特許第6544098号(P6544098)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6544098硫黄含有高分子複合材料における架橋密度の測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6544098
(24)【登録日】2019年6月28日
(45)【発行日】2019年7月17日
(54)【発明の名称】硫黄含有高分子複合材料における架橋密度の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/085 20180101AFI20190705BHJP
【FI】
   G01N23/085
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-138963(P2015-138963)
(22)【出願日】2015年7月10日
(65)【公開番号】特開2017-20906(P2017-20906A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2018年6月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 房恵
(72)【発明者】
【氏名】岸本 浩通
【審査官】 藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−115102(JP,A)
【文献】 特開2015−25746(JP,A)
【文献】 特開2015−108559(JP,A)
【文献】 特開2014−85309(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0321039(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/085
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄含有高分子複合材料における架橋密度を測定する方法であって、
該測定方法は、前記硫黄含有高分子複合材料に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する測定工程、
前記X線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定する可視化工程、及び、
前記硫黄の三次元構造から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出する算出工程
を含み、
前記可視化工程において、硫黄及び架橋点部分の炭素の情報に基づいて前記リバースモンテカルロ法を実施することを特徴とする架橋密度の測定方法。
【請求項2】
前記測定工程において、X線を用いて走査するエネルギー範囲を2300〜4000eVとすることで、硫黄K殻吸収端付近の硫黄のX線吸収スペクトルを測定する請求項1記載の架橋密度の測定方法。
【請求項3】
前記測定工程において、X線は、光子数が10photons/s以上、輝度が1010photons/s/mrad/mm/0.1%bw以上である請求項1又は2記載の架橋密度の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄を含有する高分子複合材料における架橋密度を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、硫黄加硫剤等の硫黄含有化合物を用いて架橋した加硫ゴム中の硫黄架橋構造を分析する手法としては、LiAlHやプロパン2−チオールといった試薬で選択的に架橋を切断し、その前後での膨潤度から、Flory−Rehnerの式(例えば、非特許文献1参照)を用いて加硫ゴム中のモノスルフィド結合(R−S−R)、ジスルフィド結合(R−S−R)、ポリスルフィド結合(R−S−R(n≧3))の架橋密度[mol/cm]を算出する方法が知られていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】中内秀雄、外4名、「日本ゴム協会誌」、1987年、第60巻、第5号、p.267−272
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
硫黄含有化合物を用いて架橋した加硫ゴムをはじめとする硫黄含有高分子複合材料中の硫黄架橋構造を制御することができれば、力学物性等の硫黄含有高分子複合材料に要求される性能をより精緻に制御することが可能となるものと考えられ、硫黄含有高分子複合材料中の硫黄架橋構造の分析は、上記要求性能を制御するうえで非常に重要である。
【0005】
上述のように、従来から加硫ゴム中の硫黄架橋構造を分析する手法が知られていたが、従来法では、加硫ゴム中のモノスルフィド結合(R−S−R)、ジスルフィド結合(R−S−R)、ポリスルフィド結合(R−S−R(n≧3))の3種類の架橋密度しか算出することができなかった。そして更には、ポリスルフィド結合(R−S−R(n≧3))を優先的に切断するプロパン2−チオールは強い臭気のために使用できないことも多く、そのため、モノスルフィド結合(R−S−R)、及び、ジスルフィド結合を含んだポリスルフィド結合(R−S−R(n≧2))の2種類の架橋密度を算出して、硫黄架橋構造を分析する場合も多かった。しかしながら、これらの方法では、ポリスルフィド結合の詳細(R−S−R(n=2、3、4、5、6、7、8))は分からず、硫黄架橋構造を制御して要求性能を制御するには不充分であった。このように、より詳細に硫黄架橋構造を分析する方法について改善の余地があった。
【0006】
こうした背景を受けて、本発明者らは、特願2014−185411において、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度を測定する方法であって、硫黄含有高分子複合材料に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する測定工程、前記X線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定する可視化工程、及び、前記硫黄の三次元構造から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出する算出工程を含むことを特徴とする架橋密度の測定方法を提案した。この方法によれば、上記測定工程において得られたX線吸収スペクトルをリバースモンテカルロ法でフィッティングすることにより、硫黄の結合原子数が1〜8の各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))についてそれぞれの本数が求められ、この結果から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出することができることから、従来よりも詳細に硫黄含有高分子複合材料における架橋密度についての情報を得ることができる。
【0007】
しかしながら、特願2014―185411の方法は、以下の点で改善の余地があった。
【0008】
実際の硫黄含有高分子複合材料では、硫黄と炭素とが結合しているが、特願2014―185411の方法は、簡便のため、リバースモンテカルロ法を実施する際、硫黄だけで初期配置(初期構造)を決定し、正しく収束するための条件として以下の制限を設けていた。
(i)硫黄−硫黄の原子間距離は2.0Åより短くならない。
(ii)硫黄の配位数は2である。
(iii)分子軌道計算結果に基づき、硫黄−硫黄の結合角度は120°〜145°である。
【0009】
上記制限を設けても、結合する硫黄原子が6個以上になると、図1に示したようなループ構造を形成することになる。図1は、6個の硫黄原子が結合した場合を示しており、このとき、内角の総和は180°×(6−2)=720°、1つの内角の角度は720°/6=120°である。
【0010】
つまり、特願2014―185411の方法では、リバースモンテカルロ法でフィッティングを行う際、図1に示したような硫黄のループが形成される。フリーサルファー(架橋に関与していない硫黄)はループ構造を有しているが、通常、測定する硫黄含有高分子複合材料は、ソックスレー抽出によってフリーサルファーを除去するため、硫黄のループが形成されることは、実際の状態に即していないことになる。よって、特願2014―185411の方法は、リバースモンテカルロ法の計算で得られるEXAFS振動Ecalc(k)と実測のEXAFS振動Eexp(k)とのずれであるχの収束性が比較的低くなっており、架橋密度の算出精度について更なる改善の余地があった。
【0011】
本発明は、前記課題を解決し、硫黄を含有する高分子複合材料における架橋密度について、詳細な情報が高精度に得られる評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度を測定する方法であって、該測定方法は、前記硫黄含有高分子複合材料に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する測定工程、前記X線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定する可視化工程、及び、前記硫黄の三次元構造から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出する算出工程を含み、前記可視化工程において、硫黄及び架橋点部分の炭素の情報に基づいて前記リバースモンテカルロ法を実施することを特徴とする架橋密度の測定方法に関する。
【0013】
前記X線を用いて走査するエネルギー範囲を2300〜4000eVとすることで、硫黄K殻吸収端付近の硫黄のX線吸収スペクトルを測定することが好ましい。
【0014】
前記X線は、光子数が10photons/s以上、輝度が1010photons/s/mrad/mm/0.1%bw以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、硫黄含有高分子複合材料に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定し、前記X線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定し、そして、前記硫黄の三次元構造から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出することで、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度を測定する方法において、硫黄及び架橋点部分の炭素の情報に基づいてリバースモンテカルロ法を実施することにより、実際の状態に即した条件でフィッティングを行うことができるため、当該硫黄含有高分子複合材料における架橋密度について、詳細な情報を高精度に得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】6個の硫黄原子が結合した状態を示す模式図である。
図2】BOX内に硫黄粒子及び炭素粒子が存在する状態を示した模式図である。
図3】実施例1で得られた硫黄原子のK殻吸収端付近のX線吸収スペクトルを示したグラフである。
図4】実施例1で得られた硫黄原子のK殻吸収端付近のX線吸収スペクトルから抜き出したEXAFS振動のスペクトルをk空間で表示したグラフである。
図5】実施例1で抜き出したEXAFS振動のスペクトルにkを積算したスペクトルを示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、硫黄含有高分子複合材料に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する測定工程、前記X線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定する可視化工程、及び、前記硫黄の三次元構造から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出する算出工程を含み、前記可視化工程において、硫黄及び架橋点部分の炭素の情報に基づいて前記リバースモンテカルロ法を実施する、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度を測定する方法である。本発明においては、上記測定工程において得られたX線吸収スペクトルをリバースモンテカルロ法でフィッティングすることにより、硫黄の結合原子数が1〜8の各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))についてそれぞれの本数が求められ、この結果から硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出することができる。また、リバースモンテカルロ法でフィッティングする際、硫黄とともに架橋点部分の炭素の情報を用いてリバースモンテカルロ法を実施する、すなわち、図2に示すように、BOX内に硫黄粒子及び架橋点部分の炭素粒子が存在するとみなしてリバースモンテカルロ法を実施することから、実際の状態に即した条件でフィッティングを行うことができるため、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度についての詳細な情報を高精度に得ることができる。
なお、本発明における測定方法は、上記工程を含む限り、その他の工程を含んでいてもよい。
また、架橋点部分の炭素とは、硫黄に架橋している炭素を意味する。つまり、本発明では、リバースモンテカルロ法を実施する際、架橋に関与していない炭素の情報は含めない。
【0018】
本発明における測定工程では、硫黄含有高分子複合材料(以下、単に「試料」ともいう。)に、高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する。上記測定工程において、X線吸収スペクトルを測定する方法としては、例えば、XAFS(X−ray Absorption Fine Structure:吸収端近傍X線吸収微細構造)法が挙げられる。
【0019】
硫黄加硫剤等の硫黄含有化合物を用いたゴム材料をはじめとする硫黄を含有する高分子複合材料における架橋密度を測定する方法として、硫黄K殻吸収端付近におけるXAFS法は有用である。
XAFS法はX線を照射し、狙った原子におけるX線吸収量を測定する方法であり、化学状態(結合)の違いによって吸収できるX線エネルギーが異なることを利用して詳細な化学状態(結合)を調べることができる。しかしながら、硫黄含有高分子複合材料中には、モノスルフィド結合、ジスルフィド結合、ポリスルフィド結合等の硫黄の結合長さが異なる硫黄架橋が存在し、これらはスペクトルで検出されるピークエネルギーが近い。また、酸化亜鉛を配合した場合には硫化亜鉛も生成され、そのスペクトルも観察される。このように硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の化学状態は複雑であるため、硫黄成分を含まない高分子材料に比べて、得られるXAFSスペクトルはブロードなスペクトルとなる傾向がある。従って、硫黄含有高分子複合材料の分析には、より高精度な測定が要求される。そこで、XAFS法においてより高精度な測定を行うために、高輝度X線を用いることができる。
【0020】
また、XAFS法による分析では、吸収端(吸収が立ち上がるエネルギー)から50eV位までのピークが出現する領域であるXANES(X−ray Absorption Near Edge Structure)領域、それよりも高エネルギーの緩やかな振動成分が出現する領域であるEXAFS(Extended X−ray Absorption Fine Structure)領域での分析がある。XANES領域は、試料に狙った原子の吸収端近傍のX線を照射した際、内殻準位にいた電子が励起状態に遷移するため、狙った原子がどのような原子と結合しているか(化学状態)がわかる。一方、EXAFS領域は、内殻電子が原子核の束縛を離れ、光電子として飛び出す。その際、光電子は波として表わされるため、近くに他の原子がいる場合には、波が干渉して返ってくる。そのため、中心原子の周囲の原子数、原子種、原子間距離等の情報が得られる。本発明においては、後述する可視化工程に供するX線吸収スペクトルとして、硫黄K殻吸収端付近におけるXAFS法で得られたEXAFS領域のスペクトル(以下、「EXAFS振動」ともいう。)を用いることが好ましい。
【0021】
本発明の測定方法に供される硫黄含有高分子複合材料としては、硫黄加硫剤等の硫黄含有化合物を用いて架橋され、硫黄架橋構造を有する高分子複合材料であれば特に限定されず、例えば、従来公知の硫黄架橋ゴム組成物を使用でき、例えば、硫黄加硫剤等の硫黄含有化合物、ゴム成分、他の配合材料を含むゴム組成物を架橋して得られた加硫ゴム組成物などが挙げられる。
【0022】
上記硫黄含有化合物としては、例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄等の硫黄加硫剤等が挙げられる。
【0023】
上記ゴム成分としては、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X−IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)等のジエン系ゴム等が挙げられる。また、ゴム成分は、水酸基、アミノ基等の変性基を1つ以上含むものでもよい。更には、ゴム成分として種々のエラストマーを用いることもできる。
【0024】
更にゴム成分としては、前記ゴム成分と1種類以上の樹脂とが複合された複合材料も使用できる。上記樹脂としては特に限定されず、例えば、ゴム工業分野で汎用されているものが挙げられ、例えば、C5系脂肪族石油樹脂、シクロペンタジエン系石油樹脂等の石油樹脂が挙げられる。
【0025】
上記硫黄含有高分子複合材料には、カーボンブラック、シリカ等の充填剤、シランカップリング剤、酸化亜鉛、ステアリン酸、老化防止剤、ワックス、オイル、硫黄以外の加硫剤、加硫促進剤等、従来公知のゴム分野の配合物を適宜配合してもよい。このようなゴム材料(ゴム組成物)は、公知の混練方法、加硫方法等を用いて製造できる。このようなゴム材料としては、例えば、タイヤ用加硫ゴム材料(タイヤ用加硫ゴム組成物)等が挙げられる。
【0026】
高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定する具体的な方法としては、以下のような透過法、蛍光法、電子収量法等が汎用されている。
【0027】
(透過法)
試料を透過してきたX線強度を検出する方法である。透過光強度測定には、フォトダイオードアレイ検出器等が用いられる。
【0028】
(蛍光法)
試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を検出する方法である。検出器は、Lytle検出器、半導体検出器等がある。前記透過法の場合、試料中の含有量が少ない元素のX線吸収測定を行うと、シグナルが小さい上に含有量の多い元素のX線吸収によりバックグラウンドが高くなるためS/B比の悪いスペクトルとなる。それに対し蛍光法(特にエネルギー分散型検出器等を用いた場合)では、目的とする元素からの蛍光X線のみを測定することが可能であるため、含有量が多い元素の影響が少ない。そのため、含有量が少ない元素のX線吸収スペクトル測定を行う場合に有効である。また、蛍光X線は透過力が強い(物質との相互作用が小さい)ため、試料内部で発生した蛍光X線を検出することが可能となる。そのため、本手法は透過法に次いでバルク情報を得る方法として最適である。
【0029】
(電子収量法)
試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する方法である。そのため試料が導電物質である必要がある。また、表面敏感(試料表面の数nm程度の情報)であるという特徴もある。試料にX線を照射すると元素から電子が脱出するが、電子は物質との相互作用が強いため、物質中での平均自由行程が短い。
【0030】
このように、透過法は、XAFSの基本的な測定方法で、入射光強度と試料を透過したX線強度を検出してX線吸収量を測定する方法であるため、試料のバルク情報が得られ、対象化合物が一定以上の濃度(例えば、数wt%以上)でなければ測定が困難という特徴がある。電子収量法は、表面敏感な方法であり、試料表面の数十nm程度の情報が得られる。一方、蛍光法は、電子収量法に比べて表面からある程度深い部分からの情報が得られるという特徴と、対象化合物濃度が低くても測定できるという特徴がある。本発明では、蛍光法が好適に用いられる。
そこで、蛍光法について、より具体的に以下説明する。
【0031】
蛍光法とは、試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線をモニタリングする方法であり、X線吸収量と蛍光X線の強度に比例関係があることを用いて、蛍光X線の強度からX線吸収量を間接的に求める方法となる。蛍光法を行う場合、電離箱を用いた方法とSDD(シリコンドリフト検出器)やSSD(シリコンストリップ検出器)等の半導体検出器を用いることが多い。電離箱では比較的簡便に測定ができるが、エネルギー分別が困難なことと、試料からの散乱X線や対象元素以外の蛍光X線が入ってしまうためバックグランドを上げてしまうことがあり、試料と検出器との間にソーラースリットやフィルターを設置する必要がある。SDDやSSDを用いた場合、好感度でかつ、エネルギー分別が可能であるため、目的元素からの蛍光X線のみを取り出すことができ、S/B比よく測定することが可能となる。
【0032】
上記測定工程において用いるX線は、光子数が10photons/s以上であることが好ましい。これにより高精度の測定が可能となる。上記X線の光子数は、10photons/s以上であることがより好ましい。上記X線の光子数の上限は特に限定されないが、放射線ダメージがない程度以下のX線強度を用いることが好ましい。
【0033】
上記測定工程において用いるX線は、輝度が1010photons/s/mrad/mm/0.1%bw以上であることが好ましい。
XAFS法は、X線エネルギーで走査するため光源には連続X線発生装置が必要であり、詳細な化学状態を解析するには高いS/N比及びS/B比のX線吸収スペクトルを測定する必要がある。シンクロトロンから放射されるX線は、1010photons/s/mrad/mm/0.1%bw以上の輝度を有し、且つ連続X線源であるため、XAFS測定には最適である。なお、bwはシンクロトロンから放射されるX線のband widthを示す。上記X線の輝度は、1011photons/s/mrad/mm/0.1%bw以上であることがより好ましい。上記X線の輝度の上限は特に限定されないが、放射線ダメージがない程度以下のX線強度を用いることが好ましい。
【0034】
上記測定工程におけるX線を用いて走査するエネルギー範囲としては、2300〜4000eVの範囲が好適である。上記範囲を走査することで、硫黄K殻吸収端付近の硫黄のX線吸収スペクトルを測定でき、試料中の硫黄の化学状態の情報が得られる。上記エネルギー範囲としてより好ましくは2350〜3500eVである。
【0035】
本発明における可視化工程では、上記測定工程で得られたX線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定する。
【0036】
リバースモンテカルロ法は、中性子やX線の回折実験データに一致する三次元構造を推定する手法であるが、EXAFS領域のスペクトルにも使用することができる。硫黄K殻吸収端付近におけるXAFS法で得られたEXAFS振動χ(k)は、距離r離れた1原子からの散乱によるEXAFS振動χ(k,r)を使って下記式(1)で表される。
【0037】
【数1】
【0038】
リバースモンテカルロ法では、まず予想される粒子の三次元配置を初期配置(初期構造)とし、その配置から計算で得られるEXAFS振動Ecalc(k)が、実測のEXAFS振動Eexp(k)に一致するまで、乱数等を利用して粒子の配置を変えて繰り返し計算する。具体的には、下記式(2)に示すχが収束するまで繰り返し計算させて、構造(配置)を決定するものである。
【数2】
【0039】
ここで、上記Ecalc(k)は、例えば、FEFF等の全電子実空間相対論的グリーン関数方式に基づく非経験的自己無撞着実空間多重散乱計算プログラムで予め計算したものを用いて、その時の三次元配置から計算することができる。
【0040】
解析に硫黄の情報のみを使用する場合、FEFFのデータは、S−Sの原子間距離を変えたものを準備すればよいが、本発明では、硫黄とともに架橋点部分の炭素の情報を使用するため、S−Sだけでなく、S−C、C−S及びC−Cの原子間距離を変えたものも準備する必要がある。
【0041】
以上のようにして、上記測定工程で得られたX線吸収スペクトルからリバースモンテカルロ法により硫黄含有高分子複合材料中の硫黄の三次元構造を特定することができる。
【0042】
本発明における算出工程では、上記可視化工程で特定された硫黄の三次元構造から、硫黄の各結合数に対する架橋密度を算出する。具体的には、上記可視化工程で特定された硫黄の三次元構造から、硫黄の結合原子数が1〜8の各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))についてそれぞれいくつあるかその本数を数え、その後、下記式(3)により各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))の架橋密度をそれぞれについて算出することができる。
【0043】
【数3】
【0044】
上記式(3)中のBOXのサイズは、試料中の全体の数密度、及び、全体の粒子数から自動的に決定される。特願2014―185411の方法では、試料中の硫黄の数密度、及び、硫黄の粒子数からBOXのサイズが決定されていたが、本発明では、試料中の硫黄及び架橋点部分の炭素の数密度、並びに、硫黄及び架橋点部分の炭素の粒子数からBOXのサイズが決定される。
【0045】
上記試料中の硫黄の数密度は、例えば、後述する実施例において行われているように、試料中の架橋に関与している硫黄の量と、試料の密度とから算出することができる。
【0046】
上記試料中の炭素の数密度は、例えば、後述する実施例において行われているように、膨潤圧縮法(TMA)を用いて得られる全網目密度から算出することができる。
【0047】
上記硫黄の粒子数は、任意に設定することのできる値であり、多ければ多いほど得られる結果(架橋密度)の精度が向上するため好ましいが、多すぎると計算が複雑、膨大になってしまい、実質的に計算不能となってしまうことから、計算できる程度に多い粒子数を設定する必要がある。
【0048】
上記硫黄の粒子数の設定の一方法としては、例えば、下記のようにして設定する方法が挙げられる。
試料中には、硫黄の結合原子数が8のポリスルフィド結合が存在すると考えられることから、BOXのサイズは、このポリスルフィド結合が入るようなサイズである必要がある。ここで、分子軌道計算によりポリスルフィド結合の安定な構造を求めると、硫黄−硫黄の原子間距離は2.0〜2.4Åであることから、BOXの1辺は少なくとも16.8Å(=2.4〔Å〕×(8−1))以上必要である。そこで、BOXのサイズが1辺16.8Å以上になるよう粒子数を設定する。
【0049】
上記試料中の架橋点部分の炭素の粒子数は、例えば、後述する実施例において行われているように、硫黄の粒子数を設定し、そこから順次算出できる硫黄及び炭素の数密度から算出可能である。
【0050】
以上のとおり、本発明の硫黄含有高分子複合材料における架橋密度の測定方法を採用することにより、硫黄含有高分子複合材料における架橋密度についての詳細な情報を高精度に得ることが可能となる。
【実施例】
【0051】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0052】
〔試料の調製〕
以下の配合内容に従い、硫黄及び加硫促進剤以外の材料を充填率が58%になるように(株)神戸製鋼所製の1.7Lバンバリーミキサーに充填し、80rpmで140℃に到達するまで混練した(工程1)。工程1で得られた混練物に、硫黄及び加硫促進剤を以下の配合にて添加し、160℃で20分間加硫することでゴム試料を得た(工程2)。
【0053】
配合は、天然ゴム50質量部、ブタジエンゴム50質量部、カーボンブラック60質量部、オイル5質量部、老化防止剤2質量部、ワックス2.5質量部、酸化亜鉛3質量部、ステアリン酸2質量部、粉末硫黄1.2質量部、及び加硫促進剤1質量部とした。なお、使用材料は以下のとおりである。
天然ゴム:TSR20
ブタジエンゴム:宇部興産(株)製のBR150B
カーボンブラック:キャボットジャパン(株)製のショウブラックN351
オイル:(株)ジャパンエナジー製のプロセスX−140
老化防止剤:大内新興化学工業(株)製のノクラック6C(N−1,3−ジメチルブチル−N’−フェニル−p−フェニレンジアミン)
ワックス:日本精蝋(株)製のオゾエース0355
酸化亜鉛:東邦亜鉛(株)製の銀嶺R
ステアリン酸:日油(株)製の椿
粉末硫黄(5%オイル含有):鶴見化学工業(株)製の5%オイル処理粉末硫黄(オイル分5質量%含む可溶性硫黄)
加硫促進剤:大内新興化学工業(株)製のノクセラーCZ(N−シクロヘキシル−2−ベンゾチアジルスルフェンアミド)
【0054】
(実施例1)
(1)XAFS法による分析
得られたゴム試料について、硫黄K殻吸収端付近におけるXAFS法による測定を実施してXAFSスペクトルを得た。
得られたXAFSスペクトルを図3に示す。なお、図3中、μは吸光度を表しており、μは対象とする原子が孤立して存在する場合の吸光度を表している。
XAFS法の測定条件及び解析条件は以下のとおりである。
【0055】
(使用装置)
XAFS:SPring−8 BL27SUのBブランチのXAFS測定装置
(測定条件)
輝度:1×1016photons/s/mrad/mm/0.1%bw
光子数:5×1010photons/s
分光器:結晶分光器
検出器:SDD(シリコンドリフト検出器)
測定法:蛍光法
エネルギー範囲:2360〜3500eV
(XAFS解析)
(株)リガク製のXAFS解析統合ソフトウェアREX2000
【0056】
得られたXAFSスペクトルから、EXAFS振動を抜き出した。XAFSスペクトルからの、EXAFS振動χ(k)の抜き出しは、下記式(4)により行った。
【0057】
【数4】
【0058】
上記式(4)中、μ(k)は吸光度を表し、μ(k)は対象とする原子が孤立して存在する場合の吸光度を表す。
【0059】
得られたEXAFS振動をk空間で表示したものを図4に示す。図4を見ると、kの値が大きくなるにつれ、振動が小さくなっており、このままでは解析が困難であることから、χ(k)にkを積算(重み付)した。積算後のスペクトルを図5に示す。
【0060】
原子間距離や配位数を求めるためには、k空間表示から実空間表示に変換する必要があるが、図5を見ると、kの値が大きくなるにつれ、ノイズが多くなっていることが分かる。そこで、ノイズが多い部分を除いた範囲(図5中の両矢印の範囲)でフーリエ変換を行い、ゴム試料の実空間における動径分布関数を得た。
【0061】
硫黄架橋はポリマーを硫黄で橋架けしたものであるため、S−C、S−Sのピークの配位数が分かれば、硫黄架橋に使用されている炭素粒子の数(架橋点部分の炭素の粒子数)を算出できる。架橋点において、硫黄の隣接する粒子は、硫黄である場合(S−S)と、炭素である場合(S−C)が考えられる。いずれの場合も配位数は2となるが、架橋形態によってS−S、S−Cの比率が変わると考えられる。本実施例では、REX2000を用いてS−S、S−Cの比率を求めるが、その他の手法で算出してもよい。
なお、硫黄架橋に関わっていない炭素については不要であるため、解析には使用しない。
【0062】
そして、上記で得られた動径分布関数のスペクトルを逆フーリエ変換して、実測のEXAFS振動Eexp(k)を得た。なお、得られるスペクトルは、図5のスペクトルからノイズを除去したものに相当する。
【0063】
(2)リバースモンテカルロ(RMC)計算
得られた実測のEXAFS振動Eexp(k)から、リバースモンテカルロ法にて、χが収束するまで計算を実行し、収束したχからゴム試料中の硫黄の三次元構造を特定した。
リバースモンテカルロ計算における計算条件は以下のとおりとした。
プログラム:RMC_POT
初期配置:硫黄粒子7400個、炭素粒子1415個の計8815個をランダムに配置した。なお、硫黄粒子の数は、任意に設定したものであり、炭素粒子の数は、下記方法により求めたものである。
硫黄の数密度:下記方法により求めた。
炭素の数密度:下記方法により求めた。
【0064】
なお、リバースモンテカルロ計算に用いるEcalc(k)には、全電子実空間相対論的グリーン関数方式に基づく非経験的自己無撞着実空間多重散乱計算プログラム(FEFF)で予め計算したものにより、その時の三次元配置にて計算されたものを用いた。FEFFは、S−S、S−C、C−S及びC−Cの原子間距離を変えたものを準備した。
また、計算は下記制限を設けて行った。
(a)原子間距離
分子軌道計算等により求めたゴム中のS−S距離、S−C距離、C−C距離より近すぎても、遠すぎてもいけないため、取り得る原子間距離の制限を設ける。本実施例では、S−S:2.0〜2.6Å、S−C:1.7〜2.3Å、C−C:1.4〜1.9Åとする。
(b)角度
分子軌道計算の結果から、S−S−S:120〜145°、C−S−S:120〜145°とする。
(c)配位数
上記のとおり、S−S、S−Cのいずれの場合も配位数は2である。
【0065】
(3)硫黄の数密度
JIS K6229に準じたソックスレー抽出法を用いて、フリーサルファー(架橋に関与していない硫黄)やオイルやワックス、老化防止剤等ゴムの結合に関与していない薬品を除去した。具体的には、ソックスレー抽出器の最下部に設けた抽出フラスコにアセトンを満たし、中間部分に設けた紙又は焼結ガラス製容器内に、ハサミで細かく刻んだゴム試料20mgを入れ、最上部に冷却管を結合して24時間抽出を行った。
【0066】
上記抽出によりゴムの結合に関与していない薬品を除去した後、JIS K6222「ゴム配合剤−硫黄の試験方法」に準じて架橋に関与している硫黄の量(質量%)を求めた。
【0067】
また、上記中によりゴムの結合に関与していない薬品を除去した後、JIS Z8807「固体の密度及び比重の測定方法」に準じてゴム試料の密度を測定した。
【0068】
そして、求めた架橋に関与している硫黄の量と、ゴム試料の密度とから、ゴム試料中の硫黄の数密度[個/Å]を求めた。結果は、4.4736×10−4[個/Å]であった。
【0069】
(4)炭素の数密度
得られたゴム試料の試験片(2cm×2cm、厚み1mm)を、テトラヒドロフランとトルエンを1:1の割合で混合した溶液に1日浸して膨潤させた。この膨潤サンプルについて、熱機械分析計(島津製作所社製、製品名「TMA−50」)を用いて膨潤圧縮度を測定した。そして、Flory−Rehnerの式を用いて、膨潤サンプルの膨潤圧縮度から全網目密度νTを算出した。結果は、νT=7.10×10−5[mol/cc]であった。
【0070】
全網目密度νTは架橋の本数に相当し、架橋の両端には炭素が存在する。よって、炭素の数密度は2νT[個/Å]となる。上記で算出したνT(7.10×10−5[mol/cc]=7.10×10−5/1024[mol/Å])から、炭素の数密度は、以下のように算出できる。
2×7.10×10−5/1024[mol/Å]×6.022×1023[個/mol]=8.5512×10−5[個/Å
なお、式中、6.022×1023[個/mol]はアボガドロ数である。
【0071】
(5)炭素の粒子数
硫黄の粒子数を7400個に設定すると、上記で算出した硫黄の数密度(4.4736×10−4[個/Å])、炭素の数密度(8.5512×10−5[個/Å])から、炭素の粒子数xは、以下のように算出できる。
4.4736×10−4[個/Å]:8.5512×10−5[個/Å]=7400[個]:x[個]
x=1414.5[個]≒1415[個]
【0072】
(6)架橋密度の算出
上記特定したゴム試料中の硫黄の三次元構造から、硫黄の結合原子数が1〜8の各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))についてそれぞれいくつあるかその本数を数え、その後、下記式(3)により各スルフィド結合(R−S−R(1≦n≦8))の架橋密度を算出した。各スルフィド結合の架橋密度を下記表1に示す。
なお、分子軌道計算により、ポリスルフィド結合の安定な構造における硫黄−硫黄の原子間距離は2.0〜2.4Åであったことから、硫黄−硫黄の原子間距離が2.0〜2.4Åの範囲が硫黄−硫黄結合しているとみなした。
【0073】
【数5】
【0074】
上記式(3)中のBOXのサイズは、上記測定されたゴム試料中の硫黄及び架橋点部分の炭素の数密度、並びに、リバースモンテカルロ計算のために設定された硫黄及び架橋点部分の炭素の粒子数から自動的に決定される。
【0075】
(比較例1)
下記制限を設け、硫黄の条件のみでリバースモンテカルロ計算を行い、これに伴い、BOXのサイズが硫黄の数密度及び硫黄の粒子数から決定されたことを除き、実施例と同様の方法で実施した。
なお、この方法は、特願2014―185411の方法に相当するものである。
(i)硫黄−硫黄の原子間距離は2.0Åより短くならない。
(ii)硫黄の配位数は2である。
(iii)分子軌道計算結果に基づき、硫黄−硫黄の結合角度は120°〜145°である。
【0076】
下記表1において、比較例1のχの値を100として、実施例1のχの値を指数表示した。数値が小さいほど、リバースモンテカルロ法の収束性が高く、高精度の計算が行われていることを示す。
【0077】
【表1】
【0078】
表1の結果から、硫黄及び架橋点部分の炭素の情報に基づいてリバースモンテカルロ法を実施した実施例1は、硫黄の情報のみに基づいてリバースモンテカルロ法を実施した比較例1と比較して、高精度の計算が行われたことが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5