特許第6547951号(P6547951)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6547951
(24)【登録日】2019年7月5日
(45)【発行日】2019年7月24日
(54)【発明の名称】MIG溶接方法及びMIG溶接装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/173 20060101AFI20190711BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20190711BHJP
   B23K 9/022 20060101ALI20190711BHJP
   B23K 9/08 20060101ALI20190711BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20190711BHJP
【FI】
   B23K9/173 A
   B23K9/16 J
   B23K9/022 Z
   B23K9/08 C
   B23K9/12 305
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-218589(P2015-218589)
(22)【出願日】2015年11月6日
(65)【公開番号】特開2017-87245(P2017-87245A)
(43)【公開日】2017年5月25日
【審査請求日】2018年9月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】100090022
【弁理士】
【氏名又は名称】長門 侃二
(72)【発明者】
【氏名】兵間 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】猪瀬 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】山田 順子
【審査官】 柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−181647(JP,A)
【文献】 特開2014−36995(JP,A)
【文献】 特開2003−10971(JP,A)
【文献】 特開2007−196267(JP,A)
【文献】 特開2014−73521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/173
B23K 9/022
B23K 9/08
B23K 9/12
B23K 9/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスにより大気と遮断された状態で溶接トーチから突き出された消耗電極にて被溶接金属部材との間でアーク放電を生起させ、該消耗電極の溶滴移行により該被溶接金属部材に溶融池を形成し、該被溶接金属部材の溶接を行うMIG溶接方法であって、
前記被溶接金属部材の溶接線に沿い溶接方向に移動する溶融池の進行方向前方に前記消耗電極でのアーク放電によって陰極点を意図的に発生させ、前記被溶接金属部材の表面の酸化物を前記アーク放電のクリーニング作用により除去する第1の陰極点発生工程と、
前記アーク放電によって前記溶融池に陰極点を発生させて前記消耗電極の溶滴移行により前記溶融池を新たに形成し、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させて前記新たに形成された溶融池に陰極点を移動させながら、前記酸化物の除去された前記被溶接金属部材の表面の範囲で溶接を行う第2の陰極点発生工程と、
を繰り返すMIG溶接方法。
【請求項2】
前記第1の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方の所定領域の酸化物を前記クリーニング作用により除去し、
前記所定領域は、前記第2の陰極点発生工程にて該所定領域の溶接を完了するまで前記酸化物が除去された状態が保持可能な最小限の範囲である、請求項1に記載のMIG溶接方法。
【請求項3】
前記消耗電極を前記溶接方向に前進させつつ該溶接方向で前後ウィービングを行い、前記第1の陰極点発生工程では、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向前方に移動させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向後方に移動させることで前記溶融池に陰極点を発生させる、請求項1または2に記載のMIG溶接方法。
【請求項4】
前記消耗電極と前記被溶接金属部材との距離を増減させ、前記第1の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材から前記消耗電極を離間させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材に前記消耗電極を接近させることで前記溶融池に陰極点を発生させる、請求項1または2に記載のMIG溶接方法。
【請求項5】
磁気発生器でアーク放電を偏向させ、前記第1の陰極点発生工程では、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向前方に偏向させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向後方に偏向させることで前記溶融池に陰極点を発生させる、請求項1または2に記載のMIG溶接方法。
【請求項6】
前記シールドガスは、アルゴンガスのみである、請求項1〜5のいずれか一つの項に記載のMIG溶接方法。
【請求項7】
シールドガスにより大気と遮断された状態で溶接トーチから突き出された消耗電極にて被溶接金属部材との間でアーク放電を生起させ、該消耗電極の溶滴移行により該被溶接金属部材に溶融池を形成し、該被溶接金属部材の溶接を行うMIG溶接装置であって、
前記溶接トーチを前記被溶接金属部材の溶接線に沿い溶接方向に移動させる移動ユニットと、
溶接及び前記移動ユニットを制御する制御ユニットとを備え、
該制御ユニットは、
前記被溶接金属部材の前記溶接線に沿い前記溶接方向に移動する溶融池の進行方向前方に前記消耗電極でのアーク放電によって陰極点を意図的に発生させ、前記被溶接金属部材の表面の酸化物を前記アーク放電のクリーニング作用により除去する第1の陰極点発生制御部と、
前記アーク放電によって前記溶融池に陰極点を発生させて前記消耗電極の溶滴移行により前記溶融池を新たに形成させ、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させて前記新たに形成された溶融池に陰極点を移動させながら、前記酸化物の除去された前記被溶接金属部材の表面の範囲で溶接を行う第2の陰極点発生制御部と、
を含んでなるMIG溶接装置。
【請求項8】
前記移動ユニットは、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させつつ該溶接方向で前後ウィービングを行うことが可能であり、
前記制御ユニットは、前記移動ユニットの該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向前方に移動させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向後方に移動させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現する、請求項7に記載のMIG溶接装置。
【請求項9】
前記移動ユニットは、前記溶接トーチを前記被溶接金属部材に対して垂直方向にも移動可能であり、
前記制御ユニットは、前記移動ユニットにより前記被溶接金属部材から前記溶接トーチを離間させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記被溶接金属部材に前記溶接トーチを接近させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現する、請求項7に記載のMIG溶接装置。
【請求項10】
前記制御ユニットは、前記消耗電極の前記溶接トーチからの突き出し量を減少させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記消耗電極の前記溶接トーチからの突き出し量を増加させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現する、請求項7に記載のMIG溶接装置。
【請求項11】
磁力を偏向させて出力可能な磁気発生器をさらに備え、
前記制御ユニットは、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向前方に偏向させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向後方に偏向させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現する、請求項7に記載のMIG溶接装置。
【請求項12】
前記シールドガスは、アルゴンガスのみである、請求項7〜11のいずれか一つの項に記載のMIG溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MIG溶接方法及びMIG溶接装置に関し、特にMIG溶接における溶接品質の向上を図る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼構造物等の金属部材同士の溶接手法の一つとしてMIG溶接が知られている。
MIG溶接では、不活性ガスからなるシールドガスにより大気と遮断された状態で金属部材同士を溶接トーチから送出される溶接ワイヤを用いてアーク溶接により溶接するようにしており、これにより空気中の酸素の影響を受けることなく溶接を行い、熱を溶接部に集中させるようにし、歪みの少ない溶接を実現することが可能である。
【0003】
不活性ガスとしては、アルゴンガス(Ar)やヘリウムガス(He)が使用されるが、入手し易いことや低廉であることから、一般にはアルゴンガス(Ar)が使用されることが多い。また、MIG溶接では、比較的良好な溶接品質が確保される等の理由から、通常は溶接ワイヤ側を正極(+)とし金属部材側を負極(−)として溶接を行うようにしている。
【0004】
ところで、溶接ワイヤ側を正極(+)とし金属部材側を負極(−)として溶接を行う場合、金属部材上のアーク放電の発生する点、即ち陰極点の位置は金属部材上の酸化物の存在や放電子の密度に応じて変化するため、一点に定まらず、アーク放電が安定せず、ひいては溶接品質が安定しないという問題がある。この問題は、シールドガスとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を用いる場合に顕著であることが知られている。
【0005】
そこで、例えば、溶接ワイヤ側と金属部材側の極性を逆、即ち溶接ワイヤ側を負極(−)とし金属部材側を正極(+)とし、且つ溶接ワイヤの表面に酸化物を形成し易い元素を固着させることで、アーク放電を介して溶接ワイヤに最接近する金属部材の位置に酸化物を集中的に形成させ、これにより陰極点の位置を略固定してアーク放電を安定させる技術が開発されている(特許文献1)。
【0006】
また、例えば、シールドガスとしてアルゴンガス(Ar)にヘリウムガス(He)を加えたり、さらに二酸化炭素(CO2)や酸素(O2)を加えたりすることで、アーク放電を安定させる技術が開発されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−320479号公報
【特許文献2】特開2007−83303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示の技術では、溶接ワイヤの表面に酸化物を形成し易い元素を固着させる必要があることから、溶接ワイヤのコストアップに繋がり好ましいことではない。また、溶接ワイヤ側を負極(−)とし金属部材側を正極(+)として溶接を行う場合、溶接時の金属の溶け込みが不充分となり、溶接ビードが浅くなるという問題があることが知られている。
【0009】
特許文献2に開示の技術では、シールドガスとしてアルゴンガス(Ar)にヘリウムガス(He)を加えるようにしているが、ヘリウムガス(He)はアルゴンガス(Ar)よりも入手し難く高価であるという問題がある。さらにシールドガスとして二酸化炭素(CO2)や酸素(O2)を加えると、溶接部分の機械的性質が劣化するという問題もある。
【0010】
本発明はこのような課題を解決するためになされたもので、従来の溶接ワイヤを用いながらアルゴンガスをシールドガスとすることで低廉にして溶接品質の向上を図ることの可能なMIG溶接方法及びMIG溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明に係るMIG溶接方法は、シールドガスにより大気と遮断された状態で溶接トーチから突き出された消耗電極にて被溶接金属部材との間でアーク放電を生起させ、該消耗電極の溶滴移行により該被溶接金属部材に溶融池を形成し、該被溶接金属部材の溶接を行うMIG溶接方法であって、前記被溶接金属部材の溶接線に沿い溶接方向に移動する溶融池の進行方向前方に前記消耗電極でのアーク放電によって陰極点を意図的に発生させ、前記被溶接金属部材の表面の酸化物を前記アーク放電のクリーニング作用により除去する第1の陰極点発生工程と、前記アーク放電によって前記溶融池に陰極点を発生させて前記消耗電極の溶滴移行により前記溶融池を新たに形成し、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させて前記新たに形成された溶融池に陰極点を移動させながら、前記酸化物の除去された前記被溶接金属部材の表面の範囲で溶接を行う第2の陰極点発生工程と、を繰り返す。
【0012】
好ましくは、前記第1の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方の所定領域の酸化物を前記クリーニング作用により除去し、前記所定領域は、前記第2の陰極点発生工程にて該所定領域の溶接を完了するまで前記酸化物が除去された状態が保持可能な最小限の範囲であるのがよい。
【0013】
好ましくは、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させつつ該溶接方向で前後ウィービングを行い、前記第1の陰極点発生工程では、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向前方に移動させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向後方に移動させることで前記溶融池に陰極点を発生させるのがよい。
【0014】
好ましくは、前記消耗電極と前記被溶接金属部材との距離を増減させ、前記第1の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材から前記消耗電極を離間させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、前記被溶接金属部材に前記消耗電極を接近させることで前記溶融池に陰極点を発生させるのがよい。
【0015】
好ましくは、磁気発生器でアーク放電を偏向させ、前記第1の陰極点発生工程では、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向前方に偏向させることで前記被溶接金属部材の前記溶融池の進行方向前方に前記陰極点を意図的に発生させ、前記第2の陰極点発生工程では、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向後方に偏向させることで前記溶融池に陰極点を発生させるのがよい。
さらに、前記シールドガスは、アルゴンガスのみであるのがよい。
【0016】
また、本発明に係るMIG溶接装置は、シールドガスにより大気と遮断された状態で溶接トーチから突き出された消耗電極にて被溶接金属部材との間でアーク放電を生起させ、該消耗電極の溶滴移行により該被溶接金属部材に溶融池を形成し、該被溶接金属部材の溶接を行うMIG溶接装置であって、前記溶接トーチを前記被溶接金属部材の溶接線に沿い溶接方向に移動させる移動ユニットと、溶接及び前記移動ユニットを制御する制御ユニットとを備え、該制御ユニットは、前記被溶接金属部材の前記溶接線に沿い前記溶接方向に移動する溶融池の進行方向前方に前記消耗電極でのアーク放電によって陰極点を意図的に発生させ、前記被溶接金属部材の表面の酸化物を前記アーク放電のクリーニング作用により除去する第1の陰極点発生制御部と、前記アーク放電によって前記溶融池に陰極点を発生させて前記消耗電極の溶滴移行により前記溶融池を新たに形成させ、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させて前記新たに形成された溶融池に陰極点を移動させながら、前記酸化物の除去された前記被溶接金属部材の表面の範囲で溶接を行う第2の陰極点発生制御部と、を含んでなる。
【0017】
好ましくは、前記移動ユニットは、前記消耗電極を前記溶接方向に前進させつつ該溶接方向で前後ウィービングを行うことが可能であり、前記制御ユニットは、前記移動ユニットの該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向前方に移動させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、該前後ウィービングにより前記消耗電極を前記溶接方向後方に移動させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現するのがよい。
【0018】
好ましくは、前記移動ユニットは、前記溶接トーチを前記被溶接金属部材に対して垂直方向にも移動可能であり、前記制御ユニットは、前記移動ユニットにより前記被溶接金属部材から前記溶接トーチを離間させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記被溶接金属部材に前記溶接トーチを接近させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現するのがよい。
【0019】
好ましくは、前記制御ユニットは、前記消耗電極の前記溶接トーチからの突き出し量を減少させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記消耗電極の前記溶接トーチからの突き出し量を増加させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現するのがよい。
【0020】
好ましくは、磁力を偏向させて出力可能な磁気発生器をさらに備え、前記制御ユニットは、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向前方に偏向させることで前記第1の陰極点発生制御部を実現し、前記磁気発生器から出力される磁力でアーク放電を前記溶接方向後方に偏向させることで前記第2の陰極点発生制御部を実現するのがよい。
さらに、前記シールドガスは、アルゴンガスのみであるのがよい。
【発明の効果】
【0021】
即ち、本発明のMIG溶接方法及びMIG溶接装置では、アーク放電の発生する陰極点が(1)酸化物 >(2)溶融池 >(3)クリーニング面 の順に発生し難くなること、及び、被溶接金属部材の表面上の酸化物をアーク放電によって容易に除去してクリーニング面を形成可能であることに着目し、これらの性質を利用して、これから溶接する被溶接金属部材の表面の範囲の酸化物をアーク放電で予め除去しクリーニングして意図的に陰極点が溶融池よりも発生し難くしておき、その後クリーニングした範囲を溶接する際に、陰極点が確実に溶融池に集中して発生するように、陰極点の発生位置を制御する。
【0022】
本発明のMIG溶接方法及びMIG溶接装置によれば、溶接線上の溶融池の進行方向前方の被溶接金属部材の表面を予めアーク放電によりクリーニングすることにより、溶接時には、常にアーク放電を溶融池に集中させ、即ちアーク放電による熱を溶融池及びその周りに集中させ、被溶接金属部材の溶融池周りの部分を確実に加熱するようにでき、従来の消耗電極を用いながら品質のよい安定した濡れ性の高い溶接を実現することができる。
【0023】
特に、シールドガスとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を使用することで、低廉にして品質のよい安定した溶接を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明に係るMIG溶接方法を実施するMIG溶接装置とMIG溶接の実施される一対の鋼板を示す全体構成図である。
図2】本発明の第1実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順を、鋼板及び溶接トーチを横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示す図である。
図3】本発明の第1実施例に係るMIG溶接方法による溶接トーチひいては溶接ワイヤの先端の動きを時間と鋼板のI形開先上の位置との関係で示す図である。
図4】本発明の第2実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順を、鋼板及び溶接トーチを横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示す図である。
図5】本発明の第3実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順を、鋼板及び溶接トーチを横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示す図である。
図6】本発明の第4実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順を、鋼板及び溶接トーチを横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
先ず、第1実施例について説明する。
【0026】
図1は、本発明の第1実施例に係るMIG溶接方法を実施するMIG溶接装置10とMIG溶接の実施される一対の鋼板(被溶接金属部材)1、1を示す全体構成図である。
鋼板1、1は、例えばこれら鋼板1、1の側縁間に所定の開先ギャップを有してI形開先1aを形成するよう側縁同士を突き合わせて設置される。
【0027】
MIG溶接装置10は、溶接ワイヤ(消耗電極)22を供給する溶接ワイヤ供給装置20、シールドガスGを供給するシールドガス供給装置30、溶接ワイヤ供給装置20及びシールドガス供給装置30に接続されてシールドガスGを噴出するとともに溶接ワイヤ22を送出する溶接トーチ40、溶接トーチ40を鋼板1、1のI形開先1aに沿って移動させる移動装置(移動ユニット)50、及び、溶接ワイヤ22に通電する電流や溶接ワイヤ22の供給速度等のアーク溶接のための種々の制御、さらには移動装置50の作動を制御する制御装置(制御ユニット)60を備えて構成されている。
【0028】
シールドガス供給装置30から供給されるシールドガスGとしては不活性ガスが用いられるが、ここでは他の不活性ガスよりも入手し易く低廉であることから、アルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)が使用される。
溶接ワイヤ供給装置20は、溶接ワイヤ22の巻かれた溶接ワイヤコイル21を備え、溶接ワイヤ22を溶接ワイヤコイル21から連続して供給可能に構成されている。
【0029】
溶接トーチ40は、溶接ワイヤ供給装置20から供給される溶接ワイヤ22の先端を溶接トーチ40から常時突き出し可能に構成されている。溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量は、溶接ワイヤ22の先端における電圧や電流等に応じて制御装置60により適宜適正量に制御される。
【0030】
なお、ここでは、溶接トーチ40を鋼板1、1に対し斜めに設置した場合を例に説明するが、溶接トーチ40は鋼板1、1に対し垂直であってもよい。
移動装置50は、溶接トーチ40を鋼板1、1のI形開先1aに沿って前進及び後進させることが可能に構成されており、制御装置60からの指令によって溶接トーチ40の移動速度を可変させることが可能である。従って、移動装置50は、溶接トーチ40をI形開先1aに沿って前進させながら個別に前方移動及び後方移動を行うことも可能であり、これにより、溶接ワイヤ22の先端を溶接方向で前後ウィービングさせながら溶接を進行させることが可能である。また、移動装置50は、溶接トーチ40を上下動させて鋼板1、1に近づけたり離したりすることも可能に構成されている。
【0031】
制御装置60は、上述したように、溶接のための種々の制御を行うとともに、溶接ワイヤ22の先端を溶接方向で前後ウィービングさせながら溶接を進行させるべく、移動装置50に対し溶接トーチ40をI形開先1aに沿って前進させながら個別に前方移動させたり後方移動させたりする指令を発する機能、溶接トーチ40を上下動させる指令を発する機能を有している(第1の陰極点発生制御部、第2の陰極点発生制御部)。
【0032】
また、MIG溶接装置10では、溶接ワイヤ22側を正極(+)とし鋼板1、1側を負極(−)として溶接を行うようにしている。このように、溶接ワイヤ22側を正極(+)とし鋼板1、1側を負極(−)とすると、これとは逆に溶接ワイヤ22側を負極(−)とし鋼板1、1側を正極(+)とした場合に比べ、比較的良好な溶接品質が確保される。
以下、上記のように構成されたMIG溶接装置10によるMIG溶接方法について説明する。
【0033】
図2を参照すると、本発明の第1実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順が、鋼板1、1及び溶接トーチ40を横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示されており、図3を参照すると、溶接トーチ40ひいては溶接ワイヤ22の先端の動きが時間と鋼板1、1のI形開先1a上の位置との関係で示されている。ここに、図3中の(1)、(2)、(3)で示す部分が、それぞれ図2の(1)、(2)、(3)の各段階に対応している。以下、これら図2及び図3に基づき説明する。
【0034】
先ず、鋼板1、1のI形開先1aの溶接開始位置に溶接ワイヤ22の先端を位置させて溶接を開始する。溶接が開始されると、溶接ワイヤ22の先端の溶滴移行によりI形開先1aに溶融池が形成され始める。
【0035】
一旦溶融池が形成されると、図2の(1)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40をI形開先1aに沿う溶接方向前方に、即ち溶接ワイヤ22の先端の位置を溶接線上の溶融池の進行方向前方に通常の前進速度よりも高速の所定速度で所定距離だけ移動させる(第1の陰極点発生工程、第1の陰極点発生制御部)。ここに、通常の前進速度とは、図2の(3)に示すように、溶接を進行させるべく溶接トーチ40を定速前進させる際に必要な速度である。また、所定距離は、例えば後述するクリーニングが必要とされる所定領域に応じて適宜設定されている。
【0036】
通常、鋼板1、1の表面には全面に亘り一様に酸化物(酸化膜)が形成されており、この酸化物にはアーク放電の発生点、即ち陰極点(放電子の密度が高い領域)が生成され易いことが知られている。図2の(1)に示す段階では、溶融池の進行方向前方の鋼板1、1の表面には酸化物が一様に存在していることから、アーク放電の発生点が無数に有り、アーク放電の範囲が広がり易く、陰極点が広範囲に亘って散らばって生成される。つまり、図2中においてアーク放電の発生する範囲を網掛け線で示し、陰極点を白抜き○印で代表して例示しているが、図2の(1)の(a)、(b)に示すように、鋼板1、1の表面の溶接線上における溶融池の進行方向前方及び側方において陰極点が散発する。
【0037】
鋼板1、1の表面の酸化物にて陰極点が発生すると、陰極点及びその周囲において酸化物を除去する作用、即ちクリーニング作用が生起されることが知られており、このクリーニング作用により上記網掛け線で示すアーク放電の発生する範囲内において酸化物が除去され、鋼板1、1の表面のクリーニングが行われる。即ち、図2の(1)に示す段階においては、鋼板1、1の表面の溶接線上における溶融池の進行方向前方の所定領域に意図的に陰極点を散発させ、強制的に鋼板1、1の表面のクリーニングを行う。ここに、所定領域は、クリーニングを行った後、該所定領域の溶接を完了するまでクリーニングされた状態(酸化物が除去された状態)を保持可能な最小限の範囲として規定される。
【0038】
なお、移動装置50の上記通常の前進速度よりも高速の所定速度は、移動中に鋼板1、1に溶融池が形成されない速度に設定されており、故に、この段階では、鋼板1、1の表面において溶接が行われることはなく、クリーニングのみが良好に実施される。
【0039】
鋼板1、1の表面のクリーニングを行うと、図2の(2)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を溶接方向後方に、即ち溶接ワイヤ22の先端を溶融池の位置まで上記溶接方向前方への移動速度よりもさらに高速で戻すようにする(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)。なお、溶接ワイヤ22の先端を戻す位置については、溶接ワイヤ22の先端が溶融池の進行方向側の先端部分に位置するように適宜設定される。
【0040】
このように移動装置50により溶接トーチ40を溶接方向後方に移動させ、溶接ワイヤ22の先端を溶融池の位置まで戻すと、溶融池では鋼板1、1の表面のクリーニングされた部分と比べて陰極点が発生し易い傾向にあることから、陰極点ひいてはアーク放電の発生点が溶融池に集中し、新たな溶融池が形成され始め、再び溶接が開始される。即ち、溶接ワイヤ22の先端の溶滴移行によりI形開先1aに溶融池が形成され始める。
【0041】
そして、図2の(3)に示すように、制御装置60により移動装置50を通常の前進速度で溶接方向に定速前進させる(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)。これにより、溶融池が溶接方向前方に移動し、後方では溶融池が冷却されて溶接ビードが形成される。
【0042】
溶接ワイヤ22の先端が鋼板1、1の表面のクリーニングされた範囲の終端に達すると、溶融池の前方のクリーニングされていない鋼板1、1の表面には酸化物が存在していることから、陰極点が溶融池よりも酸化物において発生し易くなる。そこで、再び、図2の(1)に戻り、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40をI形開先1aに沿う溶接方向前方に、即ち溶接ワイヤ22の先端の位置を溶接線上の溶融池の進行方向前方に通常の前進速度よりも高速で移動させる。以降、図3に示すように、図2の(1)〜(3)の動作を繰り返す。
【0043】
即ち、陰極点は(1)酸化物 >(2)溶融池 >(3)クリーニング面 の順に発生し難くなることが確認されており、また鋼板1、1の表面上の酸化物をアーク放電によって容易に除去してクリーニング面を形成可能であることから、本発明では、これらの性質を利用し、これから溶接する鋼板1、1の表面の範囲の酸化物をアーク放電で予め除去しクリーニングして意図的に陰極点が溶融池よりも発生し難くしておき(図2の(1)に示す段階)、クリーニングした範囲を溶接する際には陰極点が確実に溶融池に集中して発生するようにしている(図2の(2)及び(3)に示す段階)。
【0044】
これにより、溶接線上の溶融池の進行方向前方の鋼板1、1の表面を予めアーク放電によりクリーニングすることで、溶接時には常にアーク放電を溶融池に集中させ、即ちアーク放電による熱を溶融池及びその周りに集中させ、鋼板1、1の溶融池周りの部分を確実に加熱することができ、従来の溶接ワイヤ22を用い、シールドガスGとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を使用しながら、低廉にして品質のよい安定した濡れ性の高い溶接を実現することができる。
【0045】
次に、第2実施例について説明する。
第2実施例では、上記図1のMIG溶接装置10を用いる点は上記第1実施例と共通であるが、溶接トーチ40のポジション制御により溶接トーチ40を移動装置50で鋼板1、1に対し垂直方向に上下動させてクリーニング面を形成する点が第1実施例と異なっている。
【0046】
図4を参照すると、本発明の第2実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順が、上記図2と同様に、鋼板1、1及び溶接トーチ40を横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示されており、以下図4に基づき説明する。
なお、第2実施例では、溶接トーチ40を鋼板1、1に対し垂直に設置した場合を例に説明するが、溶接トーチ40は鋼板1、1に対し斜めであってもよい。
【0047】
鋼板1、1のI形開先1aの溶接開始位置にて一旦溶融池が形成されると、図4の(1)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を鋼板1、1から離間するよう上方に、即ち溶接ワイヤ22の先端の位置を上方に所定距離だけ移動させる(第1の陰極点発生工程、第1の陰極点発生制御部)。なお、第1実施例の場合と同様、所定距離は、例えばクリーニングが必要とされる所定領域に応じて適宜設定されている。
【0048】
このように溶接ワイヤ22の先端を鋼板1、1から離間させると、溶接ワイヤ22の先端から溶融池までの距離と溶融池の周りの鋼板1、1の表面の酸化物までの距離との差が殆ど無くなり、鋼板1、1の表面の酸化物にて陰極点が発生し易くなる。これにより、図4中にアーク放電の発生する範囲を網掛け線で示し、陰極点を白抜き○印で代表して例示しているが、図4の(1)の(a)、(b)に示すように、鋼板1、1の表面の溶接線上における溶融池の進行方向前方及び側方において陰極点が散発し、上記網掛け線で示すアーク放電の発生する範囲内において酸化物が除去され、鋼板1、1の表面のクリーニングが行われる。
【0049】
鋼板1、1の表面のクリーニングを行うと、図4の(2)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を鋼板1、1に接近するよう下方に、即ち溶接ワイヤ22の先端を通常の溶接高さ位置まで戻すようにする(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)。
【0050】
このように溶接ワイヤ22の先端を通常の溶接高さ位置まで戻すと、溶接ワイヤ22の先端から溶融池までの距離が小さくなり、溶融池では鋼板1、1の表面のクリーニングされた部分と比べて陰極点が発生し易い傾向にあることから、陰極点ひいてはアーク放電の発生点が溶融池に集中し、新たな溶融池が形成され始め、再び溶接が開始される。即ち、溶接ワイヤ22の先端の溶滴移行によりI形開先1aに溶融池が形成され始める。
【0051】
そして、図4の(3)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を通常の前進速度で溶接方向に定速前進させて溶接を行い(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)、溶接ワイヤ22の先端が鋼板1、1の表面のクリーニングされた範囲の終端に達すると、再び、図4の(1)に戻る。以降、図4の(1)〜(3)の動作を繰り返す。
【0052】
これより、第2実施例の場合でも、溶接トーチ40を上下動させることで、溶接線上の溶融池の進行方向前方の鋼板1、1の表面を予めアーク放電によりクリーニングすることにより、溶接時には常にアーク放電を溶融池に集中させ、即ちアーク放電による熱を溶融池及びその周りに集中させ、鋼板1、1の溶融池周りの部分を確実に加熱することができ、従来の溶接ワイヤ22を用い、シールドガスGとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を使用しながら、低廉にして品質のよい安定した濡れ性の高い溶接を実現することができる。
【0053】
次に、第3実施例について説明する。
第3実施例では、上記図1のMIG溶接装置10を用いる点は上記第1実施例及び第2実施例と共通であるが、アーク長制御により溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量を変えてクリーニング面を形成する点が第1実施例及び第2実施例と異なっている。
【0054】
図5を参照すると、本発明の第3実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順が、上記図2と同様に、鋼板1、1及び溶接トーチ40を横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示されており、以下図5に基づき説明する。
なお、第3実施例では、溶接トーチ40を鋼板1、1に対し垂直に設置した場合を例に説明するが、溶接トーチ40は鋼板1、1に対し斜めであってもよい。
【0055】
鋼板1、1のI形開先1aの溶接開始位置にて一旦溶融池が形成されると、図5の(1)に示すように、制御装置60からの指令により、例えば電圧値を変えて、溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量を所定量だけ減少させて小さくする(第1の陰極点発生工程、第1の陰極点発生制御部)。なお、所定量は、例えばクリーニングが必要とされる所定領域に応じて適宜設定されている。
【0056】
このように溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量を減少させると、第2実施例の場合と同様、溶接ワイヤ22の先端から溶融池までの距離と溶融池の周りの鋼板1、1の表面の酸化物までの距離との差が殆ど無くなり、鋼板1、1の表面の酸化物にて陰極点が発生し易くなる。これにより、図5中にアーク放電の発生する範囲を網掛け線で示し、陰極点を白抜き○印で代表して例示しているが、図5の(1)の(a)、(b)に示すように、鋼板1、1の表面の溶接線上における溶融池の進行方向前方及び側方において陰極点が散発し、上記網掛け線で示すアーク放電の発生する範囲内において酸化物が除去され、鋼板1、1の表面のクリーニングが行われる。
【0057】
鋼板1、1の表面のクリーニングを行うと、図5の(2)に示すように、制御装置60からの指令により溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量を増加させて大きくし、即ち溶接ワイヤ22の先端を通常の溶接高さ位置まで戻すようにする(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)。
【0058】
このように溶接ワイヤ22の先端を通常の溶接高さ位置まで戻すと、第2実施例の場合と同様、溶接ワイヤ22の先端から溶融池までの距離が小さくなり、溶融池では鋼板1、1の表面のクリーニングされた部分と比べて陰極点が発生し易い傾向にあることから、陰極点ひいてはアーク放電の発生点が溶融池に集中し、新たな溶融池が形成され始め、再び溶接が開始される。即ち、溶接ワイヤ22の先端の溶滴移行によりI形開先1aに溶融池が形成され始める。
【0059】
そして、図5の(3)に示すように、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を通常の前進速度で溶接方向に定速前進させて溶接を行い(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)、溶接ワイヤ22の先端が鋼板1、1の表面のクリーニングされた範囲の終端に達すると、再び、図5の(1)に戻る。以降、図5の(1)〜(3)の動作を繰り返す。
【0060】
これより、第3実施例の場合でも、溶接ワイヤ22の先端の溶接トーチ40からの突き出し量を変えることで、溶接線上の溶融池の進行方向前方の鋼板1、1の表面を予めアーク放電によりクリーニングすることにより、溶接時には常にアーク放電を溶融池に集中させ、即ちアーク放電による熱を溶融池及びその周りに集中させ、鋼板1、1の溶融池周りの部分を確実に加熱することができ、従来の溶接ワイヤ22を用い、シールドガスGとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を使用しながら、低廉にして品質のよい安定した濡れ性の高い溶接を実現することができる。
【0061】
次に、第4実施例について説明する。
第4実施例では、上記図1のMIG溶接装置10に加え、溶接トーチ40からの突き出す溶接ワイヤ22の先端の近傍に磁気発生器70を備えて磁気制御によりクリーニング面を形成する点が第1実施例乃至第3実施例と異なっている。
【0062】
図6を参照すると、本発明の第4実施例に係るMIG溶接方法によるアーク溶接の溶接手順が、上記図2と同様に、鋼板1、1及び溶接トーチ40を横方向から見た図(a)と上方向から見た図(b)とで(1)〜(3)まで時系列的に示されており、以下図6に基づき説明する。
【0063】
磁気発生器70は、例えば電磁石からなり、制御装置60に接続されており、溶接ワイヤ22の先端に向けて磁力を発生して出力し、さらに制御装置60からの指令によりこの磁力を溶接方向前方と後方とに偏向させることが可能に構成されている。
なお、第4実施例では、溶接トーチ40を鋼板1、1に対し垂直に設置した場合を例に説明するが、溶接トーチ40は鋼板1、1に対し斜めであってもよい。
【0064】
鋼板1、1のI形開先1aの溶接開始位置にて一旦溶融池が形成されると、図6の(1)に示すように、制御装置60からの指令により磁気発生器70から発生する磁力を溶接方向前方に偏向させる(第1の陰極点発生工程、第1の陰極点発生制御部)。
【0065】
このように磁気発生器70から発生する磁力を溶接方向前方に偏向させると、アーク放電も磁界を生じていることから、アーク放電が磁気発生器70の磁力によって溶接方向前方に偏向させられ、鋼板1、1の表面の酸化物にて陰極点が発生し易くなる。これにより、図6中にアーク放電の発生する範囲を網掛け線で示し、陰極点を白抜き○印で代表して例示しているが、図6の(1)の(a)、(b)に示すように、鋼板1、1の表面の溶接線上における溶融池の進行方向前方及び側方において陰極点が散発し、上記網掛け線で示すアーク放電の発生する範囲内において酸化物が除去され、鋼板1、1の表面のクリーニングが行われる。
【0066】
鋼板1、1の表面のクリーニングを行うと、図6の(2)に示すように、制御装置60からの指令により磁気発生器70から発生する磁力を溶接方向後方に偏向させる(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)。
【0067】
このように磁気発生器70から発生する磁力を溶接方向後方に偏向させると、アーク放電が磁気発生器70の磁力によって溶接方向後方に偏向させられ、溶融池では鋼板1、1の表面のクリーニングされた部分と比べて陰極点が発生し易い傾向にあることから、陰極点ひいてはアーク放電の発生点が溶融池に集中し、新たな溶融池が形成され始め、再び溶接が開始される。即ち、溶接ワイヤ22の先端の溶滴移行によりI形開先1aに溶融池が形成され始める。
【0068】
そして、図6の(3)に示すように、磁気発生器70から発生する磁力を溶接方向後方に偏向させたまま、制御装置60からの指令により移動装置50によって溶接トーチ40を通常の前進速度で溶接方向に定速前進させて溶接を行い(第2の陰極点発生工程、第2の陰極点発生制御部)、溶接ワイヤ22の先端が鋼板1、1の表面のクリーニングされた範囲の終端に達すると、再び、図6の(1)に戻る。以降、図6の(1)〜(3)の動作を繰り返す。
【0069】
これより、第4実施例の場合でも、磁気発生器70を用いることで、溶接線上の溶融池の進行方向前方の鋼板1、1の表面を予めアーク放電によりクリーニングすることにより、溶接時には常にアーク放電を溶融池に集中させ、即ちアーク放電による熱を溶融池及びその周りに集中させ、鋼板1、1の溶融池周りの部分を確実に加熱することができ、従来の溶接ワイヤ22を用い、シールドガスGとしてアルゴンガス(Ar)のみ(即ち、100%Ar)を使用しながら、低廉にして品質のよい安定した濡れ性の高い溶接を実現することができる。
【0070】
以上で本発明に係る実施形態の説明を終えるが、実施形態は上記に限られるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形可能である。
例えば、上記実施形態では、被溶接金属部材として鋼板1、1を例に説明したが、被溶接金属部材は鋼板に限られるものではなく、MIG溶接が可能であれば、アルミニウム部材等であってもよい。
【0071】
また、上記実施形態では、本発明を突き合わせ溶接として鋼板1、1のI形開先1aに適用した場合を例に説明したが、隅肉溶接に適用することも可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 鋼板(被溶接金属部材)
10 MIG溶接装置
20 溶接ワイヤ供給装置
21 溶接ワイヤコイル
22 溶接ワイヤ(消耗電極)
30 シールドガス供給装置
40 溶接トーチ
50 移動装置(移動ユニット)
60 制御装置(制御ユニット)
70 磁気発生器
図1
図2
図3
図4
図5
図6