【実施例】
【0057】
以下、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、以下の試験において、サンプル提供を受けた全ての患者には、各機関によって承認されたガイドラインに従って、インフォームドコンセントを行った。また、この試験は、大阪大学病院の倫理委員会の監督の下で行なった。
【0058】
実施例1:変異型KRAS遺伝子を導入した細胞におけるmicroRNAの発現量の変化の測定
変異型KRAS遺伝子を導入した細胞においてmicroRNAの発現量の変化を測定するために以下の試験を行った。
【0059】
先ず、pCMV6のEmpty Vecter(
図1)に変異型KRAS遺伝子(G12V;配列番号3)をSgfI-MluIの部位でインサートしG12Vkras mt プラスミドを作製したものを使用した。次いで、このG12Vkras mt プラスミドを、リポフェクタミン2000を用いて正常ヒト細胞[HEK293(ヒト胎児由来腎細胞)、MRC5(ヒト胎児由来肺細胞)に導入し、変異型KRAS遺伝子導入細胞を作製した。また、コントロールとして、変異型KRAS遺伝子(G12V)をインサートしていないpCMV6のEmpty Vecterについても、正常ヒト細胞に導入することによりコントロール細胞を作製した。得られた変異型KRAS遺伝子導入細胞とコントロール細胞について、microRNAの発現量を、miRNAマイクロアレイ(3D-GENE、東レ製)を用いて測定した。6ウェルディッシュ(2.5ml)にG12Vkras mt プラスミド4μg、リポフェクタミン10μgを導入し、48時間後の細胞を回収した。
【0060】
HEK293細胞を使用した結果を
図2に示し、MRC5細胞を使用した結果を
図3に示す。HEK293細胞及びMRC5細胞の双方において、変異型KRAS遺伝子を導入することによって、発現量が低下するmicroRNAが多い傾向が認められた。
【0061】
また、別途、RASの下流シグナル経路(
図4)の分子を標的とするmicroRNAをTargetscas(http://www.targetscan.org/)にて調べ、前記で発現量の変化が認められるmicroRNAとオーバーラップしているものを選択した。miR4685-3p、miR4689及びmiR296-5pは、それぞれ、MEK2、ERK及びSRFを標的とするmicroRNAであることが分かっており、これらのmicroRNAは、変異型KRAS遺伝子導入によって発現量が低下していることが確認された(表1)。
【0062】
【表1】
【0063】
また、HEK293細胞及びMRC5細胞の双方において、変異型KRAS遺伝子を導入することによって、コントロールに比べて-4倍以下で発現量が低下したmicroRNAの内、その発現量の低下割合が大きい順に14個のmicroRNAをピックアップした結果を表2に示す。表2から分かるように、発現量の低下が大きかったmicroRNAには、これまで機能が報告されていない3000番台〜4000番台のmicroRNAが多く存在していた。
【0064】
【表2】
【0065】
実施例2:変異型KRAS遺伝子が導入されたHEK293細胞におけるRAF-MEK-ERK-Elk-1/SRFの活性とMEKK1-SEK1-JNK1/2/3-AP1の活性の測定
RAS下流シグナルとして、RAF-MEK-ERK-Elk-1/SRFの活性をSREレポーター活性で測定でき、またMEKK1-SEK1-JNK1/2/3-AP1の活性をAP1レポーター活性でみることがでることが知られている(
図5)。そこで、本試験では、ルシフェラーゼ遺伝子上流にSRE又はAP1応答配列が組み込まれたSREルシフェラーゼレポーターベクター(pGL4.33[luc2P/SRE/Hygro] Vectorカタログ番号 E1340)又はAP1ルシフェラーゼレポーターベクター(pGL4.44[luc2P/AP1 RE/Hygro] Vector カタログ番号 E4111)と、変異型KRAS遺伝子をHEK293細胞に導入した細胞において、前記実施例1でピックアップしたmicroRNAがRAF-MEK-ERK-Elk-1/SRFの活性とMEKK1-SEK1-JNK1/2/3-AP1の活性に及ぼす影響を評価した。
【0066】
具体的には、96穴プレートに1×10
4cells/mlとなるようにHEK293細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、SREルシフェラーゼレポーターベクター100ng/well、実施例1で作製したG12Vkras mt プラスミド100ng/well、及びmicroRNA 5pmol/wellをリポフェクタミン2000 0.75μl/wellを用いて6時間、37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。次いで、D-MEM培地(10容量%FBS含有)に培地を交換して培養を18時間行い、ルシフェラーゼの発現量を測定した(トランスフェクションから24時間)。本試験では、前記実施例1でピックアップしたmicroRNAとして、miR4270、miR4689、miR4685-3p、miR296-5p、miR3619-3p、miR4731-3p、及びmiR4442を使用した。また、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(NCmiR、配列番号4)についても同様の条件で試験を行った。なお、本試験では、予め、EGF又は変異型KRAS遺伝子をHEK293細胞にトランスフェクトし、ルシフェラーゼの発現量が上昇していることを確認し、HEK293細胞でRAF-MEK-ERK-Elk-1/SRFとMEKK1-SEK1-JNK1/2/3-AP1の経路が正常に働いていることを確認しておいた(
図6及び7)。
【0067】
各microRNAを導入してSREレポーター活性を測定した結果を
図6に示す。また、各microRNAを導入してAP1レポーター活性を測定した結果を
図7に示す。これらの結果から、miR4685-3p及びmiR4689は、RAF-MEK-ERK-Elk-1/SRFとMEKK1-SEK1-JNK1/2/3-AP1の双方において、シグナル活性を低下させる作用が強いことが確認された。
【0068】
実施例3:変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞において、miR4685-3p及びmiR4689がRAS下流シグナルの制御及び細胞増殖に及ぼす影響の評価
miR4685-3p及びmiR4689が、実際に変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞におけるRAS下流シグナルの制御が可能であるか、細胞増殖を抑制できるかを評価するために以下の試験を行った。
【0069】
癌細胞として、DLD1細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG13Dの変異が存在)、HCT116細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG13Dの変異が存在)、及びSW480細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG12Vの変異が存在)を使用した。先ず、96穴プレートに1×10
4cells/mlとなるように各癌細細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、ルシフェラーゼ遺伝子上流にSRE又はAP1応答配列が組み込まれたSREルシフェラーゼレポーターベクター(pGL4.33[luc2P/SRE/Hygro] Vectorカタログ番号 E1340)又はAP1ルシフェラーゼレポーターベクター(pGL4.44[luc2P/AP1 RE/Hygro] Vector カタログ番号 E4111) 100ng/well、microRNA 5pmol/well、及びリポフェクタミン2000 0.5μl/wellを添加して6時間、37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。次いで、D-MEM培地(10容量%FBS含有)に培地を交換して培養を行い、トランスフェクションから24時間後にルシフェラーゼの発現量を測定し、トランスフェクションから24、48及び72時間後に細胞数を測定した。なお、本試験では、コントロールとして、microRNAを導入しなかった場合(Parent)、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(配列番号4)を使用した場合(miRNC)についても同様の条件で試験を行った。
【0070】
DLD1細胞において、SREレポーター活性及びAP1レポーター活性を測定した結果を
図8に、経時的に細胞数を測定した結果を
図9に示す。また、HCT116細胞において、SREレポーター活性及びAP1レポーター活性を測定した結果を
図10に、経時的に細胞数を測定した結果を
図11に示す。更に、SW480細胞において、SREレポーター活性及びAP1レポーター活性を測定した結果を
図12に、経時的に細胞数を測定した結果を
図13に示す。この結果、miR4685-3pは、DLD1細胞及びHCT116細胞においてRAS下流シグナルを低下させる作用があり、これらの細胞の増殖を抑制できることが確認された。また、miR4689は、DLD1細胞、HCT116細胞、及びSW480細胞の全てに対してRAS下流シグナルを低下させる作用があり、これらの細胞の増殖を効果的に抑制できることが確認された。
【0071】
実施例4:変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞に対するmiR4689の抗腫瘍効果の評価
以上の試験結果から、miR4689は、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞に対して、RAS下流シグナルを制御し、細胞の増殖を抑制させる作用があることが確認されたので、本試験では、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞(DLD1細胞、HCT116細胞、SW480細胞)に対する増殖抑制効果について、miR4689と抗腫瘍効果が公知のsiRNA(siMEK1/2)との比較を行った。
【0072】
具体的には、24穴プレートに2.5×10
4cellsの各癌細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、microRNA又はsiRNAを50nMとなるように添加してリポフェクタミンIMAX 1.0μl/wellを用いて24時間、37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。次いで、D-MEM培地(10容量%FBS含有)に培地を交換して培養を行い、トランスフェクションから24、48及び72時間後に細胞数を測定した。なお、本試験では、コントロールとして、microRNAを導入しなかった場合(Parent)、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(配列番号4)を使用した場合(miRNC)についても同様の条件で試験を行った。
【0073】
図14に、DLD1細胞について、経時的に細胞数を測定した結果と培養72時間後の細胞の状態を観察した結果を示す。また、
図15に、HCT116細胞及びSW480細胞について、経時的に細胞数を測定した結果を示す。この結果から、miR4689は、siMEK1/2に比して、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞の増殖を抑制する作用が強いことが明らかとなった。
【0074】
実施例5:miR4689が、大腸癌細胞におけるRAS下流シグナル分子の発現量、アポトーシスマーカーの発現量、及びアポトーシス誘導に及ぼす影響の評価
以上の試験結果から、miR4689には、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞の増殖を抑制する作用があることが明らかとなったので、本試験では、miR4689の作用を明らかにするために、miR4689を投与した当該大腸癌細胞においてウエスタンブロットを行い、RAS下流シグナル分子及びアポトーシスマーカーの発現量について測定を行った。
【0075】
具体的には、6穴プレートに2×10
5cellsのDLD1細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、microRNAを50nMとなるように添加してリポフェクタミンIMAX 5μl/wellを用いて37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。次いで、D-MEM培地(10容量%FBS含有)に培地を交換して培養を行い、トランスフェクションから24、48及び72時間後に、ウエスタンブロットによってRAS下流シグナル分子及びアポトーシスのマーカー分子の発現量を測定した。また、トランスフェクションから48時間後には、microRNAの発現量の測定及び市販キットを用いてTUNEL(TdT-mediated dUTP nick end labeling)法によるアポトーシスの検出も行った。microRNAの発現量の測定は、miReasy kitでRNAを抽出し、TaqMan MicroRNA RT Kit (Applied Biosystems, Foster City, CA)で逆転写を行った後に、TaqMan MicroRNA Assays (Applied Biosystems)及び7500HT Sequence Detection System (Applied Biosystems)を用いてreal-time quantitative PCRを行うことによって実施した。なお、本試験では、コントロールとして、microRNAを導入しなかった場合(Parent)、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(配列番号4)を使用した場合(miRNC)についても同様の条件で試験を行った。
【0076】
ウエスタンブロットの結果を
図16及び17に示す。また、microRNAの発現量の測定結果を
図16示す。更に、TUNEL法によるアポトーシスの検出結果を
図18に示す。この結果から、miR4689は、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞において、RAS下流にあるpMEK、MEK、pERK、pAKT、AKT等の少なくとも2つの別々の経路に対して抑制的に作用していることが明らかとなった。また、miR4689は、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞に対してアポトーシスを誘導していることも明らかとなった。
【0077】
実施例6:大腸癌におけるmiR4689発現量の解析
ヒト大腸癌細胞について、miR4689の発現量を測定した。本試験では、9種のヒト大腸癌細胞を使用し、その内、4種は変異型KRAS(G12V)遺伝子を有しており、3種は変異型BRAF遺伝子(V600E)を有している。具体的には、miReasy kitでRNAを抽出し、TaqMan MicroRNA RT Kit (Applied Biosystems, Foster City, CA)で逆転写を行った後に、TaqMan MicroRNA Assays (Applied Biosystems)及び7500HT Sequence Detection System (Applied Biosystems)を用いてreal-time quantitative PCRを行うことによって実施した。
【0078】
得られた結果を
図19に示す。この結果から、野生型KRAS遺伝子又は野生型BRAF遺伝子を有している大腸癌細胞は、変異型KRAS遺伝子又は変異型のBRAF遺伝子を有している大腸癌細胞に比べて、miR4689の発現量が有意に高いことが確認された(p=0.02)。
【0079】
また、大腸癌患者(46例)から採取した大腸癌細胞について、KRAS遺伝子のタイプを野生型と変異型に分けて、miR4689の発現量を測定した。miR4689の発現量の測定方法は、前述の通りである。
【0080】
得られた結果を
図20に示す。この結果から、変異型KRAS遺伝子を有している大腸癌細胞では、野生型KRAS遺伝子を有している大腸癌細胞に比べて、miR4689がダウンレギュレートされていることが確認された。
【0081】
更に、大腸癌患者(44例)から採取した正常大腸上皮細胞と大腸癌細胞について、miR4689の発現量について測定を行った。miR4689の発現量の測定方法は、前述の通りである。
【0082】
得られた結果を
図21に示す。この結果から、大腸癌細胞は、正常細胞に比して、miR4689の発現量が低下している傾向があることが明らかとなった(p=0.0002)。
【0083】
実施例7:KRASとmiR4689の発現量の関係の解析
変異型KRAS遺伝子を導入してKRASの発現量を増強させた細胞においてKRASとmiR4689の発現量の関係を調べるために以下の試験を行った。
【0084】
先ず、
図1に示すpCMV6のEmpty Vecterに変異型KRAS遺伝子(G12V;配列番号3)をSgfI-MluIの部位でインサートしG12Vkras mt プラスミドを作製した。次いで、このG12Vkras mt プラスミドを、リポフェクタミン2000を用いて正常ヒト細胞[HEK293(ヒト胎児由来腎細胞)、MRC5(ヒト胎児由来肺細胞)に導入し、変異型KRAS遺伝子導入細胞を作製した。また、コントロールとして、変異型KRAS遺伝子をインサートしていないpCMV6のEmpty Vecterについても、正常ヒト細胞に導入することによりコントロール細胞を作製した。得られた変異型KRAS遺伝子導入細胞とコントロール細胞について、KRASの発現量とmiR4689の発現量を測定した。KRASの発現量の測定は、ウエスタンブロットにて行った。miR4689の発現量の測定は、qRT-PCRにて行った。
【0085】
得られた結果を
図22及び23に示す。この結果から、正常ヒト細胞においてKRASの発現を増強すると、miR4689の発現量が低下することが確認され、KRASとmiR4689の発現量には相反的な関係があることが明らかとなった。
【0086】
実施例8:KRASをノックダウンした大腸癌細胞におけるmiR4689の発現量、ERKリン酸化能、及び細胞増殖特性の解析
大腸癌細胞において、KRASのノックダウンが、miR4689の発現量、ERKリン酸化能、及び細胞増殖に及ぼす影響を調べるために、以下の試験を行った。
【0087】
DLD1細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG13Dの変異が存在)に、KRASを標的とするshRNA(shKRAS;Broad Institute, Cambrige, MA)をpLKO.1ベクターを用いて導入した。また、コントロールとして、DLD1細胞にnon-target shRNA(shCtrl)を含むpLKO.1ベクターを導入した。
【0088】
shKRAS又はshCtrlが導入されたDLD1細胞におけるmiR4689の発現量をqRT-PCRにて測定した。結果を
図24に示す。この結果から、DLD1細胞にshKRASを導入することによって、miR4689の発現量が増加することが確認され、前記実施例AにおけるKRASとmiR4689の発現量が相反的な関係を示す結果と符合していた。
【0089】
また、shKRAS又はshCtrlが導入されたDLD1細胞におけるKRAS、P-ERK1/2、ERK1/2、及びACTB(ローディングコントロール)の発現量をウエスタンブロットにて測定した。結果を
図25に示す。この結果から、shKRASが導入されたDLD1細胞では、KRASの発現量は低下するも、ERKリン酸化は同等であることが確認された。
【0090】
更に、shKRAS又はshCtrlが導入されたDLD1細胞の細胞増殖アッセイを行った。具体的には、各細胞を5〜6×10
4cells/wellとなるように24穴プレートに播種し、24〜72時間培養を行った。培養開始から24、48及び72時間後に、細胞数を計測した。結果を
図26に示す。この結果から、培養72時間後において、shKRASが導入されたDLD1細胞では、shCtrlが導入されたDLD1細胞に比べて、穏やかではあるが有意な増殖抑制効果が認められた。
【0091】
実施例9:In vivoにおけるmiR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子による大腸癌の治療効果の評価-1
マトリゲル(BD Biosciences, San Jose, CA)と培地を容量比1:1で含む培地/マトリゲル溶液100μL当たりDLD1癌細胞を1×10
6 cellsとなるように混合し、これをメスヌードマウス(NIHON CLEA, Tokyo, Japan)の左右両の背部の下側部分に皮下注入(左右に各100μL)した。DLD1癌細胞を投与した時点を0日目として、0、2、4、7、9、11、14、及び16日目に、下記で得られたmiR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子(sCa-miR-4689)を含む製剤を、1回投与当たりmiR4689が40μgとなるように、尾静脈に注入した。なお、本試験では、コントロールとして、microRNAと炭酸アパタイト粒子の複合粒子を導入しなかった場合(Parent)、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(配列番号5)を使用した場合(sCa-control-miR)についても同様の条件で試験を行った。
【0092】
(miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤の調製法)
100mlの蒸留水に、0.37gのNaHCO
3、90μlのNaH
2PO
4・2H
2O(1M)、及び180μlのCaCl
2(1M)をこの順に添加して溶解させ、1NのHClでpHを7.5に調整した。これを直径0.2μmのフィルターでろ過した。得られたバッファー1ml当たりに2μgのmiR4689、4μlのCaCl
2(1M)を混合し、37℃の水浴中で30分間インキュベートした。その後、15000rpm×5分で遠沈し、得られたペレットを生理食塩水に分散させ、miR4689を炭酸アパタイト粒子に内包させた複合粒子の分散液を得て、これを10分間超音波振動処理にかけることにより、miR4689を包含した炭酸アパタイトナノ粒子からなる複合体を含む製剤を得た。なお、超音波振動処理は、超音波振動機能を有するウォーターバスを用いて、20℃に設定した水に、プラスチック容器に収容した前記分散液を浮かべ、高周波出力55W、発振周波数38kHzの条件で10分間行った。斯して得られた製剤は、直ちに、前記試験に使用した。また、斯して得られた製剤は、miR4689を包含した炭酸アパタイトナノ粒子からなる複合体の平均粒径が50nm以下であることが、走査型プローブ顕微鏡を用いた測定において確認されている。
【0093】
DLD1癌細胞を投与した時点から、マウス背部の腫瘍サイズ(長径×短径×短径×1/2)を経時的に測定した。得られた結果を
図27に示す。この結果、miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を尾静脈投与した場合には、コントロールに比べて、DLD1癌細胞の増殖が有意に抑えられていた。この結果から、miR4689は、炭酸アパタイト粒子との複合粒子を形成させて投与することによって、変異型KRAS遺伝子を有する大腸癌細胞に対して、格段に優れた抗腫瘍効果を示すことが明らかとなった。
【0094】
実施例10:In vivoにおけるmiR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子による大腸癌の治療効果の評価-2
マトリゲル(BD Biosciences, San Jose, CA)と培地を容量比1:1で含む培地/マトリゲル溶液100μL当たりDLD1癌細胞を1×10
6 cellsとなるように混合し、これをメスヌードマウス(NIHON CLEA, Tokyo, Japan)の左右両の背部の下側部分に皮下注入(左右に各100μL)した。DLD1癌細胞を投与した時点を0日目として、6、7、8、及び9日目に、実施例7で使用したmiR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤を、1回投与当たりmiR4689が50μgとなるように、尾静脈に注入した。なお、本試験では、コントロールとして、microRNAと炭酸アパタイト粒子の複合粒子を導入しなかった場合(Parent)、microRNAの代わりにコントロールmicroRNA(配列番号5)を使用した場合(sCa-control-miR)についても同様の条件で試験を行った。
【0095】
DLD1癌細胞を投与した時点から9日目に、癌組織を摘出して、miR4689の発現量を測定し、更にウエスタンブロットによりアポトーシスのマーカー分子の発現量を測定した。miR4689の発現量の測定は、具体的には、miReasy kitでRNAを抽出し、TaqMan MicroRNA RT Kit (Applied Biosystems, Foster City, CA)で逆転写を行った後に、TaqMan MicroRNA Assays (Applied Biosystems)及び7500HT Sequence Detection System (Applied Biosystems)を用いてreal-time quantitative PCRを行うことによって実施した。
【0096】
得られた結果を
図28に示す。この結果から、miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を投与することによって、癌組織におけるmiR4689が発現すると共に、AKT、Bcl2、及びBclXLの発現量が減少し、且つBAXの発現量が増加しており、癌細胞のアポトーシスが誘導されていることが確認された。
【0097】
実施例11:miR4689の標的遺伝子の解析
前記実施例から、miR4689がRas/MEK/MAPK経路の活性化を抑制していることが示唆された。そこで、本試験では、Ras/MEK/MAPK経路において、miR4689が標的としている遺伝子の解明を行った。
【0098】
まず、miR4689と、Ras/MEK/MAPK経路に関与している遺伝子の塩基配列を比較したところ、
図29のAに示すように、Ras/MEK/MAPK経路の上流に存在するKRASの3'UTR領域にmiR4689の不完全相補的配列(binding site)があることが示唆された。
【0099】
そこで、実際に、miR4689の標的遺伝子の1つがKRASであるかを確認するために、以下の試験を行った。先ず、前記不完全相補的配列(binding site)を含む塩基配列(配列番号6)をPCRで増幅させてインサート用核酸を調製した。このインサート用核酸を、pmirGLO Dual-Luciferase miRNA Target Expression Vector (Promega)のルシフェラーゼの下流に、制限酵素部位Sal IとXho Iで導入し、pmirGLO-KRAS3'UTRベクターを作成した。次いで、96穴プレートに、1×10
4個のDLD1細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、pmirGLO-KRAS3'UTRベクターとmiR4689をそれぞれ100ng/wellと5pmol/wellとなるように添加して、リポフェクタミン2000 0.5μl/穴を用いて37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。トランスフェクションから48時間後に、Dual Luciferase reporter Assayでルシフェラーゼの発現量を測定した。また、比較のために、miR4689の代わりにコントロールmicroRNA(miR-NC、配列番号4)を使用して、
前記と同条件で試験を行った。
【0100】
得られた結果を
図29のBに示す。
図22のBには、ルシフェラーゼの発現量について、miR-NCを添加した場合のルシフェラーゼの発現量を1とした場合の相対値として示す。
図29のBから明らかなように、miR4689をトランスフェクトした場合には、ルシフェラーゼの発現量が抑制されていた。即ち、miR4689の標的遺伝子の1つがKRASであり、miR4689はKRASの3'UTRに存在する領域に結合して翻訳制御を行っていることが明らかとなった。
【0101】
以上の結果から、miR4689の標的遺伝子の1つがKRASであることが確認されたので、次に、miR4689が導入された大腸癌細胞におけるKRASのタンパク質とmRNAの発現量を測定した。具体的には、6穴プレートに2×10
5cellsのDLD1細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG13Dの変異が存在)及びSW480細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG12Vの変異が存在)をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、microRNAを50nMとなるように添加してリポフェクタミンIMAX 5μl/wellを用いて37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。次いで、D-MEM培地(10容量%FBS含有)に培地を交換して培養を行い、トランスフェクションから48時間後に、ウエスタンブロットによってKRASタンパク質の発現量を測定した。また、トランスフェクションから48時間後に、KRAS mRNAの発現量をqRT-PCRにて測定した。また、比較として、miR4689の代わりにコントロールmicroRNA(配列番号5、miR-NC)も使用して同様に試験を行った。
【0102】
KRASタンパク質の発現量の測定結果を
図30、KRAS mRNAの発現量の測定結果を
図31に示す。この結果から、miR4689が導入された大腸癌細胞において、KRASのタンパク質とmRNAの双方の発現量が低下しており、miR4689の標的遺伝子の1つがKRASであることが支持された。
【0103】
実施例12:miR4689の標的遺伝子の解析
前記実施例から、miR4689が、PI3K/Akt経路の活性化を抑制していることが示唆された。そこで、本試験では、PI3K/Akt経路において、miR4689が標的としている遺伝子の解明を行った。
【0104】
まず、miR4689と、PI3K/Akt経路に関与している遺伝子の塩基配列を比較したところ、
図32のAに示すように、PI3K/Akt経路に存在するAKT1のCDSにmiR4689の不完全相補的配列(binding site)があることが示唆された。
【0105】
そこで、実際に、miR4689の標的遺伝子の1つがAKT1であるかを確認するために、以下の試験を行った。先ず、前記不完全相補的配列(binding site)を含む塩基配列(配列番号7)をPCRで増幅させてインサート用核酸を調製した。このインサート用核酸を、pmirGLO Dual-Luciferase miRNA Target Expression Vector (Promega)のルシフェラーゼの下流に、制限酵素部位Sal IとXho Iで導入し、pmirGLO-AKT1CDSベクターを作成した。次いで、96穴プレートに、1×10
4個のDLD1細胞をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、pmirGLO-AKT1CDSベクターとmiR4689をそれぞれ100ng/wellと5pmol/wellとなるように添加して、リポフェクタミン2000 0.5μl/穴を用いて37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。トランスフェクションから48時間後に、Dual Luciferase reporter Assayでルシフェラーゼの発現量を測定した。また、比較のために、miR4689の代わりにコントロールmicroRNA(miR-NC、配列番号4)を使用して、前記と同条件で試験を行った。
【0106】
得られた結果を
図32のBに示す。
図32のBには、ルシフェラーゼの発現量について、miR-NCを添加した場合のルシフェラーゼの発現量を1とした場合の相対値として示す。
図32のBから明らかなように、miR4689をトランスフェクトした場合には、ルシフェラーゼの発現量が抑制されていた。即ち、miR4689の標的遺伝子の1つがAKT1であり、miR4689はAKT1のCDSに存在する領域に結合して翻訳制御を行っていることが明らかとなった。
【0107】
更に、6穴プレートに2×105cellsのDLD1細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG13Dの変異が存在)及びSW480細胞(ヒト大腸癌細胞、KRAS遺伝子においてG12Vの変異が存在)をD-MEM培地(10容量%FBS含有)に接種して37℃で終夜培養を行った後に、miR4689を50nMとなるように添加してリポフェクタミンIMAX 5μl/wellを用いて37℃で培養を行うことによりトランスフェクションさせた。トランスフェクションから48時間後に、ウエスタンブロットによってAkt1の発現量を測定した。更に、トランスフェクションから48時間後に、qRT-PCRを行うことにより、DLD1細胞及びSW480細胞におけるAkt1発現量の測定を行った。また、比較のために、miR4689の代わりにコントロールmicroRNA(miR-NC、配列番号4)を使用して、前記と同条件で試験を行った。
【0108】
得られた結果を
図32のCに示す。
図32のCから明らかなように、miR4689のトランスフェクトによって、DLD1細胞及びSW480細胞におけるAkt1の発現量が低下していることが確認された、即ち、本結果からも、Akt1は、miR4689の標的遺伝子の1つであることが確認された。
【0109】
実施例13:大腸癌細胞のアポトーシス誘導とKRAS及びAkt1との関係の解析
以上の実施例から、miR4689はKRASとAkt1を標的遺伝子としており、大腸癌の治療に有効であることが示された。そこで、本試験では、KRAS又はAkt1の一方のみをノックダウンした場合に、大腸癌の治療効果が認められ得るかについて確認するために、以下の試験を行った。
【0110】
DLD1細胞に、KRASを標的とするshRNA(shKRAS;Broad Institute, Cambrige, MA)をpLKO.1ベクターを用いて導入した。また、比較のために、DLD1細胞にnon-target shRNA(shCtrl)を含むpLKO.1ベクターを導入した。
【0111】
更に、DLD1細胞に、Akt1を標的とするsiRNA(siAkt1;Origene Technology, Rockville, MD, USA)を、リポフェクタミンを使用して導入した。また、比較のために、siAkt1の代わりに、non-target siRNA(siCtrl)を、リポフェクタミンを使用して導入した。
【0112】
shRNA又はsiRNAが導入されたDLD1細胞について、ウエスタンブロットを行い、アポトーシスマーカーの発現量について測定を行った。
【0113】
得られた結果を
図33に示す。この結果から、KRAS又はAkt1のいずれか一方のみをノックダウンした場合には、アポトーシスマーカーの発現量の増加は限定的にしか認められず、miR4689による大腸癌細胞のアポトーシスの誘導は、KRASとAkt1の双方を標的遺伝子とすることに起因していることが示唆された。
【0114】
実施例14:大腸癌細胞のアポトーシス誘導とKRAS及びAkt1との関係の解析
DLD1細胞に、miR4689、コントロールmicroRNA(配列番号5、miR-NC)、変異型KRAS遺伝子を導入したベクター、及びAkt1遺伝子を導入したベクターをそれぞれ組み合せて、リポフェクタミン2000を用いて導入した。
【0115】
導入48時間後に、ウエスタンブロットによってKRAS及びAkt1の発現量を測定した。更に、各細胞の細胞増殖アッセイを行った。具体的には、各細胞を5〜6×10
4cells/wellとなるように24穴プレートに播種し、16時間培養を行い、各ベクター又はmicroRNA導入から60時間後に、細胞数を計測した。得られた結果を
図34に示す。
図34に示すように、KRAS及び/又はAkt1を過剰発現させたDLD1細胞では、miR4689を導入しても、細胞増殖抑制効果が緩和されていた。即ち、この結果からも、miR4689による大腸癌細胞の増殖抑制は、KRASとAkt1の双方を標的遺伝子とすることに起因していることが確認された。
【0116】
実施例15:In vivoにおけるmiR4689の安全性の評価
miR4689の安全性を評価するために、以下の試験を行った。非担癌メスヌードマウス(NIHON CLEA, Tokyo, Japan)に、実施例7で使用したmiR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤を、1回投与当たりmiR4689が40μgとなるように、1、2、4、6、8、10及び12日目に尾静脈に注入した。なお、本試験では、比較のために、複合粒子を導入しなかった場合(Parent)、コントロールmicroRNA(配列番号5)と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を使用した場合(miR-NC)についても同様の条件で試験を行った。経時的にヌードマウスの体重を測定し、14日目に血液化学検査及び臓器のHE(Hematoxylin and Eosin)染色を行った。
【0117】
経時的に体重を測定した結果を
図35、血液化学検査の結果を
図36、各種臓器のHE染色の結果を
図37に示す。miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤の投与した群では、死亡例がなく、他の群と比べて体重変化に相違は殆ど認められなかった。また、血液化学検査の結果も、miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤の投与した群は、他の群と比べて大きな相違は認められなかった。更に、各種臓器のHE染色の結果から、miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子を含む製剤の投与した群では、組織学的なダメージも認められなかった。以上の結果から、miR4689と炭酸アパタイト粒子の複合粒子は、高い安全性を備えていることが確認された。
【0118】
実施例16:大腸癌患者におけるmiR4689の発現量と予後の関係の解析
外科的手術を受けたステージ0〜IV期の大腸癌患者について、miR4689の発現量、術後5年全生存率、臨床病理学的因子について、以下に示す方法で分析した。先ず、大腸癌患者(202例)から採取した大腸癌細胞についてmiR4689の発現量を測定してmiR4689の発現量の中央値を求め、miR4689の発現量が中央値以上の場合をmiR4689高発現群、miR4689の発現量が中央値未満の場合をmiR4689低発現群として、群別けした。miR4689の発現量の測定方法は、前述の通りである。次いで、ステージ0〜IV期の大腸癌患者について、術後5年全生存率を求めた。また、ステージ0〜III期の大腸癌患者についても、同様に術後5年無再発生存率を求めた。更に、ステージ0〜III期の大腸癌患者の臨床病理学的因子、及び無再発生存期間(DFS)における単変量解析及び多変量解析を行った。
【0119】
ステージ0〜IV期の大腸癌患者の術後5年全生存率を
図38、ステージ0〜III期の大腸癌患者の術後5年無再発生存率を
図39、臨床病理学的因子の解析結果を表3、無再発生存期間(DFS)における単変量解析及び多変量解析の結果を表4に示す。この結果から、miR4689高発現の大腸癌患者は、miR4689低発現の大腸癌患者に比べて、術後の予後が良好であり、miR4689の補充療法が大腸癌患者の術後の予後を向上させ得ることが示唆された。
【0120】
【表3】
【0121】
【表4】