(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、ガスにより浸炭を行う方法としては、常圧(略大気圧)下で浸炭を行う方法と、減圧(真空)下で浸炭を行う方法の2種類があり、一般に前者をガス浸炭、後者を真空浸炭と呼んでいる。このうち、ガス浸炭は、ワークが配置された常圧下の炉内に、キャリアガス(炭素濃度の低い担体ガス)と共にエンリッチガス(炭素濃度の高い加炭ガス)を供給し、鋼中への炭素の侵入をエンリッチガスによって促進させることにより浸炭を行う。
【0003】
ガス浸炭におけるキャリアガスとしては、一般に吸熱型変成ガス(RXガス)や、アルコール類の熱分解ガスが使用されている。また、エンリッチガスとしては、メタン(CH
4)、プロパン(C
3H
8)またはブタン(C
4H
10)等が使用されている。ガス浸炭における炉内の雰囲気制御では、雰囲気中の炭素濃度(カーボンポテンシャル)が予め設定した目標値と一致するようにエンリッチガスの供給量を調節する。また、本願発明者による発明として、エンリッチガスに加え、二酸化炭素または空気を主体とするガスを炉内に供給することで、より高精度に炉内雰囲気を制御する方法も存在している(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
ガス浸炭は、炉内を減圧する必要がないため、真空浸炭と比較して設備費が安価であるという利点を有している。また、炉内の雰囲気制御が可能であると共に長い実績を有することから、安定した品質で再現性の高い浸炭を行うことが可能であり、品質保証も容易であるため、様々な分野で広く使用されている。
【0005】
真空浸炭は、ガス浸炭におけるキャリアガスの代わりに減圧(真空)状態を利用し、ワークが配置された減圧下の炉内に、エンリッチガスに相当する浸炭ガスを供給することにより浸炭を行う。真空浸炭では、低圧であることから炉内の雰囲気制御が難しく、浸炭温度、浸炭時間、炉内圧力、浸炭ガス供給量および拡散時間等の処理条件を管理することで、目標炭素濃度を維持するようにしている。
【0006】
真空浸炭における浸炭ガスとしては、従来、メタン、プロパンまたはブタン等が使用されていたが、これらのガスは、供給量が少ない場合には浸炭ムラが発生し、供給量が多い場合には熱分解により炉内に煤が大量に生じる(いわゆるスーティング(Sooting)が発生する)ことから制御が難しいという問題があった。このため、近年では反応性に富むアセチレン(C
2H
2)が、これらのガスに代えて使用されるようになってきている(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
真空浸炭は、高温処理によりガス浸炭と比較して処理時間が短いという利点を有している。また、浸炭ガスとしてアセチレンを使用することにより、浸炭ムラおよび煤の問題が略解消されたことから、真空浸炭は徐々に普及してきている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
【0022】
図1は、本実施形態に係るガス浸炭装置1の構成を示した概略図である。同図に示されるように、ガス浸炭装置1は、ワーク100を収容する熱処理炉10と、熱処理炉10内に各種ガスを供給するガス供給装置20と、熱処理炉10内の温度および雰囲気を制御する制御装置30と、を備えている。
【0023】
熱処理炉10は、炉内10aに被処理材であるワーク100を収容して加熱すると共に、炉内10aの雰囲気ガスによって浸炭を行うものである。熱処理炉10は、適宜の断熱材によって炉内10aが保温されるように構成されている。また、熱処理炉10は、ガス供給装置20からのガス供給に伴って炉内10aの雰囲気ガスが適宜に外部に排出されるように構成されており、処理中は炉内10aが常圧(略大気圧)に維持されるようになっている。また、炉内10aは、複数のワーク100を適宜の治具11等に載置された状態で収容可能に構成されている。
【0024】
熱処理炉10には、炉内10aを加熱する加熱装置(例えばラジアントチューブヒータ)12と、炉内10aの温度を測定する温度計(例えば熱電対)13と、炉内10aの酸素(O
2)濃度を測定する酸素濃度計14と、炉10aの水素(H
2)濃度を測定する水素濃度計15と、炉内10aの雰囲気ガスを撹拌する撹拌装置(例えばファン)16と、が設けられている。
【0025】
なお、酸素濃度計14は、ジルコニアエレメント両端の酸素濃度差により生じる起電力に基づいて炉内10aの酸素濃度を検出している。このため、酸素濃度計14には、ジルコニアエレメントの一端側に参照エア(空気)を供給するエアユニット17が接続されている。また、水素濃度計15は、連続的な測定を可能とすべく、測定ガスと標準ガスの熱伝導率の差に基づいて水素濃度を検出する熱伝導式のものを使用している。
【0026】
ガス供給装置20は、炉内10aの雰囲気のベースガスとなるキャリアガスと、ワーク100中に侵入させる炭素(C)を供給する浸炭ガスと、浸炭窒化のためのアンモニア(NH
3)ガスと、を炉内10aに供給するものである。従って、ガス供給装置20は、キャリアガスを供給するキャリアガス供給系統21と、浸炭ガスを供給する浸炭ガス供給系統22と、アンモニアガスを供給するアンモニアガス供給系統23と、各供給系統21〜23を炉内10aに接続する接続配管24と、を備えている。
【0027】
また、ガス供給装置20は、キャリアガス供給系統21に窒素(N
2)を供給する窒素供給源25と、キャリアガス供給系統21および浸炭ガス供給系統22にアセチレン(C
2H
2)を供給するアセチレン供給源26と、アンモニアガス供給系統23にアンモニアを供給するアンモニア供給源27と、を備えている。なお、詳細は後述するが、本実施形態では真空浸炭と同様のダイレクトな浸炭を常圧下で行うことを可能としているため、エンリッチガスに代えて浸炭ガスとの用語を使用している。
【0028】
キャリアガス供給系統21は、窒素供給源25からの窒素とアセチレン供給源26からのアセチレンを混合するガス混合器21aと、ガス混合器21aと接続配管24を繋ぐ供給配管21bと、供給配管21bの途中に設けられる電磁弁21cと、キャリアガスの流量を測定する流量計21dと、を備えている。
【0029】
キャリアガスは、上述のように炉内10aの雰囲気のベースガスとなるものであり、大気中の酸素の混入を防止し、炉内10aが酸化性雰囲気とならないようするために供給される。本実施形態では、従来の吸熱型変成ガス(RXガス)やアルコール類の熱分解ガスに代えて、不活性ガスである窒素にアセチレンを少量混合したガスをキャリアガスとして使用している。
【0030】
ガス混合器21aは、制御装置30に制御されて窒素供給源25からの窒素にアセチレン供給源26からのアセチレンを所定の量だけ添加混合し、キャリアガスを生成する。三重結合を有する鎖式不飽和炭化水素であり、反応性に富むアセチレン(HC≡CH)を適宜に混合することで、窒素供給源25からの窒素に酸素や水(H
2O)が混入している場合にも、これらが浸炭に及ぼす影響を打ち消すことが可能となる。
【0031】
具体的には、炉内10aの酸素は、ワーク100の表面に優先的に吸着するため、浸炭を阻害する要因となるが、次の(a)式のようにアセチレンを酸素と反応させて一酸化炭素(CO)および水素を生成することで、炉内10aの酸素濃度を下げることができる。
C
2H
2+O
2→2CO+H
2 ・・・(a)
【0032】
また、水(水蒸気)は、炉内10aで分解して水素と共に酸素を生成し得るが、次の(b)式のようにアセチレンと水を反応させることによって炉内10aの水分濃度を減少させることができる。
C
2H
2+2H
2O→2CO+3H
2 ・・・(b)
【0033】
制御装置30は、酸素濃度計14の測定結果に基づいて、ガス混合器1aにおけるキャリアガスへのアセチレンの混合量を制御する。すなわち、炉内10aの酸素濃度が高い場合にはアセチレンの混合量を増やし、炉内10aの酸素濃度が低い場合にはアセチレンの混合量を減らす。なお、酸素や水と反応しなかったアセチレンは、浸炭ガスとして浸炭に寄与することとなる。
【0034】
キャリアガスへのアセチレンの混合量は、窒素供給源25からの窒素に混入している酸素および水の量にもよるが、キャリアガス全体に対して0.1〜3.0容量%の範囲内であることが好ましい。また、酸素および水の混入量が少ない場合には、アセチレンを混合せずに窒素単体をキャリアガスとしてもよい。
【0035】
浸炭ガス供給系統22は、アセチレン供給源26と接続配管24を繋ぐ供給配管22bと、供給配管22bの途中に設けられる電磁弁22cと、浸炭ガスの流量を測定する流量計22dと、を備えている。浸炭ガスは、上述のように浸炭に必要な炭素を供給するものである。本実施形態では、キャリアガスに混合するガスと同様に、浸炭ガスとして鎖式不飽和炭化水素であるアセチレンを使用している。
【0036】
アセチレン等の鎖式不飽和炭化水素を浸炭ガスとして使用した場合、その高い反応性(ワーク100表面への高い吸着性)により、プロパン(C
3H
8)等の鎖式飽和炭化水素を使用した場合よりも処理時間を短縮することが可能となる。さらに、本実施形態では、キャリアガスを窒素とアセチレンの混合ガスから構成することで、炭素の供給源を略アセチレンのみとしているため、浸炭量を高精度に制御することが可能となっている。
【0037】
なお、アセチレンの高い反応性は過剰浸炭の原因となる場合があるが、本実施形態では、浸炭ガスを断続的(パルス的)に炉内10aに供給することで、過剰浸炭の発生を防止するようにしている。具体的に制御装置30は、所定の間隔(例えば、300秒)で、所定の開放時間(例えば、120秒)だけ電磁弁22cを開くことで、断続的に浸炭ガスを炉内10aに供給する。このように浸炭ガスを断続的に供給することで、炭素の供給過剰を抑制すると共に、ワーク100内での炭素の拡散を促進することができるため、局部的な浸炭ムラの発生を防止することが可能となる。また、スーティングの発生も防止することができる。
【0038】
浸炭ガスとしてのアセチレンの純度は、特に限定されるものではないが、炉内10aの雰囲気制御の精度および応答性を高めるためには、窒素以外の不純物(特に、酸素、水および炭化水素)が少ないことが好ましい。具体的には、浸炭ガス中の窒素以外の不純物の含有量は、1容量%以下であることが好ましく、0.5容量%以下であればより好ましく、0.01容量%以上であることが最も好ましい。
【0039】
アンモニアガス供給系統23は、アンモニア供給源27と接続配管24を繋ぐ供給配管23bと、供給配管23bの途中に設けられる電磁弁23cと、アンモニアガスの流量を測定する流量計23dと、を備えている。アンモニアガスは、浸炭窒化を行う場合に、浸炭ガスと共に炉内10aに供給されるものである。キャリアガスに浸炭ガスと共にアンモニアを少量添加することで、スーティングを発生させることなく、高品質な浸炭窒化を行うことができる。すなわち、本実施形態のガス浸炭装置1は、浸炭窒化も行うことが可能となっている。
【0040】
接続配管24は、各供給配管21b〜23bと炉内10aを接続する配管である。接続配管24は、各供給配管21b〜23bをまとめて炉内10aに接続するものであってもよいし、個別に炉内10aに接続するものであってもよい。
【0041】
窒素供給源25は、PSA方式の窒素ガス発生装置から構成されており、圧力スイング吸着法(Pressure Swing Adsorption;PSA)により空気中から窒素を分離してキャリアガス供給系統21に供給する。なお、窒素供給源25は、窒素ガスや液体窒素を収容した容器から構成されるものであってもよいが、比較的低コストで安定的に窒素を供給するためには、PSA方式の窒素ガス発生装置から窒素供給源25を構成することが好ましい。
【0042】
PSA方式の窒素ガス発生装置は、液体窒素と比較して酸素や水の混入が多くなるが、本実施形態では、上述のように予めアセチレンを混合することで、これらの不純物による影響を排除するようにしている。
【0043】
アセチレン供給源26は、アセチレンを収容した容器から構成されている。上述のように、浸炭ガスとしてのアセチレンは窒素以外の不純物が少ない方が好ましい。従って、アセチレン供給源26は、高純度アセチレンを供給するものであることが好ましく、アセトンやジメチルホルムアミド(DMF)等の溶剤を使用しないものであることがより好ましい。具体的にアセチレン供給源26は、純度が99%以上のアセチレンを供給するものであることが好ましく、純度が99.5%以上のアセチレンを供給するものであればより好ましく、純度が99.9%以上のアセチレンを供給するものであることが最も好ましい。
【0044】
なお、本実施形態では、1つのアセチレン供給源26からキャリアガス供給系統21および浸炭ガス供給系統22の両方にアセチレンを供給するようにしているが、キャリアガス供給系統21および浸炭ガス供給系統22にそれぞれ個別にアセチレン供給源26を設けるようにしてもよい。キャリアガスに混合するアセチレンは、高純度であることが好ましいが、使用量が少ないことから浸炭ガス程の純度は必要なく、例えば溶接用のアセチレンであってもよい。
【0045】
アンモニア供給源27は、アンモニアを収容した容器から構成されている。なお、図示は省略するが、ガス供給装置20はさらに、炉内10aに硫化水素(H
2S)ガスを供給する硫化水素供給源および硫化水素ガス供給系統を備え、浸硫浸炭および浸硫浸炭窒化を行うことが可能に構成されるものであってもよい。
【0046】
制御装置30は、適宜のマイコンまたはPC等から構成されている。制御装置30は、温度計13の信号出力に基づき、炉内10aが予め設定された温度になるように加熱装置12を制御する。制御装置30はまた、ガス供給装置20の各電磁弁21c〜23cを制御して、所定のタイミングで炉内10aに必要なガスを供給する。
【0047】
さらに、制御装置30は、酸素濃度計14の信号出力に基づき、上述のようにガス混合器21aを制御してキャリアガスに混合するアセチレンの量を調整する。また、制御装置30は、水素濃度計15の信号出力に基づき、電磁弁22cを制御して炉内10aへの浸炭ガスの供給量を調整する。なお、測定した炉内10aの温度、酸素濃度および水素濃度は、必要に応じて外部の機器に出力され記録される。
【0048】
本実施形態では、キャリアガスとして窒素とアセチレンの混合ガスを使用し、浸炭ガスとしてアセチレンを使用しているため、酸素原子は不純物としてしか炉内10aに供給されない。従って、炉内10aの雰囲気中には一酸化炭素はごく僅かにしか存在せず、ワーク100への炭素の供給(すなわち、浸炭)は、次の(c)式に基づいてアセチレンからダイレクトに行われることとなる。
C
2H
2→2C+H
2 ・・・(c)
【0049】
キャリアガスは不純物としてしか水素原子を含まないため、水素濃度計15の検出する水素濃度は、浸炭ガスであるアセチレンから生成された水素の濃度と略等しくなる。そして、この水素濃度は、炭素の供給量に略比例することとなる。すなわち、本実施形態では、炉内10aの水素濃度に基づいて、高精度にワーク100に対する浸炭量を制御することが可能となっている。また、炉内10aの水素濃度に基づいて、スーティングの発生を防止することが可能となっている。
【0050】
なお、浸炭ガスとしては、アセチレン以外にも、例えばプロピン(CH
3C≡CH)や1−ブチン(CH
3CH
2C≡CH)等の三重結合を有するその他の鎖式不飽和炭化水素を使用するようにしてもよいし、例えばエチレン(H
2C=CH
2)やブタジエン(CH
2=CH−CH=CH
2)等の二重結合を有するその他の鎖式不飽和炭化水素を使用するようにしてもよい。また、複数種類の鎖式不飽和炭化水素を混合したガスや、鎖式不飽和炭化水素と窒素の混合ガスを浸炭ガスとして使用するようにしてもよい。但し、分子量が増すと安定性が減少して煤が発生しやすくなる点、三重結合を有する方が反応性に富む点、および入手の容易さ等を考慮すると、浸炭ガスとしてアセチレン単体またはアセチレンと窒素の混合ガスを使用することが好ましい。
【0051】
同様に、キャリアガスにアセチレン以外の鎖式不飽和炭化水素を混合するようにしてもよいが、上述の理由からアセチレンを混合することが好ましい。また、浸炭ガスとは異なる鎖式不飽和炭化水素をキャリアガスに混合するようにしてもよいが、供給源を統一する等、装置の簡素化の観点からは、キャリアガスに混合するガスと浸炭ガスは同一の鎖式不飽和炭化水素であることが好ましい。
【0052】
次に、本実施形態のガス浸炭方法の具体的な手順について説明する。
【0053】
図2は、本実施形態のガス浸炭方法のタイムチャートの一例を示した図である。浸炭に際しては、予め流量計21d〜23dを確認しながら流調弁等(図示省略)の開度を調整し、キャリアガスおよび浸炭ガスの供給流量を設定しておく。各ガスの供給流量は、特に限定されるものではなく、熱処理炉10内の容積やワーク100の表面積、必要な硬化深さ等に応じて適宜に設定すればよい。
【0054】
各ガスの供給流量が適切に設定されているならば、浸炭処理を開始する。まず、制御装置30がキャリアガス供給系統21の電磁弁21cを開いて炉内10aに一定流量のキャリアガスを供給する。酸素濃度計14の検出する炉内10aの酸素濃度の低下が止まり、炉内10aの雰囲気がキャリアガスに置き換わったならば、制御装置30は、炉内10aの酸素濃度に基づいてガス混合器21aを制御し、キャリアガスに混合するアセチレンの量を調整する。以後、制御装置30は、キャリアガスの供給および炉内10aの酸素濃度に基づくガス混合器21aの制御を継続し、これにより炉内10aの酸素濃度が略最低限に保たれる。
【0055】
炉内10aの酸素濃度が略最低限となったならば、炉内10aにワーク100を配置する。ワーク100は、熱処理炉10に隣接して設けられた前室(図示省略)内に予め収容されており、専用の搬送装置によって炉内10aに搬送される。ワーク100が炉内10aに配置されたならば、制御装置30は、加熱装置12を制御して、予め設定された浸炭温度T
1まで炉内10aを昇温する(昇温時間t
1)。
【0056】
炉内10aが浸炭温度T
1となったならば、制御装置30は、炉内10aを浸炭温度T1に保持するように加熱装置12を制御する。そして、予め設定された均熱時間t
2が経過したならば、浸炭ガス供給系統22の電磁弁22cを制御して炉内10aへの浸炭ガスの供給を開始する。
【0057】
浸炭ガスの供給は、予め設定された浸炭時間t
3中に断続的に行われる。具体的に制御装置30は、予め設定された開放時間t
oの電磁弁22cの開放を、予め設定された供給間隔I
oで、予め設定された繰り返し回数nだけ繰り返す。なお、ここで供給間隔Ioとは、電磁弁22cを開くタイミングの間隔のことであり、開放時間t
oの経過後に電磁弁22cを閉じてから次に開くまでの間隔(電磁弁22cが閉じている時間)のことではない。制御装置30はまた、浸炭時間t
3中に炉内10aの水素濃度を監視し、水素濃度が高すぎると判定した場合は次回の開放時間t
oを短縮し、水素濃度が低すぎると判定した場合は次回の開放時間t
oを延長する。
【0058】
浸炭ガスを断続的に供給することにより、反応性に富むアセチレンを使用しながらもワーク100への炭素の供給が過剰とならないようにすることができるため、浸炭ムラおよびスーティングの発生を防止しつつ浸炭量を高精度に制御することが可能となる。なお、浸炭ガスの1回の供給量は浸炭ガスの供給流量に開放時間t
oを乗じた量となり、これにnを乗じた値が浸炭ガスの総供給量となる。
【0059】
浸炭ガスの供給をn回行ったならば、制御装置30は、予め設定された拡散時間t
4の間、キャリアガスのみを供給する状態で炉内10aを浸炭温度T
1に保持する。この間、ワーク100中に侵入した炭素が適宜に拡散し、所望の厚み(深さ)の硬化層が形成されることとなる。
【0060】
拡散時間t
4が経過したならば、制御装置30は、加熱装置12を制御して予め設定された焼入保持温度T
2まで炉内10aを降温する(降温時間t
5)。そして、予め設定された焼入保持時間t
6の間、炉内10aの温度を焼入保持温度T
2に維持するように、加熱装置12を制御する。焼入保持時間t
6の経過後、ワーク100は搬送装置によって前室内に搬送され、前室内に設けられた油槽(図示省略)内に油焼入時間t
7の間浸漬される。これにより、焼入れが行われる。なお、油槽内は、予め設定された焼入温度T
3に保持されている。
【0061】
以上の手順により、1ロットのワーク100に対するガス浸炭が完了する。制御装置30は、次のロットのワーク100を処理する場合は、キャリアガスの供給および加熱装置12による加熱を継続し、上記手順を繰り返す。ガス浸炭装置1を停止する場合は、キャリアガス供給系統21の電磁弁21cを閉じてキャリアガスの供給を停止すると共に、加熱装置12による加熱を停止する。
【0062】
本実施形態では、キャリアガスとして窒素とアセチレンの混合ガスを使用し、浸炭ガスとしてアセチレンを使用することで、炉内雰囲気のガス成分をシンプル化している。これにより、炉内10aを常圧下としながらも、真空浸炭と同様の手順によるアセチレンからのダイレクトな浸炭を行うことが可能となっている。さらに、浸炭ガスの供給を断続的に行うことにより、浸炭ムラおよびスーティングの発生を効果的に防止することが可能となっている。また、炉内10aを減圧する必要がないため、真空浸炭と比較して設備費および操業費を低減することが可能となっている。
【0063】
なお、上述のように本実施形態では、浸炭ガスの供給流量と電磁弁22cの開放時間t
oの設定によって、炉内10aへの浸炭ガスの1回の供給量を設定しているが、浸炭ガス供給系統22に浸炭ガスを一旦貯留する適宜のレシーバタンクを設け、レシーバタンクの容積および圧力によって炉内10aへの浸炭ガスの1回の供給量を設定するようにしてもよい。この場合、炉内10aへ浸炭ガスを短時間で一気に供給することができるため、処理時間をさらに短縮することが可能となる。また、浸炭ガス供給系統22および接続配管24は、炉内10aのワーク100に向けて複数のノズルから浸炭ガスを吹き出すように構成されるものであってもよい。
【0064】
また、本実施形態では、キャリアガスの供給中に炉内10aの酸素濃度に基づいて制御装置30がキャリアガスに混合するアセチレンの量を調整するようにしているが、窒素中の不純物の量が大きく変動しないような場合にはアセチレンの混合量を固定し、このようなフィードバック制御を省略するようにしてもよい。同様に本実施形態では、浸炭ガスを供給する際に炉内10aの水素濃度に基づいて制御装置30が電磁弁22cの開放時間t
oを調整するようにしているが、開放時間t
oを固定してこのようなフィードバック制御を省略するようにしてもよい。すなわち、それまでの処理実績における水素濃度値等に基づいて予め設定した供給量の浸炭ガスを炉内10aに供給するようにし、炉内10aの水素濃度は後の確認のために監視および記録するだけとしてもよい。さらに、浸炭条件等によっては、浸炭ガスを炉内10aに断続的に供給するのではなく、キャリアガスおよび浸炭ガスを所定の流量比で連続的に供給するようにしてもよい。
【0065】
以上説明したように、本実施形態に係るガス浸炭方法は、常圧下の熱処理炉10内に収容したワーク100を加熱すると共に、熱処理炉10内にキャリアガスおよび浸炭ガスを供給するガス浸炭方法であって、キャリアガスとして窒素または窒素と鎖式不飽和炭化水素の混合ガスを使用し、浸炭ガスとして鎖式不飽和炭化水素または鎖式不飽和炭化水素と窒素の混合ガスを使用する。
【0066】
また、本実施形態に係るガス浸炭装置1は、常圧下でワーク100を収容する熱処理炉10と、熱処理炉10内を加熱する加熱装置12と、熱処理炉10内にキャリアガスを供給するキャリアガス供給系統21と、熱処理炉10内に浸炭ガスを供給する浸炭ガス供給系統22と、を備え、キャリアガス供給系統21は、窒素または窒素と鎖式不飽和炭化水素の混合ガスをキャリアガスとして供給し、浸炭ガス供給系統22は、鎖式不飽和炭化水素または鎖式不飽和炭化水素と窒素の混合ガスを浸炭ガスとして供給する。
【0067】
このような構成とすることで、炉内10aを常圧下としながらも、真空浸炭と同様にアセチレンからのダイレクトな浸炭を行うことが可能となるため、常圧下で迅速、且つ、高精度の浸炭を行うことができる。
【0068】
また、本実施形態に係るガス浸炭方法では、熱処理炉10内を所定の浸炭温度T
1に保持した状態で、浸炭ガスを熱処理炉10内に断続的に供給する。また、ガス浸炭装置1は、浸炭ガスを熱処理炉10内に断続的に供給するように、浸炭ガス供給系統22を制御する制御装置30を備えている。このようにすることで、アセチレンによる迅速な浸炭を可能としながらも、ワーク100への炭素の供給を適宜に抑制することが可能となるため、浸炭ムラおよびスーティングの発生を防止すると共に、浸炭量を高精度に制御することができる。
【0069】
また、本実施形態に係るガス浸炭方法では、キャリアガスとして浸炭ガスと同一の鎖式不飽和炭化水素と窒素の混合ガスを使用することが好ましい。このようにすることで、ガス供給装置20を簡素化し、設備費を低減することができる。
【0070】
また、本実施形態に係るガス浸炭方法では、浸炭ガスとしてアセチレンまたはアセチレンと窒素の混合ガスを使用することが好ましい。高い反応性と安定性を兼ね備え、さらに入手の容易なアセチレンを浸炭ガスとして使用することで、処理時間の短縮および浸炭量の高精度な制御を低コストで容易に実現することができる。
【0071】
また、本実施形態に係るガス浸炭方法では、浸炭ガスとして純度が99容量%以上のアセチレンを使用することが好ましい。このようにすることで、浸炭ガス中に含まれる不純物の影響を排除し、高精度の浸炭を迅速に行うことができる。また、一般に流通している高純度アセチレンをそのまま浸炭ガスとして使用することができる。
【0072】
また、本実施形態に係るガス浸炭方法では、キャリアガスとして使用する窒素を圧力スイング吸着法により空気から分離している。このようにすることで、低コストで安定的に窒素を供給することができる。
【0073】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明のガス浸炭方法およびガス浸炭装置は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0074】
また、上記実施形態において示した作用および効果は、本発明から生じる最も好適な作用および効果を列挙したものに過ぎず、本発明による作用および効果は、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0075】
以下、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は、本実施例に何ら限定されるものではない。
【0076】
本実施例では、上記実施形態のガス浸炭装置1を使用し、4種類のテストピースTP1〜TP4に対して
図2に示すタイムチャートに沿って浸炭を行った。そして、浸炭後の各テストピースTP1〜TP4についてマイクロビッカース硬度計による硬さ試験を実施すると共に、光学顕微鏡による組織観察を行った。
【0077】
テストピースTP1は外径30mm、高さ30mmの円柱状のSCM415材とし、テストピースTP2は外径15mm、高さ30mmの円柱状のSCM415材とし、テストピースTP3は外径30mm、内径10mm、高さ30mmの円筒状のSCM415材とし、テストピースTP4は外径24mm、内径10mm、高さ30mmの円筒状のSNCM420材とした。
【0078】
図2のタイムチャートにおける浸炭温度T
1は930℃に、焼入保持温度T
2は870℃に、油焼入温度T
3は65℃に設定した。また、昇温時間t1は60分に、均熱時間t2は30分に、浸炭時間t3は90分に、拡散時間t4は120分に、降温時間t5は30分に、焼入保持時間t6は30分に、油焼入時間t7は15分に設定した。
【0079】
キャリアガスには窒素に純度99容量%のアセチレンを混合したガスを使用し、浸炭ガスには純度99容量%のアセチレンを使用した。キャリアガスの供給流量は1m
3/時間とし、浸炭ガスの供給流量は2リットル/分とした。浸炭ガスの供給間隔I
oは300秒とし、繰り返し回数nは20回に設定した。また、電磁弁22cの開放時間t
oは120秒とし、1回の供給ごとに4リットルの浸炭ガスが供給されるように設定した。
【0080】
硬さ試験の測定荷重は0.1kgfとし、表面からの距離が0.05mm、0.1mm、0.2mm、0.5mm、0.7mm、1.0mm、1.2mm、1.5mmおよび2.0mmとなる9箇所について測定を行った。組織観察では、浸炭された表面近傍の断面と、浸炭されていない内部の断面を観察し、写真を撮影した。
【0081】
図3は、硬さ試験の結果を示したグラフである。同図に示されるように、テストピースTP1〜TP4のいずれにおいても表面近傍の硬度が略HV800となり、HV500以上の有効硬化深さが1mm以上となることが確認された。また、深さ方向の硬さの低下度合も緩やかであり、鋼材中に炭素が適切に拡散し、略理想的な硬さ分布が得られることが確認された。
【0082】
図4(a)はテストピースTP1の表面近傍における断面の顕微鏡写真であり、同図(b)はテストピースTP1の内部における断面の顕微鏡写真である。また、
図5(a)はテストピースTP2の表面近傍における断面の顕微鏡写真であり、同図(b)はテストピースTP2の内部における断面の顕微鏡写真である。また、
図6(a)はテストピースTP4の表面近傍における断面の顕微鏡写真であり、同図(b)はテストピースTP4の内部における断面の顕微鏡写真である。これらの図に示されるように、表面近傍および内部のいずれにおいて良好な組織が得られることが確認された。
【0083】
すなわち、上記実施形態のガス浸炭方法およびガス浸炭装置1によれば、良好な品質の浸炭を短時間で処理可能であることが確認された。