【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体の実施形態を詳細に説明する。なお、以下に示す実施形態は、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体を限定するものではない。
【0013】
本開示の磁性化合物は、ThMn
12型の結晶構造を有する。本開示の磁性化合物は、Nd、Fe、及びTiを主要元素とするため、ThMn
12型の結晶構造が安定し易くなる組成を、Nd−Fe−Tiの三元系で説明する。
【0014】
図2は、Nd−Fe−Tiの三元系状態図を示す(出典:A.Margarian,et al., Journal of Applied Physics 76, 6153 (1994))。
図2から分かるように、Nd−Fe−Tiの三元系においては、NdFe
12−wTi
w相、Nd
3Fe
29−wTi
w相、及びNd
2Fe
17−wTi
w相が存在し得る。これらの相は、
図2において、それぞれ、「1:12」、「3:29」、及び「2:17」で表されている。これらの相のうち、NdFe
12−wTi
w相が、ThMn
12型の結晶構造を有する。NdFe
12−wTi
w相としては、例えば、NdFe
11Ti相が挙げられる。なお、以下、NdFe
12−wTi
w相、Nd
3Fe
29−wTi
w相、及びNd
2Fe
17−wTi
w相を、それぞれ、1-12相、3-29相、及び2−17相と表すことがある。
【0015】
これらの相において、FeとTiの含有量を1としたときのNdの含有割合(モル比)は、1−12相、3−29相、及び2−17相について、それぞれ、0.083、0.103、及び0.118である。すなわち、3−29相及び2−17相は、1−12相に比べて、Ndの含有割合が高い。
【0016】
図2から分かるように、Nd−Fe−Tiの三元系においては、1−12相、3−29相、及び2−17相の他に、α−Fe相も存在し得る。そして、Ndの含有量が7.7原子%のときに、1−12相の安定が最も達成され易く、かつ、α−Fe相の含有量が減少し易い。Ndの含有量が7.7原子%よりも少ないと、3−19相及び2−17相等が存在し難く、かつ、α−Fe相の含有量が増加し易い。一方、Ndの含有量が7.7原子%よりも多いと、3−29相及び2−17相等の含有量が増加し易く、α−Fe相の含有量が減少し易い。なお、「3−29相及び2−17相等」とは、1−12相と比べて、Ndの含有量が多い相の総称を意味する。このような相としては、3−29相及び2−17相の他に、例えば、3−29相及び2−17相で、一部のNdが欠落している相、及び、3−29相及び2−17相に、さらに少数のNd原子が侵入している相を挙げることができる。
【0017】
図2に示したように、1−12相が安定して存在する組成領域は非常に狭い。このことから、磁性化合物全体で、Ndの含有量を少なくすると、1−12相が安定せず、α−Fe相の含有量が多くなり易い。一方、Ndの含有量を多くすると、やはり、1−12相が安定せず、3−29相及び2-17相等の含有量が多くなり易い。
【0018】
1−12相を安定させるために、Nd−Fe−Tiの三元系にZrを加えることは、従来から行われている。しかし、Zrの含有量については、Ndの作用効果を阻害しないように、Zrの含有割合(モル比)を、Ndの含有割合(モル比)よりも高くしないといった程度の検討しか、従来は行われていなかった。そのため、例えば、特許文献1に開示される磁性化合物では、α−Fe相の含有量を充分に低減することができなかった。
【0019】
磁性化合物中には、磁性相と粒界相が存在する。粒界相には様々な相が混在しており、複雑である。また、磁性化合物の磁気特性は、磁性相に由来する特性が多い。そこで、先ず、磁性相において、Zrの含有割合を調査した。
【0020】
理論に拘束されないが、磁性化合物中のZrの多くは、Ndの一部と置換されていると考えられている。そこで、磁性相でのNdとZrの合計含有量を1としたときのZrの含有割合(モル比)x’と、磁性相全体に対するNdとZrの合計含有量(原子%)pとの関係を調査した。
【0021】
その結果、本発明者らは、次のことを知見した。
【0022】
磁性相における数値である、x’とpは、直線関係(比例関係)にあり、その傾きは正である。このことから、磁性相でのZr比率x’を増加させると、磁性相でのNd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトの含有量pが増加するといえる。
【0023】
また、磁性相でのx’と全体組成でのxは、ほぼ等しい。このことから、全体組成でのNdとZrの合計含有量を1としたときのZrの含有割合(モル比)をx、全体組成でのNdとZrの合計含有量(原子%)をaとして、その関係を調査した。その結果、磁性相の場合と同様に、全体組成でのZr比率xを増加させると、全体組成でのNd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトの含有量aが増加することがわかった。
【0024】
さらに、xとaの関係においては、a<1.6x+7.7であると、磁性相が安定せず、多くのα−Fe相が粒界相に存在することが分かった。これは、
図2で示したNd−Fe−Tiの三元系(Zrを含有しない)の状態図で、Ndの含有量が少ないと、α−Fe相の含有量が多くなり易いことに相当する。
【0025】
一方、a≧1.6x+7.7であると、粒界相に存在するα−Fe相の含有量が少なくなる。また、粒界相には、少量の3−29相及び2−17相等が存在することが分かった。これは、
図2で示したNd−Fe−Tiの三元系(Zrを含有しない)の状態図で、Ndの含有量が多いと、α−Fe相の含有量が少なくなり易く、3−29相及び2−17相が存在し易くなることに相当する。
【0026】
これまで、1−12相を安定させるため、Nd−Fe−Tiの三元系に、Zrを加えたときの知見について説明してきた。1−12相をさらに安定させるため、Tiの含有量を検討して得られた知見について、次に説明する。
【0027】
磁性化合物中には、磁性相と粒界相が存在する。粒界相には様々な相が混在しており、複雑である。また、磁性化合物の磁気特性は、磁性相に由来する特性が多い。そこで、先ず、磁性相において、Zrの含有割合を調査した。
【0028】
そこで、磁性相におけるNdとZrの合計含有量を1としたときのZrの含有割合(モル比)x’と、磁性相全体に対するTiの含有量(原子%)qとの関係を調査した。
【0029】
その結果、本発明者らは、次のことを知見した。
【0030】
磁性相でのx’と全体組成でのxは、ほぼ等しい。このことから、全体組成でのNdとZrの合計含有量を1としたときのZrの含有割合(モル比)をx、全体組成でのTiの含有量(原子%)をcとして、その関係を調査した。その結果、全体組成でのZr比率xの変化に伴って、全体組成でのNd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトの含有量cが変化することがわかった。
【0031】
さらに、xとcの関係においては、c<−14x+7.3であると、磁性相が安定せず、多くのα−Fe相が粒界相に存在することが分かった。これは、
図2で示したNd−Fe−Tiの三元系(Zrを含有しない)の状態図で、Ndの含有量が少ないと、α−Fe相の含有量が多くなり易いことに相当する。
【0032】
一方、c≧−14x+7.3であると、粒界相に存在するα−Fe相の含有量が少なくなる。また、粒界相には、少量の3−29相及び2−17相等が存在することが分かった。これは、
図2で示したNd−Fe−Tiの三元系(Zrを含有しない)の状態図で、Ndの含有量が多いと、α−Fe相の含有量が少なくなり易く、3−29相及び2−17相が存在し易くなることに相当する。
【0033】
これまで説明してきた知見等によって完成された、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体の構成要件を、次に説明する。
【0034】
《磁性化合物》
本開示の磁性化合物は、式(Nd
(1−x−y)R
yZr
x)
a(Fe
(1−z)Co
z)
bT
cM
dA
eで表される組成を有する。この式は、本開示の磁性化合物の全体組成を表す。
【0035】
上記式中、Ndはネオジム、RはNd以外の1種以上の希土類元素、Zrはジルコニウム、Feは鉄、そして、Coはコバルトを示す。TはTi、V、Mo及びWからなる群より選ばれる1種以上の元素である。Tiはチタン、Vはバナジウム、Moはモリブデン、そして、Wはタングステンを示す。Mは、不可避的不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素である。Alはアルミニウム、Crはクロム、Cuは銅、Gaはガリウム、Agは銀、そして、Auは金を示す。AはN、C、H及びPからなる群より選ばれる1種以上の元素である。Nは窒素、Cは炭素、Hは水素、そして、Pはリンを示す。
【0036】
x及びyは、それぞれ、Nd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイト全体を1としたときの、Zr及びRの含有割合(モル比)である。希土類サイトで、Ndは、R及びZrの残部である。
【0037】
zは、Fe
(1−z)Co
zで表される鉄族サイト全体を1としたときの、Coの含有割合(モル比)である。鉄族サイトで、Feは、Coの残部である。
【0038】
a、b、c、及びdは、それぞれ、本開示の磁性化合物のうち、(Nd
(1−x−y)R
yZr
x)
a(Fe
(1−z)Co
z)
bT
cM
dで表される磁性化合物前駆体全体を100原子%としたときの、希土類サイト、鉄族サイト、T、及びMの含有量(原子%)である。上記式で、b=100−a−c−dであるため、磁性化合物前駆体全体で、鉄族サイトは、希土類サイト、T、及びMの残部である。そして、Aは、(Nd
(1−x−y)R
yZr
x)
a(Fe
(1−z)Co
z)
bT
cM
dで表される磁性化合物前駆体に侵入している元素である。eは、磁性化合物前駆体全体に対するAの含有量(原子%)である。したがって、a+b+c+d+eは100原子%を超える。
【0039】
上記式の構成元素について、次に説明する。
【0040】
〈Nd〉
Ndは、希土類元素であり、永久磁石特性を発現するため、本開示の磁性化合物に必須の成分である。
【0041】
〈R〉
Rは、Nd以外の1種以上の希土類元素である。なお、本明細書において、希土類元素は、特に断りがない限り、Y、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuである。
【0042】
本開示の磁性化合物は、磁性化合物中の希土類元素をNdに特定し、そのNdの含有量を特定して、磁性化合物中のα−Fe相の含有量を極少化する。Ndの原材料で、Nd以外の希土類元素Rを皆無にすることは難しい。しかし、Nd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトで、yの値が0〜0.1であれば、本開示の磁性化合物の特性は、Rが皆無であるときと、実質的に同等と考えてよい。
【0043】
yの値は0であることが理想であるが、Ndの原材料の純度を過剰に上昇させることは、製造コストの上昇を招くため、yの値は、0.01以上、0.02以上、0.03以上、0.04以上、又は0.05以上であってよい。一方、yの値は、Ndの原材料の純度が過剰に上昇しない限り低い方が好ましいため、yの値は、0.09以下、0.08以下、0.07以下、又は0.06以下であってよい。
【0044】
〈Zr〉
Nd及び/又はRの一部は、Zrで置換されて、ThMn
12型の結晶構造の安定に寄与する。ThMn
12型の結晶内のNd及び/又はRをZrで置換することによって、結晶格子の収縮が生じる。これにより、磁性化合物を高温(600℃以上)にしたり、窒素原子などを結晶格子内に侵入させた場合にも、ThMn
12型の結晶構造が維持され易くなる。一方、磁気特性面では、Ndの一部がZrで置換されることによって、Ndに由来する強い磁気異方性は弱められる。したがって、ThMn
12型の結晶構造の安定と磁気特性の両面からZrの含有量を決定する。
【0045】
ThMn
12型の結晶構造を安定させ、高温時に磁性化合物の分解を抑制するため、Zrは必須である。Zrは少量でも、その作用効果が認められるため、Nd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトで、xの値は、0超であればよい。Zrの作用効果を明瞭に享受する観点からは、xの値は、0.02以上、0.04以上、0.06以上、又は0.08以上であってよい。一方、xの値が0.3以下であれば、異方性磁界が著しく低下することはない。また、Fe
2Zr相も生成し難い。磁性化合物を窒化したとき、Fe
2Zr相は、保磁力の発現を阻害する。Fe
2Zr相が生成し難ければ、保磁力の発現は阻害され難い。これらの観点からは、xの値は、0.28以下、0.26以下、0.24以下、又は0.22以下であってよい。
【0046】
これまで説明してきた、Nd、R、及びZrの合計含有量は、Nd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトの含有量aで示される。希土類サイトの含有量aが7.7原子%を超えれば、磁性化合物を高温(600℃以上)にしたり、窒素原子などを結晶格子内に侵入させても、ThMn
12型の結晶構造が分解され難くなる。ThMn
12型の結晶構造が分解されると、α−Fe相の含有量が増加する。したがって、ThMn
12型の結晶構造が分解され難くなれば、α−Fe相の含有量が増加し難くなる。この観点からは、希土類サイトの含有量aは、7.8原子%以上が好ましく、7.9原子%以上がより好ましく、8.0原子%がより一層好ましい。一方、希土類サイトの含有量aが9.4原子%以下であれば、磁性化合物の磁気異方性が低下し難い。多量のNdがZrで置換されると、磁性相以外の相が多量に生成され、Ndに由来する強い磁気異方性が著しく低下するためである。磁気異方性の低下を抑制する観点からは、希土類サイトの含有量aは、9.2原子%以下が好ましく、8.7原子%以下がより好ましく、8.5原子%以下がより一層好ましい。
【0047】
さらに、上述したように、磁性化合物の全体組成において、希土類サイトでのZrの含有割合xと、希土類サイトの含有量aが、a≧1.6x+7.7の関係を満足すると、α−Fe相の含有量を、磁性化合物全体に対して、2体積%以下にすることができる。また、窒化後の磁性化合物の飽和磁化及び異方性磁界の両方を向上させることができる。
【0048】
本明細書において、α−Fe相の含有量は、次の要領で測定した体積%で表す。磁性化合物を樹脂埋め研磨し、それを、光学顕微鏡又はSEM−EDXを用いて、複数個所で観察し、画像解析により、観察面におけるα−Fe相の平均面積率を測定する。平均面積率とは、個々の観察箇所で測定した面積率の平均を意味する。
【0049】
磁性化合物中の組織が、特定の方向に配向していないと仮定すると、平均面積率Sと体積率Vとの間には、S≒Vの関係が成立する。このことから、α−Fe相の含有量については、上述した要領で測定した、α−Fe相の平均面積率(面積%)の値を、α−Fe相の含有量(体積%)とする。
【0050】
〈T〉
TはTi、V、Mo及びWからなる群より選ばれる1種以上の元素である。Ti、V、Mo及びWは、それぞれ、同様の作用効果を奏すると考えてよい。
図3は、R’Fe
12−vT
v化合物(R’は希土類元素である。)におけるTの安定化領域を示す図である(出典:K.H.J. Buschow, Rep. Prog. Phys. 54, 1123 (1991))。R’−Feの2元系に、第3の元素としてTi、V、Mo、Wを添加することにより、ThMn
12型の結晶構造が安定になり、優れた磁気特性を示すことが、
図3によって知られている。
【0051】
従来、T成分の安定化効果を得るため、必要量以上に多量にTを添加することで、ThMn
12型の結晶構造を形成させていた。そのため、磁性化合物を構成するFe成分の含有率が低くなり、かつ、最も磁化に影響するFe原子の占有サイトが、例えば、T原子に置き換わり、全体の磁化を低下させていた。また、Tの含有量が多くなると、Fe
2Tが生成され易くなる。
【0052】
Tの含有量cが、7.7原子%未満であれば、磁化が低下し難く、Fe
2Tiが生成され難い。これらの観点からは、Tの含有量cは、7.5原子%以下が好ましく、7.3原子%以下がより好ましく、7.0原子%以下がより一層好ましい。
【0053】
一方、Tの含有量cが、3.1原子%以上であれば、ThMn
12型の結晶構造が安定し易い。この観点からは、3.5原子%以上が好ましく、4.0原子%以上がより好ましく、5.0原子%以上がより一層好ましい。
【0054】
さらに、上述したように、磁性化合物の全体組成において、希土類サイトでのZrの含有割合xと、Tの含有量cが、c≧−14x+7.3の関係を満足すると、α−Fe相の含有量を、磁性化合物全体に対して、2体積%以下にすることができる。また、窒化後の磁性化合物の飽和磁化及び異方性磁界の両方を向上させることができる。
【0055】
〈M〉
Mは、不可避的不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素である。不可避的不純物とは、磁性化合物の原材料に含まれる不純物、あるいは、製造工程で混入してしまう不純物等、その含有を回避することが避けられない、あるいは、回避するためには著しい製造コストの上昇を招くような不純物のことをいう。不可避的不純物元素としては、Si及びMn等が挙げられる。
【0056】
M(不可避的不純物元素を除く)は、ThMn
12型の結晶の粒成長の抑制、あるいは、ThMn
12型の結晶構造を有する相以外の相(例えば、粒界相)の粘性、融点に寄与するが、本開示の磁性化合物において必須ではない。
【0057】
Mの含有量dは、1.0原子%以下である。Mの含有量dが1.0原子%以下であれば、磁性化合物を構成するFe成分の含有率が低くなり、その結果、全体の磁化が低下してしまうことが起こり難い。この観点からは、Mの含有量dは、0.8原子%以下が好ましく、0.6原子%以下がより好ましく、0.4原子%以下がより一層好ましい。
【0058】
一方、M(不可避的不純物元素を除く)の作用効果を明瞭に享受する観点からは、Mの含有量は、0.1原子%以上が好ましく、0.2原子%以上がより好ましく、0.3原子%以上がより一層好ましい。また、Al、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素を含有しないとき、Mは含有量dは、不可避的不純物の含有量である。不可避的不純物の含有量は、少ないほど好ましいが、不可避的不純物の含有量を過度に低下させると、製造コストの上昇等を招くため、磁性化合物の磁気特性等に、実質的に影響を与えない範囲で、不可避的不純物を少量含有していてもよい。この観点からは、Mの含有量dの下限は、0.05原子%、0.1原子%、又は0.2原子%であってよい。
【0059】
〈Fe及びCo〉
本開示の磁性化合物は、上記の元素以外をFeとするが、Feの一部がCoで置換されていてもよい。Feの一部がCoで置換されている場合は、α−Fe相のFeの一部がCoで置換されている。本明細書で、α−Fe相と表記したとき、特に断りがない場合には、α−Fe相には、α−Fe相のFeの一部がCoで置換されている相を含むものとする。
【0060】
Feの一部がCoで置換されていることにより、スレーターポーリング則により、自発磁化の増大を生じ、異方性磁界、飽和磁化の両特性を向上させる効果がある。また、Feの一部がCoで置換されていることによって、磁性化合物のキューリー点が上昇するため、高温での磁化の低下を抑制する効果がある。
【0061】
これらの効果を明瞭に享受するためには、Fe
(1−z)Co
zで表される鉄族サイト全体を1としたときのCoの含有割合(モル比)zは、0.05以上が好ましく、0.10以上が好ましく、0.15以上がより一層好ましい。
一方、Coの含有量が過剰になっても、スレーターポーリング則による効果を得難くなる。Coの含有割合(モル比)zが0.30以下であれば、スレーターポーリング則の効果が弱まり難い。この観点からは、Coの含有割合(モル比)zは、0.26以下が好ましく、0.24以下がより好ましく、0.20以下がより一層好ましい。
【0062】
〈A
〉
AはN、C、H及びPからなる群より選ばれる1種以上の元素である。Aは、ThMn
12相の結晶格子間に侵入することによりThMn
12相の格子を拡大させ、異方性磁界、飽和磁化の両特性を向上させることができる。Mの含有量eは1原子%以上、18原子%以下である。Mの含有量eが1原子%以上であれば、ThMn
12相の格子を拡大させることができる。ThMn
12相の格子拡大の観点からは、Mの含有量eは、5原子%以上が好ましく、7原子%以上がより好ましく、8原子%以上がより一層好ましい。Mの含有量eが18原子%以下であれば、磁性化合物を構成するFe成分の含有率が過剰に低くなってしまうことはない。Fe成分の含有率の過剰低下がなければ、ThMn
12相の安定性が損なわれて、磁性化合物の一部が分解し、磁化が低下することはない。磁化の低下の抑制の観点からは、Mの含有量eは、14原子%以下が好ましく、12原子%以下がより好ましく、10原子%以下がより一層好ましい。
【0063】
〈結晶構造〉
本開示の磁性化合物は、ThMn
12型の結晶構造を有する。ThMn
12型の結晶構造は正方晶である。ThMn
12型の結晶構造においては、Cu線源のX線回折(XRD)によって、2θが42.36°((321)面)のとき、最も強いX線回折強度を示す。また、2θが33°((310)面)のとき、弱いX線回折強度を示す。
【0064】
ThMn
12型の結晶構造において、2θが42.36°((321)面)でのX線回折強度をI
c(321)、2θが33°((310)面)でのX線回折強度をI
c(310)で表し、I
c(321)を100とすると、I
c(310)は13.2である。
【0065】
ThMn
12型の結晶構造が崩れる(disorderする)と、Th
3Mn
29型の結晶構造に変化することが知られている。Th
3Mn
29型の結晶構造においては、Cu線源のX線回折(XRD)によって、2θが42.35°((−133)面)のとき、最も強いX線回折強度を示す。また、2θが33°((302)面)のとき、弱いX線回折強度を示す。
【0066】
Th
3Mn
29型の結晶構造において、2θが42.35°((−133)面)でのX線回折強度をI
c(−133)、2θが33°((302)面)でのX線回折強度をI
c(302)で表し、I
c(−133)を100とすると、I
c(302)は5.9である。
【0067】
このことから、磁性化合物中で、ThMn
12型の結晶構造の占める割合を示す、ThMn
12型結晶度は、{I
m(310)−I
c(302)}/{I
c(310)−I
c(302)}で定義することができる。ここで、I
m(310)は、磁性化合物についての(310)面でのX線回折強度実測値である。結晶構造が完全なThMn
12型であれば、ThMn
12型結晶度は100%になり、結晶構造が完全なTh
3Mn
29型である場合には、ThMn
12型結晶度は0%になる。
【0068】
本開示の磁性化合物においては、ThMn
12型の結晶構造が50%以上を占めていること、すなわち、ThMn
12型結晶度が50%以上であることが好ましい。ThMn
12型結晶度が50%以上であれば、磁性化合物中で、ThMn
12型の結晶構造が安定して、α−Fe相が増加し難い。ThMn
12型の結晶構造の安定の観点からは、ThMn
12型結晶度は、高いほど好ましく、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上が好ましい。一方、ThMn
12型結晶度は、100%でなくてもよく、98%以下、96%以下、94%以下、又は92%以下であってよい。
【0069】
これまで説明してきたように、本開示の磁性化合物によれば、磁性化合物中のα−Fe相の含有量を極少化して、窒化後には、飽和磁化と異方性磁界の両方を一層向上させることができる。
【0070】
本発明の磁性化合物は、焼結磁石及びボンド磁石の原材料として使用してもよいし、磁性化合物そのままで、磁性紛体としても使用することができる。
【0071】
《磁性紛体》
磁性紛体として使用する場合、その磁性紛体は、
式(Nd
(1−x−y)R
yZr
x)
a(Fe
(1−z)Co
z)
bT
cM
dA
e
(前記式中、RはNd以外の1種以上の希土類元素であり、
TはTi、V、Mo及びWからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、
Mは不可避的不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、
AはN、C、H及びPからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、かつ、
0<x≦0.3、
0≦y≦0.1、
0≦z≦0.3、
7.7<a≦9.4、
b=100−a−c−d、
3.1≦c<7.7、
0≦d≦1.0、及び、
1≦e≦18である)
で表される組成を有し、
前記式中、a≧1.6x+7.7及びc≧−14x+7.3の関係を満足し、かつ、
ThMn
12型の結晶構造を有する。
【0072】
《製造方法》
本開示の磁性化合物の製造方法は、溶湯準備工程、溶湯急冷工程、及びA元素侵入工程を含む。以下、これらの工程ごとに説明する。
【0073】
〈溶湯準備工程〉
本開示の磁性化合物においては、窒化前の磁性化合物の全体組成と、磁性化合物を製造するときに準備する溶湯の組成とが実質的に同一である。溶湯の組成については、溶湯保持及び/又は凝固途中で、蒸発等による溶湯成分が減耗することは考慮していない。製造条件等により、溶湯成分の減耗が生じる場合には、その減耗分を考慮して、原材料を配合してもよい。
【0074】
溶湯減耗を考慮しなくてよい場合、式(Nd
(1−x−y)R
yZr
x)
a(Fe
(1−z)Co
z)
bT
cM
dで表される組成を有する溶湯を準備する。上記式で、Nd、R、Zr、Fe、Co、T,及びMは、磁性化合物で説明した内容と同様である。また、x、y、及びz、並びに、a、b、c、及びdは、磁性化合物で説明した内容と同様である。そして、上記式において、a≧1.6x+7.7及びc≧−14x+7.3の関係を満足する。
【0075】
〈溶湯急冷工程〉
上記の組成を有する溶湯を、1×10
2〜1×10
7K/secの速度で急冷する。急冷により、ThMn
12型の結晶構造を安定させ、かつ、α−Fe相の含有量を極少化し易くなる。
【0076】
急冷法としては、例えば、
図4に示すような急冷装置10を用い、ストリップキャスト法によって所定の速度で冷却することができる。急冷装置10において、溶解炉11において原材料が溶解され、上記の組成を有する溶湯12が準備される。溶湯12はタンディッシュ13に一定の供給量で供給される。タンディッシュ13に供給された溶湯12は、タンディッシュ13の端部から自重によって冷却ロール14に供給される。
【0077】
タンディッシュ13は、セラミックス等で構成され、溶解炉11から所定の流量で連続的に供給される溶湯12を一時的に貯湯し、冷却ロール14への溶湯12の流れを整流することができる。また、タンディッシュ13は、冷却ロール14に達する直前の溶湯12の温度を調整する機能をも有する。
【0078】
冷却ロール14は、銅やクロムなどの熱伝導性の高い材料から形成されており、冷却ロール14の表面は、高温の溶湯との浸食を防止するため、クロムメッキ等が施される。冷却ロール14は、図示していない駆動装置により、所定の回転速度で矢印方向に回転することができる。この回転速度を制御することにより、溶湯の冷却速度を1×10
2〜1×10
7K/secの速度に制御することができる。
【0079】
溶湯の冷却速度が1×10
2K/sec以上であれば、ThMn
12型の結晶構造を安定させ、かつ、α−Fe相の含有量を極少化し易くすることができる。この観点からは、溶湯の冷却速度が1×10
3K/sec以上がより好ましい。一方、溶湯の冷却速度が1×10
7K/sec以下であれば、急冷によって得られる効果が飽和しているにもかかわらず、必要以上に速い速度で溶湯を冷却するおそれは少ない。溶湯の冷却速度は、1×10
6K/sec以下又は1×10
5K/sec以下であってもよい。
【0080】
冷却ロール14の外周上で冷却され、凝固された溶湯12は、薄片15となって冷却ロール14から剥離し、回収装置で回収される。必要に応じて、カッターミル等を用いて、薄片15を粉砕し、粉末を得てもよい。
【0081】
〈A元素侵入工程〉
薄片15に、A元素を侵入させる。A元素は、N、C、H及びPからなる群より選ばれる1種以上である。A元素の侵入のし易さから、A元素の侵入は、薄片15の粉砕後に行うことが好ましい。
【0082】
A元素の侵入は、A元素が窒素である場合、例えば、窒素ガス、あるいは、窒素ガスと水素ガスとの混合ガス、アンモニアガス、あるいは、アンモニアガスと水素ガスとの混合ガス等を窒素源として用い、1〜24時間にわたり、200〜600℃で薄片15を加熱して、窒化する。
【0083】
A元素が炭素である場合、例えば、C
2H
2(CH
4、C
3H
8、CO)ガス、もしくはメタノールの加熱分解ガス等を炭素源として用い、1〜24時間にわたり、300〜600℃で薄片15を加熱して、炭化する。その他、カーボン粉末を用いる固体炭化、あるいは、KCN、NaCNを用いる溶融塩浸炭を行うことができる。H及びPについても、通常の水素化、リン化を行うことができる。
【0084】
〈熱処理工程〉
さらに、本開示の製造方法においては、上記工程で得られた薄片15を、800〜1300℃で2〜120時間にわたり熱処理してもよい。この熱処理により、ThMn
12型の結晶構造を有する相(以下、「ThMn
12相」ということがある。)が均質化され、異方性磁界及び飽和磁化の両特性がさらに向上する。薄片15の粉砕については、熱処理前に行ってもよいし、熱処理後に行ってもよい。
【0085】
熱処理温度が、800℃以上であれば、ThMn
12相を均質化することができる。ThMn
12相の均質化の観点からは、900℃以上が好ましく、1000℃以上がより好ましく、1100℃以上がより一層好ましい。一方、熱処理温度が1300℃以下であれば、磁性化合物の組織が分解して、α−Fe相が生成するおそれは少ない。この観点からは、1250℃以下が好ましく、1200℃以下がより好ましく、1150℃以下がより一層好ましい。
【実施例】
【0086】
以下、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体を実施例及び比較例により、さらに具体的に説明する。なお、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0087】
《試料の準備》
磁性化合物の試料を、次の要領で準備した。
【0088】
表1に示す組成の溶湯を準備し、ストリップキャスト法により、10
4K/secの速度で急冷し、急冷薄片を準備し、Ar雰囲気において1200℃で4時間にわたり熱処理を実施した。次いで、Ar雰囲気において、カッターミルを用いて薄片を粉砕し、粒径20μm以下の粒子を回収した。これらの粒子を、純度99.99%の窒素ガス中に配置して、450℃で4時間にわたり、窒化を行った。
【0089】
《試料の評価》
得られた粒子(窒化前)のSEM像(反射電子像)から、α−Fe相の大きさ及び面積率を測定し、面積率=体積率として、α−Fe相の含有量(体積%)を算出した。また、得られた粒子(窒化前)のX線回折(XRD)を行い、上述した方法で、ThMn
12型結晶度を算出した。さらに、得られた粒子(窒化後)の窒素量と、磁気特性を測定した。窒素量は、窒素化前後の重量変化から算出した。
【0090】
得られた粒子(窒化後)の飽和磁化と異方性磁界を、振動試料型磁力計(VSM)を用いて、飽和漸近則に基づいて測定した。振動試料型磁力計(VSM)については、9T(7.2MA/m)までの磁場を印加できる磁力計を用いた。測定サンプルについては、窒化後の粒子を、アクリル樹脂製の容器(内寸法:直径が5mm、高さが5mm)に充填し、それをパラフィン樹脂で固めて作製した。
【0091】
結果(窒化前)を表1に示す。表1において、磁性化合物の全体組成については、磁性化合物からサンプルを採取し、それを、ICP発光分光分析法で分析した。Mとしては、微量の不可避的不純物が検出されたため、Mの含有量の内訳を表2に示した。なお、表2中のppmは質量ppmである。表1の分析結果は、溶湯の仕込み組成と、ほぼ同等であった。表1の分析結果から、実施例1〜7及び比較例1〜8の磁性化合物の全体組成について、Zrの含有割合xと、希土類サイトの含有量a及びTi含有量cとの関係を纏めたグラフが、
図1である。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
表1及び
図1から分かるように、実施例1〜7の試料においては、磁性化合物の全体組成が適正範囲になっているため、α−Fe相の含有量が2体積%以下になっていることを確認できた。また、実施例1〜7においては、ThMn
12型結晶度が50体積%以上になっていることを確認できた。
【0095】
一方、比較例2〜4及び6〜8の試料においては、磁性化合物の全体組成が適正範囲になっていないため、α−Fe相の含有量が2体積%を超えていることを確認できた。
【0096】
比較例1の試料においては、α−Fe相の含有量は2体積%以下であるものの、磁性化合物中にZrを含まず(z=0)、磁性化合物を高温(600℃)に暴露したとき、分解して、α−Fe相を生成する可能性がある。
【0097】
比較例2の試料においては、Nd
(1−x−y)R
yZr
xで表される希土類サイトで、Zrの含有割合xが、本発明の上限を超えており、Fe
2Zr相が生成されていた。
図5は、比較例5(窒化前)の試料のSEM像を示す図である。
図5において、矢印で示した位置に、Fe
2Zr相の生成が認められる。
【0098】
磁性化合物の全体組成については、希土類サイト、鉄族サイト、Ti、及びMの含有量それぞれを、原子%で表示する方法と、モル比で表示する方法がある。表3は、参考までに、磁性化合物の全体組成(窒化前)を、両者の方法で示したものである。なお、Mの含有量が非常に少量であるため、モル比表示では、Mの含有量の表示を省略した。
【0099】
【表3】
【0100】
磁性化合物は、磁性相と粒界相を有している。EPMA ZAF法を用いると、磁性相の組成を、粒界相の組成と分離して、測定することができる。表4は、窒化前の磁性化合物について、磁性相の組成の測定結果を纏めたものである。表4には、表1で示した、磁性化合物の全体組成を併記してある。また、表4においては、磁性相の組成について、希土類サイト、鉄族サイト、及びTiの含有量を、原子%で表示する方法と、モル比で表示する方法の両方で表示した。なお、Mの含有量が非常に少量であるため、磁性相の組成は、Mの含有量を省略して表示した。
【0101】
【表4】
【0102】
また、表4から、実施例1〜7及び比較例1〜8の磁性相の組成について、Zrの含有割合x’と、希土類サイトの含有量pを纏めたグラフが、
図6である。
【0103】
図6から分かるように、実施例1〜7及び比較例1〜8の磁性相の組成は、直線関係(比例関係)にあり、その傾きは正であることを確認できた。
【0104】
窒化後の磁気化合物の磁気特性を表5に示す。
【0105】
【表5】
【0106】
表5から分かるように、実施例1〜7の試料については、1.55〜1.61Tの高飽和磁化を維持しつつ、6.32〜6.99(MA/m)の高異方性磁界を達成することが確認できた。これは、磁性化合物中のα−Fe相の含有量が2体積%以下によるものと考えられる。なお、窒化の前後で、磁性化合物のα−Fe相の含有量は同等であると考えられる。
【0107】
また、表5から分かるように、すべての試料につき、異方性磁界が7.2MA/m以下であり、この値は、使用した振動試料型磁力計(VSM)の最大印加磁場9T(7.2MA/m)以下であることから、すべての試料で、飽和磁化及び異方性磁界は正しく測定できたと考えられる。
【0108】
参考までに、最大印加磁場が5T(4MA/m)の振動試料型磁力計を用いて測定した値について、飽和磁化及び異方性磁界が既知の試料の結果から外挿して、比較例7及び8の飽和磁化及び異方性磁化を求めると、次のような結果となった。
比較例7:飽和磁化 1.56T、異方性磁界 7.6MA/m
比較例8:飽和磁化 1.57T、異方性磁界 7.8MA/m
いずれも、最大印加磁場9T(7.2MA/m)の振動試料型磁力計(VSM)を用いて計測した場合よりも、高い値を示した。
【0109】
これまで説明してきた内容から、本開示の磁性化合物及びその製造方法並びに磁性紛体の効果を確認できた。