特許第6544595号(P6544595)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6544595
(24)【登録日】2019年6月28日
(45)【発行日】2019年7月17日
(54)【発明の名称】フェノール誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 41/01 20060101AFI20190705BHJP
   C07C 43/23 20060101ALI20190705BHJP
   C07B 59/00 20060101ALI20190705BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20190705BHJP
【FI】
   C07C41/01
   C07C43/23 A
   C07B59/00
   !C07B61/00 300
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-23576(P2017-23576)
(22)【出願日】2017年2月10日
(65)【公開番号】特開2017-145243(P2017-145243A)
(43)【公開日】2017年8月24日
【審査請求日】2018年1月24日
(31)【優先権主張番号】特願2016-26230(P2016-26230)
(32)【優先日】2016年2月15日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発/研究開発項目(2)「木質系バイオマスから化学品までの一貫製造プロセスの開発」/木質バイオマスから各種化学品原料の一貫製造プロセスの開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231235
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】特許業務法人 志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆司
(72)【発明者】
【氏名】中村 正治
(72)【発明者】
【氏名】高谷 光
(72)【発明者】
【氏名】福田 健治
(72)【発明者】
【氏名】下平 晴記
【審査官】 石井 徹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−089884(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第102199086(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第103724189(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 41/00
C07B 59/00
C07C 43/23
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン含有材料と、銅イオンと、4−アミノピリジンと、を含む溶液に、マイクロ波を照射する、フェノール誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記溶液は、酸化剤をさらに含む、請求項1に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記酸化剤が、過酸化水素水である、請求項2に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【請求項4】
リグニン含有材料と、酸化剤と、を含む溶液に、マイクロ波を照射した後、当該溶液中に、銅イオンと、4−アミノピリジンと、を添加して、再度マイクロ波を照射する、フェノール誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記リグニン含有材料が、広葉樹由来である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【請求項6】
前記フェノール誘導体が、2,6−ジメトキシフェノールである、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【請求項7】
前記溶液中の溶媒が、重水素原子を有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【請求項8】
前記フェノール誘導体が、2,6−ジメトキシフェノール−4−Dである、請求項7に記載のフェノール誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェノール誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、木材等に含まれるリグニンは、パルプの精製過程で得られ、パルプ精製の際に必要な熱源として燃焼利用されている。しかし、リグニンを分解するとフェノール誘導体が得られることから、リグニンを燃焼利用するのではなく、リグニンから得られたフェノール誘導体を医薬品等の原料、中間体等として用いることが検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、高温(300〜500℃)、高圧(0.2〜30MPa)の環境下で、鉄系触媒を用いてリグニンを分解することにより、フェノール誘導体を製造する方法が開示されている。
また、非特許文献1には白金族触媒を用いた重水素標識反応の方法が記載されており、生成されたフェノール誘導体に白金系触媒を添加し、高温高圧下でフェノール誘導体を重水素化する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−37354号公報
【0005】
【非特許文献1】H.Esaki et al.,有機合成化学協会誌. Vol.65 No.12,1179‐1190,(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示されたフェノール誘導体の製造方法では、リグニンを分解した後の溶液中に、複数のフェノール類の混合物が含まれるとともに、タール成分、重合物等の様々な化合物が含まれるため、精製が困難であり、目的のフェノール誘導体の収率が低いという問題があった。
また非特許文献1に開示された重水素化方法では、種々の化合物が混在する条件下での重水素化方法については記載されておらず、リグニン分解反応後の溶液において、特定のフェノール誘導体を重水素化するためには、目的のフェノール誘導体を単離してから重水素化を行う必要があるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、リグニン含有材料から特定のフェノール誘導体を選択的に得ることが可能なフェノール誘導体の製造方法を提供する。
また本発明はさらに、リグニン含有材料から、当該特定のフェノール誘導体が重水素化された重水素化フェノール誘導体を選択的に得ることが可能なフェノール誘導体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
すなわち、本願の請求項1に係る発明は、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液に、マイクロ波を照射する、フェノール誘導体の製造方法である。
【0009】
また、本願の請求項2に係る発明は、前記溶液が、酸化剤をさらに含む、請求項1に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【0010】
また、本願の請求項3に係る発明は、前記酸化剤が、過酸化水素水である、請求項2に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【0011】
また、本願の請求項4に係る発明は、リグニン含有材料と、酸化剤と、を含む溶液に、マイクロ波を照射した後、当該溶液中に、銅イオンと、アミン系助触媒と、を添加して、再度マイクロ波を照射する、フェノール誘導体の製造方法である。
【0012】
また、本願の請求項5に係る発明は、前記リグニン含有材料が、広葉樹由来である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【0013】
また、本願の請求項6に係る発明は、前記フェノール誘導体が、2,6−ジメトキシフェノールである、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【0014】
また、本願の請求項7に係る発明は、前記溶液中の溶媒が、重水素原子を有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【0015】
また、本願の請求項8に係る発明は、前記フェノール誘導体が、2,6−ジメトキシフェノール−4−Dである、請求項7に記載のフェノール誘導体の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のフェノール誘導体の製造方法は、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒とを含む溶液に、マイクロ波を照射することにより、溶液を短時間で加熱してリグニンを分解することができるため、特定のフェノール誘導体を選択的に生成することができる。
さらに本発明のフェノール誘導体の製造方法では、前記溶液中の溶媒が、重水素原子を有することにより、リグニン含有材料から当該特定のフェノール誘導体が重水素化された重水素化フェノール誘導体を選択的に得ることができ、特に2,6−ジメトキシフェノール−4−Dを選択的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
図2】実施例2でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
図3】実施例3でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
図4】実施例4でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
図5】実施例4でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
図6】比較例1でリグニンを分解した後の溶液をGC−MSで分析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
≪第1実施形態≫
以下、本発明の第1実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法について詳細に説明する。なお、本実施形態の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0019】
本発明の第1実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法では、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液に、マイクロ波を照射することにより、溶液を加熱してリグニンを分解し、フェノール誘導体を生成することができる。以下、各材料について詳細に説明する。
【0020】
原料となるリグニン含有材料としては、リグニンを含有する公知の材料を使用することができる。例えば、2,6−ジメトキシフェノール(以下、「2,6−DMP」と記載することがある。)を選択的に得る場合、2位及び6位にメトキシ基を有するフェノール骨格を含むリグニン含有材料を使用することが好ましい。このようなフェノール骨格を含むリグニンは、広葉樹に多く含まれている。したがって、2,6−DMPを選択的に得る場合、広葉樹由来のリグニン含有材料を使用するのが好ましく、これらの中でも当該構造が多く含まれているユーカリ由来のリグニン含有材料を使用することがより好ましい。なお、針葉樹由来のリグニン材料を用いても、2,6−DMPを得ることは可能である。
【0021】
また、リグニン含有材料が水分を含有する場合は、溶液中に添加する前に、乾燥処理を施してもよい。乾燥処理としては、例えば、室温〜100℃に加熱したオーブンで1〜18時間乾燥した後、さらに真空デシケータ内で5時間〜5日間、好ましくは5時間〜3日間、より好ましくは5時間〜24時間乾燥させることにより行ってもよい。
【0022】
上記溶液を用意するために用いる溶媒としては、水、有機溶媒、及びこれらの混合溶媒等の公知の溶媒を使用することができる。有機溶媒としては、具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル、塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン系溶媒等を使用することができる。溶媒としては、水、アルコール、又はこれらの混合溶媒が好ましく、水、エタノール、又はこれらの混合溶媒がより好ましく、水又は10〜50体積%エタノール水溶液が特に好ましい。
【0023】
また、溶液中のリグニン含有材料の濃度、すなわち、溶媒に対するリグニン含有材料の添加量としては、特に限定されるものではないが、例えば、1〜50(%)の範囲とすることが好ましく、5〜30(%)の範囲とすることがより好ましく、5〜15(%)の範囲とすることがさらに好ましい。上述の好ましい範囲とすることにより、流動性がありマイクロ波を均一に照射することができるとの効果が得られる。
【0024】
上記溶液中に銅イオンを発生させるために溶液中に添加する銅化合物としては、1価又は2価の銅イオンが発生させられるものであれば特に限定されない。銅化合物としては、具体的には、塩化銅(I)(以下、「CuCl」と記載することがある。)、塩化銅(II)(以下、「CuCl」と記載することがある。)、硫酸銅(II)(以下、「CuSO」と記載することがある。)、硝酸銅(II)(以下、「Cu(NO」と記載することがある。)等を使用することができる。溶液中に含まれる銅イオンは、リグニン含有材料に対して、0.1〜5質量%であることが好ましい。溶液中に銅イオンが含まれることにより、リグニンの分解促進と例えば2,6−DMP等の特定のフェノール化合物を選択的に得る触媒効果が得られる。
【0025】
アミン系助触媒としては、具体的には、4−アミノピリジン、エチレンジアミン、ピリジン等を使用することができる。この中でも、4−アミノピリジンが好ましい。溶液中に含まれるアミン系助触媒は、リグニン含有材料に対して、1〜10質量%であることが好ましい。アミン系助触媒を用いることにより、例えば2,6−DMP等の特定のフェノール化合物を選択的に得る効果が高まる。
【0026】
また、第1実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法では、溶液が酸化剤を含むものであってもよい。酸化剤としては、具体的には、過酸化水素水、硝酸、硫酸等を使用することができる。この中でも、過酸化水素水が好ましい。溶液中に含まれる酸化剤は、溶媒に対して、1〜15体積%であることが好ましく、2〜15体積%であることがより好ましい。酸化剤を用いることにより、リグニンの分解効率を高めること、すなわち例えば2,6−DMP等の特定のフェノール化合物の収率を高めることができる。
【0027】
第1実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法では、溶液にマイクロ波を照射することにより、溶液を昇温する。マイクロ波を用いることで、ヒーターを用いて昇温した場合に比べ、短時間で昇温することができる。また、溶液を昇温することで、リグニンの分解反応を促進させ、フェノール誘導体を選択的に生成することができる。なお、マイクロ波の照射は、マイクロ波反応装置(例えば、Biotage社製、Initiator+、等)により行うことができる。
【0028】
リグニンを分解反応させる際の、溶液の温度としては、具体的には、100〜200℃が好ましく、140〜180℃がより好ましい。温度が100℃以上であることで、リグニンの分解反応を促進させることができる。一方、温度が200℃以下であることで、リグニンを分解して生成したフェノール誘導体が、さらに分解することを防止することができる。また、反応時間としては、具体的には、10〜180分間が好ましく、15〜60分間がより好ましく、30〜60分間が特に好ましい。
【0029】
例えば、溶液を180℃、30分間の条件で分解反応を行う場合、マイクロ波の照射を開始して目的温度の180℃に到達した後、その温度を30分間維持すればよい。
【0030】
(第1実施形態の作用効果)
以上説明したように、第1実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法によれば、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒とを含む溶液に、マイクロ波を照射することにより、溶液を短時間で加熱してリグニンを分解し、フェノール誘導体を選択的に生成することができる。したがって、リグニンからフェノール誘導体を効率良く大量に生成することができる。
【0031】
≪第2実施形態≫
以下、本発明の第2実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法について詳細に説明する。なお、第2実施形態において「重水素原子を有する」とは、化合物が有する水素原子のうち、少なくとも1個の水素原子(H)が重水素原子(D)に置換されていることを意味する。
【0032】
本発明の第2実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法は、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液に、マイクロ波を照射するフェノール誘導体の製造方法であり、さらに、少なくとも前記溶液中の溶媒が、重水素原子を有する、フェノール誘導体の製造方法である。
【0033】
本実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法は、特定のフェノール誘導体の重水素化化合物を製造する方法であり、特に、2,6−ジメトキシフェノール−4−Dを選択的に得ることができる方法である。
【0034】
第2実施形態において、「リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液に、マイクロ波を照射すること」の詳細及びその好ましい態様は第1実施形態で説明した内容と同様の内容とすることができる。
【0035】
重水素原子を有する、前記溶液中の溶媒とは、「リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液」を構成する溶媒中の少なくとも1種以上の化合物が、重水素原子を有することを意味する。
具体例としては重水、並びにカルボキシル基(−COOH)の水素が重水素化されたカルボキシル基(−COOD)を有するカルボン酸、及び水酸基(−OH)の水素が重水素化された水酸基(−OD)を有するアルコール等の有機溶媒が挙げられる。なお、この場合、有機溶媒のカルボキシル基又は水酸基以外の水素、例えば重水素化された酢酸(CHCOOD)、重水素化されたエタノール(CHCHOD)におけるアルキル基の水素(H)は軽水素でもよい。
【0036】
フェノール誘導体の重水素化率を高めるには、リグニン含有材料に対して前処理として重水素交換処理を施すことが好ましい。重水素交換処理を施されたリグニン含有材料は、リグニン含有材料が有する水分(HO)又は水酸基(‐OH)の水素原子(H)のうち、少なくとも1個の水素原子(H)が重水素原子(D)に置換されていることが好ましい。
重水素交換処理としては、重水素原子を有するリグニン含有材料は、乾燥処理前のリグニン含有材料に重水を加え、100℃で1〜3時間加熱し、その後に真空乾燥させる操作を1回以上行う操作等が挙げられるが、これに限定されない。この操作を複数回行うことによって、リグニン含有材料が有する水分又は水酸基の水素原子(H)を、重水素原子(D)に置換して完全に重水素化させておくと、重水素化フェノール誘導体の重水素化率を高めることができる。
【0037】
なお、第2実施形態においては、重水素原子を有する銅化合物又はアミン助触媒を用いてもよい。これらの化合物が重水素原子を有すれば、重水素化フェノール誘導体の重水素化率が向上しやすい。より具体的には、溶媒のみが重水素原子を有する場合の重水素化率は60〜70%程度であるが、銅化合物又はアミン助触媒が重水素原子を有する場合の重水素化率を90%以上に高めることができる。
【0038】
重水素原子を有する銅化合物の具体例としては、塩化銅(I)一水和物、塩化銅(II)二水和物、硫酸銅(II)一水和物、及び硝酸銅(II)三水和物等の水和物であって、重水素原子を有するものが挙げられる。かかる重水素化水和物は、上記の銅水和物に重水を加え、室温以上で0.1〜1時間加熱し、その後に真空乾燥させる操作を1回以上行うことによって得られる。また当該操作を2〜3回繰り返すことが好ましい。
【0039】
重水素原子を有するアミン助触媒の具体例としては、4−アミノピリジン、エチレンジアミン、ピリジン等の化合物であって、重水素原子を有するものが挙げられる。重水素化フェノール誘導体の重水素化率を高めることができるため、重水素原子を有する4−アミノピリジン(重水素化4−アミノピリジン)を助触媒として用いることが好ましい。
【0040】
第2実施形態において、「リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒と、を含む溶液」が、さらに酸化剤を含む場合は、酸化剤が重水素原子を有することが好ましい。
重水素原子を有する酸化剤の具体例としては、過酸化重水素水(D)、重水素化硝酸(DNO)、重水素化硫酸(DSO)等が挙げられる。酸触媒としてこれらの重水素化化合物を用いると、得られるフェノール誘導体の重水素化率を高めることができる。
【0041】
(第2実施形態の作用効果)
以上説明したように、第2実施形態に係るフェノール誘導体の製造方法によれば、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒とを含む溶液に、マイクロ波を照射し、さらに、前記溶液中の溶媒が、重水素原子を有するので、リグニン含有材料から特定のフェノール誘導体が重水素化された重水素化フェノール誘導体を選択的に、効率良く大量に生成することができる。
【0042】
以上、この発明の第1実施形態及び第2実施形態について詳述してきたが、具体的な構成はこれらの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。例えば、上述したフェノール誘導体の製造方法では、リグニン含有材料と、銅イオンと、アミン系助触媒とを含む溶液に、マイクロ波を照射することにより、一度にフェノール誘導体を生成する方法について説明したが、2段階の分解反応によりフェノール誘導体を生成する方法としてもよい。
【0043】
具体的には、リグニン含有材料と、酸化剤とを含む溶液に、1段階目のマイクロ波照射した後、当該溶液中に、銅イオンと、アミン系助触媒と、を添加して、2段階目のマイクロ波照射することにより、フェノール誘導体を生成してもよい。リグニン含有材料、酸化剤、溶媒、銅イオンを発生させるための銅化合物、アミン系助触媒としては、上述した材料と同様のものを使用することができる。
【0044】
なお、上述した2段階の分解反応によりフェノール誘導体を生成する場合は、各分解反応の時間を、10〜180分間とするのが好ましく15〜60分間とするのがより好ましく、30〜60分間とするのが特に好ましい。また、分解反応の際の溶液の温度としては、具体的には、100〜200℃が好ましく、140〜180℃がより好ましい。温度が100℃以上であることで、リグニンの分解反応を促進させることができる。一方、温度が200℃以下であることで、リグニンを分解して生成したフェノール誘導体が、さらに分解することを防止することができる。分解反応を2段階に分けることで、より効率良く大量にフェノール誘導体を生成することができる。
【0045】
<実施例>
以下、本発明の効果を実施例及び比較例を用いて詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実施例1)
リグニン含有材料として、ユーカリ由来ソーダ蒸解リグニン(水分含有)を使用した。リグニン含有材料は、収量把握等の目的で乾燥処理を施しており、具体的には50℃に加熱したオーブンで乾燥後、真空デシケータ内で1晩乾燥させた。
【0047】
次に、溶媒として蒸留水を用意した。蒸留水25mLに、アミン系助触媒として4−アミノピリジン1.5gを添加し、溶解させた。さらに、CuCl16mg添加し、40℃の温水浴中で3時間撹拌し、溶解させることにより、触媒溶液を調製した。
【0048】
次に、30mLガラス製専用バイアルに、蒸留水12.7mL、酸化剤として過酸化水素水0.3mL、上記の触媒溶液7.5mL、乾燥処理したリグニン含有材料300mgを添加し、キャップを用いて専用バイアルを密封した。マイクロ波反応装置(Biotage社製、Initiator+、以下同じ)にて30分間180℃で分解反応を行い、放冷した。
【0049】
分解反応後の溶液をGC−MS(島津製作所社製、QP−2010、以下同じ)で分析し、含有する成分の定性、定量分析を行った。図1にGC−MSの結果を示す。なお、以下の実施例も同様であるが、4−APは4−アミノピリジンを、内部標準物質はドコサンを示す。
【0050】
主ピークとして検出された成分について、分離精製後、H−NMR(日本電子製、JNM−LA400、以下同じ)で分析したところ、2,6−DMPであることを確認した。また、市販品の2,6−DMP(和光純薬社製、048−24861、以下同じ)を用いて検量線を作成し、定量した結果、溶液中に2,6−DMPが10mg生成していることが判明した。すなわち、実施例1では、分解したリグニン含有材料に対して3.3質量%の2,6−DMPを生成することができた。
【0051】
(実施例2)
実施例2では、酸化剤を添加せず、30mLガラス製専用バイアルに蒸留水13mL添加したこと以外は、実施例1と同様にして分解反応を行った。
図2に分解反応後の溶液のGC−MSの結果を示す。実施例1に比べ、2,6−DMPのピークが小さくなり、その他のピークが増えた。検量線を用いて定量した結果、溶液中に2,6−DMPが4mg生成していることが判明した。すなわち、実施例2では、分解したリグニン含有材料に対して1.3質量%の2,6−DMPを生成することができた。
【0052】
(実施例3)
リグニン含有材料として、実施例1と同様に、ユーカリ由来ソーダ蒸解リグニン(水分含有)を使用した。リグニン含有材料は、収量把握等の目的で乾燥処理を施しており、具体的には50℃に加熱したオーブンで乾燥後、真空デシケータ内で1晩乾燥させた。
【0053】
次に、溶媒として蒸留水を用意した。蒸留水25mLに、アミン系助触媒として4−アミノピリジン1.5gを添加し、溶解させた。さらに、CuCl16mg添加し、40℃の温水浴中で3時間撹拌し、溶解させることにより、触媒溶液を調製した。
【0054】
次に、30mLガラス製専用バイアルに蒸留水12.7mL、酸化剤として過酸化水素水0.3mL、乾燥処理したリグニン含有材料300mgを添加し、キャップを用いて専用バイアルを密封した。マイクロ波反応装置にて300分間180℃で分解反応を行った。放冷後、専用バイアルに上記の触媒溶液7.5mLを添加した。再度キャップを用いて専用バイアルを密封し、マイクロ波反応装置にて300分間180℃で分解反応を行った。
【0055】
図3に分解反応後の溶液のGC−MSの結果を示す。検量線を用いて定量した結果、溶液中に2,6−DMPが15mg生成していることが判明した。すなわち、実施例3では、分解したリグニン含有材料に対して5.0質量%の2,6−DMPを生成することができた。
【0056】
(実施例4)
実施例4では、実施例1と同様に、リグニン含有材料として、ユーカリ由来ソーダ蒸解リグニン(水分含有)を使用した。リグニン含有材料に重水を加え、100℃で3時間加熱した後、真空乾燥させる操作を3回繰り返し、リグニンに含まれる水分及び水酸基(−OH)の水素原子を重水素で交換した(重水素交換処理)。
【0057】
次に、溶媒として重水を用意した。重水10mLに、アミン系助触媒として重水素化4−アミノピリジン0.6gを添加し、溶解させた。さらに、CuCl8.6mgを添加し、40℃の温水浴中で3時間撹拌し、溶解させることにより、触媒溶液を調製した。
【0058】
次に、30mLガラス製専用バイアルに、重水12.7mL、酸化剤として過酸化重水素水0.3mL、重水素交換処理したリグニン含有材料300mgを添加した。その後、上記の触媒溶液7.5mLを当該ガラス製専用バイアルに添加してから、キャップを用いて専用バイアルを密封した。マイクロ波反応装置にて30分間180℃で分解反応を行い、放冷した。
【0059】
分解反応後の溶液をGC−MSで分析し、含有する成分の定性、定量分析を行った。図4にGC−MSの結果を示す。図4より、重水素化反応を行っていない場合(図4中、「通常条件」と記す。)と同様に2,6−DMPが選択的に得られていることが分かる。
また図5より、GC−MSでは親ピーク(実施例4では155、通常では154)の他、フラグメントピークでも1MSずつ大きい値が観測されていることを確認した。このことから、2,6−DMPが有する水素の1つが重水素化されていることが分かる。
主ピークとして検出された成分について、分離精製後、H−NMRで分析したところ、得られた重水素化合物は2,6−ジメトキシフェノール−4−Dであり、ベンゼン環の4位の水素が重水素化されていること確認した。また、検量線を用いて定量した結果、収量は15mg、重水素化率は約90%であった。得られた重水素化合物である2,6−ジメトキシフェノール−4−Dの構造式を以下に示す。
【0060】
【化1】
【0061】
(比較例1)
比較例1では、酸化剤として過酸化水素水を添加し、さらに塩化ガドリニウム(GdCl)を添加した蒸留水に、乾燥処理したリグニン含有材料を添加し、マイクロ波反応装置にて分解反応を行った。なお、比較例1では、銅化合物、アミン系助触媒を使用しなかった。
【0062】
図6に分解反応後の溶液のGC−MSの結果を示す。図6に示すように、多種成分のピークが混在することから、特定の化合物に選択的に分解されないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明のフェノール誘導体の製造方法は、リグニン含有材料から、医薬品等の原料、中間体等の有用成分であるフェノール誘導体(特に、2,6−DMP)を得る方法として利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6