【文献】
Alamusi et al.,Behavior tests and immunohistochemical retinal response analyses in RCS rats with subretinal implant,Journal of Artificial Organs,2013年 3月26日,Vol.16,343-351
【文献】
Matsuo T et al.,Safety, efficacy, and quality control of a photoelectric dye-based retinal prosthesis (Okayama Unive,Journal of Artificial Organs,2009年12月25日,Vol.12, No.4,213-225,特にAbstract, Introduction, quality control
【文献】
松尾 俊彦,医療と画像処理 岡山大学方式の人工網膜の試作品 光電変換色素をポリエチレン・フィルムに固定した人工網,画像ラボ,2006年 9月 1日,Vol.17,No.9,36−40頁
【文献】
宇治 彰人ら,光電変換色素による人工網膜プロトタイプのニワトリ胚網膜に及ぼす影響,日本眼科学会雑誌,2004年 3月15日,Vol.108 臨時増刊号,166頁
【文献】
岡本 和夫ら,岡山大学方式人工網膜の安全性についての検討,日本眼科学会雑誌,2007年 3月15日,Vol.111,253頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の人工網膜の製造方法は、光刺激に応じた受容器電位を誘発する有機色素化合物が、高分子シートで構成した基材に固定されている人工網膜の製造方法であって、有機色素化合物を含む溶液に基材を浸漬させて基材に有機色素化合物を化学結合させる結合工程と、有機色素化合物が化学結合された基材を水で洗浄する第1の洗浄工程と、第1の洗浄工程後に、有機色素化合物が化学結合された基材を有機溶媒で洗浄する第2の洗浄工程とを有することを特徴とする。
【0014】
このような方法を採用することで、高分子シートに化学結合された有機色素化合物の解離を必要最低限としつつ、高分子シートに固定されていない有機色素化合物を洗浄除去することが可能となる。その結果、視神経において、光刺激に応じた受容器電位を誘発する信頼性の高い人工網膜が得られることが本発明者らにより確認された。後述する実施例における洗浄方法の検討からも分かるように、有機溶媒のみで洗浄する方法、及び有機溶媒で洗浄した後に水で洗浄する方法では、紫外可視吸収スペクトルにおいて有機色素化合物に由来するピークがほとんど観察されず、ポリエチレンからなる基材に有機色素化合物が存在していないことが明らかとなった。これに対し、水で洗浄した後に有機溶媒で洗浄する方法では、有機色素化合物に由来する大きなピークが観察された。また、後述する実施例における光学顕微鏡写真から分かるように、未洗浄サンプル、水洗のみサンプル、クロロベンゼンのみサンプルでは、未結合の有機色素化合物に由来する粒状の凝集物が観察された。これに対して、水で洗浄した後に有機溶媒で洗浄したサンプル(水洗+クロロベンゼン洗浄サンプル)では、粒状の凝集物は観察されなかった。すなわち、有機色素化合物を含む有機溶媒とポリエチレンからなる基材とを反応させてポリエチレンからなる基材に有機色素化合物を固定した後に、水で洗浄してから有機溶媒で洗浄することによりポリエチレンからなる基材に有機色素化合物が固定された人工網膜を得る方法が重要である。また、後述する実施例における表面電位の状態を観察した写真から分かるように、未結合の有機色素化合物(粒状)が残留しているフィルム表面においては表面電位が観測されず、未結合の有機色素化合物が洗浄除去され、有機色素化合物が化学結合した表面(明るく見える部分)においては表面電位が確認された。このことからも、未結合の有機色素化合物を洗浄除去することが重要であることが分かる。本発明者らは、基材表面において有機色素化合物がそれぞれ独立した状態であることが人工網膜としての機能向上にとって重要であると推察している。したがって、基材に未結合の有機色素化合物を確実に洗浄除去することが可能な本発明の意義は大きい。
【0015】
本発明において、高分子シートで構成した基材に有機色素化合物を固定する方法としては、有機色素化合物を含む溶液に基材を浸漬させて基材に有機色素化合物を化学結合させる結合工程が採用される。用いられる溶媒としては特に限定されないが、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、ジクロロエタン、トリクロロエタン、塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素などのハロゲン系炭化水素溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサンなどの飽和脂肪族炭化水素系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒;ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサンなどのエーテル系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル系溶媒;ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどの非プロトン性極性溶媒等が挙げられる。中でも、ハロゲン系炭化水素溶媒、飽和脂肪族炭化水素系溶媒、及び芳香族炭化水素系溶媒からなる群から選択される少なくとも1種の有機溶媒が好適に使用され、ハロゲン系炭化水素溶媒がより好適に使用される。
【0016】
基材に有機色素化合物を化学結合させる結合工程において、基材と有機色素化合物とを反応させる方法としては、例えば、有機色素化合物がカルボキシル基を有する場合には、後述するジアミン修飾を行う方法と同様にして、DCCを用いて反応させる方法が好適に採用される。これにより、基材が有するアミノ基と、有機色素化合物が有するカルボキシル基とが脱水縮合してアミド結合が形成されることにより、基材に有機色素化合物を固定することができる。
【0017】
本発明で用いられる高分子シートで構成した基材としては特に限定されないが、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリ塩化ビニル等が挙げられ、中でもポリオレフィンが好ましく用いられる。ポリオレフィンとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、プロピレン−エチレンブロック共重合体、プロピレン−エチレンランダム共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体等が挙げられるが、生体内で安定である観点からポリエチレンが好ましく用いられ、中でも、医療用途のものが好適に使用される。ポリエチレンの中でも、高密度ポリエチレンが好適に使用される。後述する実施例からも分かるように、微粒子や触媒量等の残渣が一定以上のポリエチレンを使用すると、波長400〜600nmにおける吸光度が0.2未満、すなわち色素固定量が少ないことが確認された。したがって、本発明で用いられる基材としては、微粒子や触媒量等の残渣が少ないものであることが好ましい。中でも、灰分が0.005wt%以下、n−ヘキサン可溶分が0.06wt%以下、及び0.2μm以上の微粒子数が30個/10mL(イソプロピルアルコール)以下を満たす高密度ポリエチレンが好適に使用される。このような高密度ポリエチレンを使用することにより、波長400〜600nmにおける吸光度が0.2以上を満たす人工網膜を得ることができる。
【0018】
本発明で用いられる基材は、厚さ5〜100μmのフィルムであることが好ましい。前記基材の厚みが5μm未満の場合、得られる人工網膜の強度が低下するおそれがあり、10μm以上であることがより好ましい。一方、前記基材の厚みが100μmを超える場合、眼球内への挿入が困難となるおそれがあり、80μm以下であることがより好ましい。
【0019】
本発明で用いられる有機色素化合物としては、光刺激に応じた受容器電位を誘発するものであれば特に限定されず、例えば、アクリジン系、アザアヌレン系、アゾ系、アントラキノン系、インジゴ系、インダンスレン系、オキサジン系、キサンテン系、クマリン系、ジオキサジン系、チアジン系、チオインジゴ系、テトラポルフィラジン系、トリフェニルメタン系、トリフェノチアジン系、ナフトキノン系、フタロシアニン系、ベンゾキノン系、ベンゾピラン系、ベンゾフラノン系、ポリメチン系、ポルフィリン系、ローダミン系のものが挙げられる。中でも、ポリメチン系の有機色素化合物が好適に使用される。ポリメチン系の有機色素化合物の具体例としては、特許第5090431号において化学式1〜17として例示されているものを好適に使用することができる。
【0020】
本発明の人工網膜の製造方法において、基材がポリエチレンからなる場合、ポリエチレンを精製してから、該精製されたポリエチレンを成形することによりポリエチレンからなる基材を得る方法が好適に採用される。例えば、ポリエチレンペレット又は粉末を有機溶媒に加熱溶解してから冷却することによりポリエチレン粉末を析出させ、該ポリエチレン粉末を濾別して乾燥することにより精製されたポリエチレン粉末を得てから、該精製されたポリエチレン粉末を成形することによりポリエチレンからなる基材を得る方法が好適に採用される。このような方法でポリエチレンを精製することにより、微粒子や触媒量等の残渣をより少なくすることが可能となる。
【0021】
ポリエチレンペレット又は粉末を有機溶媒に加熱溶解する際に用いられる有機溶媒としては特に限定されないが、ポリエチレンからなる基材に有機色素化合物を固定する際に使用される有機溶媒を同様に用いることができる。中でもベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒が好適に使用される。
【0022】
前記精製されたポリエチレン粉末を用いてポリエチレンからなる基材を成形する方法としては特に限定されず、金属板の間にポリエチレン粉末を挟んで加圧成形する方法や、ポリエチレン粉末を溶融させてから冷却ロールで引き取ることにより成形する方法等が挙げられる。ここで、後述する実施例からも分かるように、2枚のアルミ板のみを用いて、微粒子や触媒量等の残渣が少ないポリエチレンを加圧成形した場合、アルミ板からポリエチレンフィルムを剥離することが困難であった。これに対し、2枚のアルミ板の間に2枚のポリテトラフルオロエチレンフィルムを挟み、該2枚のポリテトラフルオロエチレンフィルムの間に前記ポリエチレンを挟んで加圧成形した場合には、ポリエチレンフィルムの剥離が容易であった。したがって、前記成形の際に、第1金属板、第1ポリテトラフルオロエチレンシート、ポリエチレン粉末、第2ポリテトラフルオロエチレンシート及び第2金属板をこの順番で積層して加圧成形することによりポリエチレンからなる基材を得る方法が好適に採用される。
【0023】
本発明の人工網膜の製造方法において、基材がポリエチレンからなる場合、ポリエチレンからなる基材に対して発煙硝酸処理を行うことが好ましい。このことにより、ポリエチレンからなる基材表面にカルボキシル基を導入することができるため、ポリエチレンからなる基材に有機色素化合物を固定する反応を容易に行うことができる。発煙硝酸処理としては特に限定されないが、発煙硝酸中にポリエチレンからなる基材を入れて、10〜100℃で処理する方法が好適に採用される。本発明者らは、発煙硝酸処理の時間が長くすると、カルボキシル基の導入量が増加するが、その一方で破断伸度が50%未満に低下するため、得られる人工網膜の機械的特性が劣ってしまうことを確認している。したがって、発煙硝酸処理後のポリエチレンからなる基材の破断伸度が50%以上を満たすように発煙硝酸処理を行うことが好ましい。
【0024】
次いで、発煙硝酸処理後のポリエチレンからなる基材に対して、ジアミン修飾を行うことが好ましい。これにより、ジアミン修飾されたポリエチレンからなる基材と有機色素化合物との反応を容易に行うことができる。ジアミン修飾を行う方法としては特に限定されないが、例えば、発煙硝酸処理後のポリエチレンからなる基材に対して、エチレンジアミンとDCC(N,N−dicyclohexylcarbodiimide)を用いて反応させる方法が好適に採用される。これにより、ポリエチレンからなる基材表面に導入されたカルボキシル基とアミンとが脱水縮合してアミド結合が形成され、アミノ基を有するポリエチレンからなる基材を得ることができる。
【0025】
更に、ジアミン修飾されたポリエチレンからなる基材に対して、有機色素化合物と反応させることにより、基材に有機色素化合物を固定することができる。有機色素化合物を反応させる方法としては特に限定されないが、例えば、有機色素化合物がカルボキシル基を有する場合には、上記ジアミン修飾を行う方法と同様にして、DCCを用いて反応させる方法が好適に採用される。これにより、ポリエチレンからなる基材が有するアミノ基と、有機色素化合物が有するカルボキシル基とが脱水縮合してアミド結合が形成されることにより、ポリエチレンからなる基材に有機色素化合物を固定することができる。
【0026】
本発明では、上記結合工程を行った後に、第1の洗浄工程を行う。第1の洗浄工程は、有機色素化合物が化学結合された基材を水で洗浄する工程である。このことにより、基材に化学結合された有機色素化合物の解離を抑制しながら、基材に未結合の有機色素化合物を洗浄除去することができる。そして、後述する第2の洗浄工程において、有機溶媒での洗浄を必要最小限とすることができる。その結果、有機溶媒により、高分子シートに化学結合した有機色素化合物の解離が生じる前に洗浄作業を終了することができるので、洗浄作業の終了判定が行いやすく、洗浄に要する時間を大きく短縮することができる。第1の洗浄工程で用いられる水としては、基材に化学結合した有機色素化合物の解離や分解が生じない水であれば特に限定されない。純水であっても蒸留水であってよく、基材に化学結合した有機色素化合物の解離や分解が生じないのであればアルコール等の他の成分が含まれていてもよく、生理食塩水であってもよい。
【0027】
第1の洗浄工程において、基材に化学結合していない有機色素化合物が基材に残留することで基材に生じる色ムラが、水による洗浄によって目視で消失するまで行う方法が好適に採用される。また、第1の洗浄工程において、水を貯留した洗浄槽に、有機色素化合物が化学結合された基材を浸漬させて揺動させて行い、所定時間の揺動後における洗浄槽内の水の吸光度(光路長10mmで測定)が、波長535〜545nmのうちで極大となる波長での光に対して0.02以下の場合に、第1の洗浄工程を終了する方法も好適に採用される。
【0028】
第1の洗浄工程において、水により洗浄する時間は特に限定されないが、6時間〜3日であることが好ましい。洗浄時間が6時間未満の場合、未結合の有機色素化合物の洗浄除去が不十分となるため、有機溶媒で洗浄する第2の洗浄工程の洗浄時間を長くする必要があり、その結果、得られる人工網膜の吸光度が低下するおそれがあり、12時間以上であることがより好ましい。一方、洗浄時間が3日を超える場合、コスト高となるおそれがある。また、第1の洗浄工程において、洗浄後の水の吸光度が、波長535〜545nmのうちで極大となる波長での光に対して0.02以下の場合に洗浄を終了することが好適な実施態様である。
【0029】
本発明では、上記第1の洗浄工程を行った後に、第2の洗浄工程を行う。第2の洗浄工程は、有機色素化合物が化学結合された基材を有機溶媒で洗浄する工程である。このことにより、基材に未結合の有機色素化合物を確実に除去洗浄することが可能となる。用いられる有機溶媒としては特に限定されず、上記結合工程で使用される有機溶媒を同様に用いることができる。中でも、ハロゲン系炭化水素溶媒、飽和脂肪族炭化水素系溶媒、及び芳香族炭化水素系溶媒からなる群から選択される少なくとも1種の有機溶媒が好適に使用され、ハロゲン系炭化水素溶媒がより好適に使用される。第2の洗浄工程において、有機溶媒により洗浄する時間は特に限定されないが、5分〜5時間であることが好ましい。洗浄時間が5分未満の場合、未結合の有機色素化合物の洗浄除去が不十分となるおそれがあり、10分以上であることがより好ましく、30分以上であることが更に好ましい。一方、洗浄時間が5時間を超える場合、基材に化学結合した有機色素化合物が解離するおそれがあり、3時間以下であることが好ましい。
【0030】
本発明により得られる人工網膜は、破断伸度が50%以上であることが好ましい。破断伸度が50%以上である人工網膜とすることにより、機械的特性に優れるため眼球内に挿入された際の安定性が良好となる。破断伸度としては、100%以上であることがより好ましく、200%以上であることが更に好ましく、300%以上であることが特に好ましい。一方、破断伸度は、通常、3000%以下である。
【0031】
本発明により得られる人工網膜は、人工網膜表面に対する水の接触角が90°以下であることが好ましい。水の接触角が90°以下である人工網膜とすることにより、生体親和性が良好となる利点を有する。水の接触角としては、85°以下であることがより好ましい。一方、生体親和性を考慮すると、水の接触角は、50°以上であることが好ましい。
【0032】
本発明により得られる人工網膜は、波長400〜600nmにおける吸光度が0.2以上であることが好ましい。これにより、視神経において、光刺激に応じた受容器電位を高感度で誘発することが可能となる。より高感度で受容器電位を誘発させる観点からは、波長400〜600nmにおける吸光度が0.22以上であることがより好ましく、0.24以上であることが更に好ましい。一方、吸光度は、通常、2以下である。
【0033】
本発明により得られる人工網膜は、基材に光刺激に応じた受容器電位を誘発する有機色素化合物が固定されてなるものである。特許第5090431号において示されているように、本発明者らの1人である松尾らは、光刺激に応じた受容器電位を誘発する有機色素化合物を用いて、視神経、特に、視神経を構成する網膜神経細胞において、顕著な受容器電位が細胞内電位として観察されたことを確認している。したがって、光刺激に応じた受容器電位を誘発する有機色素化合物が基材に固定されてなる膜が人工網膜として有用であることが分かる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明する。実施例中、有機色素化合物は、株式会社林原から「NK−5962」として報告、製造されているポリメチン系の有機色素化合物を使用した。無添加高密度ポリエチレン「PE1」は、Acros Organics製の高密度ポリエチレン(Mw:125000、灰分:0.008wt%、n−ヘキサン可溶分:0.09wt%、0.2μm以上の微粒子数:約45個/10mL(イソプロピルアルコール))を使用した。また、高純度無添加高密度ポリエチレン「PE2」は、東ソー製の高密度ポリエチレン(「NH8022」、Mw:150000、灰分:0.002wt%、n−ヘキサン可溶分:0.04wt%、0.2μm以上の微粒子数:約15個/10mL(イソプロピルアルコール))を使用した。赤外吸収スペクトルの測定は、Perkin Elmer社製「Paragon1000 FT−IR」の赤外分光光度計を使用した。紫外可視吸収スペクトルの測定は、日立製「U−1900」又は日本分光社製「V−730」の紫外可視分光光度計を使用した。水の接触角の測定は、協和界面化学株式会社製「CA−D型」の接触角計を使用した。破断伸度の測定は、今田製作所製「SV−201NA」の引張圧縮試験機を使用した。洗浄はすべて恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)を用いて35℃で行った。
【0035】
実施例1
[ポリエチレンの精製]
1000mlナス型フラスコに90wt%キシレン333gを入れ、高純度無添加高密度ポリエチレン「PE2」のペレット10g(高密度ポリエチレンの重量分率3wt%)を加え、110℃のオイルバスで加熱し完全に溶解させた。その後70℃まで徐冷することでポリエチレン結晶を析出させ、これをろ過した。得られた試料を70℃に加熱したキシレン、常温のエタノール、蒸留水の順で洗浄し、乾燥することで、精製された高密度ポリエチレン粉末を得た。
【0036】
[ポリエチレンからなる基材の作製]
アルミ板の上にポリテトラフルオロエチレンフィルムを敷き、前記フィルムの中央に精製された高密度ポリエチレン粉末を30mg載せた。次いで、前記精製された高密度ポリエチレン粉末の上に、更にポリテトラフルオロエチレンフィルム及びアルミ板をこの順番で積層し、それを160℃まで温度を上げたプレス機の上下板で挟み、精製された高密度ポリエチレン粉末を溶融させた。溶融後アルミ板の上下に10MPaの油圧をかけてプレスを行った。プレス後、アルミ板ごと冷却することにより、厚さ約30μmのポリエチレンフィルムを得た。
【0037】
[発煙硝酸処理]
上記得られたポリエチレンフィルムを300mL四つ口フラスコに入れ、97wt%の発煙硝酸100mlを加えた。次いで、80℃のオイルバスで発煙硝酸処理を14分間行った。処理後のポリエチレンフィルムを取り出し、蒸留水で中性になるまで洗浄し乾燥させることで、カルボキシル基が導入されたポリエチレンフィルムを得た。カルボキシル基が導入されていることを赤外吸収スペクトルにより確認した。
図1に赤外吸収スペクトルを示す。また、得られたポリエチレンフィルムを用いて、接触角計により水の接触角の測定を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0038】
[ジアミン修飾]
200mLフラスコに、クロロベンゼン75mlを入れた。そこにエチレンジアミン2.6μL、DCC(N,N−dicyclohexylcarbodiimide)8.25mgを加え、発煙硝酸処理を行った上記ポリエチレンフィルムを入れた。これを35℃の恒温振盪水槽に入れ、50rpmで撹拌しながら48時間反応させた。反応後、得られたポリエチレンフィルムを取り出し、クロロベンゼンで洗浄し乾燥させることで、ジアミン修飾されたポリエチレンフィルムを得た。得られたフィルムを用いて、赤外分光光度計により赤外吸収スペクトルの測定を行った。
【0039】
[色素固定薄膜の作製]
200mLフラスコに、クロロベンゼン75mLを入れ、下記式で示される光電変換色素(NK−5962)を20mg、DCCを8.25mg加えた。この溶液にジアミン修飾されたポリエチレンフィルムを入れ、35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)で、50rpmで撹拌しながら48時間反応させた。反応後、得られたポリエチレンフィルムを取り出した。35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)において、得られたポリエチレンフィルム(縦:40mm、横20mm、厚み30μm)を蒸留水30ml中に浸漬させ、50rpmで攪拌しながら48時間洗浄した。洗浄中、蒸留水を4〜5回交換した。最後に交換した蒸留水の吸光度を測定(光路長10mm)したところ、波長535〜545nmのうちで極大となる波長での光に対して0.005であった。蒸留水で洗浄後のポリエチレンフィルムを自然乾燥した後、クロロベンゼン30ml中に浸漬させ、50rpmで攪拌しながら1時間洗浄した。洗浄中、クロロベンゼンを2〜3回交換し、最後に交換したクロロベンゼンに目視にて色が観察されないことを確認した。次いで、自然乾燥させて、色素が固定されたポリエチレンフィルム(以下、「色素固定薄膜」と呼ぶことがある)を得た。
図2に得られた色素固定薄膜の写真を示す。得られた色素固定薄膜を用いて、接触角計により水の接触角の測定、紫外可視分光光度計により色素固定量の測定及び赤外分光光度計により赤外吸収スペクトルの測定を行った。色素固定量の測定では、紫外可視分光光度計(日立製「U−1900」又は日本分光社製「V−730」)を用いて、ジアミン修飾されたポリエチレンフィルムをバックグラウンドとして吸光度を測定した。また、破断伸度は600%以上であった。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0040】
【化1】
【0041】
実施例2
実施例1において、高純度無添加高密度ポリエチレン「PE2」の代わりに無添加高密度ポリエチレン「PE1」を使用し、ポリテトラフルオロエチレンフィルムを用いずにアルミ板のみを用いてポリエチレンからなる基材を作製した以外は、実施例1と同様にして色素固定薄膜を得た。発煙硝酸処理後のポリエチレンフィルムを用いて、実施例1と同様に水の接触角の測定を行った。また、得られた色素固定薄膜を用いて、実施例1と同様に水の接触角の測定及び色素固定量の測定を行った。また、破断伸度は600%以上であった。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0042】
実施例3
実施例1において、高純度無添加高密度ポリエチレン「PE2」の代わりに無添加高密度ポリエチレン「PE1」を使用した以外は、実施例1と同様にして色素固定薄膜を得た。発煙硝酸処理後のポリエチレンフィルムを用いて、実施例1と同様に水の接触角の測定を行った。また、得られた色素固定薄膜を用いて、実施例1と同様に水の接触角の測定及び色素固定量の測定を行った。また、破断伸度は600%以上であった。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1に示されるように、いずれの薄膜においても発煙硝酸処理後の薄膜より色素固定薄膜の接触角の方が大きくなった。これは薄膜表面のカルボキシル基による影響と考えられる。カルボキシル基が多いと親水性になり、接触角は小さくなる。色素固定を行うとカルボキシル基にエチレンジアミンと色素が結合するので、薄膜表面のカルボキシル基が少なくなり、接触角が大きくなったと考えられる。また、表1に示されるように、ポリテトラフルオロエチレンフィルムを用いずにアルミ板のみを用いた場合、剥離が困難となりPE2粉末からポリエチレンフィルムを作製することができなかった。
【0045】
実施例4
[色素固定薄膜の作製]
実施例1と同様にして、色素固定薄膜を作製した。得られた色素固定薄膜を用いて、紫外可視吸収スペクトルの測定を行った。
図3に紫外可視吸収スペクトルを示す。
【0046】
[洗浄方法の検討1]
実施例1において、高純度無添加高密度ポリエチレン「PE2」の代わりに無添加高密度ポリエチレン「PE1」を使用した以外は、実施例1と同様にしてジアミン修飾されたポリエチレンフィルムに対して、光電変換色素(NK−5962)を反応させた。反応後の色素が固定されたポリエチレンフィルムに対して、蒸留水のみで洗浄する方法、蒸留水で洗浄した後にクロロベンゼンで洗浄する方法、クロロベンゼンで洗浄した後に蒸留水で洗浄する方法、及びクロロベンゼンのみで洗浄する方法をそれぞれ実施し、紫外可視吸収スペクトルの測定を行った。
図4に紫外可視吸収スペクトルを示す。
【0047】
図4の紫外可視吸収スペクトルで示されるように、クロロベンゼンで洗浄した後に蒸留水で洗浄する方法、及びクロロベンゼンのみで洗浄する方法では、色素由来の539nm付近のピークはほとんど見られず、色素の存在量が非常に少ないことが分かった。一方、蒸留水のみで洗浄する方法、及び蒸留水で洗浄した後にクロロベンゼンで洗浄する方法では、色素由来の539nm付近に大きなピークが観察された。蒸留水のみで洗浄した後に更にクロロベンゼンで洗浄すると洗浄液が着色するため、ポリエチレンフィルムに固定されていない色素が洗い流されたと本発明者らは推察している。したがって、蒸留水で洗浄した後にクロロベンゼンで洗浄する方法が、色素が固定されたポリエチレンフィルムを得るために重要であることが分かる。
【0048】
実施例5
[洗浄方法の検討2]
実施例1と同様にしてジアミン修飾されたポリエチレンフィルムに対して、光電変換色素(NK−5962)を反応させた。洗浄方法の比較として、以下の4つのサンプルを作製した(縦:40mm、横20mm、厚み30μm)。洗浄はすべて恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)を用いて35℃で行った。得られたサンプルは、光学顕微鏡(Nikon社製「ECLIPSE E200」を用いて観察した。得られた結果を
図5にまとめて示す。光学顕微鏡写真から分かるように、未洗浄サンプル、水洗のみサンプル、クロロベンゼンのみサンプルでは、未結合の有機色素化合物に由来する粒状の凝集物が観察された。これに対して、水洗+クロロベンゼン洗浄サンプルでは、粒状の凝集物は観察されなかった。
(1)未洗浄サンプル
反応後の色素が固定されたポリエチレンフィルムを未洗浄サンプルとした。
(2)水洗のみサンプル
蒸留水30ml中に未洗浄サンプルを浸漬させ、35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)において、50rpmで攪拌しながら48時間洗浄して水洗のみサンプルを得た。洗浄中、蒸留水を4〜5回交換した。
(3)クロロベンゼン洗浄のみサンプル
クロロベンゼン30ml中に未洗浄サンプルを浸漬させ、35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)において、50rpmで攪拌しながら1時間洗浄してクロロベンゼン洗浄のみサンプルを得た。洗浄中、クロロベンゼンを2〜3回交換した。
(4)水洗+クロロベンゼン洗浄サンプル
蒸留水30ml中に未洗浄サンプルを浸漬させ、35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)において、50rpmで攪拌しながら48時間洗浄した。洗浄中、蒸留水を4〜5回交換した。開放系で自然乾燥した後、クロロベンゼン30ml中に浸漬させ、35℃の恒温振盪水槽(EYELA社製「NTS−4000AM」)において、50rpmで攪拌しながら1時間洗浄して、水洗+クロロベンゼン洗浄サンプルを得た。洗浄中、クロロベンゼンを2〜3回交換した。
【0049】
参考例1
[表面電位顕微鏡による測定]
洗浄が不十分な色素固定薄膜の表面電位を測定した。測定には走査プローブ顕微鏡(Digital Instruments社製NanoscopeIIIa)を使用した。プローブは、SPoM用プローブ(Nano World社製Point Probe(登録商標))を使用した。高さ情報の観察はタッピングモードを使用した。表面電位はSPoM測定のPhaseモードで観察した。得られた結果を
図6(全体に光を照射した際の表面電位の状態)に示す。
図6中、左図は、高さ情報を示しており、右図は、電位が発生した部分が明るく見えるSPoMのPhase モード像を示している。右図から、表面に電位が発生していることが確認できるが、直径数百μmの粒状のところからは電位が発生していないことがわかる。この粒状のところは色素が凝集したところであり、その部分では電位が発生しないことがわかる。