及び分化/増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0012】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、ストレスや細胞刺激によって誘導・選抜される多能性幹細胞等を挙げることが出来る。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature, 385, 810 (1997); Science, 280, 1256 (1998); Nature Biotechnology, 17, 456 (1999); Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999); Nature Genetics, 24, 109 (2000))。
【0013】
複能性幹細胞としては、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞等を挙げることが出来る。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞、より好ましくは骨髄間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の間葉系の細胞全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞又はその前駆細胞の集団を広義に意味する。
【0014】
本発明において用いる基礎培地には、自体公知のものを用いることができ、幹細胞の増殖を阻害しない限り特に限定されないが、例えばDMEM、EMEM、IMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、GMEM(Glasgow's MEM)、RPMI-1640、α-MEM、Ham's Medium F-12、Ham's Medium F-10、Ham's Medium F12K、Medium 199、ATCC-CRCM30、DM-160、DM-201、BME、Fischer、McCoy's 5A、Leibovitz's L-15、RITC80-7、MCDB105、MCDB107、MCDB131、MCDB153、MCDB201、NCTC109、NCTC135、Waymouth's MB752/1、CMRL-1066、Williams' medium E、Brinster's BMOC-3 Medium、E8 medium(Nature Methods, 2011, 8, 424-429)、ReproFF2培地(リプロセル社)、及びこれらの混合培地等が挙げられる。また、幹細胞培養用に改変された培地や、上記基礎培地と他の培地との混合物等を用いてもよい。
【0015】
本発明において「アルブミン含有培地」は上記基礎培地にアルブミンが添加されてなる培地である(「アルブミン」については後述)。
【0016】
本発明において「アルブミン含有培地の劣化」とは、調製直後のアルブミン含有培地に比べて、その細胞増殖を支持する能力や細胞の未分化状態を維持させる能力が低下した状態を意味し、具体的には、アルブミン含有培地を調製して一定期間経過した後に培養に供した場合、培養細胞の増殖数や未分化マーカー量等が、調製直後の培地で培養した場合に比べて低い値となる事象を意味する。このような事象の原因としては、例えば、培地を調製後一定期間経過する間に、培地中のアルブミンが分解や変性、培地容器への吸着等により、培地中のアルブミン量が、細胞培養において有効に作用するのに十分でなくなることを挙げることができる。
【0017】
本発明において用いる培地には、自体公知の添加物を含むことができる。添加物としては、幹細胞の増殖を阻害するものでない限り特に限定されないが、例えば成長因子(例えばインスリン等)、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ポリアミン類(例えばプトレシン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、アミノ酸(例えばL−グルタミン等)、還元剤(例えば2−メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d−ビオチン等)、ステロイド(例えばβ−エストラジオール、プロゲステロン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられる。また、従来から幹細胞の培養に用いられてきた添加物も適宜含むことができる。添加物は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0018】
本発明において用いる培地には、血清が含まれていてもよい。血清としては、動物由来の血清であれば、幹細胞の増殖を阻害するものでない限り特に限定されないが、好ましくは哺乳動物由来の血清(例えばウシ胎仔血清、ヒト血清等)である。血清の濃度は、自体公知の濃度範囲内であればよい。ただし、血清成分にはヒトES細胞の分化因子等も含まれていることが知られており、また血清のロット間差により培養結果にばらつきが生じる可能性もあることから、血清の含有量は低いほど好ましく、血清を含まないことが最も好ましい。更に、培養後の幹細胞を医療目的で使用する場合、異種由来成分は血液媒介病原菌の感染源や異種抗原となる可能性があるため、血清を含まないことが好ましい。血清を含まない場合、血清の代替添加物(例えばKnockout Serum Replacement(KSR)(Invitrogen)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco)、Glutamax(Gibco)等)を用いてもよい。
【0019】
本発明は、幹細胞、特にiPS細胞用の増殖用培地であって、水溶性ポリマーとアルブミンとを含有することを特徴とする培地(以後、本発明の培地とも称する)を提供する。増殖用培地とは、幹細胞の複製能や多能性、単能性を維持した状態で該細胞の複製(即ち、増殖)を可能にする培地である。
1.本発明の培地
【0020】
本発明の培地は、いずれの幹細胞の増殖にも好適に使用することができるが、好ましくは、ES細胞又はiPS細胞、より好ましくはiPS細胞の増殖用である。
【0021】
また本発明の培地は、いずれの動物由来の幹細胞の増殖にも好適に使用することができる。本発明の培地を使用して培養され得る幹細胞は、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の幹細胞であり、好ましくは、ヒト由来の幹細胞である。
【0022】
本発明において用いるアルブミンは、細胞培養用として用いられているものであれば特に限定されないが、好ましくは、脂肪酸担持量が低減されたものが用いられる。既に脂肪酸担持量が低減されたものであればそのまま、脂肪酸担持量が低減されていないものであれば脱脂肪酸処理を施した後培地に添加される。
【0023】
脂肪酸としては、炭素数8〜20からなる飽和脂肪酸(例えば、パルミチン酸、ステアリン酸)及び炭素数16〜20からなる不飽和脂肪酸(例えば、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸)が挙げられる。
【0024】
アルブミンとして、具体的には、卵白アルブミン、ブタ由来アルブミン、ウシ由来アルブミン、ヒト由来アルブミン等の天然由来のアルブミンや、ウシ型、ブタ型、又はヒト型等の遺伝子組換え体のアルブミンなどを挙げることができ、特に血清由来のアルブミンやヒト型の遺伝子組換え体アルブミン(リコンビナントヒトアルブミン(rHSA))を好適に例示することができる。商業的に入手可能なものを用いることができる。商業的に入手可能なものとしては、rHSAとしては、シグマアルドリッチ社A9731(型番)、サイエンセルリサーチラボラトリーズ社OsrHSA-10(型番)、ウーハンヘルスジェンバイオテクノロジーズ社HY01E-10g(型番)、イーエンザイム社HSA-1r(型番)、バイオベルデ社IBK-A1-10(型番)等の組換えイネ由来の製品やシグマアルドリッチ社A7223(型番)、A6608(型番)、A7736(型番)、ノボザイム社のAlbucult(登録商標)(製品名)、Recombumin alpha(登録商標)(製品名)、AlbIX(登録商標)(製品名)等の組換え酵母由来の製品が挙げられる。ヒト血漿由来アルブミンとして、シグマアルドリッチ社A1887(型番)、A1653(型番)、A9511(型番)、A3782(型番)、A8763(型番)、A4327(型番)、バイオロジカルインダストリーズ社Bio-Pure HSA 10% Solution(製品名)等の製品が挙げられる。
【0025】
アルブミンは、種々の物質と結合する能力の高いタンパク質であり、カルシウムや亜鉛等の微量元素や脂肪酸、酵素、ホルモン等と結合する。例えば血清由来のアルブミンは血清中に含まれる種々の物質と結合しており、脂肪酸の場合であればアルブミン1分子は通常脂肪酸2分子と結合する能力を有する。
【0026】
アルブミンの脱脂肪酸処理は、アルブミンの脂肪酸担持量を低減させることができる処理であれば特に限定されず、活性炭処理、イオン交換処理、加熱処理等が挙げられるが、経済性、簡便性等の観点から好ましくは活性炭処理である。さらに、活性炭処理により、アルブミンの脂肪酸担持量はアルブミン1gに対して好ましくは9mg以下、より好ましくは7mg以下、さらに好ましくは2.2mg以下に低減することができる。
【0027】
アルブミンの脂肪酸担持量の測定は、当分野で通常実施されている方法またはそれに準じた方法を用いて実施することができ、例えば、遊離脂肪酸をメチルエステル化後GC-MSによる検出や、赤外分光による定量に加えてDuncombeの抽出法、アシル−CoAシンセターゼ(ACS)とアシル−CoAオキシダーゼ(ACOD)を使用したACS−ACOD法などが挙げられる。いずれも測定キットとして市販されているものを利用することができる。
【0028】
本発明において、培地中のアルブミンの含有量は、通常細胞培養用培地に添加され得る量であれば特に限定されないが、本発明では水溶性ポリマーと併用することによりその含有量を減らすことができる。具体的には、終濃度が0.01〜10mg/ml、好ましくは0.1〜5mg/ml、より好ましくは0.2〜3.5mg/ml、さらに好ましくは0.3〜3mg/mlとなるように、幹細胞培養用の基礎培地に添加される。含有量が少なすぎると、培地性能の安定維持効果が期待できず、多すぎると、培地の製造コストが高くなり実用性が低くなる。
【0029】
アルブミンは培地中で三次元状の構造を形成して脂溶性物質の担体としての役割をはじめとする様々な機能を呈しているとされていることから、このような立体構造を模倣することでアルブミンの機能を代替もしくは補助することが可能と考えられる。化合物の立体構造化は、界面活性機能を有する化合物をミセル形成により集合体化させることで実現できるのでミセル形成によるアルブミン代替もしくは補助の可能性が考えられる。その点で、本発明において、水溶性ポリマーはそのミセル形成能によりアルブミンの代替もしくは補助となり得る。
【0030】
本発明において用いられる水溶性ポリマーは、細胞培養用として使用可能なもの、すなわち、細胞毒性を示さないものであり、且つ、アルブミンと併用することにより、アルブミンの使用量を減らすことができるものである。本発明において用いられる水溶性ポリマーの一態様は、臨界ミセル濃度(CMC)が0.1〜10mg/ml、好ましくは0.1〜5mg/ml、より好ましくは0.5〜1mg/mlのものである。本発明において用いられる水溶性ポリマーの一態様は、ポリビニルアルコールであり、CMCが0.1〜5mg/ml、好ましくは0.5〜5mg/ml、より好ましくは0.5〜1mg/mlのものである。ここでミセルとは、水溶液中で親水基部分が水相側に疎水基部分が内側に向けて配向することによって、分子が一定数集まることによって形成される水溶性ポリマー分子の集合体である。本発明において「ミセル」とは、このような狭義のミセルに加え、疑似ミセルと称されるコロイド状の凝集体(例、Revue Roumaine de Chimie, 54巻, 577-581頁, 2009年)も包含される。CMCが低すぎるとその極度に高いミセル形成能により培地に含まれる界面活性剤等を凝集化して細胞培養に影響を及ぼすことが懸念され、高すぎるとミセル形成のために大量に添加する必要が生じ、この場合、培地の粘度や浸透圧が上昇して培養細胞に影響を及ぼすことが懸念される。CMCが低い程ミセル形成能が高い。
【0031】
CMCの測定は、当分野で通常実施されている方法またはそれに準じた方法を用いて実施することができ、例えば電気伝導法、粘度法、色素法、表面張力法、光散乱法等を用いて測定することができる。さらに近年、蛍光物質ピレンを用いた蛍光強度を測定することによって算出する方法も用いられている。
【0032】
本発明において用いられる水溶性ポリマーとしては、具体的には、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)等が挙げられるが、好ましくはPVAである。
【0033】
本発明において水溶性ポリマーとして用いられるPVAは、好ましくは加水分解率が60〜95%、好ましくは70〜90%、より好ましくは75〜90%のものである。ここでいう加水分解率とは、PVAの原料であるポリビニル酢酸のアセチル基を加水分解により水酸基に変換した割合である。%が高いほど加水分解が進んでいることを示す。加水分解率が低すぎると水溶性が十分でなく、高すぎても高分子同士の水酸基が水素結合してかえって水への溶解性、分散性が悪くなる。より均一な細胞への接触が可能となるように、PVAは溶液化したものを用いることが好ましい。溶液化に使用する溶媒は、細胞培養用培地に添加され、細胞増殖に悪影響を有さないものであれば特に限定されないが、水や生理緩衝液等が挙げられる。
【0034】
本発明において、培地中の水溶性ポリマーの含有量は、通常細胞培養用培地に添加され得る量であれば特に限定されないが、具体的には、水溶性ポリマーがPVAの場合であれば、終濃度が0.1〜20mg/ml、好ましくは1〜20mg/ml、より好ましくは1〜10mg/ml、さらに好ましくは3〜7mg/mlとなるように、幹細胞培養用の基礎培地に添加される。またアルブミンと水溶性ポリマーの培地中含有量の比は、用いる水溶性ポリマーの種類によって適宜調整できるが、例えば水溶性ポリマーがPVAの場合であれば、1:1.1〜100、好ましくは1:1.1〜50、より好ましくは1:1.1〜25、さらに好ましくは1:3〜15とすることができる。含有量が少なすぎると、アルブミンの代替としての効果が期待できず、多すぎると細胞毒性が懸念される。
【0035】
本発明は、水溶性ポリマーを有効成分とする、培地添加剤(以後、本発明の培地添加剤とも称する)を提供する。
2.本発明の培地添加剤
本発明の培地添加剤に用いられる、水溶性ポリマーは、上記「1.本発明の培地」に用いられるものと同義である。水溶性ポリマーを含有する本発明の培地添加剤は、基礎培地等に必要量が添加されるが、培地性能の維持において、アルブミンの代替となり得ることから、特にアルブミンを含有する培地に添加するのに適している。ここで培地に含まれるアルブミンは、上記「1.本発明の培地」に用いられるものと同義である。
【0036】
本発明の培地添加剤には、有効成分である水溶性ポリマー以外に、培地に添加することが好ましい各種因子を含めておくことができる。例えば、上記「1.本発明の培地」の項で例示した、自体公知の添加物を含むことができる。
【0037】
本発明の培地添加剤は、培地性能の維持において、アルブミンの代替となり得る、即ち、培地の劣化を防止する効果を有する。従って、本発明の培地添加剤は、アルブミン含有培地の劣化防止剤としても好適に用いることができる。
【0038】
本発明の培地添加剤の、基礎培地への添加量は、所望する効果や含められる水溶性ポリマーの種類によって適宜選択される。例えば、水溶性ポリマーとしてPVAを用いた培地添加剤の場合、アルブミン含有培地、例えば幹細胞(特にiPS細胞)の増殖培養用のアルブミン含有培地に添加される場合には、有効成分である水溶性ポリマーの量で、通常、0.1〜20mg/ml、好ましくは1〜20mg/ml、より好ましくは1〜10mg/ml、さらに好ましくは3〜7mg/mlとなるよう添加される。またアルブミンと水溶性ポリマーの最終調整後の培地中での含有量の比は、1:1.1〜100、好ましくは1:1.1〜50、より好ましくは1:1.1〜25、さらに好ましくは1:3〜15とすることができる。
【0039】
本発明は、幹細胞の培養方法(以後、本発明の培養方法とも称する)を提供する。
3.本発明の培養方法
本発明の培養方法は、幹細胞(好ましくは、iPS細胞)を本発明の培地(上記「1.本発明の培地」の項参照)で培養する工程を含む。
幹細胞の培養に用いられる培養器は、幹細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルが挙げられ得る。
【0040】
培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。
【0041】
その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが約30〜40℃、好ましくは約37℃であり得る。CO
2濃度は、約1〜10%、好ましくは約2〜5%であり得る。酸素分圧は、1〜10%であり得る。
【0042】
本発明の培養方法において、本発明の培地による幹細胞の培養、あるいは本発明の培地添加剤の幹細胞培養への添加のタイミングは、所望される幹細胞増殖促進効果が得られるならば特に限定されない。例えば本発明の培地中に幹細胞を播種してもよいし、アルブミン含有培地に幹細胞を播種して培養後1〜数日、好ましくは1日培養した後に該培地に本発明の培地添加剤を添加してもよい。あるいは本発明の培地で培地交換してもよい。
【0043】
本発明の培養方法により増殖させたiPS細胞は未分化な性質を維持している。iPS細胞が未分化な性質を有しているか否かを確認する方法として、未分化マーカーを指標に確認する方法がある。未分化マーカーとしては、アルカリホスファターゼ、Oct3/4、Sox2、Nanog、ERas、Esgl等が挙げられる。これら未分化マーカーを検出する方法としては、mRNAを検出する方法、免疫学的検出法等が挙げられる。
【0044】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0045】
(材料と方法)
1.ポリビニルアルコール(PVA)
PVAは以下のものを用いた。
[日本合成化学社製]
ゴーセノールEG−05PW(加水分解率88%)
ゴーセノールNL−05(加水分解率99%)
ゴーセノールKL−05(加水分解率79%)
ゴーセノールEG−03P(加水分解率88%)
[ACROS Organics社製]
302780250(加水分解率78%)
[関東化学社製]
32283−02(加水分解率86.5〜89%)。
【0046】
2.アルブミン
組換ヒトアルブミンはNovozymes社製のものを用いた。
品名:Recombumin及びAlbucult
ヒト血清アルブミンは、Baxter社製のものを活性炭(和光純薬社製)処理して用いた。活性炭処理によりアルブミンに担持される脂肪酸量(和光純薬社製:ラボアッセイNEFAを用いて定量)はアルブミン1gあたり1〜2mgにまで低減した。
【0047】
3.臨界ミセル濃度(CMC)の測定
PVAの臨界ミセル濃度(CMC)は、非特許文献(Journal of Controlled Release, 143巻, 201-206頁, 2010年)記載の方法に基づき、蛍光物質ピレンを用いた蛍光強度測定法により算出した。異なる濃度(0.01〜50mg/ml)のPVA水溶液に6mMピレン/アセトン溶液を混合した後、室温で1時間振とうした。混合液の励起波長333nmおよび339nmに対する放出波長390nmの蛍光強度(I−333およびI−339)を測定した。PVA濃度に対する蛍光強度比(I−339/I−333)をプロットし、蛍光強度比が急激に上昇するときのPVA濃度をCMCとした。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
(結果)
実施例1:iPS細胞増殖系での評価−1
種々の水溶性ポリマーを用いて、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の増殖効果を評価した。iPS細胞は、iPSアカデミアジャパン社より購入した201B7株を用いた。細胞培養は、基底膜マトリックス(日本ベクトンディッキンソン社製のマトリゲル)をコートした培養容器(日本ベクトンディッキンソン社、Falcon培養シャーレもしくはFalcon培養プレート)を用い、5%CO
2/37℃の条件で行った。iPS細胞用フィーダレス培地であるEssential 8培地(インビトロジェン社製)に、各種PVAならびに各種アルブミンを所定の濃度となるよう添加して被験培地とした。これを直ちに、もしくは、4℃中2〜4週間保管した後に、培養に用いることにより、その効果を検討した。播種時に使用する培地にはY−27632を添加(最終濃度10μM、ナカライテスク社製:08945−84)した。翌日以降はY−27632を添加していない被験培地で培養した。2〜3日毎に培地交換を行い1週間の培養後、細胞数を測定した。細胞数の測定は、「改訂細胞培養入門ノート, 77〜83頁, 2010年, 羊土社」に記載の方法により行った。尚、コントロールとして、アルブミンのみ添加しPVAを添加しない培地で同様に培養を行った。
評価基準は以下の通りである。
◎:細胞数がコントロールのそれに対して150%以上
○:細胞数がコントロールのそれに対して120%以上150%未満
□:細胞数がコントロールのそれに対して100%以上120%未満
−:細胞数がコントロールのそれに対して50%以上100%未満
×:細胞数がコントロールのそれに対して50%未満
結果を表2〜4に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
【表4】
【0053】
表1に示すように、加水分解率が79%もしくは88%であるPVAは、CMCが1mg/ml以下であり、加水分解率が99%であるPVAのCMC(20mg/ml)に比べ明らかに低濃度であることから、ミセル形成能が高い。
表2、3に示すように、加水分解率が79%もしくは88%であるPVAは、加水分解率が99%であるPVAに比べ、添加濃度1mg/ml及び5mg/mlの何れにおいてもiPS細胞の増殖促進活性が良好であった。特に添加濃度5mg/mlにおいては、細胞数がコントロールのそれに対して120%以上となる頻度が、加水分解率が79%あるいは88%のPVAでは、それぞれ12サンプル中9サンプルであるのに対し、加水分解率が99%のPVAでは12サンプル中3サンプルしかなく、効果の違いは明らかである。
さらに、表4に示すように、加水分解率が88%であるPVAは、ヒト血清アルブミンとともに添加した場合においてもiPS細胞の増殖促進活性が良好である。
【0054】
実施例2:iPS細胞増殖系での評価−2
水溶性ポリマーとしてPVAを用いて、アルブミン含有培地におけるiPS細胞の増殖効果を評価した。PVAとしてはゴーセノールEG−05PWを、アルブミンとしてはヒト血清アルブミンを用いた。iPS細胞の入手及び培養は実施例1と同様にして行った。iPS細胞用フィーダレス培地であるEssential 8培地(インビトロジェン社製)に、PVAならびにアルブミンを所定の濃度となるよう添加して被験培地とした。これを直ちに、もしくは、4℃中3週間保管した後に、培養に用いることにより、その効果を検討した。播種時に使用する培地にはY−27632を添加(最終濃度10μM、ナカライテスク社製:08945−84)した。翌日以降はY−27632を添加していない被験培地で培養した。2〜3日毎に培地交換を行い1週間の培養後、細胞数を測定した。細胞数の測定は、実施例1と同様にして行った。尚、コントロールとして、アルブミン(1.4mg/ml)のみ添加しPVAを添加しない培地で同様に培養を行った。
評価基準は以下の通りである。
コントロールに比べて
◎:有意に高い細胞増殖能
○:同等の細胞増殖能
△:有意に低い細胞増殖能
結果を表5に示す。
【0055】
【表5】
【0056】
実施例3:未分化マーカーの測定
(測定方法)
リアルタイムPCR法によるmRNAの発現解析
各種被験培地で培養した細胞を回収し、細胞中の前RNAをRNeasy Plus Mini Lit(Qiagen社製)を用いて抽出した。抽出した各全RNAを鋳型とするPrimerScript RT reagent Kit(タカラバイオ社製)を用いた逆転写反応によりcDNAを合成した。これを鋳型に各種フォワードプライマーならびにリバースプライマー(いずれも北海道システムサイエンス社に合成を委託)、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems社製)を用いたPCRを7500 Fast Real Time PCR system(Applied Biosystems社製)で行った。mRNA発現量は、内在コントロールであるβ−アクチン(ActB)若しくはGAPDH(glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase)で標準化した。
(結果)
結果を
図1に示す。
図1に示す通り、iPS細胞の代表的未分化マーカーであるOct3/4ならびにNanogのいずれについても、その発現量はPVAを添加しアルブミン量を削減しても変化しなかった。
以上の結果より、PVAがiPS細胞の未分化能に影響を及ぼさないことが確認された。