特許第6546483号(P6546483)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6546483-負熱膨張性材料の製造方法 図000002
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6546483
(24)【登録日】2019年6月28日
(45)【発行日】2019年7月17日
(54)【発明の名称】負熱膨張性材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 53/00 20060101AFI20190705BHJP
【FI】
   C01G53/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2015-170993(P2015-170993)
(22)【出願日】2015年8月31日
(65)【公開番号】特開2017-48072(P2017-48072A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年8月9日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公益社団法人日本セラミックス協会2015年年会予稿集 http://www.member.ceramic.or.jp/taikai/yokou_login.php(掲載アドレス)、平成27年3月6日(掲載日) 〔刊行物等〕 公益社団法人日本セラミックス協会2015年年会(集会名)、平成27年3月20日(開催日)
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【弁理士】
【氏名又は名称】三木 友由
(72)【発明者】
【氏名】酒井 雄樹
(72)【発明者】
【氏名】東 正樹
(72)【発明者】
【氏名】新井 寛太郎
(72)【発明者】
【氏名】五味 学
【審査官】 手島 理
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/030293(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/028005(WO,A1)
【文献】 特開2012−057142(JP,A)
【文献】 特表2004−517791(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 53/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負の熱膨張性を有する負熱膨張性材料の製造方法であって、
モノカルボン酸、ポリオール、Bi、Ni、及び3価イオンとなり得る金属Mを混合し、前記モノカルボン酸と前記Bi、前記Ni及び前記金属Mそれぞれとの錯体を含む混合物を形成する工程と、
前記混合物を加熱して前記モノカルボン酸及び前記ポリオールの炭素を焼失させ、反応前駆体を形成する工程と、
前記反応前駆体と酸化剤とを混合し、2GPa以上且つ500℃以上の条件下で加圧加熱して、下記式(1)で表される化合物を含む負熱膨張性材料を形成する工程と、
を含むことを特徴とする負熱膨張性材料の製造方法。
BiNi1−x・・・(1)
[式(1)中、Mは3価イオンとなり得る金属である。また、xは0.02≦x≦0.50を満たす。]
【請求項2】
Mは、Al,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ga,Nb,Ru,Rh,Inからなる群より選ばれる1種以上である請求項1に記載の負熱膨張性材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負の熱膨張性を有する材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、LSI製造などのナノテクノロジーの発展に伴い、部材の熱膨張による位置決めの狂いが問題になっている。この問題に対処するため、温めると縮む性質、すなわち負の熱膨張性を有する材料が樹脂に分散されたゼロ膨張材料の開発が進められている。
【0003】
従来、負の熱膨張性を有する材料としては、ペロブスカイト構造を有するBiNiOにおいて、Niの一部をAlやFe等で置換した負熱膨張性材料が知られている(例えば、特許文献1参照)。この負熱膨張性材料は、既存材料よりも大きな負の熱膨張を示し、多くの樹脂の熱膨張係数(たとえば、数10〜100ppm/℃)に見合った負の熱膨張係数を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第14/030293号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、上述した負熱膨張性材料は6GPa且つ1000℃の高圧高温条件下で合成されていた。6GPaという圧力は、人工ダイヤモンドの合成に用いられる程の高圧であるため、より温和な条件下で負熱膨張性材料を合成することが望まれる。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的のひとつは、より温和な条件下で負熱膨張性材料を製造するための技術の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、負熱膨張性材料の製造方法である。当該製造方法は、モノカルボン酸、ポリオール、Bi、Ni、及び3価イオンとなり得る金属Mを混合し、モノカルボン酸とBi、Ni及び金属Mそれぞれとの錯体を含む混合物を形成する工程と、混合物を加熱してモノカルボン酸及びポリオールの炭素を焼失させ、反応前駆体を形成する工程と、反応前駆体と酸化剤とを混合し、2GPa以上且つ500℃以上の条件下で加圧加熱して、下記式(1)で表される化合物を含む負熱膨張性材料を形成する工程と、を含む。
BiNi1−x・・・(1)
[式(1)中、Mは3価イオンとなり得る金属元素である。また、xは0.02≦x≦0.50を満たす。]
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、より温和な条件下で負熱膨張性材料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例に係る負熱膨張性材料の平均体積の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施の形態に係る負熱膨張性材料の製造方法によって製造される負熱膨張性材料は、母物質のBiNiOにおいて、金属MでNiの一部が置換された化合物である。具体的には、本実施の形態の製造方法によって得られる負熱膨張性材料は、負の熱膨張性を有し、下記式(1)で表される化合物を含む。
BiNi1−x・・・(1)
[式(1)中、Mは3価イオンとなり得る金属である。また、xは0.02≦x≦0.50を満たす。]
【0011】
本実施形態に係る負熱膨張性材料は、所定の温度範囲、例えば0℃〜50℃において−40ppm/℃以上の負の熱膨張を示す。上記式(1)において、Mは3価イオンとなり得る金属であり、好ましくは、3価が他の価数よりも安定な金属である。好ましくはMは、Al,Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ga,Nb,Ru,Rh,Inからなる群より選ばれる1種以上である。また、より好ましくはMは、Al,Fe,Cr,Gaからなる群より選ばれる1種以上である。
【0012】
また、上記式(1)において、xを0.02以上とすることで、負の熱膨張性を確実に発揮させることができる。また、xを0.50以下とすることで、負の熱膨張を示す温度範囲をゼロ膨張材料を実現する上で実用的な範囲とすることができる。
【0013】
上記式(1)で表される化合物の母物質であるBiNiOは、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+という特徴的な価数状態を持つペロブスカイト酸化物である。ペロブスカイト構造では、Ni−O結合が構造の骨格を作っており、Biはその隙間を埋めている。Niの一部を3価が安定な金属Mで置換することにより、ペロブスカイト酸化物の価数状態が不安定化する。この結果、昇温によってBi3+(Ni,M)3+という価数状態に転移する。Ni2+からNi3+への価数変化に伴ってNi−Oが収縮すると、全体の体積が収縮する。すなわち、本実施の形態に係る製造方法で得られる負熱膨張性材料によって負の熱膨張が実現される。
【0014】
また、この負熱膨張性材料をエンジニアリングプラスチックなどの樹脂材料や、金属材料中に分散させ、樹脂材料や金属材料の正の熱膨張を負熱膨張性材料の負の熱膨張で相殺することで、ゼロ熱膨張材料を得ることができる。
【0015】
(負熱膨張性材料の製造方法)
本実施の形態に係る負熱膨張性材料の製造方法は、混合物を形成する工程と、反応前駆体を形成する工程と、負熱膨張性材料を形成する工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0016】
(混合物の形成工程)
当該工程では、まずモノカルボン酸(一価カルボン酸)、ポリオール(多価アルコール)、Bi、Ni、及び3価イオンとなり得る金属Mを混合する。Bi、Ni及び金属Mは、最終生成物であるペロブスカイト酸化物の構成金属である。具体的には、例えばモノカルボン酸とポリオールとの混合溶液に各構成金属の塩(例えば硝酸塩等)を溶かし、撹拌しながら60℃程度の温度で熱処理する。これによりゲル状の混合物が得られる。混合物には、モノカルボン酸と各構成金属それぞれとの錯体が含まれる。各構成金属は、金属カルボン酸錯体の状態で混合物中に均一に分散している。
【0017】
モノカルボン酸を用いることで、クエン酸等のポリカルボン酸を用いる場合に形成される強固なポリエステルネットワークの形成を回避することができる。これにより、反応前駆体の形成工程において、混合物中からモノカルボン酸及びポリオールの構成炭素や金属塩のカウンターイオン等を焼失させる際の加熱温度を、より低温にすることができる。
【0018】
加熱温度を低温にすることで、得られる反応前駆体すなわち複合酸化物が結晶化することを抑制することができる。したがって、最終生成物と同じ組成を有する、非晶質あるいは非晶質に近い反応前駆体を得ることができる。これにより、複数の酸化物相が生成されることを抑制することができ、最終生成物の合成に好適な前駆体を得ることができる。
【0019】
モノカルボン酸としては、炭素数1〜4程度の比較低炭素数が少ないものが好ましい。これにより、反応前駆体の形成工程において、より簡単にモノカルボン酸の炭素を焼失させることができる。このようなモノカルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸等が例示される。
【0020】
また、ポリオールも炭素数1〜4程度の比較低炭素数が少ないものが好ましい。これにより、反応前駆体の形成工程において、より簡単にポリオールの炭素を焼失させることができる。このようなポリオールとしては、エチレングリコールやプロピレングリコール等のグリコール(ジオール)、グリセリン等のトリオールが例示される。
【0021】
(反応前駆体の形成工程)
当該工程では、前段の工程で得られる混合物を加熱して、モノカルボン酸及びポリオールの炭素を焼失させる(脱炭素)。また、炭素の焼失とともに、各構成金属の塩のカウンターイオンを構成する元素を焼失させる。例えば、各構成金属の塩が硝酸塩である場合、当該工程において加熱により窒素を焼失させる(脱窒素)。これにより、各構成金属が均一に分散した複合酸化物が得られる。加熱温度は、例えば100℃以上600℃以下である。
【0022】
(負熱膨張性材料の形成工程)
当該工程では、反応前駆体と酸化剤とを混合し、2GPa以上且つ500℃以上の条件下で加圧加熱する。これにより、上記式(1)で表される化合物が形成され、当該化合物を含む負熱膨張性材料を得ることができる。酸化剤としては、過塩素酸カリウム(KClO)や過塩素酸ナトリウム(NaClO)等を用いることができる。圧力条件は、好ましくは2GPa以上6GPa未満であり、より好ましくは2GPa超6GPa未満であり、さらに好ましくは3GPa以上6GPa未満である。また、温度条件は、好ましくは500℃以上1100℃以下であり、より好ましくは600℃以上700℃以下である。
【0023】
上記式(1)で表される化合物は、常圧で昇温すると分解する準安定相である。このため、反応前駆体の加熱中に得られた化合物が分解しないように、圧力下で合成反応を進めることが望ましい。一方、本実施の形態に係る負熱膨張性材料の製造方法は、モノカルボン酸、ポリオール、及び各構成金属を混合し、モノカルボン酸と各金属との錯体を形成することで、各金属が均一に分散したゲル状の混合物を得る工程を含む。したがって、各構成金属が均一に分散した反応前駆体を得ることができる。
【0024】
各構成金属が均一に分散した反応前駆体が得られることで、高温加熱により反応前駆体内で各構成金属を拡散させる必要がなくなる。このため、混合物の形成工程を経由しない従来の合成方法に比べて反応前駆体の加熱温度を下げることができる。その結果、反応前駆体から上記式(1)で表される化合物を合成する際に必要な圧力を、2GPaまで下げることができる。従来の負熱膨張性材料の製造方法では6GPaという高圧条件が必要であり、構造が複雑で高価なキュービックアンビル型高圧装置を用いる必要があった。これに対し、2GPa程度の圧力であれば構造がより単純で安価なピストンシリンダー型高圧装置を用いて負熱膨張性材料を製造することができる。よって、負熱膨張性材料の産業化を促進することができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を説明するが、これら実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0026】
酢酸とエチレングリコールの混合溶液に、Bi(NO・5HO、Ni(NO・6HO、Fe(NO・9HOを1:0.8:0.2のモル比で溶解させた。そして、混合溶液を攪拌しながら60℃で熱処理し、ゲル状の混合物を得た。得られた混合物を空気中300℃で加熱して、硝酸塩由来の窒素を焼失させた。また、混合物を酸素中400℃で加熱して、酢酸及びエチレングリコール由来の炭素を焼失させた。以上の工程により、反応前駆体を得た。
【0027】
得られた反応前駆体(0.2g)と、酸化剤としてのKClO(混合物全体に対して20質量%)とを混合して、金カプセルに封入した。キュービックアンビル型高圧合成装置を用いて、3GPa、700℃の条件下で、このカプセルを30分間処理した。得られた試料を水洗して塩化カリウムを除去し、BiNi0.8Fe0.2で表されるペロブスカイト型化合物を含む負熱膨張性材料を得た。
【0028】
実施例の負熱膨張性材料について、粉末X線回折装置(ブルカー社製D8 ADVANCE)により温度を変えながら格子定数を見積もり、単位胞当たりの平均体積を算出した。図1に、実施例に係る負熱膨張性材料の平均体積の温度依存性を示す。
【0029】
図1に示すように、実施例では、約50℃〜100℃の範囲で負の熱膨張を起こすことが確認された。実施例の負熱膨張性材料の50℃〜100℃における線熱膨張係数は、−73ppm/℃であった。
図1