【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名 一般社団法人日本機械学会、刊行物名 第13回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、発行年月日 2014年12月10日 集会名 第13回評価・診断に関するシンポジウム、開催日 2014年12月11日,12月12日(発表日 2014年12月11日)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を実施するための実施形態について、図面を用いて説明する。本発明は、以下に記載の構成に限定されるものではなく、同一の技術的思想において種々の構成を採用することができる。例えば、以下に示す構成の一部は、省略し又は他の構成等に置換してもよい。他の構成を含むようにしてもよい。
【0020】
<酸化生成物の抽出方法>
酸化生成物の抽出方法について、
図1及び
図2を参照して説明する。実施形態では、酸化生成物の抽出方法を、単に「抽出方法」という。抽出方法は、機械又は設備で使用された油を対象として行われる。油は、基油と酸化防止剤等の添加剤を含む。実施形態では、油は、添加剤として酸化防止剤を含むものとする。酸化防止剤を含む油としては、例えば、潤滑油が挙げられる。実施形態における油は、タービン油と、油圧作動油等の各種工業用の油(潤滑油)を含む。更に、実施形態における油は、合成油を含む。実施形態では、前述の記載から明らかな通り、基油と酸化防止剤を含む溶液を「油」又は「潤滑油」といい、溶媒としての油は「基油」という。
【0021】
基油は、極性溶媒である。酸化防止剤は、極性溶質である。基油としては、例えば、エステル系合成油が挙げられる。酸化防止剤は、有機化合物の酸化劣化を抑制するための添加剤である。酸化防止剤としては、例えば、フェノール系、アミン系、リン系及び硫黄系等がある。酸化防止剤として、例えば、アミン系酸化防止剤が添加されるとする。この場合、油は、基油としてのエステル系合成油にアミン系酸化防止剤が溶解した油である。例えば、タービン油では、タービン油の使用環境が高温化してきており、高い酸化安定性が求められている。アミン系酸化防止剤は、高温下においても高い酸化安定性を実現可能で、近年、注目されている。アミン系酸化防止剤としては、例えば、N−フェニル−1−ナフチルアミンがある。この他、アミン系酸化防止剤としては、4,4−ジオクチルジフェニルアミンがある。実施形態では、N−フェニル−1−ナフチルアミンを、「PANA」という。4,4−ジオクチルジフェニルアミンを、「DODPA」という。
【0022】
抽出方法は、混合工程と、ろ過工程を含む。混合工程では、
図1に示すように、油と、無極性溶媒が混合され、油と無極性溶媒を含む混合液が生成される。混合工程で生成される混合液では、酸化防止剤が酸化した酸化生成物(塩)が析出する。即ち、混合工程では、油と無極性溶媒を混合させることで、酸化生成物が析出した、油と無極性溶媒を含む混合液が生成される。
図1下段において、混合液中に図示された黒丸は、酸化生成物を示す。酸化生成物の析出は、極性溶媒である基油が無極性溶媒によって希釈され、混合液全体の極性が低下することに起因する。極性を有する溶質は、極性が低下した溶媒、又は無極性の溶媒に溶けない。酸化防止剤がアミン系酸化防止剤である場合、混合工程で析出する塩は、Wurster塩である。実施形態において、無極性溶媒は、油と混合した場合、混合液において酸化生成物を析出させることができる溶媒である。無極性溶媒としては、例えば、石油エーテルが挙げられる。石油エーテルの誘電率は1.84で、双極子モーメントは0D(debye)である。その他の無極性溶媒については、後述する。
【0023】
ろ過工程では、混合工程で生成された混合液がろ過される。ろ過工程では、フィルタとして、例えば、メンブランフィルタ11が用いられる。メンブランフィルタ11としては、例えば、細孔径が0.8μmで、厚みが0.125mmのメンブランフィルタが用いられる(
図2参照)。メンブランフィルタ11の厚みは、ろ過方向におけるメンブランフィルタ11の寸法である。メンブランフィルタ11は、公知のフィルタである。従って、メンブランフィルタ11の構造等に関するこの他の説明は省略する。
【0024】
ろ過工程において、混合液は、メンブランフィルタ11を通してろ過される。メンブランフィルタ11は、酸化防止剤が酸化した酸化生成物を捕捉する。即ち、上述した例に基づけば、メンブランフィルタ11は、Wurster塩を捕捉する。Wurster塩は、アミンの種類であるため、赤〜青までの様々な色を呈する。従って、Wurster塩を捕捉したメンブランフィルタ11には、色が付く。
【0025】
<抽出システム>
抽出方法は、抽出システムによって実行される。即ち、抽出システムは、極性溶媒である基油と、極性溶質である酸化防止剤を含む油から、酸化防止剤が酸化して生成された酸化生成物を抽出する。抽出システムは、注入部と、貯留部と、ろ過部を備える。注入部は、油に対して無極性溶媒を注入する。注入部は、スポイトとしての機能を有する。例えば、注入部は、無極性溶媒を収容し、所定の容器に貯留された油に、無極性溶媒を注入する。注入部によって実行される、油に対して無極性溶媒を注入する操作は、所定の容器に貯留された無極性溶媒に、油を注入して行うようにしてもよい。
【0026】
油と無極性溶媒は、混合される(混合工程)。貯留部は、酸化生成物が析出した、油と無極性溶媒の混合液を貯留する。ろ過部は、メンブランフィルタ11を含む。ろ過部では、貯留部に貯留された混合液が、メンブランフィルタ11を通してろ過される(ろ過工程)。貯留部とろ過部は、
図3に基づき後述するろ過装置20に対応する。即ち、貯留部は、ろ過装置20におけるシリンダ22に対応する構成を有する。ろ過部は、ろ過装置20における、メンブランフィルタ11とフラスコ23に対応する構成を有する。ろ過部は、ろ過装置20における真空ポンプ24に対応する構成を含むものであってもよい。
【0027】
<実施例>
抽出方法を確立し、有効性を確認するための実験を行った。以下、この実験について説明する。
【0028】
<実験方法>
今回の実験で用いた試料油及びろ過装置20について説明する。更に、油状態判定について概略を説明する。
【0029】
<試料油>
試料油は、アミン系酸化防止剤が添加されたエステル系合成油(銘柄:Mobil Jet oil II)を、RPVOT法を用いて酸化させた酸化油である。前述のエステル系合成油(銘柄:Mobil Jet oil II)は、例えば、ジェットエンジン又はコンバインドサイクル発電機に用いられる。試料油は、アミン系酸化防止剤としてPANAとDODPAを含む。この点については、後述する。実験では、油を酸化させるために油と共に存在する酸素の低下圧力量を任意に変更することにより、段階的に酸化した試料油を作製した。即ち、試料油として、酸素の低下圧力量の違いから酸化の程度が異なる複数の酸化油を作製した。酸素の低下圧力量は、1,3,5,7及び9PSI(pound-force per square inch)の5種類のうちの何れかとした。低下圧力量が0PSIである試料油は、新油に相当する。1PSIは、6894.76Paである。
【0030】
試料油の作製には、RPVOT試験機を用いた。作製に際し、新油であるエステル系合成油に、蒸留水を加えた。蒸留水を加えたエステル系合成油を貯留するサンプルビーカーを、RPVOT試験機の圧力室に収容し、所定の温度で加熱しつつ、所定の速度で回転させた。その際、圧力室にも、蒸留水を入れた。新油と圧力室への蒸留水の添加は、実使用の場面において、油に水分が混入し、油を劣化させることがあることを考慮したものである。RPVOT法の実験条件は、次の通りである。
<RPVOT法の実験条件>
潤滑油量(g) :50±0.5
蒸留水量(g) :5(サンプルビーカー)
5(圧力室)
温度(℃) :150
回転速度(rpm):100±5
RPVOT試験機は、公知の装置である。従って、これに関する説明は省略する。但し、実験に用いたRPVOT試験機では、触媒として用いる銅コイルを使用しなかった。これは、触媒として用いる銅コイルにより析出する酸化銅が、Wurster塩を捕捉したメンブランフィルタ11の色に影響を与えるのを避けるためである。
【0031】
<ろ過装置>
ろ過装置20は、
図3に示すように、防塵用蓋21と、シリンダ22と、フラスコ23と、真空ポンプ24を備える。シリンダ22とフラスコ23の間に、メンブランフィルタ11が取り付けられる。実験では、メンブランフィルタ11として、セルロースアセテート製のメンブランフィルタ(アドバンテック東洋株式会社製、製品名:C080A025A)を用いた。メンブランフィルタ11の仕様に関し、細孔径は、0.8μmで、厚みは、0.125mmである。試料油と後述する各種の無極性溶媒の混合液のろ過は、混合液をシリンダ22に貯留し、真空ポンプ24を使用してフラスコ23内を減圧して行った。
図3で、ろ過装置20内に示す網点模様は、混合液を示すものである。即ち、
図3でメンブランフィルタ11より上側の網点模様は、ろ過前の混合液を示す。メンブランフィルタ11より下側の網点模様は、ろ過後の混合液を示す。実験では、メンブランフィルタ11において、混合液をろ過する領域R(
図4参照)は、直径が約18mm(面積:約992mm
2)である。
【0032】
ろ過が終了した後、メンブランフィルタ11を、ろ過装置20から取り外した。ろ過装置20から取り外されたメンブランフィルタ11から、油分を除去した。油分の除去には、石油エーテルを用いた。その後、メンブランフィルタ11を、乾燥した。
【0033】
<油状態判定>
試料油の状態を判定するため、メンブランフィルタ11の色を定量的に測定した。色の測定対象となるメンブランフィルタ11の領域は、Wurster塩を捕捉し、色の付いた領域Rである。実施形態では、判定の対象となるメンブランフィルタ11を、「メンブランパッチ12」という。メンブランパッチ12の色の測定は、発明者等が特許文献2において提案する手法によって行った。この手法では、例えば、メンブランパッチ12の表裏両面の側から、メンブランパッチ12に白色光が投射され、カラーセンサ30によって、投射された白色光の反射光と透過光が測定される(
図4参照)。カラーセンサ30としては、例えば、
図5に示すような、発明者等によって開発された色相判別装置(CPA Colorimetric patch Analyzer)を採用することができる。今回の実験では、カラーセンサ30として、この装置を採用した。但し、測定光のRGB値を出力する公知のカラーセンサを、カラーセンサ30として採用することもできる。カラーセンサ30は、メンブランパッチ12の表面及び/又は裏面に対向して設けられる。メンブランパッチ12の表面は、メンブランフィルタ11がろ過装置20にセットされた状態(
図3参照)において、シリンダ22の側となる面である。メンブランパッチ12の裏面は、前述した状態において、フラスコ23の側となる面である。
【0034】
上述した手法では、例えば、メンブランパッチ12の表面で反射した反射光によって、メンブランパッチ12の表面で捕捉された汚染物の色(RGB値)を明らかにすることができる。メンブランパッチ12の裏面の側から表面の側に透過した透過光によって、メンブランパッチ12の表面及び内部で捕捉された汚染物の色(RGB値)を明らかにすることができる。カラーセンサ30によって測定された反射光及び透過光のRGB値から、次の式(1)に基づき、ΔE
RGBが算出される。ΔE
RGBは、白(R255,G255,B255)と、測定されたRGB値の距離を示す。抽出方法と特許文献2の手法を利用することで、油に含まれる酸化防止剤の劣化度を、簡易且つ迅速に判定することができる。コストも低減することができる。今回、ΔE
RGBは、白(R255,G255,B255)からの距離としている。但し、ΔE
RGBは、特許文献2のように黒(R0,G0,B0)からの距離として定義することもできる。RGB値の最大色差を求めることで、油の劣化要因を大まかに特定することもできる。最大色差について、例えば、RGB値が(R170,G114,B49)であるとする。このときの最大色差は、121(R170−B49)である。この他、RGB値が(R150,G149,B133)であるとする。このときの最大色差は、17(R150−B133)である。最大色差が121である場合の劣化要因は酸化であり、最大色差が17である場合の劣化要因は汚損である。発明者等が提案する手法の詳細については、特許文献2に開示されている。従って、これに関するこの他の説明は省略する。
【数1】
【0035】
今回の実験では、白色光の投射は、メンブランパッチ12の裏面の側からとし、この白色光がメンブランパッチ12の表面の側に透過した透過光を、カラーセンサ30で測定した。そのため、以下に記載の実験結果で説明するRGB値は、透過光のR値、G値及びB値であり、ΔE
RGBは、このようなRGB値から上記の式(1)によって求められた値である。カラーセンサ30の測定対象は、例えば、白色光の投射を、メンブランパッチ12の表面の側からとし、メンブランパッチ12の表面で反射した反射光としてもよい。この他、白色光の投射を、メンブランパッチ12の表面の側からとし、メンブランパッチ12の裏面の側に透過した透過光、又は白色光の投射を、メンブランパッチ12の裏面の側からとし、メンブランパッチ12の裏面で反射した反射光を測定するようにしてもよい。更に、前述した各透過光及び各反射光の2個以上を測定対象としてもよい。
図6,7,12,17,18に示すメンブランパッチ(符号「12」は省略)の外観は、メンブランフィルタ11の表面である。
【0036】
<実験結果及び考察>
<無極性溶媒とメンブランパッチの色の関係>
抽出方法において油と混合する無極性溶媒に関し、複数種の無極性溶媒とメンブランパッチの色の関係を、
図6を参照して説明する。これによって、抽出方法において好ましい無極性溶媒を明らかにする。
図6に示す混合液1〜混合液4は、一定の容量の試料油と、種類の異なる一定の容量の無極性溶媒を混合した溶液である。詳細には、次の通りである。
<混合液>
混合液1:試料油0.1ml+石油エーテル20ml
混合液2:試料油0.1ml+ヘキサン20ml
混合液3:試料油0.1ml+トルエン20ml
混合液4:試料油0.1ml+ジエチルエーテル20ml
混合液1〜混合液4に関し、各種の無極性溶媒と混合する試料油は、RPVOT法によって作製した低下圧力9PSIの酸化油とした。混合液1〜混合液4における各種の無極性溶媒の極性は、石油エーテルが最も低く、以下、ヘキサン、トルエンの順で高くなり、ジエチルエーテルが最も高い。石油エーテルの主成分は、ペンタンである。石油エーテルは、ペンタンとヘキサンの混合物である。混合液1〜混合液4における各種の無極性溶媒の誘電率と双極子モーメントは、次の通りである。参考値として、ペンタン及びヘプタン(何れも無極性溶媒)の誘電率と双極子モーメントと、アセトン、エタノール及び水(何れも極性溶媒)の誘電率と双極子モーメントも示す。
<極性>
石油エーテル(混合液1) :誘電率1.84 双極子モーメント0D
ヘキサン(混合液2) :誘電率1.89 双極子モーメント0D
トルエン(混合液3) :誘電率2.38 双極子モーメント1.20D
ジエチルエーテル(混合液4):誘電率4.30 双極子モーメント3.83D
ペンタン :誘電率1.84 双極子モーメント0D
ヘプタン :誘電率1.92 双極子モーメント0D
アセトン :誘電率21.0 双極子モーメント9.67D
エタノール :誘電率25.3 双極子モーメント5.64D
水 :誘電率78.5 双極子モーメント6.74D
図6から明らかな通り、無極性溶媒として、極性の低い石油エーテル(「混合液1」参照)とヘキサン(「混合液2」参照)を用いたメンブランパッチは、黒紫色となり、ΔE
RGBは大きな値を示した。一方、石油エーテル及びヘキサンより極性の高いトルエン(「混合液3」参照)とジエチルエーテル(「混合液4」参照)を用いたメンブランパッチでは、ほとんど着色が認められず、ΔE
RGBも小さな値を示した。
【0037】
試料油では、基油として、エステル系合成油が使用されている。エステル系合成油では、エステルが極性を有する。そのため,Wurster塩がイオンの形で試料油中に溶けていたと考えられる。実験に用いた無極性溶媒のうち、特に、石油エーテル又はヘキサンのように極性の低い溶媒は、試料油0.1mlに対して20mlを混合することで、混合液全体の極性を低下させることができる。これに伴い、試料油中に溶けていたWurster塩が析出し、メンブランパッチが着色したと考えられる。一方、トルエン又はジエチルエーテルは、試料油0.1mlに対して20mlの量では、混合液全体の極性を十分に低下させることができなかったと考えられる。そのため、Wurster塩は、析出しなかったと考えられる。
【0038】
<混合比>
抽出方法において油と混合する無極性溶媒の容量に関し、試料油の容量と無極性溶媒の容量の関係を、
図7〜
図17を参照して説明する。これによって、抽出方法における好適な混合比を明らかにする。試料油は、RPVOT法によって作製した。試料油と混合する溶媒は、
図6に基づき上述した実験結果から、無極性溶媒である石油エーテル(
図6に示す「混合液1」参照)とした。
【0039】
(1)試料油の容量を一定とし、石油エーテルの容量を変えた混合液による実験
試料油は、低下圧力1,3,5PSIの各酸化油とした。低下圧力1,3,5PSIの各試料油において、その容量は、0.1mlで一定とした。低下圧力1,3,5PSIの各試料油0.1mlと、石油エーテル10,20,40,60mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチは、
図7に示すような状態であった。低下圧力1PSIの試料油0.1mlと石油エーテル60mlを混合した混合液については、実験を省略した。低下圧力1PSIの試料油では、RGB値とΔE
RGBは、石油エーテルの容量が増えても略一定である(
図8及び
図11参照)。
【0040】
低下圧力1PSIの試料油0.1mlと、石油エーテル10,20,40mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図8に示す通りとなった。低下圧力3PSIの試料油0.1mlと、石油エーテル10,20,40,60mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図9に示す通りとなった。低下圧力5PSIの試料油0.1mlと、石油エーテル10,20,40,60mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図10に示す通りとなった。
図8〜
図10に示す各RGB値から求められるΔE
RGBは、
図11に示す通りとなった。
【0041】
低下圧力量が異なる各試料油において、石油エーテルの容量が変化しても、メンブランパッチの色(
図4に示す「領域Rの色」参照)とRGB値には、ほとんど変化は認められなかった(
図7〜
図10参照)。その結果、低下圧力量が異なる各試料油において、石油エーテルの容量が変化しても、ΔE
RGBには、ほとんど変化は認められなかった(
図11参照)。
【0042】
(2)試料油の容量を変え、試料油に対する石油エーテルの混合比を一定とした混合液による実験
試料油は、低下圧力1,3,5PSIの各酸化油とした。低下圧力1,3,5PSIの各試料油において、その容量は、0.1,0.2,0.3,0.4,0.5mlとした。試料油に対する石油エーテルの混合比を、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100として一定とした。即ち、試料油が0.1mlである場合、石油エーテルの容量は10mlとした。試料油が0.2mlである場合、石油エーテルの容量は20mlとした。試料油が0.3mlである場合、石油エーテルの容量は30mlとした。試料油が0.4mlである場合、石油エーテルの容量は40mlとした。試料油が0.5mlである場合、石油エーテルの容量は50mlとした。
【0043】
低下圧力1,3,5PSIの各試料油0.1,0.2,0.3,0.4,0.5mlと、試料油と石油エーテルの混合比を、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100として石油エーテルを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチは、
図12に示すような状態であった。
【0044】
低下圧力1PSIの試料油0.1,0.2,0.3,0.4,0.5mlと、試料油と石油エーテルの混合比を、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100として石油エーテルを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図13に示す通りとなった。低下圧力3PSIの試料油0.1,0.2,0.3,0.4,0.5mlと、前述した混合比で石油エーテルを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図14に示す通りとなった。低下圧力5PSIの試料油0.1,0.2,0.3,0.4,0.5mlと、前述した混合比で石油エーテルを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図15に示す通りとなった。前述した各RGB値から求められるΔE
RGBは、
図16に示す通りとなった。
【0045】
低下圧力1PSIの試料油では、試料油の容量が増えると、メンブランパッチの色(
図4に示す「領域Rの色」参照)が濃色化し、RGB値も
低下した(
図12及び
図13参照)。その結果、低下圧力1PSIの試料油では、試料油の容量が増えると、ΔE
RGBも増加した(
図16参照)。低下圧力3,5PSIの各試料油では、容量が20ml以上である場合、試料油の容量が変化しても、メンブランパッチの色(
図4に示す「領域Rの色」参照)とRGB値の変化は、少なかった(
図12、
図14及び
図15参照)。その結果、低下圧力3,5PSIの各試料油では、試料油の容量が変化しても、ΔE
RGBには、ほとんど変化は認められなかった(
図16参照)。
【0046】
(3)上述した混合比に関する2つの実験の結果から、試料油と石油エーテルの混合比が十分且つ一定であれば、析出物の量は、石油エーテルの容量に依存せず、試料油の容量のみによって決定することが明らかとなった。試料油と石油エーテルの混合比を、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100とすることで、ΔE
RGBを明らかにすることができる。その際、試料油の容量が0.1mlであっても、油に含まれる酸化防止剤の劣化度の診断に用いることができるΔE
RGBを得ることができる。
【0047】
試料油と石油エーテルの混合比が適切ではない場合、適切ではない混合比の混合液をろ過したメンブランパッチは、例えば、
図17に示すような状態となった。
図17において、混合比1〜混合比4の各混合液は、次の通りである。混合比1において、ろ過した混合液の容量は、15mlである。
<混合液>
混合比1:試料油25ml+石油エーテル50ml(試料油:石油エーテル=1:2)
混合比2:試料油1ml+石油エーテル10ml(試料油:石油エーテル=1:10)
混合比3:試料油1ml+石油エーテル15ml(試料油:石油エーテル=1:15)
混合比4:試料油1ml+石油エーテル20ml(試料油:石油エーテル=1:20)
メンブランパッチが
図17に示すような状態となった原因としては、次のようなことが考えられる。即ち、混合比1〜混合比4では、試料油に対する石油エーテルの容量が少なく、石油エーテルによって、試料油の極性を十分に低下させることができていない。その結果、十分なWurster塩が析出していない。
【0048】
<試料油の低下圧力量とメンブランパッチの色の関係>
試料油の低下圧力量とメンブランパッチの色の関係について、
図18〜
図20を参照して説明する。これによって、メンブランパッチの色は、低下圧力量と相関関係を有することを確認する。
【0049】
試料油は、RPVOT法によって作製した、低下圧力1,3,5,7,9PSIの各酸化油とした。試料油と混合する溶媒は、
図6に基づき上述した実験結果から、無極性溶媒である石油エーテル(
図6に示す「混合液1」参照)とした。試料油と石油エーテルの混合比(体積比)及びこれらの各容量は、
図7〜
図16に基づき上述した実験結果から、試料油:石油エーテル=1:100、試料油0.1ml及び石油エーテル10mlとした。
【0050】
低下圧力1,3,5,7,9PSIの各試料油0.1mlと、石油エーテル10mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチは、
図18に示すような状態であった。
【0051】
低下圧力1,3,5,7,9PSIの各試料油0.1mlと、石油エーテル10mlを混合した各混合液をろ過したメンブランパッチでは、RGB値は、
図19に示す通りとなった。
図19に示す各RGB値から求められるΔE
RGBは、
図20に示す通りとなった。
【0052】
低下圧力量の増加に伴って、メンブランパッチの色(
図4に示す「領域Rの色」参照)が濃色化する。従って、ΔE
RGBも、単調に増加する。即ち、油に含まれる酸化防止剤の劣化度が進行するにつれ、ΔE
RGBは、大きな値を示す。
【0053】
<ガスクロマトグラフ質量分析による定性・定量分析>
ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)による定性・定量分析の結果について、
図21及び
図22を参照して説明する。これによって、上述したように低下圧力量と相関関係を有するメンブランパッチの色は、酸化防止剤の劣化度と相関関係を有し、酸化防止剤の劣化度の診断に用いることができることを確認する。
【0054】
この分析は、次の試料油を対象として行った。即ち、試料油は、新油(低下圧力0PSI)と、RPVOT法によって作製した、低下圧力1,5,9PSIの各酸化油とした。
【0055】
図21上段に示す、新油による試料油のトータルイオンクロマトグラムでは、試料油として採用した油(銘柄:Mobil Jet oil II)には、アミン系酸化防止剤である、PANAとDODPAが含まれていることが認められた。
図21下段に示す、低下圧力9PSIの試料油のトータルイオンクロマトグラムでは、加水分解生成物が認められた。試料油の基油のポリオールエステルは、水の存在下で加熱すると、酸とアルコールに加水分解される。加水分解生成物は、2−メチル酪酸、吉草酸、エナント酸、カプリル酸及びカプリン酸といったカルボン酸である。この他、エステル系化合物、1,4−ナフトキノン、アニリン及びトリクレジルホスフェート類が、生成されていた。
【0056】
新油と低下圧力1,5,9PSIの各試料油に含まれるPANA及びDODPAの残存量は、
図22に示す通りであった。この結果によれば、低下圧力量の増加に伴い、アミン系酸化防止剤の残存量が減少していることが認められる。特に、PANAでは、DODPAと比較して、低下圧力量の増加に伴う残存量の減少が顕著であった。
【0057】
<まとめ>
発明者等は、油をろ過した後のメンブランパッチ12の色と潤滑油の劣化の間に一定の関係性があることを明らかにし、上述した特許文献2において油状態監視方法等を提案している。例えば、エステル系合成油に、アミン系酸化防止剤が添加されたタービン油では、アミンの酸化変質物(酸化生成物)がパッチの色に影響を与えるため、従来の潤滑油の測定が困難になることが分かった。近年、使用環境が高温化及び/又は過酷化するタービン油には耐熱酸化安定性に優れるアミン系酸化防止剤が添加されている。従って、アミン系酸化防止剤の酸化生成物が、メンブランパッチ12の色に与える影響を解明することはとても重要である。
【0058】
このような点を考慮して行った上述の実験の結果より、次のことが明らかとなった。メンブランパッチ12の色を用いたアミン系酸化防止剤の劣化診断の可能性が示唆された。
【0059】
(1)Wurster塩は、エステル系合成油中でイオンとなって溶けている。Wurster塩は、石油エーテルによって油の極性を低下させると析出する。Wurster塩が析出した混合液を、ろ過することで、Wurster塩を、メンブランフィルタ11で捕捉することができる。メンブランパッチ12は、Wurster塩を捕捉した領域Rが紫色となる。
【0060】
(2)アミン系酸化防止剤の劣化度の診断に採用可能な試料油と石油エーテルの混合比は、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100である。このような混合比により、酸化生成物を捕捉したメンブランフィルタ11の色を、特許文献2の手法による酸化防止剤の劣化度の診断に適した濃度とすることができる。
【0061】
(3)アミン系酸化防止剤の酸化による変質物(酸化生成物)とメンブランパッチ12の色パラメータ(ΔE
RGB)の間には、
図23に示すような、一定の関係がある。ΔE
RGBは、特に、PANAの減少に応じて増加する。ΔE
RGBの変化については、PANAの酸化生成物による影響が支配的である。PANAを捕捉した領域Rが、メンブランパッチ12で紫色として現れていると考えられる。
【0062】
<変形例>
実施形態は、次のようにすることもできる。以下に示す変形例のうちの幾つかの構成は、適宜組み合わせて採用することもできる。以下では上記とは異なる点を説明することとし、同様の点についての説明は適宜省略する。
【0063】
(1)上記では、油(試料油)と石油エーテルの好ましい混合比として、体積比で、油:石油エーテル=1:100とした。上述した通り、低下圧力量が異なる各試料油において、石油エーテルの容量が変化しても、ΔE
RGBには、ほとんど変化は認められない。従って、前述した混合比は、体積比で、試料油:石油エーテル=1:100より小さくするようにしてもよい。即ち、油と石油エーテルの混合比は、体積比で、油:石油エーテル=1:100以下とするようにしてもよい。
【0064】
(2)上記では、油(試料油)と石油エーテルの混合比を、体積比で、油:石油エーテル=1:100とし、油の容量を0.1mlとし、石油エーテルの容量を10mlとした。油の容量と石油エーテルの容量は、混合比が前述した値となる範囲で、適宜変更するようにしてもよい。油の容量と石油エーテルの容量、換言すれば混合液の容量は、Wurster塩を捕捉することとなるメンブランフィルタ11の領域(
図4に示す「領域R」参照)の面積に応じた量にするとよい。例えば、混合液の容量を10.1mlより多くする場合、混合液の増加量に応じて、メンブランフィルタ11における前述の領域を広くするようにしてもよい。一方、混合液の容量を10.1mlより少なくする場合、混合液の減少量に応じて、メンブランフィルタ11における前述の領域を狭くするようにしてもよい。実施形態における実験では、メンブランフィルタ11において、前述の領域は、上述した通り、直径が約18mm(面積:約992mm
2)である。
【0065】
(3)上記では説明を省略したが、無極性溶媒として、ヘプタンを用いるようにしてもよい。この他、石油エーテルの主成分であるペンタンを用いるようにしてもよい。ヘプタン及びペンタンの誘電率と双極子モーメントは、上述した通りである。ヘプタン又はペンタンによっても、石油エーテルと同様の結果を得ることが可能である。無極性溶媒における双極子モーメントについて、その値は、0Dである場合の他、極めて小さな所定の値であればよい。
【0066】
(4)上記では、特許文献2に準じて、色パラメータとして、ΔE
RGBを例に説明した。酸化防止剤の劣化度を診断するための色パラメータは、これとは異なる表色系による色差とすることもできる。例えば、L
*a
*b
*表色系(CIE 1976)による色差ΔE
*abを採用することもできる。カラーセンサ30は、採用する表色系に対応したカラーセンサとされる。