【実施例】
【0040】
次に、本願発明者等が本発明に係る吸音体に対して行った解析検討について説明する。この解析検討では、請求項2に記載した前出の(1)〜(7)式を導出し、導出した数式の妥当性を確認する実験を行った後、妥当性を確認した数式を用い、本発明に係る吸音体の各パラメータ(設計変数)の値を変化させたときの吸音体の吸音特性の変化を確認するシミュレーションを行い、請求項3に記載した各パラメータの数値範囲を導出した。以下では、まず(1)〜(7)式の導出過程を説明する。
【0041】
図4には、(1)〜(7)式の導出に用いた吸音体のモデル50を示す。吸音体のモデル50は、実施形態で説明した吸音体10のうち、塗膜14に穿設された単一の細孔16及び当該単一の細孔16の周囲の一部分をモデル化したものであり、岩綿吸音板12を模した基材部52、塗膜14(膜体18)を模した膜体部54、及び、細孔16を模した開口56を含んでいる。
【0042】
吸音体のモデル50は、解析対象の問題を単純化するため、開口56が一定の半径rの円筒状とされ、膜体部54の表面から基材部52の深さdの位置まで連続しているものとされている。すなわち、開口56は、円筒状の軸線に沿った前半部が膜体部54に囲まれた膜体部領域56B、後半部が基材部52に囲まれた基材部領域56Aとされている。
【0043】
以下では、波長定数をk、特性インピーダンスをWで表し、波長定数k、特性インピーダンスWに添え字が無いとき(k,W)は自由空気中の値、添え字「1」が付されているとき(k
1,W
1)は開口56の膜体部領域56B内の値、添え字「2」が付されているとき(k
2,W
2)は開口56の基材部領域56A内の値、添え字「3」が付されているとき(k
3,W
3)には基材部52内の値とする。
【0044】
また、音響インピーダンスをZで表し、音響インピーダンスZに添え字が無いとき(Z)は吸音体のモデル50の表面における値(系全体の音響インピーダンス)、添え字「1」が付されているとき(Z
1)は開口56の入口における値、添え字「2」が付されているとき(Z
2)は開口56の底部における値、添え字「3」が付されているとき(Z
3)には開口56の基材部領域56Aの側壁における値、添え字「4」が付されているとき(Z
4)には膜体部54の表面における値とする。
【0045】
更に、空気の特性インピーダンスρcで正規化した特性インピーダンスWを正規化特性インピーダンスw、空気の特性インピーダンスρcで正規化した音響インピーダンスZを正規化音響インピーダンスzで表す。
【0046】
吸音体のモデル50において、吸音体のモデル50の表面における音響インピーダンス(系全体の音響インピーダンス)Zは、前出の(1)式に示すように、開口56の入口における音響インピーダンスZ
1と膜体部54の表面における音響インピーダンスZ
4の並列結合で表される。(1)式において、Ωは開口56による開口率であり、膜体部54を音響的に剛とみなせれば、(1)式に示すようにZ=Z
1/Ωとなる。
【0047】
次に、吸音体のモデル50のうち、開口56の入口及び開口56の底部における音圧pと軸方向の粒子速度uに関しては、伝達マトリックスを用いて、前出の(2)式で表すことができる。なお、(2)式において、tは開口56のうち膜体部領域56Bの長さ、dは開口56の基材部領域56Aの長さであり、開口56の入口における音響インピーダンスZ
1は前出の(3)式で表される。
【0048】
このとき、開口56の膜体部領域56B内における波長定数k
1及び特性インピーダンスW
1は、開口56の膜体部領域56Bの側壁が音響的に剛であると仮定すれば、軸方向に対する粘性損失βを考慮して次の(8)式で与えられ、粘性損失βは次の(9)式で与えられる。
【0049】
【数3】
【0050】
但し、(9)式において、ρは自由空気の密度、ηは空気の粘性係数(18×10
-5[g/cm・s] at 20[°C])である。
【0051】
なお、基材部52として利用可能な実際の多孔質の材料において、
図4に示す吸音体のモデル50のように開口56の半径rを明確に規定できるのか、ひいては、(2)式のマトリクス表現が可能なのかという疑義が生じる可能性がある。これに対しては、径の異なる2本の開口(管路)内の音の伝搬に関し、その接続部で生じる放射インピーダンスの実部が1になることが知られているので、マトリックス演算によるインピーダンス合成計算が成立すると考えて良い。
【0052】
また、吸音体のモデル50においては、音場の対称性から、1個の細孔に対応する音響的な仮想グリッド(
図5の左図に破線で示す)の境界で、法線方向の粒子速度は相殺して0となると期待できる。すなわち、仮想グリッドを等半径の円筒で近似し(
図5の右図参照)、仮想グリッドの境界を側壁が剛な管への接続問題に置き換えることが可能である。
【0053】
一方、開口56の基材部領域56A内における波長定数k
2及び特性インピーダンスW
2は次の(10)式で与えられる。
【0054】
【数4】
【0055】
また、(10)式におけるz
3(=Z
3/ρc)は、開口56の基材部領域56Aの側壁における音響インピーダンスZ
3を空気の特性インピーダンスρcで正規化した正規化音響インピーダンスであり、音響インピーダンスZ
3は次の(11)式で与えられる。
【0056】
【数5】
【0057】
上記の(11)式において、Rは隣り合う開口56の距離の1/2であり、開口56による開口率ΩとΩ=πr
2/4R
2という関係がある。また、(11)式におけるJ
1とY
1はベッセル関数である。
【0058】
仮に、開口56が吸音材のモデル50の表面にランダムに分布している場合は、距離Rに代えてR=(r/2)√(π/Ω)を(11)式へ代入すれば、開口56が表面にランダムに分布している吸音材のモデル50(表面に細孔16がランダムに穿設された吸音体10)に対しても、開口率Ωを近似的に設計変数として取り扱うことができる。なお、距離Rが、開口56の基材部領域56Aの側壁における音響インピーダンスZ
3へ及ぼす数値的影響は、実用上かなり小さい。
【0059】
また、開口56の底部における音響インピーダンスZ
2は、基材部52のうち基材部領域56Aを除いた部分の長さ(厚さ)をLとし、基材部52の背後に剛壁が接していると仮定したとき、次の(12)式で与えられる。
【0060】
【数6】
【0061】
なお、(12)式のうち音響インピーダンスZ
2を規定する数式における右辺第2項の級数は、m=n=0の場合を除外すると共に、k
mnが実数の範囲での和をとる。高次モードを与える第2項は、寸法上の制約からその項数は数項に限られる。但し、これが及ぼす数値的影響は比較的大きい。また、aは細孔16の中心の間の平均長さ、J
1は次数1のベッセル関数である。
【0062】
また、孔が空けられた板状の部材(例えば、吸音体のモデル50では膜体部領域56B及び基材部領域56Aの部分に相当)の背後に、多孔質の部材が直接接している場合と、微小な空気層を介して多孔質の部材が存在している場合と、では空気流の相違に起因して吸音特性の違いが生じることが知られている。孔が空けられた板状の部材の背後に微小な空気層を介して多孔質の部材が存在している場合については、前出の(12)式のうち音響インピーダンスZ
2を規定する数式を、右辺第2項を空気層とし、その背後に多孔質の部材が存在している数式に変形すれば数値的に検討できる。
【0063】
一方、開口56の入口における音響インピーダンスZ
1には、放射インピーダンスZ
Rを付け加える必要がある。ここでは、剛な無限大バッフル中の円形ピストンの式を用いる。このとき、隣り合う開口56との相互作用の影響が存在するが(開口56間の距離がある程度離れている場合)、本実施例で説明している吸音体のモデル50ではその数値的影響は無視できる。放射インピーダンスZ
Rは次の(13)式で与えられる。
【0064】
【数7】
【0065】
なお、(13)式において、H
1は第1種Struve関数である。また、開口56のうちの膜体部領域56Bには空気流による摩擦項rmが生じ、これは次の(14)式で与えられる。
【0066】
【数8】
【0067】
以上を要約すると、開口56の入口における音響インピーダンスZ
1は前出の(5)式で表される。また、吸音体のモデル50における垂直入射吸音率α
0とランダム入射吸音率αsは次の(15)式で与えられる。
【0068】
【数9】
【0069】
次に、本願発明者等が実施した、前出の各数式の妥当性を確認する実験について説明する。この実験では、吸音体の試験体を製作し、製作した吸音体の試験体の吸音特性(垂直入射吸音率α
0の周波数特性)を測定し、前出の各数式から計算される吸音特性との比較を行った。
【0070】
吸音体の試験体の岩綿吸音板としては、厚さL+d=9,12,15[mm]の岩綿吸音板を用い、膜体部の厚さt=0.15[mm]とした。また、半径r=0.3[mm]の細孔を手動ドリルにより穿設した(細孔の穿設ピッチは5[mm])。試験体の垂直入射吸音率α
0の測定には内径100[mm]の金属製円筒音響管を用い、ISO-10534-2に準拠して2マイクロフォン法により測定した。この際、試験体と音響管の管壁とに間隙が存在することによる誤差の発生を抑制するため、試験体の周囲にはワセリンを塗布・充填した。製作した試験体の数量は、厚さL+dが互いに異なる岩綿吸音板毎に2個であり、その算術平均値を求めた。なお、それぞれ2個の試験体における垂直入射吸音率α
0の差は小さく、無視できる範囲であった。
【0071】
結果を
図6〜
図8に示す。
図6〜
図8から明らかなように、岩綿吸音板の厚さL+d=9,12,15[mm]の各条件において、前出の各数式から計算した吸音特性(各図に実線で示す)は、製作した試験体に対して測定を行うことで得られた吸音特性(各図に点で示す)との差が小さく、前出の各数式の妥当性が確認された。
【0072】
続いて、本発明に係る吸音体の各設計変数の値を変化させたときの吸音体の吸音特性の変化を確認するシミュレーションを行うことで得られた、各設計変数の数値範囲について説明する。
【0073】
図4に示す吸音体のモデル50において、主要な設計変数は、基材部52(岩綿吸音板12)の流れ抵抗、膜体部54(塗膜14)の厚さt、開口56(細孔16)の半径r、開口56(細孔16)による開口率Ω、基材部52(岩綿吸音板12)の厚さL+dと考えられる。これらの設計変数を変化させた場合の吸音体の吸音特性(垂直入射吸音率α
0の周波数特性)の変化を計算した結果を順に説明する。
【0074】
図9には、基材部52の流れ抵抗を50〜2000[g/s・cm
3]の範囲で変化させた場合の吸音特性の変化を計算した結果を示す。なお、基材部52の流れ抵抗以外の設計変数は、膜体部54の厚さt=0.1[mm]、開口56の半径r=0.1[mm]、開口56による開口率Ω=1[%]、基材部52の厚さL+d=10[mm]とした。
図9に示すように、吸音体の吸音特性は、基材部52の流れ抵抗の変化に対して鋭敏に変化しており、基材部52の流れ抵抗が200[g/s・cm
3]未満の範囲では、垂直入射吸音率α
0が高い値を示す周波数帯域が狭帯域化している。このため、基材部52の流れ抵抗としては200〜2000[g/s・cm
3]の範囲が適切である。
【0075】
図10には、膜体部54の厚さtを0.1〜4[mm]の範囲で変化させた場合の吸音特性の変化を計算した結果を示す。なお、膜体部54の厚さt以外の設計変数は、基材部52の流れ抵抗=500[g/s・cm
3]、開口56の半径r=0.1[mm]、開口56による開口率Ω=1[%]、基材部52の厚さL+d=10[mm]とした。
図10に示すように、膜体部54の厚さtが小さくなるに従って、垂直入射吸音率α
0の最大値が高くなると共に、垂直入射吸音率α
0が最大値になる周波数も高くなっている。なお、
図10に示す周波数範囲では、膜体部54の厚さtを更に小さくしても垂直入射吸音率α
0の変化は飽和する。このため、膜体部54の厚さtとしては0.02〜1[mm]の範囲が適切である。
【0076】
図11には、開口56の半径rを0.05〜2.5[mm]の範囲で変化させた場合の吸音特性の変化を計算した結果を示す。なお、開口56の半径r以外の設計変数は、基材部52の流れ抵抗=500[g/s・cm
3]、膜体部54の厚さt=0.1[mm]、開口56による開口率Ω=1[%]、基材部52の厚さL+d=10[mm]とした。
図11に示すように、開口56の半径rが大きくなるに従って、垂直入射吸音率α
0が高い値を示す周波数帯域が狭帯域化しており、垂直入射吸音率α
0が最大値になる周波数も低くなっている。このため、開口56の半径rとしては1[mm]以下の範囲が適切である。
【0077】
図12には、開口56による開口率Ωを0.1〜5[%]まで変化させた場合の吸音特性の変化を計算した結果を示す。なお、開口56による開口率Ω以外の設計変数は、基材部52の流れ抵抗=500[g/s・cm
3]、膜体部54の厚さt=0.1[mm]、開口56の半径r=0.1[mm]、基材部52の厚さL+d=10[mm]とした。
図12に示すように、開口56による開口率Ωが大きくなるに従って、垂直入射吸音率α
0が最大値になる周波数が高くなると共に、
図12に示す周波数範囲における垂直入射吸音率α
0が低下していき、吸音体として実用性も低下していっている。このため、開口56による開口率Ωとしては2.0[%]以下の範囲が適切である。
【0078】
図13には、基材部52の厚さL+dを5〜25[mm]の範囲で変化させた場合の吸音特性の変化を計算した結果を示す。なお、基材部52の厚さL+d以外の設計変数は、基材部52の流れ抵抗=500[g/s・cm
3]、膜体部54の厚さt=0.1[mm]、開口56の半径r=0.1[mm]、開口56による開口率Ω=1[%]とした。
図13に示すように、基材部52の厚さL+dが小さくなると垂直入射吸音率α
0が高い値を示す周波数帯域が狭帯域化している(特に基材部52の厚さL+d=5[mm]の場合)。このため、基材部52の厚さL+dとしては8[mm]以上の範囲が適切である。