特許第6537544号(P6537544)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6537544
(24)【登録日】2019年6月14日
(45)【発行日】2019年7月3日
(54)【発明の名称】樹脂製歯車及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/06 20060101AFI20190625BHJP
   F16H 55/08 20060101ALI20190625BHJP
   F16H 55/17 20060101ALI20190625BHJP
   B29C 33/42 20060101ALI20190625BHJP
【FI】
   F16H55/06
   F16H55/08 Z
   F16H55/17 Z
   B29C33/42
【請求項の数】14
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-28760(P2017-28760)
(22)【出願日】2017年2月20日
(65)【公開番号】特開2018-135899(P2018-135899A)
(43)【公開日】2018年8月30日
【審査請求日】2017年12月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】517057487
【氏名又は名称】株式会社川辺製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100100055
【弁理士】
【氏名又は名称】三枝 弘明
(72)【発明者】
【氏名】下大迫 純一
(72)【発明者】
【氏名】丸山 広樹
【審査官】 前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】 特開平2−62461(JP,A)
【文献】 特開2013−170611(JP,A)
【文献】 特開2005−23978(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 55/06
B29C 33/42
F16H 55/08
F16H 55/17
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯形状の歯幅方向の中央部の歯形のうちの少なくとも主要部が前記歯幅方向の両端部の前記少なくとも主要部よりも半径方向に突出するように、前記少なくとも主要部の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた歯形構造を備え、
前記歯形のうちの前記主要部から歯底までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯底の歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成される、
樹脂製歯車。
【請求項2】
前記歯形構造の前記中央部と前記歯幅方向の少なくとも一方の端部との間の前記半径方向の位置の差の前記歯幅方向の全幅に対する比率が1/1200〜6/1200の範囲内である、
請求項1に記載の樹脂製歯車。
【請求項3】
前記歯形のうちの前記主要部から歯先までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯先の歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成される、
請求項1又は2に記載の樹脂製歯車。
【請求項4】
歯形状の歯幅方向の中央部の歯形のうちの少なくとも主要部が前記歯幅方向の両端部の前記少なくとも主要部よりも半径方向に突出するように、前記少なくとも主要部の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた歯形構造を設定し、該歯形構造に対応する反転歯形構造を備えた型材料を形成する工程と、
前記反転歯形構造を備えた前記型材料から形成され、被成形品が前記反転歯形構造に対して前記歯すじに沿った方向の一方の向きに離型されるように構成された型構造を備える成形型を用いて、樹脂材料を成形し、前記反転歯形構造に対して前記一方の向きに離型することにより樹脂製歯車を形成する工程と、
を具備する樹脂製歯車の製造方法。
【請求項5】
前記樹脂製歯車を形成する工程の前記一方の向きへの離型時に、前記樹脂材料の成形時の収縮性により、前記歯形構造の前記中央部が前記反転歯形構造の前記一方の向きにある端部と干渉しない範囲の凸曲線状となるように、前記反転歯形構造が構成される、
請求項4に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項6】
前記反転歯形構造は、全体が一体の型材料により構成される、
請求項4又は5に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項7】
前記歯形のうちの前記主要部から歯先までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯先の歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成される、
請求項4〜6のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項8】
前記歯形のうちの前記主要部から歯底までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯底の歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成される、
請求項4〜7のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項9】
前記反転歯形構造は、前記樹脂製歯車において前記歯形構造を実現するために、前記樹脂材料の成形特性に基づいて前記歯形構造の修正した目標形状に対応する構造である、
請求項4〜8のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項10】
前記各工程の予備工程と、該予備工程により形成された前記樹脂製歯車の前記歯形構造を測定する測定工程とを有し、
前記測定工程により測定された前記歯形構造の測定形状と前記目標形状との差異に基づいて、前記反転歯形構造を前記測定形状が前記目標形状に近づく方向に修正した上で、前記各工程を実施する、
請求項9に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項11】
前記各工程の予備工程と、該予備工程の離型時における前記樹脂製歯車の前記歯形構造の前記反転歯形構造による干渉の有無を検査する検査工程とを有し、
前記検査工程により前記歯形構造に前記反転歯形構造による干渉が発見された場合には、前記反転歯形構造を前記歯形構造の前記反転歯形構造による前記干渉がなくなる方向に修正した上で、前記各工程を実施する、
請求項4〜9のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項12】
前記各工程の予備工程と、該予備工程により形成された前記樹脂製歯車の性能評価を行う性能評価工程とをさらに有し、
前記性能評価工程により求めた性能評価指標から前記歯形構造の目標形状の好適範囲を設定し、前記反転歯形構造を前記歯形構造が前記目標形状の前記好適範囲に収まるように設定した上で、前記各工程を実施する、
請求項4〜9のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項13】
前記反転歯形構造を形成する工程は、
前記歯形構造に相当する原歯形構造を有するマスター型を形成する第1の工程と、
前記マスター型の前記原歯形構造を前記型材料に転写することにより前記反転歯形構造を形成する第2の工程と、
を有する請求項4〜12のいずれか一項に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【請求項14】
前記第2の工程は、前記マスター型に電鋳を施すことにより、前記反転歯形構造を備えた前記型材料を形成する工程である、
請求項13に記載の樹脂製歯車の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は樹脂製歯車及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、樹脂により形成された歯車は、各種装置の内部において、各部の駆動機構や案内機構などを動作させるために多用されている。樹脂製歯車は、射出成形などによって容易に成形できる点で有利であるものの、樹脂の流動性や収縮性などの特性によって、流動性の不足や樹脂の収縮による転写性の悪化や形状精度の悪化などが問題とされる。一方、以下に示す特許文献1〜3においては、樹脂の収縮性を利用して歯車に特定のクラウニング形状を形成することにより、歯車の片当たりや外端部への応力集中による騒音や摩耗を低減することができるように、或いは、歯車同士の噛合時の微小振動等による動作のピッチムラを防止することができるように、歯車性能の向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−54912号公報
【特許文献2】特開2002−273759号公報
【特許文献3】特開2005−292634号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、樹脂製歯車では、成形型の構造によりクラウニング形状を設けようとしても、クラウニング形状を備える成形型を低コストで精度よく形成することができず、また、歯面の歯すじに沿った方向のアンダーカットにより離型が困難であるという問題点がある。このような問題点を回避しようとする方法が上記従来の特許文献に記載された方法であるが、これらの方法では、上述のように樹脂の収縮性(ヒケ)を意図的に制御してクラウニング形状を構成する分、成形精度が低下するため、歯形の形状精度を高めることが難しく、歯形状の再現性も得にくいという問題点がある。また、或る程度の品質を満足する条件を決めるまでに時間や手間がかかるという問題もある。さらに、条件設定の時間や手間に加え、樹脂の特性を精密に制御するためには金型構造が複雑になったり、成形時間も増大させたりする必要が生ずる可能性があるので、製造コストが増加する可能性が高い。
【0005】
そこで、本発明は上記問題点を解決するものであり、その課題は、歯車性能を確保しつつ、歯形状の精度や再現性が容易に得られる樹脂製歯車及びその製造方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる実情に鑑み、本発明に係る樹脂製歯車は、歯形状の歯幅方向の中央部の歯形のうちの少なくとも主要部が前記歯幅方向の両端部の前記少なくとも主要部よりも半径方向に突出するように、前記少なくとも主要部の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた歯形構造を備えたことを特徴とする。ここで、上記歯形とは、例えば、歯形状のうちの歯すじに沿った方向と直交する断面形状、特に、歯面を構成する部分の輪郭形状を言い、インボリュート歯形などが挙げられる。また、上記主要部とは、前記歯形のうちの歯先の近傍及び歯底の近傍を除いた歯当たりを生ずる部分を言う。
【0007】
本発明において、前記歯形構造の前記中央部と前記歯幅方向の少なくとも一方の端部との間の前記半径方向の位置の差の前記歯幅方向の全幅に対する比率が1/1200〜6/1200であることが好ましい。特に、上記比率が2/1200〜5/1200であることが望ましい。
【0008】
本発明において、前記歯形のうちの前記主要部から歯先までの範囲の半径方向の位置、或いは、前記主要部から歯底までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯先と歯底の少なくとも一方の歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成されることが好ましい。特に、歯先と歯底の双方の前記歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成されることが望ましい。なお、歯形の主要部の位置、歯先及び歯底の外形線とは、それぞれ歯形状の外形に関するものを言い、外歯の歯車だけでなく、内歯の歯車にも適用可能な概念である。
【0009】
次に、本発明に係る樹脂製歯車の製造方法は、歯形状の歯幅方向の中央部の歯形のうちの少なくとも主要部が前記歯幅方向の両端部の前記少なくとも主要部よりも半径方向に突出するように、前記少なくとも主要部の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた歯形構造を設定し、該歯形構造に対応する反転歯形構造を備えた型材料を形成する工程と、前記反転歯形構造を備えた前記型材料から形成され、被成形品が前記反転歯形構造に対して前記歯すじに沿った方向の一方の向きに離型されるように構成された型構造を備える成形型を用いて、樹脂材料を成形し、前記反転歯形構造に対して前記一方の向きに離型することにより樹脂製歯車を形成する工程と、を具備することを特徴とする。
【0010】
本発明において、前記樹脂製歯車を形成する工程の前記一方の向きへの離型時に、前記樹脂材料の成形時の収縮性により、前記歯形構造の前記中央部が前記反転歯形構造の前記一方の向きにある端部と干渉しない範囲の凸曲面状となるように、前記反転歯形構造が構成されることを特徴とする。ここで、前記反転歯形構造は、全体が一体の型材料により構成されることが好ましい。
【0011】
本発明において、前記歯形のうちの前記主要部から歯先までの範囲の半径方向の位置、或いは、前記主要部から歯底までの範囲の半径方向の位置を歯すじに沿って凸曲線状に移動させた前記歯形構造を備え、前記主要部の位置とともに、前記歯先と歯底の少なくとも一方の前記歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成されることが好ましい。特に、歯先と歯底の双方の前記歯すじに沿った外形線が前記凸曲線状に構成されることが望ましい。なお、歯形の主要部の位置、歯先及び歯底の外形線とは、それぞれ歯形状の外形に関するものを言い、外歯の歯車だけでなく、内歯の歯車にも適用可能な概念である。
【0012】
本発明において、前記反転歯形構造は、前記樹脂製歯車において前記歯形構造を実現するために、前記樹脂材料の成形特性に基づいて前記歯形構造の修正した目標形状に対応する構造であることが好ましい。ここで、前記樹脂材料の成形特性とは、樹脂材料の降温時の収縮性や成形時の流動性、或いは、これらにより得られる型形状の転写性などを言う。
【0013】
本発明において、前記各工程の予備工程と、該予備工程により形成された前記樹脂製歯車の前記歯形構造を測定する測定工程とをさらに有し、前記測定工程により測定された前記歯形構造の測定形状と前記目標形状との差異に基づいて、前記反転歯形構造を前記測定形状が前記目標形状に近づく方向に修正した上で、前記各工程を実施することが好ましい。ここで、前記予備工程は、前記歯形構造に対応する反転歯形構造を形成する予備工程と、前記反転歯形構造を備えた前記型材料から形成され、被成形品が前記反転歯形構造に対して前記歯すじに沿った方向の一方の向きに離型されるように構成された型構造を備える成形型を用いて、前記樹脂材料を成形し、前記反転歯形構造に対して前記一方の向きに離型することにより前記樹脂製歯車を形成する予備工程と、を含む。
【0014】
本発明において、前記各工程の予備工程と、該予備工程の離型時における前記樹脂製歯車の前記歯形構造の前記反転歯形構造による干渉の有無を検査する検査工程とをさらに有し、前記検査工程により前記歯形構造に前記反転歯形構造による干渉が発見された場合には、前記反転歯形構造を前記歯形構造の前記反転歯形構造による前記干渉がなくなる方向に修正した上で、前記各工程を実施することが好ましい。
【0015】
本発明において、前記各工程の予備工程と、該予備工程により形成された前記樹脂製歯車の性能評価を行う性能評価工程とをさらに有し、該性能評価工程により求めた性能評価指標から前記歯形構造の目標形状の好適な範囲を設定し、前記反転歯形構造を前記歯形構造が前記目標形状の前記範囲に収まるように設定(変更)した上で、前記各工程を実施することが好ましい。なお、上記測定工程、上記検査工程、上記性能評価工程は、共通の予備工程後において、共通の予備工程により形成された樹脂製歯車に対して行うようにしてもよい。
【0016】
本発明において、前記反転歯形構造を形成する工程は、前記歯形構造に相当する原歯形構造を有するマスター型を形成する第1の工程と、前記マスター型の前記原歯形構造を型材料に転写することにより前記反転歯形構造を形成する第2の工程とを有することが好ましい。この場合において、前記反転歯形構造の修正や設定(変更)は、前記原歯形構造の修正や設定(変更)により間接的に行われる。
【0017】
本発明において、前記第2の工程は、前記マスター型に電鋳を施すことにより前記反転歯形構造を備えた前記型材料を形成する工程であることが好ましい。
【0018】
本発明において、前記第4の工程は、前記成形型を用いた射出成形により前記樹脂材料を成形する工程であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、樹脂製歯車の性能を確保しつつ、歯形形状の精度や再現性が容易に得られる製造方法を実現することができるという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る樹脂製歯車の製造方法の製造プロセスを示す概略工程図である。
図2】測定工程による測定結果及び検査工程による検査結果に基づく原歯形構造の修正プロセスを示す概略工程図である。
図3】樹脂製歯車の性能評価工程による性能評価結果に基づく歯形構造の目標形状の変更プロセスを示す概略工程図である。
図4】製造プロセスの具体例を示す工程図である。
図5】マスター型の構造を示す概略構成図(a)及びマスター型を用いた電鋳プロセスの電鋳槽の概略構成を示す概略構成図(b)である。
図6】電鋳により形成された型材料をさらに成形して形成した成形コアの構造を示す縦断面図(a)、横断面図(b)、反転歯形構造を示す斜視図(c)、及び、縦断面図(a)の領域Dを拡大して示す拡大部分断面図(d)である。
図7】上記成形コアを内蔵した射出成形用の成形型の概略構造を示す断面図(a)及びこの断面図を補足する部分平面図(b)及び部分断面図(c)である。
図8】成形された樹脂製歯車の拡大断面図である。
図9】樹脂製歯車の歯形構造を説明するための模式的な拡大断面図である。
図10】樹脂製歯車の種々の噛合状態を示す説明図(a)〜(c)である。
図11】歯車のクラウニング形状の例を模式的に示す歯形の斜視図(a)〜(c)である。
図12】相対特殊クラウニング量と騒音レベルとの関係を示すグラフである。
図13】相対特殊クラウニング量と相対ねじれ角誤差及び摩耗量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、添付図面を参照して本発明に係る樹脂製歯車の製造方法の実施形態について詳細に説明する。最初に、図1に示される本実施形態の基本的な各工程について説明するとともに、図4に示す具体的なプロセス内容について、図5図9を参照してさらに説明する。
【0022】
図1に示すように、本実施形態を実施するに際しては、製造すべき樹脂製歯車の材質と基本的形態(歯車の基本的な仕様)が設定されなければならない。この基本的形態とは、例えば、通常の歯車の設計図面に盛り込まれる形状寸法に係り、歯形を、例えばインボリュート歯形とすることも含まれる。また、この材質と基本的形態に基づいて、樹脂製歯車の歯形構造の目標形状(歯形状の外形)が設定される。本実施形態の歯形構造の目標形状とは、歯形修正や歯筋修正などを含む、より詳細な形状に関する。例えば、歯形修正には歯先修正と歯元修正があり、歯筋修正にはクラウニングやレリービングなどがある。
【0023】
本実施形態の樹脂製歯車は、インボリュート歯形などの基本的な歯形の半径方向Frの位置が歯すじに沿って凸曲線状となるような歯形構造を備えている。本実施形態の歯形構造は、図11(a)に示すクラウニング形状、すなわち、歯形状Tの歯面Taを歯幅方向Fwの中央部で歯厚が大きくなるように突出させ、歯当たりTbを中央部に制限した形状や、図11(b)に示すエンドレリーフ形状、すなわち、歯形状Tの歯面Taを歯幅方向Fwの両端近傍の端部Tcでカットして歯当たりが生じない逃げ部を設けた形状などとは異なる。
【0024】
本実施形態の歯形構造は、図11(c)に示すように、歯形構造の一つの歯形状Tのうちの、歯面Taの歯当たりが生ずる主要部、すなわち、歯先や歯底の近傍を除いた歯面部分を構成する歯形の位置を歯幅方向Fwの全範囲において歯すじに沿った方向Ftに見て基本的に同じ形状とし、この同じ形状の歯形の半径方向Frの配置態様を歯すじに沿った方向Ftに凸曲線状に形成したものである。すなわち、本実施形態の歯形構造のうちの一つの歯に相当する歯形状Tにおいては、歯幅方向Fwの両端部Tcよりも歯形状Tの上記主要部が半径方向Frに突出した位置にある中央部Tpを備えた形状を有する。なお、このような歯形状Tは、図11(a)に示す一般的なクラウニング(形状)とは異なるため、本明細書では特殊クラウニング(形状)と呼ぶこととする。
【0025】
ただし、本実施形態では、歯形状Tのうちの上記主要部に限らず、上記主要部から歯先Tdまでの全体(歯末に係る全部分)の歯形(断面形状)が、歯すじに沿った方向Ftに見て同一の形状を備えるとともに、同方向Ftに沿った中央部Tpが端部Tcよりも半径方向Frに突出した態様の上記凸曲線状に配置されている。すなわち、歯先Tdの外形線が、上記主要部と同様に中央部Tpが半径方向Frに突出し、端部Tcが低くされた凸曲線状に形成されている。ここで、歯先Tdの外形線の中央部Tpは歯先Tdの頂部となっている。したがって、歯形状Tは、歯先円直径が歯幅方向Fwの中央部Tpにある頂部で最も大きく、この頂部の歯幅方向Fwの両側において歯先円直径が歯すじに沿って徐々に小さくなっていく形状である。
【0026】
また、本実施形態では、歯形状Tのうちの上記主要部に限らず、上記主要部から歯底Teまでの全体(歯元に係る全部分)の歯形(断面形状)が、歯すじに沿った方向Ftに見て同一の形状を備えるとともに、同方向Ftに沿った中央部Tpが端部Tcよりも半径方向Frに突出した態様の上記凸曲線状に配置されている。すなわち、歯底Teの外形線が、上記主要部と同様に中央部Tpが半径方向Frに突出し、端部Tcが低くされた凸曲線状に形成されている。ここで、歯底Teの外形線の中央部Tpは歯底Teの頂部となっている。したがって、歯形状Tは、歯底円直径が歯幅方向Fwの中央部Tpにある頂部で最も大きく、この頂部の歯幅方向Fwの両側において歯すじに沿って歯先円直径が徐々に小さくなっていく形状である。
【0027】
本実施形態では、上述のように、歯形状Tの歯先Tdから歯底Teにわたる全体が歯すじに沿った方向Ftに見て同一の歯形(断面形状)を有するものの、当該歯形(断面形状)は、歯幅方向Fwの中央部Tpで半径方向Frの外側に配置され、端部Tcで半径方向Frの内側に配置される態様で、凸曲線状の配置態様を備えている。すなわち、本実施形態の歯形構造としては、図9に示すように、歯形の断面形状の全体が歯すじに沿って凸曲線状の配置態様となるように、それぞれの歯形状が構成される。したがって、歯すじに沿った歯先Tdの外形線が凸曲線状に構成されるだけでなく、歯すじに沿った歯底Teの外形線も凸曲線状に構成される。このような構造は、歯形(断面形状)自体が歯すじに沿って変化(変形)するものではないため、後述するように、歯切り工具等によって容易に形成できるという大きな利点を有する。
【0028】
上述のように、本実施形態の歯形構造は、単なる歯面や歯先の修正を歯すじに沿って凸曲線状に施すことにより形成されたものではない。しかし、基本的な歯形(歯すじに沿った方向Ftと直交する断面の形状)の位置が歯すじに沿って半径方向Frに移動する凸曲線状に配置される。このため、結果として、図11(a)に示すクラウニング形状と同様に、図11(c)に示すように歯面Taの歯当たりTbが中央に制限される。
【0029】
なお、図11(c)に示す歯形状Tは、上記の本実施形態の具体的な歯形状とは異なり、結果として、歯先Tdが歯すじに沿って凸曲線状に形成されるが、歯底Teは歯すじに沿ってほぼ平坦に形成されている例を示す。本実施形態の歯形構造は、前述のように、上記特殊クラウニング(形状)と呼べるものであればよいので、図11(c)に示す歯形状Tも包含する。
【0030】
樹脂製歯車の歯形構造の目標形状は、歯車の材質や基本的形態に基づいて、歯すじに沿った方向Ftに見たときの歯形位置の半径方向Frの配置を示す凸曲線状の歯形状である。図10(a)に示すような、歯すじに沿って歯形位置が平坦に配置された標準歯車SG同士の噛み合わせでは、歯車の内径ガタや歯車軸の倒れなどがあると、歯車の片当たりや外端部への応力集中による騒音や摩耗が生じやすくなる。しかし、図10(b)に示すように、歯形位置が歯すじに沿って凸曲線状に配置された歯形構造を有するクラウニング歯車CGが一方に用いられる場合や、図10(c)に示すように、同様の歯形構造を有するクラウニング歯車CGが両方に用いられる場合には、歯当たりが中央部に制限され、端部の歯当たりが抑制されるため、歯車の内径ガタや歯車軸の倒れなどによる片当たりや外端部への応力集中が緩和される。
【0031】
しかしながら、本願発明者らが種々の実験を行った結果、上記の特殊クラウニングの凸曲線状の歯形配置であれば必ず良くなるわけではなく、凸曲線状の曲率が大きくなりすぎると、噛み合い率の低下による騒音や摩耗の異常が発生するとともに、歯形構造の形成そのものが困難になることが判明した。その上で、本願発明者らは、上記の特殊クラウニング形状の適切な形状範囲を高い精度と再現性をもって実現することができる好適な製造方法を考案した。しかも、この製造方法であれば、樹脂成形により低コストで歯車を量産することが可能である。したがって、従来において、一般的なクラウニング形状を備えたクラウニング歯車では不可能であった、低コストでの量産を、特殊クラウニング形状と上記製造方法によって実現することができる。
【0032】
本実施形態では、上記の歯形構造の目標形状を設定した後に、この目標形状に対応する原歯形構造の設定を行う。この原歯形構造は、後述する第1の工程におけるマスター型に形成すべき歯形構造である。なお、このマスター型は、後述する第2の工程における反転歯形構造を形成するためのものである。このとき、反転歯形構造を塑性加工や切削加工などにより直接に形成する場合には、上記目標形状に基づいて、直接に反転歯形構造を設定すればよい。
【0033】
上記原歯形構造は、本実施形態の製造方法による転写精度や成形精度が極めて高いものであれば、上記歯形構造の目標形状と一致させることができる。しかし、実際には、本実施形態の樹脂製歯車は、原歯形構造の転写を経た反転歯形構造を備える成形コアを用いた樹脂材料の成形によって製造されるものであるから、転写精度や成形精度の限界によって十分な形状精度を得ることができない場合がある。このため、原歯形構造は、転写精度や成形精度を考慮して、歯形構造の目標形状に対して所定の修正を施し、これに相当する原歯形構造を設定すれば、目標形状の歯形構造を高精度に得ることができる。なお、上記のように反転歯形構造を直接形成する場合にも、上記と同様に、成形精度を考慮して、歯形構造の目標形状に対して所定の修正を施し、これに対応する反転歯形構造を設定すれば、目標形状の歯形構造を高精度に得ることができる。
【0034】
歯形構造の上記目標形状から原歯形構造や反転歯形構造を設定する方法は種々あるが、その方法の一部は後述する。ここでは、原歯形構造の設定が適格に行われたことを前提として、以下に製造工程の詳細について説明していく。
【0035】
図1に示すように、第1の工程は、マスター型の形成を行う工程である。この第1の工程では、原歯形構造を備えたマスター型を切削加工や塑性加工(鍛造や転造)などによって形成する。第1の工程の具体例としては、図4に示すように、歯切加工による歯形創成が挙げられる。歯切加工は、ホブやピニオンカッタなどの歯切工具を用いた加工である。この歯切加工は特に限定されないが、ホブやピニオンカッタなどを用いることで、歯すじに沿って同一の歯形(断面形状)を備えた歯形状を容易に形成できる。本実施形態の特殊クラウニング形状を備えた歯形構造は、(例えば、同形状の歯車と噛合させた場合に)歯形状のうちの少なくとも歯当たりが生ずる部分である、主要部が歯すじに沿って同一の断面形状を備え、しかも、当該主要部の位置が歯すじに沿った方向Ftに見て半径方向Frに移動する凸曲線状に配置されている。したがって、ホブやピニオンカッタを直線状に送るのではなく、上記凸曲線状に送ることにより、本実施形態の歯形構造を容易に形成できる。特に、歯先Tdと歯底Teの外形線がいずれも歯すじに沿って凸曲線状に構成された歯形構造であれば、ホブ旋盤などによって容易に切削加工を行うことができる。なお、この場合には、その後に歯先や歯底の修正を行っても構わないが、本実施形態の歯形構造では、歯形全体が凸曲線状に構成されるため、その後の歯先や歯底の修正を行う必要はほとんどない。一方、図11(a)に示す従来のクラウニング形状では、歯すじに沿った方向Ftに歯形(断面形状)自体を変えることにより、歯幅方向Fwの中央部Tpの歯面Taを端部Tcよりも突出させているため、上述のような方法では加工しにくく、形状精度を実現することも極めて難しい。ここで、上記主要部とは、一般的には、歯先や歯底の近傍、例えば全歯たけの上下10〜15%の部分を除いた部分、歯形修正が行われる場合には歯形修正範囲を少なくとも除いた部分、さらには、当該歯車が一方の回転の向きしか歯当たりが生じない用途で用いる歯車である場合には、当該歯当たりが生ずる側とは反対側の歯面に係る部分を除いた部分を言う。
【0036】
図5(a)には、本実施形態で形成されるマスター型10を示す。マスター型10は、アルミニウムやアルミニウム合金などの金属により構成され、上記の歯切加工等により形成された原歯形構造11aを備えた歯形構造部11と、この歯形構造部11を支持する支持部12とを備えている。なお、マスター型10の材質は、電鋳後の離型段階で容易に溶解、離型できる材質とすることが求められるが、一般的には、上記の他に、真鍮等のCu合金などの他の金属を用いることもできる。ここで、原歯形構造11aは、図示例の場合には、後述するはすば歯車に対応したものであるが、特にこれに限定されるものではない。
【0037】
上述のようなマスター型10が形成されると、次に、第2の工程として、マスター型10からの型形状の転写プロセスが実施される。図5(b)は、この第2の工程の具体例である電鋳プロセスを行う電鋳槽20の構造を模式的に示す図である。電鋳槽20には、硫酸ニッケルなどを主成分とするワット浴やスルファミン酸ニッケル浴などの金属塩溶液からなる電解液21を用意し、その中にNi等からなる陽極22を配置する。一方、吊り下げ構造等を有する支持電極23に上記マスター型10を接続し、マスター型10を上記電解液中に浸漬する。そして、陽極22と支持電極23との間に電流を流して、マスター型10の表面にNiやNi合金などの型材料を析出させる。この型材料には、上記原歯形構造が反転されてなる反転歯形構造が転写される。
【0038】
その後、マスター型10から上記型材料を離型する。このとき、アルミニウムやアルミニウム合金を用いたマスター型10の場合、水酸化ナトリウムを加熱沸騰させるなどの方法でマスター型10を溶解し、型材料を離型する。真鍮などの銅合金を用いたマスターの場合にはクローム酢酸などを用いて溶解することができる。これにより、上記マスター型10が除去され、上記反転歯形構造を備えた型材料が分離される。
【0039】
次に、本実施形態の第3の工程を実施する。この第3の工程では、成形型の形成が行われる。第2の工程で得られた上記型材料には、上記マスター型10の原歯形構造が転写されてなる反転歯形構造が形成されている。そこで、この反転歯形構造を備えた部分に切削加工などを施すことにより、図6に示す成形コア30を形成する。この成形コア30は、図示例の場合、内側に歯車となるべきキャビティを構成するための貫通孔30aを備え、この貫通孔30aに臨む内周面31に、上記原歯形構造11aが転写されることにより形成された反転歯形構造31aが形成されたものである。
【0040】
反転歯形構造31aは、上記原歯形構造11aが反転した状態に転写されるため、反転歯形位置31sが歯幅方向Fwの底部である中央部31bよりも両側の端部31cで半径方向内側に突出するように凹曲線状に配置されている。特に、反転歯形構造の歯形状の歯先31dと歯底31eの双方の外形線が歯すじに沿った方向Ftに見て凹曲線状に構成されている。図示例の反転歯形構造31aは、特に限定されるものではないが、図6(c)に示すように、はすば歯車(はすば外歯歯車)に対応するものである。したがって、歯すじに沿った方向Ftは、歯幅方向Fwに対して所定のねじれ角だけ傾斜している。なお、反転歯形位置31sは、図面上において、歯形のピッチ円の通過点を歯すじに沿った方向に繋いだ凹曲線状の線(図示一点鎖線)として示してある。ただし、これはあくまでも反転歯形の位置をピッチ円によって代表して示すものに過ぎない。
【0041】
上記のようにして形成された成形コア30は、図7に示す射出成形用金型セット40の内部に収容される成形型50に組み込まれる。成形型50は、固定型ベース41内に装着されたゲート51aを備えた固定側成形型51と、可動型ベース42内に装着されたセンターピン52aを備えた可動側成形型52とを有する。そして、この可動側成形型52に対して、成形コア30と、この成形コア30を保持する保持枠53とが軸受54を介して回転可能に装着される。
【0042】
本実施形態の第4の工程では、図示しない射出成型機により、上記射出成形用金型セット40を用いて射出成形が行われる。本実施形態では、固体潤滑剤を充填した摺動性グレードのポリアセタール・ホモポリマを用いた。この金型セット40のスプール40a及びランナーを通過した高温(例えば、190〜210℃)で溶融状態の樹脂材料は、ゲート51aを通過して、(例えば、80〜90℃に設定された)成形型50の内部に形成されたキャビティ50a内に流入する。ここで、樹脂材料がキャビティ50a内に充填されてから冷却されることで固化して樹脂製歯車が成形される。キャビティ50a内で成形された樹脂製歯車ができると、金型セット40の可動側が動作してPL面において型開きが行われ、その後、好ましくは複数のエジェクタピン55が樹脂製歯車を固定側へ向けて押し出すのと同時に、成形コア30と保持枠53が上記ねじれ角に対応して回転する。これにより、はすば歯車として構成された樹脂製歯車60(図8参照)は、その歯形構造61aの歯すじに沿った方向の一方の向き(固定側、図示上方)へ突き出される。なお、平歯車の場合には、上記回転構造が不要であり、そのまま、歯幅方向Fwと一致する歯すじに沿った方向Ftの一方の向きに離型される。
【0043】
図8に示すように、上述の第4の工程により成形された樹脂製歯車60は、歯形構造部61の内側にウエブ部62を介して内周部63が設けられ、この内周部63の内側に軸孔60aが形成された外歯の歯車(実際には、はすば歯車)である。上記歯形構造部61は、上記成形コア30の反転歯形構造31aを反映した歯形構造61aを備えている。なお、図示のTKrは、樹脂製歯車60の半径方向Frの厚みである。図9に示すように、歯形構造61aは、上記中央部(底部)31bに対応する位置に頂部である中央部61pを備え、歯すじに沿って凹曲線状に配置された上記反転歯形位置31sに対応する歯形位置61sを有する。この歯形位置61sは、歯すじに沿って凸曲線状に構成される。また、歯形構造61aの歯先61d及び歯底61eの双方の外形線は、歯すじに沿って、いずれも上記と同じ凸曲線状になるように構成されている。なお、歯形位置61sは、図9において、歯形のピッチ円の通過点を歯すじに沿った方向に繋いだ線(図示一点鎖線)として示してある。ただし、これはあくまでも歯形の位置をピッチ円によって代表して示すものに過ぎない。
【0044】
本実施形態において、上記凸曲線状の歯形位置61s(歯先61d及び歯底61eの外形線の位置)の中央部61p(頂部)は歯幅方向Fwの厳密な中間点である必要はなく、両端部61cよりも中央側の位置であればよい。ただし、中央部61pは端部61cよりも上記中間点に近い位置であることが好ましい。図示例では、中央部61p(頂部)は中間点に設けられ、その歯形位置や外形線は、歯幅方向Fwの中間点の両側に対称な凸曲線状となるように構成されている。したがって、歯幅方向Fwの両端部61cにおける歯形位置61s(歯先61d及び歯底61eの外形線の位置)は、半径方向Fr(歯たけ方向)に見て同じ径位置にある。そこで、本実施形態では、図示例に基づいて、上記凸曲線状の形態を示すパラメーターとして、中央部61pと両端部61cの間の歯形位置61s(歯先61d及び歯底61eの外形線の位置)の半径方向Frの差を特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)とする。なお、図9に示す本実施形態の歯形構造61aでは、歯形位置61sの凸曲線状と、歯先61d及び歯底61eの外形線の凸曲線状とは同一であるため、ΔCR=ΔCRd=ΔCReである。ただし、前述のように、歯形構造61aは上記特殊クラウニング形状を備えていればよく、本実施形態の態様に限定されるものではない。
【0045】
特殊クラウニング量ΔCRは、中央部61p(頂部)の位置(歯幅方向Fwの中央部)におけるピッチ円上での歯面のクラウニング量(歯幅方向Fwの中央部61pと端部61cでの歯厚の差の0.5倍の値)を生じさせる。これにより、樹脂製歯車60が他の歯車と噛合したときの歯当たりは、歯面の中央部に限定される。なお、実際の歯面の特殊クラウニング量は、本実施形態の場合とは異なり、歯形の転位量によっても変化する。
【0046】
次に、図2を参照して、上記歯形構造61aの目標形状若しくは上記原歯形構造11aの設定の方法、或いは、上記目標形状若しくは上記原歯形構造11aの修正について説明する。本実施形態では、上記第1の工程〜第4の工程と同様の工程を、原歯形構造11aを仮に設定してそれぞれ第1の予備工程〜第4の予備工程として行い、その後、図2に示す測定工程と検査工程の少なくとも一方、好ましくは双方を実施する。なお、直接に反転歯形構造31aを形成する場合には、上記原歯形構造11aの代わりに反転歯形構造31aを設定すればよい。この場合において、上記目標形状や歯形構造の修正方法は、基本的には、歯形構造61aに相当する歯形か、歯形構造61aと反転した歯形かの相違、及び、反転歯形構造31aを介在させた間接的な成形か、直接的な成形かの相違に過ぎないので、本質的に変わるものではない。
【0047】
上記の測定工程は、第4の予備工程において成形された樹脂製歯車60の上記歯形構造61aを測定する。より具体的には、上記歯形構造61aの歯すじに沿った歯形位置61sの配置を示す凸曲線状のプロファイルを、例えば、ピッチ円上の歯面の高さによって測定し、特殊クラウニング量ΔCRを求める。ただし、本実施形態の上記具体的な歯形構造であれば、歯先61d又は歯底61eの外形線の歯すじに沿った方向Ftの凸曲線状のプロファイルを測定してもよい。後述する実施例で行った測定工程では、歯先61dの外形線の歯すじに沿った方向Ftの凸曲線状のプロファイルを測定し、上記特殊クラウニング量ΔCRdを求めた。
【0048】
上記のようにして測定した凸曲線状のプロファイル、或いは、特殊クラウニング量ΔCRを、歯形構造の上記目標形状のプロファイル、或いは、特殊クラウニング量の目標値と比較し、その差異に応じて、上記第1の予備工程で用いたマスター型10の原歯形構造11aを修正する。具体的には、原歯形構造11aの上記特殊クラウニング量に相当する値を、上記特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd)の目標値と測定値の差分だけ、測定値が目標値に近づく方向に修正する。なお、このような予備工程及び測定工程は、必要な歯形構造61aの精度や再現性が得られるまで行う。必要に応じて、上記予備工程及び測定工程を複数回繰り返してもよい。
【0049】
上記の検査工程では、上記樹脂製歯車60の歯形構造61aに、上記第4の予備工程の離型段階において成形コア30との干渉による傷があるか否かを確認する。樹脂製歯車60の上記歯形構造61aの上記中央部(頂部)61pは歯幅方向Fwの両端部61cに比べて突出している。一方、成形コア30の上記反転歯形構造31aの歯幅方向Fwの上記端部31cは、歯幅方向Fwの中央部31pに比べて半径方向Frに突出している。この成形コア30の半径方向Frのアンダーカット構造のため、上述のように、成形コア30に対して樹脂製歯車60を歯すじに沿った方向の一方の向きに離型する際に、当該中央部61pの近傍が成形コア30の反転歯形構造31aにおける歯幅方向Fwの一方の側の端部31cと干渉することがある。
【0050】
上記第4の予備工程においては、射出後にキャビティ50aの内部で樹脂材料が冷却することにより、反転歯形構造31aによって転写された歯形構造61aが成形コア30の内面から離反する。このとき、上記樹脂材料の収縮により生じた、上記中央部61pにおける反転歯形構造31aの表面に対する隙間が、反転歯形構造31aの上記特殊クラウニング量ΔCR(或いは、歯形修正を行わない場合のΔCRd、ΔCRe)に対応する中央部31pと離型する側の端部31cとの半径方向Frの寸法差(アンダーカット量)よりも大きければ、通常は、上記中央部61pは反転歯形構造31aの歯幅方向Fwの一方の側の端部31cと抵触することはない。したがって、もし、上記の傷などが発見された場合、成形条件(温度条件、成形時間など)や樹脂材料の成形特性(収縮性や転写性など)を、上記収縮量が増大する方向に変更するか、或いは、歯形構造の目標形状(特殊クラウニング量)若しくは原歯形構造11aを凸曲線状の曲率が小さくなる方向に変更するかの少なくとも一方を実施し、その上で第1の工程〜第4の工程を実施する。なお、このような予備工程及び検査工程は、歯形構造61aに傷が生じなくなるまで行う。必要に応じて、上記予備工程及び検査工程を複数回繰り返してもよい。
【0051】
一般に、樹脂材料(熱可塑性樹脂)は成形時に収縮する。成形収縮率は、キャビティ表面温度や射出成形圧力、その他の成形条件(射出後の加圧の有無、キャビティの冷却の有無など)によるが、材料ごとにほぼ定められた範囲の値を有する。特に、ポリアセタール、ポリプロピレン、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶性樹脂では0.2〜2.5%程度、ABS、ポリカーボネート、メタクリル酸メチルエステルなどの非晶性樹脂では0.1〜0.9%程度である。
【0052】
本実施形態の場合、歯車の半径方向Frに歯形位置61s又は歯先61d若しくは歯底61eが移動することにより、歯すじに沿った方向Ftに凸曲線状に構成されるため、反転歯形構造31aの歯幅方向Fwの中央部31pと端部31cの間の寸法差(アンダーカット量)は、樹脂製歯車60の半径方向Frに生じ、樹脂製歯車60の歯形構造61aの凸曲線状により生ずる特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd,ΔCRe)に対応する値となる。一方、樹脂製歯車60の成形時の樹脂材料の収縮量は、樹脂製歯車60の半径方向Frの厚みTKrの値に上記の樹脂材料に応じた成形収縮率を適用させた値を基準として求めることができる。したがって、本実施形態では、樹脂製歯車60の離型時において成形コア30との干渉を生じないようにするには、樹脂製歯車60と成形コア30の隙間が上記成形コア30の半径方向Frのアンダーカット量を上回ればよい。多くの場合、当該アンダーカット量が樹脂製歯車60の半径方向Frの全収縮量より小さければ、上記干渉は生じにくくなる。
【0053】
一方、図11(a)に示す従来のクラウニング形状では、アンダーカットは、歯形状Tの歯幅方向Fwの中央部の歯面Taの歯厚方向の突出量と、歯幅方向Fwの端部Tcの歯面Taの歯厚方向の突出量との差によって生ずる。したがって、歯形状Tの歯厚を基準として樹脂材料の成形収縮率を適用することにより、樹脂材料の収縮によるアンダーカット方向(歯厚方向)の隙間が求められる。したがって、当該隙間は、歯厚を基準とする収縮である点で、極めて僅かであり、その結果、離型が可能なクラウニング量も極めて僅かなものに制限される。これは、基本的に、歯幅方向Fwの中央部と端部で歯形(断面形状)が異なるからである。すなわち、中央部では歯形の歯厚が大きく、端部では歯形の歯厚が小さい。
【0054】
本実施形態では、上述のように、樹脂製歯車60の成形時の収縮量が歯車の半径を基準として定まることから、成形コア30の反転歯形構造31aと樹脂製歯車60の歯形構造61aとの間に形成される半径方向Frの隙間が大きくなるため、離型時において、成形コア30の半径方向Frの上記アンダーカット量を容易に乗り越えることができる。また、本実施形態の成形コア30の反転歯形構造31aでは、上記特殊クラウニング量ΔCRを成形するために結果として生ずる、樹脂製歯車60の歯幅方向Fwの中央部61pで突出する形状の歯面に対向する成形コア30の反転歯形構造31aの面により、上記と同じ向きに離型する際には、樹脂製歯車60の歯面に向かう方向のアンダーカットも形成される。しかしながら、このアンダーカット量は、上記半径方向Frの隙間が大きいことにより、結果として、樹脂製歯車60の歯面と成形コア30の上記面との間の隙間が確保されることにより、容易に乗り越えることができる。これは、基本的に、歯幅方向Fwの中央部61pと端部61cで半径方向Frの位置が異なるだけで、歯形(断面形状)自体は共通であるためである。
【0055】
なお、上記測定工程と上記検査工程は、別々に行ってもよい。また、上記測定工程は、上記検査工程と並行して、或いは、前後して、同じ予備工程により形成された樹脂製歯車60に対して行ってもよい。このとき、上記目標形状の修正及び原歯形構造11aの修正と、上記成形条件や成形特性の変更或いは原歯形構造11aの変更とを同時に行ってもよい。
【0056】
次に、図3を参照して、上記歯形構造の目標形状の設定の方法、或いは、上記目標形状の変更について説明する。本実施形態では、前述と同様に、上記第1の工程〜第4の工程と同様の工程を、原歯形構造11aを仮に設定してそれぞれ第1の予備工程〜第4の予備工程として行う。その後、今回は、図3に示す騒音試験や摩耗試験を行い、さらに、これらの試験結果に基づいた歯車の性能評価を行う性能評価工程を実施する。この性能評価工程によって得られた性能評価の結果により、上記目標形状を設定或いは変更する。
【0057】
樹脂製歯車60の騒音試験や摩耗試験は、例えば、図10(b)又は(c)に示すように、樹脂製歯車60を少なくとも一方のクラウニング歯車CGとし、これを他方の標準歯車SG又は同様のクラウニング歯車CGに噛合させた状態で行う。これらの試験は、例えば、動力吸収式の歯車試験機を用いて行うことができる。一般に、歯車性能は、歯形位置61s(歯先61d又は歯底61eの外形線)の歯すじに沿った方向Ftの凸曲線状のプロファイルの曲率の大小によって変化する。一般に、上記凸曲線状のプロファイルの曲率が大きくなるほどに、片当たりや外端への応力集中は緩和されるものの、噛み合い率は低下する。このため、上記曲率が小さいと、片当たりや外端への応力集中による騒音や摩耗が生じやすいが、上記曲率が大きくなると、噛み合い率の低下による騒音や摩耗が生じやすくなる。すなわち、一般的に、歯車性能は、歯形位置61s(歯先61d又は歯底61eの外形線)の歯すじに沿った方向Ftの凸曲線状のプロファイルの曲率、或いは、上記特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)に関して、上限及び下限を備えた好適な範囲を備えている。本願発明者らは、上記の知見を図3に示す騒音試験や摩耗試験により確認し、かつ、その根拠を以下に示すように解明した。
【0058】
本願発明者らは、以下の実施例に示す実験により、上記特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)の好適な範囲が、一般的な歯車構造において、樹脂材料の成形収縮量と同程度若しくはそれ以下の値になることを見い出した。そして、その結果、樹脂製歯車60の製造コストを抑制しつつ、高精度の歯形構造61aを再現性よく製造することができる上述の製造工程を実現することができた。
【0059】
[実施例]
本実施形態では、上記樹脂製歯車60を以下の諸元を備えるはすば歯車として製造し、それらを駆動側歯車と被動側歯車として噛み合わせ、試験を実施した。なお、樹脂製歯車60の外径は歯幅方向Fwの中央部で最大値27.14mm(半径は13.57mm)となるようにし、歯幅方向Fwの端部での外径は、上記特殊クラウニング量ΔCRdに応じて、上記よりも僅かに小さな値となるように成形した。
【0060】
(駆動側歯車)
モジュール 0.8
歯数 30
ねじれ角 20度
歯幅 12mm
内径 6mm
ねじれ方向 右
圧力角 20度
【0061】
(被動側歯車)
モジュール 0.8
歯数 30
ねじれ角 20度
歯幅 12mm
内径 6mm
ねじれ方向 左
圧力角 20度
【0062】
上記駆動側歯車としては、上記特殊クラウニング量ΔCRdが0mm、0.05mm、0.1mmの3種類を用意した。一方、上記被動側歯車としては、上記特殊クラウニング量ΔCRdが0mm、0.02mmの2種類を用意した。樹脂材料は、いずれも、ジュラコンNW−02(ポリアセタール樹脂、ポリプラスチックス社製、製品番号)を用いた。また、いずれも、上記の第1の予備工程〜第4の予備工程と、上記測定工程とを実施し、上記特殊クラウニング量ΔCRdが上記の値になるように、歯形構造61aの目標形状を修正して、最終的に最適な目標値を設定し、この目標値によりマスター型10の原歯形構造11aの歯形状を調整して製造した。
【0063】
上記のいずれの歯車も、歯形構造61aとして、歯すじに沿った方向に歯形の転位量を変化させることにより特殊なクラウニング形状を与えた。ただし、ここで、転位というのは、上述のように、歯形の断面形状を変えずに、歯形の位置を半径方向Frに移動させることによって与えられたものである。この例では、上記本実施形態と同様に、歯幅方向Fwの中央部の歯形は転位量が0である非転位歯形である。この歯形を、歯幅方向Fwの中央部から端部に向けて歯すじに沿って進むに従って半径方向Frの内周側に移動させ、負の転位量の絶対値が大きくなるように形成した。これにより、結果として、同じ半径方向Frの位置(例えば、基準円上の位置)における歯厚は歯幅方向Fwの中央部61pで最も大きく、端部61cで最も小さくなる。したがって、歯面は、中央部61pの基準円上の半径方向Frの位置だけで見ると、歯幅方向Fwの中央部が膨らんだ凸曲面状となる。また、歯先円直径や歯底円直径も上記中央部で最も大きく、端部で最も小さい。すなわち、歯先稜(歯先の外形線)も歯溝(歯底の外形線)も中央が半径方向に膨らんだ凸形になっている。
【0064】
上記の駆動側歯車と被動側歯車を以下の組み合わせA〜Eにて噛合させ、騒音試験と摩耗試験を実施した。相互に噛合した2つの歯車の上記特殊クラウニング量ΔCRdを加算してなる相対特殊クラウニング量ΔRCRは、A=0mm、B=0.02mm、C=0.02mm、D=0.1mm、E=0.12mmである。相対特殊クラウニング量ΔRCRとは、特殊クラウニング歯形の基準ピッチ円の歯すじに沿った形状を円弧近似した場合において、駆動側歯車と被動側歯車が接触するときの歯面の相対曲率から求めた特殊クラウニング量であり、駆動側歯車と被動側歯車の特殊クラウニング量の和に等しい。
【0065】
A:(駆動側歯車)ΔCRd=0mm、(被動側歯車)ΔCRd=0mm
B:(駆動側歯車)ΔCRd=0mm、(被動側歯車)ΔCRd=0.02mm
C:(駆動側歯車)ΔCRd=0.05mm、(被動側歯車)ΔCRd=0mm
D:(駆動側歯車)ΔCRd=0.1mm、(被動側歯車)ΔCRd=0mm
E:(駆動側歯車)ΔCRd=0.1mm、(被動側歯車)ΔCRd=0.02mm
【0066】
上記騒音試験は、動力吸収式の歯車試験機を用いて行った。この試験機は、2軸の中心距離と食い違い角度を変えることができる。試験歯車の取付部は、無響箱(暗騒音=32dB)で覆われており、噛み合い中心点の直上100mmの位置に精密騒音計を設置して音圧を測定した。また、FFTアナライザを用いて騒音の周波数分析を行った。この試験では、歯車の回転速度を500rpm、トルクを0.03Nmとし、歯車の中心距離は、上記組み合わせA〜Eのそれぞれにおいて、25.05mm、25.25mm、25.45mmと3種に変化させて測定を行った。なお、上記組み合わせのAとEでは、食い違い角度を1度与えた実験も行った。なお、実験は、全て室温(22〜24℃)で、無潤滑状態にて行った。
【0067】
上記摩耗試験は、上記と同種の動力吸収式の歯車試験機を用いて行った。ただし、この試験機は、2軸に食い違い角度を与えることはできないものであった。この試験では、歯車の回転速度を800rpm、トルクを1Nmとし、中心距離を25.20mmで、総回転数を10回転まで運転し、歯車の質量、寸法、歯形誤差、ねじれ角誤差、噛み合い誤差などの変化を測定した。なお、実験は、上記と同様に、全て室温(22〜24℃)で、無潤滑状態にて行った。
【0068】
上記騒音試験において分析した騒音の周波数特性では、250〜800Hz近傍の低周波数帯域と、5000〜20000Hz近傍の高周波数帯域の2つの帯域で、大きな騒音レベルが見られた。上記低周波数帯域の騒音レベルは20〜50dBであり、上記高周波数待機の騒音レベルは25〜40dBであった。低周波数帯域の騒音は、歯車の噛み合い周波数250Hz(500rpm×30歯/60s)の帯域で発生する歯の噛み合い音であると予想できる。この噛み合い音は騒音に大きく影響するものである。歯面の片当たりやクラウニングによって噛み合い率が減少すると、上記噛み合い音は増大する傾向がみられる。
【0069】
また、歯車のA特性で補正した騒音レベル(音圧レベルをA特性の周波数重み特性で補正したもの)を、上記相対特殊クラウニング量ΔRCRで整理した結果が図12に示すグラフで示される。図12では、ばらつきはあるものの、相対特殊クラウニング量ΔRCRが0.02〜0.05mm付近に騒音の極小値があるようにみえる。すなわち、ΔRCRが0.01〜0.06mmの範囲(好適な範囲)で騒音の低減効果が得られているようである。これは、歯面が片当たりする場合には、特殊クラウニングによって騒音を低減することができるが、特殊クラウニング量を大きく取りすぎると、噛み合い率が減少して、騒音が増大してしまうためと考えられる。
【0070】
また、上記のように中心距離を変化させて測定したデータによると、中心距離が25.05mmや25.25mmでは上述の好適な範囲が得られるが、中心距離が25.45mmになると上記好適な範囲やその前後でも騒音が増大する。これは、中心距離が大きすぎると噛み合い率がさらに低下するためと考えられ、上述の考察結果と整合する。
【0071】
特殊クラウニングを施さない組み合わせAの場合と、特殊クラウニングを施した組み合わせEの場合において、2軸に食い違い角度を1度与えたときの騒音の測定結果(図示一点鎖線の楕円形を参照)は、図12に示すように、クラウニングを施さない組み合わせAでは、食い違い角度を与えたことにより5dB程度増大している。一方、クラウニングを施した組み合わせEでは、食い違い角度を与えても、ほとんど騒音が増大していない。これは、特殊クラウニングを施すことにより、歯底の干渉の影響が緩和された結果であると考えられる。
【0072】
図13は、上記摩耗試験前後での歯車質量の変化(摩耗量)と、ねじれ角誤差の変化を示したものである。図13に示すように、総回転数10回転程度では、歯面にほとんど摩耗が発生していないことがわかる。本実験で設定した回転速度やトルクは、実際に使用されるコピー機の運転条件を想定したものであるが、摺動性の高いプラスチック材を選定すれば、歯面はほとんど摩耗しないことが確認できた。したがって、このような用途であれば、運転当初の歯車騒音は、運転経時に伴ってあまり変化しないことが予想できる。なお、このような効果が得られる理由は、特殊クラウニング量を上述の好適な範囲のように抑制した値としているためとも考えられる。
【0073】
次に、上記特殊クラウニングを施した上記各樹脂製歯車と、歯幅10mmの駆動歯車とを噛み合わせたときの歯当たり状態を確認した。具体的には、特殊クラウニングのない歯幅10mmの樹脂製の駆動歯車を用意し、この駆動歯車の歯形構造に光明丹を塗り、噛み合い状態にして、回転駆動した。その結果、特殊クラウニング量ΔCRdが0mmの歯車では、10mmの歯幅全体に当たりがあるものの、駆動歯車の側に樹脂のヒケの影響があるためか、歯幅方向Fwの中央部の歯当たりが若干弱い状況が観察された。また、特殊クラウニング量ΔCRdが0.05mmの歯車では、歯当たりが歯幅方向Fwの全体10mmにわたりほぼ均等に生じていた。さらに、特殊クラウニング量ΔCRdが0.1mmの歯車では、歯幅方向Fwの中央部に強い歯当たりがあることが確認された。
【0074】
本実施形態に用いたポリアセタール樹脂は一般に成形収縮率が2.0〜2.5%であり、特に、実施例のNW−02の成形収縮率Sは流動方向(SMP)で2.0%、直角方向(SMN)で1.8%(一辺60mmの正方形で厚み2mmの板材を試験片とした場合)である。この時のシリンダ温度は190℃、金型温度は80℃、射出速度は17mm/secである。したがって、上記成形収縮率を歯車の半径方向の厚み(寸法)TKr=9.27mmに適用すると、成形収縮率によって生ずる隙間は0.1854mm(2%)程度となる。ここで、成形コア30の反転歯形構造31aと樹脂製歯車60の歯形構造61aとの間の隙間が上記隙間の半分であるとしても、0.0927mm(1%)程度の余裕は存在する。
【0075】
一方、今回の特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)は、0.1mm以下、特に、歯車性能に関する最適範囲は0.01〜0.06mmの範囲であるため、基本的には、第4の工程における離型時の半径方向Frのアンダーカット量に対する余裕は十分にあると考えられる。実際には、特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)=0.1mmの前後では、離型時に干渉が生ずることがあった。一方、特殊クラウニング量ΔCRを上記範囲の0.01〜0.06mmにしたところ、離型時の干渉は全く発生しなかった。したがって、この離型時の干渉をも考慮して特殊クラウニング量ΔCR(ΔCRd、ΔCRe)や目標形状を設定することにより、支障のない歯車を安定して製造することができる。
【0076】
以上のように、歯幅12mmに対して特殊クラウニング量を0.01〜0.06mm、特に、0.02〜0.05mmとすることにより、凸曲線状の曲率が適切な範囲とされることで、好適な歯車性能を備えることができる。したがって、前記歯形構造の前記中央部と前記歯幅方向の少なくとも一方の端部との間の前記半径方向の位置の差(上記特殊クラウニング量)の前記歯幅方向の全幅に対する比率が1/1200〜6/1200であることが好ましい。特に、上記比率が2/1200〜5/1200であることが望ましい。また、上記のような特殊クラウニング量の好適な範囲では、半径方向の厚みTKrが9.27mmの歯車において、特殊クラウニング量を0.1mm以下とすることにより、ポリアセタール樹脂などの結晶性樹脂の収縮率において問題なく成形時に離型でき、その他の樹脂(非晶性樹脂)でも多くの場合に対応可能である。特に、特殊クラウニング量を0.06mm以下とすることにより、ほとんどの樹脂において問題なく成形時に離型できる。したがって、前記歯形構造の前記中央部と前記歯幅方向の少なくとも一方の端部との間の前記半径方向の位置の差(上記特殊クラウニング量)の歯車の半径方向の寸法に対する比率が0.1/9.27であることから、当該比率は0.01(1%)以下であることが好ましく、0.06/9.27であることから、上記比率は0.065(6.5%)以下であることが望ましい。
【0077】
尚、本発明の樹脂製歯車及びその製造方法は、上記実施形態や実施例の態様に限らず、本発明の主題に含まれる種々の改良その他の変更を施すことができ、また、均等な種々の構成に置換することが可能である。例えば、上記実施形態や実施例では、外歯の平行軸の歯車(平歯車やはすば歯車)に適用した例を示したが、本発明は外歯に限らず、内歯の歯車にも適用可能であり、本明細書において歯車にはラックも含まれる。また、円筒歯車以外の交差軸の歯車にも適用可能である。
【符号の説明】
【0078】
10…マスター型、11…歯形構造部、11a…原歯形構造、12…支持部、20…電鋳槽、21…電解液、22…陽極、23…支持電極、30…成形コア、31…内周面、31a…反転歯形構造、31b…底部、31c…端部、31d…歯先、31e…歯底、31s…反転歯形位置、40…金型セット、50…成形型、60…樹脂製歯車、60a…軸孔、61…歯形構造部、61a…歯形構造、61d…歯先、61e…歯底、61p…頂部、61c…端部、61s…歯形位置、62…ウエブ部、63…内周部、
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