特許第6537590号(P6537590)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6537590
(24)【登録日】2019年6月14日
(45)【発行日】2019年7月3日
(54)【発明の名称】炭化珪素単結晶インゴットの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/36 20060101AFI20190625BHJP
   C30B 23/02 20060101ALI20190625BHJP
【FI】
   C30B29/36 A
   C30B23/02
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-500738(P2017-500738)
(86)(22)【出願日】2016年2月18日
(86)【国際出願番号】JP2016054756
(87)【国際公開番号】WO2016133172
(87)【国際公開日】20160825
【審査請求日】2017年8月18日
(31)【優先権主張番号】特願2015-29523(P2015-29523)
(32)【優先日】2015年2月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【弁理士】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100202418
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100126848
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 昭雄
(72)【発明者】
【氏名】谷 小桃
(72)【発明者】
【氏名】矢野 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】藤本 辰雄
(72)【発明者】
【氏名】柘植 弘志
(72)【発明者】
【氏名】亀井 一人
(72)【発明者】
【氏名】楠 一彦
(72)【発明者】
【氏名】関 和明
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−166937(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/034081(WO,A1)
【文献】 特開2014−043369(JP,A)
【文献】 特開2006−013005(JP,A)
【文献】 特開2014−028757(JP,A)
【文献】 特開2013−232553(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/159949(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00−35/00
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化珪素単結晶からなる種結晶の成長面上に、昇華再結晶法により炭化珪素単結晶を成長させて炭化珪素単結晶インゴットを製造する方法であって、
オフ角を有した種結晶の成長面に溶液成長法により厚さ0.1mm以上3mm以下の炭化珪素単結晶を成長させることによって、
ステップの高さが10μm以上1mm以下であり、テラスの幅が200μm以上1mm以下であるステップバンチングを前記種結晶の成長面に形成し、
昇華再結晶法により前記種結晶の成長面上に炭化珪素単結晶を成長させることを特徴とする炭化珪素単結晶インゴットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、種結晶上に昇華再結晶法で炭化珪素単結晶を成長させる炭化珪素単結晶インゴットの製造方法、及び炭化珪素単結晶インゴットに関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(以下、SiCという)は、2.2〜3.3eVの広い禁制帯幅を有するワイドバンドギャップ半導体であり、その優れた物理的、化学的特性から、耐環境性半導体材料として研究開発が行われている。特に近年では、青色から紫外にかけての短波長光デバイス、高周波電子デバイス、高耐圧・高出力電子デバイス等の材料として注目されており、SiCによるデバイス(半導体素子)作製の研究開発が盛んになっている。
【0003】
SiCデバイスの実用化を進めるにあたっては、大口径のSiC単結晶を製造することが不可欠であり、その多くは、昇華再結晶法(レーリー法、又は改良型レーリー法)によってバルクのSiC単結晶を成長させる方法が採用されている(非特許文献1参照)。すなわち、坩堝内にSiCの昇華原料を収容し、坩堝の蓋体にはSiC単結晶からなる種結晶を取り付けて、原料を昇華させることで、再結晶により種結晶上にSiC単結晶を成長させる。そして、略円柱状をしたSiCのバルク単結晶(以下、SiC単結晶インゴット)を得た後、一般には、300〜600μm程度の厚さに切り出すことでSiC単結晶基板が製造され、電力エレクトロニクス分野等でのSiCデバイスの作製に供されている。
【0004】
ところで、SiC単結晶中には、マイクロパイプと呼ばれる成長方向に貫通した中空ホール状欠陥のほか、転位欠陥、積層欠陥等の結晶欠陥が存在する。これらの結晶欠陥はデバイス性能を低下させるため、その低減がSiCデバイスの応用上で重要な課題となっている。このうち、転位欠陥には、貫通刃状貫通転位、基底面転位、及び貫通らせん転位が含まれる。例えば、市販されているSiC単結晶基板では、貫通らせん転位が8×102〜3×103(個/cm2)、貫通刃状転位が5×103〜2×104(個/cm2)、基底面転位が2×103〜2×104(個/cm2)程度存在するとの報告がある(非特許文献2参照)。
【0005】
近年、SiCの結晶欠陥とデバイス性能に関する研究・調査が進み、貫通らせん転位欠陥がデバイスのリーク電流の原因となることや、ゲート酸化膜寿命を低下させることなどが報告されており(非特許文献3及び4参照)、高性能なSiCデバイスを作製するには、貫通らせん転位密度を低減させたSiC単結晶インゴットが求められる。
【0006】
ここで、昇華再結晶法における貫通らせん転位の挙動について報告した例がある(非特許文献5参照)。すなわち、非特許文献5によれば、SiC単結晶からなる種結晶と、その種結晶上に成長したSiC単結晶との界面において、前記種結晶上に成長したSiC単結晶(以下、「成長SiC単結晶」という。)側では貫通らせん転位密度が種結晶側と比較して一旦大きく増加した後、SiC単結晶の成長に従って貫通らせん転位密度が低下していく。そのため、貫通らせん転位密度が低減されたSiC単結晶インゴットを得る方法のひとつとして、このような界面での転位の挙動をなるべく早く発現させるのが効果的であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014−28736号公報
【特許文献2】特開2008−222509号公報
【特許文献3】特開2009−91222号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Yu. M. Tairov and V. F. Tsvetkov, Journal of Crystal Growth, vol. 52(1981)pp.146〜150
【非特許文献2】大谷昇、SiC及び関連ワイドギャップ半導体研究会第17回講演会予稿集、2008、p8
【非特許文献3】Q. Wahab et al. Appl. Phys. Lett 76(2000) 2725
【非特許文献4】デンソーテクニカルレビューVol. 16 (2011) 90
【非特許文献5】A. Gupta et al. Mater. Res. Soc. Symp. Proc.1246(2010) 1246-B01-01
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、昇華再結晶法によるSiC単結晶インゴットの製造では、種結晶と成長させるSiC単結晶との界面において、成長SiC単結晶側の転位密度が増大し、その後、SiC単結晶の成長に伴い転位密度は減少していく傾向にあるが、ある程度の高さに成長するまでは、転位密度が高い領域が続くことになる。
【0010】
特許文献1は、3.9kPa以上39.9kPa以下の第1の成長雰囲気圧力、及び、種結晶の温度が2100℃以上2300℃未満である第1の成長温度にて、少なくとも厚さ0.5mmの炭化珪素単結晶を成長させる第1の成長工程によって、らせん転位を積層欠陥に構造変換する炭化珪素単結晶の製造方法を開示している。しかし、特許文献1に開示された前記製造方法は、SiC単結晶の成長を主に行うために、更に第2の成長工程を行う必要がある。すなわち、特許文献1は、SiC単結晶の成長の初期段階にSiC単結晶を高品質化することを課題としていない。
【0011】
特許文献2に開示されたSiCエピタキシャル膜付き単結晶基板の製造方法は、SiC単結晶基板上にSiCエピタキシャル膜を成膜した後、SiCエピタキシャル膜の表面にステップバンチングを発生させることによって結晶欠陥を減少させることを特徴としている。しかし、特許文献2に開示された発明は、エピタキシャル膜中に存在する転位を再配列することによって、エピタキシャル膜中の結晶欠陥を減少させることを技術的な課題としており、バルク状のSiC単結晶の成長過程で結晶欠陥を消滅させるものでは無い。特許文献2に開示されたSiCエピタキシャル膜の成膜速度は約5μm/hrに過ぎない。そのため、特許文献2に開示された結晶欠陥の低減方法を、昇華再結晶法によって100μm/hr以上の成長速度で形成されたバルク状のSiC単結晶に適用することによって、どの程度の効果が得られるか不明である。
【0012】
特許文献3は、溶液成長法によるSiC単結晶の製造方法を開示している。また、特許文献3は、昇華再結晶法により作製されたオフ角を有するSiC単結晶基板の表面改質を目的として、当該基板上にSiC単結晶の層を形成する方法を開示している。しかし、特許文献3には、種結晶基板上にSiC単結晶を1mm程度の厚さに形成することは開示されていない。そのため、特許文献3に開示された製造方法は、SiC単結晶基板製造の歩留まりを向上させる効果が不十分である。また、特許文献3に開示された製造方法はステップバンチングの発生を抑制しており、ステップバンチングを積極的に利用するものではない。
【0013】
本発明は、このような状況を鑑みてなされたものであり、種結晶と成長SiC単結晶との界面近傍で発生する貫通らせん転位密度がSiC単結晶の成長とともに低減できる割合を向上し、SiC単結晶の成長の初期段階から貫通らせん転位密度の小さいSiC単結晶インゴットを製造することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、昇華再結晶法を用いて、種結晶と成長させたSiC単結晶との界面における貫通らせん転位の増大の影響を抑えたSiC単結晶インゴットを得るための手段について鋭意検討した結果、結晶成長面に比較的大きなステップバンチングが形成されている種結晶を用いて、昇華再結晶法によりSiC単結晶を成長させることで、SiC単結晶の成長に伴い貫通らせん転位密度が減少する割合を向上できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)炭化珪素単結晶からなる種結晶の成長面上に、昇華再結晶法により炭化珪素単結晶を成長させて炭化珪素単結晶インゴットを製造する方法であって、ステップの高さが10μm以上1mm以下であり、テラスの幅が200μm以上1mm以下であるステップバンチングを種結晶の成長面に形成し、昇華再結晶法により種結晶の成長面上に炭化珪素単結晶を成長させることを特徴とする炭化珪素単結晶インゴットの製造方法。
(2)オフ角を有した種結晶の成長面に溶液成長法により厚さ0.1mm以上3mm以下の炭化珪素単結晶を成長させることによって、ステップバンチングを形成する(1)に記載の炭化珪素単結晶インゴットの製造方法。
(3)ステップの高さが10μm以上1mm以下であり、テラスの幅が200μm以上1mm以下のステップバンチングが形成された成長面を有する炭化珪素単結晶の種結晶と、前記成長面上に形成された炭化珪素単結晶領域とを有し、炭化珪素単結晶領域のうち、インゴット高さ方向の60%以上の結晶領域は、貫通らせん転位密度が500個/cm2以下であることを特徴とする炭化珪素単結晶インゴット。
【発明の効果】
【0016】
本発明のSiC単結晶インゴットの製造方法によれば、昇華再結晶法による成長の初期段階から貫通らせん転位密度の小さいSiC単結晶を得ることができる。そのため、本発明によって得られたSiC単結晶インゴットであれば、SiC単結晶の成長初期であってもデバイス向けのSiC単結晶基板を切り出せるようになることから、SiC単結晶基板製造の歩留まりを向上させることができるなど、工業的に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明のSiC単結晶インゴットの製造に用いる種結晶を作製するための装置を示す断面模式図である。
図2図2は、本発明のSiC単結晶インゴットを製造するための単結晶製造装置を示す断面模式図である。
図3図3(a)、(b)は、実施例及び比較例で得られたSiC単結晶インゴットの種結晶界面近傍での貫通転位密度を評価する際に用いた評価用SiC単結晶基板を切り出す様子を示した模式説明図である。
図4図4は、実施例及び比較例で得られたSiC単結晶インゴットの成長高さに対する貫通らせん転位密度の変化の様子を示すグラフである。
図5図5は、実施例及び比較例で得られたSiC単結晶インゴットの成長高さに対する貫通刃状転位密度の変化の様子を示すグラフである。
図6図6は、ステップバンチングが種結晶の成長面に形成された状態を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、昇華再結晶法により種結晶上にSiC単結晶を成長させる際に、種結晶と成長SiC単結晶との界面部分で発生する貫通らせん転位の密度が増大することを抑制する。すなわち、本発明では、昇華再結晶法によるSiC単結晶の成長に伴い転位密度が減少する割合を上げることによって、成長初期の段階から転位密度の小さいSiC単結晶インゴットを得る。
【0019】
通常、種結晶表面は研磨されて、ステップバンチングが除去され、研磨後の種結晶表面に残るステップの高さは3μm以下、テラスの幅は100μm以下程度である。一般的には、このようにステップバンチングが除去された種結晶の表面上にSiC単結晶を成長させていた。しかし、先に述べたように、本発明者らは、昇華再結晶法によるSiC単結晶の結晶成長環境下において、ステップバンチングを成長面に形成された種結晶を用いて、該種結晶の結晶成長面上にSiC単結晶を成長させることで、貫通らせん転位密度が低減することを見出した。
【0020】
通常、種結晶の成長面にステップバンチングが形成されていると、前記ステップバンチングのステップの下段側のテラスに生成した結晶成長核が前記ステップ端で不整合を生じて、ステップバンチングを有さない一般的な種結晶を用いたときよりも貫通らせん転位が発生し易くなる。また、前記ステップバンチングが大きくなるに従って、貫通らせん転位の密度も大きくなる。ところが、より多く発生した貫通らせん転位同士は、密度が高いために通常よりも転位間の距離が小さく、正負の転位同士で対消滅する確率が高くなる。また、転位密度がある程度下がってきても、近距離に転位が残り、対消滅が発生し易いため、SiC単結晶の成長に伴って貫通らせん転位密度の減少する割合が大きくなると考えられる(以下、SiC単結晶の成長に伴って貫通らせん転位密度の減少する割合を「転位密度の減少率」という)。このように本発明者らは、種結晶と成長結晶との界面部分の転位増大を抑えるのではなく、むしろ転位をより多く発生させることで対消滅させるという逆転の発想に至り、貫通らせん転位密度の小さいSiC単結晶インゴットを得た。
【0021】
ここで、本発明において使用される種結晶の成長面には、ステップの高さが10μm以上1mm以下であり、前記ステップの下段側のテラスの幅が200μm以上1mm以下であるサイズを有するステップバンチングが少なくとも1つ形成される。昇華再結晶法を行う際、種結晶の温度の上昇過程で種結晶成長面の最表面の分解が始まるが、ステップの高さが10μm以上、テラスの幅が200μm以上であれば、SiCの昇華再結晶開始までの間にステップバンチングが消失することはない。
【0022】
但し、ステップバンチングのステップの高さ及びテラスの幅のいずれかが1mmを超えると正常な昇華再結晶成長が妨げられて、ポリタイプが不安定化する。そのため、ステップの高さ及びテラスの幅のいずれかが1mmを超えるステップバンチングの数は、少ない方が好ましい。
【0023】
また、ステップバンチングのステップの高さが10μm未満、もしくは前記ステップの下段側のテラスの幅が200μm未満であると、本発明の効果である貫通らせん転位密度の減少率が大きくならない。
【0024】
図6は、ステップバンチングの説明図であり、SB1、SB2等のステップバンチングが種結晶の成長面に形成された状態を模式的に示している。形成されたステップバンチングSB1及びSB2は、ステップの高さSBt1及びSBt2がいずれも10μm以上1mm以下であって、テラスの幅SB1wa、SB1wb、SB2wa、SB2wbがいずれも200μm以上1mmであることが最も好ましい。
【0025】
成長初期の段階における貫通らせん転位密度の減少率を更に大きくするには、好ましくは、ステップバンチングのステップの高さは30μm以上であるのがよく、より好ましくは50μm以上であるのがよい。また、前記ステップの下段側のテラスの幅は、好ましくは400μm以上であるのがよく、より好ましくは600μm以上であるのがよい。
【0026】
また、種結晶上に前記サイズを有するステップバンチングを形成する手段として、好ましくは溶液成長法を用いるのがよい。溶液成長法によるSiC単結晶の成長では、オフ角を有する種結晶上の結晶成長はオフ角ゼロのジャスト面上の結晶成長に比べて比較的不安定であるため、オフ角を持つ種結晶上に結晶成長を行なうと、成長高さ数十〜100μm程度のステップバンチングが生じることが知られている。この現象を利用することで、すなわち、昇華再結晶法によるSiC単結晶の成長に先駆けて、オフ角を有した種結晶の成長面に溶液成長法によりSiC単結晶を成長させることで、前記サイズのステップバンチングが形成された種結晶を作製することができる。
【0027】
ここで、前記種結晶の厚みを増加することによって、前記種結晶の成長面上のステップバンチングのサイズを拡大することができる。所望のサイズのステップバンチングを形成する観点から、溶液成長法によりSiC単結晶を成長させる種結晶の厚さは、好ましくは0.1mm以上であるのがよい。しかし、効果が飽和することや経済性などを考慮すると、その厚みの上限は3mmである。一方、種結晶のオフ角については、結晶表面のステップバンチングを効率的に形成させる等の観点から、好ましくは0.5度以上10度以下であるのがよい。
【0028】
また、溶液成長法については、公知の方法を用いることができ、Cを溶解させたSi溶媒(Si−C溶液)に、オフ角を有する種結晶を浸漬してSiC単結晶を成長させることによって、前述したような大きなステップバンチングを形成できる。前述したサイズのステップバンチングが形成された種結晶を、昇華再結晶法を利用した単結晶成長装置に配して、公知の方法によりSiC単結晶を製造させることによって、本発明のSiC単結晶インゴットを得ることができる。なお、昇華再結晶法は溶液成長法と異なり、種結晶のオフ角がステップバンチングの大きさを著しく変化させる現象は見られないため、昇華再結晶法を用いて溶液成長法のような大きなステップバンチングを形成することは困難である。
【0029】
本発明によれば、昇華再結晶法による成長の初期段階から貫通らせん転位密度の小さいSiC単結晶を得ることができる。前述したサイズのステップバンチングが形成された種結晶を使用する以外、昇華再結晶法については、公知の方法を用いることができる。
【0030】
本発明によれば、高さ方向の60%以上が貫通らせん転位密度500個/cm2以下の高品質結晶領域を有するSiC単結晶インゴットをSiC単結晶の成長初期において得ることができるので、成長初期のSiC単結晶インゴットからもデバイス向けのSiC単結晶基板を切り出せるようになり、SiC単結晶基板製造の歩留まりを向上させることができる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例等に基づき本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例の内容に制限されるものではない。
【0032】
(実施例1)
図1は、本発明の実施例に係るSiC単結晶インゴットの結晶成長に用いた種結晶の準備を行なうための装置であって、溶液成長法による単結晶成長装置の一例が示されている。この単結晶成長装置は、Si−C溶液1が収容される黒鉛坩堝2を備え、この黒鉛坩堝2は水冷ステンレスチャンバー3内に配置されている。また、黒鉛坩堝2は、シード軸10が貫通する坩堝蓋4により実質的に閉鎖され、坩堝2の外周は断熱材5により保温されており、さらにその外周に誘導加熱用の高周波コイル6が設けられている。単結晶成長装置内の雰囲気は、ガス導入口7とガス排気口8を利用して調整される。
【0033】
黒鉛坩堝2に、SiとTiとを融液原料として仕込み、高周波コイル6に通電して誘導加熱により坩堝内の原料を融解し、Si−Ti合金の融液を形成した。加熱中に容器である黒鉛坩堝2の溶解によって炭素が高温溶液に融解し、SiCの高温溶液(Si-C溶液)が形成された。そして、昇華再結晶法により得られたバルクのSiC単結晶から口径51mmの基板を切り出し、鏡面研磨して、(000−1)面に4度のオフ角を有した種結晶基板9を準備した。
【0034】
この種結晶基板9を成長温度よりも50℃低いSi−C溶液1に着液後、さらに成長温度1940℃に昇温して、約1時間加熱した。成長温度に達してから炭素が坩堝溶解によって十分に融液に供給されるまでは、溶液は炭素が未飽和の状態である。このため種結晶基板9の表層は、溶液に溶解する。本実施例1では、種結晶基板9の表層が溶解した分(溶解厚み)は約30μmであった。溶液の炭素が飽和に達した後は、種結晶基板9上にSiC結晶が溶液成長した。結晶成長時間は種結晶基板9の着液から15時間とした。この間、黒鉛坩堝2とシード軸10とは、互いに逆方向に10rpmで回転させた。成長終了後、シード軸10を上昇させて、種結晶基板9を溶液1から切り離して、種結晶を回収した。
【0035】
得られた種結晶は、種結晶基板9の上に溶液成長法によってSiC結晶が新たに約500〜600μmの厚みで成長していた。この種結晶の成長表面をレーザー顕微鏡により観察した結果、ステップ高さ約30μm、テラス幅約300μmのステップバンチングの形成が見られた。
【0036】
また、図2は、本発明の実施例に係るSiC単結晶インゴットを製造するための装置であって、改良レーリー法による単結晶成長装置の一例を示す。結晶成長は、SiCの昇華原料11を誘導加熱により昇華させ、SiC種結晶12上に再結晶させることにより行われる。上記の溶液成長法によって成長面にステップバンチングが形成された種結晶12を単結晶成長装置の黒鉛蓋13の内面に取り付け、昇華原料11を充填した黒鉛坩堝14にセットした。黒鉛坩堝14を熱シールドのために黒鉛製フェルト15で被覆した後、黒鉛支持棒17の上に載せて二重石英管16の内部に設置した。
【0037】
そして、二重石英管16の内部を真空排気装置18によって真空排気した後、雰囲気ガスとして高純度Arガス及び窒素ガスを、配管19を介してマスフローコントローラ20で制御しながら流入させ、石英管内圧力(成長雰囲気圧力)を真空排気装置18で80kPaにした。この圧力下において、ワークコイル21に電流を流して温度を上げ、種結晶12の温度が2200℃になるまで上昇させた。その後、30分かけて成長雰囲気圧力を1.3kPaに減圧して、ステップバンチングが形成された種結晶12の(000−1)面を結晶成長面とする30時間の結晶成長を行った。
【0038】
上記のプロセスにより、高さ9mm、口径51mmのSiC単結晶インゴットが得られた。先ず、該インゴットから、種結晶12からの高さで表される成長高さ3mmの位置において、種結晶表面に平行に(すなわち4°のオフ角を有するように)評価用基板Aを切り出した。
【0039】
得られた評価用基板Aについて、520℃の溶融KOHに基板の全面が浸るように5分間浸して溶融KOHエッチングを行い、エッチングされた評価用基板Aの表面を、光学顕微鏡(倍率:80倍)で観察して転位密度を計測した。ここでは、J. Takahashi et al., Journal of Crystal Growth, 135, (1994), 61-70に記載されている方法に従い、貝殻型ピットを基底面転位、小型の6角形ピットを貫通刃状転位、中型・大型の6角形ピットを貫通らせん転位として、エッチピット形状による転位欠陥を分類し、各転位密度を求めた。その結果、評価用基板Aの外周から直径比で内側に5%のリング状領域(外周から幅2.55mmの領域)を除いた残りの領域でほぼ一様に転位密度が分散していることを確認した。なお、同様にして種結晶についても確認したところ、面内に転位密度は一様に分布していた。
【0040】
次に、図3(a)に示したように、得られたインゴットを、種結晶12のc軸のオフ方向と反対方向へ4°傾いた方向が結晶のc軸となるように切り出し、(0001)面に種結晶と反対方向にオフ角を持つ評価用基板Bを得た。その際、評価用基板Bが種結晶の成長面中心を通るようにして切り出し、評価用基板Bの表面には、種結晶領域と成長SiC単結晶領域とが含まれるようにして、図3(b)に示したように、評価用基板Bの表面上のa辺と種結晶の直径方向上のb辺とのなす角が8°であり、高さhの直角三角形が形成されるようにした。本切り出し方法を用いることにより、成長に従う転位密度の変化を連続的に観察することが可能となる。また、成長方向の変化が実質的に1/sin8°(約7倍)に拡大されるため、より詳細な高精度の転位密度計測を行なうことができる。
【0041】
得られた評価用基板Bについて、先の評価用基板Aと同様に、520℃の溶融KOHに基板の全面が浸るように5分間浸して溶融KOHエッチングを行い、エッチングされた基板の表面を、成長SiC単結晶の高さ(h)の変化に沿うようにしながら、図3(b)に示したa辺(=h/sin8°)上の測定点を光学顕微鏡(倍率:80倍)で観察して貫通転位密度を計測した。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
(比較例1)
比較例1では、種結晶の結晶成長面のSi−C溶液による溶液成長を行なわずに、昇華再結晶法で得られたバルクのSiC単結晶から口径51mmの基板を切り出し、鏡面研磨して、(0001)面に4度のオフ角を有した種結晶基板をそのまま用いて、昇華再結晶法によりSiC単結晶の結晶成長を行なった。すなわち、種結晶の溶液成長工程を行わなかった以外は実施例1と同様にして、比較例1に係るSiC単結晶インゴットを製造した。
【0044】
このとき、種結晶基板の結晶成長面上にはステップ高さ10μm以上又はテラス幅200μm以上のステップバンチングは見られなかった。得られたSiC単結晶インゴットは実施例1と同様に(0001)面に種結晶と反対方向にオフ角を持つように切り出して、評価用基板Bを得て、実施例1と同様にKOHエッチングを行ない、光学顕微鏡で転位密度を計測した。結果を表1に示す。
【0045】
ここで、実施例1及び比較例1における種結晶基板の結晶成長面上の各測定点でのSiC単結晶の成長高さ(h(mm))と貫通らせん転位密度(個/cm2)の値との関係を図4に示す。図5は、実施例1及び比較例1に関して、SiC単結晶の前記成長高さ(h(mm))と貫通刃状転位密度(個/cm2)の値との関係を示す。尚、図4及び図5の縦軸は、対数表示である。
【0046】
図4中に描かれた実線及び点線はそれぞれ、実施例1のデータ及び比較例1のデータを近似する1次関数のグラフである。これらのグラフから分かるように、図4中に描かれた実線の傾きは、点線の傾きよりも急峻である。すなわち、実施例1における転位密度の減少率は、比較例1における転位密度の減少率よりも大きい。また、従来法によって製造された比較例1のSiC単結晶インゴットは、成長高さ1.9mmで貫通らせん転位密度が約1000個/cm2であるのに対し、本発明の製造方法を用いて製造された実施例1のSiC単結晶インゴットでは、約100個/cm2まで減少している。
【0047】
また、図5の実線のグラフ(実施例1のデータに対応)と点線のグラフ(比較例1のデータに対応)との比較から分かるように、本発明の製造方法は貫通刃状転位の転位密度変化に何ら悪影響を及ぼすものでなく、貫通刃状転位の転位密度の減少率を増加している。種結晶との界面近傍の成長初期は、従来では貫通転位密度が高く、SiC単結晶基板の切り出しには不向きとされていたのに対して、本発明によれば、成長高さ約2mmから種結晶以上の品質のSiC単結晶基板を切り出すことも可能となる。
【0048】
また、図4のグラフの傾向からして、成長高さ1.5mm以降では貫通らせん転位密度が500個/cm2以下を達成できていると考えられ、実施例1に係るインゴットの成長高さが9mmであることからして、高さ方向における結晶領域の約80%以上が貫通らせん転位密度500個/cm2以下を満たすSiC単結晶インゴットが得られたと言える。
【符号の説明】
【0049】
1 Si−C溶液
2 黒鉛坩堝
3 ステンレスチャンバー
4 坩堝蓋
5 断熱材
6 高周波コイル
7 ガス導入口
8 ガス排気口
9 種結晶基板
10 シード軸
11 SiC昇華原料
12 種結晶
13 黒鉛蓋
14 黒鉛坩堝
15 黒鉛製フェルト
16 二重石英管
17 黒鉛支持棒
18 真空排気装置
19 配管
20 マスフローコントローラ
21 ワークコイル
図1
図2
図3
図4
図5
図6