(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6540298
(24)【登録日】2019年6月21日
(45)【発行日】2019年7月10日
(54)【発明の名称】質量分析を用いた多成分一斉分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20190628BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-138334(P2015-138334)
(22)【出願日】2015年7月10日
(65)【公開番号】特開2017-20877(P2017-20877A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2017年12月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北野 理基
【審査官】
藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−234859(JP,A)
【文献】
特開2005−077094(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/059760(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0073496(US,A1)
【文献】
実開平02−081464(JP,U)
【文献】
藤田啓子ら,「排水中の化学物質のGCMSによる多成分一斉分析」,紙パ技協誌,紙パルプ技術協会,2012年 7月 1日,Vol.66, No.7,pp.51-55
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてSIM(選択イオンモニタリング)測定又はMRM(多重反応モニタリング)測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定条件の一つである、SIM測定の対象である質量電荷比又はMRM測定の対象であるMRMトランジションとして、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対応付けられる複数の質量電荷比又はMRMトランジションの中で、得られる信号強度が相対的に低い質量電荷比又はMRMトランジションを利用し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対応付けられる複数の質量電荷比又はMRMトランジションの中で、得られる信号強度が相対的に高い質量電荷比又はMRMトランジションを利用することを特徴とする質量分析を用いた多成分一斉分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析を用いた多成分一斉分析方法であって、イオンを解離させるコリジョンセルを挟んでその前後に質量分離部を有するタンデム型質量分析装置を用いた多成分一斉分析方法において、
測定条件の一つであるコリジョンエネルギとして、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギよりも解離効率が低いコリジョンエネルギを利用し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギを利用することを特徴とする質量分析を用いた多成分一斉分析方法。
【請求項3】
イオンを解離させるコリジョンセルを挟んでその前後に質量分離部を有するタンデム型質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてMRM(多重反応モニタリング)測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定条件の一つであるコリジョンエネルギとして、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギよりも解離効率が低いコリジョンエネルギを利用し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギを利用することを特徴とする質量分析を用いた多成分一斉分析方法。
【請求項4】
質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてSIM(選択イオンモニタリング)測定又はMRM(多重反応モニタリング)測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物に比べて、測定条件の一つである質量分解能を高くした測定を行うことを特徴とする質量分析を用いた多成分一斉分析方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の多成分一斉分析方法であって、
測定時に、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物に対し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物に比べて、測定条件の一つである検出器ゲインを低くすることを特徴とする質量分析を用いた多成分一斉分析方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の多成分一斉分析方法に用いられるタンデム型質量分析装置であって、
全ての測定対象化合物について測定対象化合物毎に、MRM測定の際のMRMトランジションと、コリジョンエネルギ、質量分解能、検出器ゲインの少なくともいずれか又はそれを決めるパラメータとを対応付けて記憶しておく化合物対応情報記憶部と、
前記化合物対応情報記憶部に記憶されている情報を利用して多成分一斉分析を実行する際の制御シーケンスを作成する制御シーケンス作成部と、
を備え、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、最大の測定感度よりも低い測定感度が得られるMRMトランジション、コリジョンエネルギ、質量分解能、検出器ゲイン、又はそれを決めるパラメータのいずれかが前記化合物対応情報記憶部に記憶されているようにしたことを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置を利用して多数の化合物についての分析を行う多成分一斉分析方法及びそのための質量分析装置に関し、特に、ガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)と質量分析装置(MS)とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置において多成分一斉分析を行う際に好適な分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食品中の残留農薬検査や環境水中の汚染物質検査、或いは薬毒物検査など様々な分野において、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)を利用した多成分一斉分析が利用されている。例えば数百以上もの多くの化合物を対象とする多成分一斉分析では、複数の化合物がGCやLCにおいて十分に分離されないことも多く、同じ時間に重なって溶出する他の化合物や不所望の夾雑物等の影響をできるだけ避けるために、質量分析装置として三連四重極型質量分析装置やQ−TOF型質量分析装置のようなタンデム型質量分析装置が利用されることが多い。
【0003】
タンデム型質量分析装置を用いたGC−MSやLC−MSにおける多成分一斉分析では、通常、測定対象化合物毎に多重反応イオンモニタリング(MRM)測定のためのプリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比との組み合わせ、つまりMRMトランジションが測定対象のイオンとして設定される。そして、或る測定対象化合物が質量分析装置に導入される時間(GCやLCにおける保持時間)に合わせて、該化合物に対応するMRMトランジションの下でのMRM測定が実施され、該化合物に由来するプロダクトイオンの信号強度が検出される。
【0004】
こうした分析において正確な結果を得るには、化合物毎に適切なMRMトランジションを設定することが必要である。また、三連四重極型質量分析装置やQ−TOF型質量分析装置ではコリジョンセル内でプリカーサイオンを衝突誘起解離(CID)によって開裂させるが、プリカーサイオンに与えられるコリジョンエネルギ(CE)によって解離効率が相違する。そのため、MRM測定条件として適切なコリジョンエネルギを設定する必要がある。
【0005】
従来、例えば非特許文献1などに開示されているように、MRMトランジションが不明である化合物について最適なMRMトランジションを探索するとともにそのMRMトランジションに対応した最適なコリジョンエネルギを自動的に探索する機能を有する質量分析装置が知られている。こうした機能を活用することにより、複数の測定対象化合物に対応する最適なMRMトランジションやコリジョンエネルギなどを自動的に探索し、その結果に基づいて試料に含まれる化合物を定量するのに必要なデータを取得するための制御シーケンスを簡便に作成することができる。
【0006】
上述したようなMRMトランジション及びコリジョンエネルギの自動探索では、一般に、化合物毎に、検出感度が最も良好になるように、つまりは検出器で得られる信号強度が最大となるように、MRMトランジションやコリジョンエネルギが決定される。また、こうした自動探索ではなく、例えば特許文献1に記載のように作業者が手動で最適なコリジョンエネルギを決定するような場合でも、信号強度が最大となるコリジョンエネルギ値を探索するのが一般的である。
【0007】
しかしながら、上述したような多成分一斉分析においては、それぞれの化合物について検出感度が最良になるように決められたMRMトランジションやコリジョンエネルギでは適切な測定ができない場合がある。例えばポジティブリストに基づく残留農薬検査などにおいては、測定対象化合物によって測定対象濃度が大きく相違したり、或いは試料中の成分濃度が同じであっても得られる信号強度が測定対象化合物によって大きく相違したりすることがある。このような場合、信号強度が低い又は測定対象濃度が低い化合物が十分な感度で検出されるようにMRMトランジションやコリジョンエネルギ以外の測定条件を設定すると、高い信号強度が得られる又は測定対象濃度が高い化合物に対しては検出器において信号が飽和してしまうことがある。逆に、信号強度が高い又は測定対象濃度が高い化合物が十分な感度で検出されるようにMRMトランジションやコリジョンエネルギ以外の測定条件を設定すると、低い信号強度しか得られない又は測定対象濃度が低い化合物に対しては信号が小さくなりすぎ、正確な定量ができないことがある。
【0008】
こうしたことを避けるため、従来の多成分一斉分析では、多数の測定対象化合物を信号強度の違いや測定対象濃度の違いに応じて複数のグループに分け、グループ毎にそれぞれ適切な測定条件を設定し、複数回試料を注入して測定が行われていた。しかしながら、このように複数回に分けた測定では、それだけ多量の試料が必要になる。また、GCやLCで使用される移動相(GCではキャリアガス、LCでは溶離液)の消費量も多くなる。また当然、測定に要する時間も長くなり、分析のスループットが低下するとともにコストが高くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013−234859号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「Application Data Sheet No.98 GC-MS トランジション及びコリジョンエネルギーの自動最適化」、[online]、株式会社島津製作所、[平成27年7月6日検索]、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/gcms/support/lib/pdf/laan-j-ms098.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、多数の測定対象化合物をそれぞれ定量するような多成分一斉分析を行う際に、測定対象化合物毎に測定対象濃度が大きく相違していたり得られる信号強度が大きく相違していたりした場合でも、高濃度の化合物に対する信号の飽和を回避しつつ微量な化合物に対しては高感度の測定を行うことができる質量分析を用いた多成分一斉分析方法、及びそれに用いられる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る多成分一斉分析方法の第1の態様は、質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてSIM測定又はMRM測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定条件の一つである、SIM測定の対象である質量電荷比又はMRM測定の対象であるMRMトランジションとして、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対応付けられる複数の質量電荷比又はMRMトランジションの中で、得られる信号強度が相対的に低い質量電荷比又はMRMトランジションを利用し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対応付けられる複数の質量電荷比又はMRMトランジションの中で、得られる信号強度が相対的に高い質量電荷比又はMRMトランジションを利用することを特徴としている。
【0013】
上述したような測定対象化合物が既知である多成分一斉分析では、測定したい成分濃度の範囲(特にその範囲の上限値)は化合物毎に既知である。また、或る規定濃度の化合物を測定したときに得られる信号強度、つまりは測定感度も実験的な測定によって知ることができる。したがって、多数の測定対象化合物の中で、どの化合物の測定対象濃度が相対的に高いのか或いは測定感度が相対的に高いのかを知ることは容易である。一方、多くの場合、一つの測定対象化合物に由来するMRMトランジションは複数存在する。また、特にGC−MSで一般に利用される電子イオン化法によるイオン源を搭載した質量分析装置のように、イオン化に際してフラグメンテーションが起こり易い質量分析装置では、SIM測定のための質量電荷比値も複数存在することが多い。そうした場合、SIM測定のための質量電荷比やMRM測定のためのトランジションとしては、最大の信号強度が得られる(つまりは測定感度が最も高い)質量電荷比やトランジションが利用されるのが一般的であるが、本発明の第1の態様の多成分一斉分析方法では、測定感度が高かったり測定対象濃度が高かったりする化合物については、得られる信号強度が相対的に低い質量電荷比やMRMトランジションをあえて利用した測定を行う。
【0014】
例えばMRM測定におけるトランジションをこのように定めることで、試料に含まれる或る測定対象化合物の濃度が高い場合であっても、該化合物由来のプロダクトイオンの生成量が抑えられ、検出器に過大な量のイオンが入射することを避けることができる。それによって、検出器での信号の飽和を防止することができる。一方、測定対象濃度がそもそも低いような化合物については、該化合物由来のプロダクトイオンの生成量は抑えられず、微量な化合物に由来するイオンが効率良く検出器に入射する。したがって、微量な化合物を高い感度で検出することができる。
【0015】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る多成分一斉分析方法の第2の態様は、イオンを解離させるコリジョンセルを挟んでその前後に質量分離部を有するタンデム型質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてMRM測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定条件の一つであるコリジョンエネルギとして、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギよりも解離効率が低いコリジョンエネルギを利用し、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物については、該測定対象化合物に対して最良の解離効率を得られるコリジョンエネルギを利用することを特徴としている。
【0016】
タンデム型質量分析装置では、コリジョンエネルギを変化させるとイオンの解離効率が変化し、検出器に到達するプロダクトイオンの量が変化する。第2の態様の多成分一斉分析方法では、上記第1の態様の多成分一斉分析方法において測定感度が低いMRMトランジションをあえて選択する代わりに、コリジョンエネルギを調整することによってプロダクトイオンの生成量を減らす。なお、コリジョンエネルギはコリジョンセルの入口端とその前段の四重極マスフィルタやそのほかのイオン光学系との間の直流的な電位差に依存するから、例えばコリジョンセルの入口端に設けられたイオン光学系と前段四重極マスフィルタ等とにそれぞれ印加される直流バイアス電圧を変えることでコリジョンエネルギを調整することができる。
【0017】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る多成分一斉分析方法の第3の態様は、質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてSIM測定又はMRM測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物に比べて、測定条件の一つである質量分解能を高くした測定を行うことを特徴としている。
【0018】
例えば四重極型質量分析装置や三連四重極型質量分析装置では、四重極マスフィルタを構成する電極への印加電圧を調整して質量分解能を高くすると、該フィルタを通過し得るイオンの質量電荷比幅が狭くなるに伴いそのイオン量も減少し、信号強度は低下する。この現象を利用し、第3の態様の多成分一斉分析方法では、上記第1の態様の多成分一斉分析方法において測定感度が低いMRMトランジションをあえて選択する代わりに、質量分解能を高めることで検出器に到達するイオンの量を減らす。なお、三連四重極型質量分析装置においては、前段四重極マスフィルタ、後段四重極マスフィルタのいずれか一方又はその両方で質量分解能を高くすればよい。
【0019】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る多成分一斉分析方法の第4の態様は、質量分析装置を用いて、試料に含まれる既知である複数の測定対象化合物それぞれについてSIM測定又はMRM測定を行い、その結果に基づき各化合物を定量する多成分一斉分析方法であって、
測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、測定対象濃度が相対的に低い又は測定感度が相対的に低い測定対象化合物に比べて、測定条件の一つである検出器ゲインを低くした測定を行うことを特徴としている。
【0020】
質量分析装置では、コンバージョンダイノードと多段ダイノードを備えた電子増倍管とを組み合わせた検出器が利用されることが多いが、こうした検出器では、検出器ゲインは該検出器への印加電圧に依存する。検出器への印加電圧を下げて検出器ゲインを低下させると、同じ量のイオンが入射してきても電子増倍効果が低下することで検出信号は低くなる。この現象を利用し、第4の態様の多成分一斉分析方法では、上記第1の態様の多成分一斉分析方法において測定感度が低いMRMトランジションをあえて選択する代わりに、検出器のゲインを下げることで検出信号を低下させる。
【0021】
もちろん、上記第1乃至第4の態様の多成分一斉分析方法は適宜組み合わせて利用することができる。例えば上記第1の態様と第2の態様とを組み合わせ、MRMトランジションを測定感度が低いものに変更しても未だ信号強度の低下が不十分である場合には、さらにコリジョンエネルギを最適値(測定感度が最大となる値)からずらすことで、信号強度を一層低下させるようにしてもよい。このように複数の方法を組み合わせることで、例えば測定対象濃度が極端に高い化合物が存在する場合でも、そうした化合物に対する信号強度を十分に低下させて信号の飽和を回避することが可能となる。
【0022】
また、本発明に係る質量分析装置は、上記第1乃至第4の態様の多成分一斉分析方法に用いられるタンデム型質量分析装置であって、
全ての測定対象化合物について測定対象化合物毎に、MRM測定の際のMRMトランジションと、コリジョンエネルギ、質量分解能、検出器ゲインの少なくともいずれか又はそれを決めるパラメータとを対応付けて記憶しておく化合物対応情報記憶部と、
前記化合物対応情報記憶部に記憶されている情報を利用して多成分一斉分析を実行する際の制御シーケンスを作成する制御シーケンス作成部と、
を備え、測定対象濃度が相対的に高い又は測定感度が相対的に高い測定対象化合物については、最大の測定感度よりも低い測定感度が得られるMRMトランジション、コリジョンエネルギ、質量分解能、検出器ゲイン、又はそれを決めるパラメータのいずれかが前記化合物対応情報記憶部に記憶されているようにしたことを特徴としている。
【0023】
ここで、化合物対応情報記憶部へ記憶される情報は、本装置を利用して測定を行うユーザが予備的な実験等を行って決めるようにしてもよいし、或いは、本装置を製造するメーカ自身が予備的な実験等を行って決めるようにしてもよい。上述したような残留農薬検査などの場合には、測定対象化合物が法律等に基づくポジティブリストによって全て決められており全てのユーザに共通であるので、メーカが特定の目的に対応する情報を取得してユーザに提供するようにすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る多成分一斉分析方法及び質量分析装置によれば、測定対象化合物毎に測定対象濃度が大きく相違していたり測定感度が大きく相違していたりする場合でも、高濃度の化合物に対する信号の飽和を回避しつつ微量な化合物に対しては高感度の測定を行うことができる。それによって、従来行われているように多数の測定対象化合物を複数にグループ分けしてそれぞれ測定する必要がなくなるので、測定に使用する試料の量を抑えることができる。また、質量分析装置の前段にGCやLCを接続する場合には、それらで使用する移動相の消費量も減らすことができるし、測定時間も短縮することができ、測定コストを引き下げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明に係る多成分一斉分析方法を実施するためのGC−MSの一実施例の概略構成図。
【
図2】本実施例のGC−MSにおける化合物対応情報記憶部に格納される情報を取得する作業及び処理の手順を示すフローチャート。
【
図3】濃度が同じである二つの化合物A、B由来のプロダクトイオンのマスクロマトグラムの模式図。
【
図4】1ppb濃度のディルドリンの実測によるマスクロマトグラムを示す図。
【
図5】200ppb濃度のフェナントレンの実測によるマスクロマトグラムを示す図。
【
図6】200ppb濃度のフェナントレンの実測によるマスクロマトグラムを示す図。
【
図7】200ppb濃度のフェナントレンの実測によるマスクロマトグラムを示す図。
【
図8】200ppb濃度のフェナントレンの実測によるマスクロマトグラムを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る多成分一斉分析方法及び該分析方法を実施するための質量分析装置の一実施例を、添付図面を参照して詳述する。
図1は、本発明に係る多成分一斉分析方法を実施するための質量分析装置を含むガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)の一実施例の概略構成図である。
【0027】
このGC−MSは、ガスクロマトグラフ1と、質量分析装置2と、データ処理部3と、制御部4と、電圧生成部5と、入力部6と、表示部7と、を備える。ガスクロマトグラフ1は、微量の液体試料を気化させる試料気化室10と、試料気化室10中に液体試料を注入するマイクロシリンジ11と、試料中の化合物を時間方向に分離するカラム13と、カラム13を温調するカラムオーブン12と、を備える。質量分析装置2は、図示しない真空ポンプにより真空排気される分析室20の内部に、測定対象化合物を電子イオン化法などのイオン化法によりイオン化するイオン源21と、4本のロッド電極から成る前段四重極マスフィルタ22と、イオンを収束させつつ輸送するイオンガイド24を内部に備えたコリジョンセル23と、前段四重極マスフィルタ22と同じ電極構造である後段四重極マスフィルタ25と、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として出力する検出器26と、を備える。検出器26は例えばコンバージョンダイノードと電子増倍管との組み合わせから成る。
【0028】
検出器26による検出信号はアナログデジタル変換器(ADC)27でデジタルデータに変換され、データ処理部3に入力される。データ処理部3は定量処理部31及び検量線記憶部32を機能ブロックとして含み、定量処理部31は検量線記憶部32に予め記憶させた検量線を利用して、試料に含まれる多数の測定対象化合物の濃度をそれぞれ定量する。制御部4はガスクロマトグラフ1や電圧生成部5などを制御するものであり、多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部41、制御シーケンス決定部42、制御シーケンス記憶部43、分析制御部44などを機能ブロックとして含む。また制御部4は、入力部6や表示部7を通したユーザインターフェイスのほか、システム全体の統括的な制御も担う。電圧生成部5は制御部4の制御の下に、質量分析装置2におけるイオン源21、四重極マスフィルタ22、25、イオンガイド24、検出器26などの各部にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0029】
なお、データ処理部3や制御部4は、パーソナルコンピュータやより高度なワークステーションをハードウエア資源として、該コンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを該コンピュータ上で実行することによりそれぞれの機能を実現する構成とすることができる。この場合、入力部6はコンピュータに付設されたキーボードやポインティングデバイス(マウス等)であり、表示部7はコンピュータのディスプレイモニタである。
【0030】
次に、
図1に示したGC−MSにおける基本的な測定動作を概略的に説明する。
マイクロシリンジ11から試料気化室10内に少量の液体試料が滴下されると、液体試料は試料気化室10内で短時間に気化し、該試料中の各種成分はヘリウム等のキャリアガスの流れに乗ってカラム13中に送り込まれる。カラム13を通過する間に、試料中の各物質はそれぞれ異なる時間だけ遅れてカラム13出口に達する。カラムオーブン12は略一定温度を保つように或いは予め決められた温度プロファイルに従って昇温するように制御される。質量分析装置2においてイオン源21は、カラム13出口から供給されるガスに含まれる測定対象化合物を順次イオン化する。
【0031】
分析制御部44は制御シーケンス記憶部43に格納されている制御シーケンスに従って、特定の質量電荷比を有するイオンを通過させるような電圧が前段四重極マスフィルタ22の各ロッド電極に印加されるように電圧生成部5を制御する。これにより、イオン源21に導入された測定対象化合物由来の各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンが前段四重極マスフィルタ22を通り抜けて、プリカーサイオンとしてコリジョンセル23に導入される。コリジョンセル23内には連続的又は間欠的に衝突誘起解離(CID)ガスが導入され、プリカーサイオンはこのガスに接触して開裂を生じ、各種のプロダクトイオンが生成される。分析制御部44は電圧生成部5を介して、後段四重極マスフィルタ25の各ロッド電極にも、特定の質量電荷比を有するイオンを通過させるような電圧を印加する。これにより、コリジョンセル23内で生成された各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンが後段四重極マスフィルタ25を通り抜け検出器26に到達し、該イオンの量に応じた検出信号をデジタル化したデータがデータ処理部3に入力される。
【0032】
定量処理部31では順次入力されるデータ(又は図示しないデータ記憶部に一旦格納されたデータ)に基づいて、測定対象化合物毎にその化合物が現れる時間付近のマスクロマトグラムを作成する。そして、そのマスクロマトグラムにおいて測定対象化合物に対応するピークを検出してピーク面積を算出し、検量線記憶部32に予め格納してある、ピーク面積値と濃度との関係を示す検量線を参照して濃度値つまりは定量値を算出する。
【0033】
次に、本実施例のGC−MSを用いて測定対象化合物が全て既知である多成分一斉分析を行う場合について動作を説明する。
図2はこのGC−MSにおける化合物対応情報記憶部に格納される情報を取得する作業及び処理の手順を示すフローチャートである。
ここで想定される多成分一斉分析は、ポジティブリストに従った食品中の残留農薬検査などである。その場合、全ての測定対象化合物は既知であり、例えば一般的な化合物データベースにより、各測定対象化合物に由来する検出対象のプリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比との組み合わせ、つまりMRMトランジションや、所定のGC分離条件の下での保持時間などは既知である。そのため、質量分析装置2では、測定対象化合物毎に保持時間近傍の所定の測定時間範囲内で所定のMRMトランジションに対するMRM測定を実施すれば、測定対象化合物由来のプロダクトイオンを漏れなく検出することができる。
【0034】
ただし、一般に、一つの化合物に対応するMRMトランジションは複数存在し、化合物の構造が複雑であるほどMRMトランジションの数も多くなる。また、電子イオン化によるイオン源を用いた場合には、イオン化に際してフラグメンテーションが起こり、一つの化合物から複数種のプリカーサイオンが生成されるため、MRMトランジションの数は多くなる傾向にある。
【0035】
プリカーサイオンが解離して複数種のプロダクトイオンが生成されるとき、その解離効率はそれぞれ相違するため、MRMトランジションによって得られる信号強度には差異が生じる。
図3は濃度が同じである二つの化合物A、B由来のプロダクトイオンのマスクロマトグラムの模式図である。
図3(a)に示す化合物Aでは、少なくとも二つのMRMトランジション(この例ではプリカーサイオンのm/z=Maは同じでプロダクトイオンのm/z=Mb,Mcが異なる)が存在するが、そのMRMトランジションによってイオン強度は大きく相違する。一方、
図3(b)に示す化合物Bでは、化合物Aにおける上記二つのMRMトランジションに対する最大イオン強度よりもイオン強度が低い。このように多成分一斉分析における測定対象化合物は多様であり、同じ濃度であってもプロダクトイオンの信号強度、つまりは測定感度には大きな差が生じることがある。また、これは濃度が同一の場合であるが、残留農薬検査や汚染物質検査などを目的とした多成分一斉分析では、測定対象化合物の種類によって規制値が大きく相違するため、測定対象濃度のレンジが大きく異なることがある。
【0036】
このように測定対象化合物毎に測定感度の相違や測定対象濃度の相違などがある場合であっても、検出器26で得られた検出信号が飽和することを回避するとともに微量の化合物でも正確な定量が行えるようにするために、本実施例のGC−MSでは次のような特徴的な分析方法を採用している。
具体的には、多成分一斉分析における全ての測定対象化合物の化合物毎に、適切なMRMトランジションとコリジョンエネルギ値とを予め決め、これを多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部41に格納しておく。測定対象化合物毎に適切なMRMトランジションとコリジョンエネルギ値を求める手順について
図2を参照して説明する。
【0037】
ここでは、測定対象化合物毎に複数のMRMトランジションは既知であるものの、いずれのMRMトランジションで信号強度が最大となるのかは不明であるものとする。その場合、既知濃度の測定対象化合物を含む標準試料を質量分析装置2に直接導入し、該化合物に対応した既知のMRMトランジションを順次設定したMRM測定を次々に行い、プロダクトイオンの信号強度が最大となるMRMトランジションを見いだす。次いで、MRMトランジションを最大信号強度を与えるMRMトランジションに固定したうえで、コリジョンエネルギを複数段階に切り替えるべく電圧生成部5から前段四重極マスフィルタ22やコリジョンセル23の入口に設けられた電極等に印加する直流バイアス電圧を変化させ、互いに異なる複数のコリジョンエネルギ値の下でのプロダクトイオンの信号強度を求める。そして、最大の信号強度が得られるコリジョンエネルギ値を見いだす。このようにして、多成分一斉分析における全ての測定対象化合物について、信号強度が最大となるMRMトランジションとコリジョンエネルギ値とを探索する(ステップS1)。なお、こうした測定条件の探索には、非特許文献1に開示されているような自動調整のソフトウエアを利用してもよい。なお、最大信号強度を与えるMRMトランジションが既知である場合には、ステップS1の前半部を省略してコリジョンエネルギ値の探索のみを行えばよい。
【0038】
上記ステップS1において測定対象化合物毎に求まったMRMトランジション及びコリジョンエネルギ値は、あくまでも信号強度が最大になるという条件の下で決められたものである。そこで次に、測定対象化合物毎に、測定対象濃度レンジに応じた濃度の化合物を含む試料を質量分析装置2に導入して、ステップS1で求まった測定条件の下でのMRM測定を行い、プロダクトイオンの信号強度を調べる。そして、異なる測定対象化合物に対するプロダクトイオンの信号強度を比較し、その信号強度が高すぎる化合物については、同じ化合物に対応付けられている別のMRMトランジションを設定したMRM測定を実施し、そのMRMトランジションの下での信号強度を調べる。そして、信号強度が相対的に高い化合物については、信号強度が最大となるMRMトランジションではなく信号強度が低いMRMトランジションを選択し、測定対象化合物に対応するMRMトランジションを変更する(ステップS2)。
【0039】
続いて、上記ステップS2において実行したMRMトランジションの変更のみで信号強度の抑制が十分であるか否かを判定する(ステップS3)。そして、信号強度の抑制が不十分であると判断した化合物のみステップS4の処理を実施する。即ち、上述した測定対象濃度レンジに応じた濃度の化合物を含む試料を質量分析装置2に導入し、コリジョンエネルギ値をその化合物に対応付けられている最適値(最大信号強度が得られる値)から増加又は減少するように変更したMRM測定を実行する。コリジョンエネルギ値を最適値から変更すると、コリジョンセル23内でのプリカーサイオンの解離効率が低下するため、プロダクトイオンの信号強度は低下する。そこで、この信号強度が十分なレベルに低下するまでコリジョンエネルギ値を変更し、その測定対象化合物に適切なコリジョンエネルギ値を決定する(ステップS4)。
【0040】
そして、ステップS1〜S4の手順を経て、多成分一斉分析に際しての全ての測定対象化合物に対する適切なMRMトランジション及びコリジョンエネルギ値が決まったならば、それを多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部41に例えば
図1中に示すようなテーブル形式で保存する(ステップS5)。即ち、この多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部41に記憶される情報は、各化合物の測定感度の相違や多成分一斉分析に際しての測定対象濃度レンジの相違などを考慮したうえでの適切なMRMトランジション及びコリジョンエネルギ値であるといえる。これは、当然、信号強度が最大になるように決められたMRMトランジション及びコリジョンエネルギ値とは異なるものとなる。
【0041】
図4〜
図8は実測のマスクロマトグラムであり、
図4は1ppb濃度のディルドリン(Dieldrin)の実測結果、
図5〜
図8はそれよりも濃度が遙かに高い200ppb濃度のフェナントレン(Phenanthrene)の実測結果である。
図5はコリジョンエネルギが自動調整された最適値であるときの実測結果であり、この
図5の縦軸(強度軸)は
図4の縦軸の1000倍である。測定したディルドリンとフェナントレンとの濃度差は200倍であるが、信号強度差はそれを遙かに上回っており、フェナントレンのほうが測定感度が高いことも分かる。上記濃度のディルドリンに対する信号強度を低下させることなしに上記濃度のフェナントレンに対する信号の飽和を回避するには、フェナントレンをMRM測定する際の条件を変更する必要がある。
【0042】
図7はフェナントレンに対して
図5に示したものとは異なるMRMトランジションを設定してMRM測定を行った実測結果である。信号強度が最も低いMRMトランジション(m/z 176.10>126.10)では最大の信号強度が得られるMRMトランジション(m/z 178.10>176.10)に対し信号強度は1/10以下に減少している。ただし、この場合には、それでも信号強度が未だかなり高いので、さらにコリジョンエネルギ値を調整することで信号強度を低下させる。
図8は上述の低感度のMRMトランジションを選択したうえでコリジョンエネルギを最適値よりも+30V増加させたときのMRM測定の実測結果である。コリジョンエネルギ値の増加によってさらに信号強度は1/10以下に低下している。即ち、適切なMRMトランジションの選択とコリジョンエネルギ値の調整とによって信号強度を1/100以下に低下させることができる。
なお、
図6はMRMトランジションを
図5に示したもののままとし、コリジョンエネルギ値のみを+30V増加させたときのMRM測定の実測結果である。この場合には、コリジョンエネルギ値の調整のみでも信号強度の低減は不十分であるといえる。
【0043】
上述したように、
図4〜
図8に示した例では、低感度MRMトランジションの選択とコリジョンエネルギ値の調整とを併用することで、最適なMRMトランジション及びコリジョンエネルギ値の下で得られる信号強度に比べて十分に信号強度を低下させることができている。それによって、特に測定対象の濃度レンジが広い(特に測定対象濃度の上限が高い)場合であっても検出信号が飽和するおそれがなくなり、測定対象濃度のダイナミックレンジを拡大することができる。もちろん、測定対象濃度がそれほど高くなければ、低感度MRMトランジションを選択する変更を行い、コリジョンエネルギ値の調整を省くことができる。
【0044】
多成分一斉分析を実施するための制御シーケンス(測定メソッド)を作成する際に、上記記憶部41に保存されているMRMトランジションとコリジョンエネルギ値の情報とを利用すればよい。即ち、制御シーケンス決定部42は測定対象化合物毎に、その化合物が現れる保持時間付近の所定の時間範囲において記憶部41に保存されているMRMトランジションとコリジョンエネルギ値とを測定条件とするMRM測定を繰り返し行うように制御シーケンスを作成する。測定対象化合物の数が多い場合、ガスクロマトグラフ1のカラム13では化合物を十分に分離しきれず、そのため、或る時間範囲には互いに異なる則対象化合物に対応したMRM測定を実施する必要が生じる。その場合には、或る一つの測定対象化合物に対応したMRM測定を所定時間行い、次に別の測定対象化合物に対応したMRM測定を所定時間行い、というように測定時間範囲が重なっている測定対象化合物に対応したMRM測定を順次1回ずつ実施するということを一つのサイクルとし、このサイクルを繰り返すことで各測定対象化合物における信号強度の時間的変化を求めるように制御シーケンスを作成すればよい。
【0045】
なお、
図2に示した手順での適切な情報の取得は、本装置を利用して多成分一斉分析を行うユーザが実施するようにしてもよいが、ポジティブリストに従った残留農薬検査のようにユーザに依らず測定対象化合物の種類及びその測定対象濃度レンジが決まっている場合には、本装置の製造メーカ等が実施するようにしたほうが都合がよい。その場合、
図1に示したようなテーブル形式の情報を多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部41に格納しておく以外に、多成分一斉分析用の制御・処理ソフトウエアの一部としてこうしたデータを提供するようにしてもよい。
【0046】
上記実施例では、MRMトランジションを変更するとともに必要に応じてさらにコリジョンエネルギ値を変更することで、特定の測定対象化合物の信号強度を抑えるようにしていたが、MRMトランジションを変更せずにコリジョンエネルギ値のみを変更するようにしてもよい。また、MRMトランジション及びコリジョンエネルギ値以外の測定条件を化合物毎に変更することで信号強度を抑えるようにしてもよい。
【0047】
具体的には、前段四重極マスフィルタ22では該フィルタ22を構成する4本のロッド電極に印加する高周波電圧と直流電圧とを調整することで該フィルタ22を通過し得るイオンの質量電荷比を制御する。4本のロッド電極で囲まれる空間に形成される四重極電場中のイオンの安定条件に応じて、つまりは各電極に印加される電圧によって、該フィルタ22を通過するイオン(プリカーサイオン)の質量分解能が決まる。同様に、後段四重極マスフィルタ25を構成する電極に印加される電圧によって、該フィルタ25を通過するイオン(プロダクトイオン)の質量分解能が決まる。質量分解能を高くすると、マススペクトル上におけるピークの幅は小さくなる(つまりは分解能が上がる)反面、ピーク強度は低下する。したがって、前段四重極マスフィルタ22又は後段四重極マスフィルタ25のいずれか一方又は両方において質量分解能を高くするように印加電圧を調整すれば、プロダクトイオンの信号強度を下げることができる。そこで、このことを利用して、測定感度が高い化合物や測定対象濃度が高い化合物についてはそうでない化合物よりも質量分解能を高く設定するとよい。
【0048】
また、上述したように検出器26としては一般にコンバージョンダイノードと電子増倍管とを組み合わせたものが利用されることが多いが、そうした検出器26のゲインは検出器26に印加される電圧に依存する。検出器26のゲインを下げると、同じ量のイオンが入射しても検出信号は低下するから、多量のイオンが入射しても検出信号の飽和を避けることができる。即ち、上述したMRMトランジションやコリジョンエネルギ値と同様に、全ての測定対象化合物について質量分解能や検出器ゲイン又はそれらを決める電圧値などの測定パラメータを測定対象化合物に対応付けておき、測定感度が高い化合物や測定対象濃度が高い化合物については信号強度が低くなるような条件を記憶させておくことで、良好な多成分一斉分析を行うことができる。
【0049】
また上記実施例は質量分析装置2が三連四重極型質量分析装置であるが、後段四重極マスフィルタ25の代わりに飛行時間型質量分離器を用いたQ−TOF型質量分析装置でも本発明を適用可能であることは明らかである。また、タンデム型質量分析装置ではなく四重極型質量分析装置のようなシングルタイプの質量分析装置では、コリジョンエネルギ値は存在しないものの、MRMトランジションの代わりにSIM測定対象の質量電荷比を定めれば本発明を適用することができる。
【0050】
さらにまた、上記実施例では、質量分析装置2の前段にガスクロマトグラフ1が接続されていたが、液体クロマトグラフでもよく、また、そうしたクロマトグラフを接続しない構成であっても本発明を適用することができる。即ち、DARTイオン源などのいわゆるアンビエントイオン化法によるイオン源を利用した質量分析装置では、試料に含まれる複数の測定対象化合物が時間的に殆ど重なって導入されることになるが、測定対象化合物毎の信号強度の時間的変化を示すグラフから該化合物を定量することができるから、本発明に係る多成分一斉分析方法が有用である。
【0051】
また、上記実施例や上述した各種変形例は本発明の一例にすぎないから、本発明の趣旨に沿った範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0052】
1…ガスクロマトグラフ
10…試料気化室
11…マイクロシリンジ
12…カラムオーブン
13…カラム
2…質量分析装置
20…分析室
21…イオン源
22…前段四重極マスフィルタ
23…コリジョンセル
24…イオンガイド
25…後段四重極マスフィルタ
26…検出器
27…アナログデジタル変換器
3…データ処理部
31…定量処理部
32…検量線記憶部
4…制御部
41…多成分一斉分析用化合物対応情報記憶部
42…制御シーケンス決定部
43…制御シーケンス記憶部
44…分析制御部
5…電圧生成部
6…入力部
7…表示部