(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記下部層(a)の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり、不可避不純物としての酸素を除けば、前記TiCN層と前記上部層の界面から500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、前記深さ領域に含有される平均酸素含有量は、前記深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の1〜3原子%である請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、以下の(a)および(b)で構成された硬質被覆層が蒸着形成された被覆工具が知られている。
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム層(以下、Al
2O
3層で示す)。
【0003】
しかし、前述したような従来の被覆工具は、例えば、各種の鋼や鋳鉄などの連続切削ではすぐれた耐摩耗性を発揮するが、これを、高速断続切削に用いた場合には、被覆層の剥離やチッピングが発生しやすく、工具寿命が短命になるという問題があった。
そこで、被覆層の剥離、チッピングを抑制するために、下部層、上部層に改良を加えた各種の被覆工具が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、以下の(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が開示されている。
(a)下部層として、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ3〜20μmの全体平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層として、1〜15μmの平均層厚を有し、かつ化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有すると共に、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にAlおよび酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)からなる対応粒界の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態からなる対応粒界をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が60〜80%である構成原子共有格子点分布グラフを示す酸化アルミニウム層。
この被覆工具は、高速断続切削加工ですぐれた耐チッピング性を示すことが知られている。
【0005】
また、特許文献2には、工具基体の表面に、下部層と酸化アルミニウム層を被覆した被覆工具、あるいは、工具基体と下部層の間に中間層を介して、下部層上に酸化アルミニウム層を被覆した被覆工具において、該酸化アルミニウム層のΣ3対応粒界比率を80%以上とすることによって、耐チッピング性、耐クレーター摩耗性を改善することが提案されている。
【0006】
また、特許文献3には、下部層がTi化合物層、上部層がα型Al
2O
3層からなる硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具であって、下部層直上のAl
2O
3結晶粒の30〜70面積%は(11−20)配向Al
2O
3結晶粒とし、上部層の全Al
2O
3結晶粒の45面積%以上は、(0001)配向Al
2O
3結晶粒とし、さらに好ましくは、下部層の最表面層は、500nmまでの深さ領域に亘ってのみ0.5〜3原子%の酸素を含有する酸素含有TiCN層を形成し、また、下部層最表面層の酸素含有TiCN結晶粒数と、下部層と上部層の界面におけるAl
2O
3結晶粒数との比の値を0.01〜0.5としている。これにより、表面被覆切削工具の高速重切削、高速断続切削における耐剥離性、耐チッピング性を改善することが提案されている。
【発明の概要】
【0008】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強い。これに伴い、切削加工は一段と高速化し、高切り込みや高送りなどの重切削、断続切削等で切刃に高負荷が作用する傾向にある。前述した従来の被覆工具を鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削に用いた場合には問題はない。しかし、従来の被覆工具を、高速断続重切削条件で用いた場合には、硬質被覆層を構成するTi化合物層からなる下部層とAl
2O
3層からなる上部層の密着強度が不十分であり、皮膜の靭性も十分ではない。
そのため、上部層と下部層間での剥離、チッピング等の異常損傷が発生し、比較的短時間で工具寿命に至る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とAl
2O
3層からなる上部層との密着性を改善することで、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、Al
2O
3層の靭性を向上させることにより、チッピング、剥離等の耐異常損傷性の向上、及び工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った。その結果、Ti化合物層からなる下部層とAl
2O
3層からなる上部層とを被覆形成した被覆工具において、Al
2O
3層の全対応粒界長に占める各構成原子共有格子点からなる対応粒界長の割合が示された対応粒界分布グラフにおいて、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが存在し、Σ3対応粒界の分布割合を高めつつ、前記下部層と前記上部層との界面から、前記上部層の最表面まで連続するΣ3の構成原子共有格子点形態を有する粒界の割合を高めることで、耐剥離性の向上が図られることを見出した。
【0010】
本発明は、前述した知見に基づき、研究を重ねた結果、完成したものであって、以下のような態様を有する。
【0011】
(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体と該工具基体の表面に蒸着形成された硬質被覆層を備える表面被覆切削工具であって、
前記硬質被覆層は、工具基体の表面に形成された下部層と該下部層上に形成された上部層とを有し、
(a)前記下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、TiC、TiN、TiCN、TiCO、TiCNOのうちの2層以上からなり、その内の少なくとも1層はTiCN層で構成したTi化合物層からなり、
(b)前記上部層は、2〜20μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl
2O
3層からなり、
(c)前記上部層のAl
2O
3結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、コランダム型六方晶結晶格子からなる結晶格子面のそれぞれの法線の方位を測定し、この測定結果から、隣接する結晶格子相互の結晶方位関係を算出し、結晶格子界面を構成する構成原子のそれぞれが前記結晶格子相互間で1つの構成原子を共有する格子点(「構成原子共有格子点」という)からなる対応粒界の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(但し、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合に、それぞれの分布割合を算出し、Σ3からΣ29の範囲内の全対応粒界長に占める各構成原子共有格子点形態からなる対応粒界の割合が示された対応粒界分布グラフにおいて、Σ3からΣ29の範囲内ではΣ3に最高ピークが存在し、かつ、Σ3からΣ29の範囲内に占める前記Σ3の分布割合が70%以上であり、
(d)前記上部層全体のAl
2O
3結晶粒に分布しているΣ3の構成原子共有格子点形態を有する粒界のうち、前記下部層と前記上部層との界面から、前記上部層の最表面まで連続するΣ3の構成原子共有格子点形態を有する粒界の割合が60%以上である表面被覆切削工具。
(2)前記下部層(a)の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり、不可避不純物としての酸素を除けば、前記TiCN層と前記上部層の界面から500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、前記深さ領域に含有される平均酸素含有量は、前記深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の1〜3原子%である(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記上部層のAl
2O
3結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を0〜45度の範囲内で測定した場合、工具基体の表面の法線に対する傾斜角が0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の70%以上である(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記上部層のAl
2O
3結晶粒のうち、アスペクト比が5以上である結晶粒が面積割合で80%以上である(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の効果】
【0012】
本発明の被覆工具によれば、硬質被覆層の上部層におけるΣ3対応粒界の分布割合は70%以上と高く、しかも、上部層におけるΣ3対応粒界の60%以上が、下部層と上部層との界面から、上部層の最表面まで連続して形成されている。これによって、前記被覆工具の上部層内部の結晶粒界強度が高められ、すぐれた耐剥離性、耐チッピング性を示す。
これに加えて、本発明の下部層の最表面層は、酸素を含有するTiCN層(以下、酸素含有TiCN層ともいう)で形成されている。これによって、前記被覆工具の上部層と下部層の付着強度が向上するとともに、前記0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数割合をさらに高めることができ、より一段と耐摩耗性を向上させることができる。
さらに、上部層のAl
2O
3結晶粒のうち、アスペクト比が5以上である結晶粒が面積割合で80%以上であることによって、すぐれた耐摩耗性を発揮する。また、上部層のAl
2O
3結晶粒の0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、度数全体の70%以上であることによって、一段と耐摩耗性が向上する。
そのため、本発明の被覆工具によれば、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を高速で、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高送り、高切り込みの高速断続重切削条件で行った場合でも、剥離、チッピング等の異常損傷の発生もなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ここで本発明の実施形態について詳細に説明する。
(a)下部層:
下部層を構成するTi化合物層(例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層)は、基本的にはAl
2O
3層の下部層として存在し、Ti化合物が有するすぐれた高温強度によって、硬質被覆層に対して高温強度を与える。その他にも、下部層のTi化合物層は、工具基体表面、及びAl
2O
3層からなる上部層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有する。しかしながら、下部層のTi化合物層の合計平均層厚が3μm未満である場合、前述した作用を十分に発揮させることができない。一方、下部層のTi化合物層の合計平均層厚が20μmを越える場合、特に高熱発生を伴う高速重切削・高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、偏摩耗の原因となる。以上から、下部層のTi化合物層の合計平均層厚は3〜20μmと定めた。上記下部層のTi化合物層の合計平均層厚は、好ましくは5〜15μmであるが、これに限定されることはない。
【0015】
(b)下部層の最表面層:
本発明の実施形態の下部層(下部層の最表面層も含む)は、従来方法と同様な化学蒸着条件で成膜することができるが、下部層の最表面層は、例えば、以下のようにして形成することが望ましい。
即ち、まず、通常の化学蒸着装置を使用して、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなる種々のTi化合物層を蒸着形成(なお、TiCN層のみを蒸着形成することも勿論可能である)する。その後、同じく通常の化学蒸着装置を使用して、以下の条件で化学蒸着し、下部層の最表面層として、酸素含有TiCN層を形成する。
反応ガス組成(容量%):TiCl
4 2〜10%、CH
3CN 0.5〜1.0%、N
2 25〜60%、残部H
2、
反応雰囲気温度:750〜930℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa。
すなわち、本発明の実施形態における下部層は、1層または2層以上からなる種々のTi化合物層を形成した後に、上記条件により形成される、下部層の最表面層である酸素含有TiCN層を含むことが好ましい。また、下部層の最表面層の形成工程では、所定層厚を得るに必要とされる蒸着時間終了前の5分から30分の間で、全反応ガス量に対して1〜5容量%のCOガスを添加して化学蒸着を行う。これにより、下部層の最表面と上部層との界面から、下部層の最表面層の層厚方向に最大500nmまでの深さ領域に含有される平均酸素含有量を、Ti、C、N、Oの合計含有量の1〜3原子%とすることができるため、上記の平均酸素含有量の酸素を含有する酸素含有TiCN層を蒸着形成させやすくなる。なお、この下部層の最表面層と上部層との界面から、下部層の最表面層の膜厚方向に500nmを超える深さ領域には、不可避不純物として0.5原子%未満の酸素が含有されることが許容される。このため、本発明で定義される「酸素を含有しない」とは、厳密には酸素の含有量が0.5原子%未満であることを意味する。
【0016】
酸素含有TiCN層からなる前記下部層の最表面層は、例えば、その上に、好ましいAl
2O
3結晶粒を形成するために(後記(c)参照)、少なくとも500nm以上の層厚をもたせて形成し、かつ、この酸素含有TiCN層と上部層との界面から、層厚方向に最大500nmまでの深さ領域に含有される酸素を、Ti、C、N、Oの合計含有量の1から3原子%としてもよい。これにより、前記酸素含有TiCN層の膜厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ酸素を含有させることができる。
ここで、酸素含有TiCN層の深さ領域を前述のように限定したのは、500nmより深い領域において酸素が含有されていると、TiCN層の最表面の組織形態が柱状組織から粒状組織に変化しやすくなるためである。また、下部層の最表面層直上のAl
2O
3結晶粒の構成原子共有格子点形態を所望のものとしにくくなる。
ただ、深さ領域500nmまでの平均酸素含有量が1原子%未満では、上部層と下部層のTiCNの付着強度の向上の度合いが低くなりやすくなる。また、下部層の最表面層直上のAl
2O
3結晶粒の構成原子共有格子点形態を得にくくなる。一方、この深さ領域における平均酸素含有量が3原子%を超えると、下部層の最表面層直上の上部層のAl
2O
3において、Σ3からΣ29の範囲内に占めるΣ3の分布割合70%未満となり、上部層の高温硬さが低下しやすくなる。上記酸素含有TiCN層の500nmまでの深さ領域に含有される平均酸素含有量は、好ましくは1.2〜2.5原子%であるが、これに限定されることはない。
ここで、平均酸素含有量は、下部層の最表面層を構成する前記TiCN層と上部層との界面から、このTiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域におけるチタン(Ti),炭素(C),窒素(N)及び酸素(O)の合計含有量に占める酸素(O)含有量を原子%(=O/(Ti+C+N+O)×100)で表したものをいう。
本発明の実施形態の下部層は、従来方法と同様な化学蒸着条件で成膜することができるが、本発明の実施形態の下部層の最表面層としては、上記の酸素含有TiCN層を形成することが望ましい。
【0017】
(c)上部層のAl
2O
3結晶粒:
下部層の最表面層に前記(b)の酸素含有TiCN層を蒸着形成した後、上部層のAl
2O
3層を以下の条件で形成する。
即ち、前記(b)で形成した酸素含有TiCN層の表面を、以下の条件で処理する。
<下部層表面処理>
反応ガス組成(容量%):CO 2〜10%、CO
2 2〜10%、残部H
2、
雰囲気温度:900〜950℃、
雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:20〜60min。
次に、以下の蒸着条件で、Al
2O
3の初期成長を行った後、Al
2O
3上層を蒸着形成させることにより、所定の構成原子共有格子点形態を有するAl
2O
3結晶粒からなる上部層が形成される。Al
2O
3初期成長工程は、所定の上部層を確実に形成させるために行われる。なお、本発明の実施形態では、上部層の目標層厚をAl
2O
3初期成長工程とAl
2O
3上層形成工程で形成された膜厚の合計としている。
<Al
2O
3初期成長>
反応ガス組成(容量%):AlCl
3 0.5〜3%、CO
2 1〜5%、HCl 0.5〜2.0%、残部H
2、
雰囲気温度:950〜1040℃、
雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:10〜120min。
<Al
2O
3上層形成>
反応ガス組成(容量%):AlCl
3 1〜3%、CO
2 3〜15%、HCl 1〜3%、H
2S 0.5〜1.5%、残部H
2、
反応雰囲気温度:950〜1040℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:(目標とする上部層層厚になるまで)。
なお、上部層全体の層厚が、2μm未満であると長期の使用に亘ってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、20μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の層厚は2〜20μmと定めた。上記上部層の層厚は、好ましくは3〜15μmであるが、これに限定されることはない。
また、本発明の実施形態では、下部層表面処理工程の処理時間を20〜60minに設定している。これにより、下部層と上部層との界面から、上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合を高めることができる。また、下部層表面処理工程の雰囲気温度を900〜950℃に設定している。これにより、下部層の最表面層と上部層界面の密着性が向上する。上記下部層表面処理工程の処理時間は、好ましくは25〜45minであるが、これに限定されることはない。また、上記下部層の表面処理の反応雰囲気温度は、好ましくは900〜930℃であるが、これに限定されることはない。
なお、Al
2O
3上層形成工程の反応ガスのうち、AlCl
3の添加量は、好ましくは1.5〜2.5%であり、CO
2の添加量は、好ましくは5〜10%であり、HClの添加量は、好ましくは1.5〜2.5%であり、H
2Sの添加量は、好ましくは0.75〜1.25%であるが、これに限定されることはない。
【0018】
さらに、上部層を構成するα型の結晶構造を有するAl
2O
3結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その構成原子共有格子点形態からなる対応粒界を詳細に解析すると、対応粒界分布グラフは、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが存在し、かつ、前記Σ3の分布割合がΣ3からΣ29の範囲内に占める分布割合の70%以上を占めるグラフを示す。
また、本発明の実施形態では、前記(c)の成膜条件のうち、Al
2O
3上層形成工程におけるCO
2とH
2Sの添加量を調整している。これによって、上部層の対応粒界分布グラフにおいて、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが存在し、かつ、前記Σ3の分布割合がΣ3からΣ29の範囲内に占める分布割合の70%以上となりやすくなる。ここで、Σ3に最高ピークが存在しない場合、あるいは、Σ3の分布割合が70%未満であると、Al
2O
3結晶粒の粒界強度が十分でなく、高負荷が作用した場合のチッピング、欠損等の発生を抑制する効果が十分でない。
したがって、この発明の実施形態では、上部層の対応粒界分布グラフにおいて、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3にピークが存在するとともに、Σ3からΣ29の範囲内に占めるΣ3の分布割合を70%以上と定めた。上記Σ3からΣ29の範囲内に占めるΣ3の分布割合は、好ましくは75〜90%であるが、これに限定されることはない。
【0019】
上部層の構成原子共有格子点形態は、以下の手順で測定することができる。
まず、被覆工具について、その縦断面(被覆工具表面に垂直な断面)を研磨面とする。
次に、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、結晶格子面のそれぞれの法線の方位のなす角度を測定する。
ついで、この測定結果から、隣接する結晶格子相互の結晶方位関係を算出し、結晶格子界面を構成する構成原子のそれぞれが前記結晶格子間で1つの構成原子を共有する格子点(「構成原子共有格子点」)の分布を算出する。
そして、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(但し、Nはコランダム型六方晶結晶格子の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合に、それぞれの分布割合を算出し、Σ3からΣ29の範囲内に占める全粒界長の単位形態全体の合計分布割合に占めるΣN+1のそれぞれの分布割合を示す対応粒界分布グラフ(
図1参照)を作成する。これによって、Σ3のピークの存在、Σ3からΣ29の範囲内に占めるΣ3の分布割合を求めることができる。
Σ29以下の対応粒界とΣ31以上の対応粒界を区別しているのは、H.Grimmerらの論文(Philosophical Magazine A,1990,Vol.61,No.3,493−509)にあるように、分布頻度の観点から、α―Al
2O
3の対応粒界はNの上限を28としたΣ3からΣ29までの粒界が主な対応粒界であることが報告されているためである。Σ3、Σ7、Σ11、Σ17、Σ19、Σ21、Σ23、Σ29のそれぞれの対応粒界は上記論文に示された、対応粒界を構成する結晶粒間のなす角度の値を用いて同定した。また、隣接する結晶格子間で構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個存在する構成原子共有格子点形態を満たすΣN+1の対応粒界から、結晶粒間のなす角度の値にどの程度の誤差Δθまでを許容できるかという基準として、Δθ=5°として計算を行った。
【0020】
また、本発明の実施形態では、前記(c)の上部層のAl
2O
3結晶粒形成工程によって、上部層のAl
2O
3層を蒸着形成することにより、下部層と上部層との界面から、上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合を60%以上とすることできる。これにより、上部層内のAl
2O
3結晶粒組織同士の粒界強度を高めることができ、よりAl
2O
3結晶粒の耐チッピング性を高めることができるため、高速断続切削加工において、すぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮することができる。上記下部層と上部層との界面から、上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合は、好ましくは65〜80%であるが、これに限定されることはない。
【0021】
また、本発明の実施形態では、前記(c)の成膜条件のうち、Al
2O
3上層形成工程において、AlCl
3とH
2Sの添加量を調整することによって、上部層の傾斜角度数分布グラフにおける傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の度数割合を、度数全体の70%以上とすることができる。
そしてこれによって、上部層の高温硬さが向上し、耐摩耗性の向上に寄与する。
【0022】
上部層のAl
2O
3結晶粒の傾斜角度数分布及び傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の度数割合は、以下のようにして求めることができる。
まず、被覆工具の上部層を含む断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射し、前記Al
2O
3結晶粒の配向性に関わるデータを得る。そして、このデータを基に、前記工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分し、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わす。そして、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計を、傾斜角度数分布グラフ(
図2参照)における度数全体に占める度数割合として測定する。
前述の手順で得られるAl
2O
3結晶粒の(0001)面の法線がなす傾斜角は、前記蒸着条件のうちの、AlCl
3ガス量に対するCO
2ガス量やH
2Sガス量の比を相対的に多くすることによって、傾斜角度数分布グラフにおける0〜10度の傾斜角区分に存在する度数割合が度数全体の60%以上という値を得ることができる。(0001)配向Al
2O
3結晶粒、即ち、(0001)面の法線がなす傾斜角が0〜10度の傾斜角区分に存在するAl
2O
3結晶粒が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の70%未満であると、高温強度および高温硬さが低下する。
したがって、本発明の実施形態では、上部層のAl
2O
3結晶粒について、工具基体表面の法線に対して、Al
2O
3結晶粒の(0001)面の法線の傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒の度数の合計を、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の70%以上と定めた。上記上部層の傾斜角度数分布グラフにおける傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の度数割合は、好ましくは度数全体の75〜85%であるが、これに限定されることはない。
【0023】
また、本発明の実施形態では、前記(c)の成膜条件のうち、CO
2とHClの添加量を調整することによって、上部層のAl
2O
3結晶粒のうち、アスペクト比が5以上である結晶粒の面積割合を80%以上とすることができる。これによって、上部層の耐摩耗性をより向上させることができる。アスペクト比が5以上である結晶粒の面積割合が80%未満であると、高速断続重切削加工におけるクラック伝搬抑制効果があるものの、高温強度および高温硬さの向上が望めない。このことから、アスペクト比が5以上である結晶粒の面積割合は80%以上とすることが望ましい。上記上部層のAl
2O
3結晶粒のうち、アスペクト比が5以上である結晶粒の面積割合は、好ましくは85%以上であるが、これに限定されることはない。
【0024】
本発明の被覆工具を、実施例に基づいて具体的に説明する。特に、本発明の被覆工具の硬質被覆層を構成する各層について、詳細に説明する。
【実施例】
【0025】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意した。これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した。その後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持して真空焼結した。焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eをそれぞれ製造した。
【0026】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Mo
2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意した。これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した。その後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持して焼結した。焼結後、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜eを作製した。
【0027】
ついで、これらの工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、以下の手順で本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
(a)まず、表3に示される条件にて、表7に示される目標層厚となるように下部層のTi化合物層を蒸着形成した。
(b)次に、表4に示される条件にて、下部層の最表面層としての酸素含有TiCN層(即ち、下部層の最表面層と上部層との界面から、下部層の最表面層の膜厚方向に500nmまでの深さ領域にのみ、平均酸素含有量(O/(Ti+C+N+O)×100)が1から3原子%の酸素が含有される)を表8に示される目標層厚となるように形成した。なお、表4の酸素含有TiCN層種別Dでは、蒸着時間終了前の5〜30分の間にCOガスを添加しなかった。
(c)次に、表5に示される条件にて、下部層の最表面のTiCN層にCOとCO
2の混合ガスによる酸化処理(下部層表面処理)を行った。なお、表5の下部層表面処理種別Dでは、反応雰囲気温度を変更した。
(d)次に、表6に示される初期成長条件にて、Al
2O
3の初期成長を行い、同じく表6に示される上層形成条件による蒸着を表8に示される目標層厚となるまで行うことにより、本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。なお、表6の初期成長条件の形式記号Dでは、反応ガス組成のうち、CO
2の供給量を変更した。また、表6の上層形成条件の形式記号dでは、反応ガス組成のうち、CO
2及びH
2Sの供給量を変更した。
【0028】
また、比較の目的で、前記本発明被覆工具1〜13の製造条件から外れる条件で前記工程(c)、(d)を行うことにより、表9に示す比較例被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0029】
ついで、本発明被覆工具1〜13と比較例被覆工具1〜13については、下部層の最表面層を構成するTiCN層について、下部層のTiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)、及び500nmを超える深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)を測定した。平均酸素含有量は、オージェ電子分光分析器を用い、被覆工具の断面研磨面に下部層のTi炭窒化物層の最表面からTi炭化物層の膜厚相当の距離の範囲に直径10nmの電子線を照射させていき、Ti、C、N、Oのオージェピークの強度を測定し、それらのピーク強度の総和からOのオージェピーク強度の割合を算出して求めた。
【0030】
また、下部層のTiCN層に不可避的に含有する酸素含有量を求めるため、別途炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、以下の条件で下部層のTiCN層を化学蒸着した。
反応ガス組成(容量%):TiCl
4 2〜10%、CH
3CN 0.5〜1.0%、N
2 25〜60%、残部H
2、
反応雰囲気温度:750〜930℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa。
これにより、酸素を意図的に含有させないTiCN(以下、不可避酸素含有TiCNという)層を3μm以上の層厚で形成した。この不可避酸素含有TiCN層の表面から層厚方向に500nmより深い領域に不可避的に含まれる酸素含有量を、オージェ電子分光分析器を用いて前記深さ領域に含有されるTi、C、N、Oの合計含有量に対する割合から求めた。その結果、オージェ電子分光分析器の精度の範囲内で求められる不可避酸素含有量が0.5原子%未満であったことから、TiCN層に不可避的に含有する酸素含有量を0.5原子%と定めた。
【0031】
前述の平均酸素含有量から、不可避酸素含有量(すなわち、0.5原子%)を差し引いた値を下部層の最表面層を構成するTiCN層の平均酸素含有量として求めた。
表8、9にこれらの値を示す。
【0032】
ついで、硬質被覆層の上部層のAl
2O
3について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて、Al
2O
3結晶粒の結晶格子面のそれぞれの法線のなす角度を測定した。この測定結果から、隣接する結晶格子相互の結晶方位関係を算出することにより、上部層のAl
2O
3の対応粒界分布を測定した。
【0033】
図1に、この測定により得られた本発明被覆工具1の上部層について求めた対応粒界分布グラフの一例を示す。
図1から、本発明被覆工具1は、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが形成され、Σ3からΣ29の範囲内に占めるΣ3対応粒界の分布割合は89%となり、70%以上であることが分かった。
【0034】
また、上部層のAl
2O
3のΣ3対応粒界が、下部層と上部層の界面から、上部層の最表面まで連続するか否かを、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて観察した。
下部層と上部層の界面から上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合は、以下の手順により求めた。
まず、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて、本発明被覆工具の上部層の断面研磨面(上部層表面に垂直な断面)に対して、70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.1μm/stepの間隔で照射した。測定範囲は、基体表面に平行な方向に50μm、基体表面方向に直交する方向に該Al
2O
3層の層厚を上限とする領域とした。なお、前記基体表面方向に直交する方向の長さは、少なくとも3μmとした。電子線後方散乱回折装置を用いて、電子線を0.1μm/stepの間隔で照射して得られた電子線後方散乱回折像に基づき、結晶格子面のそれぞれの法線の方位のなす角度を測定した。
ついで、この測定結果から、隣接する結晶格子相互の結晶方位関係を算出し、結晶格子界面を構成する構成原子のそれぞれが前記結晶格子間で1つの構成原子を共有する構成原子共有格子点からなる対応粒界マッピングを作成した。
その中で、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点が1個であるΣ3対応粒界の全粒界長のうち、下部層と上部層の界面から、上部層のAl
2O
3結晶粒の最表面まで連続して存在しているΣ3粒界の粒界長の値を求め、Σ3対応粒界の全粒界長の値で除することで、下部層と上部層の界面から上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合を算出した。
この結果、例えば、本発明被覆工具1では、下部層と上部層の界面から、上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界は、全粒界長の60%以上であることが分かった。
【0035】
また、上部層のAl
2O
3結晶粒のアスペクト比を、以下の手順により求めた。
電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、本発明被覆工具の上部層の断面研磨面に対して、70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.1μm/stepの間隔で照射した。測定範囲は、基体表面に平行な方向に50μm、基体表面方向に直交する方向に該Al
2O
3層の層厚を上限とする領域とした。なお、前記基体表面方向に直交する方向の長さは、少なくとも2μmとした。電子線後方散乱回折装置を用いて、電子線を0.1μm/stepの間隔で照射して得られた電子線後方散乱回折像に基づき、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した。また、個々の結晶格子間の方位差(回転角)を個々の結晶格子のオイラー角の差から測定した。その際、隣接する測定点の結晶格子間の方位差(回転角)が5度以上である場合に、相互に隣接する測定点の境界を結晶粒界とした。さらに、結晶粒界に囲まれ、他の結晶粒界に分断されていない範囲を同一の結晶粒として特定した。特定した結晶粒各々について、工具基体表面方向に対して垂直な方向を長軸、工具基体表面方向に対して平行な方向を短軸とし、長軸および短軸の長さを求め、それらの比からアスペクト比を求めた。そのアスペクト比が5以上である結晶粒の面積割合は、鏡面研磨加工した断面を、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、観察倍率2,000倍で横方向:50μm×縦方向:上部層の膜厚相当の領域を測定することで算出した。
【0036】
さらに、上部層のAl
2O
3について、Al
2O
3結晶粒の(0001)面の法線がなす傾斜角の度数分布を、以下の手順で電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて測定した。
まず、上部層の断面研磨面の測定範囲(例えば、上部層の厚さ方向に0.3μm×工具基体表面と平行方向に50μm)を、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットた。次に、断面研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、断面研磨面の測定範囲内に存在するコランダム型六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に0.1μm/stepの間隔で照射した。測定範囲は、基体表面に沿った方向に50μm、基体表面方向に直交する方向に該Al
2O
3層の層厚を上限とする領域とした。なお、前記基体表面方向に直交する方向の長さは、少なくとも2μmとした。電子線後方散乱回折装置を用いて、電子線を0.1μm/stepの間隔で電子線を照射して得られた電子線後方散乱回折像に基づき、前記工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した。そして、測定された傾斜角(以下、「測定傾斜角」という)のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした。その後、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl
2O
3結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計を傾斜角度数分布グラフにおける度数全体に占める度数割合として求めた。
図2に、本発明被覆工具1の上部層について求めた傾斜角度数分布グラフを示す。
図2から、本発明被覆工具1の上部層は、0〜10度の傾斜角区分に存在するAl
2O
3結晶粒の度数割合は85%となり、70%以上であることが分かった。
【0037】
また、比較例被覆工具の上部層についても、本発明被覆工具と同様にして、構成原子共有格子点分布グラフにおいてΣ3からΣ29の範囲内で最高ピークが存在する対応粒界、Σ3対応粒界の分布割合、下部層と上部層の界面から上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合、アスペクト比、傾斜角度数分布グラフにおいて最高ピークが存在する傾斜角区分、及び0〜10度の傾斜角区分に存在するAl
2O
3結晶粒の度数割合を求めた。
表8、表9にこれらの値を示す。
また、
図3に、比較例被覆工具1の上部層について求めた対応粒界分布グラフを示す。
図4に、比較例被覆工具1の上部層について求めた傾斜角度数分布グラフを示す。
【0038】
図1、
図2、表8、
図3、
図4、表9にも示されるように、本発明被覆工具の上部層は、全ての被覆工具について、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが存在するとともに、Σ3の分布割合が70%以上であった。さらに、下部層と上部層の界面から上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合は60%以上であった。それに対して、比較例被覆工具では、Σ3からΣ29の範囲内でΣ3に最高ピークが存在しない、若しくは、Σ3の分布割合が70%未満である、または、下部層と上部層の界面から上部層の最表面まで連続するΣ3対応粒界の割合は60%未満であった。
そのため、本発明被覆工具は、上部層の靭性、硬さ、強度にすぐれ、耐剥離性、耐チッピング性に優れているが、比較例被覆工具は、高速断続重切削条件では耐剥離性、耐チッピング性が十分ではなかった。
【0039】
なお、本発明被覆工具1〜13、比較例被覆工具1〜13の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】
【0043】
【表4】
【0044】
【表5】
【0045】
【表6】
【0046】
【表7】
【0047】
【表8】
【0048】
【表9】
【0049】
つぎに、本発明被覆工具1〜13、比較例被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下に示す切削試験、ニッケルクロムモリブデン合金鋼の乾式高速断続切削試験(切削条件A)、乾式高速高切込断続切削試験(切削条件B)、ダクタイル鋳鉄の乾式高速断続切削試験(切削条件C)を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件A:
被削材:JIS・SNCM439の長さ方向等間隔4本縦溝入り、
切削速度:350m/min、
切り込み:1.5mm、
送り:0.35mm/rev、
切削時間:5分。
(通常の切削速度、送り量はそれぞれ、250m/min、0.3mm/rev)
切削条件B:
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り、
切削速度:350m/min、
切り込み:3.0mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:5分。
(通常の切削速度、切込量、送り量はそれぞれ、200m/min、1.5mm、0.3mm/rev)
切削条件C:
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り棒材、
切削速度:350m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.35mm/rev、
切削時間:5分。
(通常の切削速度、切込量、送り量はそれぞれ250m/min、1.5mm、0.3mm/rev)
表10にこの測定結果を示した。なお、上記通常の切削速度とは、従来被覆インサートを用いた場合の効率(一般には、工具寿命までに加工できる部品の数など)が最適となる切削速度をいう。この速度を超えて切削を行うと工具の寿命が極端に短くなり、加工の効率が低下する。
【0050】
【表10】
【0051】
表10に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、その上部層が、すぐれた高温強度、高温靭性と高温硬さを備えるため、剥離、チッピング等の異常損傷の発生もなく、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を示した。
これに対して、比較例被覆工具1〜13では、高速断続重切削加工においては、硬質被覆層の剥離発生、チッピング発生により、比較的短時間で使用寿命に至った。