特許第6543516号(P6543516)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6543516
(24)【登録日】2019年6月21日
(45)【発行日】2019年7月10日
(54)【発明の名称】鉛電解液のリサイクル方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 61/00 20060101AFI20190628BHJP
   C25C 1/18 20060101ALI20190628BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20190628BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20190628BHJP
   C25C 1/20 20060101ALN20190628BHJP
【FI】
   C22B61/00
   C25C1/18
   C22B11/00 101
   C22B3/44 101Z
   !C25C1/20
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-119530(P2015-119530)
(22)【出願日】2015年6月12日
(65)【公開番号】特開2017-2376(P2017-2376A)
(43)【公開日】2017年1月5日
【審査請求日】2018年4月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039131
【氏名又は名称】DOWAメタルマイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】西垣 広大
(72)【発明者】
【氏名】一箭 健治
【審査官】 米田 健志
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−228488(JP,A)
【文献】 特開昭55−065382(JP,A)
【文献】 特開昭56−093887(JP,A)
【文献】 特開昭61−009588(JP,A)
【文献】 特開昭53−075195(JP,A)
【文献】 特表昭57−501431(JP,A)
【文献】 特開2004−137559(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00〜61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗鉛の電解精製で使用したケイフッ化物イオン、平滑剤およびタリウムイオンを含む鉛電解液にヨウ化物イオンを添加し、析出したヨウ化タリウム結晶を分離・回収するタリウム回収工程と、
前記タリウムを回収後の鉛電解液に、ヨウ化物イオンに対するモル比Ag/Iで1以上10以下の銀イオンを添加してヨウ化銀結晶を析出させ、析出したヨウ化銀を分離・回収するヨウ化物除去工程と、
前記ヨウ化物除去後の鉛電解液を、アノードおよびカソードに鉛を用いて電解精製し、カソード表面に金属銀を析出させて銀を回収する銀回収工程と、
を含む鉛電解液のリサイクル方法。
【請求項2】
前記のタリウム回収工程において、タリウムを回収した後の鉛電解液中の遊離のタリウムイオン濃度を0.5g/L以上10g/L以下とする、請求項1に記載の鉛電解液のリサイクル方法。
【請求項3】
前記のヨウ化物除去工程における銀イオンの添加は、ケイフッ化水素酸の水溶液に酸化銀を化学的に溶解したもの、およびケイフッ化水素酸の水溶液に銀を電解により溶解したもののうち、いずれか一方または双方のものを用いて行う、請求項1または2に記載の鉛電解液のリサイクル方法。
【請求項4】
前記の平滑剤が膠である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の鉛電解液のリサイクル方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛合金の電解精製に使用する鉛電解液からタリウムを分離・回収して再使用する、鉛電解液のリサイクル方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛精錬における粗鉛の精製法には乾式精製法と湿式の電解精製法があり、高純度の鉛が要求される場合には電解精製法が用いられる。電解精製法としては、電解液にケイフッ化水素酸水溶液を用いるベッツ法が従来から知られている。
粗鉛中には不純物の錫、銅、タリウム等が相当量含有されており、錫および銅はドロッシングにより除去可能であるが、ドロッシング後においても粗鉛中にタリウムが残存する。したがって、粗鉛をアノードとして電解精製を継続すると、鉛電解液中にタリウムイオンが蓄積する。電解液中にタリウムイオンが蓄積すると、カソードに析出する精製鉛中にタリウムが取り込まれて精製鉛の品位が低下すること、および、タリウム自体が有価金属であることから、鉛電解液からタリウムを回収する必要がある。
【0003】
鉛電解液からのタリウムの回収技術としては、例えば特許文献1(特開平2−228488号公報)が挙げられる。特許文献1には、鉛と錫を含有する粗鉛をアノードとし、珪弗化水素酸を主体とする電解液から鉛錫合金を得る電解において、該電解液にヨウ化物を添加し、タリウムをヨウ化タリウムとして回収する技術が開示されている。なおこの技術は、錫を多量に含む粗鉛の電解精製に関するものであり、電解液中に錫が溶出するため、ヨウ化物の好ましい添加量がタリウムに対して1.0〜1.2当量であるとしている。
【0004】
しかし、特許文献1に開示されている技術の場合、電解精製に使用した鉛電解液のタリウム濃度を0.1g/Lまで低下させており、鉛電解液からタリウムを回収することは可能であるが、タリウム回収後の電解液を鉛電解液として再使用すると、カソードの表面に鉛のデンドライト(樹枝状結晶)が析出し、電解精製を長時間行うことができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−228488号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した先行技術の問題点に鑑み、タリウムの回収後においても電解液として再使用が可能な鉛電解液のリサイクル方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等が鋭意研究を行ったところ、電解精製に用いた鉛電解液中にヨウ化物イオンを添加し、タリウムを分離・回収した後の電解液を鉛電解液として再使用すると、電解精製の際のカソードにおける鉛析出反応の過電圧が著しく低下するため、結果としてカソード上でデンドライト状の鉛結晶が析出し易くなることが判明した。また、このカソード過電圧の低下は、鉛電解液中の遊離のヨウ化物イオン濃度を低下させることにより抑制できることを見出した。
【0008】
鉛電解液中の遊離のヨウ化物イオン濃度が増加するとカソードにおける鉛析出反応の過電圧が低下する機構は明らかではないが、本発明者等は以下のように推定している。
すなわち、鉛電解液中には、平滑剤として膠等の有機物が含まれているが、これらの有機物は、鉛電解液の粘度を増加させることによりカソード上の電析鉛を平滑化する作用を有するとともに、アノード表面で一部酸化されてプラスに荷電した有機物が、電位勾配によりカソード側に泳動してカソード表面で皮膜を形成し、鉛電析のカソード過電圧を増加させることによりカソード上の電析鉛を平滑化するものと考えられる。その際、鉛電解液中に遊離のヨウ化物イオンが存在すると、有機物の電荷が中和され、カソード表面における皮膜形成が抑制されるためにカソード過電圧が減少するものと推測される。
したがって、ヨウ化物イオンを用いてタリウムの回収を行った場合、鉛電解液を再使用可能とするためには、タリウム回収後の鉛電解液中に溶存する遊離のヨウ化物イオン濃度を低減させる必要がある。本発明者等は、以上の知見を基に本発明を完成させた
【0009】
上記課題を解決するために、本発明においては、以下の鉛電解液のリサイクル方法が提供される。
すなわち、本発明においては、
粗鉛の電解精製に使用したケイフッ化物イオン、平滑剤およびタリウムイオンを含む鉛電解液にヨウ化物イオンを添加し、析出したヨウ化タリウム結晶を分離・回収するタリウム回収工程と、前記タリウムを回収後の鉛電解液に、ヨウ化物イオンに対するモル比Ag/Iで1以上10以下の銀イオンを添加してヨウ化銀結晶を析出させ、析出したヨウ化銀を分離・回収するヨウ化物除去工程と、前記ヨウ化物除去後の鉛電解液をアノードおよびカソードに鉛を用いて電解し、カソード表面に金属銀を析出させて銀を回収する銀回収工程と、を含む鉛電解液のリサイクル方法が提供される。
本発明の鉛電解液のリサイクル方法においては、前記のタリウム回収工程における鉛電解液中の遊離のタリウムイオン濃度を0.5g/L以上10g/L以下にすることが好ましい。
【0010】
上記ヨウ化物除去工程での銀イオンの添加においては、例えば、ケイフッ化水素酸の水溶液に酸化銀を化学的に溶解したもの、およびケイフッ化水素酸の水溶液に銀を電解により溶解したもののうち、いずれか一方のものを用いるか、あるいは双方のものを用いることができる。前記の平滑剤としては例えば膠を用いることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の鉛電解液のリサイクル方法を用いることにより、タリウムを分離・回収した後の鉛電解液を電解精製に再使用することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の鉛電解液のリサイクル方法の手順を例示したフローチャート。
図2】本発明の鉛電解液のリサイクル方法を実施するための工程を例示した工程図。
図3】実施例1の手順でタリウムを回収した鉛電解液で電解精製を行った際に得られるカソードの外観写真。
図4】比較例1の手順でタリウムを回収した後、ヨウ化物イオンの除去を行わなかった鉛電解液で電解精製を行った際に得られるカソードの外観写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の鉛電解液のリサイクル方法の詳細について説明する。
[鉛の電解精製]
鉛の電解精製は、不純物を含む粗鉛を鉛電解液中でアノードとして電解し、カソード上に精製鉛を電析させることにより行う。本発明においては、精製の対象となる粗鉛については特に規定するものではないが、鋳造前に500℃程度まで温度を低下させ、錫および銅の大部分をドロスとして分離したものを用いると、鉛電解液のリサイクルの負荷が軽くなる。
【0014】
電解精製に用いる鉛電解液は、ケイフッ化水素酸を主体とする水溶液に、カソードの電析形態を制御するための平滑剤を添加したものである。平滑剤としてはカソード表面において皮膜形成作用を有する膠、ゼラチン、ポリエチレングリコールやポリビニールアルコール等を用いることができるが、安価で平滑作用の良好な膠を用いることが好ましい。また、鉛電解液には必要に応じて界面活性剤等の他の添加剤を加えても良い。
【0015】
電解精製は通常、液温33〜45℃、電流密度77〜154kA/m2の条件で行う。電解精製を継続するとアノードの粗鉛から鉛およびタリウム等の不純物の金属元素が溶出し、鉛電解液中の鉛イオン濃度は50〜70g/L程度になるが、タリウムイオン濃度は時間とともに増加する。
【0016】
[タリウム回収工程]
本発明の鉛電解液のリサイクル方法においては、鉛電解液中に溶出したタリウムイオンの分離・回収にはヨウ化タリウムの析出反応を利用する。ヨウ化タリウムは純水に対する溶解度が0.08g/飽和水溶液1dm3(25℃)、溶解度積Ksp=9.96×10-8(30℃)で水に難溶性の塩である。したがって、タリウムイオンを含む鉛電解液中にヨウ化物イオンを添加すると、ヨウ化物イオンとタリウムイオンとが反応してヨウ化タリウム結晶が析出する。本発明のリサイクル方法においては、析出したヨウ化タリウム結晶を、例えばフィルタープレス等の公知の固液分離手段により鉛電解液から分離し、有価物質として回収する。
本回収工程において添加するヨウ化物イオン源としては、ヨウ化ナトリウム(NaI)、ヨウ化カリウム(KI)等の水可溶性の塩の水溶液やヨウ化水素(HI)の水溶液を用いることができる。
【0017】
本回収工程においては、ヨウ化タリウムを析出させた後の鉛電解液中の遊離のタリウムイオン濃度を0.5g/L以上とすることが好ましい。タリウムの回収のみを考えると、溶存するタリウムイオンの当量以上のヨウ化物イオンを添加し、溶存タリウムイオンの大部分を回収しても構わないが、その場合、遊離のヨウ化物イオン濃度が増加し、後述するヨウ化物除去工程において必要な銀イオン量が増加するので、経済的な観点から好ましくない。また、ヨウ化タリウムを析出させた後の鉛電解液中の遊離のタリウムイオン濃度が0.5g/Lを下回ると、タリウム回収の効率が低下するので好ましくない。
なお、本回収工程において、ヨウ化タリウムを析出させた後の鉛電解液中の遊離のタリウムイオン濃度を規定するのは、濃厚な鉛電解液中の極微量アニオン種であるヨウ化物イオンの濃度を測定するのが困難なためで、鉛電解液中の遊離のヨウ化物イオン濃度は、遊離のタリウムイオン濃度と溶解度積の値から算出する。
【0018】
本回収工程のヨウ化タリウム沈澱の析出反応に用いる反応器としては、回分式反応器および連続式反応器のいずれを用いても良いが、生産性の高い連続槽型反応器を用いることが好ましい。本発明のリサイクル方法においては、反応温度と反応時間(連続式反応器の場合は滞留時間)は特に規定するものではないが、通常、20℃以上40℃以下で、20分間以上30分間以下の条件で行うのが好ましい。
【0019】
[ヨウ化物除去工程]
前記のタリウム回収工程の固液分離後の鉛電解液中には4〜10mg/L程度のヨウ化物イオンが残存しており、この電解液をそのまま電解精製の鉛電解液にリサイクルすると、電解精製の際にカソード上にデンドライト状の鉛結晶が電析し易くなるので、電解液中に残存するヨウ化物イオンを除去する必要がある。
【0020】
本発明の鉛電解液のリサイクル方法においては、鉛電解液中に残存するヨウ化物イオンの分離・除去にはヨウ化銀(I)の析出反応を利用する。ヨウ化銀(I)は純水に対する溶解度が3×10-7g/飽和水溶液1dm3(20℃)、溶解度積Ksp=8.3×10-17(25℃)で、水に極めて難溶性の塩である。ヨウ化銀の溶解度積はヨウ化タリウムの溶解度積よりも小さいので、ヨウ化物イオンが残存する鉛電解液中に銀(I)イオンを添加すると、ヨウ化物イオンと銀(I)イオンとが反応してヨウ化銀(I)結晶が析出する。本発明のリサイクル方法においては、析出したヨウ化銀(I)結晶を、例えばカートリッジフィルター等の公知の固液分離手段により鉛電解液から分離・除去するが、分離されたヨウ化銀(I)結晶自体は有価物質の銀を含んでいるので、別途リサイクルする。
【0021】
本除去工程において添加する銀(I)イオン源としては、水可溶性の銀(I)イオンであればいかなるものを用いても構わないが、ヨウ化物イオンを除去した後電解精製の鉛電解液にリサイクルした場合を考慮すると、アニオン種としてケイフッ化物イオンのみを含む水溶液で添加することが好ましい。ケイフッ化物イオンと銀(I)イオンを含む水溶液は、酸化銀粉末をケイフッ化水素酸の水溶液に溶解するか、ケイフッ化水素酸水溶液中で銀電極をアノード溶解することにより調製できる。なお、後者の方法の場合、陰イオン交換膜で仕切ったアノード室内で銀電極をアノード溶解することが好ましい。
【0022】
添加する銀(I)イオンの量は、残存するヨウ化物イオンに対するモル比Ag/Iで1以上であることが好ましい。Ag/Iの下限は以下の実験により決定した。
ヨウ化物添加前の鉛電解液、および、ヨウ化物を添加してタリウムを回収した後の鉛電解液に遊離のヨウ化物イオン濃度の推定値に対してモル比で銀(I)イオンを添加し、析出したヨウ化銀(I)を分離・除去した鉛電解液について、(株)山本鍍金試験器製のハルセル(登録商標)を用い、純鉛をアノードおよびカソードとし、電解温度30〜40℃、全電流3Aで20分間電解を行い(ハルセル試験)、カソード表面の電析物の形態を比較した。このハルセル試験の条件では、ヨウ化物添加前の鉛電解液の場合には、高電流密度側で極僅かなこぶ状の鉛の電析物が観察されたが、それ以外の低電流密度側では平滑な鉛の電析物が得られた。ヨウ化銀(I)の分離・除去後の鉛電解液の場合には、Ag/I=0.26では高電流密度側で著しい鉛のデンドライト析出が起こり、Ag/I=0.8〜1でも高電流密度側でデンドライト析出が観察された。Ag/I=2では析出状態がヨウ化物添加前の鉛電解液の場合のそれと等しくなり、Ag/I=5まで増加しても析出状態は変化しなかった。
【0023】
また、本発明の鉛電解液のリサイクル方法においては、ヨウ化物除去工程において添加する銀(I)イオンのAg/Iの値は10以下とする。Ag/Iが10を超えるとヨウ化物イオン除去の効果が飽和するうえ、後述する銀回収のコストが増大するので好ましくない。
【0024】
本ヨウ化物除去工程のヨウ化銀(I)結晶の析出反応に用いる反応器としては、回分式反応器および連続式反応器のいずれを用いても良いが、生産性の高い連続槽型反応器を用いることが好ましい。本発明のリサイクル方法においては、反応温度と反応時間(連続式反応器の場合は滞留時間)は特に規定するものではないが、通常、20℃以上40℃以下で、20分間以上30分間以下の条件で行うのが好ましい。
【0025】
[銀回収工程]
前記のヨウ化物除去工程においては、残存するヨウ化物イオン量に対して過剰の銀(I)イオンを添加するので、電解によりヨウ化物イオン除去後の鉛電解液から銀を回収する。
(電解条件の例示)
鉛電解液滞留時間:75分間
電解液温度:10〜45℃
電流密度:77〜154kA/m2
【0026】
本銀回収工程で使用する電解槽は、回分式または連続式のいずれを用いても構わない。連続式の電解槽を用いる場合には、銀の回収効率を増加させるために電解槽を複数設けてカスケード電解を行っても構わない。
【0027】
[化学分析]
鉛電解液中のTl、Pb、Ag濃度の測定は、高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法により行うことができる。
【0028】
[カソード過電圧測定]
カソード過電圧の測定は3電極法で行うことができる。具体的には例えば、測定対象の鉛電解液中に作用極(カソード:鉛をめっきした白金板)、対極(アノード:純鉛)および参照極(純鉛)の3電極を浸漬し、撹拌条件下、温度40℃で、ポテンショガルバノスタットを用いて作用極−対極間にカソード電流密度154A/m2の一定電流を流し、作用極とその近傍に配した作用極との電位差を測定し、これをカソード過電圧とする。
【0029】
[ヨウ化物イオン除去の効果の評価]
本発明のリサイクル方法の対象となる鉛電解液には高濃度の各種イオンが含まれているため、ヨウ化銀(I)析出後の遊離のヨウ化物イオン濃度を測定することは経済的な観点から困難なので、鉛電解液中のヨウ化物イオン除去の評価はカソード過電圧の測定により行う。以下に、その具体例を示す。
【0030】
鉛電解液の初期の組成は120〜150g/Lのケイフッ化水素酸に平滑剤として膠を200〜600mg/L、界面活性剤としてリグニンスルホン酸ナトリウムを200〜600mg/L添加したものである。本評価の例として、実操業で電解精製を継続して鉛とタリウムが溶出した鉛電解液に120〜150g/Lケイフッ化水素酸水溶液を添加し、タリウムイオン濃度が1.2g/L、鉛イオン濃度が65g/Lのモデル処理液を調製し、以下の処理に供した。
【0031】
反応容器として容量20Lの連続槽型反応器を用い、前記のモデル処理液を1L/min、NaI濃度が100g/Lのヨウ化ナトリウム水溶液を3.5mL/minの速度で連続槽型反応器に供給し、機械撹拌しながら、反応温度40℃でヨウ化タリウムの結晶析出を行わせた。この場合、反応時間に相当する滞留時間は20分であり、I/Tlのモル比は約0.25である。反応器から溢流したモデル処理液を一度バッファー容器に受けた後、ポンプを用いて連続的にフィルタープレスに送り込み、ヨウ化タリウム結晶を分離・回収した。ヨウ化タリウム結晶回収後の鉛電解液(脱Tl後液)中のタリウムイオン濃度は0.85g/Lに低下したが、この場合ヨウ化物イオン濃度は7.4mg/Lと算定される。
引き続き脱Tl後液を連続的に容量20Lの連続槽型反応器に供給し、滞留時間20分、反応温度40℃で銀(I)イオンと反応させてヨウ化銀(I)の結晶析出を行わせた。銀(I)イオンの量は、遊離ヨウ化物イオン濃度に対し、Ag/Iのモル比で3.5倍量を添加した。
その後、カートリッジフィルターを用い、脱Tl後液からヨウ化銀(I)結晶を分離した鉛電解液(脱I後液)を浄液用電解槽に送り込み、上述の銀回収工程の説明において例示した記した電解条件に従って電解を行い、銀を回収した。
【0032】
タリウム回収前の鉛電解液、脱Tl後液および銀回収後の鉛電解液(脱Ag後液)をそれぞれ500mL採取したサンプル溶液、およびそれに20g/Lの膠水溶液を1〜3mL添加したサンプル溶液についてカソード過電圧を測定した。カソード過電圧の測定結果を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
タリウム回収前の鉛電解液のカソード過電圧は69.8mV(vs.Pb、以下同じ)であり、膠水溶液を3mL添加すると87.8mVまで上昇する。脱Tl後液の場合には、カソード過電圧は31.6mVまで低下し、膠水溶液を3mL添加してもカソード過電圧はほとんど上昇しない。脱Ag後液の場合には、カソード過電圧は44.2mVまで回復し、膠水溶液を3mL添加すると54.0mVまで上昇する。
ここでサンプル溶液に膠水溶液を添加する目的は、ヨウ化タリウム結晶をフィルタープレスで分離する際に同時に失われた膠を補うためであり、膠水溶液の添加量の増加とともに過電圧が上昇する場合に、ヨウ化物イオンの除去の効果があったと判断され、リサイクルに供することができる。
【実施例】
【0035】
[実施例1]
バッチ型反応容器を用い、反応温度20〜45℃で、鉛濃度50〜70g/L、タリウム濃度2.8g/L、ケイフッ化水素酸濃度(遊離酸濃度)90〜150g/L、膠濃度80〜160mg/Lの鉛電解液に、ヨウ化ナトリウムを0.7g/Lになるように添加し、30分間撹拌した後沈澱したヨウ化タリウムを濾過により回収した電解液を供試溶液とした。ヨウ化タリウム回収後の電解液中のタリウム濃度は1.8g/Lであり、ヨウ素含有量は3mg/Lであった。
【0036】
ヨウ化タリウム回収後の電解液に、銀(I)イオン濃度が15mg/Lになるようにケイフッ化銀(I)溶液を添加し(Ag/I=5.8)、析出したヨウ化銀(I)を濾過により回収し、引き続き上述の銀回収工程の説明において例示した記した電解条件に従って脱Ag電解を行い、電解液中に残存するAgイオンを金属銀として回収した。
Agイオン回収後の鉛電解液を電解槽に連続的に供給し、粗鉛をアノードとし、純鉛をカソードとして24時間連続して電解精製を行った。電解条件は、電流密度150A/m2、電解電圧1.2V、温度40℃である。
【0037】
図3に、24時間継続して電解を行った後のカソードの表面状態を示す。本実施例の場合、24時間後においてもカソード表面は平滑であり、得られた電析物の不純物濃度はTlが41ppm、Agが97ppmであり、当該電析物は極めて高純度なものであった。
【0038】
[比較例1]
図4に、実施例1と同様の条件でタリウムの分離・回収を行い、ケイフッ化銀(I)溶液の添加をせず、ヨウ化物イオンが残存したままの鉛電解液で2時間電解精製を行った後のカソードの表面外観を示す。カソード表面にはデンドライト状の電析粒が析出したため、電解を継続することができなかった。
図1
図2
図3
図4