特許第6539564号(P6539564)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6539564
(24)【登録日】2019年6月14日
(45)【発行日】2019年7月3日
(54)【発明の名称】油圧式オートテンショナ
(51)【国際特許分類】
   F16H 7/12 20060101AFI20190625BHJP
【FI】
   F16H7/12 A
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-210098(P2015-210098)
(22)【出願日】2015年10月26日
(65)【公開番号】特開2017-82856(P2017-82856A)
(43)【公開日】2017年5月18日
【審査請求日】2018年9月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100167380
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 隆
(72)【発明者】
【氏名】森本 洋生
【審査官】 岡本 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−68352(JP,A)
【文献】 特開2015−155718(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下方向に延びるように配置されたスリーブ(2)と、
前記スリーブ(2)に下部が挿入され、かつ前記スリーブ(2)から上部が突出した状態で前記スリーブ(2)に対して上下に移動可能に設けられたロッド(3)と、
前記ロッド(3)のスリーブ(2)からの突出部分に固定されたばね座(4)と、
前記ばね座(4)を上方に付勢するリターンスプリング(5)と、
前記ロッド(3)のスリーブ(2)に対する上方への移動により容積が拡大し、前記ロッド(3)のスリーブ(2)に対する下方への移動により容積が縮小するように前記スリーブ(2)内に形成された圧力室(6)と、
前記スリーブ(2)の外側に設けられたリザーバ室(7)と、
前記圧力室(6)および前記リザーバ室(7)に収容されたオイルと、
前記圧力室(6)の下部と前記リザーバ室(7)の下部の間を連通する油通路(8)と、
前記油通路(8)の前記リザーバ室(7)の側から前記圧力室(6)の側へのオイルの流れのみを許容するチェックバルブ(9)と、
前記スリーブ(2)に対する上方への移動により前記圧力室(6)の容積が拡大し、前記スリーブ(2)に対する下方への移動により前記圧力室(6)の容積が縮小するように前記ロッド(3)の外周と前記スリーブ(2)の内周の間に上下に移動可能に組み込まれた筒状プランジャ(10)と、
前記筒状プランジャ(10)の内周と前記ロッド(3)の外周の間に形成されたリーク隙間(11)と、
前記ロッド(3)に対する前記筒状プランジャ(10)の上方への可動範囲を規制する上側ストッパ(13)と、
前記筒状プランジャ(10)の上方に前記ロッド(3)の外周を囲むように組み込まれ、前記筒状プランジャ(10)を下方に付勢する調圧スプリング(15)と、
を有する油圧式オートテンショナ。
【請求項2】
前記上側ストッパ(13)と前記筒状プランジャ(10)は、前記筒状プランジャ(10)が前記上側ストッパ(13)から離れた状態では前記リーク隙間(11)を開き、前記筒状プランジャ(10)が前記上側ストッパ(13)に当接した状態では前記リーク隙間(11)を閉じる開閉弁を構成している請求項1に記載の油圧式オートテンショナ。
【請求項3】
前記筒状プランジャ(10)の外周と前記スリーブ(2)の内周との間に第2リーク隙間(12)が形成されている請求項2に記載の油圧式オートテンショナ。
【請求項4】
前記第2リーク隙間(11)の流路抵抗が、前記リーク隙間(11)の流路抵抗よりも大きい請求項3に記載の油圧式オートテンショナ。
【請求項5】
前記ロッド(3)に対する前記筒状プランジャ(10)の下方への可動範囲を規制する下側ストッパ(14)を更に有し、
前記筒状プランジャ(10)と前記下側ストッパ(14)の間には、前記調圧スプリング(15)の付勢力によって予圧が付与されている請求項1から4のいずれかに記載の油圧式オートテンショナ。
【請求項6】
前記筒状プランジャ(10)の前記スリーブ(2)からの突出部分に、前記調圧スプリング(15)の下端を支持する外向きのフランジ部(43)が形成されている請求項1から5のいずれかに記載の油圧式オートテンショナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、主として、オルタネータやウォータポンプ等のエンジン補機を駆動するベルトの張力保持に用いられる油圧式オートテンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出量を削減するため、車両停止時にエンジンを停止し、その後の車両発進時にエンジンを再始動するアイドルストップ機能を有するアイドルストップ車が増加している。その中でも、エンジンを再始動するときの静粛性に優れ、エネルギー回生も可能なISG(Integrated Starter Generator)搭載車が注目されている。
【0003】
ISGは、自動車エンジンの補機の1つであり、エンジンの定常運転時には、クランクシャフトの駆動力によって発電を行なう発電機(ジェネレータ)として作動し、エンジン始動時には、停止状態にあるクランクシャフトを強制的に回転させる電動モータ(スタータ)として作動する。
【0004】
図5図6に、ISG搭載車のベルト伝動装置の一例を示す。このベルト伝動装置は、クランクシャフト50に取り付けられたクランクプーリ51と、ISG52の回転軸53に取り付けられたISGプーリ54と、ウォータポンプ等の補機55の回転軸56に取り付けられた補機プーリ57と、これらの各プーリ51,54,57に掛け渡されたベルト58と、ベルト58の張力を適正範囲に保つ張力調整装置60とを有する。
【0005】
張力調整装置60は、クランクプーリ51よりも下流側、かつ、ISGプーリ54よりも上流側の位置でベルト58に接触するテンションプーリ61と、テンションプーリ61を支持するプーリアーム62と、テンションプーリ61をベルト58に押さえ付ける方向にプーリアーム62を付勢する油圧式オートテンショナとを有する。油圧式オートテンショナの一端はプーリアーム62に連結され、油圧式オートテンショナの他端はエンジンブロック59に連結されている。プーリアーム62は、エンジンブロック59に固定された支点軸63を中心に揺動可能に支持されている。
【0006】
そして、エンジンの定常運転時には、図5に示すように、クランクシャフト50が駆動軸として回転し、その回転がベルト58を介して伝達することにより、ISG52の回転軸53と補機55の回転軸56が回転駆動される。このとき、ベルト58に対する張力調整装置60の位置は、駆動プーリ(クランクプーリ51)からベルト58が送り出される部分に相当するため、ベルト58の弛み側となる。
【0007】
一方、アイドルストップ後のエンジン始動時には、図6に示すように、ISG52の回転軸53が駆動軸として回転し、その回転がベルト58を介して伝達することにより、クランクシャフト50が回転駆動される。このとき、ベルト58に対する張力調整装置60の位置は、駆動プーリ(ISGプーリ54)に向かってベルト58が引き込まれる部分に相当するため、ベルト58の張り側となる。
【0008】
このように、ISG搭載車のベルト伝動装置においては、エンジンの定常運転時とISGの駆動によるエンジン始動時とで駆動プーリの位置が切り替わるため、張力調整装置60のテンションプーリ61が接触しているベルト58の部分が、エンジンの定常運転時には弛み側となり、ISG52の駆動によるエンジン始動時には張り側となるという特徴がある。
【0009】
一方、補機駆動用のベルトの張力保持に用いられる油圧式オートテンショナとして、特許文献1に記載のものが知られている。この油圧式オートテンショナは、上下方向に延びるように配置されたスリーブと、そのスリーブに上下に移動可能に挿入されたロッドと、そのロッドの上端に固定されたばね座と、そのばね座を上方に付勢するリターンスプリングとを有する。リターンスプリングは、ベルトの張力とリターンスプリングの付勢力とがつり合う位置までロッドをスリーブに対して移動させることで、ベルトに初期張力を付与する。
【0010】
また、油圧式オートテンショナは、ダンパ荷重を発生させるための機構として、ロッドのスリーブに対する上方への移動により容積が拡大し、ロッドのスリーブに対する下方への移動により容積が縮小するようにスリーブの内側に形成された圧力室と、スリーブの外側に形成されたリザーバ室と、圧力室およびリザーバ室に収容されたオイルと、圧力室の下部とリザーバ室の下部の間を連通する油通路と、油通路のリザーバ室の側から圧力室の側へのオイルの流れのみを許容するチェックバルブと、スリーブの内周とロッドの外周の間に形成されたリーク隙間とを有する。
【0011】
そして、ベルトの張力が小さくなっときは、ロッドがスリーブに対して上方に移動し、ベルトの弛みを吸収する。このとき、圧力室内の圧力がリザーバ室の圧力よりも低下してチェックバルブが開くので、油通路を通ってリザーバ室の側から圧力室の側にオイルが流れ、すみやかにロッドは移動する。
【0012】
一方、ベルトの張力が大きくなったときは、ロッドがスリーブに対して下方に移動し、ベルトの緊張を吸収する。このとき、圧力室内の圧力が上昇してチェックバルブが閉じるので、オイルは油通路を流れない。そして、圧力室内のオイルが、ロッドの外周とスリーブの内周の間のリーク隙間を通って流出し、そのオイルの粘性抵抗によってダンパ荷重が発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2009−275757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、上述した従来の油圧式オートテンショナを、図5図6に示すようなISG搭載車のベルト伝動装置に採用した場合、エンジンの定常運転時とISGの駆動によるエンジン始動時の両方において、最適なダンパ荷重を得ることが難しい。
【0015】
すなわち、ISG搭載車のベルト伝動装置においては、上述のように、エンジンの定常運転時に弛み側となるベルトの部分が、ISGの駆動によるエンジン始動時に張り側となる。
【0016】
そのため、油圧式オートテンショナのダンパ荷重を、エンジンの定常運転時に適した大きさに設定すると、ISGの駆動によるエンジン始動時に、油圧式オートテンショナが過度に押し縮められ、プーリとベルトの間にスリップが発生してしまう。この場合、ベルトの鳴きや寿命低下が生じたり、最悪の場合、エンジンが始動できなかったりするおそれがある。
【0017】
一方、油圧式オートテンショナのダンパ荷重を、ISGの駆動によるエンジン始動時に適した大きさに設定すると、エンジンの定常運転時のベルトの張力が必要以上に大きくなってしまう。この場合、ベルトとプーリの間の摩擦力によるエネルギー損失が大きくなるため、エンジンの燃費が低下する問題が生じる。
【0018】
この発明が解決しようとする課題は、ISG搭載車のベルト伝動装置において、エンジンの定常運転時にはベルトの張力を低く保ちながら、ISGの駆動によるエンジン始動時には、ベルトのスリップを効果的に防止することが可能な油圧式オートテンショナを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するため、この発明では、以下の構成の油圧式オートテンショナを提供する。
上下方向に延びるように配置されたスリーブと、
前記スリーブに下部が挿入され、かつ前記スリーブから上部が突出した状態で前記スリーブに対して上下に移動可能に設けられたロッドと、
前記ロッドのスリーブからの突出部分に固定されたばね座と、
前記ばね座を上方に付勢するリターンスプリングと、
前記ロッドのスリーブに対する上方への移動により容積が拡大し、前記ロッドのスリーブに対する下方への移動により容積が縮小するように前記スリーブ内に形成された圧力室と、
前記スリーブの外側に設けられたリザーバ室と、
前記圧力室および前記リザーバ室に収容されたオイルと、
前記圧力室の下部と前記リザーバ室の下部の間を連通する油通路と、
前記油通路の前記リザーバ室の側から前記圧力室の側へのオイルの流れのみを許容するチェックバルブと、
前記スリーブに対する上方への移動により前記圧力室の容積が拡大し、前記スリーブに対する下方への移動により前記圧力室の容積が縮小するように前記ロッドの外周と前記スリーブの内周の間に上下に移動可能に組み込まれた筒状プランジャと、
前記筒状プランジャの内周と前記ロッドの外周の間に形成されたリーク隙間と、
前記ロッドに対する前記筒状プランジャの上方への可動範囲を規制する上側ストッパと、
前記筒状プランジャの上方に前記ロッドの外周を囲むように組み込まれ、前記筒状プランジャを下方に付勢する調圧スプリングと、
を有する油圧式オートテンショナ。
【0020】
このようにすると、ロッドがスリーブに対して下方に移動するときに、圧力室のオイルがリーク隙間を通って流出し、そのオイルの粘性抵抗によってダンパ荷重が発生する。ここで、ロッドがスリーブに対して下方に移動し始めた直後は、圧力室の圧力も上昇し始めるが、さらにロッドがスリーブに対して下方に移動すると、圧力室のオイルから筒状プランジャに作用する上向きの圧力が、調圧スプリングから筒状プランジャに作用する下向きの付勢力を上回り、筒状プランジャがロッドに対して上方に移動することによって、圧力室の圧力上昇が吸収される。そのため、この油圧式オートテンショナをISG搭載車のベルト伝動装置に使用すると、ロッドが比較的小さい振幅で変位するエンジンの定常運転時には、発生するダンパ荷重を低く抑えて、ベルトの張力を低く保つことができる。
【0021】
一方、ロッドがスリーブ内に急激に押し込まれたときは、筒状プランジャがロッドに対して可動範囲の上限まで移動する。このとき、筒状プランジャは、ロッドに対するそれ以上の上方への移動が規制されるので、圧力室の圧力上昇を吸収することができない状態となる。そのため、この油圧式オートテンショナをISG搭載車のベルト伝動装置に使用すると、ロッドが急激に押し込まれたときには、大きいダンパ荷重を発生して、ベルトのスリップを効果的に防止することが可能である。
【0022】
前記上側ストッパと前記筒状プランジャは、前記筒状プランジャが前記上側ストッパから離れた状態では前記リーク隙間を開き、前記筒状プランジャが前記上側ストッパに当接した状態では前記リーク隙間を閉じる開閉弁を構成すると好ましい。
【0023】
このようにすると、筒状プランジャがロッドに対して可動範囲の上限まで移動したときに、筒状プランジャの内周とロッドの外周の間のリーク隙間が閉じた状態となる。そのため、ロッドがスリーブ内に急激に押し込まれたときに発生するダンパ荷重を効果的に大きくすることが可能となる。
【0024】
前記筒状プランジャの外周と前記スリーブの内周との間に第2リーク隙間を形成すると好ましい。
【0025】
このようにすると、筒状プランジャの内周とロッドの外周の間のリーク隙間が閉じた状態で、ロッドがスリーブに対して下方に移動するときに、圧力室のオイルが第2リーク隙間を通って流出し、そのオイルの粘性抵抗によってダンパ荷重が発生する。すなわち、ロッドがスリーブ内に急激に押し込まれたときに、第2リーク隙間の大きさに対応する大きさのダンパ荷重を発生させることが可能となる。
【0026】
前記第2リーク隙間の流路抵抗は、前記リーク隙間の流路抵抗よりも大きく設定することが好ましい。
【0027】
このようにすると、ロッドがスリーブ内に急激に押し込まれるときに発生するダンパ荷重を効果的に大きくすることができる。
【0028】
上記の油圧式オートテンショナは、更に以下の構成を加えると好ましいものとなる。
前記ロッドに対する前記筒状プランジャの下方への可動範囲を規制する下側ストッパを更に有し、
前記筒状プランジャと前記下側ストッパの間には、前記調圧スプリングの付勢力によって予圧が付与されている。
【0029】
このようにすると、筒状プランジャと下側ストッパの間に付与する予圧の大きさを調節することによって、ロッドがスリーブに対して下方に移動する過程で、筒状プランジャがロッドに対して上方に移動し始めるときの圧力室の圧力を、最適な大きさに設定することが可能となる。
【0030】
前記筒状プランジャの前記スリーブからの突出部分に、前記調圧スプリングの下端を支持する外向きのフランジ部を形成すると好ましい。
【0031】
このようにすると、調圧スプリングの下端を安定して支持することが可能となり、ロッドがスリーブに対して下方に移動する過程で、筒状プランジャがロッドに対して上方に移動する動作が安定したものとなる。
【発明の効果】
【0032】
この発明の油圧式オートテンショナをISG搭載車のベルト伝動装置に使用すると、ロッドが比較的小さい振幅で変位するエンジンの定常運転時には、発生するダンパ荷重を低く抑えて、ベルトの張力を低く保つことができる。一方、ロッドが急激に押し込まれるISGの駆動によるエンジン始動時には、大きいダンパ荷重を発生して、ベルトのスリップを効果的に防止することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】この発明の実施形態に係る油圧式オートテンショナを示す断面図
図2図1に示す筒状プランジャの近傍を拡大した図であり、圧力室の圧力が上昇し始めた直後に、圧力室内のオイルが第1リーク隙間を通ってリークしている状態を示す図
図3図2に示す圧力室の圧力が更に上昇することにより、筒状プランジャがロッドに対して上昇して上側ストッパに当接し、圧力室内のオイルが第2リーク隙間を通ってリークしている状態を示す図
図4図1に示す油圧式オートテンショナの反力特性の測定例と、従来の油圧式オートテンショナの反力特性の測定例とを示すグラフ
図5】ISG搭載車のベルト伝動装置を示す図であり、エンジンの定常運転時にクランクシャフトが駆動軸として回転している状態を示す図
図6】ISG搭載車のベルト伝動装置を示す図であり、ISGの回転軸が駆動軸として回転することにより、エンジン始動を行なっている状態を示す図
【発明を実施するための形態】
【0034】
図1に、この発明の実施形態の油圧式オートテンショナAを示す。この油圧式オートテンショナAは、有底筒状のシリンダ1と、シリンダ1の内部に同軸に固定されたスリーブ2と、スリーブ2に移動可能に挿入されたロッド3と、ロッド3のスリーブ2からの突出部分に固定されたばね座4と、ばね座4を上方に付勢するリターンスプリング5と、スリーブ2内に形成された圧力室6と、スリーブ2の外側に設けられたリザーバ室7と、圧力室6およびリザーバ室7に収容されたオイルと、圧力室6の下部とリザーバ室7の下部の間を連通する油通路8と、油通路8の圧力室6の側の端部に設けられたチェックバルブ9と、ロッド3の外周とスリーブ2の内周の間に上下に移動可能に組み込まれた筒状プランジャ10と、筒状プランジャ10の内周とロッド3の外周の間に形成された第1リーク隙間11と、筒状プランジャ10の外周とスリーブ2の内周の間に形成された第2リーク隙間12と、ロッド3に対する筒状プランジャ10の上方への可動範囲を規制する上側ストッパ13と、ロッド3に対する筒状プランジャ10の下方への可動範囲を規制する下側ストッパ14と、筒状プランジャ10を下方に付勢する調圧スプリング15とを有する。
【0035】
シリンダ1は、上端が開口し、下端が閉塞した有底筒状に形成されている。シリンダ1は、アルミ合金製である。シリンダ1の下端には、下部連結片16が一体に設けられている。下部連結片16には、下部連結軸17(図5図6参照)が挿通する貫通孔18が設けられている。貫通孔18には、下部連結軸17を回動可能に支持する軸受19が組み込まれている。
【0036】
ばね座4は、リターンスプリング5の上端を支持する端板20と、端板20から上方に突出するように設けられた上部連結片21と、シリンダ1の内径側に対向するように端板20から下方に延びる内筒部22と、シリンダ1の外径側に対向するように端板20から下方に延びる外筒部23とを有する。上部連結片21には、上部連結軸24(図5図6参照)が挿通する貫通孔25が設けられている。貫通孔25には、上部連結軸24を回動可能に支持する軸受26が組み込まれている。
【0037】
ばね座4は、合成樹脂製である。ロッド3の上端は、ばね座4の成形金型内にロッド3の上端をセットした状態で成形金型内に樹脂を注入する成形(インサート成形)を行なうことによって、ばね座4に固定されている。
【0038】
シリンダ1の上部内周には、ばね座4の内筒部22に摺接する環状のオイルシール27が取り付けられている。オイルシール27は、内筒部22の外周面と摺接することでシリンダ1内のオイルを密封している。内筒部22のオイルシール27との摺接部分は、インサート成形によってばね座4に一体化された鋼製の薄肉円筒とされている。外筒部23は、オイルシール27と内筒部22の摺接部分を外側から覆うことで、異物侵入を防止し、オイルシール27の信頼性を高めている。
【0039】
リターンスプリング5は、圧縮コイルばねである。リターンスプリング5は、スリーブ2の外周を囲むようにスリーブ2と同軸に組み込まれている。リターンスプリング5の下端はシリンダ1の底部28で支持され、リターンスプリング5の上端はばね座4を上方に押圧している。このリターンスプリング5は、ばね座4を上方に押圧することによって、ロッド3をスリーブ2から突出する方向に付勢している。リターンスプリング5の上部は、ばね座4の内筒部22で外径側から覆われている。
【0040】
スリーブ2は、シリンダ1の内部を上下方向に延びるように配置されている。スリーブ2は、鋼製である。スリーブ2の下部は、シリンダ1の底部28に形成されたスリーブ嵌合凹部29に圧入されている。スリーブ2の外周とシリンダ1の内周の間には、環状のリザーバ室7が形成されている。リザーバ室7には、空気と作動油が上下二層に収容されている。スリーブ2とスリーブ嵌合凹部29の嵌合面間には、圧力室6の下部とリザーバ室7の下部の間を連通する油通路8が形成されている。
【0041】
スリーブ2の下端部には、油通路8のリザーバ室7の側から圧力室6の側へのオイルの流れのみを許容するチェックバルブ9が組み込まれている。チェックバルブ9は、スリーブ2の下端部に圧入されたバルブシート30と、バルブシート30の中央を上下に貫通して形成された弁孔31と、バルブシート30から上方に離反して弁孔31を開く開弁位置とバルブシート30に着座して弁孔31を閉じる閉弁位置との間で移動可能に設けられたチェックボール32と、チェックボール32の移動範囲を規制するリテーナ33と、チェックボール32を下方に付勢するバルブスプリング34とを有する。
【0042】
このチェックバルブ9は、圧力室6の圧力がリザーバ室7の圧力より高くなると、チェックボール32が弁孔31を閉じることで、圧力室6の側からリザーバ室7の側にオイルが流れるのを阻止する。一方、圧力室6の圧力がリザーバ室7の圧力より低くなると、チェックボール32が弁孔31を開くことで、リザーバ室7の側から圧力室6の側にオイルが流れるのを許容する。
【0043】
ロッド3は、スリーブ2に下部が挿入され、かつスリーブ2から上部が突出した状態で、スリーブ2に対して上下に移動可能に設けられている。ロッド3の外周には、筒状プランジャ10が上下に摺動可能に嵌合している。ロッド3の筒状プランジャ10との嵌合部分には、小外径面35と、小外径面35の下方に連続する大外径面36とが形成されている。小外径面35と大外径面36はいずれも円筒状の面であり、大外径面36の外径は、小外径面35の外径よりもわずかに大きい。また、大外径面36は、小外径面35よりも小さい面粗さを有する仕上げ面である。
【0044】
筒状プランジャ10は、スリーブ2から上部が突出した状態で上下に摺動可能にスリーブ2に挿入されている。スリーブ2の内周には、小内径面37と、小内径面37の下方に段差部38を介して連続する大内径面39とが形成されている。小内径面37と大内径面39はいずれも円筒状の面であり、小内径面37の内径は、大内径面39の内径よりもわずかに小さい。また、小内径面37は、大内径面39よりも小さい面粗さを有する。
【0045】
圧力室6は、ロッド3および筒状プランジャ10の下側に形成されている。ここで、ロッド3がスリーブ2に対して上方に移動すると圧力室6の容積は拡大し、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動すると圧力室6の容積は縮小するようになっている。また、筒状プランジャ10がスリーブ2に対して上方に移動すると圧力室6の容積が拡大し、筒状プランジャ10がスリーブ2に対して下方に移動すると圧力室6の容積が縮小するようになっている。圧力室6は、空気が混入しないようにオイルで満たされている。
【0046】
ロッド3の外周(大外径面36)と筒状プランジャ10の内周の間には、圧力室6からのオイルのリークを許容する第1リーク隙間11が形成されている。また、筒状プランジャ10の外周とスリーブ2の内周(小内径面37)の間には、圧力室6からのオイルのリークを許容する第2リーク隙間12が形成されている。第2リーク隙間12は、第2リーク隙間12の流路抵抗が第1リーク隙間11の流路抵抗よりも大きくなるように、第1リーク隙間11より狭い隙間とされている。第1リーク隙間11の大きさは、例えば20〜50μmであり、第2リーク隙間12の大きさは、例えば10〜20μmである。
【0047】
上側ストッパ13は、筒状プランジャ10の内径よりも大きい外径を有する大径軸部である。上側ストッパ13は、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動したときに、筒状プランジャ10の上端部を受け止めて、筒状プランジャ10がロッド3に対してそれ以上上方に移動するのを阻止する。
【0048】
上側ストッパ13には、筒状プランジャ10の上方に対向する位置にシート面40が形成されている。筒状プランジャ10の上端部の内周には、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動したときに、上側ストッパ13のシート面40に当接するシート面41が形成されている。筒状プランジャ10のシート面41と上側ストッパ13のシート面40は、シート面41とシート面40が互いに接触したときに、第1リーク隙間11の出口を液密に閉鎖する形状とされている。例えば、筒状プランジャ10のシート面41として、下方に向かって次第に縮径するテーパ状に形成されたものを採用し、上側ストッパ13のシート面40として、下方に膨出する凸球面状に形成されたものを採用することができる。ここで、上側ストッパ13と筒状プランジャ10は、筒状プランジャ10が上側ストッパ13から離れた状態では第1リーク隙間11を開き、筒状プランジャ10が上側ストッパ13に当接した状態では第1リーク隙間11を閉じる開閉弁を構成している。
【0049】
上側ストッパ13のシート面40は、表面硬化処理を施すことによって、ロッド3の内部組織よりも高い硬度を有する面とされている。同様に、筒状プランジャ10シート面41も、表面硬化処理を施すことによって、筒状プランジャ10の内部組織よりも高い硬度を有する面とされている。例えば、シート面40,41は、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)皮膜等の硬質皮膜で覆われた面である。
【0050】
図2に示すように、ロッド3の下端は、筒状プランジャ10の下端よりも下方に突出している。ロッド3の筒状プランジャ10から下方への突出部分には、円周溝42が形成されている。円周溝42には、ロッド3に対する筒状プランジャ10の下方への可動範囲を規制する下側ストッパ14としての止め輪が装着されている。この止め輪は、筒状プランジャ10を受け止めた状態で、第1リーク隙間11の入口を閉鎖せずに、圧力室6から第1リーク隙間11を通ってオイルが流出するのを許容する形状(すなわち、筒状プランジャ10が下側ストッパ14に当接したときに、圧力室6と第1リーク隙間11の連通を維持する形状)とされている。そのような止め輪として、円周の一部が切り離されたC形のスナップリングを採用することができる。C形状のスナップリングにかえて、円環部と、その円環部の周方向に間隔をおいて円環部から径方向内方に延び出す複数の内歯とを有し、その内歯の先端が円周溝42に係合する内歯付リングを採用してもよい。
【0051】
調圧スプリング15は、螺旋状に延びる線材からなるコイルばねであり、筒状プランジャ10の上方にロッド3の外周を囲むように組み込まれている。調圧スプリング15の上端は、ばね座4で支持されている。調圧スプリング15の下端は、筒状プランジャ10のスリーブ2からの突出部分に形成された外向きのフランジ部43で支持されている。調圧スプリング15の内径は、上側ストッパ13の外径よりも大きい。
【0052】
筒状プランジャ10と下側ストッパ14の間には、調圧スプリング15の付勢力によって予圧が付与されている。すなわち、調圧スプリング15は、全く外力が作用していない無負荷状態からあらかじめ所定長さだけ圧縮した状態で組み込まれている。そのため、筒状プランジャ10が下側ストッパ14に当接している状態(すなわち、筒状プランジャ10がロッド3に対して可動範囲の下限にある状態)での調圧スプリング15の長さは、調圧スプリング15の自由長さよりも短い。また、同状態での調圧スプリング15の長さは、筒状プランジャ10のロッド3に対する上下方向の可動ストロークの5倍以上とされている。ここでは、調圧スプリング15としてコイルばねを例に挙げたが、他のばね(例えば、波形座金と平座金を交互に重ね合わせたもの等)を採用することも可能である。
【0053】
筒状プランジャ10の下部外周には、テーパ溝44が設けられている。テーパ溝44は、下方に向かって次第に浅くなるテーパ状の溝底面を有する形状とされている。テーパ溝44には、抜け止めリング45が取り付けられている。抜け止めリング45は、テーパ溝44の下端部の溝底面によって縮径変形が規制された状態となっており、その抜け止めリング45がスリーブ2の内周の段差部38と係止することによって、スリーブ2から筒状プランジャ10が抜け出すのを防止するようになっている。
【0054】
この油圧式オートテンショナAは、例えば、図5図6に示すようなISG搭載車のベルト伝動装置に組み込んで使用することができる。
【0055】
このベルト伝動装置は、クランクシャフト50に取り付けられたクランクプーリ51と、ISG(Integrated Starter Generator)52の回転軸53に取り付けられたISGプーリ54と、ウォータポンプ等の補機55の回転軸56に取り付けられた補機プーリ57と、これらの各プーリ51,54,57に掛け渡されたベルト58と、ベルト58の張力を適正範囲に保つ張力調整装置60とを有する。ISG52は、エンジンの定常運転時には、クランクシャフト50の駆動力によって発電を行なう発電機(ジェネレータ)として作動し、エンジン始動時には、停止状態にあるクランクシャフト50を強制的に回転させる電動モータ(スタータ)として作動する補機の一種である。
【0056】
張力調整装置60は、クランクプーリ51よりも下流側、かつ、ISGプーリ54よりも上流側の位置でベルト58に接触するテンションプーリ61と、テンションプーリ61を支持するプーリアーム62と、テンションプーリ61をベルト58に押さえ付ける方向にプーリアーム62を付勢する油圧式オートテンショナAとを有する。
【0057】
油圧式オートテンショナAの下部連結片16は下部連結軸17を介してプーリアーム62に回動可能に連結され、油圧式オートテンショナAの上部連結片21は上部連結軸24を介してエンジンブロック59に回動可能に連結されている。プーリアーム62は、エンジンブロック59に固定された支点軸63を中心に揺動可能に支持されている。
【0058】
図5に示すように、エンジンの定常運転時には、クランクシャフト50が駆動軸として回転し、その回転がベルト58を介して伝達することにより、ISG52の回転軸53と補機55の回転軸56が回転駆動される。このとき、ベルト58に対する張力調整装置60の位置は、駆動プーリ(すなわちクランクプーリ51)からベルト58が送り出される部分に相当するため、ベルト58の弛み側となる。
【0059】
このエンジンの定常運転時において、ベルト58の張力は所定の周波数で増減を繰り返し、そのベルト58の張力変動に応じて油圧式オートテンショナAのロッド3は比較的小さい振幅で変位する。すなわち、エンジンの定常運転時、エンジンが爆発を繰り返すことによってクランクシャフト50には回転変動が生じ、その回転変動がベルト58を介して油圧式オートテンショナAに伝わるため、油圧式オートテンショナAのロッド3は、比較的小さい振幅でスリーブ2に対して上下の往復運動をする。例えば、一般的な4気筒エンジンの場合、エンジンが3000回転/分で回転すると、油圧式オートテンショナAのロッド3は100Hzの周波数で往復運動をする。
【0060】
ここで、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動するとき、圧力室6内の圧力が上昇してチェックバルブ9が閉じるので、オイルは油通路8を流れない。そして、図2に示すように、圧力室6のオイルが第1リーク隙間11を通って流出し、そのオイルの粘性抵抗によってダンパ荷重が発生する。ここで、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動し始めた直後は、圧力室6の圧力も上昇し始めるが、さらにロッド3がスリーブ2に対して下方に移動すると、圧力室6のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力が、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力を上回り、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動することによって、圧力室6の圧力上昇が吸収される。そのため、油圧式オートテンショナAで発生するダンパ荷重が低く抑えられる。
【0061】
一方、ロッド3がスリーブ2に対して上方に移動するときは、圧力室6内の圧力が低下してチェックバルブ9が開くので、油通路8を通ってリザーバ室7の側から圧力室6の側にオイルが流れ、すみやかにロッド3は移動する。
【0062】
一方、図6に示すように、ISG52の駆動によるエンジン始動時には、ISG52の回転軸53が駆動軸として回転し、その回転がベルト58を介して伝達することにより、クランクシャフト50が回転駆動される。このとき、ベルト58に対する張力調整装置60の位置は、駆動プーリ(すなわちISGプーリ54)に向かってベルト58が引き込まれる部分に相当するため、ベルト58の張り側となる。
【0063】
このISG52の駆動によるエンジン始動時においては、ベルト58の張力が急激に上昇するため、油圧式オートテンショナAのロッド3がスリーブ2内に急激に押し込まれ、図3に示すように、筒状プランジャ10がロッド3に対して可動範囲の上限まで移動する。このとき、筒状プランジャ10は、ロッド3に対するそれ以上の上方への移動が規制されるので、圧力室6の圧力上昇を吸収することができない状態となる。またこのとき、筒状プランジャ10のシート面41が上側ストッパ13のシート面40に着座し、第1リーク隙間11の出口が閉鎖されるため、圧力室6のオイルは第2リーク隙間12を通って流出し、この第2リーク隙間12を流れるオイルの粘性抵抗によって比較的大きいダンパ荷重が発生する。
【0064】
以上のように、この油圧式オートテンショナAをISG搭載車のベルト伝動装置に使用すると、ロッド3が比較的小さい振幅で変位するエンジンの定常運転時には、発生するダンパ荷重を低く抑えて、ベルト58の張力を低く保つことができる。その結果、ベルト58と各プーリの間の摩擦力によるエネルギー損失を低く抑えて、エンジンの低燃費化を図ることができ、また各プーリ51,54,57を支持する転がり軸受やベルト58等の各部品の寿命を向上することができる。一方、ロッド3が急激に押し込まれるISG52の駆動によるエンジン始動時には、大きいダンパ荷重を発生して、ベルト58のスリップを効果的に防止することが可能である。
【0065】
また、この油圧式オートテンショナAは、筒状プランジャ10がロッド3に対して可動範囲の上限まで移動したときに、筒状プランジャ10のシート面41が上側ストッパ13のシート面40に当接し、筒状プランジャ10の内周とロッド3の外周の間の第1リーク隙間11が閉じた状態となる。そのため、ロッド3がスリーブ2内に急激に押し込まれたときに発生するダンパ荷重を効果的に大きくすることが可能となっている。
【0066】
また、この油圧式オートテンショナAは、筒状プランジャ10の内周とロッド3の外周の間の第1リーク隙間11が閉じた状態で、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動するときに、圧力室6のオイルが第2リーク隙間12を通って流出し、その第2リーク隙間12を流れるオイルの粘性抵抗によってダンパ荷重が発生する。そして、この第2リーク隙間12の流路抵抗は、第1リーク隙間11の流路抵抗よりも大きく設定されているので、ロッド3がスリーブ2内に急激に押し込まれるときに発生するダンパ荷重を効果的に大きくすることが可能となっている。
【0067】
また、この油圧式オートテンショナAは、筒状プランジャ10と下側ストッパ14の間に付与する予圧の大きさを調節することによって、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動する過程で、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動し始めるときの圧力室6の圧力を、最適な大きさに設定することが可能である。
【0068】
また、この油圧式オートテンショナAは、筒状プランジャ10のスリーブ2からの突出部分に、調圧スプリング15の下端を支持する外向きのフランジ部43が形成されているので、調圧スプリング15の下端を安定して支持することが可能である。そのため、ロッド3がスリーブ2に対して下方に移動する過程で、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動する動作が安定している。
【0069】
また、この油圧式オートテンショナAは、ロッド3の外周を囲むように組み込んだ調圧スプリング15を採用しているので、調圧スプリング15の径が比較的大きく、筒状プランジャ10に対して安定した付勢力を付与することが可能である。そのため、筒状プランジャ10がロッド3に対して上方に移動する動作が安定している。
【0070】
また、この油圧式オートテンショナAは、筒状プランジャ10の上端面とその上方に位置するばね座4との間に調圧スプリング15を配置しているので、調圧スプリング15の長さを比較的長く設定することが可能である。そのため、筒状プランジャ10のロッド3に対する上下方向の可動ストロークの全域にわたって、筒状プランジャ10に対して安定した付勢力を付与することができる。
【0071】
また、この油圧式オートテンショナAは、ロッド3の筒状プランジャ10との嵌合部分に、小外径面35とその下方に連続する大外径面36とを形成し、大外径面36と筒状プランジャ10の内周との間に第1リーク隙間11を形成した構成を採用しているので、ロッド3の筒状プランジャ10との嵌合部分をその全長にわたって同一外径とした場合よりも、ロッド3の外周の加工コストを抑えながら、安定したダンパ荷重を得ることが可能となっている。
【0072】
図4に、上記実施形態の油圧式オートテンショナA(以下「実施品」という)の反力特性と、従来の油圧式オートテンショナ(以下「従来品」という)の反力特性とを比較した測定例を示す。以下説明する。
【0073】
実施品としては、図1に示す構成の油圧式オートテンショナAを使用した。そして、油圧式オートテンショナAのシリンダ1を固定した状態でばね座4を上下に加振し、ばね座4に作用する上向きの力(テンショナ反力)の変化を測定した。
【0074】
また、従来品としては、特開2009−275757号公報の図1に示すテンショナ(実施品の筒状プランジャ10や調圧スプリング15等に相当する部材が無く、ロッド3がスリーブ2に直接摺動する構成のもの)を使用した。
【0075】
加振条件は以下のとおりである。
・制御方法:変位制御
・加振波形:サイン波
・加振周波数:10Hz
【0076】
変位制御は、ばね座4に作用する力(テンショナ反力)がどのように増減するかによらず、ばね座4の位置の時間変化がサイン波となるようにばね座4の変位を制御する制御方式である。加振の振幅は、エンジンの定常運転時にテンショナに加わる一般的な加振の振幅(例えば±0.1mm〜±0.2mm程度)よりも大きい±0.5mmとした。実施品および従来品は、いずれもばね係数が約35N/mmのリターンスプリング5を使用している。
【0077】
上記の加振試験により得たテンショナ変位(ばね座4の下向きの変位)とテンショナ反力(ばね座4に作用する上向きの力。リターンスプリング5の付勢力と調圧スプリング15の付勢力とダンパ荷重とを合計したものに相当する)の関係を図4に示す。
【0078】
図4に示すように、実施品は、テンショナが収縮する過程で、テンショナ反力が急・緩・急の3段階の行程で変化している。すなわち、テンショナが収縮する過程で、実施品のテンショナ反力は、テンショナ反力の最小値(点P1)を起点として比較的急に増加する第1行程(点P1〜点P2)と、ほとんど増加せずにほぼ一定の大きさを維持する第2行程(点P2〜点P3)と、比較的急に増加する第3行程(点P3〜点P4)とを順に経てテンショナ反力の最大値(点P4)まで変化する。
【0079】
その後、実施品は、テンショナが伸長する過程で、テンショナ反力が急・緩・急・緩の4段階の行程で変化する。すなわち、テンショナが伸長する過程で、実施品のテンショナ反力は、テンショナ反力の最大値(点P4)を起点として比較的急に減少する第1行程(点P4〜点P5)と、ほとんど減少せずにほぼ一定の大きさを維持する第2行程(点P5〜点P6)と、比較的急に減少する第3行程(点P6〜点P7)と、ほとんど減少せずにほぼ一定の大きさを維持する第4行程(点P7〜点P1)とを順に経てテンショナ反力の最小値(点P1)まで変化する。
【0080】
これに対し、従来品は、テンショナが収縮する過程で、テンショナ反力が最小値(点Q1)から最大値(点Q2)までおおむね単調に増加する。また、従来品は、テンショナが伸長する過程で、テンショナ反力が急・緩の2段階の行程で変化する。すなわち、テンショナが伸長する過程で、従来品のテンショナ反力は、テンショナ反力の最大値(点Q2)を起点として比較的急に減少する第1行程(点Q2〜点Q3)と、ほとんど減少せずにほぼ一定の大きさを維持する第2行程(点Q3〜点Q1)とを順に経てテンショナ反力の最小値(点Q1)まで変化する。
【0081】
つまり、実施品のテンショナは、テンショナが収縮する過程で、テンショナ反力の増加率が急から緩に変わる変化点P2と、テンショナ反力の増加率が緩から急に変わる変化点P3とを順に有する反力特性を示す。また、実施品のテンショナは、テンショナが伸長する過程で、テンショナ反力の減少率が急から緩に変わる変化点P5と、テンショナ反力の減少率が緩から急に変わる変化点P6と、テンショナ反力の減少率が急から緩に変わる変化点P7とを順に有する反力特性を示す。
【0082】
実施品のテンショナが上記反力特性を示す理由を、図1図4を参照して説明する。
【0083】
<点P1〜点P2>
図2に示すロッド3がスリーブ2に対して下降し始める。このとき、筒状プランジャ10は調圧スプリング15で下方に付勢して下側ストッパ14に押圧されているので、筒状プランジャ10もロッド3と一体に下降する。筒状プランジャ10とロッド3が一体に下降すると、圧力室6内のオイルの一部が第1リーク隙間11を通って圧力室6から流出するとともに、圧力室6内のオイルが圧縮される。圧力室6内のオイルが圧縮すると、圧力室6内のオイルの圧力が上昇し、テンショナ反力が比較的急に増加する(図4の点P1〜点P2)。そして、図4の点P2において、圧力室6内のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力と、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力とが釣り合う。
【0084】
<点P2〜点P3>
図2に示すロッド3がさらに下降する。このとき、圧力室6内のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力が、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力を上回ることにより、筒状プランジャ10がスリーブ2に対して上昇する。この間は、筒状プランジャ10が上昇することによって圧力室6の圧力上昇が抑えられ、テンショナ反力がほぼ一定となる(図4の点P2〜点P3)。すなわち、ロッド3の下降に伴い筒状プランジャ10が上昇するので、圧力室6の容積がほとんど変化せず、圧力室6の圧力がほぼ一定となる。このとき、圧力室6の容積がほとんど変化しないため、第1リーク隙間11および第2リーク隙間12にはオイルがほとんど流れない。そして、図4の点P3において、図3に示すように、筒状プランジャ10が上側ストッパ13で受け止められ、筒状プランジャ10の上昇が停止する。
【0085】
<点P3〜点P4>
図3に示すロッド3がさらに下降する。このとき、図3に示すように、筒状プランジャ10が上側ストッパ13で受け止められているので、筒状プランジャ10もロッド3と一体に下降する。筒状プランジャ10とロッド3が一体に下降すると、圧力室6内のオイルがさらに圧縮されるので、圧力室6内のオイルの圧力が再び増加し、テンショナ反力が再び急に増加する(図4の点P3〜点P4)。このとき、図3に示すように、筒状プランジャ10のシート面41が上側ストッパ13のシート面40に着座しているので、第1リーク隙間11にはオイルが流れず、圧力室6内のオイルの一部が第2リーク隙間12を通って圧力室6から流出する。
【0086】
<点P4〜点P5>
図3に示すロッド3が上昇を開始する。このとき、圧力室6内のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力が、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力を上回っているので、筒状プランジャ10もロッド3と一体に上昇する。筒状プランジャ10とロッド3が一体に上昇すると、圧力室6内のオイルの圧縮が次第に解放されるので、圧力室6内のオイルの圧力が減少し、テンショナ反力が比較的急に減少する(図4の点P4〜点P5)。このとき、圧力室6内のオイルの圧縮が解放される(すなわち圧力室6内のオイルが膨張する)ことにより圧力室6内のオイルの容積が増加するので、第2リーク隙間12にはオイルがほとんど流れない。また、図3に示すように、筒状プランジャ10のシート面41が上側ストッパ13のシート面40に着座しているので、第1リーク隙間11にもオイルは流れない。そして、図4の点P5において、圧力室6内のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力と、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力とが釣り合う。
【0087】
<点P5〜点P6>
図3に示すロッド3がさらに上昇する。このとき、圧力室6内のオイルから筒状プランジャ10に作用する上向きの圧力が、調圧スプリング15から筒状プランジャ10に作用する下向きの付勢力を下回ることにより、筒状プランジャ10がスリーブ2に対して下降する。この間は、筒状プランジャ10が下降することによって、圧力室6の圧力下降が抑えられ、テンショナ反力がほぼ一定となる(図4の点P5〜点P6)。すなわち、ロッド3の上昇に伴い筒状プランジャ10が下降するので、圧力室6の容積がほとんど変化せず、圧力室6の圧力がほぼ一定となる。そして、図4の点P6において、図2に示すように、筒状プランジャ10が下側ストッパ14で受け止められ、筒状プランジャ10の下降が停止する。
【0088】
<点P6〜点P7>
図2に示すロッド3がさらに上昇する。このとき、図2に示すように、筒状プランジャ10のロッド3に対する下方への相対移動が下側ストッパ14で阻止されているので、筒状プランジャ10もロッド3と一体に上昇する。筒状プランジャ10とロッド3が一体に上昇すると、圧力室6内のオイルの圧縮がさらに解放されるので、圧力室6内のオイルの圧力が再び減少し始め、テンショナ反力が再び急に減少する(図4の点P6〜点P7)。このとき、点P4〜点P5のときと同じく、圧力室6内のオイルの圧縮が解放される(すなわち圧力室6内のオイルが膨張する)ことにより圧力室6内のオイルの容積が増加するので、第1リーク隙間11および第2リーク隙間12にはオイルがほとんど流れない。そして、図4の点P7において、図1に示す圧力室6内のオイルの圧力がリザーバ室7内のオイルと同等の圧力まで低下し、圧力室6内のオイルの圧縮が完全に解放された状態となる。
【0089】
<点P7〜点P1>
図1に示すロッド3がさらに上昇する。このとき、筒状プランジャ10のロッド3に対する下方への相対移動が下側ストッパ14で阻止されているので、筒状プランジャ10もロッド3と一体に上昇する。筒状プランジャ10とロッド3が一体に上昇すると、圧力室6内のオイルの圧力がリザーバ室7内の圧力を下回ることによりチェックバルブ9が開き、オイルが油通路8を通ってリザーバ室7から圧力室6に流れる。そのため、圧力室6内のオイルの圧力はほとんど変化せず、テンショナ反力もほぼ一定となる(図4の点P7〜点P1)。
【0090】
以上のとおり、実施品の油圧式オートテンショナAは、テンショナが収縮する過程で、テンショナ反力が所定値(図4の点P2のときの値)に達すると、筒状プランジャ10が上昇して圧力室6の容積の変化を吸収し、その間、テンショナ反力がほぼ一定となる(図4の点P2〜点P3)。そのため、実施品は、テンショナが収縮する過程で、テンショナ反力の増加率が急から緩に変わる変化点P2と、テンショナ反力の増加率が緩から急に変わる変化点P3とを順に有する反力特性を示す。
【0091】
また、実施品の油圧式オートテンショナAは、テンショナが伸長する過程で、テンショナ反力が所定値(図4の点P5のときの値)に達すると、筒状プランジャ10が下降して圧力室6の容積の変化を吸収し、その間、テンショナ反力がほぼ一定となる(図4の点P5〜点P6)。そのため、実施品は、テンショナが伸長する過程で、テンショナ反力の減少率が急から緩に変わる変化点P5と、テンショナ反力の減少率が緩から急に変わる変化点P6とを順に有する反力特性を示す。
【0092】
実施品の油圧式オートテンショナAは、上述の反力特性を有することにより、エンジンの定常運転時には、テンショナ反力の大きさを小さく抑えて、図5に示すテンションプーリ61がベルト58に付与する張力を小さく抑えることができ、一方、ISG52の駆動によるエンジン始動時には、大きいテンショナ反力を発生させて、図6に示すベルト58と各プーリ51,54,57の間のスリップを効果的に防止することができる。
【0093】
すなわち、エンジンの定常運転時には、図4に符号S1で示すように、テンショナが±0.5mmよりも小さい振幅(例えば±0.1mm〜±0.2mm程度の振幅)で変位する。このとき、テンショナ反力は、テンショナが収縮する過程では、点P1を起点として、点P2を経て、点P2と点P3の間の値まで増加し、その後、テンショナが伸長する過程では、点P2と点P3の間の値を起点として、点P5と点P6の間の値まで減少し、さらに点P6と点P7とを順に経て、点P1まで減少する。このように、実施品のテンショナを使用すると、エンジンの定常運転時には、テンショナ反力の最大値を点P2と点P3の間の値に抑えることができ、図5に示すテンションプーリ61がベルト58に付与する張力を小さく抑えて、エンジンの低燃費化を図ることができる。
【0094】
一方、ISG52の駆動によるエンジン始動時には、テンショナは、図4に符号S2で示すように、±0.5mmの振幅の最大値かその近傍まで収縮する。このとき、テンショナ反力は、点P4かその近傍まで増加する。そのため、ISG52の駆動によるエンジン始動時には、大きいテンショナ反力を発生させることができ、図6に示すベルト58と各プーリ51,54,57の間のスリップを効果的に防止することができる。
【0095】
これに対し、従来品のテンショナでは、エンジンの定常運転時には、ベルト58の張力が過大となりやすい傾向がある。すなわち、図4に符号S1で示す振幅でテンショナが変位するとき、テンショナが収縮する過程では、テンショナ反力が、点Q1を起点として、点Q1と点Q2の間の値まで増加し、その後、テンショナが収縮する過程では、点Q1と点Q2の間の値を起点として、点Q3と点Q1の間の値まで減少し、さらに点Q1まで減少する。このように、従来品のテンショナを使用すると、エンジンの定常運転時には、テンショナ反力の最大値が点Q1と点Q2の間の値まで増加するので、図5に示すテンションプーリ61がベルト58に付与する張力が過大となりやすく、エンジンの低燃費化を図ることが難しい。
【0096】
また、従来品のテンショナは、ISG52の駆動によるエンジン始動時には、大きいテンショナ反力を発生させることが難しい。すなわち、テンショナが、図4に符号S2で示す±0.5mmの振幅の最大値かその近傍まで収縮したとき、テンショナ反力は、点Q2かその近傍までしか増加しない。そのため、ISG52の駆動によるエンジン始動時に、大きいテンショナ反力を発生させることが難しく、図6に示すベルト58と各プーリ51,54,57の間にスリップが生じやすい。
【0097】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0098】
2 スリーブ
3 ロッド
4 ばね座
5 リターンスプリング
6 圧力室
7 リザーバ室
8 油通路
9 チェックバルブ
10 筒状プランジャ
11 第1リーク隙間
12 第2リーク隙間
13 上側ストッパ
14 下側ストッパ
15 調圧スプリング
43 フランジ部
A 油圧式オートテンショナ
図1
図2
図3
図4
図5
図6