【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例を用いて詳細に説明するが、これら実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0039】
<実施例1>
[アノード基材の前処理]
アノード基材として厚み3mmのTi板を使用した。この表面を鉄グリット(#120サイズ)にて乾式ブラスト処理を施し、次いで、20%硫酸水溶液中(105℃)にて10分間酸洗処理を行い、アノード基材の洗浄処理を行った。洗浄したアノード基材をアークイオンプレーティング装置にセットし、純チタン材のアークイオンプレーティング被覆を行った。被覆条件は次の通りである。
【0040】
ターゲット:JIS1種チタン円板(裏面を水冷)
真空度:1.3Pa(Arガス置換導入)
投入電力:500W(3.0KV)
基材温度:150℃(アークイオンプレーティング時)
時間:35分
コーティング厚み:2μm(質量増加換算)
【0041】
アークイオンプレーティング被覆後、X線回折を測定すると、基材バルクに帰属する鋭い結晶性ピークと、スパッタリング被覆に帰属するブロードなパターンが見られ、この被覆が非晶質であることがわかった。
【0042】
[Ir85質量%−Ta15質量%触媒の作成]
次に、四塩化イリジウム、五塩化タンタルを35%塩酸に溶解してIrが85質量%、Taが15質量%になるように調整した。この塗布液を、アークイオンプレーティング被覆処理済のアノード基材にハケ塗りして乾燥後、空気循環式の電気炉中(550℃、20分間)にて熱分解被覆を行い、酸化イリジウムと酸化タンタルとの固溶体よりなるアノード触媒層を形成した。はけ塗りの1回の塗布厚みは、イリジウムに換算してほぼ1.0g/m
2になる様に塗布液の量を設定した。この塗布〜焼成操作を12回繰り返した。
【0043】
[トルエンの影響試験方法]
硫酸50g/Lの電解液を作成し、陰極にはジルコニウム(Zr)を用い、温度50℃、電流密度0.4A/cm
2で電解し、参照極硫酸第一水銀アノード基準での電位を測定した。次に上記電解液にトルエン(TL)を飽和(500mg/L)した電解液を作成し、条件で電位を測定し、TLの有無による、電位差を測定した。
【0044】
[Ir−Ta系の試験結果]
トルエンにより、6mVしか電位は上昇しなかった。
【0045】
<実施例2>
アノードの焼成温度を460℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、8mVしか電位は上昇しなかった。
【0046】
<実施例3>
アノードの焼成温度を370℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、8mVしか電位は上昇しなかった。
【0047】
<実施例4>
アノードのIr:Taの組成比を65:35質量%および焼成温度を550℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、4mVしか電位は上昇しなかった。
【0048】
<実施例5>
アノードのIr:Taの組成比を65:35質量%および焼成温度を370℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、1mVしか電位は上昇しなかった。
【0049】
<実施例6>
アノードのIr:Taの組成比を50:50質量%および焼成温度を550℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、5mVしか電位は上昇しなかった。
【0050】
<実施例7>
アノードのIr:Taの組成比を50:50質量%および焼成温度を370℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、1mVしか電位は上昇しなかった。
【0051】
<実施例8>
アノードのIr:Taの組成比を33:67質量%および焼成温度を550℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、電位は上昇しなかった。
【0052】
<実施例9>
アノードのIr:Taの組成比を33:67質量%および焼成温度を370℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、2mVしか電位は上昇しなかった。
【0053】
<比較例1>
[Ir100質量%アノード触媒の作成]
アークイオンプレーティング被覆処理済のアノード基材に四塩化イリジウム、35%塩酸に溶解して塗布液とした、この塗布液を、ハケ塗りして乾燥後、空気循環式の電気炉中(550℃、20分間)にて熱分解被覆を行い、酸化イリジウムのアノード触媒層を形成した。はけ塗りの1回の塗布厚みは、イリジウム金属に換算してほぼ1.0g/m
2になる様に塗布液の量を設定した。この塗布〜焼成操作を12回繰り返した。製作したアノードを実施例1と同じ方法で電位の変化を試験した。その結果、43mVも電位が上昇した。
【0054】
<比較例2>
アノードの焼成温度を370℃とした他はすべて実施例1と同条件で実施した。その結果、22mVも電位が上昇した。
【0055】
<比較例3>
[Ir50質量%−Pt50質量%系アノード触媒の作成]
アークイオンプレーティング被覆処理済の基材に四塩化イリジウム、塩化白金を35%塩酸に溶解して塗布液とし、この塗布液を、ハケ塗りして乾燥後、空気循環式の電気炉中(550℃、20分間)にて熱分解被覆を行い、酸化イリジウムと白金との固溶体よりなるアノード触媒層を形成した。はけ塗りの1回の塗布厚みは、金属に換算してほぼ1.0g/m
2になる様に塗布液の量を設定した。この塗布〜焼成操作を12回繰り返した。製作したアノードを実施例1と同じ方法で電位の変化を試験した。その結果、49mVも電位が上昇した。
【0056】
<比較例4>
[Ir70質量%−Sn30質量%系アノード触媒の作成]
アークイオンプレーティング被覆処理済の基材に四塩化イリジウム、蓚酸第一スズを35%塩酸に溶解して塗布液とし、この塗布液を、ハケ塗りして乾燥後、空気循環式の電気炉中(550℃、20分間)にて熱分解被覆を行い、酸化イリジウムと酸化スズとの固溶体よりなるアノード触媒層を形成した。はけ塗りの1回の塗布厚みは、イリジウムに換算してほぼ1.0g/m
2になる様に塗布液の量を設定した。この塗布〜焼成操作を12回繰り返したものを製作した。製作したアノードを実施例1と同じ方法で電位の変化を試験した。その結果、33mVも電位が上昇した。
【0057】
<実施例10>
実施例10として、Zr添加の影響を評価した。Ir
xTa
yZr
zO
2/Ti電極ではH
2IrCl
6・6H
2O、Ta(C
4H
9O)
5、Zr(C
4H
9O)
4をn−ブタノールに溶解した溶液を前駆体とした。前駆体溶液の組成はモル比でIr:Ta:Zr=7:2:1および7:1:2とした。Ti基板の前処理として表面研磨および20質量%HCl中で20分間のエッチング処理を行った。Ti板上に前駆体溶液をディップコーティング、乾燥後、空気中500℃で熱分解処理をした。この操作を20回繰り返し、最後に500℃で1時間の熱処理を行った。
【0058】
作用極に作製した電極、参照極に可逆水素電極(RHE)、対極には白金コイルを用いた三電極式セルで、1.0M H
2SO
4およびトルエン飽和の1.0M H
2SO
4を電解質として電気化学測定を行った。実験温度は60℃とした。前処理として0.3〜1.1Vvs.RHE、200mVs
−1でCyclic Voltammetry(CV)を行った後、1.0〜2.0Vvs.RHE、5mVs
−1でSlow Scan Voltammetry(SSV)を行い、過電圧を評価した。トルエン及びその酸化体であるベンジルアルコール飽和の1.0M H
2SO
4を電解質に、作用極に作製した電極、対極に白金網を用いた二電極式セルの電圧の経時変化を評価した。
【0059】
図3に、実施例10のアノードを用いて電解を行った際の電位と電流密度依存性との関係を示した。参考として、同様に作製したIr−Ta(1:1)電極、Ir(100%)電極の結果も記載した。いずれもトルエンを添加した硫酸水溶液で電位の増加が観察されたが、実施例10の電位は他の電極に比較して低く、高性能であることがわかった。なお、
図3中の実線は硫酸のみの水溶液での結果を、破線はトルエンを添加した硫酸の水溶液での結果を示し、IrTaZr721は、Ir:Ta:Zr=7:2:1の組成であることを、IrTaZr712は、Ir:Ta:Zr=7:1:2の組成であること意味する。
図3より、Ir:Ta:Zrの組成比は、7:2:1が優れていることがわかる。
【0060】
また、
図4に、実施例10のアノードと実施例1のアノードを用いた200時間の連続電解におけるセル電圧の変化を示す。実施例10の電極は安定なセル電圧を示しており、アノード触媒層中にZrが存在すると、セル電圧が安定することがわかる。
【0061】
<実施例11>
図2に示す有機ケミカルハイドライド製造装置(電解セル)に準じた構造を作製し、実施例1と同様な条件にて作製した。
【0062】
電解質膜としてNRE212CS(DuPont製、厚さ51μm)を用い、電解質膜の処理面にバーコーター塗布法によりカソード触媒層を形成し、カソード−電解質膜複合体とした。カソード触媒層の形成にあたっては、まずPtRu/C触媒TEC61E54E(田中貴金属工業製、白金(Pt)23質量%、Ru27質量%)粉末にアイオノマーNafion(登録商標)分散液DE521(DuPont製)を、乾燥後の重量が触媒中のカーボン重量と4:5の重量になるよう添加して、適宜溶媒を用いて塗布用のインクを調製した。このインクを、電解質膜上に、触媒中のPtとRuを合わせた重量がアノード面積あたり0.5mgcm
−2となるようにスプレー塗布し、ついで70℃にてインク中の溶媒成分を乾燥してカソード触媒層を得た。
【0063】
カソード触媒層表面に、アノード面に合わせて切り抜いたカソード拡散層SGL35BC(SGLカーボン製)を貼合し、120℃、1MPaにて2分間熱接合を行い、カソード−電解質複合体を形成した。
【0064】
カソード仕切り板とカソード支持体を接合した構造体として、カーボン/エポキシ樹脂をモールド成型したカーボン系構造体を用いた。構造体のカソード支持体部分はカソード拡散層に接する面に液体流通のための流路を複数形成してある。この流路1本は、幅1mm、流路高さ0.5mmの空隙部を有し、流路間の間隔1mmのストレート形状であり、有機ケミカルハイドライド製造装置を設置する際の鉛直方向と流路が平行となるように設置した。また、構造体の流路の両端は、複数の流路を統合して液体供給および排出のための液体ヘッダーを有しており、これを介して有機物の供給および排出用の系路に接続した。
【0065】
アノード基材として、厚さ1.0mm、短目方向中心間距離3.5mm、長目方向中心間距離6.0mmのエキスパンドメッシュを使用し、実施例1と同様の組成の酸化イリジウムと酸化タンタルからなるアノード触媒層を、アノード面積当たりのIr量換算で12g/m
2となるよう形成したものをアノードとした。
【0066】
アノード支持用弾性体として厚さ0.3mmのTi板を加工した10mmピッチの平バネを並べた形状とした弾性体を用いた。平バネのアノード接触面には、微量の白金層を形成した。
【0067】
これらのセル部材、すなわちカソード支持体、カソード−電解質膜複合体、アノード、アノード支持用弾性体をこの順に積層し、アノード側の仕切り板とアノードとの間にアノード支持用弾性体を挿入することで、固定されたセル幅内でアノード側からの押しつけ力によって各層が密着する形で押圧されるようにした。
【0068】
このようにして得られた有機ケミカルハイドライド製造装置のカソード室にトルエンを流通させ、またアノード室に5%硫酸水溶液を流通し、定電流電源に接続して、以下の電解反応を実施した。各流体の循環流速は、線速度としてカソード側が1m/min、アノード側が3m/minとなるようにした。セル温度は60℃とし、400mAcm
−2のとき、セル電圧は2.10Vであった。カソード側のメチルシクロヘキサンの電流効率は95%であった。
【0069】
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。